説明

組換えフィブリノゲン高産生細胞の作製方法及び高産生細胞

フィブリノゲンを構成する3種のタンパク質、α鎖(もしくはα鎖の異型)、β鎖、γ鎖(もしくはγ鎖の異型)をコードする遺伝子を動物細胞に組み込む際に、それぞれの遺伝子の構成比を、γ鎖(及び/もしくはγ鎖の異型)遺伝子が、α鎖(及び/もしくはα鎖の異型)遺伝子及びβ鎖遺伝子に対して等量から1000倍量にする、さらにはバキュロウイルスP35遺伝子を用いて組換えフィブリノゲン高産生細胞を作製する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、血漿タンパク質の一つであるフィブリノゲンを多量に生産する組換えフィブリノゲン産生細胞の作製方法に関する。更に詳細には、フィブリノゲンを構成する3種のタンパク質、α鎖(もしくはα鎖の異型)、β鎖及びγ鎖(もしくはγ鎖の異型)をコードする遺伝子を、それぞれの構成比がα鎖(及び/もしくはα鎖の異型)遺伝子及びβ鎖遺伝子の総数に対してγ鎖(及び/もしくはγ鎖の異型)遺伝子の数が等量から1000倍量となるように、動物細胞に組込む工程、さらには産生量増強因子を組み込む工程を含む当該組換えフィブリノゲン産生細胞の作製方法及び当該方法により得られる組換えフィブリノゲン高産生細胞、及びこれらにより得られたフィブリノゲンに関する。
【背景技術】
【0002】
フィブリノゲンは、血液凝固因子の一つとして、生体が傷害を受けた時に血液を凝固する働きを担う。第一の機能は損傷部位でフィブリンクロットと呼ばれる血栓の本体を形成することであり、第二の機能は、血小板凝集に必要な粘着タンパク質として働くことである。フィブリノゲンの血中濃度は、通常約3mg/mlであり、アルブミン、免疫グロブリンGについで3番目に高い。
【0003】
フィブリノゲンは、α鎖、β鎖及びγ鎖と呼ばれる3種の異なったポリペプチドを2本ずつ有する計6本のポリペプチドからなる巨大糖蛋白質である。ポリペプチドの個々の分子量はα鎖が約67000、β鎖が約56000,γ鎖が約47500であり、これらが集合したフィブリノゲンの分子量は、約340000に達する(非特許文献1参照)。フィブリノゲン分子は、S−S結合したα鎖、β鎖及びγ鎖の半分子(α−β−γ)が、さらにS−S結合したダイマー(α−β−γ)を形成しており、形状的には3つのノジュラー(結節・球状)構造を有している。すなわち、中央のE領域とその両外側に対称的に配置された2つのD領域、その間をつなぐ桿状部からなる構造をとっている。
【0004】
血中のフィブリノゲンには、分子サイズの異なる異型ポリペプチドを有することに起因するヘテロな分子が存在する。例えば、γ鎖にはγ’鎖(あるいはγB鎖)と呼ばれる異型の存在が報告されており、これは、γ鎖のアミノ酸配列の408位に20個のアミノ酸残基が付加した計427個のアミノ酸残基からなるポリペプチドであることが明らかにされている(非特許文献2参照)。また、α鎖にもαEと呼ばれる異型が存在し、このポリペプチドは、α鎖のアミノ酸配列の612位に236個のアミノ酸残基が伸長した計847個のアミノ酸残基を有することが報告されている(非特許文献3参照)。γ’やαEを有するヘテロなフィブリノゲンは、通常のフィブリノゲンと比較して、その凝固能、線溶耐性能に顕著な差は認められない。しかしながら、これらの分子種については研究段階にあり、未だ詳細な機能は解明されていない。
【0005】
フィブリノゲン製剤は、静脈投与するなどの方法により血液中のフィブリノゲン濃度を高めることによって重篤な出血を阻止するのに効果的であり、たとえば敗血症における汎発性血管内凝固症候群(DIC)のような、血液凝固因子の消費状態の改善や先天性および後天性のフィブリノゲン欠乏症における補充療法に使用される。
また、フィブリンの膠着性を利用した組織接着剤としても広く利用されている(非特許文献4参照)。この生体由来接着剤は、フィブリノゲンが生体内でゲル化することを利用したもので、止血、創傷部位の閉鎖、神経、腱、血管や組織などの接着または縫合補強、肺におけるエアーリークの閉鎖など広範にわたって使用される。また、近年フィブリノゲンをコラーゲンなどのシートに付着させることにより利便性を高めた製剤も販売されている。
【0006】
現在、医薬品として用いられているフィブリノゲンはヒト血漿から調製されたもので、その問題点として、1)不特定多数のヒトから集めた血漿を使用するために、HAV、HBV、HCV、HEV、TTVなどの肝炎を引き起こすウイルス、HIVなどの免疫不全症を引き起こすウイルス、CJDを引き起こす異常プリオンなどの感染性病原体混入の危険性があること、2)また、日本では血漿は献血によって供給されており、将来的な安定供給が問題視されること、などが挙げられている。
これらの問題を解決するために、従来からフィブリノゲンの組換え化が試みられてきた。例えば、大腸菌では、フィブリノゲンγ鎖の菌体内発現には成功しているが、α鎖、β鎖、γ鎖の3つのタンパク質を同時に発現させ、機能的なフィブリノゲン分子を産生させたとの報告はない。また、酵母を用いた発現系でも一時期分泌発現に成功したとの報告もあったが、最終的には再現性が取れずその報告を取り下げている(非特許文献5参照)。このように、未だ、大腸菌や酵母を用いてフィブリノゲンを発現させることに成功したとの報告はない。
【0007】
一方、動物細胞では、BHK細胞(非特許文献6参照)やCOS細胞(非特許文献7参照)、CHO細胞(非特許文献8、9、10及び特許文献1参照)を用いて発現が試みられているが、その産生量は、1〜15μg/ml程度にとどまっている。これらの場合、メタロチオネインプロモーター、Rous sarcoma virus LTRプロモーター、adenovirus 2 major lateプロモーターの何れかを用い、選択マーカーとしてアミノグリコシド3’ホスホトランスフェラーゼ(neo)遺伝子、ジヒドロ葉酸還元酵素(dhfr)遺伝子、histidinol耐性遺伝子の何れか若しくはこれらの組み合わせで使用している。いずれの場合も、α鎖、β鎖、γ鎖を各々コードする遺伝子の発現ベクターを各々単独に構築し、3者で同時にトランスフェクションするか、あるいはα鎖、γ鎖若しくはβ鎖、γ鎖遺伝子を有する各々2つの発現ベクターで先に形質転換した細胞に、後からβ鎖、α鎖遺伝子を有する発現ベクターを導入する方法、さらにはα鎖とγ鎖遺伝子を有するプラスミドとβ鎖遺伝子を有するプラスミドを等量混合して導入する方法がとられている。いずれの場合も特に導入する際の各遺伝子の構成比に関する記載はなく、一般的な手法通りに各遺伝子を均等に導入していると思われる。現在使用されている血液由来のフィブリノゲンを用いた医薬品では、例えば、フィブリン糊製剤では約80mg/doseのフィブリノゲンが使われており、前述の十数μg/ml程度の発現量では製造施設が大規模にならざるを得ず、必然的に高コストになってしまう。遺伝子組換え技術によりフィブリノゲンを実用的なレベルで製造するためには高産生細胞(例えば、フィブリノゲンの発現量が100μg/ml以上)が必要であるが、現在、これを満足する組換え動物細胞を用いた発現系の報告はみられない。
【0008】
一方、組換えフィブリノゲン産生細胞を培養する場合には、通常の動物細胞の培養と同様の問題点が考えられる。一般的に、タンパク質が分泌タンパク質の場合、培養上清に目的タンパク質が回収できるので、適当な培地中で組換え動物細胞を培養し、一定期間培養した後、培養上清を一括して回収する(バッチ培養)か、随時適当量の培地の抜き取り、添加を連続的に行う方法(パフュージョン培養)が用いられている。いずれにしても、目的分泌タンパク質を産生する組換え動物細胞の数の増加とともに分泌タンパク質の培地への蓄積(産生)量が増加する。細胞の増殖は、細胞が対数的に増殖する対数期と細胞数が見かけ上一定の定常期、それから細胞が死滅し、数が減少する死滅期の3つの期間に分けられる。分泌タンパク質の産生を増加させるためには、定常期での組換え動物細胞の細胞密度を可能な限り高くし、その期間をできるだけ長く維持することが重要である。特に、バッチ培養の場合、一定量の培地の中で組換え動物細胞を増殖させるので、この中で分泌タンパク質の産生量を伸ばすために定常期の細胞密度を可能な限り高くし、なおかつその時期をできるだけ維持しようと様々な試みがなされてきた。
【0009】
このような育種的な方法とは別の方法として、宿主細胞を改造する試みも行われてきた。例えば、細胞死抑制因子(anti−apoptotic factor)を用いる方法が試みられている。この方法は細胞死抑制因子遺伝子を、タンパク質を産生している組換え動物細胞中で発現させ、その細胞に栄養飢餓などによって生じるプログラムされた細胞死(アポトーシス)を抑制する能力を付与し、定常期を延長しようという試みである。
【0010】
アポトーシスの起こるメカニズムとして非特許文献11によれば、次のように考えられている。栄養枯渇などの様々な細胞死刺激が細胞に伝わると転写因子やキナーゼを含む各種タンパク質を介して、そのシグナルはミトコンドリアに伝達される。シグナルをうけたミトコンドリアはアポトーシスシグナル伝達因子(AIF、シトクロムcなど)を細胞質中に放出する。シトクロムcは細胞質に存在するApaf−1(apoptosis activating factor−1)とpro−caspase−9に結合し複合体を形成し、caspase−9を活性化する。活性化されたカスペースカスケードは細胞質内あるいは核内の各種基質を切断し、様々なアポトーシスに特徴的な形態学的、生化学的変化(アクチン分解、DNA断片化、染色体凝集など)を誘導する。このようなアポトーシスを抑制する因子としてBcl−2(B cell lymphoma/leukemia 2)がよく知られている。Bcl−2遺伝子はヒト濾胞性リンパ腫に高頻度に見られる癌遺伝子として発見された。現在Bcl−2に相同性の高いドメイン(BH1−4)をもつ多くのファミリー遺伝子が同定されている。ファミリーにはアポトーシスに抑制的に働く因子と促進的に働く因子があり、抑制的因子として、例えばBcl−xL、Bcl−w、Mcl−1、A1、BHRF1、E1B−19K、Ced−9などが知られており、前述のシトクロムc放出阻害や、Apaf−1とprocaspase−9に結合することによってシグナル伝達を阻止していると考えられている。このように抑制的なBcl−2ファミリーはカスペースカスケードの上流で機能すると考えられている。
【0011】
一方、カスペースカスケードの下流に作用(カスペースの活性を直接的に阻害)して細胞死抑制効果を示す因子も知られている。例えば、バキュロウイルス科に属するAcNPV(Autogropha californica nuclear polyhedrosis virus)のP35タンパク質はカスペースの基質として切断され、その断片がほとんど全てのカスペースと安定的な複合体を形成してその活性を阻害する。従って、種々のアポトーシスを抑制することができる。AcNPVに近縁なBmNPV(Bombyx mori nuclear polyhedrosis virus)もP35遺伝子を持っている。また、牛痘ウイルスのcrmAはcaspase−1様プロテアーゼやcaspase−8,−10に特異的に結合し、これを阻害することによりアポトーシスを抑制できる。また、ヘルペスウイルス由来のv−FLIPは2つのDED(death effector domain)ドメインを持ち、FADD(Fas−associating Protein with death domain)と結合することによってcaspase−8の活性化を抑制する。
【0012】
さらに、バキュロウイルス科のCpGV(Cidia pomonella granulosis virus)やOpMNPV(Orgyia pseudotsugata multinucleocapsid nucleopolyhedrovirus)をはじめとする多くの類縁のウイルスには、P35遺伝子とは別に、その発現産物がカスペース活性を直接阻害するv−IAP(inhibitor of apoptosis)遺伝子が同定されている。現在までにv−IAPのホモログとして、ウイルス以外にショウジョウバエや哺乳類でc−IAP1/hia−2、c−IAP2/hia−1、XIAP、NAIP、survivin、TIAP、Apollon、DIAP1、DIAP2、SfIAP、ITAなど数種類のBIR(baculovirus IAP repeat)を持つIAPファミリーが同定されている。
しかし、カスケードの上流に作用するBcl−2、Bcl−xL、E1B−19KなどのBcl−2ファミリー由来の細胞死抑制因子を用いた産生量増強方法はいずれも細胞死を抑制し、増殖曲線の定常期を延長することができたにもかかわらず、期待通りには産生量が増加しない場合が多かった。これらのことから、これらの因子には直接的なタンパク質の産生量を増強する効果はないか、あっても特殊な環境下で発揮されると考えられる。一方、カスケードの下流に作用するカスペース阻害作用因子については、組換えタンパク質産生細胞において産生量増強効果との関連を調べたとの報告はほとんどなく、その効果については不明であった。
【特許文献1】United States Patent 6037457
【非特許文献1】「止血・血栓・線溶」松田、鈴木編集、中外医学社(1994)
【非特許文献2】ChungDEとDavie EW,Biochemistry,23,4232(1984)
【非特許文献3】LawrenceYFら,Biochemistry,31,11968(1992)
【非特許文献4】「特集・生体接着剤」Biomedical Perspectives,6,9−72(1997)
【非特許文献5】RedmanCM,Kudryk B.,J.Biol.Chem.,274,554(1999)
【非特許文献6】FarrellDHら,Biochemistry,30,9414(1991)
【非特許文献7】RoySNら,J.Biol.Chem.,266,4758(1991)
【非特許文献8】LordSTら,Blood Coagul Fibrinolysis,4,55(1993)
【非特許文献9】BinnieCGら,Biochemistry,32,107(1993)
【非特許文献10】LordSTら,Biochemistry.35,2342(1996)
【非特許文献11】「アポトーシスと疾患中枢神経系疾患編」水野美邦編、医薬ジャーナル(2000)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
以上述べてきたように、血液由来のフィブリノゲン製剤の製造・販売においては、感染性病原体の混入や市場への安定供給という点を危惧しなければならない。これらの問題点を解決する為に、遺伝子組換え技術によるフィブリノゲンの生産が試みられているが、これまでに報告されている発現量では、製造コストの面で実用化することが困難と予想され、改善・改良が望まれるところである。さらに、産生量増強に従来用いられてきた定常期延長因子の作用には不明なところが多く、その詳細な検討が要望されていた。
【0014】
したがって、本願発明は、ヒトフィブリノゲンを高発現する組換えヒトフィブリノゲン高産生細胞の作製方法を提供することを目的とする。
【0015】
また、本願発明の他の目的は、組換えフィブリノゲン高産生細胞の作製に当たり、バキュロウイルスP35による産生量増強作用の影響を解明し、フィブリノゲンの更なる産生量増強方法を提供することにある。
【0016】
さらに、本願発明の他の目的は、当該方法により得られる組換えヒトフィブリノゲン高産生細胞及びフィブリノゲンを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本願発明者らは、上記の目的を達成する為に鋭意研究を重ねた結果、ヒトフィブリノゲンを構成する3種のタンパク質のうち、α鎖(及び/もしくはα鎖の異型)遺伝子及びβ鎖遺伝子の総数に対してγ鎖(及び/もしくはγ鎖の異型)遺伝子の数が等量から1000倍量となるよう、例えば、α鎖及びγ鎖をコードする遺伝子を組込んだ発現ベクターとβ鎖及びγ鎖をコードする遺伝子を組み込んだ発現ベクターを等量混合し、これを用いて動物細胞を形質転換することにより、容易にヒトフィブリノゲンを高発現する組換え動物細胞を作製できることを見出し、本願発明を完成するに至った。
【0018】
従って、本願発明は、α鎖及びγ鎖含有発現ベクターとβ鎖及びγ鎖含有発現ベクターを等量混合した発現ベクターを用いて動物細胞を形質転換する工程を含む組換えヒトフィブリノゲン高産生細胞の作製方法を包含する。
【0019】
さらに、本願発明者らは、別の角度から産生量増強を達成する為に鋭意研究を重ねた結果、動物細胞にさらに、バキュロウイルスP35遺伝子を用いて形質転換させることにより、更なる産生量の増強が図れることを見出した。さらに、この産生量の増強は、この因子が産生量の増強要因としてタンパク質生合成活性の増強に寄与した場合と、アポトーシス活性阻害に寄与した場合との2通りが考えられることを明らかにし、前者の場合は、アポトーシスの発生時期まで待たなくとも産生量の増強が得られるため、培地を選ばず、産業上の利用価値が非常に高いことが判明した。
【0020】
従って、本願発明は、フィブリノゲン産生細胞に同時または異なる時期にバキュロウイルスP35遺伝子を用いて形質転換させることにより、更なる産生量の増強を図ることができる組換えフィブリノゲン高産生細胞の作製方法を包含する。
【0021】
また、本願発明は、上記の方法により得られた、ヒトフィブリノゲンを高発現する組換えヒトフィブリノゲン高産生細胞及びフィブリノゲンを包含する。
【発明の効果】
【0022】
本願発明のヒトフィブリノゲンを構成する3種のタンパク質をコードした遺伝子の混合発現方法によれば、ヒトフィブリノゲンを高発現する組換え産生細胞及びその作製方法が提供される。その結果、約100〜1520μg/mlの産生量がもたらされる。本願発明の組換えヒトフィブリノゲン産生細胞が生産するヒトフィブリノゲンの量は、これまでに報告されている遺伝子組換え技術によるフィブリノゲンの発現量(〜15μg/ml)を大きく上回るものである。さらに、本願発明の産生量増強因子遺伝子による形質転換をおこなった場合は、704〜3952μg/mlという従来技術による産生量を遙かに超えた産生量がもたらされ、今後市場への大量供給が可能となる。さらに、その培養方法には、限定がなく、アポトーシスの到来前でも産生量の増加が図れるので、短期間で大量の産生量を得ることが可能である。故に、本願発明の組換えヒトフィブリノゲン産生細胞は、実用的なレベルでのヒトフィブリノゲンの製造方法の確立を可能にし、当該製造方法が確立されることによってヒトフィブリノゲンの市場への安定供給が確保される。
【0023】
また、本発明方法より得られる組換えヒトフィブリノゲン産生細胞を用いれば、従来の血液を原料として製造した場合に危惧される感染性病原体の混入やその他の血液由来成分の関与を排除することができ、より安全なヒトフィブリノゲン製剤を効率よく大量に製造・供給することが可能となる。このように本願発明の方法は、ヒト血漿由来以外のフィブリノゲンを高産生する組換えフィブリノゲン産生細胞の作製方法としても利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】組換えフィブリノゲン産生細胞を作製するための発現ベクターを示した図面である。
【図2】産生されたフィブリノゲンのウエスタンブロットプロファイルの結果を示した図面である。レーン1:Marker(Amersham Rainbow Marker 756)、レーン2:Bolheal(化血研製:血漿由来のフィブリノゲンを含むバイヤル1を規定通りに溶解し、そのフィブリノゲン量を80mg/mlとして計算し、PBSで希釈した。1μg/lane)、レーン3:CH001−1−2培養上清(8μl/lane)、レーン4:CH001−1−2培養上清(24μl/lane)
【図3】バキュロウイルスP35遺伝子発現細胞を作製するための発現ベクターを示した図面である。
【図4】バキュロウイルスP35遺伝子を発現している細胞と発現していない細胞のスピナー培養における細胞密度、生存率、フィブリノゲン産生量についての経時変化を示した図である。
【図5】バキュロウイルスP35遺伝子を発現している細胞と発現していない細胞のスピナー培養における細胞密度、生存率、フィブリノゲン産生量についての経時変化を示した図である。
【図6】バキュロウイルスP35遺伝子を発現している細胞と発現していない細胞のスピナー培養における細胞密度、生存率、フィブリノゲン産生量についての経時変化を示した図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
本願発明の方法は、フィブリノゲンを構成する3種の蛋白質、α鎖、β鎖及びγ鎖をコードする遺伝子を、各遺伝子の構成比がα鎖(及び/もしくはα鎖の異型)遺伝子及びβ鎖遺伝子の総数に対してγ鎖(及び/もしくはγ鎖の異型)遺伝子の数が等量から1000倍量となるように動物細胞に組込む工程を含む組換えフィブリノゲン産生細胞の作製方法によって特徴付けられる。さらに、産生量増強因子であるバキュロウイルスP35遺伝子による形質転換によって特徴付けられる。
本願発明では、主としてヒトのフィブリノゲンを取り扱うが、ヒトに限らず他の動物のフィブリノゲン産生細胞を作製する方法としても用いることができる。本願発明で用いるヒトフィブリノゲンの構成ポリペプチド、α鎖、β鎖及びγ鎖をコードする遺伝子としては、最終的に発現産物がアッセンブルしてヒトフィブリノゲン分子を形成できる遺伝子であれば、cDNA及び染色体遺伝子の何れも使用できる。
前述したように、α鎖及びγ鎖には、それぞれαE鎖及びγ’(γB)鎖と呼ばれる異型が存在する。これらに加えて今後新たに見出されるかもしれない他の異型ポリペプチドをコードする遺伝子も、その発現産物がフィブリノゲン分子を構成するタンパク質として機能するならば、同様に、本願発明に使用することが可能である。
【0026】
所望の遺伝子は、例えば、文献(Rixon MWら,Biochemistry,22,3237(1983)、Chung DWら,Biochemistry,22,3244(1983)、Chung DWら,Biochemistry,22,3250(1983)、非特許文献2、3参照)に各々報告されている配列を元にPCR用プライマーをデザインし、ヒト肝臓などフィブリノゲンを産生している臓器や細胞由来のcDNAを鋳型にしてPCRを行うことにより取得できる。
より具体的には、フィブリノゲンのα鎖、β鎖、γ鎖、αE鎖及びγ’鎖をコードするcDNAは、以下のように調製される。まず、ヒト肝細胞から全RNAを抽出し、この中からmRNAを精製する。得られたmRNAをcDNAに変換した後、それぞれの遺伝子配列に合わせてデザインされたPCRプライマーを用い、PCR反応を行い、得られたPCR産物をプラスミドベクターに組込み大腸菌に導入する。大腸菌コロニーの中から目的の蛋白をコードするcDNAを有するクローンを選択する。上記の全RNAの抽出には、市販のTRIzol試薬(GIBCO BRL社)、ISOGEN(ニッポンジーン社)等の試薬、mRNAの精製には、mRNA Purification Kit(Amersham BioSciences社)などの市販キット、cDNAへの変換には、SuperScript plasmid system for cDNA synthesis and plasmid cloning(GIBCO BRL社)などの市販のcDNAライブラリー作製キットがそれぞれ使用される。ヒトフィブリノゲン遺伝子を取得する場合は、市販のcDNAライブラリー、例えば、Human Liver Marathon−Ready cDNA(BD Bioscience)が用いられる。PCR用プライマーは、DNA合成受託機関(例えばQIAGEN社)などに依頼すれば容易に入手可能である。この時、5’側にKOZAK配列(Kozak M,J.Mol.Biol.,196,947(1987))及び適切な制限酵素切断部位の配列を付加することが望ましい。好ましくは、配列番号1から6、13、15に記載の合成DNAがプライマーとして用いられる。PCR反応は、市販のAdvantage HF−2 PCR Kit(BD Bioscience)を用い、添付のプロトコールに従って行えばよい。PCRにより得られたDNA断片の塩基配列は、TAクローニングキット(インビトロジェン社)等を用いてクローニングした後、DNAシークエンサー、例えば、ABI PRISM310 Genetic Analyzer(PEバイオシステムズ社)により決定される。
【0027】
このようにして得られるフィブリノゲン遺伝子、好ましくは、配列番号7から9、14、16記載の配列を有する遺伝子断片を用いて動物細胞に組み込む為の発現ベクターが構築される。動物細胞を宿主とする発現ベクターには特段の制約はないが、プラスミド、ウイルスベクター等を用いることができる。当該発現ベクターに含まれるプロモーターは、宿主として用いる動物細胞との組み合わせにより、SV40初期、SV40後期、サイトメガロウイルスプロモーター、ニワトリβアクチンなど、最終的にアッセンブルしたフィブリノゲンが得られるのであれば如何なるものでも良い。好ましくは、ニワトリβ−アクチンプロモーター系発現プラスミドpCAGG(特開平3−168087)が使用される。選択や遺伝子増幅のマーカー遺伝子として、アミノグリコシド3’ホスホトランスフェラーゼ(neo)遺伝子やジヒドロ葉酸還元酵素(dhfr)遺伝子、ピューロマイシン耐性酵素遺伝子、グルタミン合成酵素(GS)遺伝子など一般に知られる選択や遺伝子増幅用のマーカー遺伝子(Kriegler M著、加藤郁之進 監訳、ラボマニュアル動物細胞の遺伝子工学、宝酒造(1994))が利用できる。
【0028】
以上述べた要素を組み合わせて構築される発現ベクターの好ましい例として、γ鎖及びβ鎖をコードする遺伝子を有する発現ベクターとγ鎖及びα鎖をコードする遺伝子を有する発現ベクターが挙げられる。より好ましくは、図1に示すpCAGGD−GB(フィブリノゲンγ鎖とβ鎖をコードする遺伝子を1個ずつ持ち、選択マーカーとしてdhfr遺伝子を持つ)とpCAGGDN5−GA(フィブリノゲンγ鎖とα鎖をコードする遺伝子を1個ずつ持ち、選択マーカーとしてdhfr遺伝子及びneo遺伝子を持つ)が挙げられる。この2種類の発現ベクターは、α鎖及びβ鎖遺伝子に対するγ鎖遺伝子の構成比が等量となるように等量混合され、動物細胞に導入される。しかしながら、本願発明はこの例に限定されるものではない。本願発明の最も重要な点は、最終的に宿主細胞に導入されたフィブリノゲンを構成する3種のポリペプチド、α鎖、β鎖及びγ鎖をコードする各遺伝子の宿主細胞内での構成比が、α鎖(及び/もしくはα鎖の異型)遺伝子及びβ鎖遺伝子の総数に対してγ鎖(及び/もしくはγ鎖の異型)遺伝子の数を等量以上になるように組み込むことである。ここで、本願発明において「組み込む」とは、遺伝子を細胞に導入する工程のみならず導入された遺伝子を何らかの方法で遺伝子増幅する工程、最終的に遺伝子が宿主細胞ゲノムにインテグレートされた状態を包含することとする。遺伝子の構成比は、遺伝子を導入する工程やゲノム中に導入された遺伝子を増幅させる工程において調節することが可能である。例えば、dhfr遺伝子を用いてメトトレキセートなどの薬剤を用いて遺伝子増幅を行えば、目的遺伝子の数をゲノム中で数コピーから2000コピーまで増やすことが可能である(Iman AMらJ Biol Chem.,262,7368,1987;Lau YFらMol Cell Biol.,4,1469,1984;Crouse GFらMol Cell Biol.,3,257,1983)。このことは、γ鎖遺伝子選択的にdhfr遺伝子を付加して宿主細胞ゲノムに導入し、メトトレキセートなどの薬剤を用いて遺伝子増幅を行えば、γ鎖遺伝子特異的に数コピーから2000コピーまで遺伝子数を増やすことが可能であることを示しており、技術的に、α鎖β鎖遺伝子の総数に対してそのような等倍から1000倍の構成比にすることが可能であることを示している。従って、組み込まれる遺伝子の構成比は、α鎖(及び/もしくはα鎖の異型)遺伝子及びβ鎖遺伝子の総数に対してγ鎖(及び/もしくはγ鎖の異型)遺伝子の数を等量〜1000倍ぐらいまで調節可能である。
【0029】
また、遺伝子を導入する工程においても、α鎖、β鎖及びγ鎖をコードする遺伝子を用いて動物細胞を形質転換する際に、その導入遺伝子の構成比においてγ鎖が少なくとも他の2つα鎖及びβ鎖をコードする遺伝子に比べ等量から1000倍量になるように調整して形質転換を行えば良い。中でも最も好ましい比率として等量から3倍量があげられる。これらの要件を満たす方法なら、上記のように各鎖をコードする遺伝子が一つの発現ベクターに存在する必要はなく、例えば、前述したようにα鎖とβ鎖を1個ずつ有する発現ベクターとγ鎖を2個有する発現ベクターとを等量混合して、構成比を1:1:2にし、これを動物細胞に導入することもできる。あるいは、α鎖、β鎖及びγ鎖が単独で発現するように構築した発現ベクターを、それぞれ1:1:2〜6の割合で混合したもので動物細胞を形質転換することもできる。若しくは、一つの発現ベクター内にα鎖、β鎖及びγ鎖の各遺伝子の構成比が1:1:2〜6となるように構築された発現ベクターを用いて動物細胞を形質転換しても良い。さらには、前述の1:1:2〜6の比率に加え、1:2:3〜9、1:3:4〜12、2:3:5〜15(あるいは2:1:3〜9、3:1:4〜12、3:2:5〜15)など、α鎖(及び/もしくはα鎖の異型)遺伝子及びβ鎖遺伝子の総数に対してγ鎖(及び/もしくはγ鎖の異型)遺伝子の数が等量から3倍量となるような比率であれば、本願発明の要件を満たす。また、全ての遺伝子を同時に動物細胞内に導入するのではなく、別々の時期に選択マーカーを変えて動物細胞に順次導入し、最終的に細胞内に導入されるα鎖、β鎖及びγ鎖の各遺伝子の構成比が前述の比(等倍から1000倍)になるようにしてもよい。また、先述のように導入工程時には上記比率でなくとも、γ鎖遺伝子を有する発現ベクターにdhfrやGS遺伝子など遺伝子増幅を可能にする選択マーカーを付加し、細胞内で上記比率(等倍から1000倍)になるように遺伝子増幅を行っても構わない。
【0030】
産生量増強因子としてはタンパク質生合成活性を増加させる作用及び/又はカスペースを阻害する作用を持つ因子が使用できるが、その代表例としてバキュロウイルス(AcNPVあるいはBmNPV)のP35遺伝子があげられる。例えば、バキュロウイルス(AcNPV)P35遺伝子は、文献(Friesen,P.D.and Miller,L.K.,J.Virol.61,2264−2272(1987))に報告されている配列を元にPCR用プライマーをデザインし、バキュロウイルス感染細胞やウイルスゲノムそのものを鋳型にしてPCRを行うことにより取得できる。好ましくは、配列番号10、11に記載の合成DNAがプライマーとして用いられる。PCR反応は、市販のAdvantage HF−2 PCR Kit(BD Bioscience)を用い、添付のプロトコールに従って行えばよい。PCRにより得られたDNA断片の塩基配列は、TAクローニングキット(インビトロジェン社)等を用いてクローニングした後、DNAシークエンサー、例えば、ABI PRISM310 Genetic Analyzer(PEバイオシステムズ社)により決定される。このようにして得られるP35遺伝子、好ましくは、配列番号12記載の配列を有する遺伝子断片を用いて動物細胞に組み込む為の発現ベクターが構築される。その好ましい例として図3に示すベクターがあげられる。これらは動物細胞に導入されるが、しかしながら、本願発明はこれらの例に限定されるものではない。バキュロウイルスP35遺伝子に代表される産生量増強作用を持つ因子をコードする遺伝子とフィブリノゲンを構成するα鎖、β鎖、γ鎖の3種の遺伝子に代表される目的とする産生遺伝子が同一細胞内で同時に発現できる形であれば特段の制限はない。バキュロウイルスP35遺伝子をコードする遺伝子の発現ベクターと、フィブリノゲンを構成するα鎖、β鎖、γ鎖の3種の遺伝子の発現ベクターの導入時期や導入の順番にも特段の制限はない。例えば、宿主細胞に産生量増強作用をもつ因子をコードする遺伝子の発現ベクターとフィブリノゲン発現ベクターを同時に導入しても良いし、別々の時期に導入しても構わない。予め宿主細胞に産生量増強作用をもつ因子をコードする遺伝子の発現ベクターを導入して新たな宿主細胞とすれば、より一層汎用性が増す。ただし、産生量増強作用をもつ因子をコードする遺伝子を有する発現ベクターとフィブリノゲン遺伝子を有する発現ベクターとを別々の時期に宿主細胞に導入させる場合には、それぞれの発現ベクターの持つ選択マーカー遺伝子に各々異なったものを使う必要がある。
【0031】
発現ベクターを導入する宿主細胞として、チャイニーズハムスター卵巣(CHO)細胞やSP2/0等マウスミエローマ細胞、BHK細胞、293細胞、COS細胞など様々な動物細胞が利用可能であるが、発現ベクターに使用されるプロモーター、選択及び遺伝子増幅用マーカー遺伝子に合わせて適当な細胞を選択すれば良い。例えば、ニワトリβ−アクチンプロモーター系発現プラスミドを用いて構築した発現ベクターには、BHK21細胞やCHO細胞DG44株などが使用される。
【0032】
宿主細胞を形質転換するときには公知の方法を利用すればよい。例えば、リン酸カルシウム法、DEAEデキストラン法、リポフェクチン系のリポソームを用いる方法、プロトプラストポリエチレングリコール融合法、エレクトロポレーション法などが利用でき、使用する宿主細胞により適当な方法を選択すればよい(Molecular Cloning(3rd Ed.),Vol 3,Cold Spring Harbor Laboratory Press(2001))。
【0033】
形質転換細胞の選択・増殖には、一般に動物細胞を形質転換する時に行われる方法を使用すればよい。例えば、形質転換後の細胞は、CHO−S−SFMII培地(GIBCO−BRL)、IS CHO−V培地(アイエスジャパン)、YMM培地等無血清培地やMEMアルファ培地、RPMI培地、ダルベッコMEM培地(いずれもGIBCO−BRL)に5−10%程度のウシ胎児血清を添加した血清培地などの一般的に動物細胞培養に用いられる培地に、使用する選択マーカーに合わせてメトトレキサート、G418、ピューロマイシン等を添加した選択培地を用いて、適宜培地交換をしながら、37℃前後で10〜14日間程度培養される。この培養により、形質転換されていない細胞は死滅し、形質転換した細胞のみが増殖してくる。更に、形質転換細胞に対して、限界希釈法などの方法により、目的とするフィブリノゲン産生細胞株の選択及びクローン化が行われる。培養方法には、細胞の種類によってフィブリノゲンの検出・発現量の測定には、一般に蛋白質やポリペプチドの検出に用いられる方法、すなわち、ELISA,RIA,WB,SDS−PAGE等の方法を利用すれば良い。また、フィブリノゲンの活性であるクロッティングを直接測定しても良い。
【0034】
このようにして得られた本願発明の組換えフィブリノゲン産生細胞は、血清含有の培地中において細胞約5x10個/mlで播種し、4日間培養することによって培養液1mlあたり〜約100μgのフィブリノゲンを発現し、且つ無血清培地中においてもこのフィブリノゲン産生量を低下することなく増殖することができ、約1.6x10個/mlで播種し、約2週間のスピナー培養で培養液1mlあたり〜約270μgの産生量(潜在的な産生量として〜1520μg/ml)を達成できる有用な細胞である。また、さらに従来技術によるフィブリノゲンの産生量は最大約15μg/mlであったが、本発明によりP35遺伝子を導入した場合スピナー培養レベルで約42倍の産生量増強効果がもたらされた。また、P35遺伝子が導入された場合には単純計算で約704〜3952μg/mlの潜在的な産生量をもつと推定される。
従来のアポトーシス抑制活性による産生増強効果は、栄養状態の悪くなる培養後期、酪酸などのように細胞毒性を示す濃度域で発現増強活性を示すような薬剤や細胞毒性を示すような何らかの因子との混合培養などタンパク質産生細胞にアポトーシスを誘導する条件下での培養に置いて最も良く効果を示すと考えられてきた。本願発明は、このような特殊条件下でなく、一般的な培養条件下、すなわち通常の生存率が低下しない時期での培養にも効果を発揮する。この点が、これまでのアポトーシス抑制因子による産生量増強とは明確に異なる。本願発明は、フェドバッチ培養、パフュージョン培養など育種方法との併用も可能であるので組換え細胞のフィブリノゲン産生能をさらに増強することができる。ゆえに本発明は、従来では、動物細胞では生産が難しく、産業化が難しかったフィブリノゲン生産の事業化ならびに、すでに事業化されているフィブリノゲン生産においても更なる産生量増強による大幅なコストダウンを可能にするものである。
以下に、実施例を挙げて本願発明をさらに具体的に説明するが、この例示に限定されるものではない。なお、以下に示す実施例では、特に断りのない限り、和光純薬、宝酒造、東洋紡およびNew England BioLabs社、アマシャムファルマシア社、バイオラド社、シグマ社、ギブコBRL社製の試薬を使用した。
【実施例1】
【0035】
(フィブリノゲン遺伝子の単離)
ヒトフィブリノゲン遺伝子は、Human Liver Marathon−Ready cDNA(BD Bioscience)をテンプレートとし、プライマーとしてKozak配列および必要な酵素siteを加えたものをα鎖、β鎖、γ鎖用にそれぞれ2本ずつ作製し(配列番号1〜6)、Advantage HF−2 PCR Kit(BD Bioscience)を用いてキットのプロトコールに従ってPCR反応を行った。この結果、α鎖、β鎖、γ鎖それぞれにPCR増幅のバンドが検出された。そのサイズは既知のα鎖、β鎖、γ鎖cDNA遺伝子のサイズと一致していたため、これらの遺伝子をTAクローニングキット(インビトロジェン)を用いてクローニング(各々pFbgA、pFbgB、pFbgG)し、その塩基配列の決定をABI PRISM310 Genetic Analyzer(PEバイオシステムズ)を用いて行った。その結果、配列番号7〜9にそれぞれ示すFbgA、FbgB、FbgG遺伝子が得られた。
【実施例2】
【0036】
(フィブリノゲン遺伝子発現ベクターの構築)
本実施例に用いたフィブリノゲンβ鎖及びγ鎖遺伝子発現ベクターpCAGGD−GBならびに、フィブリノゲンα鎖及びγ鎖遺伝子発現ベクターpCAGGDN5−GAは以下のようにして構築した。pCAGGD−GBについては、まず、pCAGG−S1 dhfr(WO 03/004641)をBamHIにて消化し、T4 DNAポリメラーゼによる末端平滑化を行い、リン酸化NotIリンカー(宝)を用いてligationすることによりpCAGG−S1 dhfrNを構築し、これのSalIサイトにpFbgG由来のFbgG遺伝子のSalI断片を組込み、pCAGGD−Gを構築した。さらに、pCAGG(Xho)(WO 03/004641)をSalIで消化し、T4 DNAポリメラーゼによる末端平滑化を行い、リン酸化NotIリンカー(宝)を用いてligationすることによりpCAGG(Xho)Nを構築し、このプラスミドのXbaI−BamHIサイトに、pCAGG−S1(WO 03/004641)のSalIを含むXbaI−BamHI断片を組込み、得られたプラスミドのBamHIサイトを消化し、T4 DNAポリメラーゼによる末端平滑化を行い、リン酸化NotIリンカー(宝)を用いてligationすることによりpCAGG−S1 2Nを構築した。このpCAGG−S1 2NのSalIサイトにpFbgB由来のFbgB遺伝子のSalI断片を組込み、pCAGG−Bを構築した。pCAGGD−GのNotIサイトにpCAGG−BのFbgB遺伝子を含むNotI断片を組込み、最終的なフィブリノゲンβ鎖とγ鎖の発現ベクターpCAGGD−GB(図1)を構築した。
【0037】
一方、pCAGGDN5−GAについては、最初にpCAGG−S1 dhfr neo(WO 03/004641)を不完全なBamHI消化を行い、T4 DNAポリメラーゼによる末端平滑化後、そのまま自己ligationすることにより2つあるBamHIサイトのうちneo遺伝子の3’側にあるBamHIサイトを欠失させ、さらにBamHIで消化して、T4 DNAポリメラーゼによる末端平滑化後、リン酸化NotIリンカー(宝)を用いてligationすることによりpCAGG−S1 dhfr neoN(pCAGGDN5−NotI)を構築した。このpCAGG−S1 dhfr neoNのSalIサイトにpFbgG由来のFbgG遺伝子を含むSalI断片を挿入して構築したプラスミドのNotIサイトに、pCAGG−S1 2NのSalIサイトにpFbgA由来のFbgA遺伝子を含むSalI断片を挿入して構築したpCAGG−AのFbgA遺伝子を含むNotI断片を組込み、pCAGGDN5−GA(図1)を構築した。
【実施例3】
【0038】
(組換えフィブリノゲン発現細胞の作製:発現ベクターの細胞への導入、遺伝子増幅、クローニング)
実施例2で構築したフィブリノゲン発現プラスミドpCAGGD−GB及びpCAGGDN5−GAを用いて以下に述べる方法にて、CHO DG44(Urlaub Gら,Somatic cell.Mol.Genet.,12,555(1986)、以下CHO)細胞を形質転換した。形質転換の前日にCHO細胞を6wellプレートに1−0.5×10cells/2ml/wellの細胞密度で10%ウシ胎児血清(FCS、GIBCO−BRL社製)を含むYMM培地(インシュリン・トランスフェリン・エタノールアミン・亜セレン酸ナトリウムを含むアミノ酸・ビタミンを強化した核酸不含MEMアルファ培地)を用い播種した。37℃、5%CO培養装置で一夜培養の後、リポソーム系形質転換試薬、TransIT−LT1(宝)あるいはリポフェクトアミン2000(インビトロジェン)を用いて、あらかじめフィブリノゲン発現プラスミドpCAGGD−GB及びpCAGGDN5−GAを各々等量混合し、PvuIで消化・線状化しておいたものを導入DNAとして、それぞれのプロトコールに従いトランスフェクションを行った。37℃、5%CO培養装置で一夜培養した後、選択培地、10%透析FCS(d−FCS:GIBCO−BRL社製)、0.5mg/ml Geneticin(G418:GIBCO−BRL社製)、100nMメトトレキサート(MTX:和光純薬工業製)を含むYMM培地、あるいは10% d−FCS、0.5mg/ml G418を含むYMM培地に培地交換した。3〜4日毎に培地を交換しながら37℃、5%CO培養装置で培養を続けることで選択を行い、形質転換体を得た。
【0039】
得られた形質転換細胞のフィブリノゲン産生をELISAにて測定した。ELISAは以下に示す手順にて実施した。PBS(137mM NaCl,8mM NaHPO−12HO,2.7mM KCl,1.5mM KHPO)で10μg/mlに調製した抗ヒトフィブリノゲン・ウサギポリクローナル抗体(Dako Cytomation)100μlをイムノモジュールプレート(ヌンク C8−445101)にアプライし、4℃に一晩置くことで固相化を行った。固相化したプレートの抗体溶液を除き、PBS 390μlにて3回洗浄した。続いて、PBSで4倍に希釈したブロックエース(大日本製薬)を370μlアプライし、室温で30分から2時間、ブロッキングを行った。ブロッキング後、ブロッキング液を除き、サンプル(培養上清)およびスタンダードを100μlアプライした。サンプル(フィブリノゲン産生細胞の培養上清)は、PBSで10倍に希釈したブロックエースを用いて100〜800倍に希釈した。スタンダードには、Bolheal(化血研製:血漿由来のフィブリノゲンを含むバイヤル1を規定通りに溶解し、そのフィブリノゲン量を80mg/mlとして計算し、PBSで1mg/mlに希釈した。)をサンプルと同じ希釈液にて100ng/ml〜1ng/mlに希釈したものを用いた。サンプルおよびスタンダードは、プレートにアプライ後、37℃で1時間反応させた。反応終了後、洗浄液(0.05% Tween−20/PBS)390μlにて4回洗浄を行い、続いて、サンプル希釈に用いた溶液(PBSで10倍に希釈したブロックエース)で8000倍に希釈した抗ヒトフィブリノゲン・ウサギポリクローナル抗体・パーオキシダーゼ標識を100μlアプライし、37℃で1時間反応させた。反応終了後、洗浄液(0.05% Tween−20/PBS)390μlにて4回洗浄を行った。発色は、TMB Substrate Kit(Kirkegaard&Perry Laboratories,Inc.)100μlをアプライし、暗所で30分静置後、1規定硫酸100μlで反応を停止した。反応停止後30分以内に、プレートリーダー(モレキュラーデバイス)にて、450nm−650nmの吸光度を測定し、検量線からフィブリノゲン濃度を求めた。
【0040】
このELISAにてフィブリノゲン産生能の高い形質転換細胞を選び出し、次にMTX遺伝子増幅を行った。10% d−FCS、0.5mg/ml G418を含み、段階的にMTX濃度を上げたYMM培地に細胞を懸濁し、24wellプレートに5x10cells/0.5ml/wellにて播種し、3〜4日毎に培地を交換しながら37℃、5%CO培養装置で培養を続けることで選択を行い、高濃度のMTXに耐性の形質転換体を得た。表1にその代表的な結果を示す(表中「*」:細胞がコンフル時に新しい培地に完全に交換し、一夜培養した培養上清中の産生量)。
【0041】
【表1】

【0042】
このような組換えフィブリノゲン産生細胞のクローニングを行った。10% d−FCS、0.5mg/ml G418、100nM MTXを含むYMM培地に細胞を懸濁し、96wellプレートに1個/wellの濃度で200μl/wellずつ播種することで限界希釈によるクローニングを行った。得られたクローンについて、コンフル時に新しい培地に完全に交換し、一夜培養した培養上清中の産生量を調べたところ、〜56.8μg/mlに達するクローンが得られた。その中の一つのクローンCH002−24−4を10% d−FCS、0.5mg/ml G418、100nM MTXを含むYMM培地に細胞を懸濁し、6wellプレートに2x10cells/2ml/wellで播種し、4日間の培養を行い、培養上清中のフィブリノゲンの量をELISA法にて測定したところ、103.3μg/mlに達しており、組換え動物細胞によるフィブリノゲンの産生量として100μg/mlのオーダーを初めて超えたことを示した。
【実施例4】
【0043】
(産生されたフィブリノゲンのウエスタンブロット解析)
産生されたフィブリノゲンのウエスタンブロットを行った。フィブリノゲン・サンプルとして、CH001−1−2細胞を2×10cells/mlの密度で10% d−FCSを含むYMM培地を用い播種し、一夜培養し、翌日培地を、FCSを含まないYMM培地に交換し、37℃、5%CO培養装置で4日間培養後、その培養上清中に存在するフィブリノゲンを解析に用いた。
サンプルを5xSDS処理バッファー(0.3125M Tris,5% SDS,25%グリセロール,0.05%ブロモフェノールブルー,5% 2−メルカプトエタノールpH6.8)と1:4で混合し、100℃、5分間ボイルした。これらのサンプルをゲルとしてパジェル5−20%(ATTO)を使用し、泳動条件として40mA定電流、1.5時間で電気泳動を行った。泳動後、ゲルとImmobilon Transfer Membranes(以下Membrane:MILLIPORE)を密着させ、ホライズブロット(ATTO)を用いて100mA定電流、25分間でMembraneに泳動タンパク質をトランスファーした。Membraneはブロックエース(大日本製薬)原液で1時間室温にてブロッキングし、次に抗ヒトフィブリノーゲン・ウサギポリクローナル抗体(Dako Cytomation)0.55μg/mlを含む10%ブロックエース,0.05% Tween−20/TBS(50mM Tris,150mM NaCl pH7.5)に浸し、37℃、30分間振盪した。さらに0.05% Tween−20/TBSで5分振盪を3回繰り返して洗浄した後、さらにTBSで3回洗浄し、ブロックエース(大日本製薬)原液で5分間室温にてブロッキングした。続いて、10%ブロックエース,0.05% Tween−20/TBSにて3000倍に希釈されたGoat Anti−Rabbit IgG−Alkaline Phosphatase Conjugate(BIOSOURCE)溶液に浸し、37℃、30分間振盪した。0.05% Tween−20/TBSで5分振盪を3回繰り返して洗浄した後、さらにTBSで3回洗浄し、Phosphatase Substrate(KPL)で発色させた。
その結果を図2に示す。還元下において、CH001−1−2培養上清中に産生されたフィブリノゲンは血漿由来のフィブリノゲンを含むボルヒールと同じサイズの蛋白があることが確認された。また、これら3本のバンドは既知のフィブリノゲン各鎖の分子量と一致していた(α鎖;66kDa、β鎖;52kDa、γ鎖;46.5kDa)。
【実施例5】
【0044】
(組換えフィブリノゲン産生細胞の無血清培養)
組換えフィブリノゲン産生細胞の無血清培養時の産生能を調べた。実施例3において100μg/ml以上の産生量を示したクローンCH002−24−4を、PBSにて2回洗浄後、表2に示す培地(CHO−S−SFMII、IS CHO−Vは無血清培地、10%d−FCS/YMMは血清培地)にそれぞれ懸濁し、10cells/mlで2ml/well of 6wellプレートで播種し、4日間培養を行い、得られた細胞数のカウントと培養上清中のフィブリノゲン産生量を前述のELISAにて測定した。その結果、表2に示すように、1x10cells当たりのフィブリノゲン産生能は、血清培地(10%d−FCSを含むYMM培地)を用いた場合より高く、無血清培地でも血清培地と同等以上の産生能力があることが示された。このことは、一般的な高密度培養の場合1〜2x10cells/mlは達成可能であるので、培養条件さえ良ければ、単純計算で約440〜1520μg/ml以上のフィブリノゲンを産生させる潜在能力があることを示している。
【0045】
【表2】

【0046】
さらに、このCHO−S−SFMII培地で増殖したCH002−24−4細胞を、同じくCHO−S−SFMIIを基本とした無血清培地100mlに1.6x10cells/mlで播種し、techne社製のスピンナーフラスコを用いた約2週間の浮遊培養(回転数45rpm)で272.7μg/mlという、産生量を達成した。また、別クローンCH004−2A4−3細胞を同じく、CHO−S−SFMIIを基本とした無血清培地100mlに8x10cells/mlで播種し、techne社製のスピンナーフラスコを用いた約2週間の浮遊培養(回転数45rpm)で98.2μg/mlを達成している。このように、本願発明の方法により確立した細胞が、フィブリノゲン産生に関して無血清培地で〜約270μg/mlの産生量を達成し、これまでにない高産生細胞であることが示された。
【実施例6】
【0047】
(P35遺伝子のクローニングと発現ベクター構築)
バキュロウイルスAcNPV(Autographa california nuclear polyhedorosis virus:Invitrogenより購入)由来のウイルス液(2x10pf/ml)からプロテナーゼK処理、フェノール抽出によりウイルスゲノムを調製し、これを鋳型として、プライマーとしてKozak配列および必要な酵素siteを加えたものを5’用、3’用の2本作製し(配列番号10、11)、Advantage HF−2 PCR Kit(BD Bioscience)を用いてPCR反応を行った。PCR産物のサイズは既知のP35遺伝子のサイズと一致していたため、これをTAクローニング(Invitrogen)した。得られたプラスミドについて、その塩基配列の決定をABI PRISM310 Genetic Analyzer(PEバイオシステムズ)を用いて行った結果、文献(Friesen PD,Miller LK.,J Virol.61(7):2264−72.1987)の配列と同じ配列を持ったP35遺伝子クローン(配列番号12)が得られた。
【0048】
すでにフィブリノゲンを発現している細胞にP35遺伝子を導入するために、まず選択マーカーとしてpuromycin耐性遺伝子をもったベクターを構築した。23番目のセリンをアルギニンに変換した変異DHFRを持った発現プラスミドpCAGG−S1 mdhfr(WO 03/004641)のSapI、NotIサイト間にBamHIサイトを挿入するために、GGC CGC GGA TCC GCT CTT CC及びAGC GGA AGA GCG GAT CCG Cの2つのリンカーを合成し、リンカーライゲーションを行い、pCAGGM5を構築した。さらに、pCAGGM5のBamHI消化を行い、T4 DNAポリメラーゼによる末端平滑化後、XhoIリンカー(宝)を用いたリンカーライゲーションさせることによりXhoIを導入した。このプラスミドのXhoIサイトにpPGKPuro(Watanabe,S.,Kai,N.,Yasuda,M.,Kohmura,N.,Sanbo,M.,Mishina,M.,and Yagi,T.(1995).)のpuromycin耐性遺伝子を含むSalI断片を挿入してpCAGGMP5−NotIを構築した。次にこのプラスミドから変異DHFR(mdhfr)遺伝子を含むSalI−NotI断片を除き、代わりにpCAGGDN5−NotIのDHFR遺伝子を含むSalI−NotI断片を挿入してpCAGGDP5−NotIを構築した。pCAGGDP5−NotIのSalIサイトにPCRクローニングしたP35遺伝子のXhoI断片を挿入し、目的のpCAGGDP5−P35(図3)を構築した。
【実施例7】
【0049】
(P35遺伝子形質転換細胞)
実施例6で構築したP35発現プラスミドpCAGGDP5−P35を用いて以下に述べる方法にて、実施例3で得られた組換えフィブリノゲン産生クローン、CH002−24−4細胞を形質転換した。CH002−24−4細胞を12wellプレートに1−0.5×10cells/ml/wellの細胞密度でCHO−S−SFMII培地(GIBCO−BRL)を用い播種した。リポソーム系形質転換試薬であるリポフェクトアミン2000(インビトロジェン)を用いて、あらかじめP35発現プラスミドpCAGGDP5−P35をPvuIで消化・線状化しておいたものを導入DNAとして、リポフェクトアミン2000のプロトコールに従いトランスフェクションを行った。37℃、5%CO培養装置で一夜培養した後、選択培地として4μg/ml puromycin(BD Bioscience)を含むCHO−S−SFMII培地に交換した。3〜4日毎に培地を交換しながら37℃、5%CO培養装置で培養を続けることで選択を行い、形質転換体を得た。
【0050】
導入したP35遺伝子の効果を調べるために、得られたP35遺伝子形質転換体の一つであるP9GD細胞とその親株である2−24−4細胞をCHO−S−SFMII培地100mlに約1.0x10cells/mlで播種し、techne社製のスピンナーフラスコを用いた約2週間の浮遊培養(回転数45rpm)を行い、増殖曲線、生存率、フィブリノゲン産生量を調べた。その結果、図4に示すように、最大細胞密度でP9GD細胞が2.2x10cells/ml、2−24−4細胞が7.2x10cells/mlと約3倍に増加していた。また、P9GD細胞が50%生存率に達するのが2−24−4細胞に比べ3日遅くなった。結果として、培養15日目の産生量は、P9GD細胞が365.2μg/mlに対し2−24−4細胞は162.7μg/mlとなり約2.2倍に増加した。さらに、CHO−S−SFMII培地を基本とし栄養成分を強化した改良型無血清培地を用いて同様にスピナー培養を行ったところ、図5に示すように生存率ではほとんど差が無かったが、最大細胞密度ではP9GD細胞の2.5x10cells/mlに対し、2−24−4細胞が9.4x10cells/mlと約2.6倍に増加していた。さらに、培養15日での産生量については、P9GD細胞が463.7μg/mlに対し2−24−4細胞は295.6μg/mlとなり約1.6倍に増加した。
【0051】
P9GD細胞のクローニングを行った。CHO−S−SFMII培地を基本とした改良型無血清培地に細胞を懸濁し、96wellプレートに50個/200μl/wellずつ播種することでクローニングを行った。得られたクローンP9GD−10Cについて、P9GD細胞と同様にCHO−S−SFMII培地を基本とし栄養成分を強化した改良型無血清培地を用いて同様にスピナー培養を行ったところ、生存率、到達生細胞密度には差が無く、培養13日での産生量が631.5μg/mlとなり、2−24−4細胞の239.8μg/mlに対して約2.6倍に増加した(図6)。生存率、生細胞数に差がないことからP35の抗アポトーシス作用ではなく、P35のもつタンパク質生合成活性増強作用によって産生量が増大したと考えられた。
課題を解決するための手段の項で述べたように本発明以前に知られていたフィブリノゲンの最大産生量は約15μg/mlであったが、本発明によりP35遺伝子を導入した場合、スピナー培養レベルで631.5μg/mlとなり、約42倍の産生量増強効果がもたらされた。また、P35遺伝子導入の親株となった2−24−4細胞の潜在的なフィブリノゲン産生能力が440〜1520μg/ml以上と推定されているので、P35遺伝子が導入された場合には約1.6〜2.6倍の効果があることから、単純計算で約704〜3952μg/mlの潜在的な産生量をもつと推定される。このように、本願発明の方法により確立された細胞がこれまでにないフィブリノゲンを高産生する細胞であることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本願発明により得られる組換えヒトフィブリノゲン産生細胞は、フィブリノゲンを高産生するので、モノクローナル・ポリクローナル抗体を作製する際の抗原として、あるいは、抗ヒトフィブリノゲン抗体とフィブリノゲンとの結合に関する研究材料として利用できる。更に、本願発明で得られるフィブリノゲンは、血液由来のフィブリノゲンと異なり、フィブリノゲン以外の血液凝固や線溶関連の因子を含まない純粋なフィブリノゲンとして調製可能である。従って、血液凝固・線溶に関連した研究の研究材料としても有用である。また、フィブリノゲンを抗原として単独で又は種々の安定剤、保護剤、防腐剤等の添加物と共に用いることにより、各種疾病に対する病態悪化阻止、予防または治療剤等医薬品の提供を可能ならしめるものである。例えば、DICのような、血液凝固因子の消費状態の改善や先天性および後天性のフィブリノゲン欠乏症における補充療法に使用される。
【0053】
また、本願発明の組換えヒトフィブリノゲンは、フィブリンの膠着性を利用して組織接着剤として、止血、創傷部位の閉鎖、神経、腱、血管や組織などの接着または縫合補強、肺におけるエアーリークの閉鎖など広範にわたる治療、あるいは組織再生を目的とした再生医療の基剤に対する好適な薬として利用される。
このように、本願発明の方法により得られる組換えフィブリノゲン産生細胞及び当該細胞により得られる組換えヒトフィブリノゲンは、医療及び研究分野において多大なる貢献をするものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フィブリノゲンを高産生する組換えフィブリノゲン産生細胞を作製する方法であって、フィブリノゲンを構成するポリペプチドであるα鎖(及び/もしくはα鎖の異型)、β鎖及びγ鎖(及び/もしくはγ鎖の異型)をコードする遺伝子を、γ鎖(及び/もしくはγ鎖の異型)遺伝子の数がα鎖(及び/もしくはα鎖の異型)遺伝子及びβ鎖遺伝子の総数の1〜1000倍量となるように、動物細胞に組込むことを特徴とする組換えフィブリノゲン高産生細胞作製方法。
【請求項2】
γ鎖遺伝子の数がα鎖遺伝子及びβ鎖遺伝子の総数と同じであることを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項3】
α鎖及びγ鎖をコードする遺伝子を有するベクターとβ鎖及びγ鎖をコードする遺伝子を有する発現ベクターとを混合して用いることを特徴とする請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
α鎖及びγ鎖をコードする遺伝子を各1個ずつ有するベクターとβ鎖及びγ鎖をコードする遺伝子を各1個ずつ有する発現ベクターとを等量混合して用いることを特徴とする請求項3記載の方法。
【請求項5】
図1に記載の発現ベクターpCAGGD−GB及びpCAGGDN5−GAを等量混合し、これを動物細胞に組込むことを特徴とする請求項1ないし4の何れかに記載の方法。
【請求項6】
α鎖及びβ鎖をコードする遺伝子を有するベクターとγ鎖をコードする遺伝子を有する発現ベクターとを混合して用いることを特徴とする請求項1又は2記載の方法。
【請求項7】
α鎖をコードする遺伝子を有する発現ベクター、β鎖をコードする遺伝子を有する発現ベクター及びγ鎖をコードする遺伝子を有する発現ベクターを混合して用いることを特徴とする請求項1又は2記載の方法。
【請求項8】
SV40初期プロモーター、SV40後期プロモーター、サイトメガロウイルスプロモーター及びニワトリβ−アクチンプロモーターからなる群より選択されるプロモーター並びにアミノグリコシド3’ホスホトランスフェラーゼ(neo)遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子、ジヒドロ葉酸還元酵素(dhfr)遺伝子及びグルタミン合成酵素(GS)遺伝子からなる群より選択される遺伝子増幅用マーカー遺伝子を有する発現ベクターを用いることを特徴とする請求項1ないし7の何れかに記載の方法。
【請求項9】
ニワトリβ−アクチンプロモーター及びジヒドロ葉酸還元酵素遺伝子を有する発現ベクターを用いることを特徴とする請求項8記載の方法。
【請求項10】
α鎖をコードする遺伝子として、α鎖をコードする遺伝子及びその異型であるαE鎖をコードする遺伝子の両方もしくは何れか片方を組み込むことを特徴とする請求項1ないし9の何れかに記載の方法。
【請求項11】
γ鎖をコードする遺伝子として、γ鎖をコードする遺伝子及びその異型であるγ’鎖をコードする遺伝子の両方もしくは何れか片方を組み込むことを特徴とする請求項1ないし9の何れかに記載の方法。
【請求項12】
γ鎖をコードする遺伝子として、γ鎖をコードする遺伝子及びその異型であるγ’鎖をコードする遺伝子の両方もしくは何れか片方を組込み、且つ、α鎖をコードする遺伝子として、α鎖をコードする遺伝子及びその異型であるαE鎖をコードする遺伝子の両方もしくは何れか片方を組み込むことを特徴とする請求項1ないし9の何れかに記載の方法。
【請求項13】
動物細胞が、チャイニーズハムスター卵巣細胞(CHO細胞)、マウスミエローマ細胞、BHK細胞、293細胞及びCOS細胞からなる群より選択されることを特徴とする請求項1ないし12の何れかに記載の方法
【請求項14】
チャイニーズハムスター卵巣細胞(CHO細胞)がDG44株であることを特徴とする請求項13記載の方法。
【請求項15】
フィブリノゲンを高産生する組換えフィブリノゲン産生細胞を作製する方法であって、請求項1から14の何れかに記載の組換えフィブリノゲン高産生細胞作製方法に加えて、フィブリノゲンを構成するポリペプチドをコードする遺伝子と同時又は異なる時期に、バキュロウイルスP35遺伝子を動物細胞に組み込むことを特徴とする組換えフィブリノゲン高産生細胞作製方法。
【請求項16】
請求項1ないし15の何れかに記載の方法により得られた組換えフィブリノゲン高産生細胞。
【請求項17】
請求項15に記載の方法によって得られた組換え動物細胞を用いてアポトーシスを誘導しない条件下の培養方法で培養することによりフィブリノゲンを大量産生する方法。
【請求項18】
請求項16記載の組換え動物細胞を用いたフィブリノゲンの大量産生する方法において、フェドバッチ培養方法、潅流培養方法、栄養強化培地を用いた培養方法の何れかで培養することを特徴とするフィブリノゲンを大量産生する方法。
【請求項19】
請求項16記載の組換え動物細胞を用いたフィブリノゲンを大量産生する方法において、無血清培地を用いることを特徴とするフィブリノゲンを大量産生する方法。
【請求項20】
フィブリノゲンの産生量を約4000μg/mlまで増加させ得ることを特徴とする請求項17ないし19の何れかに記載のフィブリノゲンを大量産生する方法。
【請求項21】
請求項16記載の組換えフィブリノゲン高産生細胞を用いて産生されたフィブリノゲン。
【請求項22】
請求項17ないし20の何れかに記載の方法を用いて産生されたフィブリノゲン。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【国際公開番号】WO2005/010178
【国際公開日】平成17年2月3日(2005.2.3)
【発行日】平成19年10月4日(2007.10.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−512065(P2005−512065)
【国際出願番号】PCT/JP2004/010705
【国際出願日】平成16年7月28日(2004.7.28)
【出願人】(000173555)財団法人化学及血清療法研究所 (86)
【Fターム(参考)】