細胞内ミトコンドリアの分極モニタリング
【課題】
生細胞内のミトコンドリアの分極状態の変化を検出する方法を課題とする。
【解決手段】
表面プラズモン共鳴装置を用いて、該生細胞のミトコンドリアの分極状態の変化に起因する表面プラズモン共鳴角の変化を検出する。または、生細胞へ一または複数の物質を供与し、ミトコンドリアの分極状態の変化に起因する表面プラズモン共鳴角の変化を検出する。ミトコンドリアの分極状態の変化に起因する表面プラズモン共鳴角の変化を検出する工程は、表面プラズモン共鳴角の変化がミトコンドリアの分極状態の変化にのみに起因する時間帯におけるその変化を検出する工程とすることができ、好ましくは、物質を供与した時から20分経過以後、より好ましくは30分経過以後、さらに好ましくは35分経過以後の時間帯のその変化を検出する工程である。
生細胞内のミトコンドリアの分極状態の変化を検出する方法を課題とする。
【解決手段】
表面プラズモン共鳴装置を用いて、該生細胞のミトコンドリアの分極状態の変化に起因する表面プラズモン共鳴角の変化を検出する。または、生細胞へ一または複数の物質を供与し、ミトコンドリアの分極状態の変化に起因する表面プラズモン共鳴角の変化を検出する。ミトコンドリアの分極状態の変化に起因する表面プラズモン共鳴角の変化を検出する工程は、表面プラズモン共鳴角の変化がミトコンドリアの分極状態の変化にのみに起因する時間帯におけるその変化を検出する工程とすることができ、好ましくは、物質を供与した時から20分経過以後、より好ましくは30分経過以後、さらに好ましくは35分経過以後の時間帯のその変化を検出する工程である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面プラズモン共鳴(SPR)センサーを用い、ミトコンドリアの分極状態を非標識、リアルタイムで測定する方法に関するものである。この方法は、ミトコンドリアの分極状態が関与する生体現象のモニタリングおよび薬剤開発に有用である。例えば、抗がん剤、脂肪燃焼物質、糖尿病のための薬剤のスクリーニング、老化を含む細胞活性のモニタリング、薬剤の効果の定量等に用いることができる。
【背景技術】
【0002】
ミトコンドリアは動植物を含め真核細胞生物全般に存在する細胞内小器官の一つであり、生体の生命維持に不可欠なエネルギー代謝において重要な働きを担っている。このため、細胞分裂時、細胞死滅時および老化の過程や、がん、糖尿病、肥満などの各種病変において、ミトコンドリアの活動は細胞の状態と密接に関連しており、その一つの指標としてミトコンドリアの分極状態の変化が挙げられる。例として挙げると、老化した細胞ではミトコンドリアの分極程度が低下することや、逆に細胞分裂活性の高い細胞では分極程度が高いこと(Biological Signals and Receptors 2001;10:176-188)が知られている。また、がん細胞に対して抗がん剤を投与した際、細胞が毒物に暴露された際、脂肪細胞が脂肪を燃焼する際など様々な細胞応答に際してミトコンドリアの分極状態は様々に変化する(抗がん:Apoptosis 2005;10:687-705、毒物:Hepatology 2000;31;1141-1152およびToxicological Sciences 2005;86(2):436-443、脂質代謝:Biophysical journal 2002;82(1):1673 part2およびFEBS Letters 1984;170(1):181-185)。このため、ミトコンドリアの分極状態のモニターは各種の病状の診断や薬剤の開発において有効な指標の一つとして用いられている。
【0003】
細胞内ミトコンドリアの分極状態のモニタリングは、電位に応答する蛍光色素を細胞内に導入すると、電位の高いミトコンドリアで凝集し、蛍光波長が変化し、また電位の変化に応じて蛍光強度が変化する様子を、蛍光顕微鏡、フローサイトメトリーまたは分光光度計などにより検出する方法が一般的である。
【0004】
一方、表面プラズモン(surface plasmon resonance; SPR)装置は、表面プラズモン共鳴現象を利用し、共鳴角度変化を測定することができる装置である。この共鳴角度変化は、センサ部の金膜表面近傍における誘電率の変化に依存する。SPR装置においては、対象を金膜上に固定し、それに対するリガンドを供する。生体分子はそれぞれ固有の誘電率を有しているが、金膜上に固定化された対象とリガンドとの結合が生じた場合は複合体が形成され、誘電率が変化する。したがって金属膜表面の誘電率を追うことにより、生体分子間の結合の有無、結合量、結合速度等に関する情報を得ることができる。
【0005】
SPR装置においては、タンパク質等の生体分子のみならず、生細胞を測定対象とすることもできる。
【0006】
例えば、特開2002-85089号公報は、表面プラズモン共鳴装置を用いて生細胞に対する外部刺激の生理活性を評価する方法を開示する。この方法においては、細胞が刺激されている期間のシグナル(1次シグナル)だけではなく、1次シグナルに引き続き出現する2次シグナルを指標として外部刺激の細胞活性を評価することを特徴としている。より具体的には、SPR装置内に固定した生細胞にリガンドが結合すると、その量に比例してベースラインが上昇し、安定化する(1次シグナル)が、リガンドが細胞に対して生理活性を持つ場合、初期シグナルに続いて、単なる結合シグナルとは明らかに異なるベースラインの上昇あるいはベースラインの周期的な変動(2次シグナル)が観測される。このような2次シグナルは生理活性が確認されているリガンドを添加したときにのみ現れることから、リガンドが生細胞へ結合することにより引き起こされる何らかの生体反応を反映していると考えられ、したがってこの方法によれば、細胞に対する外部刺激の生理活性を正確に評価することが可能であるとしている。そして、この方法においては、2次シグナルとして、外部刺激が除去された後に出現するシグナルを測定することを好ましい態様としている。実施例としては、(1) CTLL-2細胞(浮遊細胞)とIL-2との反応、(2) Papilla細胞(間葉系系細胞)とbFGFの反応、(3) mast cell(肥満細胞)の抗原に対する反応が検討されている。そして(1) については、IL-2で刺激されている数分間に得られる1次シグナル、およびその後に出現する2次シグナルを得て、CTLL-2細胞とは本来結合しない試薬を添加したときには2次シグナルが観測されなかったことから、細胞がIL-2と結合したときに生じる何らかの現象をSPR装置が捉えたと結論し;(2) については、bFGFとリン酸化阻害剤(SU4984)を注入した場合に、注入10分後にシグナルがプラトーになった一方で、bFGFのみを注入した場合にはシグナルは上昇しつづけたことから、bFGFの結合によって引き起こされるシグナル伝達がリン酸化阻害剤によって抑えられたことを反映していると結論し;さらに(3) については、IgEで感作しているmast cellでは特異的な抗原抗体反応による活性化を反映した強いシグナル(2次シグナル)が観測されるが、未感作のmast cellでは特徴的な変化は認められず、また、IgEには結合するが細胞は活性化しないDNP-lysineを添加した場合には、DNP-lysineの結合に伴う1次シグナルは観察されたが、2次シグナルは認められなかったことから、この方法により、細胞の活性化を迅速に測定可能であると結論している。
【0007】
特開2002-85089号公報は、既存の反応系での検討により生じることが明らかな特定の現象が、表面プラズモン共鳴装置では2次シグナルに反映されていることを開示するものである。また、特開2005-17081号公報は、SPR装置を用いた抗がん作用物質のスクリーニング方法を開示する。この方法は、がん細胞に目的とする試薬を作用させて表面プラズモン共鳴を測定し、表面プラズモン共鳴の時間に対する変化率が安定している時間帯における表面プラズモン共鳴変化率を求め、得られた表面プラズモン共鳴変化率に基づいて、目的試薬の抗がん作用の程度を評価するものである。実施例では、抗増殖作用を有するクェルセチンについて、測定開始後2700〜3000秒(試薬の投与は、測定開始後600秒の時点)の5分間における表面プラズモン共鳴応答により得られたカーブの傾きを求め、一方で試薬に対する生存率を試薬投与から48時間後のトリパンブルー染色により求め、両者に相関が合ったことから、所定の短時間での表面プラズモン共鳴応答の変化率を測定することにより、細胞の生存率、すなわち抗がん作用を定量的に評価することができると結論している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2002-85089号公報
【特許文献2】特開2005-17081号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Biological Signals and Receptors 2001;10:176-188
【非特許文献2】Apoptosis 2005;10:687-70
【非特許文献3】Hepatology 2000;31;1141-1152
【非特許文献4】Toxicological Sciences 2005;86(2):436-443
【非特許文献5】Biophysical journal 2002;82(1):1673 part2
【非特許文献6】FEBS Letters 1984;170(1):181-185
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上述した蛍光顕微鏡、フローサイトメトリーまたは分光光度計などによりミトコンドリアの脱分極を検出する手法は、蛍光試薬の導入が必須であるため、煩雑な作業を要するとともに、蛍光試薬の導入に伴う細胞への影響、蛍光試薬導入量の不均一性に起因する再現性の低さ、検出に時間がかかること等が問題として挙げられる。
【0011】
一方、細胞からミトコンドリアのみを分画し、溶液中に分散させた状態で電極などにより、非標識で直接電位測定する方法もあるが、細胞内外で外部刺激に対するミトコンドリアの応答は全く異なるため、生体内でのミトコンドリアの応答モニタリング法としては適当ではない。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、種々の外部刺激に対する生細胞の応答をモニタリングする方法を鋭意検討してきた。そして、表面プラズモン共鳴角装置を用いることにより、ミトコンドリアの分極状態の変化を検出できることを見いだし、本発明を完成した。
【0013】
本発明は、以下の発明を提供する:
〔1〕生細胞内のミトコンドリアの分極状態の変化を検出する方法であって、
表面プラズモン共鳴装置を用いて、該生細胞のミトコンドリアの分極状態の変化に起因する表面プラズモン共鳴角の変化を検出する工程を含む、前記方法。
〔2〕生細胞内のミトコンドリアの分極状態の変化を検出する方法であって:
生細胞へ一または複数の物質を供与する工程;および
生細胞に物質を供与した後に、ミトコンドリアの分極状態の変化に起因する表面プラズモン共鳴角の変化を検出する工程
を含む、前記方法。
〔3〕ミトコンドリアの分極状態の変化に起因する表面プラズモン共鳴角の変化を検出する工程が、表面プラズモン共鳴角の変化がミトコンドリアの分極状態の変化にのみに起因する時間帯におけるその変化を検出する工程である、〔2〕に記載の方法。
〔4〕ミトコンドリアの分極状態の変化に起因する表面プラズモン共鳴角変化を検出する工程が、物質を供与した時から20分経過以後、より好ましくは30分経過以後、さらに好ましくは35分経過以後の時間帯のその変化を検出する工程である、〔2〕に記載の方法。
〔5〕検出した表面プラズモン共鳴角の変化が一定である時間帯であって、少なくとも1分間、好ましくは3分間以上、より好ましくは5分間以上、さらに好ましくは10分間以上である時間帯を特定し、その時間帯における表面プラズモン共鳴角の変化率を求める工程をさらに含む、〔3〕または〔4〕に記載の方法。
〔6〕特定した時間帯が、その時間帯における表面プラズモン共鳴角の変化率が、該時間帯を含みそれより10%以上長い時間帯における表面プラズモン共鳴角の変化率の±10%以内である、〔5〕に記載の方法。
〔7〕求めた変化率と、ミトコンドリアの分極状態に与える影響の程度が分かっている物質について同様に求めた表面プラズモン共鳴角の変化率とを比較する工程を含む、〔4〕に記載の方法。
〔8〕前記生細胞が、培養がん細胞である、〔1〕または〔2〕に記載の方法。
〔9〕前記生細胞内のミトコンドリアの分極状態の変化が、以下の工程(a)〜(h)、好ましくは(a)〜(d)の、1つ以上、好ましくはいずれか1つ:
(a) 生細胞へ脂質代謝促進物質を供与する工程;
(b) 生細胞へ細胞のアポトーシス誘導物質を供与する工程;
(c) 生細胞へsiRNAを供与する工程;
(d) 生細胞へ抗がん物質を供与する工程;
(e) 生細胞へ発がん物質を供与する工程;
(f) 生細胞へ細胞の分裂活性に影響を与える物質を供与する工程;
(g) 生細胞へ内分泌かく乱物質を供与する工程;
(h) ) 生細胞へ細胞に対する毒性物質を供与する工程;
の後に検出される、請求項1または2に記載の方法。
〔10〕前記表面プラズモン共鳴角の変化を検出する工程における細胞外溶液のpHの変化速度が、pH0.005/min以上、より好ましくはpH0.01/min以上、さらにより好ましくはpH0.02/min以上である〔1〕または〔2〕に記載の方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明により、ミトコンドリアの分極状態の変化が、表面プラズモン共鳴角の変化として検出可能であることが明らかとなった。さらに、該ミトコンドリアの分極状態の変化速度は、測定の際のpH変化速度の制御により制御可能であることが明らかとなった。
【0015】
本発明により、従来技術で問題となっていた蛍光試薬導入に伴う煩雑さ、細胞への影響および試薬導入量の不均一性に起因する蛍光強度の低再現性の問題などが解消される。また、従来技術によるよりも短時間でミトコンドリアの分極状態の変化が検出できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】図1は、実施例で用いた装置の模式図である。
【図2】図2は、SPRセンサーを用いた、脂質代謝活性物質Fenofibrateによるミトコンドリア分極状態の変化についての測定結果を示すグラフである。
【図3】図3は、蛍光顕微鏡観察を用いた、脂質代謝活性物質Fenofibrateによるミトコンドリア分極状態の変化についての測定結果を示すグラフである。
【図4】図4は、実施例2において、SPRシグナル時間変化率(試薬投与後35〜45分)と蛍光強度時間変化率(試薬投与後35〜45分)の相関を示したグラフである。
【図5】図5は、SPRセンサーを用いた、アポトーシス誘導物質投与時のミトコンドリア脱分極変化についての測定結果を示すグラフである。
【図6】図6は、蛍光顕微鏡観察による、アポトーシス誘導物質投与時のミトコンドリア脱分極変化についての測定結果を示すグラフである。
【図7】図7は、SPRシグナル時間変化率(試薬投与後35〜40分)と蛍光強度時間変化率(試薬投与後35〜40分)の相関を示したグラフである。
【図8】図8は、ミトコンドリア脱分極阻害時のアポトーシス誘導物質(Quercetin)投与によるミトコンドリア脱分極変化を示すグラフである(蛍光顕微鏡観察)。
【図9】図9は、ミトコンドリア脱分極阻害時のアポトーシス誘導物質(trans-Resveratrol)投与によるミトコンドリア脱分極変化を示すグラフである(蛍光顕微鏡観察)。
【図10】図10は、ミトコンドリア脱分極阻害時のアポトーシス誘導物質(Quercetin)投与によるミトコンドリア脱分極変化についての結果を示すグラフである(SPRセンサー)。
【図11】図11は、ミトコンドリア脱分極阻害時のアポトーシス誘導物質(trans-Resveratrol)投与によるミトコンドリア脱分極変化を示した結果である(SPRセンサー)。
【図12】図12は、アポトーシス誘導物質(quercetin、trans-Resveratrol)単独または併用投与48時間後の、細胞の生存率を示すグラフである(細胞数測定)。
【図13】図13は、アポトーシス誘導物質(quercetin、trans-Resveratrol)単独または併用投与時の、SPR共鳴角経時変化を示すグラフである(SPRセンサー)。
【図14】図14は、アポトーシス誘導物質(quercetin、trans-Resveratrol)単独または併用投与時の、SPR共鳴角変化速度と細胞の生存率との相関を示すグラフである。
【図15】図15は、siRNA投与48時間後の、細胞の生存率を示すグラフである(細胞数測定)。
【図16】図16は、siRNA投与時の、SPR共鳴角経時変化を示すグラフである(SPRセンサー)。
【図17】図17は、siRNA投与時の、SPR共鳴角変化速度と細胞の生存率との相関を示すグラフである。
【図18】図18は、各CO2濃度条件下におけるSPR共鳴角経時変化を示すグラフである(SPRセンサー)。
【図19】図19は、CO2濃度と、ミトコンドリア膜電位の35〜40分における変化速度との相関を示すグラフである(蛍光顕微鏡観察)。
【図20】図20は、pHの変化速度と、ミトコンドリア膜電位の35〜40分における変化速度との相関を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の方法における「生細胞」は、ミトコンドリアを有する生細胞であれば特に限定されないが、例えば、正常細胞、がん細胞、受精卵、動植物のクローン細胞、ES細胞、がん幹細胞等が挙げられ、これらは培養細胞であっても組織由来の細胞であってもよい。使用する生細胞は、該生細胞内のミトコンドリアの分極状態の変化を検出する目的により適宜選択することができ、例えば、抗癌剤の評価に際しては癌細胞や癌幹細胞、脂質の代謝に際しては肝細胞、分化のモニタリングに際しては受精卵やES細胞、植物の反応評価に際しては植物細胞をそれぞれ使用することが出来るが、これらに限定されるものではない。
【0018】
本発明における「ミトコンドリアの分極状態の変化に起因する表面プラズモン共鳴角の変化を検出する工程」は、表面プラズモン共鳴角の変化が、実質的にミトコンドリアの分極状態の変化にのみに起因する時間帯におけるその変化を検出する工程として実施することができる。表面プラズモン共鳴角の変化が、実質的にミトコンドリアの分極状態の変化にのみに起因する時間帯は、生細胞に物質(例えば、fenofibrate、Quercetin、trans-resveratrol、Herceptin等が挙げられるがこれらに限定されない)(一または複数)を供与する場合においては、通常、物質を供与した時から20分経過以後、より好ましくは30分経過以後、さらに好ましくは35分経過以後の時間帯である。
【0019】
また、表面プラズモン共鳴角の変化が、実質的にミトコンドリアの分極状態の変化にのみに起因する時間帯は、生細胞に、例えばアポトーシスを誘導するsiRNAのような、ミトコンドリアの分極状態の変化に関する物質の影響が現れるまで時間がかかると考えられる物質を供与する場合においては、生細胞に物質を供与した後に、ミトコンドリアの分極状態の変化に関する該物質の影響が現れたとき(例えば物質がアポトーシスを誘導するBcl-2 siRNAである場合、生細胞に物質を供与してから約1時間後)から、20分経過以後、より好ましくは30分経過以後、さらに好ましくは35分経過以後の時間帯である。「ミトコンドリアの分極状態の変化に関する物質の影響が現れたとき」は、物質の種類によって異なり、例えば後述の実施例を参考に、従来技術の手法(例えば、蛍光法、生細胞数測定法)を用いて確認することによって決定することができるであろう。表面プラズモン共鳴装置を用いた場合に、ミトコンドリアの分極状態以外に検出される反応には、細胞膜への物質の結合、およびそれに伴う細胞膜の分極状態変化等があるが、これらの反応は、通常、物質の投与あるいは細胞外溶液の交換など、細胞外部環境の変化後30分程度で収まる(Analytical Biochemistry 2002;302:28-37)ので、その後の時間帯での共鳴角変化を捉えることで、ミトコンドリアの分極状態変化以外の反応は実質的に検出されることはないと考えられる。また、本発明者らの検討により、物質投与あるいは細胞外溶液の交換など、細胞外部環境の変化後約30分経過以降に起こる細胞内での反応は、pH変化速度が好ましい範囲である場合(例えば後述の実施例1〜4の場合)には、実質的には表面プラズモン共鳴角の変化に影響しないことが分かっている(実施例参照)。
【0020】
本発明でいう「生細胞内のミトコンドリアの分極状態への、一または複数の物質の影響を評価する方法」は、2つのケースに大別される。一方は、機能が未知の物質を細胞に投与した場合の表面プラズモン共鳴角の変化を測定し、その反応からミトコンドリア分極状態変化を誘導するか否かを評価する方法であり、他方は、既に蛍光法などを用いてある細胞ではミトコンドリアの分極状態の変化を誘導するか否かが明らかな物質を、別の細胞ではどの程度変化を誘導するかを評価する方法である。前者の場合、従来技術ではミトコンドリアの分極状態変化以外の反応を見てしまう可能性が生じるが、本明細書に開示した方法によれば、ミトコンドリアの分極状態の変化以外の反応は実質的に検出されることはない。
【0021】
本発明の方法は、表面プラズモン共鳴センサーからのシグナルを経時的に記録した場合のグラフの傾き(時間当たりの表面プラズモン共鳴角変化量、すなわち変化率)を利用して、対象物質(一または複数)がミトコンドリアの分極状態の変化に与える影響を定量化する目的でも用いることができる。この場合、表面プラズモン共鳴角の変化が、実質的にミトコンドリアの分極状態の変化にのみに起因する時間帯であって、検出した表面プラズモン共鳴角の変化が一定である時間帯、すなわち表面プラズモン共鳴センサーからのシグナルを経時的に記録した場合のグラフの傾きがほぼ直線である時間帯を特定して、その時間帯におけるグラフの傾きを利用することができる。このような特定した時間帯の長さは、少なくとも1分間、好ましくは3分間以上、より好ましくは5分間以上、さらに好ましくは10分間以上である。より正確な定量を目的とする場合は、その時間帯における表面プラズモン共鳴角の変化率が、該時間帯を含みそれより10%以上長い時間帯における表面プラズモン共鳴角の変化率の±10%以内であるような時間帯の変化率を利用するとよい。
【0022】
具体的には、35〜40分の5分間の場合にはそれより10%以上長い時間、すなわち5分30秒間以上(例えば、30〜45分の10分間)、35〜45分の10分間の場合にはそれより10%以上長い時間、すなわち11分間以上(例えば、30〜50分の15分間)の時間帯における変化率を算出しても、その変化率が、35〜40分の5分間または35〜45分の10分間の時間帯における変化率に対し、それぞれ±10%以内に収まっている場合、その35〜40分の5分間または35〜45分の10分間が選択可能となる。このように、従来の方法よりも短時間(1時間以内)で、生細胞内のミトコンドリアの分極状態の変化を検出できることが本発明の1つの特徴であるが、例えばpH変化速度が遅い場合等、ミトコンドリアの分極状態の変化が遅く検出されると考えられる場合には、本明細書中の記載を参照して、当業者であれば、適宜検出の時間帯を決定することが出来るであろう。
【0023】
本発明により、ミトコンドリアの分極状態に与える影響の程度が分かっている物質について、同様に表面プラズモン共鳴角の変化率を求めておき、対象物質の変化率と比較することができる。さらに、同様に作成した検量線と比較することにより、対象物質のミトコンドリアの分極状態に与える影響の程度を定量的に分析することができる。
【0024】
生細胞内のミトコンドリアの分極状態を変化し得る物質としては、例えば、(a) 脂質代謝促進物質(脂肪燃焼物質);(b) 細胞のアポトーシス誘導物質;(c) siRNA;(d) 抗がん物質;(e) 発がん物質;(f) 細胞の分裂活性に影響を与える物質;(g) 内分泌かく乱物質;(h) 細胞に対する毒性物質;等が挙げられ、このような物質に関して、単剤投与の作用のみならず、多剤併用投与における作用を評価することも可能である。また、このような物質は化合物に限定されるものではなく、例えばアポトーシス誘導に関与するsiRNA等であることも可能である。siRNAによる、生細胞内のミトコンドリアの分極状態の変化を評価する際には、例えば後述の実施例に記載の手法を参照して、siRNA投与後、ミトコンドリアの分極状態の変化に関するsiRNAの影響が現れるまでのタイムラグを考慮することができる。該タイムラグは、細胞の種類や、対象とする細胞の反応の種類にも影響をうけると考えられる。
【0025】
本発明には、表面プラズモン共鳴装置を用いる。
【0026】
表面プラズモン共鳴の原理を説明する。プリズムを用いた場合を説明すると、表面プラズモン共鳴は、金属表面プラズモンをレーザー光などの光により得られるエバネッセント波を用いて共鳴励起することで起こる現象である。エバネッセント波はプリズム内で全反射を起こすことにより、その反射面の反対側に発生させることができ、プリズム上に薄い金属層が存在する際、エバネッセント波は金属層を抜けて金属反対面の表面プラズモンを共鳴励起する。共鳴を起こす条件を決定する要因として金属層と界面をなしている物質の誘電率等があり、分子間相互作用には誘電率等の変化が伴うことから、これにより共鳴条件が決定される。この際、共鳴を誘起できるエバネッセント波の条件も変化するので、逆に共鳴を誘起するエバネッセント波の条件の変化を検出することで誘電率の変化、ひいては分子同士の結合などを知ることができる。実際には、エバネッセント波の条件は入射するレーザー光の入射角θにより変化する。入射角と反射角は等しく、基板の法線に対する角度と定義する。共鳴現象が起こるとき、エバネッセント波は金属層上の物質により影響を受けるため、反射光強度の急激な減衰が起こる。この反射光強度の変化を検出器により検出し、反射光強度の減衰が起きた入射角度(共鳴角)をプロットしていくことにより、金属層上の微小な領域における変化を知ることができる。表面プラズモン共鳴の測定は、プリズムを用いて光を全反射させる方法のほか、回折格子を用いて光の回折を利用する方法も使用することができる。共鳴角を求める方法に基づくと、以下の公式に示すように、εsに相当する測定対象物の誘電率は、共鳴角θを以下のように定義している。測定対象物である生細胞内ミトコンドリアの分極状態の変化は誘電率εsの変化をもたらすため、何らかの刺激によりミトコンドリアの分極状態に変化がある場合、誘電率εsの変化に応じて共鳴角θの変化としてSPRセンサーにより検出可能である。
【0027】
【数1】
【0028】
また、表面プラズモン共鳴の時間に対する変化の測定は、表面プラズモン共鳴角の時間変化や、初期状態での表面プラズモン共鳴角における反射光強度の時間変化などとして求めることができる。上述の共鳴角を求める検出方式のほか、白色光を表面プラズモン共鳴励起光源として用い、検出光を分光し共鳴現象の起こる波長、あるいは固定波長での反射光強度の変化を検出する方法も利用可能である。
【0029】
本発明の方法においては、既存の表面プラズモン共鳴装置を用いることができる。例えば、特開2005-17081号公報に開示された装置を用いてもよい。
【0030】
本発明の方法により、ミトコンドリアの分極状態の変化が検出できていることは、様々な方法により確認することができる。例えば、本発明により得られた変化率と、従来技術の蛍光法(電位に応答する蛍光色素、例えばカチオン性カルボシアニン色素を細胞内に導入し、電位の高いミトコンドリアで凝集して蛍光波長が変化し、また電位の変化に応じて蛍光強度が変化する様子を、蛍光顕微鏡、フローサイトメトリーまたは分光光度計などにより検出する方法)により得られたミトコンドリアの分極に関する値との相関を調べることにより、確認することができる。より具体的な手法は、本発明の実施例を参照することができる。
【0031】
また、例えば、後述の実施例3および4に記載するように、アポトーシス誘導物質を作用させた細胞において、本発明により得られたミトコンドリアの分極状態の変化率と、従来手法である生細胞数測定法により算出した細胞の生存率との間には相関関係が認められる。このことから、本発明の方法により、アポトーシス誘導物質の作用を、従来の生細胞数測定方法より簡便に評価することが可能となる。例えば、後述の実施例を参照して説明すれば、アポトーシス誘導物質の作用を評価する場合、従来の生細胞数測定方法によれば、アポトーシス誘導物質と細胞を48時間以上共培養する工程および細胞を染色し生細胞と死細胞を判別した後血球計算板等を用いて計測する工程が必要であるのに対し、本発明の方法によれば、(細胞を染色することなく)非標識で、かつ通常1時間以内に結果を求めることが可能である。
【0032】
本発明の方法は、生細胞を用いるが、ここで該生細胞の細胞外溶液は、測定の間、細胞が生存可能な溶液であればよく、そのような溶液として例えば細胞の培地、緩衝液、生理食塩水やショ糖溶液が挙げられるが、これらに限定されない。好ましくは、細胞外溶液は細胞の培地である。
【0033】
本発明の方法は、検出の際の生細胞の細胞外溶液のpHの制御により、生細胞中のミトコンドリアの分極状態(ミトコンドリア膜電位)の変化速度を制御することが可能である。より具体的には、細胞外溶液のpHを、高くまたは低く変化させることで生細胞内のミトコンドリアの分極状態の変化速度を速めることができ、この際、pHの変化速度が速いほど、ミトコンドリアの分極状態の位変化速度を速くなる。pHの変化速度は、単位時間あたりのpHの変化率であり、測定前後の細胞外溶液のpH値と測定時間から算出することができる。より具体的は、後述の実施例5に記載のように算出することが出来る。
【0034】
一般にミトコンドリアの分極状態の変化を測定する実験系である、CO2濃度5%の状態のpH変化速度(本実施例5ではpH0.004/min)や、大気中のCO2濃度には影響を受けないような組成の細胞外溶液を利用する場合のpH変化速度等、pHがほぼ一定に保たれるような条件を、ミトコンドリアの分極状態の変化が加速していない状態とすると、これ以上のpH変化速度の条件ではミトコンドリアの分極状態の変化が加速されることになる。pH変化速度とミトコンドリア膜電位の変化速度との関係は、細胞の種類や刺激の種類によって多少異なるが、pH変化速度が速いほどミトコンドリア膜電位の変化速度が速く、ミトコンドリアの分極状態の変化の検出に好ましいと考えられる。好ましいpHの範囲は、細胞等によって多少は異なると考えられる。
【0035】
上記ミトコンドリアの分極状態の変化が加速していない状態では、表面プラズモン共鳴角の変化が、実質的にミトコンドリアの分極状態の変化にのみに起因する時間帯に達するには2時間以上かかるのに対し、このような細胞外溶液のpHの制御により、この時間を30分程度に短縮することができる。細胞外溶液のpHの制御は、例えば細胞外溶液のpHの変化速度を、pH0.005/min以上、より好ましくはpH0.01/min以上、さらにより好ましくはpH0.02/min以上とすることができるが、生細胞の生存が可能な範囲の変化速度である必要がある。細胞外溶液のpHの制御は、生細胞に対する影響を考慮して、当業者に公知の手法を用いることができ、例えば細胞外溶液を徐々に異なるpHの溶液におきかえる、異なるpHの溶液を細胞外溶液に添加する、細胞外溶液外部のCO2濃度を制御する:等の手法により行うことが出来る。より具体的な手法は、本発明の実施例を参照することができる。
【0036】
発明を実施するための好ましい態様
本発明の生細胞内のミトコンドリアの分極状態の変化を検出する方法は、ミトコンドリアの分極に関連した生細胞の性質、例えば分裂活性、老化状態または悪性(がん細胞であるか、正常細胞であるか)を評価するために用いることができる。この場合、条件(細胞系、培養液系、光学的条件など)を統一した細胞間で、表面プラズモン共鳴法により得られる値を比較することにより、目的の活性または作用の程度を判断することができる。
【0037】
本発明の方法は、一または複数の物質の生細胞に対する、ミトコンドリアの分極に関連した作用、例えば脂肪燃焼作用、アポトーシス誘導作用、毒性または内分泌かく乱作用を評価するために用いることができる。
【0038】
細胞の分裂活性の評価:
人工受精や動植物クローンにおける優良細胞の選抜においては分裂活性の高い細胞を選択することが重要であるが、ミトコンドリアの分極状態は細胞の分裂活性と密接に関連するため、本発明を用いて非標識下でミトコンドリアの分極状態をモニタリングすることで上記用途において優良な細胞を非侵襲的に選抜可能である。(Cancer Research 1998;58(13):2869-2875参照)
細胞の老化状態の評価:
老化状態の細胞においては分裂活性が低く、ミトコンドリアの分極状態もこれと関連しているため、ミトコンドリアの分極状態モニタリングから細胞の老化状態のモニタリングが可能である。また、細胞を活性化させ、老化を抑制するような薬剤のスクリーニングに応用可能である。(Biological Signals and Receptors 2001;10:176-188参照)
脂肪燃焼物質(抗肥満薬剤)のスクリーニング:
過度の脂肪の蓄積は肥満という症状のみでなく、糖尿病、脳卒中、動脈硬化などの疾患を引き起こすことが明らかになっていることから、抗肥満薬剤としての脂肪燃焼物質の利用価値は非常に高い。また、脂肪燃焼は、褐色脂肪細胞や肝細胞により行なわれるが、脂肪燃焼時は肝細胞内においてミトコンドリアの分極・脱分極が起こることが明らかになっているため、褐色脂肪細胞のミトコンドリア分極状態モニタリングにより脂肪燃焼物質のスクリーニングが可能である。(Biophysical journal 2002;82(1):1673 part2およびFEBS Letters 1984;170(1):181-185参照)
がんの診断:
がん化した細胞では、正常な細胞と比較し、ミトコンドリアの分極状態が顕著に異なることが知られていることから正常細胞とがん細胞の判別に応用可能である。(Cancer Research 2005;65(21):9861-9867参照)
抗がん剤のスクリーニング:
アポトーシスの誘導により抗がん作用を示す抗がん剤においてミトコンドリアの脱分極が起こるなど、抗がん剤が、がん細胞に作用する過程においてミトコンドリアの分極状態に変化が起こることが知られている。また、その脱分極の程度から抗がん作用の評価が可能であることが見出されている。このため抗がん剤候補物質をがん細胞に投与した際のミトコンドリア分極状態のモニタリングから抗がん剤のスクリーニングが可能である。(Apoptosis 2005;10:687-705参照)また、例えばこのような抗がん剤候補物質の併用投与による相乗効果の判断も、ミトコンドリア分極状態のモニタリングによって可能となる。
【0039】
RNAiの評価:
RNAi(RNA interference; RNA干渉)は、細胞に導入された二本鎖RNAが、それと相補的な塩基配列を持つmRNAを分解する現象で、この現象を利用して人工的に二本鎖RNAを導入することにより、任意の遺伝子の発現を抑制することができる。RNAiのうち、特にミトコンドリアの脱分極に影響を与えると考えられるものについての効果の判断が、ミトコンドリア分極状態のモニタリングによって可能となる。そのようなRNAiとしては、例えば、細胞のアポトーシス、細胞の分裂活性、老化、肥満、肥満に関連した糖尿病、脳卒中、動脈硬化、褐色脂肪細胞、肝細胞等に関与するRNAiが挙げられるが、これらに限定されない。(RNAiに関して:Nature 2001;411:494-498参照)
環境モニタリング:
環境ホルモンとして知られるビスフェノールAなどの内分泌かく乱物質ではその種類、濃度により特定の細胞に対し増殖やアポトーシスを誘導することが明らかになっており、上述の細胞増殖における細胞分裂やアポトーシスをミトコンドリアの分極状態のモニタリングより検出可能なことから環境中の内分泌かく乱物質の検出およびそれらの影響評価に利用可能である。(Archives of Toxicology 2000;74(2):99-105、およびJournal of Biological Chemistry 2005;280(7):6181-6196参照)
毒性評価:
生細胞に対する毒性物質の投与はミトコンドリアの急激な脱分極を引き起こすことが一般的に知られており、蛍光試薬によるミトコンドリア分極状態のモニタリングにより各種物質の毒性評価を行なった例がある。本発明を用いて非標識下で簡便に毒性評価が可能である。(Hepatology 2000;31;1141-1152およびToxicological Sciences 2005;86(2):436-443参照)
本発明の生細胞内のミトコンドリアの分極状態の変化を検出する方法は、候補生細胞群の分裂活性、老化状態または悪性(がん細胞であるか、正常細胞であるか)を評価し、スクリーニングするために用いることができる。
【0040】
また、本発明の方法は、候補物質(例えば、ミトコンドリアの分極に関連した疾患または状態を処置するための医薬候補化合物)を、スクリーニングするために用いることができる。そのようなスクリーニング方法は、具体的には、
候補物質を生細胞に供与する工程;生細胞に物質を供与した後に、ミトコンドリアの分極状態の変化に起因する表面プラズモン共鳴角の変化を検出する工程;
表面プラズモン共鳴角の変化が、実質的にミトコンドリアの分極状態の変化にのみに起因する時間帯(例えば、物質を供与した時から20分経過以後)であって、検出した表面プラズモン共鳴角の変化が一定である(すなわち表面プラズモン共鳴センサーからのシグナルを経時的に記録した場合のグラフの傾きがほぼ直線である)時間帯を特定して、その時間帯における表面プラズモン共鳴角の変化率を求める工程;および
得られた表面プラズモン共鳴角変化率に基づいて候補物質を選抜する工程
を含む。
【0041】
ミトコンドリアの分極に関連した疾患または状態の具体例としては、細胞の分裂活性に関係する疾患または状態、老化、肥満または肥満に関連した糖尿病、脳卒中もしくは動脈硬化、褐色脂肪細胞または肝細胞におけるミトコンドリアの分極に関連した疾患または状態、がんおよびアポトーシスに関連した疾患または状態を挙げることができる。
[実施例]
【0042】
以下に、ミトコンドリア分極状態モニタリングの実施例を示す。
【0043】
装置:
SPRシグナルの測定および蛍光顕微鏡観察は、測定対象物である生細胞の上部に蛍光顕微鏡、下部にSPRセンサーを有する装置により行なった。模式図を図1に示す。SPRセンサーはkretschmann配置の光学系を用い、プリズムにBK7(屈折率1.51)、光源として半導体レーザー(波長670nm、出力3mW、ビーム径1mm)、検出器にはシリコンフォトダイオード検出器を用いた。測定は、特記しない限り、大気下(O2:20%、CO2:0.035%)で行った。
【0044】
蛍光顕微鏡観察は、顕微鏡にAxioplan 2(Carl Zeiss)、光源は75Wキセノンランプ、検出器にはNTE/CCD Detector MicroMAX-512BFT(Princeton Instruments)を用いた。また画像の取得および解析は蛍光解析ソフトMetaFluor Imaging System Ver.4.6.5 (Universal Imaging)により行なった。
【実施例1】
【0045】
[脂質代謝促進物質の評価]
供試細胞には、ヒト肝臓がん細胞HepG-2を用いた。37℃、CO25%濃度下、非必須アミノ酸100μM、ペニシリン50units/mL、ストレプトマイシン50μg/mL、FBS 10%(v/v)を含む液体培地EMEMを完全培地とし、完全培地にて前培養した後実験に用いた。
また、脂質代謝促進物質としては、fenofibrate(2-[4-(4-Chlorobenzoyl)phenoxy] -2-methylpropanoic acid isopropyl ester)を用い、25および50 μM添加時の脂質代謝活性について評価を行なった。溶媒にはDMSO(dimethyl sulfoxide)を用いた(培地への添加後の最終濃度として0.1%(v/v)DMSOを含む)。またcontrolには最終濃度0.1%(v/v)となるようにDMSOのみ加えた。
【0046】
1. SPRによる脂質代謝活性評価
供試細胞は、前培養後、シャーレから剥離し、細胞濃度を完全培地中2×106 cell/mLに調製し、その細胞懸濁液100μLを基板上に滴下し、37℃、CO25%濃度下にて18時間培養した。18時間後、基板をSPRセンサー上のプリズムに設置し、基板上を5mLのEMEMで満たし、測定を開始した。測定開始10分後、fenofibrateを含む培地と交換し、さらに50分間測定を続けた。その結果、図2に示すように、特に試薬添加後約20分付近から、脂質代謝の活性化に起因するミトコンドリアの分極によりSPRシグナルの変化(−)が認められた。
【0047】
2. 蛍光試薬JC-1によるミトコンドリア分極状態のモニタリング
供試細胞は、前培養後、シャーレから剥離し、細胞濃度を完全培地中2×106cells/mLに調製し、その細胞懸濁液100μLを基板上に滴下し、37℃、CO25%濃度下にて18時間培養した。18時間後、JC-1 iodideを2.5μM含むEMEM 100μL(最終濃度0.1%のDMSOを含む)と交換後、CO2インキュベーター内(37℃、CO2濃度5%)に20分間置いた。20分後、JC-1 iodideを含む培地を除くためEMEMで基板上培地を交換した後、装置測定部に設置し、5mLのEMEMで満たし、37℃下にて測定を行なった。蛍光強度観察は、観察倍率630倍で行った。励起フィルターにより485±20 nmを透過し、蛍光検出には515〜565 nm透過のフィルターセット、ならびに575〜640 nm透過のフィルターセットを用いた。測定開始10分後、EMEMを除き、Fenofibrateを含む培地と交換し、測定を続けた。controlはDMSOを0.1%(v/v)を含む培地を用いた。その結果、図3に示すように、特に試薬添加後約20分付近から、脂質代謝の活性化に起因するミトコンドリアの分極により蛍光強度の増加が認められた。また、図4に示すように、SPRシグナルの時間変化率とミトコンドリアの分極程度に高い相関(r = 0.990)が認められ、SPRシグナルの変化がミトコンドリアの分極状態の変化に起因することが示された。
【実施例2】
【0048】
[アポトーシス誘導物質の評価]
供試細胞にはヒトすい臓がん細胞MIA PaCa-2を用いた。37℃、CO25%濃度下において、非必須アミノ酸100 μM、ペニシリン50 units/mL、ストレプトマイシン50μg/mL、FBS10%(v/v)を含む液体培地EMEMにて培養した。
【0049】
また、アポトーシス誘導物質としては、Quercetinおよびtrans-resveratrolを用い、非アポトーシス誘導物質のrutinをネガティブコントロールとして用いた。使用時の最終濃度10、25、50、100 μMに対し、それぞれ1000倍濃度溶液(10、25、50、100 mM)をdimethyl sulfoxide (DMSO)を溶媒として調製し、ストックとした。
【0050】
また、アポトーシス誘導物質として市販抗がん剤であるHerceptinも用い、使用時の最終濃度1、10、100 μg/mLに対し、それぞれ1000倍濃度溶液を、生理食塩水を希釈溶媒として調製し、ストックとした。
【0051】
1. SPRシグナル測定
SPRシグナル測定は、細胞の接着した基板をマッチングオイル(屈折率1.51)を介してSPRセンサーのプリズム上に設置し、基板上を5 mLのEMEMで満たし、SPRシグナル測定を開始した。測定開始10分後に、EMEMを一旦除き、100 μMのquercetin、trans-resveratrol、rutin、Herceptinのいずれかを含む新しいEMEM 5mL(フェノール成分の溶媒として用いたDMSOを最終濃度で0.1%(v/v)含む)、もしくはcontrolとして0.1%のDMSOのみを含むEMEM 5mLと交換した後、50分間測定を続けた。その結果、図5に示すように、特に薬剤投与後35分以降において、アポトーシス誘導物質によるミトコンドリアの脱分極に起因してSPRシグナルの変化(+)が認められた。
【0052】
2. 蛍光試薬JC-1によるミトコンドリア分極状態のモニタリング
シャーレから細胞を剥離後、液体培地により細胞懸濁液とし、液体培地により適宜細胞濃度2x106cells/mLに調製した。調製後、細胞懸濁液100μLを基板上に滴下し、37℃、CO2濃度5%下にて20時間培養した。
【0053】
20時間後、基板上を5 mLのPBSですすぎ、培地と接着しなかった細胞を除いた。ミトコンドリアの分極状態測定用の蛍光指示薬として、JC-1 iodideを5 μM含むEMEM 100 μL(最終濃度0.1%のDMSOを含む)を滴下し、CO2インキュベーター内(37℃、CO2濃度5%)に30分間置いた。30分後、基板上を5 mLのPBSですすぎ、装置測定部に設置した後、5 mLのEMEMで満たし、37℃下にて測定を行なった。蛍光強度観察は、観察倍率200倍で行った。励起フィルターにより485±20 nmを透過し、蛍光検出には515〜565 nm透過のフィルターセット、ならびに575〜640 nm透過のフィルターセットを用いた。測定開始10分後、EMEMを除き、100 μMのquercetinまたはtrans-resveratrolを含む新しいEMEM 5 mL(溶媒として用いたDMSOを最終濃度で0.1%(v/v)含む)、もしくはcontrolとして0.1%のDMSOのみを含むEMEM 5 mLと交換した後、50分間測定を続けた。その結果、図6に示すように各々のアポトーシス誘導物質により時間依存的なミトコンドリア脱分極の様子が確認された。
【0054】
また、実施例1〜3に示したSPRセンサーによる得られるシグナルの変化が、ミトコンドリアの脱分極に由来するものであることを確認するために、実施例3を例にとり、試薬直後の細胞膜表面への試薬の結合や細胞膜の分極状態変化などのミトコンドリア分極状態モニターに好ましくない細胞応答が収束した後、5分間程度(実施例3では、試薬投与後35〜40分)におけるSPRシグナルの変化量と同様の時間帯における蛍光標識により得られたミトコンドリア分極状態変化量を比較したところ、図7に示すように非常に高い相関(r = 0.936)が得られた。
【0055】
3. ミトコンドリア脱分極抑制によるアポトーシス阻害試験
さらに、SPRシグナルの変化がミトコンドリアの分極状態の変化を検出したものであることを確認するため、quercetinおよびtrans-resveratrolによりがん細胞にアポトーシスが誘導される際のミトコンドリアの脱分極を阻害する試薬を用いて、確認を行った。ミトコンドリアの供試細胞MIA PaCa-2は上述の条件と同様に、37℃、CO2濃度5%下において基板上で20時間培養した。アポトーシス阻害剤としてミトコンドリア膜上に結合し、ミトコンドリア膜の脱分極、cytochrome c放出の阻害を行なうBcl-xL BH4(4-23)(Human), Cell-Permeable(以下、TAT-BH4と示す)を用いた。測定開始15分前に基板上の液体培地を除き、100 nMの阻害剤を含むEMEM100 μLと交換し、37℃、CO25%濃度下で15分間インキュベートし、細胞内へ阻害剤の導入を行なった。もしくは、controlとして阻害剤の溶媒として用いたPBS(-)を等量含むEMEM100 μLとの交換を行なった。細胞の接着した基板を装置測定部に設置し、基板上を5 mLのEMEMで満たし、上述の方法と同様に蛍光強度測定およびSPRシグナル測定を開始した。測定開始10分後に、EMEMを一旦除き、100 μMのquercetin、trans-resveratrolのいずれかを含む新しいEMEM 5 mL(フェノール成分の溶媒として用いたDMSOを最終濃度で0.1%(v/v)含む)、もしくはcontrolとして0.1%のDMSOのみを含むEMEM 5 mLと交換した後、50分間測定を続けた。その結果、図8および9に示す蛍光標識により確認したミトコンドリアの脱分極阻害の様子と同様に、図10および11に示すようにSPRシグナルの変化においてもシグナルの変化が抑制されることが確認され、SPRセンサーにより検出されるシグナルがミトコンドリアの分極状態の変化であることが確認された。
【実施例3】
【0056】
[多剤併用効果の評価]
アポトーシス誘導物質(抗がん作用物質)の多剤併用による相乗効果を評価した。該相乗効果が知られている物質として、Quercetinおよびtrans-Resveratrolを用いた。両者の多剤併用によるアポトーシスにおける相乗効果については、Mouria, M. et al. Food-derived polyphenols inhibit pancreatic cancer growth through mitochondrial cytochrome c release and apoptosis. Int. J. Cancer. 98, 761-769 (2002)に示されている。
【0057】
1. 細胞数測定から算出した生存率による多剤併用の評価(標準法)
多剤併用による効果の評価は、供試薬と細胞を共培養し、アポトーシスにより減少した細胞数を計数する方法により行った。供試細胞にはヒトすい臓がん細胞MIA PaCa-2を用いた。培地として、FBS 10%(v/v)、ペニシリン50units/mL、ストレプトマイシン50μg/mL、非必須アミノ酸 100μMを含むEMEM (Eagles' minimum essential medium)を用いて、5×104cells/mlの細胞懸濁液として調製し、6cmシャーレにそれぞれ5mLずつ分注し、37℃、CO25%濃度下にて前培養した。24時間後、上述の培地に加えてquercetin 25μM、trans-resveratrol 25μMまたはquercetin 25μMおよびtrans-resveratrol 25μMのいずれかを含む新しいEMEM 5mL(フェノール成分の溶媒として用いたDMSOを最終濃度で0.1%(v/v)含む)、あるいはcontrolとしてDMSO 0.1%(v/v)のみを含むEMEM 5mLと交換し、培養した。培地交換から48時間後、トリパンブルー染色後、血球計算板により細胞数を計測し、各条件についてcontrolの細胞数を100として比較を行った。
【0058】
2. SPRシグナル測定
装置は上述したSPRセンサー(角度調節型)を用い、37.0℃温調下にてSPR共鳴角測定を行った。生存率測定と同様にして、2(106 cells/mlの細胞懸濁液を調製し、その細胞懸濁液100μLをSPR測定用金基板上に滴下し、37℃、CO2濃度5%下にて20時間培養した。20時間後、基板をSPRセンサー上のプリズムに設置し、基板上を5mLのEMEMで満たし、測定を開始した。測定開始10分後、quercetin 25μM、trans-resveratrol 25μMまたはquercetin 25μMおよびtrans-resveratrol 25μMのいずれかを含む新しいEMEM 5mL(フェノール成分の溶媒として用いたDMSOを最終濃度で0.1%(v/v)含む)、あるいはcontrolとしてDMSO 0.1%(v/v)のみを含むEMEM 5mLと交換し、さらに50分間、SPR共鳴角変化の測定を続けた。
【0059】
結果
細胞数計数から算出した、コントロールを100とした場合の生存率を図12に示す。Quercetin、もしくはtrans-resveratrolのみを投与した条件では、それぞれ、76.1%、56.2%の生存率であったが、両者を併用投与した条件ではがん細胞生存率17.8%と、両者の抗がん作用効果の和(32.3%の生存率に相当)以上の抗がん作用効果が得られた。このことから、quercetinとtrans-resveratrolの併用による抗がん作用の相乗効果が確認された。
【0060】
図13に、quercetin、trans-resveratrol、それぞれ単独で、ならびに両者を併用投与した際のSPR共鳴角経時変化測定の結果を示す。quercetin、trans-resveratrolの単剤投与では、投与後50分で0.05°程度のSPR共鳴角変化であったが、両者の併用投与では0.2°以上の共鳴角変化が観察された。実施例2に示すように、quercetinおよびtrans-resveratrolの投与により得られるSPR共鳴角の変化は、がん細胞に対するアポトーシス誘導時のミトコンドリア膜電位の変化(脱分極)である。本実施例により、2種類の物質を併用投与した場合でも、がん細胞に対するアポトーシス誘導の相乗効果に対応したミトコンドリア膜電位の変化を検出できることが示された。
【0061】
さらに、図13に示したSPR共鳴角変化から、標準法(細胞数測定により算出した生存率)の結果との相関を求めるため、試薬投与後、35〜40分のSPR共鳴角変化からSPR共鳴角変化速度(deg/sec)を算出した。この値は、標準法により求めた生存率と相関を示した(図14)。SPR法による生細胞のミトコンドリア膜電位変化測定により、2種の試薬の併用による相乗効果の場合でも、迅速かつ定量的に抗がん作用の効果が予測可能であった。
【実施例4】
【0062】
[RNA干渉(RNA interference: RNAi)の評価]
small interfering RNA(siRNA)によるRNA干渉(RNA interference:RNAi)を評価した。細胞内においてアポトーシス抑制に働いているとされる分子Bcl-2をRNAiによりノックダウンし、アポトーシスを誘導した。その際のミトコンドリア分極状態の変化をSPRによりモニタリングし、その変化量からsiRNAの有効性を評価した。Bcl-2のsiRNAによるアポトーシス誘導についてはFeng, L.F. et al. Bcl-2 induced apoptosis and increased sensitivity to 5-fluorouracil and HCPT in HepG2 cells. J. Drug Targeting 14, 21-26 (2006)に示されている。
【0063】
1. 細胞数測定から算出した生存率によるsiRNAの有効性評価(標準法)
siRNAの有効性評価は、Bcl-2がノックダウンされた結果、アポトーシスにより減少した細胞数を計数する方法により行った。供試細胞にはヒトすい臓がん細胞MIA PaCa-2を用いた。培地として、FBS 10%(v/v)、ペニシリン50units/mL、ストレプトマイシン50μg/mL、非必須アミノ酸 100μMを含むEMEMを用いて、1×104 cells/mLの細胞懸濁液として調製し、24ウェルシャーレディッシュにそれぞれ1mLずつ分注し、37℃、5%CO2濃度下にて前培養した。24時間後、上述の培地に加えてBcl-2 siRNA (配列はGenes Dev. 17(7)832-837 (2003)を参照)50nM、100nMまたはcontrolとしてsiRNAの導入に用いるトランスフェクション試薬をsiRNA導入時と同濃度含むEMEM 1mLと交換し、培養した(Cell Signaling Technology社 SignalSilence TMBcl-2 siRNA Kit (Human Specific) をキットのプロトコルに従って使用)。培地交換から48時間後、トリパンブルー染色後、血球計算板により細胞数を計測し、各条件についてcontrolの細胞数を100として比較を行った。
【0064】
2. SPRシグナル測定
装置は角度調節型SPRセンサーを用い、37.0℃温調下にてSPR共鳴角測定を行った。生存率測定と同様にして、2(106cells/mlの細胞懸濁液を調製し、その細胞懸濁液100μLをSPR測定用金基板上に滴下し、37℃、CO2濃度5%下にて20時間培養した。20時間後、Bcl-2 siRNA 50nM、100nMもしくはcontrolとしてsiRNAの導入に用いるトランスフェクション試薬のいずれかを含む新しいEMEM 5mLと交換し、さらに1時間、トランスフェクションバッファーの共存による外乱を落ち着かせるため、また、試薬投与後からミトコンドリア膜電位が検出感度に達するほどの大きさ、頻度で起こるまでのタイムラグを考慮して、37℃、CO2濃度5%下にて静置した後、供試細胞の応答を、SPR共鳴角変化として50分間測定した。
【0065】
結果
標準法の結果(細胞数計数から算出した、コントロールを100とした場合の生存率)を図15に示す。Control条件に対し、Bcl-2 siRNA 50nMを投与した条件では、80%、100nMでは70%程度の生存率となり、siRNAによるアポトーシス誘導により細胞数が減少していることが確認された。
【0066】
図16に、各濃度siRNAもしくはトランスフェクション試薬のみ投与1時間後からのSPR共鳴角経時変化の結果を示す。いずれの条件においても測定開始15分後付近から安定したSPR共鳴角変化が観察され、Bcl-2 siRNA 50nM もしくは100nMを投与した条件では、ミトコンドリア膜電位変化(脱分極)を示すSPR共鳴角の増加が確認された。このことから、アポトーシス抑制因子であるBcl-2をRNAiによりノックダウンすることで誘導されるアポトーシスをミトコンドリア膜電位の変化として検出できることが示された。
【0067】
さらに、図16に示したSPR共鳴角変化から、標準法(細胞数測定により算出した生存率)の結果との相関を求めるため、測定開始後、35〜40分のSPR共鳴角変化よりSPR共鳴角変化速度(deg/sec)を算出した。この値は、標準法により求めた生存率と相関を示した(図17)。以上の結果より、SPR法によりRNAiを非常に迅速に定量評価できることが示された。
【実施例5】
【0068】
[ミトコンドリア膜電位変化加速法]
測定に用いる細胞外溶液のpHの制御により、生細胞中のミトコンドリア膜電位変化速度を制御する方法を示す。pH変化は、細胞外溶液(緩衝液)外部の大気中のCO2濃度の制御によって細胞外溶液の平衡を変化させることにより行った。
【0069】
装置は上述のSPRセンサー(蛍光顕微鏡付属、角度調節型)を用い、37.0℃温調下にて行った。供試細胞にはヒトすい臓がん細胞MIA PaCa-2を用いた。37℃、CO25%濃度下において、非必須アミノ酸100 μM、ペニシリン50 units/mL、ストレプトマイシン50μg/mL、FBS10%(v/v)を含む液体培地EMEMにて培養した。ミトコンドリア膜電位変化の誘導には、アポトーシス誘導試薬であるtrans-resveratrolを用いた。測定時のpHの変化CO2濃度およびO2濃度の制御は流量計により、各種気体の流量を調節して行った。
【0070】
1. SPRシグナル測定
SPRシグナル測定は、細胞の接着した基板をマッチングオイル(屈折率1.51)を介してSPRセンサーのプリズム上に設置し、基板上を5 mLのEMEMで満たし、SPRシグナル測定を開始した。測定開始10分後に、EMEMを一旦除き、100 μMのtrans-resveratrolを含む新しいEMEM 5mLと交換した後、50分間測定を続けた。測定は、Air下(大気下。O2:20%、CO2:0.035%)、CO2 2.5%下、またはCO2 5.0%下で、それぞれ行った。CO2濃度の調節は、流量計で空気(大気)とCO2 ボンベから供給されるCO2 ガスを混合することで行った。結果を図18に示す。
【0071】
2. 蛍光試薬JC-1によるミトコンドリア分極状態のモニタリング
シャーレから細胞を剥離後、液体培地により細胞懸濁液とし、液体培地により適宜細胞濃度2x106cells/mLに調製した。調製後、細胞懸濁液100μLを基板上に滴下し、37℃、CO2濃度5%下にて20時間培養した。20時間後、基板上を5 mLのPBSですすぎ、培地と接着しなかった細胞を除いた。ミトコンドリアの分極状態測定用の蛍光指示薬として、JC-1 iodideを5 μM含むEMEM 100 μL(最終濃度0.1%のDMSOを含む)を滴下し、CO2インキュベーター内(37℃、CO2濃度5%)に30分間置いた。30分後、基板上を5 mLのPBSですすぎ、装置測定部に設置した後、5 mLのEMEMで満たし、37℃下にて、上記1.の場合と同様に、Air下(大気下。O2:20%、CO2:0.035%)、CO2 2.5%下、またはCO2 5.0%下で、それぞれ測定を行った。蛍光強度観察は、観察倍率200倍で行った。励起フィルターにより485±20 nmを透過し、蛍光検出には575〜640 nm透過のフィルターセットを用いた。測定開始10分後、EMEMを除き、100 μMのtrans-resveratrolを含む新しいEMEM 5 mL(溶媒として用いたDMSOを最終濃度で0.1%(v/v)含む)と交換した後、50分間測定を続けた。試薬投与直後の細胞膜表面への試薬の結合や細胞膜の分極状態変化などのミトコンドリア分極状態モニターに好ましくない細胞応答が収束した後、5分間程度(実施例5では、試薬投与後35〜40分)における、蛍光標識により得られたミトコンドリア分極状態変化を観察した。各時間における蛍光観察画像中から、ミトコンドリア膜電位の大きさに対応する蛍光強度の積算値を算出した。積算値の経時変化を求めたもの(ミトコンドリア膜電位の35〜40分における変化速度)と、CO2濃度との関係を図19に示す。
【0072】
結果
図18に示すように、Air(大気下。O2:20%、CO2:0.035%)>CO2 2.5%>CO2 5.0%の順に、CO2濃度が高くなるにつれ、SPR共鳴角変化の増加として検出されるミトコンドリア膜電位の減少が加速する結果となった。図19に示されるように蛍光試薬を用いたミトコンドリア膜電位変化測定においても同様の結果であった。測定開始前、細胞外溶液である培地(緩衝液)のpHは7.3であったのに対し、50分にわたる測定の終了時、培地は、大気下でpH 8.4付近、CO2 2.5%下でpH 7.8付近、CO2 5%下でpH 7.5付近であった。pHの変化は直線的変化である。この結果から培地のpHの変化速度を算出すると、大気下で約pH0.022/min、CO2 2.5%下で約pH0.01/min、CO2 5%下で約pH0.004/minとなる。pHの変化速度と、ミトコンドリア膜電位の35〜40分における変化速度との関係を図20に示す。図20から、pHの変化速度とミトコンドリア膜電位の変化速度が相関することが示された。
【0073】
一般にミトコンドリアの膜電位を測定する実験系である、CO2濃度5%の状態のpH変化速度(本実施例5ではpH0.004/min)の条件を、ミトコンドリア膜電位の変化が加速していない状態とすると、これ以上のpH変化速度の条件ではミトコンドリア膜電位変化が加速されることになる。pH変化速度とミトコンドリア膜電位の変化速度との関係は、細胞の種類や刺激の種類によって多少異なるが、pH変化速度が速いほどミトコンドリア膜電位の変化速度が速く、ミトコンドリアの分極状態の変化の検出に好ましいと考えられる。
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面プラズモン共鳴(SPR)センサーを用い、ミトコンドリアの分極状態を非標識、リアルタイムで測定する方法に関するものである。この方法は、ミトコンドリアの分極状態が関与する生体現象のモニタリングおよび薬剤開発に有用である。例えば、抗がん剤、脂肪燃焼物質、糖尿病のための薬剤のスクリーニング、老化を含む細胞活性のモニタリング、薬剤の効果の定量等に用いることができる。
【背景技術】
【0002】
ミトコンドリアは動植物を含め真核細胞生物全般に存在する細胞内小器官の一つであり、生体の生命維持に不可欠なエネルギー代謝において重要な働きを担っている。このため、細胞分裂時、細胞死滅時および老化の過程や、がん、糖尿病、肥満などの各種病変において、ミトコンドリアの活動は細胞の状態と密接に関連しており、その一つの指標としてミトコンドリアの分極状態の変化が挙げられる。例として挙げると、老化した細胞ではミトコンドリアの分極程度が低下することや、逆に細胞分裂活性の高い細胞では分極程度が高いこと(Biological Signals and Receptors 2001;10:176-188)が知られている。また、がん細胞に対して抗がん剤を投与した際、細胞が毒物に暴露された際、脂肪細胞が脂肪を燃焼する際など様々な細胞応答に際してミトコンドリアの分極状態は様々に変化する(抗がん:Apoptosis 2005;10:687-705、毒物:Hepatology 2000;31;1141-1152およびToxicological Sciences 2005;86(2):436-443、脂質代謝:Biophysical journal 2002;82(1):1673 part2およびFEBS Letters 1984;170(1):181-185)。このため、ミトコンドリアの分極状態のモニターは各種の病状の診断や薬剤の開発において有効な指標の一つとして用いられている。
【0003】
細胞内ミトコンドリアの分極状態のモニタリングは、電位に応答する蛍光色素を細胞内に導入すると、電位の高いミトコンドリアで凝集し、蛍光波長が変化し、また電位の変化に応じて蛍光強度が変化する様子を、蛍光顕微鏡、フローサイトメトリーまたは分光光度計などにより検出する方法が一般的である。
【0004】
一方、表面プラズモン(surface plasmon resonance; SPR)装置は、表面プラズモン共鳴現象を利用し、共鳴角度変化を測定することができる装置である。この共鳴角度変化は、センサ部の金膜表面近傍における誘電率の変化に依存する。SPR装置においては、対象を金膜上に固定し、それに対するリガンドを供する。生体分子はそれぞれ固有の誘電率を有しているが、金膜上に固定化された対象とリガンドとの結合が生じた場合は複合体が形成され、誘電率が変化する。したがって金属膜表面の誘電率を追うことにより、生体分子間の結合の有無、結合量、結合速度等に関する情報を得ることができる。
【0005】
SPR装置においては、タンパク質等の生体分子のみならず、生細胞を測定対象とすることもできる。
【0006】
例えば、特開2002-85089号公報は、表面プラズモン共鳴装置を用いて生細胞に対する外部刺激の生理活性を評価する方法を開示する。この方法においては、細胞が刺激されている期間のシグナル(1次シグナル)だけではなく、1次シグナルに引き続き出現する2次シグナルを指標として外部刺激の細胞活性を評価することを特徴としている。より具体的には、SPR装置内に固定した生細胞にリガンドが結合すると、その量に比例してベースラインが上昇し、安定化する(1次シグナル)が、リガンドが細胞に対して生理活性を持つ場合、初期シグナルに続いて、単なる結合シグナルとは明らかに異なるベースラインの上昇あるいはベースラインの周期的な変動(2次シグナル)が観測される。このような2次シグナルは生理活性が確認されているリガンドを添加したときにのみ現れることから、リガンドが生細胞へ結合することにより引き起こされる何らかの生体反応を反映していると考えられ、したがってこの方法によれば、細胞に対する外部刺激の生理活性を正確に評価することが可能であるとしている。そして、この方法においては、2次シグナルとして、外部刺激が除去された後に出現するシグナルを測定することを好ましい態様としている。実施例としては、(1) CTLL-2細胞(浮遊細胞)とIL-2との反応、(2) Papilla細胞(間葉系系細胞)とbFGFの反応、(3) mast cell(肥満細胞)の抗原に対する反応が検討されている。そして(1) については、IL-2で刺激されている数分間に得られる1次シグナル、およびその後に出現する2次シグナルを得て、CTLL-2細胞とは本来結合しない試薬を添加したときには2次シグナルが観測されなかったことから、細胞がIL-2と結合したときに生じる何らかの現象をSPR装置が捉えたと結論し;(2) については、bFGFとリン酸化阻害剤(SU4984)を注入した場合に、注入10分後にシグナルがプラトーになった一方で、bFGFのみを注入した場合にはシグナルは上昇しつづけたことから、bFGFの結合によって引き起こされるシグナル伝達がリン酸化阻害剤によって抑えられたことを反映していると結論し;さらに(3) については、IgEで感作しているmast cellでは特異的な抗原抗体反応による活性化を反映した強いシグナル(2次シグナル)が観測されるが、未感作のmast cellでは特徴的な変化は認められず、また、IgEには結合するが細胞は活性化しないDNP-lysineを添加した場合には、DNP-lysineの結合に伴う1次シグナルは観察されたが、2次シグナルは認められなかったことから、この方法により、細胞の活性化を迅速に測定可能であると結論している。
【0007】
特開2002-85089号公報は、既存の反応系での検討により生じることが明らかな特定の現象が、表面プラズモン共鳴装置では2次シグナルに反映されていることを開示するものである。また、特開2005-17081号公報は、SPR装置を用いた抗がん作用物質のスクリーニング方法を開示する。この方法は、がん細胞に目的とする試薬を作用させて表面プラズモン共鳴を測定し、表面プラズモン共鳴の時間に対する変化率が安定している時間帯における表面プラズモン共鳴変化率を求め、得られた表面プラズモン共鳴変化率に基づいて、目的試薬の抗がん作用の程度を評価するものである。実施例では、抗増殖作用を有するクェルセチンについて、測定開始後2700〜3000秒(試薬の投与は、測定開始後600秒の時点)の5分間における表面プラズモン共鳴応答により得られたカーブの傾きを求め、一方で試薬に対する生存率を試薬投与から48時間後のトリパンブルー染色により求め、両者に相関が合ったことから、所定の短時間での表面プラズモン共鳴応答の変化率を測定することにより、細胞の生存率、すなわち抗がん作用を定量的に評価することができると結論している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2002-85089号公報
【特許文献2】特開2005-17081号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Biological Signals and Receptors 2001;10:176-188
【非特許文献2】Apoptosis 2005;10:687-70
【非特許文献3】Hepatology 2000;31;1141-1152
【非特許文献4】Toxicological Sciences 2005;86(2):436-443
【非特許文献5】Biophysical journal 2002;82(1):1673 part2
【非特許文献6】FEBS Letters 1984;170(1):181-185
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上述した蛍光顕微鏡、フローサイトメトリーまたは分光光度計などによりミトコンドリアの脱分極を検出する手法は、蛍光試薬の導入が必須であるため、煩雑な作業を要するとともに、蛍光試薬の導入に伴う細胞への影響、蛍光試薬導入量の不均一性に起因する再現性の低さ、検出に時間がかかること等が問題として挙げられる。
【0011】
一方、細胞からミトコンドリアのみを分画し、溶液中に分散させた状態で電極などにより、非標識で直接電位測定する方法もあるが、細胞内外で外部刺激に対するミトコンドリアの応答は全く異なるため、生体内でのミトコンドリアの応答モニタリング法としては適当ではない。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、種々の外部刺激に対する生細胞の応答をモニタリングする方法を鋭意検討してきた。そして、表面プラズモン共鳴角装置を用いることにより、ミトコンドリアの分極状態の変化を検出できることを見いだし、本発明を完成した。
【0013】
本発明は、以下の発明を提供する:
〔1〕生細胞内のミトコンドリアの分極状態の変化を検出する方法であって、
表面プラズモン共鳴装置を用いて、該生細胞のミトコンドリアの分極状態の変化に起因する表面プラズモン共鳴角の変化を検出する工程を含む、前記方法。
〔2〕生細胞内のミトコンドリアの分極状態の変化を検出する方法であって:
生細胞へ一または複数の物質を供与する工程;および
生細胞に物質を供与した後に、ミトコンドリアの分極状態の変化に起因する表面プラズモン共鳴角の変化を検出する工程
を含む、前記方法。
〔3〕ミトコンドリアの分極状態の変化に起因する表面プラズモン共鳴角の変化を検出する工程が、表面プラズモン共鳴角の変化がミトコンドリアの分極状態の変化にのみに起因する時間帯におけるその変化を検出する工程である、〔2〕に記載の方法。
〔4〕ミトコンドリアの分極状態の変化に起因する表面プラズモン共鳴角変化を検出する工程が、物質を供与した時から20分経過以後、より好ましくは30分経過以後、さらに好ましくは35分経過以後の時間帯のその変化を検出する工程である、〔2〕に記載の方法。
〔5〕検出した表面プラズモン共鳴角の変化が一定である時間帯であって、少なくとも1分間、好ましくは3分間以上、より好ましくは5分間以上、さらに好ましくは10分間以上である時間帯を特定し、その時間帯における表面プラズモン共鳴角の変化率を求める工程をさらに含む、〔3〕または〔4〕に記載の方法。
〔6〕特定した時間帯が、その時間帯における表面プラズモン共鳴角の変化率が、該時間帯を含みそれより10%以上長い時間帯における表面プラズモン共鳴角の変化率の±10%以内である、〔5〕に記載の方法。
〔7〕求めた変化率と、ミトコンドリアの分極状態に与える影響の程度が分かっている物質について同様に求めた表面プラズモン共鳴角の変化率とを比較する工程を含む、〔4〕に記載の方法。
〔8〕前記生細胞が、培養がん細胞である、〔1〕または〔2〕に記載の方法。
〔9〕前記生細胞内のミトコンドリアの分極状態の変化が、以下の工程(a)〜(h)、好ましくは(a)〜(d)の、1つ以上、好ましくはいずれか1つ:
(a) 生細胞へ脂質代謝促進物質を供与する工程;
(b) 生細胞へ細胞のアポトーシス誘導物質を供与する工程;
(c) 生細胞へsiRNAを供与する工程;
(d) 生細胞へ抗がん物質を供与する工程;
(e) 生細胞へ発がん物質を供与する工程;
(f) 生細胞へ細胞の分裂活性に影響を与える物質を供与する工程;
(g) 生細胞へ内分泌かく乱物質を供与する工程;
(h) ) 生細胞へ細胞に対する毒性物質を供与する工程;
の後に検出される、請求項1または2に記載の方法。
〔10〕前記表面プラズモン共鳴角の変化を検出する工程における細胞外溶液のpHの変化速度が、pH0.005/min以上、より好ましくはpH0.01/min以上、さらにより好ましくはpH0.02/min以上である〔1〕または〔2〕に記載の方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明により、ミトコンドリアの分極状態の変化が、表面プラズモン共鳴角の変化として検出可能であることが明らかとなった。さらに、該ミトコンドリアの分極状態の変化速度は、測定の際のpH変化速度の制御により制御可能であることが明らかとなった。
【0015】
本発明により、従来技術で問題となっていた蛍光試薬導入に伴う煩雑さ、細胞への影響および試薬導入量の不均一性に起因する蛍光強度の低再現性の問題などが解消される。また、従来技術によるよりも短時間でミトコンドリアの分極状態の変化が検出できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】図1は、実施例で用いた装置の模式図である。
【図2】図2は、SPRセンサーを用いた、脂質代謝活性物質Fenofibrateによるミトコンドリア分極状態の変化についての測定結果を示すグラフである。
【図3】図3は、蛍光顕微鏡観察を用いた、脂質代謝活性物質Fenofibrateによるミトコンドリア分極状態の変化についての測定結果を示すグラフである。
【図4】図4は、実施例2において、SPRシグナル時間変化率(試薬投与後35〜45分)と蛍光強度時間変化率(試薬投与後35〜45分)の相関を示したグラフである。
【図5】図5は、SPRセンサーを用いた、アポトーシス誘導物質投与時のミトコンドリア脱分極変化についての測定結果を示すグラフである。
【図6】図6は、蛍光顕微鏡観察による、アポトーシス誘導物質投与時のミトコンドリア脱分極変化についての測定結果を示すグラフである。
【図7】図7は、SPRシグナル時間変化率(試薬投与後35〜40分)と蛍光強度時間変化率(試薬投与後35〜40分)の相関を示したグラフである。
【図8】図8は、ミトコンドリア脱分極阻害時のアポトーシス誘導物質(Quercetin)投与によるミトコンドリア脱分極変化を示すグラフである(蛍光顕微鏡観察)。
【図9】図9は、ミトコンドリア脱分極阻害時のアポトーシス誘導物質(trans-Resveratrol)投与によるミトコンドリア脱分極変化を示すグラフである(蛍光顕微鏡観察)。
【図10】図10は、ミトコンドリア脱分極阻害時のアポトーシス誘導物質(Quercetin)投与によるミトコンドリア脱分極変化についての結果を示すグラフである(SPRセンサー)。
【図11】図11は、ミトコンドリア脱分極阻害時のアポトーシス誘導物質(trans-Resveratrol)投与によるミトコンドリア脱分極変化を示した結果である(SPRセンサー)。
【図12】図12は、アポトーシス誘導物質(quercetin、trans-Resveratrol)単独または併用投与48時間後の、細胞の生存率を示すグラフである(細胞数測定)。
【図13】図13は、アポトーシス誘導物質(quercetin、trans-Resveratrol)単独または併用投与時の、SPR共鳴角経時変化を示すグラフである(SPRセンサー)。
【図14】図14は、アポトーシス誘導物質(quercetin、trans-Resveratrol)単独または併用投与時の、SPR共鳴角変化速度と細胞の生存率との相関を示すグラフである。
【図15】図15は、siRNA投与48時間後の、細胞の生存率を示すグラフである(細胞数測定)。
【図16】図16は、siRNA投与時の、SPR共鳴角経時変化を示すグラフである(SPRセンサー)。
【図17】図17は、siRNA投与時の、SPR共鳴角変化速度と細胞の生存率との相関を示すグラフである。
【図18】図18は、各CO2濃度条件下におけるSPR共鳴角経時変化を示すグラフである(SPRセンサー)。
【図19】図19は、CO2濃度と、ミトコンドリア膜電位の35〜40分における変化速度との相関を示すグラフである(蛍光顕微鏡観察)。
【図20】図20は、pHの変化速度と、ミトコンドリア膜電位の35〜40分における変化速度との相関を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の方法における「生細胞」は、ミトコンドリアを有する生細胞であれば特に限定されないが、例えば、正常細胞、がん細胞、受精卵、動植物のクローン細胞、ES細胞、がん幹細胞等が挙げられ、これらは培養細胞であっても組織由来の細胞であってもよい。使用する生細胞は、該生細胞内のミトコンドリアの分極状態の変化を検出する目的により適宜選択することができ、例えば、抗癌剤の評価に際しては癌細胞や癌幹細胞、脂質の代謝に際しては肝細胞、分化のモニタリングに際しては受精卵やES細胞、植物の反応評価に際しては植物細胞をそれぞれ使用することが出来るが、これらに限定されるものではない。
【0018】
本発明における「ミトコンドリアの分極状態の変化に起因する表面プラズモン共鳴角の変化を検出する工程」は、表面プラズモン共鳴角の変化が、実質的にミトコンドリアの分極状態の変化にのみに起因する時間帯におけるその変化を検出する工程として実施することができる。表面プラズモン共鳴角の変化が、実質的にミトコンドリアの分極状態の変化にのみに起因する時間帯は、生細胞に物質(例えば、fenofibrate、Quercetin、trans-resveratrol、Herceptin等が挙げられるがこれらに限定されない)(一または複数)を供与する場合においては、通常、物質を供与した時から20分経過以後、より好ましくは30分経過以後、さらに好ましくは35分経過以後の時間帯である。
【0019】
また、表面プラズモン共鳴角の変化が、実質的にミトコンドリアの分極状態の変化にのみに起因する時間帯は、生細胞に、例えばアポトーシスを誘導するsiRNAのような、ミトコンドリアの分極状態の変化に関する物質の影響が現れるまで時間がかかると考えられる物質を供与する場合においては、生細胞に物質を供与した後に、ミトコンドリアの分極状態の変化に関する該物質の影響が現れたとき(例えば物質がアポトーシスを誘導するBcl-2 siRNAである場合、生細胞に物質を供与してから約1時間後)から、20分経過以後、より好ましくは30分経過以後、さらに好ましくは35分経過以後の時間帯である。「ミトコンドリアの分極状態の変化に関する物質の影響が現れたとき」は、物質の種類によって異なり、例えば後述の実施例を参考に、従来技術の手法(例えば、蛍光法、生細胞数測定法)を用いて確認することによって決定することができるであろう。表面プラズモン共鳴装置を用いた場合に、ミトコンドリアの分極状態以外に検出される反応には、細胞膜への物質の結合、およびそれに伴う細胞膜の分極状態変化等があるが、これらの反応は、通常、物質の投与あるいは細胞外溶液の交換など、細胞外部環境の変化後30分程度で収まる(Analytical Biochemistry 2002;302:28-37)ので、その後の時間帯での共鳴角変化を捉えることで、ミトコンドリアの分極状態変化以外の反応は実質的に検出されることはないと考えられる。また、本発明者らの検討により、物質投与あるいは細胞外溶液の交換など、細胞外部環境の変化後約30分経過以降に起こる細胞内での反応は、pH変化速度が好ましい範囲である場合(例えば後述の実施例1〜4の場合)には、実質的には表面プラズモン共鳴角の変化に影響しないことが分かっている(実施例参照)。
【0020】
本発明でいう「生細胞内のミトコンドリアの分極状態への、一または複数の物質の影響を評価する方法」は、2つのケースに大別される。一方は、機能が未知の物質を細胞に投与した場合の表面プラズモン共鳴角の変化を測定し、その反応からミトコンドリア分極状態変化を誘導するか否かを評価する方法であり、他方は、既に蛍光法などを用いてある細胞ではミトコンドリアの分極状態の変化を誘導するか否かが明らかな物質を、別の細胞ではどの程度変化を誘導するかを評価する方法である。前者の場合、従来技術ではミトコンドリアの分極状態変化以外の反応を見てしまう可能性が生じるが、本明細書に開示した方法によれば、ミトコンドリアの分極状態の変化以外の反応は実質的に検出されることはない。
【0021】
本発明の方法は、表面プラズモン共鳴センサーからのシグナルを経時的に記録した場合のグラフの傾き(時間当たりの表面プラズモン共鳴角変化量、すなわち変化率)を利用して、対象物質(一または複数)がミトコンドリアの分極状態の変化に与える影響を定量化する目的でも用いることができる。この場合、表面プラズモン共鳴角の変化が、実質的にミトコンドリアの分極状態の変化にのみに起因する時間帯であって、検出した表面プラズモン共鳴角の変化が一定である時間帯、すなわち表面プラズモン共鳴センサーからのシグナルを経時的に記録した場合のグラフの傾きがほぼ直線である時間帯を特定して、その時間帯におけるグラフの傾きを利用することができる。このような特定した時間帯の長さは、少なくとも1分間、好ましくは3分間以上、より好ましくは5分間以上、さらに好ましくは10分間以上である。より正確な定量を目的とする場合は、その時間帯における表面プラズモン共鳴角の変化率が、該時間帯を含みそれより10%以上長い時間帯における表面プラズモン共鳴角の変化率の±10%以内であるような時間帯の変化率を利用するとよい。
【0022】
具体的には、35〜40分の5分間の場合にはそれより10%以上長い時間、すなわち5分30秒間以上(例えば、30〜45分の10分間)、35〜45分の10分間の場合にはそれより10%以上長い時間、すなわち11分間以上(例えば、30〜50分の15分間)の時間帯における変化率を算出しても、その変化率が、35〜40分の5分間または35〜45分の10分間の時間帯における変化率に対し、それぞれ±10%以内に収まっている場合、その35〜40分の5分間または35〜45分の10分間が選択可能となる。このように、従来の方法よりも短時間(1時間以内)で、生細胞内のミトコンドリアの分極状態の変化を検出できることが本発明の1つの特徴であるが、例えばpH変化速度が遅い場合等、ミトコンドリアの分極状態の変化が遅く検出されると考えられる場合には、本明細書中の記載を参照して、当業者であれば、適宜検出の時間帯を決定することが出来るであろう。
【0023】
本発明により、ミトコンドリアの分極状態に与える影響の程度が分かっている物質について、同様に表面プラズモン共鳴角の変化率を求めておき、対象物質の変化率と比較することができる。さらに、同様に作成した検量線と比較することにより、対象物質のミトコンドリアの分極状態に与える影響の程度を定量的に分析することができる。
【0024】
生細胞内のミトコンドリアの分極状態を変化し得る物質としては、例えば、(a) 脂質代謝促進物質(脂肪燃焼物質);(b) 細胞のアポトーシス誘導物質;(c) siRNA;(d) 抗がん物質;(e) 発がん物質;(f) 細胞の分裂活性に影響を与える物質;(g) 内分泌かく乱物質;(h) 細胞に対する毒性物質;等が挙げられ、このような物質に関して、単剤投与の作用のみならず、多剤併用投与における作用を評価することも可能である。また、このような物質は化合物に限定されるものではなく、例えばアポトーシス誘導に関与するsiRNA等であることも可能である。siRNAによる、生細胞内のミトコンドリアの分極状態の変化を評価する際には、例えば後述の実施例に記載の手法を参照して、siRNA投与後、ミトコンドリアの分極状態の変化に関するsiRNAの影響が現れるまでのタイムラグを考慮することができる。該タイムラグは、細胞の種類や、対象とする細胞の反応の種類にも影響をうけると考えられる。
【0025】
本発明には、表面プラズモン共鳴装置を用いる。
【0026】
表面プラズモン共鳴の原理を説明する。プリズムを用いた場合を説明すると、表面プラズモン共鳴は、金属表面プラズモンをレーザー光などの光により得られるエバネッセント波を用いて共鳴励起することで起こる現象である。エバネッセント波はプリズム内で全反射を起こすことにより、その反射面の反対側に発生させることができ、プリズム上に薄い金属層が存在する際、エバネッセント波は金属層を抜けて金属反対面の表面プラズモンを共鳴励起する。共鳴を起こす条件を決定する要因として金属層と界面をなしている物質の誘電率等があり、分子間相互作用には誘電率等の変化が伴うことから、これにより共鳴条件が決定される。この際、共鳴を誘起できるエバネッセント波の条件も変化するので、逆に共鳴を誘起するエバネッセント波の条件の変化を検出することで誘電率の変化、ひいては分子同士の結合などを知ることができる。実際には、エバネッセント波の条件は入射するレーザー光の入射角θにより変化する。入射角と反射角は等しく、基板の法線に対する角度と定義する。共鳴現象が起こるとき、エバネッセント波は金属層上の物質により影響を受けるため、反射光強度の急激な減衰が起こる。この反射光強度の変化を検出器により検出し、反射光強度の減衰が起きた入射角度(共鳴角)をプロットしていくことにより、金属層上の微小な領域における変化を知ることができる。表面プラズモン共鳴の測定は、プリズムを用いて光を全反射させる方法のほか、回折格子を用いて光の回折を利用する方法も使用することができる。共鳴角を求める方法に基づくと、以下の公式に示すように、εsに相当する測定対象物の誘電率は、共鳴角θを以下のように定義している。測定対象物である生細胞内ミトコンドリアの分極状態の変化は誘電率εsの変化をもたらすため、何らかの刺激によりミトコンドリアの分極状態に変化がある場合、誘電率εsの変化に応じて共鳴角θの変化としてSPRセンサーにより検出可能である。
【0027】
【数1】
【0028】
また、表面プラズモン共鳴の時間に対する変化の測定は、表面プラズモン共鳴角の時間変化や、初期状態での表面プラズモン共鳴角における反射光強度の時間変化などとして求めることができる。上述の共鳴角を求める検出方式のほか、白色光を表面プラズモン共鳴励起光源として用い、検出光を分光し共鳴現象の起こる波長、あるいは固定波長での反射光強度の変化を検出する方法も利用可能である。
【0029】
本発明の方法においては、既存の表面プラズモン共鳴装置を用いることができる。例えば、特開2005-17081号公報に開示された装置を用いてもよい。
【0030】
本発明の方法により、ミトコンドリアの分極状態の変化が検出できていることは、様々な方法により確認することができる。例えば、本発明により得られた変化率と、従来技術の蛍光法(電位に応答する蛍光色素、例えばカチオン性カルボシアニン色素を細胞内に導入し、電位の高いミトコンドリアで凝集して蛍光波長が変化し、また電位の変化に応じて蛍光強度が変化する様子を、蛍光顕微鏡、フローサイトメトリーまたは分光光度計などにより検出する方法)により得られたミトコンドリアの分極に関する値との相関を調べることにより、確認することができる。より具体的な手法は、本発明の実施例を参照することができる。
【0031】
また、例えば、後述の実施例3および4に記載するように、アポトーシス誘導物質を作用させた細胞において、本発明により得られたミトコンドリアの分極状態の変化率と、従来手法である生細胞数測定法により算出した細胞の生存率との間には相関関係が認められる。このことから、本発明の方法により、アポトーシス誘導物質の作用を、従来の生細胞数測定方法より簡便に評価することが可能となる。例えば、後述の実施例を参照して説明すれば、アポトーシス誘導物質の作用を評価する場合、従来の生細胞数測定方法によれば、アポトーシス誘導物質と細胞を48時間以上共培養する工程および細胞を染色し生細胞と死細胞を判別した後血球計算板等を用いて計測する工程が必要であるのに対し、本発明の方法によれば、(細胞を染色することなく)非標識で、かつ通常1時間以内に結果を求めることが可能である。
【0032】
本発明の方法は、生細胞を用いるが、ここで該生細胞の細胞外溶液は、測定の間、細胞が生存可能な溶液であればよく、そのような溶液として例えば細胞の培地、緩衝液、生理食塩水やショ糖溶液が挙げられるが、これらに限定されない。好ましくは、細胞外溶液は細胞の培地である。
【0033】
本発明の方法は、検出の際の生細胞の細胞外溶液のpHの制御により、生細胞中のミトコンドリアの分極状態(ミトコンドリア膜電位)の変化速度を制御することが可能である。より具体的には、細胞外溶液のpHを、高くまたは低く変化させることで生細胞内のミトコンドリアの分極状態の変化速度を速めることができ、この際、pHの変化速度が速いほど、ミトコンドリアの分極状態の位変化速度を速くなる。pHの変化速度は、単位時間あたりのpHの変化率であり、測定前後の細胞外溶液のpH値と測定時間から算出することができる。より具体的は、後述の実施例5に記載のように算出することが出来る。
【0034】
一般にミトコンドリアの分極状態の変化を測定する実験系である、CO2濃度5%の状態のpH変化速度(本実施例5ではpH0.004/min)や、大気中のCO2濃度には影響を受けないような組成の細胞外溶液を利用する場合のpH変化速度等、pHがほぼ一定に保たれるような条件を、ミトコンドリアの分極状態の変化が加速していない状態とすると、これ以上のpH変化速度の条件ではミトコンドリアの分極状態の変化が加速されることになる。pH変化速度とミトコンドリア膜電位の変化速度との関係は、細胞の種類や刺激の種類によって多少異なるが、pH変化速度が速いほどミトコンドリア膜電位の変化速度が速く、ミトコンドリアの分極状態の変化の検出に好ましいと考えられる。好ましいpHの範囲は、細胞等によって多少は異なると考えられる。
【0035】
上記ミトコンドリアの分極状態の変化が加速していない状態では、表面プラズモン共鳴角の変化が、実質的にミトコンドリアの分極状態の変化にのみに起因する時間帯に達するには2時間以上かかるのに対し、このような細胞外溶液のpHの制御により、この時間を30分程度に短縮することができる。細胞外溶液のpHの制御は、例えば細胞外溶液のpHの変化速度を、pH0.005/min以上、より好ましくはpH0.01/min以上、さらにより好ましくはpH0.02/min以上とすることができるが、生細胞の生存が可能な範囲の変化速度である必要がある。細胞外溶液のpHの制御は、生細胞に対する影響を考慮して、当業者に公知の手法を用いることができ、例えば細胞外溶液を徐々に異なるpHの溶液におきかえる、異なるpHの溶液を細胞外溶液に添加する、細胞外溶液外部のCO2濃度を制御する:等の手法により行うことが出来る。より具体的な手法は、本発明の実施例を参照することができる。
【0036】
発明を実施するための好ましい態様
本発明の生細胞内のミトコンドリアの分極状態の変化を検出する方法は、ミトコンドリアの分極に関連した生細胞の性質、例えば分裂活性、老化状態または悪性(がん細胞であるか、正常細胞であるか)を評価するために用いることができる。この場合、条件(細胞系、培養液系、光学的条件など)を統一した細胞間で、表面プラズモン共鳴法により得られる値を比較することにより、目的の活性または作用の程度を判断することができる。
【0037】
本発明の方法は、一または複数の物質の生細胞に対する、ミトコンドリアの分極に関連した作用、例えば脂肪燃焼作用、アポトーシス誘導作用、毒性または内分泌かく乱作用を評価するために用いることができる。
【0038】
細胞の分裂活性の評価:
人工受精や動植物クローンにおける優良細胞の選抜においては分裂活性の高い細胞を選択することが重要であるが、ミトコンドリアの分極状態は細胞の分裂活性と密接に関連するため、本発明を用いて非標識下でミトコンドリアの分極状態をモニタリングすることで上記用途において優良な細胞を非侵襲的に選抜可能である。(Cancer Research 1998;58(13):2869-2875参照)
細胞の老化状態の評価:
老化状態の細胞においては分裂活性が低く、ミトコンドリアの分極状態もこれと関連しているため、ミトコンドリアの分極状態モニタリングから細胞の老化状態のモニタリングが可能である。また、細胞を活性化させ、老化を抑制するような薬剤のスクリーニングに応用可能である。(Biological Signals and Receptors 2001;10:176-188参照)
脂肪燃焼物質(抗肥満薬剤)のスクリーニング:
過度の脂肪の蓄積は肥満という症状のみでなく、糖尿病、脳卒中、動脈硬化などの疾患を引き起こすことが明らかになっていることから、抗肥満薬剤としての脂肪燃焼物質の利用価値は非常に高い。また、脂肪燃焼は、褐色脂肪細胞や肝細胞により行なわれるが、脂肪燃焼時は肝細胞内においてミトコンドリアの分極・脱分極が起こることが明らかになっているため、褐色脂肪細胞のミトコンドリア分極状態モニタリングにより脂肪燃焼物質のスクリーニングが可能である。(Biophysical journal 2002;82(1):1673 part2およびFEBS Letters 1984;170(1):181-185参照)
がんの診断:
がん化した細胞では、正常な細胞と比較し、ミトコンドリアの分極状態が顕著に異なることが知られていることから正常細胞とがん細胞の判別に応用可能である。(Cancer Research 2005;65(21):9861-9867参照)
抗がん剤のスクリーニング:
アポトーシスの誘導により抗がん作用を示す抗がん剤においてミトコンドリアの脱分極が起こるなど、抗がん剤が、がん細胞に作用する過程においてミトコンドリアの分極状態に変化が起こることが知られている。また、その脱分極の程度から抗がん作用の評価が可能であることが見出されている。このため抗がん剤候補物質をがん細胞に投与した際のミトコンドリア分極状態のモニタリングから抗がん剤のスクリーニングが可能である。(Apoptosis 2005;10:687-705参照)また、例えばこのような抗がん剤候補物質の併用投与による相乗効果の判断も、ミトコンドリア分極状態のモニタリングによって可能となる。
【0039】
RNAiの評価:
RNAi(RNA interference; RNA干渉)は、細胞に導入された二本鎖RNAが、それと相補的な塩基配列を持つmRNAを分解する現象で、この現象を利用して人工的に二本鎖RNAを導入することにより、任意の遺伝子の発現を抑制することができる。RNAiのうち、特にミトコンドリアの脱分極に影響を与えると考えられるものについての効果の判断が、ミトコンドリア分極状態のモニタリングによって可能となる。そのようなRNAiとしては、例えば、細胞のアポトーシス、細胞の分裂活性、老化、肥満、肥満に関連した糖尿病、脳卒中、動脈硬化、褐色脂肪細胞、肝細胞等に関与するRNAiが挙げられるが、これらに限定されない。(RNAiに関して:Nature 2001;411:494-498参照)
環境モニタリング:
環境ホルモンとして知られるビスフェノールAなどの内分泌かく乱物質ではその種類、濃度により特定の細胞に対し増殖やアポトーシスを誘導することが明らかになっており、上述の細胞増殖における細胞分裂やアポトーシスをミトコンドリアの分極状態のモニタリングより検出可能なことから環境中の内分泌かく乱物質の検出およびそれらの影響評価に利用可能である。(Archives of Toxicology 2000;74(2):99-105、およびJournal of Biological Chemistry 2005;280(7):6181-6196参照)
毒性評価:
生細胞に対する毒性物質の投与はミトコンドリアの急激な脱分極を引き起こすことが一般的に知られており、蛍光試薬によるミトコンドリア分極状態のモニタリングにより各種物質の毒性評価を行なった例がある。本発明を用いて非標識下で簡便に毒性評価が可能である。(Hepatology 2000;31;1141-1152およびToxicological Sciences 2005;86(2):436-443参照)
本発明の生細胞内のミトコンドリアの分極状態の変化を検出する方法は、候補生細胞群の分裂活性、老化状態または悪性(がん細胞であるか、正常細胞であるか)を評価し、スクリーニングするために用いることができる。
【0040】
また、本発明の方法は、候補物質(例えば、ミトコンドリアの分極に関連した疾患または状態を処置するための医薬候補化合物)を、スクリーニングするために用いることができる。そのようなスクリーニング方法は、具体的には、
候補物質を生細胞に供与する工程;生細胞に物質を供与した後に、ミトコンドリアの分極状態の変化に起因する表面プラズモン共鳴角の変化を検出する工程;
表面プラズモン共鳴角の変化が、実質的にミトコンドリアの分極状態の変化にのみに起因する時間帯(例えば、物質を供与した時から20分経過以後)であって、検出した表面プラズモン共鳴角の変化が一定である(すなわち表面プラズモン共鳴センサーからのシグナルを経時的に記録した場合のグラフの傾きがほぼ直線である)時間帯を特定して、その時間帯における表面プラズモン共鳴角の変化率を求める工程;および
得られた表面プラズモン共鳴角変化率に基づいて候補物質を選抜する工程
を含む。
【0041】
ミトコンドリアの分極に関連した疾患または状態の具体例としては、細胞の分裂活性に関係する疾患または状態、老化、肥満または肥満に関連した糖尿病、脳卒中もしくは動脈硬化、褐色脂肪細胞または肝細胞におけるミトコンドリアの分極に関連した疾患または状態、がんおよびアポトーシスに関連した疾患または状態を挙げることができる。
[実施例]
【0042】
以下に、ミトコンドリア分極状態モニタリングの実施例を示す。
【0043】
装置:
SPRシグナルの測定および蛍光顕微鏡観察は、測定対象物である生細胞の上部に蛍光顕微鏡、下部にSPRセンサーを有する装置により行なった。模式図を図1に示す。SPRセンサーはkretschmann配置の光学系を用い、プリズムにBK7(屈折率1.51)、光源として半導体レーザー(波長670nm、出力3mW、ビーム径1mm)、検出器にはシリコンフォトダイオード検出器を用いた。測定は、特記しない限り、大気下(O2:20%、CO2:0.035%)で行った。
【0044】
蛍光顕微鏡観察は、顕微鏡にAxioplan 2(Carl Zeiss)、光源は75Wキセノンランプ、検出器にはNTE/CCD Detector MicroMAX-512BFT(Princeton Instruments)を用いた。また画像の取得および解析は蛍光解析ソフトMetaFluor Imaging System Ver.4.6.5 (Universal Imaging)により行なった。
【実施例1】
【0045】
[脂質代謝促進物質の評価]
供試細胞には、ヒト肝臓がん細胞HepG-2を用いた。37℃、CO25%濃度下、非必須アミノ酸100μM、ペニシリン50units/mL、ストレプトマイシン50μg/mL、FBS 10%(v/v)を含む液体培地EMEMを完全培地とし、完全培地にて前培養した後実験に用いた。
また、脂質代謝促進物質としては、fenofibrate(2-[4-(4-Chlorobenzoyl)phenoxy] -2-methylpropanoic acid isopropyl ester)を用い、25および50 μM添加時の脂質代謝活性について評価を行なった。溶媒にはDMSO(dimethyl sulfoxide)を用いた(培地への添加後の最終濃度として0.1%(v/v)DMSOを含む)。またcontrolには最終濃度0.1%(v/v)となるようにDMSOのみ加えた。
【0046】
1. SPRによる脂質代謝活性評価
供試細胞は、前培養後、シャーレから剥離し、細胞濃度を完全培地中2×106 cell/mLに調製し、その細胞懸濁液100μLを基板上に滴下し、37℃、CO25%濃度下にて18時間培養した。18時間後、基板をSPRセンサー上のプリズムに設置し、基板上を5mLのEMEMで満たし、測定を開始した。測定開始10分後、fenofibrateを含む培地と交換し、さらに50分間測定を続けた。その結果、図2に示すように、特に試薬添加後約20分付近から、脂質代謝の活性化に起因するミトコンドリアの分極によりSPRシグナルの変化(−)が認められた。
【0047】
2. 蛍光試薬JC-1によるミトコンドリア分極状態のモニタリング
供試細胞は、前培養後、シャーレから剥離し、細胞濃度を完全培地中2×106cells/mLに調製し、その細胞懸濁液100μLを基板上に滴下し、37℃、CO25%濃度下にて18時間培養した。18時間後、JC-1 iodideを2.5μM含むEMEM 100μL(最終濃度0.1%のDMSOを含む)と交換後、CO2インキュベーター内(37℃、CO2濃度5%)に20分間置いた。20分後、JC-1 iodideを含む培地を除くためEMEMで基板上培地を交換した後、装置測定部に設置し、5mLのEMEMで満たし、37℃下にて測定を行なった。蛍光強度観察は、観察倍率630倍で行った。励起フィルターにより485±20 nmを透過し、蛍光検出には515〜565 nm透過のフィルターセット、ならびに575〜640 nm透過のフィルターセットを用いた。測定開始10分後、EMEMを除き、Fenofibrateを含む培地と交換し、測定を続けた。controlはDMSOを0.1%(v/v)を含む培地を用いた。その結果、図3に示すように、特に試薬添加後約20分付近から、脂質代謝の活性化に起因するミトコンドリアの分極により蛍光強度の増加が認められた。また、図4に示すように、SPRシグナルの時間変化率とミトコンドリアの分極程度に高い相関(r = 0.990)が認められ、SPRシグナルの変化がミトコンドリアの分極状態の変化に起因することが示された。
【実施例2】
【0048】
[アポトーシス誘導物質の評価]
供試細胞にはヒトすい臓がん細胞MIA PaCa-2を用いた。37℃、CO25%濃度下において、非必須アミノ酸100 μM、ペニシリン50 units/mL、ストレプトマイシン50μg/mL、FBS10%(v/v)を含む液体培地EMEMにて培養した。
【0049】
また、アポトーシス誘導物質としては、Quercetinおよびtrans-resveratrolを用い、非アポトーシス誘導物質のrutinをネガティブコントロールとして用いた。使用時の最終濃度10、25、50、100 μMに対し、それぞれ1000倍濃度溶液(10、25、50、100 mM)をdimethyl sulfoxide (DMSO)を溶媒として調製し、ストックとした。
【0050】
また、アポトーシス誘導物質として市販抗がん剤であるHerceptinも用い、使用時の最終濃度1、10、100 μg/mLに対し、それぞれ1000倍濃度溶液を、生理食塩水を希釈溶媒として調製し、ストックとした。
【0051】
1. SPRシグナル測定
SPRシグナル測定は、細胞の接着した基板をマッチングオイル(屈折率1.51)を介してSPRセンサーのプリズム上に設置し、基板上を5 mLのEMEMで満たし、SPRシグナル測定を開始した。測定開始10分後に、EMEMを一旦除き、100 μMのquercetin、trans-resveratrol、rutin、Herceptinのいずれかを含む新しいEMEM 5mL(フェノール成分の溶媒として用いたDMSOを最終濃度で0.1%(v/v)含む)、もしくはcontrolとして0.1%のDMSOのみを含むEMEM 5mLと交換した後、50分間測定を続けた。その結果、図5に示すように、特に薬剤投与後35分以降において、アポトーシス誘導物質によるミトコンドリアの脱分極に起因してSPRシグナルの変化(+)が認められた。
【0052】
2. 蛍光試薬JC-1によるミトコンドリア分極状態のモニタリング
シャーレから細胞を剥離後、液体培地により細胞懸濁液とし、液体培地により適宜細胞濃度2x106cells/mLに調製した。調製後、細胞懸濁液100μLを基板上に滴下し、37℃、CO2濃度5%下にて20時間培養した。
【0053】
20時間後、基板上を5 mLのPBSですすぎ、培地と接着しなかった細胞を除いた。ミトコンドリアの分極状態測定用の蛍光指示薬として、JC-1 iodideを5 μM含むEMEM 100 μL(最終濃度0.1%のDMSOを含む)を滴下し、CO2インキュベーター内(37℃、CO2濃度5%)に30分間置いた。30分後、基板上を5 mLのPBSですすぎ、装置測定部に設置した後、5 mLのEMEMで満たし、37℃下にて測定を行なった。蛍光強度観察は、観察倍率200倍で行った。励起フィルターにより485±20 nmを透過し、蛍光検出には515〜565 nm透過のフィルターセット、ならびに575〜640 nm透過のフィルターセットを用いた。測定開始10分後、EMEMを除き、100 μMのquercetinまたはtrans-resveratrolを含む新しいEMEM 5 mL(溶媒として用いたDMSOを最終濃度で0.1%(v/v)含む)、もしくはcontrolとして0.1%のDMSOのみを含むEMEM 5 mLと交換した後、50分間測定を続けた。その結果、図6に示すように各々のアポトーシス誘導物質により時間依存的なミトコンドリア脱分極の様子が確認された。
【0054】
また、実施例1〜3に示したSPRセンサーによる得られるシグナルの変化が、ミトコンドリアの脱分極に由来するものであることを確認するために、実施例3を例にとり、試薬直後の細胞膜表面への試薬の結合や細胞膜の分極状態変化などのミトコンドリア分極状態モニターに好ましくない細胞応答が収束した後、5分間程度(実施例3では、試薬投与後35〜40分)におけるSPRシグナルの変化量と同様の時間帯における蛍光標識により得られたミトコンドリア分極状態変化量を比較したところ、図7に示すように非常に高い相関(r = 0.936)が得られた。
【0055】
3. ミトコンドリア脱分極抑制によるアポトーシス阻害試験
さらに、SPRシグナルの変化がミトコンドリアの分極状態の変化を検出したものであることを確認するため、quercetinおよびtrans-resveratrolによりがん細胞にアポトーシスが誘導される際のミトコンドリアの脱分極を阻害する試薬を用いて、確認を行った。ミトコンドリアの供試細胞MIA PaCa-2は上述の条件と同様に、37℃、CO2濃度5%下において基板上で20時間培養した。アポトーシス阻害剤としてミトコンドリア膜上に結合し、ミトコンドリア膜の脱分極、cytochrome c放出の阻害を行なうBcl-xL BH4(4-23)(Human), Cell-Permeable(以下、TAT-BH4と示す)を用いた。測定開始15分前に基板上の液体培地を除き、100 nMの阻害剤を含むEMEM100 μLと交換し、37℃、CO25%濃度下で15分間インキュベートし、細胞内へ阻害剤の導入を行なった。もしくは、controlとして阻害剤の溶媒として用いたPBS(-)を等量含むEMEM100 μLとの交換を行なった。細胞の接着した基板を装置測定部に設置し、基板上を5 mLのEMEMで満たし、上述の方法と同様に蛍光強度測定およびSPRシグナル測定を開始した。測定開始10分後に、EMEMを一旦除き、100 μMのquercetin、trans-resveratrolのいずれかを含む新しいEMEM 5 mL(フェノール成分の溶媒として用いたDMSOを最終濃度で0.1%(v/v)含む)、もしくはcontrolとして0.1%のDMSOのみを含むEMEM 5 mLと交換した後、50分間測定を続けた。その結果、図8および9に示す蛍光標識により確認したミトコンドリアの脱分極阻害の様子と同様に、図10および11に示すようにSPRシグナルの変化においてもシグナルの変化が抑制されることが確認され、SPRセンサーにより検出されるシグナルがミトコンドリアの分極状態の変化であることが確認された。
【実施例3】
【0056】
[多剤併用効果の評価]
アポトーシス誘導物質(抗がん作用物質)の多剤併用による相乗効果を評価した。該相乗効果が知られている物質として、Quercetinおよびtrans-Resveratrolを用いた。両者の多剤併用によるアポトーシスにおける相乗効果については、Mouria, M. et al. Food-derived polyphenols inhibit pancreatic cancer growth through mitochondrial cytochrome c release and apoptosis. Int. J. Cancer. 98, 761-769 (2002)に示されている。
【0057】
1. 細胞数測定から算出した生存率による多剤併用の評価(標準法)
多剤併用による効果の評価は、供試薬と細胞を共培養し、アポトーシスにより減少した細胞数を計数する方法により行った。供試細胞にはヒトすい臓がん細胞MIA PaCa-2を用いた。培地として、FBS 10%(v/v)、ペニシリン50units/mL、ストレプトマイシン50μg/mL、非必須アミノ酸 100μMを含むEMEM (Eagles' minimum essential medium)を用いて、5×104cells/mlの細胞懸濁液として調製し、6cmシャーレにそれぞれ5mLずつ分注し、37℃、CO25%濃度下にて前培養した。24時間後、上述の培地に加えてquercetin 25μM、trans-resveratrol 25μMまたはquercetin 25μMおよびtrans-resveratrol 25μMのいずれかを含む新しいEMEM 5mL(フェノール成分の溶媒として用いたDMSOを最終濃度で0.1%(v/v)含む)、あるいはcontrolとしてDMSO 0.1%(v/v)のみを含むEMEM 5mLと交換し、培養した。培地交換から48時間後、トリパンブルー染色後、血球計算板により細胞数を計測し、各条件についてcontrolの細胞数を100として比較を行った。
【0058】
2. SPRシグナル測定
装置は上述したSPRセンサー(角度調節型)を用い、37.0℃温調下にてSPR共鳴角測定を行った。生存率測定と同様にして、2(106 cells/mlの細胞懸濁液を調製し、その細胞懸濁液100μLをSPR測定用金基板上に滴下し、37℃、CO2濃度5%下にて20時間培養した。20時間後、基板をSPRセンサー上のプリズムに設置し、基板上を5mLのEMEMで満たし、測定を開始した。測定開始10分後、quercetin 25μM、trans-resveratrol 25μMまたはquercetin 25μMおよびtrans-resveratrol 25μMのいずれかを含む新しいEMEM 5mL(フェノール成分の溶媒として用いたDMSOを最終濃度で0.1%(v/v)含む)、あるいはcontrolとしてDMSO 0.1%(v/v)のみを含むEMEM 5mLと交換し、さらに50分間、SPR共鳴角変化の測定を続けた。
【0059】
結果
細胞数計数から算出した、コントロールを100とした場合の生存率を図12に示す。Quercetin、もしくはtrans-resveratrolのみを投与した条件では、それぞれ、76.1%、56.2%の生存率であったが、両者を併用投与した条件ではがん細胞生存率17.8%と、両者の抗がん作用効果の和(32.3%の生存率に相当)以上の抗がん作用効果が得られた。このことから、quercetinとtrans-resveratrolの併用による抗がん作用の相乗効果が確認された。
【0060】
図13に、quercetin、trans-resveratrol、それぞれ単独で、ならびに両者を併用投与した際のSPR共鳴角経時変化測定の結果を示す。quercetin、trans-resveratrolの単剤投与では、投与後50分で0.05°程度のSPR共鳴角変化であったが、両者の併用投与では0.2°以上の共鳴角変化が観察された。実施例2に示すように、quercetinおよびtrans-resveratrolの投与により得られるSPR共鳴角の変化は、がん細胞に対するアポトーシス誘導時のミトコンドリア膜電位の変化(脱分極)である。本実施例により、2種類の物質を併用投与した場合でも、がん細胞に対するアポトーシス誘導の相乗効果に対応したミトコンドリア膜電位の変化を検出できることが示された。
【0061】
さらに、図13に示したSPR共鳴角変化から、標準法(細胞数測定により算出した生存率)の結果との相関を求めるため、試薬投与後、35〜40分のSPR共鳴角変化からSPR共鳴角変化速度(deg/sec)を算出した。この値は、標準法により求めた生存率と相関を示した(図14)。SPR法による生細胞のミトコンドリア膜電位変化測定により、2種の試薬の併用による相乗効果の場合でも、迅速かつ定量的に抗がん作用の効果が予測可能であった。
【実施例4】
【0062】
[RNA干渉(RNA interference: RNAi)の評価]
small interfering RNA(siRNA)によるRNA干渉(RNA interference:RNAi)を評価した。細胞内においてアポトーシス抑制に働いているとされる分子Bcl-2をRNAiによりノックダウンし、アポトーシスを誘導した。その際のミトコンドリア分極状態の変化をSPRによりモニタリングし、その変化量からsiRNAの有効性を評価した。Bcl-2のsiRNAによるアポトーシス誘導についてはFeng, L.F. et al. Bcl-2 induced apoptosis and increased sensitivity to 5-fluorouracil and HCPT in HepG2 cells. J. Drug Targeting 14, 21-26 (2006)に示されている。
【0063】
1. 細胞数測定から算出した生存率によるsiRNAの有効性評価(標準法)
siRNAの有効性評価は、Bcl-2がノックダウンされた結果、アポトーシスにより減少した細胞数を計数する方法により行った。供試細胞にはヒトすい臓がん細胞MIA PaCa-2を用いた。培地として、FBS 10%(v/v)、ペニシリン50units/mL、ストレプトマイシン50μg/mL、非必須アミノ酸 100μMを含むEMEMを用いて、1×104 cells/mLの細胞懸濁液として調製し、24ウェルシャーレディッシュにそれぞれ1mLずつ分注し、37℃、5%CO2濃度下にて前培養した。24時間後、上述の培地に加えてBcl-2 siRNA (配列はGenes Dev. 17(7)832-837 (2003)を参照)50nM、100nMまたはcontrolとしてsiRNAの導入に用いるトランスフェクション試薬をsiRNA導入時と同濃度含むEMEM 1mLと交換し、培養した(Cell Signaling Technology社 SignalSilence TMBcl-2 siRNA Kit (Human Specific) をキットのプロトコルに従って使用)。培地交換から48時間後、トリパンブルー染色後、血球計算板により細胞数を計測し、各条件についてcontrolの細胞数を100として比較を行った。
【0064】
2. SPRシグナル測定
装置は角度調節型SPRセンサーを用い、37.0℃温調下にてSPR共鳴角測定を行った。生存率測定と同様にして、2(106cells/mlの細胞懸濁液を調製し、その細胞懸濁液100μLをSPR測定用金基板上に滴下し、37℃、CO2濃度5%下にて20時間培養した。20時間後、Bcl-2 siRNA 50nM、100nMもしくはcontrolとしてsiRNAの導入に用いるトランスフェクション試薬のいずれかを含む新しいEMEM 5mLと交換し、さらに1時間、トランスフェクションバッファーの共存による外乱を落ち着かせるため、また、試薬投与後からミトコンドリア膜電位が検出感度に達するほどの大きさ、頻度で起こるまでのタイムラグを考慮して、37℃、CO2濃度5%下にて静置した後、供試細胞の応答を、SPR共鳴角変化として50分間測定した。
【0065】
結果
標準法の結果(細胞数計数から算出した、コントロールを100とした場合の生存率)を図15に示す。Control条件に対し、Bcl-2 siRNA 50nMを投与した条件では、80%、100nMでは70%程度の生存率となり、siRNAによるアポトーシス誘導により細胞数が減少していることが確認された。
【0066】
図16に、各濃度siRNAもしくはトランスフェクション試薬のみ投与1時間後からのSPR共鳴角経時変化の結果を示す。いずれの条件においても測定開始15分後付近から安定したSPR共鳴角変化が観察され、Bcl-2 siRNA 50nM もしくは100nMを投与した条件では、ミトコンドリア膜電位変化(脱分極)を示すSPR共鳴角の増加が確認された。このことから、アポトーシス抑制因子であるBcl-2をRNAiによりノックダウンすることで誘導されるアポトーシスをミトコンドリア膜電位の変化として検出できることが示された。
【0067】
さらに、図16に示したSPR共鳴角変化から、標準法(細胞数測定により算出した生存率)の結果との相関を求めるため、測定開始後、35〜40分のSPR共鳴角変化よりSPR共鳴角変化速度(deg/sec)を算出した。この値は、標準法により求めた生存率と相関を示した(図17)。以上の結果より、SPR法によりRNAiを非常に迅速に定量評価できることが示された。
【実施例5】
【0068】
[ミトコンドリア膜電位変化加速法]
測定に用いる細胞外溶液のpHの制御により、生細胞中のミトコンドリア膜電位変化速度を制御する方法を示す。pH変化は、細胞外溶液(緩衝液)外部の大気中のCO2濃度の制御によって細胞外溶液の平衡を変化させることにより行った。
【0069】
装置は上述のSPRセンサー(蛍光顕微鏡付属、角度調節型)を用い、37.0℃温調下にて行った。供試細胞にはヒトすい臓がん細胞MIA PaCa-2を用いた。37℃、CO25%濃度下において、非必須アミノ酸100 μM、ペニシリン50 units/mL、ストレプトマイシン50μg/mL、FBS10%(v/v)を含む液体培地EMEMにて培養した。ミトコンドリア膜電位変化の誘導には、アポトーシス誘導試薬であるtrans-resveratrolを用いた。測定時のpHの変化CO2濃度およびO2濃度の制御は流量計により、各種気体の流量を調節して行った。
【0070】
1. SPRシグナル測定
SPRシグナル測定は、細胞の接着した基板をマッチングオイル(屈折率1.51)を介してSPRセンサーのプリズム上に設置し、基板上を5 mLのEMEMで満たし、SPRシグナル測定を開始した。測定開始10分後に、EMEMを一旦除き、100 μMのtrans-resveratrolを含む新しいEMEM 5mLと交換した後、50分間測定を続けた。測定は、Air下(大気下。O2:20%、CO2:0.035%)、CO2 2.5%下、またはCO2 5.0%下で、それぞれ行った。CO2濃度の調節は、流量計で空気(大気)とCO2 ボンベから供給されるCO2 ガスを混合することで行った。結果を図18に示す。
【0071】
2. 蛍光試薬JC-1によるミトコンドリア分極状態のモニタリング
シャーレから細胞を剥離後、液体培地により細胞懸濁液とし、液体培地により適宜細胞濃度2x106cells/mLに調製した。調製後、細胞懸濁液100μLを基板上に滴下し、37℃、CO2濃度5%下にて20時間培養した。20時間後、基板上を5 mLのPBSですすぎ、培地と接着しなかった細胞を除いた。ミトコンドリアの分極状態測定用の蛍光指示薬として、JC-1 iodideを5 μM含むEMEM 100 μL(最終濃度0.1%のDMSOを含む)を滴下し、CO2インキュベーター内(37℃、CO2濃度5%)に30分間置いた。30分後、基板上を5 mLのPBSですすぎ、装置測定部に設置した後、5 mLのEMEMで満たし、37℃下にて、上記1.の場合と同様に、Air下(大気下。O2:20%、CO2:0.035%)、CO2 2.5%下、またはCO2 5.0%下で、それぞれ測定を行った。蛍光強度観察は、観察倍率200倍で行った。励起フィルターにより485±20 nmを透過し、蛍光検出には575〜640 nm透過のフィルターセットを用いた。測定開始10分後、EMEMを除き、100 μMのtrans-resveratrolを含む新しいEMEM 5 mL(溶媒として用いたDMSOを最終濃度で0.1%(v/v)含む)と交換した後、50分間測定を続けた。試薬投与直後の細胞膜表面への試薬の結合や細胞膜の分極状態変化などのミトコンドリア分極状態モニターに好ましくない細胞応答が収束した後、5分間程度(実施例5では、試薬投与後35〜40分)における、蛍光標識により得られたミトコンドリア分極状態変化を観察した。各時間における蛍光観察画像中から、ミトコンドリア膜電位の大きさに対応する蛍光強度の積算値を算出した。積算値の経時変化を求めたもの(ミトコンドリア膜電位の35〜40分における変化速度)と、CO2濃度との関係を図19に示す。
【0072】
結果
図18に示すように、Air(大気下。O2:20%、CO2:0.035%)>CO2 2.5%>CO2 5.0%の順に、CO2濃度が高くなるにつれ、SPR共鳴角変化の増加として検出されるミトコンドリア膜電位の減少が加速する結果となった。図19に示されるように蛍光試薬を用いたミトコンドリア膜電位変化測定においても同様の結果であった。測定開始前、細胞外溶液である培地(緩衝液)のpHは7.3であったのに対し、50分にわたる測定の終了時、培地は、大気下でpH 8.4付近、CO2 2.5%下でpH 7.8付近、CO2 5%下でpH 7.5付近であった。pHの変化は直線的変化である。この結果から培地のpHの変化速度を算出すると、大気下で約pH0.022/min、CO2 2.5%下で約pH0.01/min、CO2 5%下で約pH0.004/minとなる。pHの変化速度と、ミトコンドリア膜電位の35〜40分における変化速度との関係を図20に示す。図20から、pHの変化速度とミトコンドリア膜電位の変化速度が相関することが示された。
【0073】
一般にミトコンドリアの膜電位を測定する実験系である、CO2濃度5%の状態のpH変化速度(本実施例5ではpH0.004/min)の条件を、ミトコンドリア膜電位の変化が加速していない状態とすると、これ以上のpH変化速度の条件ではミトコンドリア膜電位変化が加速されることになる。pH変化速度とミトコンドリア膜電位の変化速度との関係は、細胞の種類や刺激の種類によって多少異なるが、pH変化速度が速いほどミトコンドリア膜電位の変化速度が速く、ミトコンドリアの分極状態の変化の検出に好ましいと考えられる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
生細胞内のミトコンドリアの分極状態の変化を検出する方法であって:
生細胞へ一または複数の物質を供与する工程;および
生細胞に物質を供与した後に、ミトコンドリアの分極状態の変化に起因する表面プラズモン共鳴角の変化を検出する工程であって、このときミトコンドリアの分極状態の変化に起因する表面プラズモン共鳴角の変化を検出する工程が、物質を供与した時から35分経過以後の時間帯におけるその変化を検出する工程を含み、さらに
検出した表面プラズモン共鳴角の変化が一定である時間帯であって、少なくとも10分間以上である時間帯を特定し、その時間帯における表面プラズモン共鳴角の変化率を求める工程を含む、前記方法。
【請求項1】
生細胞内のミトコンドリアの分極状態の変化を検出する方法であって:
生細胞へ一または複数の物質を供与する工程;および
生細胞に物質を供与した後に、ミトコンドリアの分極状態の変化に起因する表面プラズモン共鳴角の変化を検出する工程であって、このときミトコンドリアの分極状態の変化に起因する表面プラズモン共鳴角の変化を検出する工程が、物質を供与した時から35分経過以後の時間帯におけるその変化を検出する工程を含み、さらに
検出した表面プラズモン共鳴角の変化が一定である時間帯であって、少なくとも10分間以上である時間帯を特定し、その時間帯における表面プラズモン共鳴角の変化率を求める工程を含む、前記方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【公開番号】特開2012−93369(P2012−93369A)
【公開日】平成24年5月17日(2012.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−6779(P2012−6779)
【出願日】平成24年1月17日(2012.1.17)
【分割の表示】特願2007−550225(P2007−550225)の分割
【原出願日】平成18年12月14日(2006.12.14)
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年5月17日(2012.5.17)
【国際特許分類】
【出願日】平成24年1月17日(2012.1.17)
【分割の表示】特願2007−550225(P2007−550225)の分割
【原出願日】平成18年12月14日(2006.12.14)
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]