説明

細胞間接着増強剤

【課題】 ZO−1を誘導することにより上皮あるいは内皮細胞間接着増強効果を示すもの、特にPHSRN及びその誘導体であるAc−PHSRN−NHを提供すること。
【解決手段】 ZO−1を誘導することを特徴とするPHSRNまたはAc−PHSRN−NH、及びそれらの医薬として許容される塩類によって達成される。このペンタペプチド又は誘導体は、細胞間接着増強剤、オキュラーサーフェース障害治療剤または保護剤、眼内灌流液、角膜内皮保護剤、硝子体内注入液または硝子体灌流液、または腎糸球体血管内皮保護剤などに用いることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ZO−1を誘導することにより上皮あるいは内皮細胞間接着増強効果を示すもの、特にポリペプチドであるPHSRN及びその誘導体であるAc−PHSRN−NHに関する。
【背景技術】
【0002】
上皮あるいは内皮細胞における細胞間接着部位であるタイトジャンクションには、タイトジャンクション構成タンパクとしてオクルディン(occludin)とクローディン(claudin)が存在している。このうち、オクルディンは、細胞内アクチンフィラメントとリンカーであるZO−1を介して結合していることが知られている(特許文献1,2)。
タイトジャンクションの一般的な機能として、例えば、上皮組織では外界と生体内を隔てるバリア機能がある。消化器官では有害物の体内進入を阻止しており、タイトジャンクション形成を促進することで、有害物に対する抵抗力を増加できることが報告されている(特許文献3)。
また、上皮組織あるいは血管内皮組織の障害が発生した場合、その治癒過程において、上皮あるいは内皮細胞が各組織で接着・伸展・移動ののち、最終的に細胞間のタイトジャンクションが形成されて治癒が完結する。このように、ZO−1がそのタイトジャンクション形成による細胞間接着の一翼を担っている。
一方、PHSRNは、特許文献4に開示されているペンタペプチドであり、外傷治癒及びがん細胞浸潤・増殖抑制効果を有することが知られているが、ZO−1との関連を示唆する報告はない。
【0003】
【特許文献1】再表97/032982号公報
【特許文献2】特開2002−191382号公報
【特許文献3】特開2007−210948号公報
【特許文献4】WO98/22617号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来、手術時または人工透析等の処置時に、上皮あるいは内皮細胞に与える物理的外傷、化学的組織障害は、灌流液、組織の洗浄液等を使用することで創傷の発生を予防してきた。しかし、例えば眼科領域において使用されている電解質溶液、還元型及び酸化型グルタチオン製剤は、直接的な上皮、内皮細胞の創傷保護作用を十分に持たない。一方、積極的な作用が期待されるフィブロネクチンは生体成分であるため、取扱い、特に製剤化が困難であり、製剤化ができる積極的な創傷保護作用を持つ細胞間接着増強剤の開発が望まれてきた。
本発明は、上記した事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、ZO−1を誘導することにより細胞間接着増強効果を示すもの、特にPHSRN及びその誘導体であるAc−PHSRN−NH、それらの医薬として許容される塩類を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上皮あるいは内皮細胞に創傷が発生すると、ヒトの持つ恒常性によって、その創傷は自然に治癒される。この創傷治癒過程は、ZO−1が誘導され細胞間接着が強固となり、正常な組織となることで終了する。本発明者らは、上皮細胞あるいは内皮細胞において、ポリペプチドであるPHSRN(配列番号1)及びその誘導体であるAc−PHSRN−NHで、ZO−1を誘導できることを見出し、基本的には本発明を完成するに至った。
【0006】
第1の発明は、ZO−1を誘導する物質を含むことを特徴とする上皮あるいは内皮細胞間接着増強剤である。本発明においては、前記ZO−1を誘導する物質が、PHSRNまたはAc−PHSRN−NHであることが好ましい。
また、上記上皮細胞間接着増強剤を含有するオキュラーサーフェース障害治療剤または保護剤であることが好ましい。
また、上記上皮細胞間接着増強剤を含有する眼内灌流液であることが好ましい。
また、上記上皮細胞間接着増強剤を含有する角膜内皮保護剤であることが好ましい。
また、上記上皮細胞間接着増強剤を含有する硝子体内注入液または硝子体灌流液であることが好ましい。
また、上記細胞間接着増強剤を含有する腎糸球体血管内皮保護剤であることが好ましい。
【0007】
また、上記、細胞間接着増強剤は、手術時または、人工透析等の処置時における灌流液、組織の洗浄液とできる。また、この使用では、既存の組織灌流液、例えば眼内灌流液ではオペガード(登録商標:千寿製薬)、ビーエスエスプラス(登録商標:日本アルコン)、人工透析液ではソリタ(登録商標:味の素)等と混合して用いる事ができる。
また、第2の発明は、ZO−1を誘導することを特徴とするPHSRNまたはAc−PHSRN−NH、及びそれらポリペプチドの医薬として許容される塩類である。
【0008】
「ZO−1」とは、分子量が約220KDaの細胞質蛋白であり、細胞間接着接合体であるタイトジャンクション(tight junction)及びアドヘレンスジャンクション(adherens junction)を構成する分子の一つである。
「PHSRN」とは、Pro−His−Ser−Arg−Asnの五個のアミノ酸から構成されるペンタペプチドを意味する。このペンタペプチドは、フィブロネクチンの活性部位として知られている。本願出願人は、このペプチドの生理効果に着目し、鋭意研究を行っている(例えば、特開2004−210692号公報)。また、上記アミノ酸は多数の鏡像異性体を生じ得る場合、これらすべての鏡像体及びそれらの混合物はすべて本発明に含まれるものであり、PHSRNをモチーフとして形成された組成物についても均等の範囲として本発明の権利範囲に解釈されるべきである。
【0009】
「Ac−PHSRN−NH」とは、上記PHSRNにおいて、N末端側をアセチル化し、C末端側をアミド化したものを意味する。
なお、本明細書中において、アミノ酸残基については、次のような省略記号を用いる。つまり、アスパラギンはAsnまたはNを、アルギニンはArgまたはRを、ヒスチジンはHisまたはHを、プロリンはProまたはPを、セリンはSerまたはSを意味する。また、Acはアセチル基を、NHはアミド基を意味する。
「上皮」とは、体の内外の遊離面を覆うものを意味し、例えば角結膜、皮膚、呼吸器、口腔、鼻腔、消化器、膣、血管組織などが含まれる。発生学的には、外胚葉由来(皮膚の表皮など)、内胚葉由来(腸の粘膜上皮など)、中胚葉由来(腹膜の上皮など)がある。
【0010】
「オキュラーサーフェース障害治療剤または保護剤」とは、オキュラーサーフェースを障害から治癒する、または障害から保護する製剤を意味し、例えば点眼液として点眼使用されるものを含む。オキュラーサーフェース障害にはドライアイ等を含む。
「眼内灌流液」とは、眼内を灌流させる液を意味し、例えば白内障及び硝子体等の手術時において手術補助剤として使用されるものを含む。
「角膜内皮保護剤」とは、角膜内皮を保護する剤を意味し、例えば白内障及び硝子体等の手術時において手術補助剤として使用されるものを含む。
「硝子体内注入液または硝子体灌流液」とは、硝子体の内部に注入される液及び硝子体内を灌流する液を意味し、例えば糖尿病性網膜症の治療のために使用されるものを含む。
「腎糸球体血管内皮保護剤」とは、腎糸球体の血管内皮を保護する剤を意味し、例えば人工腎臓透析において使用されるものを含む。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、創傷発生過程において、ZO−1を誘導することにより、組織を創傷発生から保護させるものを提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
次に、本発明の実施形態について、図面を参照しつつ説明するが、本発明の技術的範囲は、これらの実施形態によって限定されるものではなく、発明の要旨を変更することなく様々な形態で実施することができる。また、本発明の技術的範囲は、均等の範囲にまで及ぶものである。
細胞間接着部位であるタイトジャンクションには、構成タンパクとして、オクルディンとクローディンが存在している。このうち、オクルディンは、細胞内アクチンフィラメントとリンカーであるZO−1を介して結合している(特許文献1,2)。上皮組織あるいは血管内皮組織の障害が発生した場合、その治癒過程において、上皮あるいは内皮細胞が各組織で接着・伸展・移動ののち、最終的に細胞間のタイトジャンクションが形成されて治癒が完結する。このとき、ZO−1が、タイトジャンクション形成による細胞間接着の一翼を担っていると考えられる。
【0013】
タイトジャンクションの一般的な機能として、例えば上皮組織では外界と生体内を隔てるバリア機能がある。消化器官では有害物の体内進入を阻止しており、タイトジャンクション形成を促進することで、有害物に対する抵抗力を増加できる。例えば、特許文献3にはトコフェリルリン酸化合物が、クローディンとオクルディンの発現を増加させることにより、紫外線照射に対して、抵抗力を増加させることが示されている。
本発明者らは、ペンタペプチドであるPHSRNと、ZO−1との関連を調べるための試験を行った。
【0014】
<不死化ヒト角膜上皮細胞>
不死化ヒト角膜上皮(HCE)細胞は独立行政法人理化学研究所より入手し、37℃、5% CO下、非働化したウシ胎児血清(15%FBS)、インスリン(5μg/mL)、コレラ毒素(0.1μg/mL)、組換えヒト上皮成長因子(EGF:10ng/mL)、ゲンタマイシン(40μg/mL)を含むダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)/F12培地(SHEM)中で培養した。
【0015】
その他の試薬として、次のものを用いた。ZO−1ウサギポリクロナール抗体、occludinウサギポリクロナール抗体、およびclaudinウサギポリクロナール抗体はZymed Laboratories社より、E−cadherinウサギポリクロナール抗体、N−cadherinウサギポリクロナール抗体、およびTublinウサギポリクロナール抗体はTransduction Laboratories社より、I型コラーゲンウサギポリクロナール抗体はLSL社より、西洋ワサビペルオキシダーゼ2次抗体はPromega社より購入した。
【0016】
<実施例1>
試験には、不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE)をSHEMで24時間培養したものを用いた。HCEをPBSで洗浄後、(FBSなど添加物を含まない)DMEM/F12培地について、(1)PHSRNを0.5μg/mL添加したもの、(2)N末端とC末端とを逆向きとしたリバース体であるNRSHP(配列番号2)を0.5μg/mL添加したもの、及び(3)コントロール(無添加)の三通りに分けた後、24時間再培養した。
【0017】
免疫ブロット分析(Immunoblot Analysis)
上記のPHSRN添加、NRSHP添加、または無添加のDMEM/F12で24時間培養したHCE細胞の培地を除去し、PBSで2回洗浄した。PBS除去後、細胞に150mM NaCl、2%SDS、5nM EDTA、20mM Tris−HCl(pH7.5)を含む水溶液20μLを加え融解した。この細胞溶解液をSDS−ポリアクリルアミドゲルで電気泳動し、分離したタンパク質をニトロセルロース膜に転写し、1次抗体と西洋ワサビペルオキシダーゼ2次抗体で暴露した。免疫複合体を化学蛍光試薬であるECLウエスタンブロット検出試薬(GE Healthcare)で増強し、化学発光法によりZO−1、occludin、claudin、N−cadherin、E−cadherinおよびtublinをそれぞれ検出した。
結果を図1に示した。図より明らかなように、特にZO−1の検出において、PHSRNは、コントロールおよびNRSHPに比較して顕著に増加していた。残りの二つについては、ほぼ同等の検出量であった。
【0018】
<実施例2>
SHEMで24時間前培養した不死化ヒト角膜上皮(HCE)細胞をPBSで洗浄後、PHSRN(5、25、100、および200μM)を添加したDMEM/F12培地、又は無添加のDMEM/F12培地で24時間培養した細胞を洗浄・融解し、実施例1と同様に、ZO−1をウエスタンブロットにより検出した。
結果を図2に示した。図より明らかなように、PHSRNの濃度に依存して、ZO−1の発現量が増加することが示された。
図2について、誘導されたZO−1の各スポットをデンシトメトリにより定量化し、統計分析(ダネット検定)した結果を図3に示した。PHSRN(200μM)は、コントロール(無添加)に対し、有意にZO−1の発現を亢進することが明らかとなった。
【0019】
このように、本実施形態によれば、PHSRN及びその誘導体であるAc−PHSRN−NHが細胞間接着において、ZO−1を誘導することにより、細胞間接着を増強し、治療または保護を促進させることが明らかとなった。このペンタペプチド又は誘導体は、細胞間接着増強剤、オキュラーサーフェース障害治療剤または保護剤、眼内環流液、角膜内皮保護剤、硝子体内注入液または硝子体灌流液、または腎糸球体血管内皮保護剤などに用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】HCEにPHSRN、またはNRSHPを添加して培養したときのZO−1、occludin、claudin、N−cadherin、E−Cadherinおよびtublinの発現を確認したときのSDS−PAGE写真図である。
【図2】HCEにPHSRN(5、25、100、及び200μM)を添加して培養したときのZO−1及びTublinの発現を確認したときのSDS−PAGE写真図である。
【図3】図2について、誘導されたZO−1をデンシトメトリにより定量化した結果を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ZO−1を誘導する物質を含むことを特徴とする細胞間接着増強剤。
【請求項2】
前記ZO−1を誘導する物質が、PHSRNまたはAc−PHSRN−NHであることを特徴とする請求項1に記載の細胞間接着増強剤。
【請求項3】
請求項1または2に記載の細胞間接着増強剤を含有する上皮ないし内皮保護剤。
【請求項4】
請求項1または2に記載の細胞間接着増強剤を含有するオキュラーサーフェース障害治療または保護剤。
【請求項5】
請求項1または2に記載の細胞間接着増強剤を含有する眼内灌流液。
【請求項6】
請求項1または2に記載の細胞間接着増強剤を含有する角膜内皮保護剤。
【請求項7】
請求項1または2に記載の細胞間接着増強剤を含有する硝子体内注入液または硝子体灌流液。
【請求項8】
請求項1または2に記載の細胞間接着増強剤を含有する腎糸球体血管内皮保護剤。
【請求項9】
ZO−1を誘導することを特徴とするPHSRNまたはAc−PHSRN−NH、及びそれらの医薬として許容される塩類。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−102285(P2009−102285A)
【公開日】平成21年5月14日(2009.5.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−278180(P2007−278180)
【出願日】平成19年10月25日(2007.10.25)
【出願人】(391009523)株式会社日本点眼薬研究所 (13)
【Fターム(参考)】