説明

細胞表面糖鎖の遊離方法及び検出方法

【課題】特別な装置を使用せずに表面糖鎖を容易に網羅的に遊離、検出する方法を提供すること。
【解決手段】細胞を、タンパク質及び又は脂質に結合している糖鎖を切り出す働きを有する酵素を含有する溶液と接触させる工程を含む細胞表面糖鎖の遊離方法であり、好ましくは細胞が、培養細胞又は組織より採取された細胞であり、酵素がエンド型グリコシダーゼである細胞表面糖鎖遊離方法であり、更には糖鎖を特異的に捕捉する担体又は化合物により、遊離された糖鎖を捕捉させる工程を含む細胞表面糖鎖の検出方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞表面に存在する糖鎖の遊離方法及び検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
糖鎖とは、グルコース、ガラクトース、マンノース、フコース、キシロース、N−アセ
チルグルコサミン、N−アセチルガラクトサミン、シアル酸などの単糖およびこれらの誘
導体がグリコシド結合によって鎖状に結合した分子の総称である。
【0003】
糖鎖は、非常に多様性に富んでおり、天然に存在する生物が有する様々な機能に関与す
る物質である。糖鎖は生体内でタンパク質や脂質などに結合した複合糖質として存在する
ことが多く、生体内の重要な構成成分の一つである。生体内の糖鎖は細胞間情報伝達、タンパク質の機能や相互作用の調整などに深く関わっていることが明らかになりつつある。
【0004】
例えば、糖鎖を有する生体高分子としては、細胞の安定化に寄与する植物細胞の細胞壁
のプロテオグリカン、細胞の分化、増殖、接着、移動等に影響を与える糖脂質、及び細胞
間相互作用や細胞認識に関与している糖タンパク質等が挙げられるが、これらの高分子の
糖鎖が、互いに機能を代行、補助、増幅、調節、あるいは阻害しあいながら高度で精密な
生体反応を制御する機構が次第に明らかにされつつある。さらに、このような糖鎖と細胞
の分化増殖、細胞接着、免疫、及び細胞の癌化との関係が明確にされれば、この糖鎖工学
と、医学、細胞工学、あるいは臓器工学とを密接に関連させて新たな展開を図ることが期
待できる(非特許文献1)。
【0005】
特に細胞表面に存在する糖鎖は様々な生体反応の足場として重要な役割をしている事が明らかとなってきた。例えば、レセプターとの相互作用異常による疾病の発生、あるいはエイズウイルスやインフルエンザウイルスなどの感染、病原性大腸菌O157の毒素やコレラ毒素の細胞への侵入に関わるとされている。また、種の癌細胞では特異的な糖鎖が細胞表面に現れるなど、細胞表面糖鎖は細胞に個性をあたえる重要な分子とされている。
【0006】
これらの解析のため、糖鎖構造解析の技術が開発されており、これらの技術は、複合糖
質からの糖鎖切り出し、糖鎖の分離精製、糖鎖の標識化などの工程を組み合わせたものであるが、これらの工程はきわめて煩雑である。
【0007】
例えば細胞表面の糖鎖を解析する方法として、超遠心などの大型の装置を用いて細胞表面タンパク質を分画した後、結合している糖鎖を回収、解析する方法がある。しかしながらこの方法を用いた場合必ずしも表面に存在する糖タンパク質全てを回収できているとは言えなく、また高額な装置である超遠心機を必要とする。そのため特別な装置を必要とせず、また表面糖鎖を容易に網羅的に回収できる方法が求められている。
【0008】
糖鎖の分離精製には、たとえば、イオン交換樹脂、逆相クロマトグラフィ、活性炭、ゲ
ル濾過クロマトグラフィなどの手法が用いられるが、これらの分離手段は糖を特異的に認
識する方法ではないので、莢雑物(ペプチド、タンパク質など)の混入が避けられず、ま
た糖鎖の構造によって回収率に差異が生じることが多い。さらに、クロマトグラフィで糖
鎖を高精度に分離する場合には、糖鎖にピリジルアミノ化などの蛍光標識を施す必要があ
り、煩雑な操作が必要となる。蛍光標識した糖鎖を分析するには、標識後の反応液中より
未反応の2−アミノピリジン等の夾雑物を除き、該標識化糖鎖を精製することが必要であ
る。
【0009】
一般には、該標識化糖鎖と夾雑物の分子量の差を利用してゲルろ過を行い、夾雑物を除
去する。しかしながら、この方法は器具を多く用いる点と、操作に多くの時間を要する点
から、多数の試料を短時間に処理するのは困難である。また、簡易な方法として共沸によ
り夾雑物を留去する方法も試みられているが、十分に夾雑物を除去するのは難しい。糖鎖
構造と各種疾患の関係を調べるためには、統計的処理が可能な多数の検体の糖鎖構造を調
べる必要がある。この場合、従来法のように煩雑な手法を用いると膨大なコストと時間が
必要になる。そこで、簡単な作業で糖鎖を分離精製する手段が求められていた。
【非特許文献1】糖鎖生物学入門 化学同人 2005年11月1日発行 第1版
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の目的は、細胞表面に存在する糖鎖を容易に且つ網羅的に検出するための方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は以下の通りである。(1)細胞の表面糖鎖の遊離方法であって、細胞を、タンパク質及び又は脂質に結合している糖鎖を切り出す働きを有する酵素を含有する溶液と接触させる工程を含むことを特徴とする細胞表面糖鎖の遊離方法。
(2)前記細胞が、培養細胞又は組織より採取された細胞である(1)記載の細胞表面糖鎖の遊離方法。
(3)前記酵素がエンド型グリコシダーゼである(1)又は(2)記載の細胞表面糖鎖遊離方法。
(4)前記エンド型グリコシダーゼが、ペプチド:N-グリカナーゼ、エンド-β-N-アセチルグルコサミニダーゼ、エンド-β-マンノシダーゼ、エンド-α-N-アセチルガラクトサミニダーゼ、エンド-β-キシロシダーゼ、エンド-β-ガラクトシダーゼ、エンド-β-グルクロニダーゼ、精巣性ヒアルロニダーゼ、エンド-β-N-アセチルヘキソサミニダーゼ、及びエンドグリコセラミダーゼから選ばれる少なくとも1つである(3)記載の細胞表面糖鎖の遊離方法。
(5)(1)〜(4)いずれか記載の細胞表面糖鎖の遊離方法により遊離された糖鎖を検出することを特徴とする細胞表面糖鎖の検出方法。
(6)糖鎖を特異的に捕捉する担体又は化合物により、遊離された糖鎖を捕捉させる工程を含む(5)記載の細胞表面糖鎖の検出方法。
(7)遊離された糖鎖を、糖鎖のアルデヒド基と特異的に反応する官能基を有する担体又は化合物に結合させる工程を含む(5)記載の細胞表面糖鎖の検出方法。
(8)遊離された糖鎖に結合した担体又は化合物を別の化合物に置換する工程を含む(7)記載の細胞表面糖鎖の検出方法。
(9)前記置換する工程が担体又は化合物に結合した細胞表面糖鎖に過剰の置換化合物を添加することによりなされる(8)記載の細胞表面糖鎖の検出方法。
(10)前記置換化合物がアルデヒド基と特異的に反応する官能基を有している化合物である(9)記載の細胞表面糖鎖の検出方法。
(11)前記置換化合物が、UV吸収性又は蛍光特性を持つ化合物である(9)又は(10)記載の細胞表面糖鎖の検出方法。
(12)前記UV吸収又は蛍光特性を持つ化合物が芳香族化合物又は複素芳香族化合物である(11)記載の細胞表面糖鎖の検出方法。
(13)前記置換化合物がアルデヒド基と特異的に反応する官能基以外に結合に関与する反応基を有しているものである(10)〜(12)いずれか記載の細胞表面糖鎖の検出方法。
(14)前記結合に関与する反応基がビオチン、アミノ基、カルボキシル基、エステル基、チオール基、マレイミド基、共役ジエン、アルケン、アルキン、及びアジド基から選ばれる少なくとも一つである(13)記載の細胞表面糖鎖の検出方法。
(15)糖鎖のアルデヒド基と特異的に反応する官能基がオキシルアミノ基,ヒドラジド基,及びセミチオカルバジド基から選ばれる少なくとも一つである(7)〜(14)いずれか記載の細胞表面糖鎖の検出方法。
(16)遊離糖鎖の検出に質量分析機器を用いる(5)〜(15)いずれか記載の細胞表面糖鎖の検出方法。
(17)遊離糖鎖の検出に高速液体クロマトグラフィーを用いる(5)〜(15)いずれか記載の細胞表面糖鎖の検出方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明の細胞表面糖鎖の遊離方法・検出方法を用いると、超遠心機を用いた細胞表面タンパク質の分画、糖鎖の蛍光標識化、精製等の煩雑な工程が不要であり,簡便な方法で糖鎖および糖鎖含有物質を分離精製し検出することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明は、細胞を、タンパク質及び又は脂質に結合している糖鎖を切り出す働きを有する酵素を含有する溶液と接触させる工程を含むことを特徴とする細胞表面糖鎖の遊離方法である。
本発明に使用する細胞は、培養細胞又は組織より採取された細胞を用いることが好ましい。
細胞内の糖複合体が細胞外に出てしまった状態で糖鎖切り出し酵素処理を行うと、細胞表面糖鎖のみならず本来は細胞内に存在している糖複合体の糖鎖まで切り出してしまう。よって、細胞表面の糖鎖のみを解析するためには細胞内の糖複合体が細胞外に出るのを抑制する必要がある。そのため細胞を潰してしまわないように細胞の取扱いには注意が必要である。解析に用いる細胞が接着細胞の場合、セルスクレーパーで剥がし取るのではなく、トリプシン消化によりシャーレから細胞を剥がして回収する、あるいは、細胞回収用の温度応答性機材を用いて細胞を傷つけずに回収するのが望ましい。さらには、細胞をシャーレから剥がさずにシャーレで培養しているそのままの状態で用いるのが望ましい。
【0014】
細胞は40℃を超えると破壊される可能性があるため、40℃以上の熱をかけないことが望ましい。
細胞表面に存在する糖鎖量は微量であるため解析に用いる細胞数は10個以上であることが好ましく、10個以上であることがより好ましい。
【0015】
次いで、得られた細胞を、タンパク質及び又は脂質に結合している糖鎖を切り出す働きを有する酵素を含有する溶液と接触させる。
本発明に用いる酵素は、エンド型グリコシダーゼであることが好ましい。エンド型グリコシダーゼとしては、ペプチド:N-グリカナーゼ、エンド-β-N-アセチルグルコサミニダーゼ、エンド-β-マンノシダーゼ、エンド-α-N-アセチルガラクトサミニダーゼ、エンド-β-キシロシダーゼ、エンド-β-ガラクトシダーゼ、エンド-β-グルクロニダーゼ、精巣性ヒアルロニダーゼ、エンド-β-N-アセチルヘキソサミニダーゼ、エンドグリコセラミダーゼ等が挙げられる。
【0016】
糖鎖切り出し酵素は、各酵素に適したバッファ、例えば50mMリン酸バッファ(pH7.5)に溶解し、細胞全体が浸る溶液量に調整するのが良い。また、酵素溶液の濃度は1 Unit/mL以上であることが望ましく、10 Unit/mL以上であるのがより望ましい。反応温度は酵素が最も効率よく働く37℃が良い。反応時間は1時間以上16時間以内であるのが好ましく、5時間以上16時間以内であることがより好ましく、さらには10時間以上16時間以内であることが好ましい。
【0017】
遊離された表面糖鎖を検出する方法としては、各種の方法があるが、本発明においては糖鎖を特異的に捕捉する担体又は糖鎖を特異的に捕捉する化合物により、遊離された糖鎖を一旦捕捉させる工程を含むことが好ましい。特に該担体又は該化合物は、糖鎖のアルデヒド基と特異的に反応する官能基を有することが好ましい。
【0018】
(糖鎖捕捉のための官能基)
糖鎖は生体内物質のなかで唯一、アルデヒド基をもつ物質である。すなわち、糖鎖は水
溶液などの状態で環状のヘミアセタール型と、非環状型のアルデヒド型とが平衡で存在す
る。タンパク質や核酸,脂質など糖鎖以外の生体内物質にはアルデヒド基が含まれていな
い。このことから、アルデヒド基と特異的に反応して安定な結合を形成する官能基を利用
すれば、糖鎖のみを選択的に捕捉することが可能である。アルデヒド基と特異的に反応す
る官能基としては、たとえばオキシルアミノ基、ヒドラジド基、アミノ基、セミチオカル
バジド基ならびにそれらの誘導体を好ましく、ヒドラジド基あるいはオキシルアミノ基がより好ましい。オキシルアミノ基とアルデヒド基との反応によって生じるオキシム結合およびヒドラジド基とアルデヒド基との反応によって生じるヒドラゾン結合は、酸処理などによって容易に切断されるため、糖鎖を捕捉したのち、糖鎖を担体から簡単に切り離すことができる。一般的に,生理活性物質の捕捉・担持にはアミノ基が多用されているが、アミノ基とアルデヒド基の反応によって生じる結合(シッフ塩基)は結合力が弱いため、還元剤などを用いた二次処理が必要であることから、アミノ基は糖鎖の捕捉には好ましくない。
【0019】
糖鎖を特異的に捕捉する担体又は化合物によって糖鎖を捕捉する際の反応系のpHは、好ましくは2〜9、より好ましくは2〜7であり、さらに好ましくは2〜6である。pH調整のためには、各種緩衝液を用いることができる。糖鎖捕捉時の温度は,好ましくは4〜90℃,より好ましくは4〜70℃、さらに好ましくは30〜80℃であり,最も好ましくは40〜80℃である。反応時間は適宜設定することができる。ポリマー粒子をカラムに充填して試料溶液を通過させてもよい。
【0020】
担体を用いた場合、担体表面には糖鎖以外の莢雑物が非特異的に吸着しているため、これらを洗浄除去する必要がある。洗浄液として、水、緩衝液、界面活性剤を含む水または緩衝液、有機溶剤などを適宜組み合わせて用いることが好ましい。特に好ましい形態は、界面活性剤を含む水または緩衝液で十分に洗浄したのち、有機溶剤で洗浄し、最後に水で洗浄する方法である。これらの洗浄により、非特異的吸着物が担体から除去される。
【0021】
糖鎖を捕捉するための担体としては、ポリマー粒子を用いることが好ましい。ポリマー粒子は、少なくとも表面の一部に糖鎖のアルデヒド基と特異的に反応する官能基を有した固体あるいはゲル粒子であることが好ましい。ポリマー粒子が固体粒子あるいはゲル粒子であれば、ポリマー粒子に糖鎖を捕捉させたのち、遠心分離やろ過などの手段によって容易に回収することができる。また,ポリマー粒子をカラムに充填して用いることも可能である。カラムに充填して用いる方法は、特に連続操作化の観点から重要となる。
【0022】
ポリマー粒子の形状は特に限定しないが,球状またはそれに類する形状が好ましい。ポ
リマー粒子が球状の場合、平均粒径は好ましくは0.05〜1000μmであり、より好
ましくは0.05〜200μmであり、さらに好ましくは0.1〜200μmであり、最
も好ましくは0.1〜100μmである。平均粒径が下限値未満では,ポリマー粒子をカ
ラムに充填して用いる際,通液性が悪くなるために大きな圧力を加える必要がある。また
、ポリマー粒子を遠心分離やろ過で回収することも困難となる。平均粒径が上限値を超え
ると、ポリマー粒子と試料溶液の接触面積が少なくなり、糖鎖捕捉の効率が低下する。
【0023】
ポリマー粒子は、遠心分離やろ過などの手段で回収する時にのみ固体粒子あるいはゲル
粒子であってもよい。具体的には,たとえば温度、pHなどの環境変化によって溶解性が
変化するポリマーを用いることにより、溶媒に溶解した状態の該ポリマーに糖鎖のアルデ
ヒド基と特異的に反応する官能基を介して糖鎖を捕捉させたのち、溶解性を変化させて該
ポリマーを沈殿させ、回収するといった手法をとることが可能である。環境によって溶解
性が変化するポリマーとして、たとえばポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)を挙げ
ることができる。ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)分子の少なくとも一部に糖鎖
のアルデヒド基と特異的に反応する官能基を導入することで、上記のような糖鎖捕捉が可
能となる。
【0024】
本発明において、糖鎖を検出する祭に、更に糖鎖に結合した担体又は化合物(以下担体、化合物Aと称す)を別の化合物(以下化合物Bと称す)に置換する工程を有することが好ましい。置換する工程は、担体または化合物Aに対して置換化合物である化合物Bを過剰量加えることでなすことが好ましい。
【0025】
置換化合物である化合物Bは、アルデヒド基と特異的に反応する官能基を有している化合物であることが好ましく、アルデヒド基と特異的に反応する官能基以外に結合に関与する反応基を有していても良い。結合に関与する反応基としては、ビオチン、アミノ基、カルボキシル基、エステル基、チオール基、マレイミド基、共役ジエン、アルケン、アルキン、アジド基等が挙げられる。
【0026】
置換する工程において、過剰に加える化合物Bの量は、担体又は化合物Aが有する糖鎖と特異的に反応する官能基量に対して、好ましくは1.5倍量以上、より好ましくは3倍量以上、さらに好ましくは5倍量以上であり、最も好ましくは10倍量以上である。置換するための反応系のpHは、好ましくは2〜9、より好ましくは2〜7であり、さらに好ましくは2〜6である。pH調整のためには、各種緩衝液を用いることができる。反応系の温度は,好ましくは4〜90℃,より好ましくは4〜70℃、さらに好ましくは30〜80℃であり,最も好ましくは40〜80℃である。
【0027】
化合物Bが、UV吸収性又は蛍光特性を持つ化合物で場合、糖鎖が標識化され、糖鎖の検出が容易となる。UV吸収又は蛍光特性を持つ化合物としては、芳香族化合物又は複素芳香族化合物であることが好ましい。
遊離糖鎖の検出には、質量分析機器、高速液体クロマトグラフィー等が使用できる。
【0028】
糖鎖と担体又は化合物Aあるいは化合物Bとの結合を切断し,糖鎖を切り出すことができる。糖鎖のアルデヒド基と特異的に反応する官能基としてオキシルアミノ基を有するポリマー粒子を担体として用いた場合,糖鎖との結合はオキシム結合であり,この結合は酸処理などによって切断することができる。糖鎖を切り出すために,0.1〜10体積%のトリフルオロ酢酸水溶液を好適に用いることができる。酸処理以外の方法で糖鎖を切り出すことも可能である。上記の方法によって精製された糖鎖は,タンパク質,ペプチド,核酸などの莢雑物を含まない純粋な糖鎖であり,そのまま質量分析,核磁気共鳴分析,免疫的分析法などの分析手段によって評価が可能である。
【実施例】
【0029】
(細胞表面糖鎖遊離溶液)
細胞培養用シャーレ(外径35mm×高さ14mm)にてヒト肝ガン由来細胞株HepG2をシャーレの約7〜8割占めるくらいに培養した。培養液を取り除いた後、4mLのリン酸バッファーにて培養細胞を洗浄した。この洗浄を3回行い細胞を充分に洗浄した。前記シャーレにペプチド:NグリカナーゼF(PNGase F)(0.02U/μL、500μL)を添加し、37℃インキュベータにて一晩静置して、細胞表面糖鎖遊離処理を行った遊離糖鎖溶液を得た。
【0030】
(細胞全般糖鎖遊離溶液) 細胞培養用シャーレ(外径35mm×高さ14mm)にてヒト肝ガン由来細胞株HepG2をシャーレの約7〜8割占めるくらいに培養した。培養液を取り除いた後、4mLのリン酸バッファーにて培養細胞を洗浄した。トリプルエクスプレス(インビトロジェン12605−010)2mLを入れ、5分間反応し細胞を剥がした。リン酸バッファー4mLで細胞を回収した後遠心して細胞を沈殿させ、上清を除いた。リン酸バッファー4mLによる洗浄を2回行い細胞ペレットを得た。細胞ペレットに0.5%TritonX−100溶液25μLを加え、ホモジナイザーにより細胞を破砕した。水25μL でホモジナイザーを洗浄・溶液を回収した。
細胞破砕液に1M重炭酸アンモニウム5μL、PNGase F 5μL(5U)を添加し、37℃インキュベータにて一晩静置して、細胞全般糖鎖遊離処理を行った遊離糖鎖溶液を得た。
【0031】
(糖鎖の捕捉、精製、後処理) 得られた各遊離糖鎖溶液20μLをヒドラジド基を有するビーズ5mg(住友ベークライト BS-X4104S)に添加し、80℃で1時間反応させた。グアニジン溶液、水、メタノール、トリエチルアミン溶液にてビーズを洗浄後、無水酢酸を添加し、室温で30分間反応させヒドラジド基をキャッピングした。キャッピング後、メタノール、塩酸水溶液、水、1,4−ジオキサンにてビーズを洗浄した。100mMの1−メチル−3−p−トリルトリアゼン(MTT)(東京化成 No.M0641)を20μL加え、60℃で1時間反応させシアル酸残基のカルボン酸をメチルエステル化した。反応後、メタノール、水、ジオキサンにてビーズを洗浄した。付属の再遊離試薬N-Aminooxyacetyl-tryptophyl(arginine methyl ester)(化学構造は下式(1))を20mMに調整した溶液を20μL加え、80℃で1時間反応させた。この反応にて、例えばグルコースがビーズに付加していた場合、下式(2)に示したような反応が起き、糖鎖がビーズから遊離、標識化される。標識化された糖鎖を水50μLに溶解して回収した。
【0032】
【化1】

【0033】
【化2】

【0034】
(細胞表面糖鎖の解析)
得られた糖鎖サンプルをマトリックス支援レーザーイオン化−飛行時間型質量分析器(MALDI-TOF-MS)(MALDI-TOF-MS, Bruker社製 'autoflex III')により分析した。マトリックスには2,5-ジヒドロキシ安息香酸を用いた。測定結果を図1に示す。上段に示す結果が細胞全般糖鎖遊離処理を行った時のものであり、下段に示す結果が本発明方法による細胞表面糖鎖遊離処理を行った時のものである。いずれにおいても糖鎖に由来する分子量ピークが明確に現れている。また、細胞全般糖鎖では、ハイマンノース型糖鎖のピーク(図1矢印A)がシアル酸を持ったコンプレックス型(図1矢印B)と比較して圧倒的に強いが、本発明方法を用いた場合は、ハイマンノース型の糖鎖はほとんど検出されていない。最も強く検出されたピークはPNGaseで切断された糖鎖ではなく元から細胞中に遊離して存在している糖鎖(図1矢印C)であった。次に強く検出されたピークはシアル酸を持ったコンプレックス型のピークとなった。シアル酸を含む糖鎖は細胞表面に多く存在していることから、本発明の細胞表面糖鎖解析方法を用いることで、細胞表面の糖鎖を精製・回収できることが言える。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明の糖鎖解析方法を用いると、超遠心機など大型の高価な装置を使用せずに容易な操作で細胞表面の糖鎖を遊離させる事ができる。また、クロマトグラフによる精製など煩雑な工程を経ることなく,簡単な操作でその遊離糖鎖を分離精製することが可能となる。さらに、遊離した糖鎖に容易に標識を導入できる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】実施例において得られたMALDI-TOF-MSデータ。上段が細胞のもつ糖鎖全般を処理したときのデータ、下段が本発明方法によって表面の糖鎖を処理したときのデータである。横軸は、質量電荷比(m/z)であり、縦軸は検出強度(a.u.)である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞の表面糖鎖の遊離方法であって、細胞を、タンパク質及び又は脂質に結合している糖鎖を切り出す働きを有する酵素を含有する溶液と接触させる工程を含むことを特徴とする細胞表面糖鎖の遊離方法。
【請求項2】
前記細胞が、培養細胞又は組織より採取された細胞である請求項1記載の細胞表面糖鎖の遊離方法。
【請求項3】
前記酵素がエンド型グリコシダーゼである請求項1又は2記載の細胞表面糖鎖遊離方法。
【請求項4】
前記エンド型グリコシダーゼが、ペプチド:N-グリカナーゼ、エンド-β-N-アセチルグルコサミニダーゼ、エンド-β-マンノシダーゼ、エンド-α-N-アセチルガラクトサミニダーゼ、エンド-β-キシロシダーゼ、エンド-β-ガラクトシダーゼ、エンド-β-グルクロニダーゼ、精巣性ヒアルロニダーゼ、エンド-β-N-アセチルヘキソサミニダーゼ、及びエンドグリコセラミダーゼから選ばれる少なくとも1つである請求項3記載の細胞表面糖鎖の遊離方法。
【請求項5】
請求項1〜4いずれか記載の細胞表面糖鎖の遊離方法により遊離された糖鎖を検出することを特徴とする細胞表面糖鎖の検出方法。
【請求項6】
糖鎖を特異的に捕捉する担体又は化合物により、遊離された糖鎖を捕捉させる工程を含む請求項5記載の細胞表面糖鎖の検出方法。
【請求項7】
遊離された糖鎖を、糖鎖のアルデヒド基と特異的に反応する官能基を有する担体又は化合物に結合させる工程を含む請求項5記載の細胞表面糖鎖の検出方法。
【請求項8】
遊離された糖鎖に結合した担体又は化合物を別の化合物に置換する工程を含む請求項7記載の細胞表面糖鎖の検出方法。
【請求項9】
前記置換する工程が担体又は化合物に結合した細胞表面糖鎖に過剰の置換化合物を添加することによりなされる請求項8記載の細胞表面糖鎖の検出方法。
【請求項10】
前記置換化合物がアルデヒド基と特異的に反応する官能基を有している化合物である請求項9記載の細胞表面糖鎖の検出方法。
【請求項11】
前記置換化合物が、UV吸収性又は蛍光特性を持つ化合物である請求項9又は10記載の細胞表面糖鎖の検出方法。
【請求項12】
前記UV吸収又は蛍光特性を持つ化合物が芳香族化合物又は複素芳香族化合物である請求項11記載の細胞表面糖鎖の検出方法。
【請求項13】
前記置換化合物がアルデヒド基と特異的に反応する官能基以外に結合に関与する反応基を有しているものである請求項10〜12いずれか記載の細胞表面糖鎖の検出方法。
【請求項14】
前記結合に関与する反応基がビオチン、アミノ基、カルボキシル基、エステル基、チオール基、マレイミド基、共役ジエン、アルケン、アルキン、及びアジド基から選ばれる少なくとも一つである請求項13記載の細胞表面糖鎖の検出方法。
【請求項15】
糖鎖のアルデヒド基と特異的に反応する官能基がオキシルアミノ基,ヒドラジド基,及びセミチオカルバジド基から選ばれる少なくとも一つである請求項7〜14いずれか記載の細胞表面糖鎖の検出方法。
【請求項16】
遊離糖鎖の検出に質量分析機器を用いる請求項5〜15いずれか記載の細胞表面糖鎖の検出方法。
【請求項17】
遊離糖鎖の検出に高速液体クロマトグラフィーを用いる請求項5〜15いずれか記載の細胞表面糖鎖の検出方法。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2009−142238(P2009−142238A)
【公開日】平成21年7月2日(2009.7.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−325345(P2007−325345)
【出願日】平成19年12月18日(2007.12.18)
【出願人】(000002141)住友ベークライト株式会社 (2,927)
【Fターム(参考)】