説明

細胞障害のモニター方法及び装置

【課題】 簡易で低コストでありながら、リアルタイムでの細胞障害の測定が可能な細胞障害のモニター方法及び装置を提供する。
【解決手段】 培養液と、被試験薬を含む培養液とを切り換えて、培養細胞が封入される容器6に供給する手段と、培養細胞を灌流して容器6から流出する培養液又は被試験薬を含む培養液に対して、光を照射し特定波長の光の吸収を経時的に計測する手段7,9,10と、計測された特定波長の光吸収の変化を情報処理する手段11とを含むことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、培養細胞に対して被試験薬を与えたときの細胞障害をモニターする方法及び装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ある薬品が細胞毒性の副作用を持つか否かを知ることは、医薬品を開発する上では欠くことができない。それには、細胞障害を測定する必要がある。また、そのような薬品による細胞障害のメカニズムを解明し、抑制方法を開発するためにも、細胞障害を測定する必要がある。そのため、従来から、ほ乳類等の培養細胞に対して被試験薬を与えて、細胞障害を測定することが行われてきている。
【0003】
非特許文献1には、被試験薬を与えた細胞における酵素活性やミトコンドリア活性を特定の試薬を用いて定量することで、細胞障害を測定することが開示されている。具体的には、96個の穴を持つマイクロプレートと呼ばれる測定器具の各穴内において、培養液によって細胞を培養し、細胞が十分に増殖した後に、毒性を測定すべき被試験薬を加える。一定時間後、試薬としてのMTT溶液を添加し、添加したMTTが、細胞内のミトコンドリアに存在する酵素によってフォルマザン(formazan)に変化した量を測定する。この測定は、フォルマザンが波長570nmの光を吸収することから、その吸光度をマイクロプレートリーダーによって測定することでなされる。
また、特許文献1には、細胞障害の定量を正確に行うために、1個ごとの細胞の生死を検知して、生細胞と死細胞の数によって細胞障害を測定することが開示されている。具体的には、細胞を接着させるコラーゲン等の膜パターンの表面に、細胞を接着させて培養し、毒性を測定すべき被試験薬を加える。次いで、細胞の生死によって染色後の色が異なる特定の染色液によって、細胞を染色する。染色後、膜パターン上の細胞の生死を、細胞1個ごとに顕微鏡によって判定し、その生存率によって細胞障害を測定している。
【非特許文献1】Green LM, Reade JL, and Ware CF,(1984). J. Immunol. Methods, 70 (2) 257-268. Rapid colorimetric assay for cellviability: application to the quantitation of cytotoxic and growth inhibitorylymphokines.
【特許文献1】特開平10−327854号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、非特許文献1の測定においては、マイクロプレートの1つの穴について、ある時間における1回限りの測定しか行うことができない。そのため、長時間の経時変化を見ようとすれば、多数の穴を使用して培養試験を行い、例えば10分間隔で、次々と異なる穴内の試料による測定を断続的に行わなければならない。そのような経時変化を必要とせずに、単に細胞障害の有無のみを検知する場合であっても、被試験薬による細胞障害がいつ起こるか分からないために、適切な測定のタイミングを知ることが困難である。また、細胞障害を測定するための特殊な試薬を用いる必要がある。
これらのことから、多くの労力とコストを必要とする。それにも拘わらず、断続的な測定しか行うことができず、しかも、1回の測定においては、測定を開始してから結果が出るまでに相当の時間がかかることから、正確にはいつの時点の細胞障害に関するデータであるかが明確でなく、リアルタイムでの測定をすることができなかった。
【0005】
また、特許文献1の測定においては、細胞の生死に関する正確なデータによって細胞障害を測定することはできる。しかし、この方法においても、非特許文献1の場合と同じく、ある時間における1回限りの測定しか行うことができず、また、多くの労力とコストを必要とすること、1回の測定に時間がかかることも同様である。そのため、やはり、リアルタイムでの測定をすることができなかった。さらに、細胞が死滅しなければ、細胞障害について判断することができなかった。
【0006】
本発明は、上記の問題点を解決するために、鋭意研究の結果、培養細胞に化学的又は物理的な障害を与えたときに、特定波長の紫外光を吸収する物質が細胞から培養液に放出されることを見出したことに基づく。そして、このような新たな知見に基づいて、細胞障害をリアルタイムで測定可能な方法と装置を完成させ得たものである。
すなわち、本発明は、簡易で低コストでありながら、リアルタイムでの細胞障害の測定が可能な細胞障害のモニター方法及び装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係る細胞障害のモニター方法は、被試験薬を含む培養液を培養細胞に与え、その後の培養液について、特定波長の光の吸収を経時的に計測することを特徴とする。
本発明によれば、細胞毒性の有無又はその程度を検出すべき被試験薬を含む培養液を培養細胞に与える。そうすると、細胞障害の発生に伴って培養液による特定波長の光吸収が変化することから、特定波長の光の吸収を経時的に計測することにより、細胞障害の発生又はその程度をリアルタイムにモニターすることができる。
【0008】
また、本発明に係る細胞障害のモニター方法は、被試験薬を含む培養液を連続的に培養細胞に供給し、連続的に流出する培養液について、特定波長の光の吸収を経時的に連続して計測することを特徴とする。
本発明によれば、被試験薬を含む培養液の培養細胞への供給、培養細胞からの培養液の流出、特定波長の光吸収の計測は、全て連続的に行われる。そのため、流量等の条件を最初に設定しておけば、特に手間を掛けることなく容易に計測が行われる。そして、細胞障害の発生に伴って培養液による特定波長の光吸収が変化した場合、細胞障害の発生又はその程度をリアルタイムにモニターすることができる。
【0009】
また、本発明において、特定波長を略260nm又は略285nmとする場合、それらの波長の光吸収によって、細胞障害をモニターすることができる。
【0010】
また、本発明に係る細胞障害のモニター方法は、被試験薬を含む培養液を培養細胞に供給し、流出する培養液について、特定波長の光の吸収を経時的に計測するとともに、被試験薬を含む培養液を前記培養細胞と異なる培養細胞に供給し、流出する培養液について、前記特定波長の光の吸収を経時的に計測する比較試験を同時に行うことを特徴とする。
本発明によれば、細胞毒性の有無又はその程度を検出すべき被試験薬を含む培養液を培養細胞に供給する。そうすると、細胞障害の発生に伴って培養液による特定波長の光吸収が変化することから、培養細胞に灌流して流出する培養液について、特定波長の光の吸収を経時的に計測することにより、細胞障害の発生又はその程度をリアルタイムにモニターすることができる。また、それとともに、細胞障害の発生に関して比較すべき培養細胞についても、比較試験を同時に行うことができる。両方の試験とも、リアルタイムでの計測が可能であることから、経時的に一致した比較試験の結果を得ることができる。
【0011】
また、本発明に係る細胞障害のモニター方法は、被試験薬を含む培養液を培養細胞に供給し、流出する培養液について、特定波長の光の吸収を経時的に計測するとともに、被試験薬を含まないか又は前記被試験薬と異なる被試験薬を含む培養液を培養細胞に供給し、流出する培養液について、前記特定波長の光の吸収を経時的に計測する比較試験を同時に行うことを特徴とする。
本発明によれば、細胞毒性の有無又はその程度を検出すべき被試験薬を含む培養液を培養細胞に供給する。そうすると、細胞障害の発生に伴って培養液による特定波長の光吸収が変化することから、培養細胞に灌流して流出する培養液について、特定波長の光の吸収を経時的に計測することにより、細胞障害の発生又はその程度をリアルタイムにモニターすることができる。また、それとともに、細胞障害の発生に関して比較すべき被試験薬又は被試験薬無しの場合についても、比較試験を同時に行うことができる。両方の試験とも、リアルタイムでの計測が可能であることから、経時的に一致した比較試験の結果を得ることができる。
【0012】
また、本発明に係る細胞障害のモニター装置は、培養液と、被試験薬を含む培養液とを切り換えて、培養細胞が封入される容器に供給する手段と、培養細胞を灌流して容器から流出する培養液又は被試験薬を含む培養液に対して、光を照射し特定波長の光の吸収を経時的に計測する手段と、計測された特定波長の光吸収の変化を情報処理する手段とを含むことを特徴とする。
本発明によれば、通常の培養液と、細胞毒性の有無又はその程度を検出すべき被試験薬を含む培養液とをどちらかに切り換えて、培養細胞が封入される容器に供給することができる。そして、容器内において、培養細胞を灌流して容器から流出する培養液又は被試験薬を含む培養液に対して、計測手段によって、光を照射し特定波長の光の吸収を経時的に計測する。細胞障害の発生に伴って培養液による特定波長の光吸収が変化することから、情報処理手段によって処理された計測結果によって、リアルタイムに、細胞障害の発生又はその程度を知ることができる。
【0013】
また、各手段を備えるラインが複数設けられている場合は、各種の比較試験を含めて複数の試験を同時に行うことができる。
また、培養液と、被試験薬を含む培養液をそれぞれ貯留する槽がさらに設けられ、これらは複数のラインで共用されている場合は、複数の試験を同時に行う際に、培養液の槽と被試験薬を含む培養液の槽とを、共用することで装置を簡易化することができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、簡易で低コストでありながら、リアルタイムでの細胞障害の測定が可能な細胞障害のモニター方法及び装置を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明の実施の形態に係る細胞障害のモニター方法及びその装置について、添付の図面に基づいて説明する。なお、説明において、同一要素には同一符号を用い、重複する説明は省略する。
図1は、本発明の実施形態における細胞障害のモニター方法を実施するための細胞障害モニター装置1の一例である。試験に供する培養細胞に適した通常の培養液が収容された培養液槽2,及び細胞毒性の有無やそれがどの程度の毒性であるかを検出すべき被試験薬を含んだ培養液が収容された被試験薬含有培養液槽3が配置される。これらの槽から実験細胞封入容器6に至る流路には、切換弁4及びポンプ5が設置されており、通常の培養液と被試験薬含有培養液とを、切り換えて、そのどちらかを実験細胞封入容器に供給することができる。
実験細胞封入容器6は、培養液槽2内の培養液又は被試験薬含有培養液槽3内の被試験薬含有培養液が流入する流入口と、培養細胞を灌流した培養液が流出する流出口が、ほぼ容器の反対側に設けられている。容器内には、封入する細胞に適した支持物体、例えば、細胞接着性を備えるヒドロキシアパタイト等の多孔質個体や微粒子が備えられており、そこに試験に供される細胞が支持される。また、容器内の温度を所定の一定値に保つ手段が設けられている。
【0016】
実験細胞封入容器6の流出口に繋がる下流の管路には、紫外光及び可視光を透過する窓部を備えた光測定部7が設けられている。光測定部7の窓部には、光源9からの光が照射される。光源9は、例えばキセノンランプであって、略260nm及び略285nmの波長を含む紫外光から可視光までの範囲を有する光を照射する。光源9から光測定部7に照射されて、光測定部7における培養液を透過した、略260nm又は略285nmの所定波長の光強度を測定するための光検出器10が設けられている。光検出器10は、例えば、光電子増倍管PMT等である。光測定部7の下流には、排液槽8が設けられている。
【0017】
また、光検出器10の測定結果を記録、解析するとともに、切換弁4やポンプ5を制御する情報処理・制御装置11が設けられている。これは、例えばコンピュータからなり、光検出器10で検出した特定波長の光強度から、培養液による当該波長の光吸収の度合いの経時的変化を連続的に求め、それを記録し、また必要に応じて表示する。さらに、切換弁4を実験スタート時には通常の培養液槽2側に連通しておきポンプを作動させること、所定時間後に切換弁4を被試験薬含有培養液槽3側に切換えること、光検出器10からのデータによって、特定波長の光の吸収が所定の閾値に達したと判断した場合に、切換弁4を再び切り換えること、又はポンプの作動を止めて実験を終了すること等の制御を行ってもよい。
【0018】
この図1の例に示した装置を用いた細胞障害のモニター方法について説明する。先ず、切換弁4を培養液槽2側に連通させた状態で、ポンプ5を稼働して、所定の実験細胞が封入された実験細胞封入容器6に培養液を灌流させる。ここでは、十分な時間灌流を行って、細胞を培養、増殖させてもよいが、そのような長時間をかけない場合であっても、通常の培養液によって、細胞を安定状態にするとともに、その際の実験細胞封入容器6から排出される培養液の特定波長光の光吸収度を基礎的なデータとして得るための時間は、培養液槽2からの供給を行う。
光測定部7においては、キセノンランプ等の光源9から照射された光は、実験細胞封入容器6において細胞を灌流して排出される培養液を透過して、光検出器10によって特定波長の光強度が検出される。特定波長としては、260nmかその近傍、285nmかその近傍、又はその両方の波長が候補として挙げられる。光測定部7を通過した培養液は、排液槽8に排出される。
【0019】
次に、切換弁4を、細胞に対する毒性を試験すべき被試験薬を含ませた培養液を収容する被試験薬含有培養液槽3に連通するように切り換える。そして、被試験薬含有培養液を実験細胞封入容器6の細胞に対して灌流させる。光検出器10は、継続的に実験細胞封入容器7からの排出培養液に対する特定波長の光強度を検出している。情報処理・制御装置11においては、光検出器10からの特定波長の光強度のデータに基づいて、培養液による光吸収度を経時的に記録している。
被試験薬の毒性によって、実験細胞封入容器6内の細胞が障害を受けると、細胞を灌流して排出される培養液による特定波長の光吸収、特に260nmと285nmの波長の光吸収が増加する。ここで、特に260nmの光の吸収度の変化が顕著に現れるが、これは、障害を受けた細胞から、ヌクレオチドやその重合体である核酸が漏れ出し、それによってこの波長の光を吸収していると考えられる。また、285nmの波長については、アミノ酸やその重合体であるペプチドかタンパク質が、障害を受けた細胞から漏れ出して、その波長の光を吸収するためと考えられる。
【0020】
予め、特定波長の光の吸収度合いが、増加した場合の閾値を定めておけば、情報処理・制御装置11によって、閾値に達したことを検知した場合、ポンプ5を止めて実験を終了してもよく、また、切換弁4を切り換えて、通常の培養液を灌流するようにしてその後の変化を観察することも可能である。
【0021】
この例では、実験細胞封入容器6から排出された後の培養液について、下流に設けた光測定部7において光吸収を測定したが、実験細胞封入容器6において、細胞の培養箇所と区分して灌流された培養液の溜まり部を設けて、そこの部分を光が透過するような透明にして、光の吸収を測定してもよい。その場合、光吸収の測定は連続的に行うが、培養液の供給と排出は必ずしも連続的に行わなくともよいため、培養液や被試験薬の量を節約できる。また、この例では、情報処理・制御装置11において、光検出器10で検出された光強度から光の吸収度を求めているが、透過した光強度と光吸収の度合いは逆の関係で現れるだけであるから、モニターする場合には、検出された光強度を光吸収に関する数値として直接採用してもよい。
また、情報処理・制御装置11によって、光検出器10による検出結果を自動的に処理するとともに、切換弁4やポンプ5を制御するようにしたが、このような自動化が必要ない場合は、人が適宜行ってもよい。
【0022】
次に、図2によって、本実施形態における他の例を説明する。この例では、細胞障害のモニター装置1は、図1で説明した装置を2つ並列に設置し、そのうちで、培養液槽2,被試験薬含有培養液槽3,排液槽8を共有化したものに相当する。それらを図においては、流路(A)と流路(B)として示している。
このような装置を用いると、各種の比較試験を行うことができる。図1の装置において説明したように、本実施形態では、リアルタイムでの細胞障害発生の観察が可能であることから、図2のように、並列に配置したそれぞれの流路において、リアルタイムでの観察が可能であるとともに、2つの流路での同時的な観察がなし得ることにおいて、従来のバッチ式の細胞障害の試験装置と大きく異なる。
【0023】
図2の装置を用いた比較試験の一例として、同一の被試験薬に対する異なる細胞の細胞障害のモニターについて説明する。この場合、実験細胞封入容器6Aと6Bには、実験に供すべき異なる細胞をそれぞれ収容する。そして、図1において説明したと同様の実験をそれぞれの流路(A)と(B)において行うことになる。その場合の切換弁4A、4Bがどちらの槽2,3と連通するかのタイムチャートの例を図3に示す。図3のように、流路(A)と(B)での切換弁4A,4Bの切換は同じである。
先ず、切換弁4A,4Bは、培養液槽2に連通しており、実験細胞封入容器6A,6Bには、通常の培養液が供給されている。次に所定の時間経過後のt1において、切換弁4A,4Bを被試験薬含有培養液槽3に連通することにより、実験細胞封入容器6A、6Bには、同一の被試験薬含有培養液が供給される。この間、どちらの流路においても、光検出器10A,10Bによって光吸収が検出されている。そこで、どちらかの流路又は遅く細胞障害が現れた流路における光吸収の度合いが、図5に示すように時間t2を経過後に、所定の閾値nを越えたとすると、この時間t2を基準として、所定時間後のt3又はt2の時点において、切換弁4A,4Bを再度、培養液槽2に切り換えて、その後の経過を観察してもよく、あるいは、ポンプ5A,5Bを停止して実験を終了してもよい。
【0024】
次に、図2の装置を用いて、同一の細胞に対して、被試験薬を与える場合と与えない場合の比較試験を行う例を説明する。実験細胞封入容器6A,6Bには、同一の細胞を収容する。そして、図4に示すように、流路(A)においては、図3のタイムチャートで述べたと同様の切換弁4Aの切換を行う。一方、流路(B)においては、切換弁4Bは、常に培養液槽2と連通させて、被試験薬含有培養液槽3とは連通させない。そのため、流路(B)における実験細胞封入容器6B内の細胞は、被試験薬を与えられることがなく、被試験薬を与えられた流路(A)の細胞との比較を行うことができる。
また、図2の装置において、被試験薬含有培養液槽3を、共通のものとせずに、流路(A)と(B)に別個に設ければ、異なる被試験薬を同一の細胞に対して実験できることはいうまでもない。
【0025】
図1〜図5によって説明した実施形態においては、光測定部7、7A、7Bにおいて、排出される培養液についての、特定波長の光の吸収を測定しておくことによって、特段の手間をかけることもなく、リアルタイムに細胞障害の発生を知ることができる。
また、その光吸収が大きく現れることは、細胞障害の程度が大きいことを示していることから、被試験薬の毒性の大きさも知ることができる。
また、細胞障害の発生を検出するための特殊な薬品を使用する必要もなく、単に培養細胞を灌流した液についての特定波長の光吸収を測定するだけで、細胞障害の発生やその程度をモニターすることができる。
さらに、細胞が死滅しない場合であっても、細胞障害の発生を検知できる。
【実施例1】
【0026】
「実施例1」この実施例においては、本発明の有用性を明らかにするために、図1に記載の装置を用い、被試験薬含有培養液としては薬品ではないが細胞障害を発生することが確実な低浸透圧の培養溶液HBSSを用いて実験を行った。
ラット胃粘膜細胞に由来する培養細胞株RGM1を、直径ハイドロキシアパタイト顆粒(直径0.2mm)の表面で培養し、この顆粒群を直径5mmで長さ10mmの円筒形プラスティックの実験細胞封入容器6に満載して詰めた。培養液槽2には、培養溶液HBSSを貯留し、切換弁4を培養液槽2に連通して、ポンプ5を稼働することで、実験細胞封入容器6内の培養細胞に対して、培養溶液HBSSを0.2ml/分の流量で灌流した。
灌流後に実験細胞封入容器6から排出される培養液について、光測定部7において、測定を行った。光源9には、100Wのキセノンランプを用いて、波長260nm、285nm、445nm、500nmの光を照射して、透過した光強度を光検出器10で検出することで、培養液による光吸収量を連続測定した。
培養細胞が安定した状態であることを確認し、切換弁4を被試験薬含有培養液槽3側に切り換えた。被試験薬含有培養液槽3には、蒸留水で希釈した50%の低浸透圧培養溶液HBSSを貯留しており、切換弁4の切換後は、この低浸透圧HBSSによって、前記と同様の流量で培養細胞を灌流した。
各波長の光の吸収量についての、50%HBSSへの切換後の連続的な測定結果は、図6のとおりであった。
【0027】
細胞障害の発生に伴って、光を吸収する物質が細胞から多く漏れ出てきたことが分かる。漏れパターンは各波長で異なっており、260nmの波長の光吸収物質はヌクレオチドとその重合体である核酸、285nmの波長の光吸収物質はアミノ酸とその重合体であるペプチドか蛋白質が候補であり、445nmの波長の光吸収物質はフラビン類と推測される。図6のとおり、260nmの波長の光の吸収の変化が、最も顕著に現れており、285nmがそれに次ぐ。
このように、低浸透圧ストレスによる細胞障害について、細胞を灌流した培養液に対する特定波長、例えば、260nm、285nm、445nm近傍における光吸収の増加により検出できることが分かる。
【0028】
「実施例2」実施例1と同じ装置と培養細胞を用いて、細胞膜の膜脂質の酸化による細胞障害を起こすとされている酸化剤を被試験薬として実験を行った。被試験薬含有培養液として、酸化剤である2,2'-azobis(2-amidinopropane)dihydrochloride (AAPH)を用いた。AAPHを0.1mMの濃度で含む培養液HBSSを被試験薬含有培養液槽3に貯留し、実施例1と同様の流量によって実験細胞封入容器6内の培養細胞を灌流した。このAAPHを含む培養液の灌流直後からの、各波長の光についての灌流後の培養液の光吸収の測定結果は、図7のとおりである。
これによって、AAPHによる膜脂質の酸化による細胞障害によって、260nmと285nmの波長の光を吸収する物質が細胞から漏れ出てくることが明らかとなった。漏出パターンは両波長で異なり、260nm吸収物質はAAPH投与直後に急激に放出されたが、285nm吸収物質は投与後しばらく微量な漏れが続き、約60分後に急激な漏れが生じた。この流出の加速は110分後になくなり、その後の流出速度は高いレベルで維持された。
2波長で吸収物質の流出速度の経時的変化パターンが違うことから、AAPHによる膜脂質の酸化に誘導されて、260nmと285nmを別々に吸収する複数の物質が細胞外に漏れ出たことが明らかとなった。なお、445nmに吸収特性を持つ物質の流出量は、図6で示した低浸透圧処理に比べて少量であった。これらの結果から、260nmと285nmの近傍の波長において細胞培養液の光吸収量を測定することにより、細胞膜の脂質酸化ストレスによる細胞障害を検出できることが示された。
このように、この実施例においても、細胞障害は細胞を灌流した培養液に対する特定波長、例えば、260nm、285nmにおける光吸収の増加により検出できることが分かる。
【0029】
「実施例1,実施例2の確認試験」実施例1,2による低浸透圧と脂質酸化剤の処理によって細胞を刺激したときに、図6と図7で見られた紫外光吸収物質流出現象が細胞障害の発生とどのような経時的関係を持つかを確認するために、各刺激によるミトコンドリアと細胞膜の機能への影響を従来の障害度測定技術により調べた。
ミトコンドリアの機能に関しては、試薬キットTetra Color ONE(生化学工業)を用いて、ミトコンドリア脱水素酵素の活性を測定した。細胞膜機能に関しては、市販薬CytoTox96(Promega)を用いて細胞膜の半透性喪失によって細胞外に漏れ出る乳酸脱水素酵素の活性を測定した。
【0030】
ミトコンドリアは酸素呼吸によってATPを合成する機能を持ち、細胞の生存に重要な器官であるため、細胞障害度の調査ではミトコンドリア機能レベルへの影響が重要となる。ミトコンドリア機能はミトコンドリア内に局在する脱水素酵素の活性に依存する。そこで、低浸透圧溶液(50%HBSS)又は膜脂質酸化剤(AAPH)に暴露されたRGM1培養細胞において、ミトコンドリア内在性脱水素酵素の活性の経時的変化を調べた。
未処理の細胞での障害度を0%、蒸留水で20分間処理して死滅させた細胞での障害度を100%と設定し、いろいろな時間でストレス処理した測定値を規格化して、その結果を図8に示した。
どちらの処理でも測定値はよく似た変化を示し、共に処理30分後には酵素活性が半分近くまで減少した。これは与えたストレス刺激によりミトコンドリア機能が障害を受けたことを示す。しかし、処理開始から2時間経過後もミトコンドリア活性は完全に喪失することはなく、両処理下で共に低いレベルに維持され続けたことから、これらのストレス刺激は全てのRGM1細胞を死滅させるものではないことが判った。
図8でのミトコンドリア活性の衰弱は与えたストレスによる細胞障害を反映しているが、障害を受けた細胞の生死情報は不確定である。
【0031】
そこで次に、処理細胞の生死を判定するために、培養液中のLDH活性を測定した。生きている細胞では、蛋白質や核酸や糖などの生体物質が細胞膜の半透性により細胞内に閉じ込められている。細胞が死ねば、それに伴う細胞膜の破損により、それら高分子物質は細胞外に漏れ出る。細胞膜の半透性の破壊の割合に反映される死細胞の割合は、漏れ出た蛋白質の一種であるLDHの酵素活性量で評価することができる。図9に、RGM1細胞を50%HBSS又は0.1mMAAPHでいろいろな時間処理し、培養液中のLDH活性を測定した結果を示した。細胞を含まない条件での測定値を0%、20分間蒸留水処理した死滅細胞での障害度を100%として、測定値を規格化した。未処理細胞の培養液LDH量は細胞内全量の1.6〜1.8%と微弱ながら見られた。
刺激処理した細胞の培養液LDH活性は処理時間に依存して少しずつ増加したが、2時間処理でも希釈培養液で約6.8%、脂質酸化剤で約4.9%と、漏れLDH活性は微量であった。ストレス2時間暴露後でも死に至った細胞の割合は約5%と少ないことから、これらのストレス刺激は大部分の細胞に破壊的な死を導かないが、ミトコンドリア機能には大きな減少効果をもたらす障害レベルであることが判った。
【0032】
図8,9の結果に基づいて、図6,7の流出物質を考察した。
まず、一般に285nmに吸収を持つ物質はアミノ酸のチロシンとトリプトファン及びそれらを含む蛋白質である。このうち、蛋白質が細胞外へ漏れ出れば、その量は培養液中に漏れ出た蛋白質に含まれるLDH量に反映する。図9で見られたLDH量はどちらのストレス刺激でも処理開始直後から時間依存的に穏やかに増加しており、蛋白質の流出量が徐々に均一に増えたことを示す。
他方、285nm吸収物質の流出量は細胞外LDH量と異なったパターンで変化していた。50%HBSS刺激では、285nm吸収物質は処理直後の微弱な流出増加に続いて40分あたりから流出速度を高めた。
AAPH刺激でも、その流出量は処理開始後の微弱な流出増加に続いて約80分から加速度的に多量流出し始めた。両条件下での流出速度の加速はしばらく続いた後に消え、その後は高い流出速度レベルで安定した。このように、285nm吸収物質とLDHに代表される蛋白質の細胞外流出量の変化パターンが一致していないので、ストレス刺激で漏れ出た285nm吸収物質は、その大部分が蛋白質ではなくアミノ酸であろうと推測される。
【0033】
次に、波長260nm吸収物質に関して考察した。この物質はその吸収波長からヌクレオチドおよびその巨大重合体であるRNAやDNA核酸が候補となる。巨大分子である核酸が細胞外に漏れるためには、蛋白質の場合と同様に、細胞膜の物理的な破壊が必須となる。細胞からの核酸の流出は蛋白質の流出と同じ変化パターンを示すはずであり、したがって、流出する核酸の量は図9の培養液LDH活性と同様に、ゆっくりと均一に増えることが予想される。しかしながら、260nm吸収物質の流出量は、50%HBSS処理において30分近傍に極大ピークを伴って一時的に増加し、AAPH処理においても45分近傍で増加の肩を示した。このような一時的な増加パターンは細胞外LDH活性の変化パターンと一致しないことから、主要な260nm吸収物質は、高分子核酸のRNAやDNAではなく、その構成ユニットのヌクレオチド単量体であると推測される。
【0034】
以上から、培養細胞の培養液中において、波長260nm及び285nm近傍の紫外光の吸収量を測定することにより、ストレス刺激により誘発される細胞障害を検出でき、かつ細胞死に至らない微弱な細胞障害の段階で検出できることが示された。また、細胞から漏れ出る紫外光吸収物質はアミノ酸やヌクレオチドのような低分子物質であることが推測された。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本発明の実施形態における細胞障害のモニター装置の一例を示すブロック図である。
【図2】本発明の実施形態における細胞障害のモニター装置の他の例を示すブロック図である。
【図3】本発明の実施形態における図2の装置に関する制御の一例を示す図である。
【図4】本発明の実施形態における図2の装置に関する制御の他の例を示す図である。
【図5】本発明の実施形態における図3又は図4に関するt2の説明図である。
【図6】本発明の実施形態における実施例1の結果を示す図である。
【図7】本発明の実施形態における実施例2の結果を示す図である。
【図8】実施例1,2の確認試験の結果を示す図である。
【図9】実施例1,2の確認試験の結果を示す図である。
【符号の説明】
【0036】
1‥細胞障害のモニター装置、2‥培養液槽、3‥被試験薬含有培養液槽、4‥切換弁、5‥ポンプ、6‥実験細胞封入容器、7‥光測定部、8‥排液槽、9‥光源、10‥光検出器、11‥情報処理・制御装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被試験薬を含む培養液を培養細胞に与え、その後の培養液について、特定波長の光の吸収を経時的に計測することを特徴とする細胞障害のモニター方法。
【請求項2】
被試験薬を含む培養液を連続的に培養細胞に供給し、連続的に流出する培養液について、特定波長の光の吸収を経時的に連続して計測することを特徴とする細胞障害のモニター方法。
【請求項3】
前記特定波長は略260nm又は略285nmであることを特徴とする請求項1又は2に記載の細胞障害のモニター方法。
【請求項4】
被試験薬を含む培養液を培養細胞に供給し、流出する培養液について、特定波長の光の吸収を経時的に計測するとともに、被試験薬を含む培養液を前記培養細胞と異なる培養細胞に供給し、流出する培養液について、前記特定波長の光の吸収を経時的に計測する比較試験を同時に行うことを特徴とする細胞障害のモニター方法。
【請求項5】
被試験薬を含む培養液を培養細胞に供給し、流出する培養液について、特定波長の光の吸収を経時的に計測するとともに、被試験薬を含まないか又は前記被試験薬と異なる被試験薬を含む培養液を培養細胞に供給し、流出する培養液について、前記特定波長の光の吸収を経時的に計測する比較試験を同時に行うことを特徴とする細胞障害のモニター方法。
【請求項6】
培養液と、被試験薬を含む培養液とを切り換えて、培養細胞が封入される容器に供給する手段と、
前記培養細胞を灌流して前記容器から流出する前記培養液又は前記被試験薬を含む培養液に対して、光を照射し特定波長の光の吸収を経時的に計測する手段と、
計測された特定波長の光吸収の変化を情報処理する手段とを含むことを特徴とする細胞障害のモニター装置。
【請求項7】
前記各手段を備えるラインが複数設けられていることを特徴とする請求項6に記載の細胞障害のモニター装置。
【請求項8】
前記培養液と、前記被試験薬を含む培養液をそれぞれ貯留する槽がさらに設けられ、これらは前記複数のラインで共用されていることを特徴とする請求項7に記載の細胞障害のモニター装置。




【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2009−95291(P2009−95291A)
【公開日】平成21年5月7日(2009.5.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−270471(P2007−270471)
【出願日】平成19年10月17日(2007.10.17)
【出願人】(000236436)浜松ホトニクス株式会社 (1,479)
【Fターム(参考)】