説明

細胞培養担体

【課題】培養中の細胞の状態を直接観察でき、かつ培養した細胞層を短時間で剥離することができる透明性のある細胞培養担体であって、細胞接着性や毒性に問題がなく、また培地の浸潤時に膜の形態が崩れることなく保持される細胞培養担体を提供すること。
【解決手段】架橋された酸処理ゼラチンを含む層を少なくとも有する細胞培養担体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞培養の技術に関し、具体的には、細胞培養担体、該細胞培養担体を利用した細胞の培養方法、該培養方法により得られる細胞培養物、該細胞培養物を利用した細胞層の重層化方法、該重層化方法により得られる重層化した細胞層に関する。
【背景技術】
【0002】
キトサンやゼラチンなどの親水性高分子ゲルは、生体に類似した構造を持ち、温度、酸性・アルカリ性等の外部条件によって膨張、収縮する性質を有するため、人工筋肉などの人工臓器・組織への応用、内部に薬剤を封入して放出量をコントロールする医療分野への応用のみならず、各種サイトカイン等を含むゲルとして細胞を培養する際に細胞成長の足場としての利用も試みられている。
【0003】
親水性高分子ゲルの中でも温度応答性高分子であるポリN-イソプロピルアクリルアミド(以下「PNIPAM」と称する)は、低温では膨潤して液状であるが、34℃付近で相転移し急激に収縮しゲル化する。従来、培養細胞の階層化を行なうに当たり、37℃の温度条件下、ゲル化したPNIPAM上で培養した細胞をPNIPAMごと別の細胞層に重ね、その後34℃以下に下げることによりPNIPAMを液状化させて取り除き、細胞同士を直接重ねるという手法が取られていた(特許文献1:特公平6−104061号公報;非特許文献1:清水達也、岡野光夫、バイオサイエンスとバイオインダストリー、58(12)、851頁(2000);非特許文献2:大和雅之、岡野光夫、臨外、56(1)、53頁(2001);非特許文献3:大和雅之、岡野光夫、Materials Integration、13(2)、58頁(2000);非特許文献4:大和雅之、串田愛、岡野光夫、蛋白質・核酸・酵素、45(10)、72頁(2000);非特許文献5:大和雅之、廣瀬志弘、播元正美、岡野光夫、蛋白質・核酸・酵素、45(13)、162頁(2000))。
【0004】
PNIPAM上で細胞培養を行った場合、通常、細胞は単層状に成長する。この際、隣り合った細胞同士ではコラーゲン等の細胞外マトリックス(Extracellular Matrix)(以下「ECM」と称する)が形成される。そして、細胞が増殖するためには、ECMに接着する必要がある。しかし、細胞の上部及び細胞と基底層であるPNIPAM間は他の細胞と接着しておらず、細胞接着に必要なECMは形成されない。
【0005】
従って、PNIPAM上で培養した単層の細胞層同士を重層し、細胞層を34℃以下の条件下でPNIPAMを可溶化して取り除き、細胞同士が直接接するように重ねても、上部に重ねた細胞は、増殖するための足場が十分でなく、従って安定した増殖は望むことができなかった。また、液状化したPNIPAMが細胞毒として作用するため細胞の正常な成長を阻害する現象も認められるため、細胞の階層化の手段としては極めて不向きで不安定な技術であった。
【0006】
上記の手法の問題点の解決のため、各種ゲル上に細胞外マトリックス成分を重層化しゲル化させた培地での細胞培養、及び重層後に不要となったゲルを容易に除去できるような培地を使用した培養系の確立につき検討が続けられていた。特許第3261456号公報(特許文献2)においては、多孔質膜と該多孔質膜上にアルギン酸ゲル層と細胞外マトリックス成分ゲル層又は細胞外マトリックス成分スポンジ層を形成させたことを特徴とする細胞培養担体が提案されている。しかし、この細胞培養担体では、細胞外マトリックス層が厚く、乾燥膜の状態で細胞培養担体を保管することが不可能であった。また、細胞の重層化操作にも邪魔になり安定に重層化細胞を得られない問題があった。さらに、該特許公報に記載されている多孔質膜は透明性がなく、細胞培養中に生きた細胞の育成状況を目視又は顕微鏡等により直接観察することができないため、シャーレ上に置いた細胞培養担体の周りのシャーレ上での細胞の育成状態から細胞担体上の細胞の状況を同等状態である類推していたが、細胞培養担体の周りのシャーレ上での細胞の育成状態は、細胞担体上の細胞の状態と必ずしも一致せず、細胞の増殖が不足していたり、オーバーコンフルエントであったりする問題点があった。 したがって、細胞の育成状態を確実に把握するために、通常の細胞培養で用いるシャーレのような透明性を有する細胞培養担体が望まれていた。
【0007】
また、該特許公報に記載されている方法ではアルギン酸ゲル層の溶解にEDTA水溶液を用いて培養細胞を細胞培養担体から剥離しているが、このときのEDTA水溶液の侵襲により細胞がダメージを受ける問題があった。したがって、培養細胞を細胞培養担体から剥離する際の細胞へのダメージを可能な限り少なくすることのできる細胞培養担体が望まれていた。
【0008】
特開2005-318887号公報(特許文献3)には細胞へのダメージを可能な限り少なくしたアルギン酸ゲル層を溶解する方法が記載されているが、細胞接着性層としてコラーゲンを用いている。コラーゲンは、これを動物から抽出、細胞接着性層として細胞培養担体上に再構築する過程において、環境や製造工程の履歴、例えば由来、温度やpH、経時、隣接層からの影響などを受けることによって細胞接着性層として十分に寄与しない場合があり、不安定である問題があった。
したがって、環境や製造工程の影響を受けにくく、設計しやすい材料からなる細胞培養担体が望まれていた。
【0009】
【特許文献1】特公平6−104061号公報
【特許文献2】特許第3261456号公報
【特許文献3】特開2005-318887号公報
【非特許文献1】清水達也、岡野光夫、バイオサイエンスとバイオインダストリー、58(12)、851頁(2000)
【非特許文献2】大和雅之、岡野光夫、臨外、56(1)、53頁(2001)
【非特許文献3】大和雅之、岡野光夫、Materials Integration、13(2)、58頁(2000)
【非特許文献4】大和雅之、串田愛、岡野光夫、蛋白質・核酸・酵素、45(10)、72頁(2000)
【非特許文献5】大和雅之、廣瀬志弘、播元正美、岡野光夫、蛋白質・核酸・酵素、45(13)、162頁(2000)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、安定的かつ容易に細胞を重層する技術、及び細胞層を重層した場合に上層部の細胞と下層部の細胞とを充分に接着することができる技術を提供し、これにより、皮膚などの一部組織を除きin vitro条件下では困難とされてきた細胞の階層化技術に道を開くことを目的とする。具体的には、本発明は、培養中の細胞の状態を直接観察でき、かつ培養した細胞層を短時間で剥離することができる透明性のある細胞培養担体であって、細胞接着性や毒性に問題がなく、また培地の浸潤時に膜の形態が崩れることなく保持される細胞培養担体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは上記の課題を解決すべく鋭意研究を行い、架橋した酸処理ゼラチンを有する細胞培養担体が、透明性を有し、培養した細胞層を短時間で構築することができ、細胞接着性や毒性に問題がなく、また培地の浸潤時に膜の形態が崩れることなく保持されることを見出した。本発明はこれらの知見を基に完成されたものである。
【0012】
すなわち本発明は、架橋された酸処理ゼラチンを含む層を少なくとも有する細胞培養担体を提供する。本発明の好ましい態様によれば、上記の細胞培養担体において、架橋された酸処理ゼラチンを含む層が支持体上に少なくとも1層以上存在することを特徴とする細胞培養担体;上記いずれかの細胞培養担体において、支持体が合成高分子、天然高分子、又は半合成高分子、あるいはこれらの組み合わせからなることを特徴とする細胞培養担体;及び上記いずれかの細胞培養担体において、支持体が親水性高分子からなることを特徴とする細胞培養担体が提供される。
【0013】
また、本発明のさらに好ましい態様によれば、上記いずれかの細胞養担体において、支持体と架橋された酸処理ゼラチンを含む層との間に、アニオン性多糖類および多価金属イオンを含むゲル層を有することを特徴とする細胞培養担体;上記いずれかの細胞培養担体において、アニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層がアルギン酸カルシウムゲル層である細胞培養担体;上記いずれかの細胞培養担体において、いずれかの層に水溶性高分子及び/又は1より大きい比重を有する比重調整物質を含むことを特徴とする細胞培養担体;上記いずれかの細胞培養担体において、架橋された酸処理ゼラチンを含む層の厚さが0.01μm以上50μm以下である細胞培養担体;及び上記いずれかの細胞培養担体において、該細胞培養担体が電子線、γ線、紫外線のいずれか又は複数を照射することで滅菌された細胞培養担体が提供される。
【0014】
本発明の別の観点からは、上記いずれかの細胞培養担体を用いて細胞を培養する工程を含む細胞の培養方法が提供され、さらに、上記いずれかの細胞培養担体を用いて培養された細胞培養物におけるアニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層の可溶化処理により細胞シートを得る工程を含む細胞培養方法;可溶化処理を、キレート剤を含みかつ多価金属カチオンが2.6 mM以下である培地を用いて行う該細胞培養方法;及び上記いずれかの細胞培養方法で得られる細胞シートが提供される。
【0015】
本発明のさらに別の観点からは、上記いずれかの細胞培養担体を用いて培養された細胞培養物を他の細胞培養担体上でさらに培養する工程を含む細胞転写法;該細胞転写法により得られる細胞培養物におけるアニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層の可溶化処理により得られる細胞培養物又は細胞シート;可溶化処理を、キレート剤を含みかつ多価金属カチオンが2.6 mM以下である培地を用いて行う該細胞培養物又は細胞シート;上記いずれかの細胞培養担体を用いて培養された細胞培養物を他の培養細胞上に培養する工程を含む細胞重層化法;及び該細胞重層化法により得られる細胞培養物におけるアニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層の可溶化処理により得られる重層化細胞培養物又は重層化細胞シートが提供される。
【発明の効果】
【0016】
本発明により、細胞培養中の細胞の生きた状態を直接観察でき、細胞層の重層化を容易に行なうことができ、細胞接着性や毒性に問題がなく、また培地の浸潤時に膜の形態が崩れることなく保持される細胞培養担体が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
細胞培養担体とは、細胞を培養する際の担体又は足場となり得るものを意味する。本発明の細胞培養担体の形状は特に限定されないが、シート状であるのが好ましい。
【0018】
本発明の細胞培養担体は、少なくとも架橋された酸処理ゼラチンを含む層を有することを特徴とする。本明細書においては、層を膜という場合もある。本発明の細胞培養担体においては、「架橋酸処理ゼラチン層」は細胞接着性層であることが好ましい。
【0019】
本発明において用いるゼラチンについて説明する。
本発明において、好ましいゼラチンの等電点は、5.0以上9.5以下である。ゼラチンの等電点は、基本的には細胞培養時に要求される性能によって決まる。通常の細胞培養時の培地のpH6.5〜8の範囲では、等電点が高すぎたり、低すぎると、細胞の接着性を阻害する恐れがある。これらの問題を回避する必要性から、本発明におけるのゼラチンの等電点は、5.5以上9.5以下が好ましく、6.0以上8.5以下がより好ましく、特に6.5以上8.0以下が最も好ましい。
【0020】
ゼラチンの等電点の測定は、等電点電気泳動法(Maxey,C.R.(1976;Phitogr.Gelatin 2,Editor Cox,P.J.Academic,London,Engl.参照)や、あるいは写真用ゼラチン試験法(パギィ法)第7版(写真用ゼラチン試験法合同審議会、1992年10月発行)に記載されたように、1質量%ゼラチン溶液をカチオン及びアニオン交換樹脂の混晶カラムに通したあとのpHを測定することで実施することができる。
【0021】
本発明におけるゼラチンとしては、酸処理されたゼラチンが用いられる。これは、一般的に石灰処理ゼラチンよりも酸処理ゼラチンの等電点が高いためである。
【0022】
酸処理ゼラチンを得るには、塩酸、硫酸、亜硫酸、リン酸等の酸、或いはその混合液のような希薄酸溶液に、豚皮や骨、ゼラチンを浸漬することで処理することが一般的である。具体的なゼラチンの製法は、アーサー・ヴァイス著「ザ・マクロモレキュラー・ケミストリー・オブ・ゼラチン」(アカデミック・プレス、1964年発行)に記載されている。
本発明において好ましく用いることができる酸処理ゼラチンとしては、例えば、950ゼラチン(新田ゼラチン社製)、PSゼラチン、PSPゼラチン、PSKゼラチン、ABAゼラチン(いずれもニッピ社製)として市販されているものが挙げられる。
【0023】
本発明においては、前記酸処理ゼラチンにおいて、エステル化(メチルエステル化など)、またはアミド化(エチルアミド化など)してもよい。
【0024】
エステル化については、H.Fraenkel−Conrat,H.S.Olcott,J.Biol.Chem.,161,259(1945)記載の塩酸−メタノール法、J.Bello,BioChem.Biophys.Acta.,20,456(1956)記載の塩化チオニル−メタノール法、A.W.Kenchington,Biochem.J.,68,458(1958)記載の硫酸−メタノール法、E.Kein,E.Moioar,E.Roche,J.Photogr.Sci.,19,55(1971)記載の塩酸−メタノール法等が挙げられる。アミド化については、D.G.Hoare,D.E.Koshland Jr.,J.Am.Chem.Soc.,88,2057(1966)に記載されている水溶性カルボジイミドを使用したアミド化ゼラチン等が挙げられる。
【0025】
本発明の細胞培養担体においては、ゼラチンは架橋されている。架橋方法は一般的に知られている方法、たとえば熱架橋、電子線架橋、化学架橋などがある。
【0026】
化学架橋を行うときは、架橋剤を用いることができる。架橋剤は、膜の硬化を促進し、膜形成後の膨潤を防止する作用を有しているものから選択することができる。架橋剤の種類は、上記の作用を有し、かつ細胞の接着性や増殖性に実質的に影響を及ぼさない限り特に限定されず、無機又は有機の架橋剤のいずれを用いてもよい。ゼラチンと化学架橋反応し得る好ましい官能基としてはビニルスルホン基を代表的に挙げることが出来るが、その他にも特開昭5 6−66841号等の特許、及び”Theory of the photographic process” 4thed . ( T . H . J am e s 著) (Macmillan,New York,1977)pp84などの成書で知られているゼラチンと反応する官能基も好ましく挙げることができる。
【0027】
以下に化学反応する架橋剤の具体例を示すが、これらに限定されるものではない。
例えば、クロム塩(クロム明ばん、酢酸クロムなど);カルシウム塩(塩化カルシウム、水酸化カルシウムなど);アルミニウム塩(塩化アルミニウム、水酸化アルミニウムなど);アルデヒド類(ホルムアルデヒド、グリオキサール、グルタルアルデヒドなど);N-メチロール化合物(ジメチロール尿素、メチロールジメチルヒダントインなど);ジオキサン誘導体(2,3-ジヒドロキシジオキサンなど)、カルボキシル基を活性化することにより作用する化合物類(カルベニウム、2-ナフタレンスルホナート、1,1-ビスピロリジノ-1- クロロ- 、ピリジニウム、1-モルホリノカルボニル-3-(スルホナトアミノメチル)-など);活性ビニル化合物(1,3-ビスビニルスルホニル-2- プロパノール、1,2-ビス(ビニルスルホニルアセトアミド)エタン、ビス(ビニルスルホニルメチル)エーテル、ビニルスルホニル基を側鎖に有するビニル系ポリマー、1,3,5-トリアクリロイル-ヘキサヒドロ-s-トリアジン、ビス(ビニルスルホニル)メタンなど);活性ハロゲン化合物 (2,4-ジクロル-6- ヒドロキシ-s-トリアジン及びそのナトリウム塩など);ムコハロゲン酸類(ムコクロル酸、ムコフェノキシクロル酸など);イソオキサゾール類;ジアルデヒド澱粉;又は、2-クロル-6- ヒドロキシトリアジニル化ゼラチンなどの架橋剤を単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。これらのうち、活性ビニル化合物型架橋剤が好ましい。架橋剤の使用量は特に限定されないが、例えば、プロテアーゼ基質100gに対して0.1〜20mmol、さらに好ましくは0.3〜10mmol 程度を配合するのがよい。
【0028】
さらに、化学架橋を行う手段として、特開昭64-27471に記載されているようなトランスグルタミナーゼのような酵素を用いて架橋してもよい。
【0029】
トランスグルタミナーゼは、タンパク質中のペプチド鎖何にあるグルタミン残基のγ―カルボキシアミト゛基のアシル転移反応を触媒する酵素であり、アシル受容体としてタンパク質中のリジン残基のε―アミノ基が作用すると、分子内および分子間にε―(Glu)−Lys架橋結合が形成される。
【0030】
熱架橋では、ゼラチンを熱処理することで架橋する方法であり、50〜200℃の範囲で行うのがよい。50℃より低いと架橋が不充分または架橋が行われなくなってしまう。一方、200℃を越えるとゼラチンの変性が顕著であり細胞接着活性作用が損なわれてしまうからである。製造と活性の要因を考慮すると、好ましくは60〜180℃であり、90〜150℃が最も好ましい。
【0031】
放射線架橋では、ゼラチンに放射線を放射することで架橋する方法である。具体的には、紫外線照射、電子線照射、ガンマ線などの物理的エネルギーを照射することによって物理的架橋を生起させることができる。
【0032】
本発明の細胞培養担体は、支持体上に少なくとも架橋された酸処理ゼラチンを含む層を有することが好ましい。ここで、細胞培養担体において支持体とは、多層構造の細胞培養担体を作製する際の基盤となる層のことをいう。
【0033】
本発明で好ましい支持体は、合成高分子または天然高分子または半合成高分子またはこれらより選ばれる複数からなり、さらに親水性高分子であることが好ましい。
【0034】
ここで親水性高分子とは、特に水には溶解しないが高分子中に水を含み系全体にわたって2次元的又は3次元的な支持構造を有する吸水性高分子層をいう。本発明において水には溶解しないとは、室温における中性pHでの水への実質的溶解度が0.5g/水100g以下である場合をいい、好ましくは0.1g/水100g以下であり、さらに実質的に溶解しないことが最も好ましい。ここで、室温は20℃〜30℃の範囲をいい、好ましくは25℃である。また、中性pHとはpH5〜9の範囲をいい、好ましくはpH6〜8の範囲である。本発明において支持体としては、層としたときにキレート剤等の物質を層中に拡散させることにより該層の一方の面から他方の面にキレート剤を到達させることができるものを用いることが好ましい。また、本発明においては、支持体を層としたときに、該層の一方の面から他方の面にアルギン酸ゲル等のアニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲルは到達させることができないものを用いることが好ましい。本発明で用いる支持体は、上記の条件を満たす限り特に限定されない。
【0035】
以下に本発明における支持体として使用できる親水性高分子の具他例を示すが、これらに限定されるものではない。
架橋アクリルアミドゲル、架橋アクリル酸ゲル、寒天、架橋デキストラン、架橋アガロース、シリカゲル、ダイキトサンH、ダイキトサンM、ダイキトサン、ダイキトサン100D、(以上 大日精化製)、キミカキトサンH、キミカキトサンB、キミカキトサンMP(以上 株式会社キミカ製)、キトサンCTA-1(以上 片倉チッカリン製)、PL-90、PSH-80(以上 焼津水産化学製)などが挙げられる。
【0036】
これらの親水性高分子は、2つ以上のものを混合して用いたり、それぞれを単層として複数積層してもよい。
【0037】
本発明の支持体には、水溶性高分子を含んでもよい。水溶性高分子とは、水に溶解する高分子をいう。本発明においては、水溶性高分子は5℃〜80℃の範囲におけるある温度、好ましくは25℃〜45℃での中性pHでの水への実質的溶解度が0.5g/水100g以上である場合をいい、好ましくは1g/水100g以上であり、さらに3g/水100gことが最も好ましい。本発明で用いる水溶性高分子は、上記の条件を満たす限り特に限定されず、合成高分子であっても、天然高分子、生体高分子であってもよい。
【0038】
以下に本発明における水溶性高分子の具体例を示すが、これらに限定されるものではない。
【0039】
ポリビニルアルコール(PVA)としては、完全けん化物、部分けん化物、又は変性ポリビニルアルコールのいずれを用いてもよい。
【0040】
ポリアクリルアミド、ポリメタクリルアミド、ポリジメチルアクリルアミド、ポリイソプロピルアクリルアミド、ポリアミジン、ポリアリルアミン、ポリエチレンイミン、ポリビニルメチルエーテル、ポリジメチルアミノエチルアクリレート、ポリジメチルアミノエチルメタクリレート、ポリエチレングリコール、ポリプロピレンオキサイド、ポリビニルピロリドン、エピクロルヒドリン・ジメチルアミン縮合物などがあげられる。
【0041】
また、水溶性高分子として水溶性を損なわない範囲で非水溶性高分子と共重合されていてもよく、例えばアクリル酸/メチルメタクリレート共重合体、アクリル酸/ブチルメタクリレート共重合体、アクリル酸/ヒドロキシメチルメタクリレート共重合体、アクリルアミド/ブチルアクリルアミド共重合体、ビニルスチレンルホン酸ナトリウム/スチレン共重合体、ポリアミジン/アクリロニトリル共重合体などが挙げられる。
【0042】
水溶性の天然高分子の例としては、アルギン酸およびその塩(例えば、ナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩など)、カラギナン、シクロデキストリン、デキストラン、アガロース、セルロース、プルランなどが挙げられる。
水溶性の生体高分子の例としては、カゼイン、ゼラチン、コンドロイチン硫酸ナトリウム、レシチンなどが挙げられる。
【0043】
水溶性の半合成高分子の例としては、ヒドロキシエチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、メチルセルロース、リグニンスルホン酸などが挙げられる。
【0044】
支持体がアニオン性高分子の時、水溶性高分子としてその対イオンとなるカチオン性高分子を混合することは好ましくない。また、支持体がカチオン性高分子の時、水溶性高分子としてその対イオンとなるアニオン性高分子を混合することは好ましくない。例えば、アルギン酸やポリアクリル酸などのアニオン性高分子を混合した際にポリイオンコンプレックスを形成して凝集し、一般的な溶媒(例えば、中性水、酸性水溶液、アルカリ性水溶液、アルコール類、アセトンや酢酸エチルなどの有機溶剤)に不溶となり、本発明の膜を作製できなくなるためである。
【0045】
本発明における支持体の厚さは好ましくは0.01μm以上50μm以下であり、より好ましくは0.1μm以上25μm以下であり、更に好ましくは0.5μm以上15μm以下である。該支持体がが薄すぎると充分な膜強度を維持できず破れや裂けや穴が空いてしまうという問題が生じ、該支持体が厚すぎると培地成分や剥離操作時のキレート剤成分の拡散が遅く、細胞に悪影響を及ぼすという問題が生じる。
【0046】
本発明の支持体には、比重を調整する物質を含んでも良い。本発明で用いることができる1より大きい比重を有する比重調整物質の種類は、無機物または有機物の何れでもよい。無機物としては、金属(金属コロイドを含む)、金属酸化物(金属酸化物コロイドを含む)、シリカ、ガラスなどが挙げられ、有機物としてはプラスチック類(樹脂コロイドを含む)が挙げられるが、これらに限定されるものではない。これらの比重調整物質は、単独で用いてもよいし、複数種を混合して用いてもよい。
【0047】
金属及び金属酸化物の具体例としては、チタン、金、銀、白金、プラチナ、ジルコニウム、アルミナおよびこれらの酸化物が挙げられる。
【0048】
金属コロイドの具体例としては、ベリリウム、マグネシウム、アルミニウム、珪素、チタン、硼素、ゲルマニウム、スズ、ジルコニウム、鉄、バナジウム、アンチモンおよび遷移金属(金、銀、白金、プラチナなど)から選択された少なくとも一つの元素のコロイド粒子状酸化物または水酸化物などが挙げられる。また、樹脂コロイドとしては、芳香族性水酸基を有する樹脂などが挙げられる。これらの元素のコロイド粒子状の酸化物または水酸化物は、上記元素のハロゲン化物やアルコキシ化合物の加水分解あるいは水酸化物の縮合など種々の公知の方法によってコロイド分散液の分散相、すなわち、コロイド粒子として作られる。コロイド粒子状酸化物または水酸化物を親水層塗布液に添加する場合は、コロイド分散液の状態で添加できる。
【0049】
これらの元素の酸化物または水酸化物のうち、特に好ましいものは、アルミニウム、珪素、チタンおよびジルコニウムから選択された少なくとも一つの元素の酸化物または水酸化物である。
【0050】
これらの元素のコロイド粒子状酸化物または水酸化物は、コロイドの粒径として、シリカの場合は5〜100nmの球形のものが好適である。10〜50nmの球状粒子が、50〜400nmの長さに連なったパールネックレス状のものも用いることができる。アルミニウムの酸化物または水酸化物のコロイドのように100nm×10nmのような羽毛状のものも有効である。これらのコロイドの分散液は、日産化学工業(株)などの市販品を購入することもできる。
【0051】
本発明で用いる比重調整物質の比重は1より大きく、好ましくは1.2以上であり、より好ましくは1.5以上である。
【0052】
本発明で用いる比重調製物質は、水または培地に難溶性または不溶であることが好ましい。ここで言う不溶とは、培地または水に溶解しないことをいう。また、ここで言う難溶性とは、培地または水にほとんど溶解しないことをいい、具体的には溶解度(溶媒100g中への溶解量)0.01mg/100g以下であり、好ましくは0.001mg/100g以下であり、より好ましくは0.0001mg/100g以下である。
【0053】
比重が1より大きい比重調整物質としては、細胞の育成および細胞の観察に支障を期さないものを使用することが好ましい。細胞の育成に支障を期さないものとは、比重調整物質を添加した場合の細胞の培養状態が、比重調整物質を添加しない場合の細胞の培養状態と同じ状態を保つことをいう。また、細胞の観察に支障を期さないものとは、顕微鏡などによる比重調整物質を添加した場合の細胞の育成の様子が、比重調整物質を添加しない場合の細胞の育成の様子と同じように観察できることを言う。具体的には、細胞の大きさに比べて小さくすること、または比重調整物質は透明性を有することが好ましい。
【0054】
透明性としては、比重調整物質を添加した場合の膜の屈折率と、比重調整物質を添加しない場合の屈折率の差が0.03以下であることが好ましく、さらに0.01以下であることが好ましい。
【0055】
また、透明性を有する粒子としてガラスフィラーなどを用いた場合には、例えばガラスフィラーと膜を構成する材料との屈折率差が0.03以下であることが好ましく、さらに0.01以下であることが好ましい。
【0056】
比重調整物質は、上記のように細胞の育成および細胞の観察に支障を期さない限り、任意の添加方法によって細胞培養担体を構成する1以上の層に含めることができる。好ましくは比重調整物質は、粒子として添加することができる。このような粒子サイズは、好ましくはサブミクロンサイズであり、ナノ粒子あることがさらに好ましい。具体的には、比重調整物質のサイズは好ましくは1μm以下であり、より好ましくは500nm以下であり、さらに好ましくは1〜200nmであり、特に好ましくは10〜150nmであり、最も好ましくは20〜100nmである。
【0057】
比重調整物質は、細胞の育成および細胞の観察に支障を期さない範囲で膜中に含有することができれば、その含有方法に特に制限はないが、膜を作成する際に添加されることが好ましい。具体的な添加方法の例としては、膜を塗布で作成する場合、塗布溶液中に混合されることが好ましい。膜が多層構造である場合には、少なくとも1以上の層に含有されていることが好ましく、最表面層でも中間層でもよく、また複数層に含有されていてもよい。多層構造の膜の場合、好ましくは細胞接着性層とは反対側の最表面層(例えば、支持体など)またはその近傍の層に比重調整物質を含めることが好ましい。
【0058】
比重調整物質の添加量は、細胞培養担体に対して0.1重量%〜80重量%の範囲で添加することができ、好ましくは0.1重量%〜60重量%であり、さらに1重量%〜50重量%であり、5重量%〜40重量%であることが最も好ましい。
【0059】
比重調整物質を添加した本発明の細胞培養担体の比重は、1より大きいことが好ましく、好ましくは、1.01から3.0であり、より好ましくは1.1から2.0程度である。
【0060】
本発明の好ましい態様として、少支持体とゼラチン層の間に少なくとも1層以上のアニオン性多糖類および多価金属イオンおよび水溶性高分子を含むものが挙げられる。アニオン性多糖類としては、アルギン酸、デキストラン硫酸、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルデキストラン、ヒアルロン酸などが挙げられるが、アルギン酸が好ましく用いられる。
【0061】
アルギン酸は、褐藻類の細胞壁構成多糖又は細胞間充填物質として天然に存在しており、これらを原料として採取可能である。原料褐藻類の具体例としては、ヒバマタ目ダービリア科ダービリア属(例えばD.potatorum)、ヒバマタ目ヒバマタ科アスコフィラム属(例えばA.nodosum)、コンブ目コンブ科コンブ属(例えばマコンブ、ナガコンブ)、コンブ目コンブ科アラメ属(例えばアラメ)、コンブ目コンブ科カジメ属(例えばカジメ、ウロメ)、コンブ目レッソニア科レッソニア属(例えばL.flavikans)の褐藻類を例示できる。また、市販のアルギン酸を使用することもできる。アルギン酸のG/Mの比は特に限定されないが、G/Mの比が大きいほどゲル形成能が大きいので、G/Mの比は大きい方が好ましく、具体的には0.1〜1であるのが好ましく、0.2〜0.5であるのがさらに好ましい。
【0062】
「アルギン酸ゲル」とは、アルギン酸の分子中のカルボン酸基と多価金属イオンとがキレート構造を形成してゲル化したものを意味し、「アルギン酸ゲル層」とは、層状のアルギン酸ゲルを意味する。アルギン酸は、グルクロン酸(G)とマンヌロン酸(M)よりなるブロック共重合体であり、Mブロックが有するポケット構造に多価金属カチオンが侵入してエッグボックスを形成し、ゲル化すると考えられている。アルギン酸のゲル化を引き起こし得る多価金属カチオンの具体例としては、バリウム(Ba)、鉛(Pb)、銅(Cu)、ストロンチウム(Sr)、カドミウム(Cd)、カルシウム(Ca)、亜鉛(Zn)、ニッケル(Ni)、コバルト(Co)、マンガン(Mn)、鉄(Fe)、マグネシウム(Mg)等の金属イオンを例示でき、これらのうち特に好ましいものとして、カルシウムイオン、マグネシウムイオン、バリウムイオン、ストロンチウムイオンを例示できる。また、「アルギン酸ゲル」はアルギン酸とカチオン残基を有する有機高分子化合物のポリイオンコンプレックスゲルでもよい。ここでいうカチオン残基を有する有機高分子化合物の例としては、ポリリジン、キトサン、ゼラチン、コラーゲンなどの複数のアミノ基を有する化合物が挙げられる。
【0063】
アルギン酸のゲル化は、常法に従って行なうことができる。アルギン酸のゲル化は、例えばイオン交換を利用して行なうことができる。例えば、アルギン酸ナトリウム水溶液にカルシウムイオンを添加すると速やかにイオン交換が生じ、アルギン酸カルシウムゲルが得られる。より具体的には、0.2〜5%アルギン酸ナトリウム水溶液を、少なくともキトサンを含む層上に塗布後0.01〜1.0 M 塩化カルシウム水溶液中に浸漬して塩化カルシウムをしみ込ませ、20〜30℃で3分〜3時間放置することによりアルギン酸カルシウムゲル層が得られる。このように少なくともキトサンを含む層を用いてアルギン酸のゲル化を行なえば、少なくともキトサンを含む層と該層上に形成されたアルギン酸ゲル層とを含む細胞培養担体を得ることができる。
【0064】
本発明においては、アニオン性多糖類および多価金属イオンとともに水溶性高分子を含んでもよい。水溶性高分子は、前述の支持体に含んでも良い水溶性高分子と同じであっても、異なっていてもよく、2種以上を混合して用いても良い。水溶性高分子の具他例は、前述と同じ例の高分子を挙げることができるが、これらに限定されるものではない。
【0065】
水溶性高分子は、アニオン性多糖類および多価金属の総質量に対して0.1質量%〜90質量%であり、好ましくは0.1質量%〜50質量%であり、さらに好ましくは0.5質量%〜30質量%であり、最も好ましくは0.5質量%〜20質量%である。
【0066】
本発明の細胞培養担体におけるアニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層の厚さは0.01μm以上50μm以下であることが好ましく、0.1μm以上20μm以下が好ましく、0.5μm以上10μm以下であることがさらに好ましい。アルギン酸ゲル層の固形分量が少なすぎると充分な膜状の層を形成できず穴が空いてしまい、多すぎると乾燥膜でのカールや割れの発生、培養工程での変形やアルギン酸ゲル溶解工程での溶解不良といった問題が生じる。
【0067】
本明細書において層の厚さは、特に言及のない限り充分に乾燥した状態で計測したものを示す。本本明細書においては、この層の厚さを「乾燥膜厚」ということもある。層の厚さの計測は、電子顕微鏡断面像、マイクロメータ膜厚計、エリプソメーター、角度可変XPS、光干渉式膜厚計などを用いて行うことができ、好ましくはマイクロメータ膜厚計、電子顕微鏡断面像、光干渉式膜厚計を用いて行うことができる。
【0068】
本発明の細胞培養担体におけるゼラチン層または支持体またはアニオン性多糖類および多価金属イオンを含む層は、一般的に知られている種々の膜の作製方法を用いて作製することができる。例えば、親水性高分子水溶液をキャストする方法(キャスト法)やバーコーターで塗布する方法(バーコート法)、ギャップコーターで塗布する方法(ギャップコート法)などが挙げられるが、これらのうちバーコート塗布法、ギャップコート塗布法が好ましい。
【0069】
本発明に用いられるゼラチンまたは支持体用高分子または水溶性高分子またはアニオン性多糖類および多価金属イオンを含む層は、後述の本明細書で定義する溶液状態での粘度が50 mPa・s以上50000 mPa・s 以下の水溶液を用いて作製することできるが、その粘度は100mPa・s 以上30000 mPa・s 以下であることが好ましく、さらに300 mPa・s 以上20000 mPa・s 以下であることが好ましい。
【0070】
同一条件で調製した高分子溶液の粘度は、高分子の分子量の指標となるものであり、粘度の数値が大きいものほど高分子量であることを意味する。本明細書で定義する水溶液の溶液状態での粘度とは、高分子1 gを水を含む良溶媒100 gに溶解した溶液を、25℃にてB型粘度計で測定したときの粘度値をいう。粘度が低いとき、すなわち分子量が小さいときは、作製された層の強度が弱いことが示唆される。また、低粘であることから該層の作製時に溶液が流れだして膜厚が不均一になったり、溶液の最表面のみが乾燥して皮膜を形成する皮張り現象を起こしたり、溶媒の乾燥に時間がかかったりする。一方、粘度が高すぎる場合、すなわち分子量が高すぎる場合、作成された膜の強度はあるが、該膜の作成時に流延性がなく膜厚が不均一になる、又は塗膜が形成できないと言った不具合が生じる。粘度が上記の範囲である高分子溶液を用いることにより、強度が高いとともに、上記の一定の厚さである層を得ることができる。
【0071】
本発明の細胞培養担体上に形成された培養細胞層は、アニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層を可溶化処理することにより細胞シートとして剥離させることができる。細胞シートは培養細胞層及び好ましくは後述の細胞接着性層を含む。アニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層の可溶化処理は、アニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層を構成するカチオン成分を除去することにより実施でき、カチオン種が多価金属イオンの場合は、培養細胞層が形成された細胞培養担体を1)リン酸などの多価金属カチオンと錯形成するもしくは難溶性塩を形成するイオンが添加された培地に浸漬する、2)キレート剤水溶液が添加された培地に浸漬する、3)多価金属イオンが低減された培地に浸漬する、又は4)該細胞の培養培地中の多価金属イオンをキレート剤によって隠蔽する方法によって実施できる。通常、細胞培養用の培地にはリン酸イオンが多く存在する。従って、アニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層の可溶化処理は、多価金属カチオン濃度が通常細胞培養に用いられる最小培地における多価金属カチオンの濃度よりも少なく、かつキレート剤を含む培地を用いて行うことが好ましい。具体的には該濃度は2.6 mM以下であることが好ましく、3μM以下がより好ましく、さらに好ましくは0.5μM以下であり、実質的に0であることが最も好ましい。また、該キレート剤の濃度は2.3 mM以上かつ26000 mM以下が好ましく、2.3 mM以上かつ2600 mM以下がさらに好ましい。上記のように多価金属カチオン濃度を低減した培地を用いることにより、キレート剤の細胞への侵襲を低減したアニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層の可溶化が可能である。
【0072】
本発明で用いられるキレート剤としては、例えば、エチレンジアミンジオルトヒドロキシフェニル酢酸、ジアミノプロパン四酢酸、ニトリロ三酢酸、ヒドロキシエチルエチレンジアミン三酢酸、ジヒドロキシエチルグリシン、エチレンジアミン二酢酸、エチレンジアミン二プロピオン酸、イミノ二酢酸、ジエチレントリアミン五酢酸、ヒドロキシエチルイミノ二酢酸、1,3-ジアミノプロパノール四酢酸、トリエチレンテトラミン六酢酸、トランスシクロヘキサンジアミン四酢酸、エチレンジアミン四酢酸(edta)、グリコールエーテルジアミン四酢酸、O,O'-ビス(2-アミノエチル)エチレングリコール-N,N,N',N'-四酢酸(egta)、エチレンジアミンテトラキスメチレンホスホン酸、ジエチレントリアミンペンタメチレンホスホン酸、ニトリロトリメチレンホスホン酸、1-ヒドロキシエチリデン-1,1-ジホスホン酸、1,1-ジホスホノエタン-2-カルボン酸、2-ホスホノブタン-1,2,4-トリカルボン酸、1-ヒドロキシ-1-ホスホノプロパン-1,3,3-トリカルボン酸、カテコール-3,5-ジスルホン酸、ピロリン酸ナトリウム、テトラポリリン酸ナトリウム、ヘキサメタリン酸ナトリウム、1-ヒドロキシプロピリデン−1,1-ジホスホン酸、1-アミノエチリデン-1,1-ジホスホン酸やこれらの塩が挙げられる。これらのうち好ましいものとしてはedta、egta、エチレンジアミンテトラホスホン酸、1-ヒドロキシエチリデン-1,1-ジホスホン酸が挙げられる。
【0073】
さらに、上記のアニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層を可溶化処理する際の培地においては,カチオン性アミノ酸の濃度が、通常細胞培養に用いられる最小培地におけるカチオン性アミノ酸濃度より少ない濃度であることが好ましい。具体的には、該濃度は1.0 mM以下であることが好ましく、2μM以下がより好ましく、さらに好ましくは0.5μM以下であり、実質的に0であることが最も好ましい。カチオン性アミノ酸成分とは、L-Lysin(Lys)、L-Arginine(Arg)、L-Histidine(His)、L-Cystine(Cys)及びこれらの塩をいう。
【0074】
アニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層の可溶化処理は、上記のいずれかの可溶化処理用培地に一回又は複数回浸漬することにより実施すればよい。複数回の場合は用いる可溶化処理用培地は同一でも異なってもよい。
【0075】
キレート剤を用いたアニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層の可溶化処理の際、すなわち培養細胞層が形成された細胞培養担体を可溶化処理用の培地に浸漬する際には、支持体側からキレート剤がしみこむように行うのが好ましい。これによって、支持体とゼラチン層とを容易に分離することができ、培養された細胞層を含む細胞シートを支持体から容易に剥離させることができる。アニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層の可溶化処理によってアニオン性多糖類及び多価金属イオンを含む層を完全に除去する必要はなく、可溶化されなかったアニオン性多糖類及び多価金属イオンを含む層が残っていてもよいが、アニオン性多糖類及び多価金属イオンを含む層はできるだけ可溶化して除去するのが好ましい。
【0076】
本発明のゼラチン層には、細胞の接着性を補助するために細胞接着性成分を含んでもよい。
「細胞接着性成分」とは、細胞接着性を有するハイドロゲルを意味し、細胞毒性が無く、通常の培養条件で細胞が付着する成分であれば天然、合成の化合物いずれでもよいが、好ましくは細胞外マトリックス成分である。細胞外マトリックスは、一般的には「動物組織中の細胞の外側に存在する安定な生体構造物で、細胞が合成し、細胞外に分泌・蓄積した生体高分子の複雑な会合体」と定義されており(生化学辞典(第3版)p.570,東京化学同人(株))、細胞を物質的に支持する役割や細胞の活性を調節する役割(すなわち細胞外の情報を細胞に伝えその活性に変化を与える役割)等を担っている。「細胞外マトリックス成分」とは、細胞外マトリックスの構成成分を意味し、その具体例としては、コラーゲン、エラスチン、プロテオグリカン、グルコサミノグリカン(ヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸、デルマタン硫酸、ヘパラン硫酸、ヘパリン、ケラタン硫酸など)、フィブロネクチン、ラミニン、ビトロネクチン等を例示できる。細胞外マトリックス成分は、常法に従って得ることができる。また、市販の細胞外マトリックス成分を使用してもよい。これらの細胞外マトリクスは単独で用いてもよいし、2種以上を混合して用いてもよい。
【0077】
本発明の細胞培養担体を作製する際、密着性を改善する目的で、カルボジイミド類を含んだ調製液を用いてもよい。カルボジイミド類及びN-ヒドロキシコハクイミドはいかなる層の調製液に添加してもよいが、アニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層調製液もしくは予め親水性高分子及び水溶性高分子を含むゲルに含浸させておくこと、あるいはアニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層塗布後に塩化カルシウムと共溶解した液に浸漬することが好ましい。該カルボジイミド類は水溶性のものが好ましく、例えば1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)-カルボジイミド塩酸塩などが挙げられる。該カルボジイミドを用いる場合その濃度としては0.01 mg/l以上200 g/l以下が好ましい。このときN-ヒドロキシコハクイミドを触媒として使用してもよく、濃度としては該カルボジイミドに対して1質量%以上50質量%以下が好ましい。
【0078】
本発明においては、特に必要がない限りカルボジイミドは用いないことが好ましい。
【0079】
本発明の細胞培養担体上に形成されたゼラチン層は、上述のようにアニオン性多糖類及び多価金属イオンを含む層を可溶化処理することにより細胞シートとして剥離させることができる。本発明の細胞培養担体としては、その際の操作性を向上させるために、細胞接着性ゲル層と反対側の支持体層の面に、物理的な補強治具を設けてもよい。物理的な補強治具の材質は、細胞に影響を与えない材質であれば特に限定はないが、金属類(たとえば鉄、ステンレス、チタン、金、めっき物など)、プラスチック類(たとえばポリスチレン、ポリカーボネート、ポリエチレン、ポリプロピレン、アクリルなど)、陶器などの無機材料類などであり、ステンレス、チタン、プラスチック類が好ましい。
【0080】
物理的な補強治具は、本発明の細胞培養担体の取り扱い性を向上させることができればいかなる形状をしていてもよいが、板状であることが好ましく、厚さは0.1μm以上10 mm以下であり、好ましくは1μm以上1 mm以下であり、さらに好ましくは10μm以上200μm以下である。
【0081】
物理的な補強治具は、細胞観察用に本発明の細胞培養担体が見える部分があればその形状は特に限定はないが、円、多角形(三角形、四角形、六角形など)、又はその組み合わせ(扇型など)等が例として挙げられる。そのなかで、円に近い形状であることが好ましい。また、細胞観察用に本発明の細胞培養担体が見える部分は1個でも複数でもよい。また補強治具を接着した面の判別を容易にするために、非対称な形状であることが好ましい。
【0082】
物理的な補強治具は、細胞培養に影響を及ぼさない限りいかなる方法でゼラチンまたは支持体に接着させてもよい。たとえば、ゼラチン膜を作製した後市販の接着剤(たとえばアロンアルファ、ボンドなど)を使用して接着させる方法や細胞培養担体を作成する際に補強治具を未乾燥状態の層間におくことで接着させてもよい。
【0083】
物理的な補強治具は、その材質にもよるが、補助治具の縁が鋭利である場合がある。この場、補助治具の鋭い縁によって細胞培養担体が破けるばかりでなく、取り扱う作業者にも危険を及ぼす懸念がある。したがって、鋭い縁をなくすことが好ましい。鋭い縁をなくす方法として、細胞培養に支障がない限りいかなる方法を用いてもよいが、物理的な研磨(たとえば、やすりなどで磨くなど)や化学処理(たとえば、ケミカルエッチングなど)する方法が挙げられる。本発明において、物理的な補強治具はステンレス製の場合、ケミカルエッチングなどの化学処理を行うことが好ましい。
【0084】
本発明の細胞培養担体上に形成された培養細胞層を細胞シートとして剥離させる際の操作性を向上させるために、細胞培養面側最表面に細胞接着性ゲル層を有する細胞培養担体においては、該細胞培養面側最表面の一部に該細胞接着性ゲル層未修飾部分、すなわち該細胞接着性ゲル層が形成されていない部分を設けてもよい。細胞接着性ゲル層未修飾部分は、親水性高分子及び水溶性高分子を含むゲル層又はアニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層となる。細胞接着性ゲル層未修飾部分を設けることによって、親水性高分子及び水溶性高分子を含むゲル層と細胞接着性ゲル層を剥離する際の取り扱い性を向上させることができる。すなわち、細胞接着性ゲル層未修飾部分の親水性高分子及び水溶性高分子を含むゲル層をピンセットなどでつかむことにより細胞接着性ゲル層に触れないで親水性高分子及び水溶性高分子を含むゲル層を取り除くことができるため、細胞に悪影響が少ない。細胞接着性ゲル層未修飾部分は、本発明の細胞培養担体における親水性高分子及び水溶性高分子を含むゲル層の隅の部分であることが好ましい。
【0085】
細胞接着性ゲル層未修飾部分を設ける方法としては細胞培養に支障がない限りいかなる方法を用いてもよいが、例えば一般的に良く知られているマスキング法が挙げられる。すなわち、親水性高分子及び水溶性高分子を含むゲル層上で細胞接着性ゲル層未修飾とする部分をあらかじめ別材料で覆い、該親水性高分子及び水溶性高分子を含むゲル層を細胞接着性ゲル成分で修飾した後、覆っていた別材料を除去することによって、細胞接着性ゲル層未修飾部分を設ける方法である。
【0086】
細胞接着性ゲル層未修飾部分を設けるために覆う別材料の材質は、細胞培養に支障がない限りいかなる材質のものを用いてもよく、例えばシリコンゴム、市販のマスキングテープやセロテープ(登録商標)、プラスチック類(例えばポリスチレン、ポリカーボネート、ポリエチレン、ポリプロピレン、アクリルなど)、金属類(例えば鉄、ステンレス、チタン、金など)などが挙げられるが、シリコンゴム、市販のマスキングテープが好ましい。
【0087】
細胞接着性ゲル層未修飾部分の形状は、細胞培養に支障がない限り特に限定はないが、円もしくは多角形(三角形、四角形、六角形)又はこれらの組み合わせ(扇型など)であることが好ましく、三角形、扇形であることが好ましい。細胞接着性ゲル層未修飾部分の大きさは、細胞培養に支障がない限り特に限定はないが、円相当で直径0.1 mm以上10 mm以下、好ましくは1 mm以上5 mm以下である。
【0088】
本発明の細胞培養担体を用いて、培養し得る細胞の具体例としては、繊維芽細胞、血管内皮細胞、軟骨細胞、肝細胞、小腸上皮細胞、表皮角化細胞、骨芽細胞、骨髄間葉細胞等を例示でき、好ましいものとしては繊維芽細胞を例示できる。細胞の培養の際には、通常、細胞濃度1〜1.5万cells/mlの培養液(例えば、D-MEM培地、MEM培地、HamF12培地、HamF10培地)を細胞接着性ゲル層上に添加する。細胞の培養条件は、培養する細胞に従って適宜選択し得る。細胞接着性ゲル層上で細胞を培養する場合には、通常、細胞接着性ゲル層上にコンフルエントな単層の細胞層が形成されるまで行なう。
【0089】
本発明の細胞培養担体を用いた細胞の培養は具体的には次のようにして行なうことができる。細胞培養担体をシャーレ等の内部に設置し、シャーレ内に適当な培養液(例えば、D-MEM培地、MEM培地、HamF12培地、HamF10培地)を添加して5分浸漬後培地交換することを3回繰り返したのち12〜24時間放置し、培養液を細胞培養担体中に浸潤させる。シャーレ内の培養液を捨て、細胞培養担体の細胞接着性ゲル層上に細胞を播き、シャーレ内に適当な培養液(例えば、D-MEM培地、MEM培地、HamF12培地、HamF10培地)を添加する。37℃で1〜2時間放置し、細胞接着性ゲル層に保持(接着)させた後、37℃で培養を続ける。培養の際には、必要に応じて培養液を交換してもよい。通常は培養0.5〜2日ごとに培養液を交換する。
【0090】
本発明の細胞培養担体を用いて培養された細胞培養物は、本発明の細胞培養担体と該細胞培養担体に保持された細胞層とを含む。「細胞培養担体に保持された細胞層」は、好ましくは細胞接着性ゲル層上に形成された細胞層である。
【0091】
ゼラチンから得られる細胞シートは、細胞層を含んでいるので、細胞層の重層化及び転写に使用できる。細胞層の重層化の際には、本発明の細胞培養担体を用いて培養された細胞培養物を細胞培養面が向き合うように予め培養した細胞上に荷重をかけた状態又はかけない状態で重ね、さらに培養することができる。また、支持体を有し、ゼラチン層との間にアニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層を含む場合、細胞層を重層化した後アニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層を可溶化してもよいし、アニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層を可溶化して得られる細胞シート同士を重層化してもよいし、アニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層を可溶化して得られる細胞シートを別に作製した細胞層に重層化してもよい。また、上記の方法などにより重層化した細胞層を含む細胞シート又は細胞培養物を、さらに別に作製した細胞層に重層化してもよい。別に作製した細胞層としては、本発明の細胞培養担体を用いて培養された細胞培養物の細胞層でもよく、他の細胞培養担体を用いて培養された細胞培養物の細胞層でもよく、また細胞シートでもよい。重層化する細胞層の細胞の種類は、同一であっても異なっていてもよい。重層化する細胞層の数は特に限定されないが、通常1〜10、好ましくは1〜5、さらに好ましくは1〜3である。
【0092】
細胞層の転写の際には、別の細胞培養用基材上に本発明の細胞培養担体を用いて培養された細胞培養物を細胞培養面が別の細胞培養用基材側になるように荷重をかけた状態又はかけない状態で載せ、さらに培養してもよい。また、支持体を有し、ゼラチン層との間にアニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層を含む場合、細胞層を転写した後アニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層を可溶化してもよいし、アニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層を可溶化して得られる細胞シートを他の媒体に転写してもよい。また、転写される細胞培養物は重層化細胞培養物であってもよい。
【0093】
好ましい重層化ならびに転写方法としては、本発明の細胞培養担体を用いて培養された細胞培養物を予め培養した細胞上もしくは別の細胞培養基材上で培養する方法が挙げられる。
【0094】
荷重をかけた状態の細胞の培養法とは、細胞が転写される細胞もしくは基材にムラが生じない程度に充分荷重がかけられていればいかなる方法でもよい。ここで、荷重をかける際に細胞が密閉されると窒息をすることから、転写する側もしくは受ける側の少なくとも一方の細胞培養基材が水透過性のゲルや親水性高分子ゲルもしくはこれらの組み合わせでできていることが好ましい。また、ムラ無く転写するには細胞面を充分に覆う状態で荷重をかける必要があるが、均一に接触することで酸素の拡散を妨害することとなるため、不織布(ナイロン、ポリエステル、ステンレスなど)等を介して酸素の拡散を妨げないで荷重することが好ましい。
【0095】
荷重をかけた細胞の培養法の荷重は0.1 g/cm2以上50 g/cm2以下であることが好ましく、0.5 g/cm2以上10 g/cm2以下であることがさらに好ましい。荷重をかけた細胞の培養の時間は充分な細胞の転写が実現できれば制限はないが4時間以上72時間以下が好ましく、6時間以上48時間以下がさらに好ましい。本発明においては、荷重をかけない状態で培養することが好ましい。
【0096】
本発明の細胞培養担体は、いかなる方法で滅菌されてもよいが、電子線、γ線、X線、紫外線などの放射線による滅菌が好ましく用いられ、電子線、γ線、紫外線がさらに好ましく用いられ、電子線滅菌が特に好ましい。本発明の電子線滅菌の照射線量としては0.1 kGy以上65 kGy以下が好ましく、1 kGy以上40 kGy以下が特に好ましい。EOG滅菌などの化学滅菌、高圧蒸気ガス滅菌などの高熱をかける滅菌は細胞接着性層やアニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層を分解するため好ましくない。このように滅菌した細胞培養担体は無菌条件下であれば長期間に渡って室温保管が可能である。
【0097】
本発明の滅菌法は単独もしくは複数種の組み合わせで実施されてもよく、同一種の滅菌法を繰り返し使用してもよい。
【0098】
重層化する細胞層として、例えば、血管内皮細胞層、肝細胞層を使用すれば、肝臓の3次元組織構造物を構築できる。この3次元組織構造物は、in vitroにおける薬物の透過性試験へ適用できるとともに、動物実験代替モデルや移植用臓器へ応用できる。重層化した細胞層は、細胞層を構成する細胞の種類に応じた培養条件で培養することができる。培養の際には、例えば、D-MEM培地、MEM培地、HamF12培地、HamF10培地等の培地を使用できる。
【0099】
以下の実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は実施例によって限定されるものではない。
【実施例】
【0100】
〔例1〕架橋酸処理ゼラチン膜 Aの作製
新田ゼラチン製950酸処理ゼラチン1gを蒸留水382 gに徐々に添加して室温で3時間膨潤させ、その後40℃で3時間攪拌して溶解した後、このゼラチン溶液に架橋剤として4質量%のN,N-エチレンビス(ビニルスルホンアセトアミド)水溶液を1.5ml添加した。
あらじめ用意しておいたポリエチレンテレフタレートフイルム(縦20 cm、横18 cm、フイルム厚195μm)上にシリコンゴムとアルミ金属製(内径縦12 cm、横7 cm、厚み5 mm)の枠を置き、上記ゼラチン水溶液を10mlキャストし、30℃にて24時間感想して、架橋酸処理ゼラチン膜Aを得た(表1)。
【0101】
比較サンプルとして、上記950酸処理ゼラチンの代わりに681アルカリ処理ゼラチンを用いて同様の処理を行なったサンプルBを作製した。また、950ゼラチンを用いたが架橋処理を施さなかったサンプルCを作製した。
【0102】
【表1】

【0103】
〔例2〕架橋処理ゼラチンを用いた細胞の培養
上記例1で作製したサンプルをUV滅菌3時間、電子線滅菌60 kGyで滅菌を施したところ、菌が確認されなかった。このとき、滅菌処理を施していないサンプルからは9500個/m2の菌が確認された。
【0104】
滅菌処理したサンプルAおよび比較サンプルBおよびCをポリスチレン製細胞培養用シャーレの底面に置き、サンプルを置いていないポリスチレン製細胞培養用シャーレをコントロールとして、培地を添加して10分浸漬後培地交換することを3回繰り返した後1晩放置し、培地を細胞培養担体中に浸潤させた。なお、培地としてはEagle最小培地(10%牛胎児血清)を使用した。
【0105】
予め培養しておいたBAE(ウシ大動脈血管内皮細胞)細胞をトリプシン処理で回収し、細胞濃度を40000 cell/mlに調製した。上記のシャーレ内の培地を捨てた後、この細胞液を細胞数5000 cell/cm2となるようにシャーレ内に播種し培地を添加した。これらをCO2インキュベーターを用いて37℃で5日間培養した。
なお、細胞の評価は下記のように行なった。
【0106】
<細胞の接着性の評価基準>
◎: 膜面の90%以上に細胞が接着している。
○: 膜面の80〜90%に細胞が接着している。
△: 膜面の60〜80%に細胞が接着している。
×: 膜面に接着している細胞が60%以下である。
【0107】
<細胞の形態の評価基準>
◎: 90%以上の細胞がコントロールと同様の形態である。
○: 70〜90%の細胞がコントロールと同様の形態である。
△: 50〜70%の細胞がコントロールと同様の形態である。
×: コントロールと同様の形態である細胞が50%以下である。
【0108】
<細胞生存率の評価基準> ◎、○を許容範囲とした。
◎: 90%以上の細胞は生きている。
○: 70%以上の細胞は生きている。
△: 40%以上の細胞は生きている。
×: 生きている細胞が40%以下である。
【0109】
結果を表2に示す。用いたサンプルのうち、本発明の架橋酸処理ゼラチンを底面に置いたポリスチレン製細胞培養用シャーレは、透明性を有することから細胞培養中の細胞の生育状態が詳細に観察でき、細胞接着性や毒性に問題はなく、コントロールとしたポリスチレン製細胞培養用シャーレのみのサンプルとほぼ同様の状態であった。
【0110】
一方、比較サンプルの架橋アルカリ処理ゼラチンでは、細胞接着性が少なく、細胞の形態がコントロールと異なり、培養日数とともに生存率が減少していった。
【0111】
架橋処理を施していないサンプルCは、培地の浸潤時に膜の形態が崩れ始め、培養日数とともに培地内に溶解して、細胞が死滅した。
【0112】
ゼラチンを他の酸処理ゼラチン、例えばニッピ製PSKゼラチンに変えても同様の効果が認められた。
【0113】
さらに、細胞の種類をHEPG2(ヒト肝癌由来細胞)やCHL(チャイニーズハムスター肺由来細胞)、CV-1(アフリカミドリザル腎臓上皮細胞)、A-10(ラット血管内細胞)、ラット初代肝細胞に変更しても本発明の領域において同様の結果が得られた。
【0114】
【表2】

【0115】
〔例3〕細胞の重層培養
(1)細胞培養担体の作製
ダイキトサン100D(大日精化工業株式会社製)6 gを1質量%の酢酸水溶液500 gに徐々に添加して室温で7時間攪拌して溶解し、富士写真フイルム製ミクロフィルターFG-30でろ過した。
ろ過したキトサンの酢酸水溶液をポリエチレンテレフタレートフイルム(縦20 cm、横18 cm、フイルム厚195μm)上にアプリケータで乾燥膜厚5μmとなるように塗布し、40℃にて一晩乾燥させた。
乾燥させた膜を、1.5質量%の水酸化ナトリウムのメタノール溶液に180分間浸漬し、引き続きPBS(Dulbecco's Phosphate buffered Saline)溶液に60分間浸漬した。その後、蒸留水に60分浸漬してキトサン膜を得た。得られた膜を室温で1晩乾燥後、ビニール袋に入れ保存した。
【0116】
このキトサン膜を支持体とし、この上に2質量%のキミカアルギンB-1(株式会社キミカ製)水溶液をウェット塗布膜厚250μmとなるように塗布した。この塗布物を0.2 Mの塩化カルシウムを含む水溶液に40分浸漬したのち、蒸留水に30分浸漬を2回繰り返してキトサン/アルギン酸カルシウム積層膜を得た。
【0117】
この積層膜上に例1で示した作成方法で架橋ゼラチン膜を作製し、細胞重層培養用細胞培養担体とした(表3)。
【0118】
得られた細胞培養担体をUV滅菌3時間施し、あらかじめUV滅菌処理されたポリスチレン製細胞培養用シャーレの底面に置き、例2と同様に下記の細胞を5日間培養した。
・BAE(ウシ大動脈血管内皮細胞)
【0119】
あらかじめシャーレ上に培養したラット初代肝細胞の上に、上記BAE(ウシ大動脈血管内皮細胞)を培養した細胞培養担体上を細胞同士が接触するようにおき、CO2インキュベーターを用いて37℃で1日間培養した。その後、下記の可溶化処理用培地に37℃で15分間浸漬したのちの細胞重層培養物からのキトサン層の剥離状況を観察した。次いで、細胞重層培養物を、CO2インキュベーターを用いて37℃で7、14、21日間培養し、光学顕微鏡で観察した。結果を表3に示す。なお、剥離状況及び細胞生存率の評価は下記の基準に従って行った。本発明の領域において、キトサン層の剥離がよく、細胞の重層化に優れ、重層化した細胞が良好に培養されていることがわかった。
【0120】
<可溶化処理用培地>
(a)Eagle最小培地
(b)Eagle最小培地に、Eagle最小培地中に存在するカルシウムイオン、マグネシウムイオンの総モル数に対して200モル%の1-ヒドロキシエチリデン-1,1-ジホスホン酸を添加したもの
【0121】
<剥離状況の評価基準> ◎、○を許容範囲とした。
◎:キトサンを含む層が細胞重層培養物から自然と浮くように剥離する。
○:キトサンを含む層をピンセットで引っ張ることで細胞重層培養物から容易に剥離できる。
△:キトサンを含む層をピンセットで引っ張ることで細胞重層培養物から剥離できるが、剥離しない部分がある、または細胞重層の一部が破壊される。
×:キトサンを含む層をピンセットで引っ張っても細胞重層培養物から剥離しない、または細胞重層が破壊される。
【0122】
<細胞生存率の評価基準> ◎、○を許容範囲とした。
◎: 90%以上の細胞は生きている。
○: 70%以上の細胞は生きている。
△: 40%以上の細胞は生きている。
×: 生きている細胞が40%以下である。
【0123】
【表3】

【0124】
※ サンプルCCではゼラチン膜が培地内に溶解し、細胞同士を接着させることができず、細胞の生存率評価の対象とならなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
架橋された酸処理ゼラチンを含む層を少なくとも有する細胞培養担体。
【請求項2】
請求項1に記載の細胞培養担体において、架橋された酸処理ゼラチンを含む層が支持体上に少なくとも1層以上存在することを特徴とする細胞培養担体。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の細胞培養担体において、支持体が合成高分子、天然高分子、又は半合成高分子、あるいはこれらの組み合わせからなることを特徴とする細胞培養担体。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか一項に記載の細胞培養担体において、支持体が親水性高分子からなることを特徴とする細胞培養担体。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか一項に記載の細胞養担体において、支持体と架橋された酸処理ゼラチンを含む層との間に、アニオン性多糖類および多価金属イオンを含むゲル層を有することを特徴とする細胞培養担体。
【請求項6】
請求項5に記載の細胞培養担体において、アニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層がアルギン酸カルシウムゲル層である細胞培養担体。
【請求項7】
請求項1から6のいずれか一項に記載の細胞培養担体において、いずれかの層に水溶性高分子及び/又は1より大きい比重を有する比重調整物質を含むことを特徴とする細胞培養担体。
【請求項8】
請求項1から7のいずれか一項に記載の細胞培養担体において、架橋された酸処理ゼラチンを含む層の厚さが0.01μm以上50μm以下である細胞培養担体。
【請求項9】
請求項1から8のいずれか一項に記載の細胞培養担体において、該細胞培養担体が電子線、γ線、紫外線のいずれか又は複数を照射することで滅菌された細胞培養担体。
【請求項10】
請求項1から9のいずれか一項に記載の細胞培養担体を用いて細胞を培養する工程を含む細胞の培養方法。
【請求項11】
請求項5から9のいずれか一項に記載の細胞培養担体を用いて培養された細胞培養物におけるアニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層の可溶化処理により細胞シートを得る工程を含む細胞培養方法。
【請求項12】
可溶化処理を、キレート剤を含みかつ多価金属カチオンが2.6 mM以下である培地を用いて行う、請求項11に記載の細胞培養方法。
【請求項13】
請求項11又は12に記載の細胞培養方法で得られる細胞シート。
【請求項14】
請求項5から9のいずれか一項に記載の細胞培養担体を用いて培養された細胞培養物を他の細胞培養担体上でさらに培養する工程を含む細胞転写法。
【請求項15】
請求項14に記載の細胞転写法により得られる細胞培養物におけるアニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層の可溶化処理により得られる細胞培養物又は細胞シート。
【請求項16】
可溶化処理を、キレート剤を含みかつ多価金属カチオンが2.6 mM以下である培地を用いて行う請求項15に記載の細胞培養物又は細胞シート。
【請求項17】
請求項5から9のいずれか一項に記載の細胞培養担体を用いて培養された細胞培養物を他の培養細胞上に培養する工程を含む細胞重層化法。
【請求項18】
請求項17に記載の細胞重層化法により得られる細胞培養物におけるアニオン性多糖類及び多価金属イオンを含むゲル層の可溶化処理により得られる重層化細胞培養物又は重層化細胞シート。

【公開番号】特開2007−259776(P2007−259776A)
【公開日】平成19年10月11日(2007.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−90204(P2006−90204)
【出願日】平成18年3月29日(2006.3.29)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】