説明

組換え微生物及び当該微生物を用いた、鉄代謝系を標的とする薬剤のスクリーニング方法

【課題】本発明は、鉄に対する感受性及び薬剤耐性を共に有する微生物モデルであって、対象とする微生物が本来有する鉄獲得系遺伝子自身とその発現制御は天然に近い状態で維持しつつ、かつ培地中に遊離鉄が豊富な状態と遊離鉄が欠乏している状態とで、薬剤耐性が異なる組換え微生物モデルを構築することを課題とする。
【解決手段】本発明は、薬剤排出ポンプサブユニットタンパク質をコードする遺伝子を含む塩基配列が低鉄濃度応答配列の制御下で機能的に発現するように組み換えられていることを特徴とする組換え微生物を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物の鉄代謝系を標的とする薬剤のスクリーニングに適する組換え微生物及び当該微生物を用いたスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
緑膿菌、結核菌等の微生物感染症への化学療法では、微生物の薬剤耐性能獲得がしばしば問題となっている。また、このような薬剤耐性菌の問題の解決には、微生物の生存に必須な代謝系を標的とする薬剤が所望されている。
【0003】
ここで、ほぼ全ての細胞に必須の元素としては、鉄(Fe)が挙げられる。それは、呼吸、光合成、代謝反応(TCA回路)、酸素輸送、遺伝子発現制御、DNA合成など、様々な生体反応を触媒する酵素タンパク質と複合体を形成し機能するからである。しかしながら、現在の地球環境では酸化された状態の3価の鉄(Fe3+)の溶解度は極めて低く(10-18M, pH 7)、細胞増殖に必要な鉄イオン(10-7〜10-5M)を如何に獲得するかは細菌にとって死活問題であり、外環境にある低濃度の3価鉄を特異的に取り込むシステムを細菌は進化の過程で獲得してきた。さらに、細胞内に取り込まれた還元型の鉄(Fe2+)は活性酸素と反応(フェントン反応)することによって強力な細胞障害作用のあるヒドロキシラジカルを生成する。したがって、鉄取り込みに関与するシステムは、遺伝情報の発現も含め厳密に制御されている必要がある。
【0004】
動物は鉄に親和性をもつ鉄結合タンパク質であるトランスフェリン、ラクトフェリン、ヘモグロビン、フェリチン等を産生しているため、動物体内は細菌の増殖にとって極めて鉄が欠乏した環境である。例えば、緑膿菌が感染成立するためにはこの低濃度の鉄を獲得することが必須であり、そのために3価鉄に高い親和性をもつ低分子有機化合物であるシデロフォアであるピオベルジンを本菌は誘導合成する。このピオベルジン合成能欠損変異株は病原性が低下することが知られており、鉄取り込み系を含め鉄代謝系は新規抗菌剤の標的として興味がもたれている。
【0005】
かかる状況の下、鉄獲得系阻害物質のスクリーニング方法として、緑濃菌の野生株及び鉄獲得系に関与するTonB欠損株を用い、培地として、当該TonB欠損株が増殖できる培地(A)、及び当該TonB欠損株が増殖できない培地(B)を用い、それぞれに被検物質を添加して培養する方法が知られている。
【0006】
しかし、鉄獲得系が作動するためにはエネルギーの供給が必要であるが、そのエネルギー供給システムであるTonBを欠損した株を用いた評価系はTonBタンパク質が関与する過程のみを対象としており、鉄代謝系に関するより広範囲の代謝過程を標的とする様々な実験に供するためのモデルとしては満足するものではない。
【0007】
また、TonB欠損株は、当該鉄を含まない培地では増殖できないため、様々な培地を用いた実験に供するためのモデルとしては満足しないという問題があった。
【0008】
また、上記微生物の野生株を、鉄獲得系阻害物質のスクリーニングに用いようとした場合、ある鉄濃度で当該株を培養した際に、低鉄濃度で発現する鉄獲得系が機能して鉄取り込みを行っている状態なのか、当該鉄獲得系が機能しなくても当該株が増殖できる環境にあるのかを判別することはできない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2001−299380
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、鉄に対する感受性及び薬剤耐性を共に有する微生物モデルであって、対象とする微生物が本来有する鉄獲得系遺伝子自身とその発現制御は天然に近い状態で維持しつつ、かつ培地中に遊離鉄が豊富な状態と遊離鉄が欠乏している状態とで、薬剤耐性が異なる組換え微生物モデルを構築することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記のような状況の下、鋭意研究した結果、薬剤排出ポンプサブユニットタンパク質をコードする遺伝子を含む塩基配列が低鉄濃度応答配列の制御下で機能的に発現するように遺伝子組換えをした微生物を使用することにより、上記課題を解決できることを見出した。
【0012】
従って、本発明は、以下の項を提供する:
項1.薬剤排出ポンプサブユニットタンパク質をコードする遺伝子を含む塩基配列が低鉄濃度応答配列の制御下で機能的に発現するように組み換えられていることを特徴とする組換え微生物。
【0013】
項2.薬剤排出ポンプサブユニットタンパク質をコードする遺伝子を欠損した微生物の低鉄濃度応答性配列の下流に、薬剤排出ポンプサブユニットタンパク質をコードする遺伝子を含む塩基配列を導入し、低鉄濃度環境下で薬剤排出ポンプが低鉄濃度応答性配列の制御下に機能的に発現するように組み換えられている項1の組換え微生物。
【0014】
項3.薬剤排出ポンプサブユニットタンパク質をコードする遺伝子からなるオペロンの上流に、低鉄濃度応答性配列を含む塩基配列を導入し、低鉄濃度環境下で薬剤排出ポンプが低鉄濃度応答性配列の制御下に機能的に発現するように組み換えられている項1の組換え微生物。
【0015】
項4.薬剤排出ポンプサブユニットタンパク質がmexA遺伝子、mexB遺伝子及びoprM遺伝子からなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子にコードされる項1〜3のいずれか1項に記載の組換え微生物。
【0016】
項5.前記薬剤排出ポンプサブユニットタンパク質をコードする遺伝子を含む塩基配列又は低鉄濃度応答性配列を含む塩基配列が相同組換えによって微生物核ゲノム内に導入されている項2〜4のいずれか1項に記載の組換え微生物。
【0017】
項6.(1)項1〜5のいずれか1項に記載の組換え微生物を、低鉄濃度環境下、かつ指標薬剤及び被検物質の存在下で培養する工程、及び
(2)前記工程(1)で培養した組換え微生物について、被検物質による生育阻害効果を評価する工程
を含む、鉄代謝活性阻害剤のスクリーニング方法。
【0018】
項7.(3)野生型微生物を、高鉄濃度環境下かつ指標薬剤及び被検物質の存在下で培養する工程、
(4)前記工程(3)で培養した野生型微生物について、被検物質による生育阻害効果を評価する工程、及び
(5)工程(2)で評価した組換え微生物の生育阻害効果と、工程(4)で評価した野生型微生物の生育阻害効果を比較する工程をさらに含む、
項6に記載の方法。
【0019】
項8.前記指標薬剤がクロラムフェニコール、アズトレオナム、又はシプロフロキサシンである項6又は7に記載の方法。
【発明の効果】
【0020】
本発明の組換え微生物は、対象とする微生物が本来有する鉄獲得系に関与する因子群をコードする遺伝子自身とその発現制御は天然に近い状態で維持しつつ、かつ培地中に遊離鉄が豊富な状態と遊離鉄が欠乏している状態とで、薬剤耐性が異なるという特徴を有する。従って、本発明の組換え微生物は、鉄獲得系を標的とする薬剤をスクリーニングするための種々の試験系を構築することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】図1〜3は、mexA、mexB及びoprMの塩基配列を示す。MexAB-OprM排出ポンプを構成する各サブユニットをコードする遺伝子は上流よりmexA-mexB-oprMの順番でオペロンを形成している。各遺伝子の開始コドン(ATG)上流にある下線配列は推定シャイン・ダルガーノ配列(SD配列)を示す。また、mexA遺伝子上流の破線を付した配列(26塩基)は逆向きに存在する遺伝子の開始部分を表し、oprM遺伝子下流の破線を付した配列(18塩基)は逆向きに存在する遺伝子の終始コドンまでのC末端部分を表す。
【図2】図1〜3は、mexA、mexB及びoprMの塩基配列を示す。
【図3】図1〜3は、mexA、mexB及びoprMの塩基配列を示す。
【図4】図4〜5は、fpvAの塩基配列を示す。fpvA遺伝子上流の下線配列は推定シャイン・ダルガーノ(SD)配列、上流の破線を付した配列(18塩基)はfpvA遺伝子上流に順向きに存在するpvdE遺伝子の終止コドンを含むC末端領域、下流の破線を付した配列(29塩基)は逆向きに存在するpvdD遺伝子の終始コドンまでのC末端部分を表す。
【図5】図4〜5は、fpvAの塩基配列を示す。
【図6】図6は、実施例4におけるウエスタンブロットの結果を示す。
【図7】図7は、実施例5及び6におけるpvdS欠損のpyoverdine産生に及ばす影響を示す。
【図8】図8は、実施例8におけるウエスタンブロットの結果を示す。
【図9】図9は、実施例3における鉄代謝応答シグナル伝達系を標的としたスクリーニングの結果を示す。スポット1, 化合物#1 (1 μlスポット); スポット2, 化合物#2(1 μlスポット); スポット3, 化合物#3(1 μlスポット); スポット4, 化合物#4(1 μlスポット); スポット5, 化合物#5(1 μlスポット); スポット6, 化合物#6(1 μlスポット); スポット7, 化合物#7(1 μlスポット); スポット8, 化合物#8(1 μlスポット); スポット9, 化合物#9(1 μlスポット); スポット10, 化合物#10(1 μlスポット); スポット11, 化合物#11(1 μlスポット); スポット12, 化合物#12(1 μlスポット); スポット13, 化合物#13(1 μlスポット); スポット14, DMSO(1 μlスポット); スポット15, 化合物#1 (0.5 μlスポット)右向き白矢印は化合物#1(ethyl 2-[(1-acetyl-4-piperidyl)carbonylamino]-4,5,6,7-tetrahydrobenzo[b]thiophene-3-carboxylate) 1 μl (3.79 μg相当)、左向き白矢印は化合物#1 0.5 μl (1.89 μg相当)のスポットを示す。
【発明を実施するための形態】
【0022】
組換え微生物
本発明は、薬剤排出ポンプサブユニットタンパク質をコードする遺伝子を含む塩基配列が低鉄濃度応答配列の制御下で機能的に発現するように組み換えられていることを特徴とする組換え微生物を提供する。
【0023】
遺伝子組換えの設計としては、通常の鉄濃度環境下又は高鉄濃度環境下では薬剤排出ポンプサブユニットタンパク質が実質的に発現せず、低鉄濃度環境下において低鉄濃度応答配列の制御下で当該薬剤排出ポンプサブユニットタンパク質が機能的に発現するよう組み換えられているものであれば特に限定されないが、例えば、
薬剤排出ポンプサブユニットタンパク質をコードする遺伝子を欠損した微生物の低鉄濃度応答性配列の下流に、薬剤排出ポンプサブユニットタンパク質をコードする遺伝子を含む塩基配列を導入する方法;
薬剤排出ポンプサブユニットタンパク質をコードする遺伝子からなるオペロンの上流に、低鉄濃度応答性配列を含む塩基配列を導入する方法
等が挙げられる。
【0024】
本発明において用いる微生物の種類としては、例えば、グラム陽性菌及びグラム陰性菌の両方が含まれる。グラム陽性菌としては、黄色ブドウ球菌、連鎖球菌、放線菌、結核菌およびその他の抗酸菌等が挙げられ、グラム陰性としては、緑膿菌、大腸菌、アグロバクテリウム、フザリウム、アシネトバクター等が挙げられるが、これらに特に限定されるものではない。
【0025】
微生物の中には、抗生物質等を菌体外へ排出する薬剤排出ポンプを備えているものがあり、これにより、自然耐性能と並んで獲得耐性能を有するものがある。本発明においては、当該薬剤排出ポンプサブユニットをコードする遺伝子が低鉄濃度応答性配列の制御下に配置されるように組み換えることによって、当該薬剤排出ポンプサブユニットをコードする遺伝子は、低鉄濃度環境下でのみ発現する。従って、本発明によれば、当該微生物が本来有する鉄獲得系を欠損させることなく、鉄に対する応答性を有する組換え微生物を得ることができる。
【0026】
薬剤排出ポンプサブユニットタンパク質をコードする遺伝子としては、mexA、mexB、oprM、qacA、qacB、qacC、これらの組合わせ等が挙げられ、mexA、mexB、oprM等が好ましく、oprMが特に好ましい。図1〜3に、mexA、mexB及びoprMの塩基配列を示す(配列番号1〜3)。従って、本発明の好ましい実施形態において、薬剤排出ポンプサブユニットタンパク質をコードする遺伝子を含む塩基配列としては、例えば、配列番号1〜3、より好ましくは配列番号3で示される塩基配列が挙げられる。また、上記薬剤排出ポンプサブユニットタンパク質をコードする遺伝子を含む塩基配列には、配列番号1〜3で示される塩基配列だけでなく、当該塩基配列において1若しくは数個の塩基が欠失、置換、付加及び/又は挿入された塩基配列も含まれる。
【0027】
低鉄濃度応答性配列としては、低鉄濃度に応答して下流の遺伝子を発現する制御配列であれば特に限定されないが、iron BoxやtonB、fur等、制御タンパク質をコードする塩基配列、これらのタンパク質が結合する塩基配列、これらの配列の組合わせ等が挙げられる。例えば、緑濃菌の場合、低鉄濃度に応答して、fpvI及びpvdS遺伝子がコードする制御因子(タンパク質)であるFpvIおよびPvdS が発現し、これらがfpvA遺伝子の上流にある制御領域に結合することによってfpvA遺伝子の発現が上昇することが知られている。
【0028】
上記のように、本発明には、薬剤排出ポンプサブユニットタンパク質をコードする遺伝子を欠損した微生物の低鉄濃度応答性配列の下流に、薬剤排出ポンプサブユニットタンパク質をコードする遺伝子を含む塩基配列を導入する実施形態が含まれる。当該実施形態においては、上記薬剤排出ポンプサブユニットタンパク質を配置する位置としては、低鉄濃度環境下で薬剤排出ポンプが機能的に発現するような位置であれば特に限定されず、例えば、低鉄濃度応答性配列の直下であってもよく、また、低鉄濃度応答性配列の下流に鉄獲得系に関与するタンパク質をコードする遺伝子を配置し、その下流に薬剤排出ポンプサブユニットタンパク質を配置してもよい。
【0029】
鉄獲得系に関与するタンパク質をコードする遺伝子としては、特に限定されないが、シデロフォア-Fe3+複合体受容体、シデロフォア合成酵素系、鉄取り込みに必要なエネルギー供給系等をコードする遺伝子が挙げられる。より具体的には、fpvA、fptA、pvdA、pvdD、pvdE、pvdF、pvdH、pvdI、pvdJ、pvdL、tonB等が挙げられる。図4〜5に、fpvAの塩基配列を示す(配列番号4)。 fpvAは、低鉄濃度に感度良く応答するため好ましいが、鉄獲得系に関与するタンパク質をコードする遺伝子はfpvAに限られない。
【0030】
また、上記鉄獲得系に関与するタンパク質をコードする遺伝子には、fpvA、fptA、pvdA、pvdD、pvdE、pvdF、pvdH、pvdI、pvdJ、pvdL、tonB等の塩基配列だけでなく、当該塩基配列において1若しくは数個の塩基が欠失、置換、付加及び/又は挿入された塩基配列も含まれる。
【0031】
本発明の組換え微生物は、薬剤排出ポンプサブユニットタンパク質をコードする遺伝子を欠損した微生物に、薬剤排出ポンプサブユニットタンパク質をコードする遺伝子を含む塩基配列を導入することにより作製することができる。
【0032】
本発明の組換え微生物の作製に用いるベクターとしては、プラスミドベクター、アデノウイルスベクター、レトロウイルスベクター等いずれのベクターであっても利用できる。
【0033】
当該ベクターに薬剤排出ポンプサブユニットタンパク質をコードする遺伝子を含む塩基配列をクローニングする方法としては、自体公知の方法を用いて行うことができる。前述した、薬剤排出ポンプサブユニットタンパク質を鉄獲得系に関与するタンパク質をコードする遺伝子の下流に配置する実施形態においては、鉄獲得系に関与するタンパク質をコードする遺伝子の全部又は一部(好ましくは下流側の部分)及びその下流に薬剤排出ポンプサブユニットタンパク質を含むベクターを用いる方法を使用することができる。例えば、オーバーラップPCR法を用いて、鉄獲得系に関与するタンパク質をコードする遺伝子の少なくとも一部を含む塩基配列の直下に、薬剤排出ポンプサブユニットタンパク質をコードする遺伝子を含む塩基配列を配置した組換え遺伝子を作製し、これをベクターに導入する方法等が挙げられる。
【0034】
当該ベクターを用いて目的遺伝子を導入する方法についても、自体公知の方法に従い行うことができる。また、前記塩基配列を、相同組換えによって微生物核ゲノム内に導入するように設計してもよい。例えば、上記ベクターを用いて遺伝子導入を行い、2点交叉法にて、染色体上にある低鉄濃度応答性配列の直下又は鉄獲得系に関与するタンパク質をコート゛する遺伝子の直下に薬剤排出ポンプサブユニットタンパク質をコードする遺伝子を含む塩基配列を挿入すること等もできる。また、ベクター上に、低鉄濃度応答性配列、薬剤排出ポンプサブユニットタンパク質をコードする遺伝子、及び必要に応じて(薬剤排出ポンプサブユニットタンパク質遺伝子の上流に)鉄獲得系に関与するタンパク質をコードする遺伝子を全て含むコンストラクトを構築し、これを導入してもよい。
【0035】
また前述のように、本発明の組換え微生物には、薬剤排出ポンプサブユニットタンパク質をコードする遺伝子からなるオペロンの上流に、低鉄濃度応答性配列を含む塩基配列を導入し、低鉄濃度環境下で薬剤排出ポンプが低鉄濃度応答性配列の制御下に機能的に発現するように組み換えられている組換え微生物が含まれる。
【0036】
本発明によれば、薬剤排出ポンプサブユニットタンパク質をコードする遺伝子が低鉄濃度応答配列の制御下で機能的に発現するという特徴に起因して、鉄獲得系に関与するタンパク質をコードする遺伝子を欠損することなく、培地中に遊離鉄が豊富な状態と遊離鉄が欠乏している状態とで薬剤耐性が異なる組換え微生物を得ることができる。
【0037】
また、薬剤排出ポンプサブユニットタンパク質をコードする遺伝子の欠損もなく、薬剤排出ポンプサブユニットタンパク質をコードする遺伝子及び/又は低鉄濃度応答性配列を導入もしていない野生型微生物の場合、ある鉄濃度での培養により当該微生物が増殖していても、鉄獲得又は鉄代謝シグナル伝達系が発現している状態なのか否かを判別することができない。しかし、本発明の組換え微生物を指標薬剤の存在下で培養した場合、上記鉄獲得又は鉄代謝シグナル伝達系が発現しない鉄濃度では薬剤排出ポンプサブユニットタンパク質が発現しないため、指標薬剤を排出できず、増殖ができない。従って、本発明の組換え微生物を指標薬剤の存在下で培養した際、当該微生物が増殖できるような場合、当該鉄濃度で、上記鉄獲得又は鉄代謝シグナル伝達系が発現していることが分かる。
【0038】
従って、当該鉄濃度で、指標薬剤に加えて被検物質の存在下で本発明の組換え微生物を培養することにより、当該組換え微生物が鉄獲得又は鉄代謝シグナル伝達系が発現しているか又は発現すべき状態であることを確保しつつ被検物質の効果を試験することができる。従って、鉄獲得又は鉄代謝シグナル伝達系を標的とする被検物質のスクリーニングに非常に有用である。
【0039】
また、本発明の組換え微生物においては、さらに鉄代謝系の因子の少なくとも1つを欠損させてもよい。本発明の組換え微生物は、薬剤排出ポンプサブユニットは鉄代謝系活性化に伴い発現させるように設計しているため、かかる鉄代謝系の因子あるいは制御因子の一部を欠損させることにより、薬剤排出ポンプの発現、機能を抑制することができる。かかる欠損を有する組換え微生物とそうでない組換え微生物に対する被検査物質の生育阻害活性を比較することで、当該被検査物質が標的とする因子を特定し得るため、非常に有用である。
【0040】
鉄代謝系のシグナル伝達系に関していくつかの因子が関与することが知られている。例えば、欠損させる鉄代謝系の因子としては、pvdS等が挙げられる。PvdSはそのような制御因子の一つであり、鉄欠乏条件下でPvdSが介在するシグナル伝達系が活性化し、3価鉄イオンを結合したピオベルジンの外膜受容体であるFpvAをコードするfpvA遺伝子の発現を誘導する。すなわち、pvdS欠損変異株ではfpvA遺伝子の発現が抑制されることが知られている。
【0041】
スクリーニング方法
本発明は、前記組換え微生物を用いた、鉄代謝活性阻害剤のスクリーニング方法を提供する。尚、本発明において、「鉄代謝活性阻害剤」とは、鉄欠乏条件下で細菌が鉄獲得のために発動する鉄獲得又は鉄代謝シグナル伝達系を阻害する薬剤を意味する。
【0042】
好ましい実施形態において、本発明は、以下の工程(1)〜(2)を含むスクリーニング方法を提供する:
(1)前記組換え微生物を、低鉄濃度環境下、かつ指標薬剤及び被検物質の存在下で培養する工程、及び
(2)前記工程(1)で培養した組換え微生物について、被検物質による生育阻害効果を評価する工程。
【0043】
工程(1)
当該実施形態においては、前記組換え微生物を、低鉄濃度環境下、かつ指標薬剤及び被検物質の存在下で培養する工程を行う。
【0044】
本工程に用いるベースとなる培地としては、当該組換え微生物を増殖できるものであれば特に限定されず、ミューラーヒントン培地、L-培地、単純合成培地等が挙げられる。本工程においては、遊離鉄の濃度が低い環境をもたらすため、上記培地に、鉄キレート剤を添加する。鉄キレート剤としては、ジピリジル、EDTA (ethylenediaminetetraacetic acid)、EDDHA (ethylenediamine di(o-hydroxy)phenylacetic acid)等が挙げられる。これらの鉄キレート剤は、1種単独で、又は2種以上を組合わせて用いることができる。鉄キレート剤の配合量としては、上記低鉄濃度応答性配列が機能する程度に遊離鉄の濃度が低減できれば特に限定されないが、例えば、ジピリジル300〜600 μM、好ましくは400〜500 μMの範囲で設定できる。
【0045】
本工程は、さらに培地に指標薬剤を添加した状態で行う。指標薬剤としては、菌体生育を阻止しうるが薬剤排出ポンプで排出される化合物を用いる。指標薬剤としては、例えば、クロラムフェニコール、アズトレオナム、シプロフロキサシン等が挙げられる。指標薬剤の培地中の濃度としては、薬剤排出ポンプが機能していない状態で菌体生育を阻止しうる範囲であれば特に限定されないが、例えば、0.1〜20μg/mlの範囲で設定できる。また、例えば、クロラムフェニコールの場合、10〜20μg/ml、アズトレオナムの場合、0.2〜1.56μg/ml、より好ましくは、0.5〜1.0μg/mlの範囲で設定できる。
【0046】
本工程においては、組換え微生物は、低鉄濃度環境にあるため、低鉄濃度応答性配列の制御下にある薬剤排出ポンプサブユニットタンパク質をコードする遺伝子が発現する。上記指標薬剤存在下での培養で増殖した組換え微生物は、薬剤排出ポンプが機能している状態、すなわち多剤耐性状態にあると考えられる。
【0047】
本培養工程(1)は、さらに被検物質を存在させた状態で行う。その際、被検物質を存在させる方法は特に限定されず、例えば、本発明の組換え微生物及び指標薬剤を含む寒天培地の上に、1種又は複数の被検物質(例えば、化合物ライブラリ)を含むペーパーディスクを載せる方法、本発明の組換え微生物、指標薬剤及び被検物質を全て含む液体培地を用いる方法等が挙げられる。また、より詳細な検討のため、当該工程(1)においては、段階希釈した被検物質を含む培地又はペーパーディスクを用いて組換え微生物を培養してもよい。
【0048】
工程(2)
上記工程(1)で培養した組換え微生物について、被検物質による生育阻害効果を評価する。
【0049】
被検物質による生育阻害効果は、組換え微生物の増殖の有無により評価できるが、例えば、上記工程(1)で化合物ライブラリを含むペーパーディスクを載せる方法を用い、当該工程(2)で生育阻止ゾーンが出現するか否かにより評価する方法等が挙げられる。本発明の方法においては、当該培地として、上記鉄キレート剤を添加した低鉄濃度の培地を用いているため、組換え微生物の薬剤排出ポンプが発現、機能した状態での被検物質の影響が評価できるため、非常に有用である。かかる状態で生育阻害効果を示した場合、当該被検物質は、薬剤耐性を獲得した微生物に対して生育阻害効果を期待できる。
【0050】
工程(3)
また、上記工程(1)及び(2)に加え、さらに高鉄濃度環境下かつ指標薬剤及び被検物質の存在下で培養した野生型微生物に対する被検物質の生育阻害効果を評価し、これと上記工程(2)の組換え微生物に対する被検物質の生育阻害効果の評価とを比較してもよい。当該工程としては、例えば、段階希釈した被検物質を含む培地を用いて野生型微生物を培養する方法等が挙げられる。
【0051】
高鉄濃度環境の培地としては、例えば、上記低鉄濃度の培地において、鉄キレート剤を添加していないもの等を用いることができる。
【0052】
工程(4)及び(5)
当該実施形態においては、前記工程(3)で培養した野生型微生物について、被検物質による生育阻害効果を評価し(工程(4))、工程(2)で評価した組換え微生物の生育阻害効果と比較する(工程(5))。
【0053】
培養培地としては、高鉄濃度の培地を用いるため、微生物内に遊離鉄が十分に存在している状態、すなわち低鉄環境での鉄取り込み系が機能しなくても微生物が生育できる環境での被検物質の影響が評価できる。
【0054】
上記工程(2)において低鉄濃度で、被検物質が組換え微生物の生育阻害効果を示し、かつ工程(4)において高鉄濃度で、被検物質が野生型微生物の生育阻害効果を示さなかった場合、当該被検物質は薬剤排出系よりも鉄取り込み系に影響を与えていることが予測される。一方、上記工程(2)において低鉄濃度で、被検物質が組換え微生物の生育阻害効果を示し、かつ工程(4)において、高鉄濃度で被検物質が野生型微生物の生育阻害効果を示した場合、鉄取り込み系よりも薬剤排出系に影響を与えていることが予測される。
【0055】
また、コントロール試験として、低鉄濃度環境下、被検物質の存在下、かつ指標薬剤の非存在下で培養した上記組換え微生物に対する被検物質の生育阻害効果を評価し、これと上記工程(2)の指標薬剤存在下での組換え微生物に対する被検物質の生育阻害効果の評価とを比較してもよい。
【0056】
また、コントロール試験として、高鉄濃度環境下、被検物質の存在下、かつ指標薬剤の非存在下で培養した野生型微生物に対する被検物質の生育阻害効果を評価し、これと上記工程(2)の組換え微生物に対する被検物質の生育阻害効果の評価とを比較してもよい。当該試験は、指標薬剤を添加しないこと以外、上記(3)〜(5)と同様にして行うことができる。
【0057】
上記工程(2)において低鉄濃度で、被検物質が組換え微生物の生育阻害効果を示し、かつ上記コントロール試験において、高鉄濃度で被検物質が野生型微生物の生育阻害効果を示した場合、当該被検物質は、鉄取り込み系、薬剤排出系等に特異的に作用するのではなく、非特異的な細胞毒性を有するものであることが予測される。
【実施例】
【0058】
以下、実施例を用いて本発明を更に詳細に説明する。ただし、本発明は、本実施形態に限定されるものではない。
【0059】
実施例1 OprM欠損株のfpvA遺伝子直下にoprM遺伝子を導入した組換え株の作製
(1-1) fpvA遺伝子断片の増幅
fpvA遺伝子のオープンリーディングフレーム(ORF)は全長2,448 bpであるが、その内C末端側1428 bpを増幅するために、フォワードプライマー(5’-ATTAAGCTTAATCCCGACACCATGCTTAC-3’ 配列番号5)およびリバースプライマー(5’-GATCTAGATCAGAAGTCCCAGCGAGTG-3’ 配列番号6)を用い、緑膿菌PAO1より分離した染色体を鋳型としてPCRを行った。PCR増幅反応には、TaKaRa PrimeStar HSを用い、94℃、2分間鋳型DNAを変性し、98℃、10秒間;68℃、2分間の反応を30サイクル行った後、68℃、5分間の反応で断片を完全伸長させた後、4℃で増幅産物を保持した。PCR装置は、PCR Thermal Cycler Dice Gradient(タカラバイオ株式会社)を用いた。増幅断片をアガロースゲル電気泳動にて確認したところ、約1,500 bpの増幅産物を確認することができた。
【0060】
(1-2) oprM遺伝子の増幅
oprM遺伝子のORF(全長1,458 bp)に加えSD配列を含む開始コドンより上流35 bpを有するoprM遺伝子断片を増幅するために、フォワードプライマー(5’-TGTCTAGACAAGCAGCAGGCGTCCGTC -3’ 配列番号7)およびリバースプライマー(5’-TGACCCGGGTGTTCTACGTGGCGGTCAG-3’ 配列番号8)を用い、緑膿菌PAO1より分離した染色体を鋳型としてPCRを行った。PCR増幅反応には、TaKaRa PrimeStar HSを用い、94℃、2分間鋳型DNAを変性し、98℃、10秒間;68℃、2分間の反応を30サイクル行った後、68℃、5分間の反応で断片を完全伸長させた後、4℃で増幅産物を保持した。PCR装置は、PCR Thermal Cycler Dice Gradient(タカラバイオ株式会社)を用いた。増幅断片をアガロースゲル電気泳動にて確認したところ、約1,500 bpの増幅産物を確認することができた。
【0061】
(1-3) fpvA遺伝子下流領域の増幅
fpvA遺伝子下流領域1,487 bpを増幅するために、フォワードプライマー(5’-GGCCCCGGGGCCCGACTGCGAAAAAC-3’ 配列番号9)、リバースプライマー(5’-CGAATTCGCACGCAACTGGTGGGATAC-3’ 配列番号10)を用い、緑膿菌PAO1より分離した染色体を鋳型としてPCRを行った。PCR増幅反応には、KOD plus-Neo(東洋紡) を用い、94℃、2分間鋳型DNAを変性し、98℃、10秒間;68℃、1分間の反応を30サイクル行った後、68℃、5分間の反応でDNA断片を完全伸長させ、その後、4℃で増幅産物を保持した。PCR装置は、PCR Thermal Cycler Dice Gradient(タカラバイオ株式会社)を用いた。増幅断片をアガロースゲル電気泳動にて確認したところ、約1,500 bpの増幅産物を確認することができた。
【0062】
(1-4) pK19mobsacBベクターへのfpvA遺伝子下流領域のクローニング
(1-3)で得たfpvA遺伝子下流領域をEcoR I(タカラバイオ株式会社)およびSma I(タカラバイオ株式会社)で順次処理し、予めEcoR I、Sma Iおよびバクテリアルアルカリフォスファターゼ(東洋紡)で処理しておいたpK19mobsacBと混合し、DNAライゲーションキットMighty Mix(タカラバイオ株式会社)を用いて連結反応を16℃にて一晩行った。連結反応後のDNA溶液を、E. coli JM109のコンピタント細胞にエレクトロポレーション法にて導入し、形質転換した。エレクトロポレーション装置は、GenePulser II(バイオラッド社)を用い、設定条件は2.5 kV、25 μF、200 Ωである。回収した細胞を12.5 μg/mlのカナマイシンを含むL寒天平板培地に塗布し、37℃にて一晩培養した。生育したコロニーをダイレクトコロニーPCRによりpK19mobsacBにfpvA遺伝子下流領域が挿入されているか判別した。コロニーを鋳型とし、PCR増幅反応にはTaKaRa Ex taqを用い、94℃、2分間鋳型DNAを変性し、98℃、10秒間;68℃、2分間の反応を30サイクル行った後、68℃、5分間の反応で断片を完全伸長させ、その後、4℃で増幅産物を保持した。PCR装置は、PCR Thermal Cycler Dice Gradient(タカラバイオ株式会社)を用いた。増幅断片をアガロース電気泳動にて確認したところ、約1,500 bpの増幅産物を有する菌株があり、これをfpvA遺伝子下流領域保持菌株とした。使用プライマーについては、(1-3)と同様であった。
【0063】
(1-5) 形質転換体からのプラスミド分離と分離プラスミドの解析
fpvA下流領域保持菌株を12.5 μg/mlのカナマイシンを含む4 mlのL液体培地に植菌し、37℃にて一晩培養後、1.5 mlの菌液をマイクロチューブに移し、遠心(12,000 rpm、23℃、5 分間)して細胞を回収した。この細胞を氷冷した100 μlの溶液1(25 mM Tris-Hcl、10 mM EDTA、50 mM Glucose、pH 8.0)に懸濁後、200 μlの溶液2(0.2 N NaOH、1% SDS)を加えて穏やかに混和した(室温、5分間)。その後、150 μlの溶液3(3 M potassium-acetate)を添加後、氷上にて5分間静置した。この溶液を遠心後(12,000 rpm、23℃、5 分間)、上清を新たなマイクロチューブに回収し、400 μlのフェノール・クロロホルム(1 : 1)混合溶液を加えて、室温にて約5分間混合した。この溶液を遠心後(12,000 rpm、23℃、5分間)、回収した上清に1 mlのエタノールを添加して混合後、室温にて5分間静置し、遠心分離(12,000 rpm、23℃、5分間)した。得られた沈殿を500 μlの70%エタノールで洗浄した後、乾燥させ、RNaseA(20 μg/ml)を含むTE(10 mM Tris-HCl、1 mM EDTA、pH 8.0)30 μlに溶解した。得られたプラスミドの挿入断片(fpvA遺伝子下流領域)の塩基配列をBigDye Terminator v1.1(アプライドバイオシステムズ社)のプロトコルに従い、ABI Prism(アプライドバイオシステムズ社)にて解析した。
【0064】
(1-6) fpvA遺伝子下流領域を挿入したpK19mobsacBベクターへのoprM遺伝子のクローニング
(1-2)で得たoprM遺伝子をXba I(タカラバイオ株式会社)およびSma I(タカラバイオ株式会社)で順次処理し、Xba I、Sma Iおよびバクテリアルアルカリフォスファターゼ(東洋紡)で処理しておいたfpvA遺伝子下流領域を挿入したpK19mobsacBと混合し、DNAライゲーションキットMighty Mix(タカラバイオ株式会社)を用いて連結反応を16℃にて一晩行った。連結反応後のDNA溶液を、E. coli JM109のコンピタント細胞にエレクトロポレーション法にて導入し、形質転換した。エレクトロポレーション装置は、GenePulser II(バイオラッド社)を用い、設定条件は2.5 kV、25 μF、200 Ωである。回収した細胞を12.5 μg/mlのカナマイシンを含むL寒天平板培地に塗布し、37℃にて一晩培養した。生育したコロニーをダイレクトコロニーPCRによりベクターにoprM遺伝子が挿入されているか判別した。コロニーを鋳型とし、PCR増幅反応にはTaKaRa Ex taqを用い、94℃、2分間鋳型DNAを変性し、98℃、10秒間;68℃、2分間の反応を30サイクル行った後、68℃、5分間の反応で断片を完全伸長させた後、4℃で増幅産物を保持した。PCR装置は、PCR Thermal Cycler Dice Gradient(タカラバイオ株式会社)を用いた。増幅断片をアガロースゲル電気泳動にて確認したところ、約1,500 bpの増幅産物を有する菌株があり、これをfpvA遺伝子下流領域およびoprM遺伝子保持菌株とした。使用プライマーについては、(1-2)のoprM遺伝子増幅のものと同様であった。
【0065】
(1-7) 形質転換体からのプラスミド分離と分離したプラスミドの解析
fpvA遺伝子下流領域およびoprM遺伝子保持菌株を12.5 μg/mlのカナマイシンを含む4 mlのL液体培地に植菌し、37℃にて一晩培養後、1.5 mlの菌液をマイクロチューブに移し、遠心(12,000 rpm、23℃、5 分間)して細胞を回収した。この細胞を氷冷した100 μlの溶液1(25 mM Tris-Hcl、10 mM EDTA、50 mM Glucose、pH 8.0)に懸濁後、200 μlの溶液2(0.2 N NaOH、1% SDS)を加えて穏やかに混和した(室温、5分間)。その後、150 μlの溶液3(3 M potassium-acetate)を添加後、氷上にて5分間静置した。この溶液を遠心後(12,000 rpm、23℃、5 分間)、上清を新たなマイクロチューブに回収し、400 μlのフェノール・クロロホルム(1 : 1)混合溶液を加えて、室温にて約5分間混合した。この溶液を遠心後(12,000 rpm、23℃、5分間)、回収した上清に1 mlのエタノールを添加して混合後、室温にて5分間静置し、遠心分離(12,000 rpm、23℃、5分間)した。得られた沈殿を500 μlの70%エタノールで洗浄した後、乾燥させ、RNaseA(20 μg/ml)を含むTE(10 mM Tris-HCl、1 mM EDTA、pH 8.0)30 μlに溶解した。得られたプラスミドの挿入断片の塩基配列(oprM遺伝子)をBigDye Terminator v1.1(アプライドバイオシステムズ社)にて解析した。
【0066】
(1-8) fpvA遺伝子下流領域およびoprM遺伝子を挿入したpK19mobsacBベクターへのfpvA遺伝子断片のクローニング
(1-1)で得たfpvA遺伝子断片をXba I(タカラバイオ株式会社)およびHind III(タカラバイオ株式会社)で順次処理し、Xba I、Hind IIIおよびバクテリアルアルカリフォスファターゼ(東洋紡)で処理しておいたfpvA遺伝子下流領域およびoprM遺伝子挿入pK19mobsacBと混合し、DNAライゲーションキットMighty Mix(タカラバイオ株式会社)を用いて連結反応を16℃にて一晩行った。連結反応後のDNA溶液を、E. coli JM109のコンピタント細胞にエレクトロポレーション法にて導入し形質転換した。エレクトロポレーション装置は、GenePulser II(バイオラッド社)を用い、設定条件は2.5 kV、25 μF、200 Ωである。回収した細胞を12.5 μg/mlのカナマイシンを含むL寒天平板培地に塗布し、37℃にて一晩培養した。生育したコロニーをダイレクトコロニーPCRによりベクターにfpvA遺伝子断片が挿入されているか判別した。コロニーを鋳型とし、PCR増幅反応にはTaKaRa Ex taqを用い、94℃、2分間鋳型DNAを変性し、98℃、10秒間;68℃、2分間の反応を30サイクル行った後、68℃、5分間の反応で断片を完全伸長させた後、4℃で増幅産物を保持した。PCR装置は、PCR Thermal Cycler Dice Gradient(タカラバイオ株式会社)を用いた。増幅断片をアガロースゲル電気泳動にて確認したところ、約1,500 bpの増幅産物を有する菌株が認められ、これをfpvA遺伝子下流領域、oprM遺伝子およびfpvA遺伝子断片保持菌株とした。使用プライマーについては、(1-1)と同様であった。
【0067】
(1-9) 形質転換体からのプラスミド分離と分離プラスミドの解析
fpvA遺伝子下流領域、oprM遺伝子およびfpvA遺伝子断片を有する組換えプラスミドを保持する菌株を12.5 μg/mlのカナマイシンを含む4 mlのL液体培地に植菌し、37℃にて一晩培養後、1.5 mlの菌液をマイクロチューブに移し、遠心(12,000 rpm、23℃、5 分間)して細胞を回収した。この細胞を氷冷した100 μlの溶液1(25 mM Tris-Hcl、10 mM EDTA、50 mM Glucose、pH 8.0)に懸濁後、200 μlの溶液2(0.2 N NaOH、1% SDS)を加えて穏やかに混和した(室温、5分間)。その後、150 μlの溶液3(3 M potassium-acetate)を添加後、氷上にて5分間静置した。この溶液を遠心後(12,000 rpm、23℃、5 分間)、上清を新たなマイクロチューブに回収し、400 μlのフェノール・クロロホルム(1 : 1)混合溶液を加えて、室温にて約5分間混合した。この溶液を遠心(12,000 rpm、23℃、5分間)にて回収した上清に1 mlのエタノールを添加して混合後、室温にて5分間静置し、遠心分離(12,000 rpm、23℃、5分間)した。得られた沈殿を500 μlの70%エタノールで洗浄した後、乾燥させ、RNaseA(20 μg/ml)を含むTE(10 mM Tris-HCl、1 mM EDTA、pH 8.0)30 μlに溶解した。得られたプラスミドの挿入断片の塩基配列(fpvA遺伝子断片)をBigDye Terminator v1.1(AB アプライドバイオシステムズ社)にて解析した。
【0068】
(1-10) 接合用大腸菌S17-1へのベクターの導入
(1-9)で得られたプラスミドをE. coli S17-1のコンピテント細胞へエレクトロポレーション法にて導入し形質転換した。エレクトロポレーション装置は、GenePulser II(バイオラッド社)を用い、設定条件は2.5 kV、25 μF、200 Ωである。回収した細胞を12.5 μg/mlのカナマイシンを含むL寒天平板培地に塗布し、37℃にて一晩培養した。生育したコロニーをダイレクトコロニーPCRにより、3つのインサートが挿入されたベクターが導入されているか判別した。コロニーを鋳型とし、PCR増幅反応にはTaKaRa Ex taqを用い、94℃、2分間鋳型DNAを変性し、98℃、10秒間;68℃、5分間の反応を30サイクル行った後、68℃、5分間の反応で断片を完全伸長させた、4℃で増幅産物を保持した。PCR装置は、PCR Thermal Cycler Dice Gradient(タカラバイオ株式会社)を用いた。増幅断片をアガロースゲル電気泳動にて確認したところ、約4,500 bpの増幅産物を有する菌株が見いだされ、これをfpvA遺伝子下流領域、oprM遺伝子およびfpvA遺伝子断片を保持した組換え株とした。プライマーについては、フォワードプライマー(5’-ATTAAGCTTAATCCCGACACCATGCTTAC-3’ 配列番号5)およびリバースプライマー(5’-CGAATTCGCACGCAACTGGTGGGATAC-3’ 配列番号10)を使用した。また、10%スクロース添加L寒天培地にて組換えベクター(pFpvA-OprM-FpvAdown)を保持するS17-1が生育しないことを確かめ、pK19mobsacB上に存在するsacB遺伝子に変異がないことを確認した。
【0069】
(1-11) インサート保持S17-1とOprMを欠損した緑膿菌TNP072株(ΔOprM)の接合
(1-10)で得たE. coli S17-1を12.5 μg/mlのカナマイシンを含む4 mlのL液体培地に植菌し、37℃にて一晩培養した。また、OprM欠損株であるTNP072を12.5 μg/mlのテトラサイクリンを含む4 mlのL液体培地に植菌し、37℃にて一晩培養した。この2種類の菌液からそれぞれ500 μl回収し、マイクロチューブ内で混合し、遠心(12,000 rpm、23℃、5分間)した後、上清を除いた。沈殿した菌体を滅菌生理食塩水で洗浄後、200 μlのL液体培地に懸濁し、L寒天培地に全量を塗布して37℃にて一晩培養した。培地一面に生育した菌を白金耳を用いて回収し、回収した菌を1 mlのL液体培地に懸濁し、遠心(12,000 rpm、23℃、5分間)した。沈殿を滅菌生理食塩水で洗浄後、200 μlのL液体培地に懸濁し、12.5 μg/mlのテトラサイクリンおよび12.5 μg/mlのカナマイシンを含むL寒天培地に全量塗布し、37℃にて一晩培養した。
【0070】
(1-12) スクロース選択による二点交叉
(1-11)で生育したコロニーを12.5 μg/mlのテトラサイクリンおよび12.5 μg/mlのカナマイシンを含む4 mlのL液体培地に植菌し、37℃で一晩培養した。1.5 mlの菌液をマイクロチューブに移し、遠心(12,000 rpm、23℃、5分間)後、沈殿した菌体を滅菌生理食塩水で洗浄し、200 μlのL液体培地に懸濁した。懸濁液を10-7まで10倍段階希釈し、それぞれの希釈液から100 μlずつとって10%スクロースL寒天培地に塗布して37℃で一晩培養した。生育したコロニーから熱水抽出により染色体を分離し、それを鋳型としてPCRを行った。PCR増幅反応にはTaKaRa Ex taqを用い、94℃、2分間鋳型DNAを変性し、98℃、10秒間;68℃、5分間の反応を30サイクル行った後、68℃、5分間の反応で断片を完全伸長させた後、4℃で増幅産物を保持した。PCR装置は、PCR Thermal Cycler Dice Gradient(タカラバイオ株式会社)を用いた。増幅断片をアガロースゲル電気泳動にて確認したところ、約4,500 bpの増幅産物を有する菌株が認められ、これを目的の組換え株とした。プライマーについては、フォワードプライマー(5’-ATTAAGCTTAATCCCGACACCATGCTTAC-3’ 配列番号5)およびリバースプライマー(5’-CGAATTCGCACGCAACTGGTGGGATAC-3’ 配列番号10)を使用した。約4,500 bpのPCR増幅産物が認められた菌株について、12.5 μg/mlのカナマイシンを含む寒天培地にて生育しないことを確かめ、カナマイシン感受性であることを確認した。この菌株をOprM欠損株(TNP072)に由来するfpvA遺伝子直下にoprM遺伝子を導入した組換え株とした。この遺伝子組換え菌株をPAM01と称することとした。
【0071】
実施例2 組換え株PAM01の薬剤感受性の評価
(2-1) 段階希釈した薬剤を含む寒天平板の作製
被験薬剤として用いたクロラムフェニコール(和光純薬)の原液は20%エタノール溶液で、アズトレオナムは滅菌蒸留水で調整した。これらの原液を滅菌蒸留水で希釈し2倍希釈系列の各薬剤溶液を作った。また、鉄を豊富に含む条件としてミューラーヒントン寒天培地(DIFCO)を、鉄欠乏条件として500 μMのジピリジル(シグマアルドリッチ社)を含むミューラーヒントン寒天培地を使用し、希釈した薬剤溶液1容と培地9容の混合比で薬剤添加培地を作製した。
【0072】
(2-2) 最小発育阻止濃度(MIC)評価用菌株の培養
最小発育阻止濃度を評価する菌株を以下の表1に示した。各菌株をアクティブプレートより白金耳を用いて、0.4%(w/v)硝酸カリウムを含む2 mlのミューラーヒントン液体培地に接種し、37℃にて一晩静置培養した。培養後の菌液を、同液体培地で菌体密度が約106cells/mlになるように希釈して薬剤感受性評価に供した。
【0073】
(2-3) 最小発育阻止濃度(MIC)の評価
前項で調製した菌株をガラス製小試験管に1 ml分注し、ミクロプランター(佐久間製作所)に装着し、薬剤を含む寒天平板に接種した。この平板培地を37℃、約24時間培養後に各菌株の生育を評価した。MIC値は被験菌の生育を阻止する最小薬剤濃度とした。
【0074】
【表1】

【0075】
OprM欠損株TNP072は、緑膿菌の主要な薬剤排出ポンプであるMexAB-OprMの外膜サブユニットを欠損しているため、薬剤を排出することができず、各種薬剤に高感受性を示す。TNP072の鉄過剰および鉄欠乏条件下でアズトレオナムあるいはクロラムフェニコールのMICはいずれも野生株(PAO4290)に比べ1/8〜1/16に低下していた。この欠損株に野生型のoprM遺伝子を多コピーベクターにクローン化して導入した形質転換体のクロラムフェニコールに対するMICはいずれの薬剤も野生株とほぼ同レベルに回復した。また、これらのMICは鉄濃度の影響を受けなかった。一方、oprM遺伝子を染色体上のfpvA遺伝子直下に挿入した組換え株PAM01の鉄欠乏条件下におけるアズトレオナムとクロラムフェニコールに対するMICは各々1.56 μg/ml および25 μg/mlであり、野生型のoprM遺伝子を多コピーベクターにクローン化して導入した形質転換体と同じであった。このMICの回復は、fpvA遺伝子直下に組み込んだoprM遺伝子の発現が鉄欠乏条件下で誘導されたことを示唆している。一方、PAM01の鉄過剰条件下でのMICは各々0.39 μg/mlおよび6.25 μg/mlであり、鉄欠乏条件におけるMICの1/4であったことから、鉄過剰条件下ではfpvA遺伝子直下に挿入したoprM遺伝子の発現が抑制された状態であることが強く示唆される。
【0076】
上記の結果に示すように、PAM01については、鉄欠乏条件下ではfpvA遺伝子の転写量が高まり、その直下に挿入したoprM遺伝子の転写も同時に高まってOprM発現が増加し、MexAおよびMexBと薬剤排出ポンプ複合体を形成して機能するに至ったと考えられる。従って、PAM01は、鉄欠乏条件下で、薬剤耐性微生物モデルとして用いることができることが分かる。
【0077】
実施例3 化合物ライブラリーの評価
(3-1)スクリーニング用培地の調整
(1-12)で作製した組換え株PAM01(ΔoprM fpvA::oprM)を4 mlのミューラーヒントン液体培地で37oCにて一夜振盪培養し、十分生育した菌液を0.1% (v/v)の容量で、アズトレオナム 1 μg/mlおよび0.5 mM ジピリジルを含むミューラーヒントン寒天培地と混合し滅菌プラスチックシャーレに添加固化した(20 ml/プレート)。
【0078】
(3-2)化合物ライブラリーの評価
ChemBridge社の化合物2,472種類について、DMSOに溶解した各サンプル(10 mM)2 μlを上記の評価用培地上にスポットし、37oCで一夜培養し一次スクリーニングを実施した。ネガティブコントロールとして、溶媒に用いたDMSOを2 μlスポットし37oCで同様に培養した。その後、一次スクリーニングにおいて、陰性コントロールであるDMSOと比較して、わずかながら生育遅延によるスポット跡に透明斑が認められた候補化合物について、さらに、再現性を調べるために、上記評価用培地上にこれらの候補化合物を1 μlスポットし37oCで一夜培養した。
【0079】
(3-3)結果
一次スクリーニングに用いた化合物(10 mM)は全部で2,472化合物を用いた。その結果、スポット斑に弱いながら生育阻止円を生じる化合物として13種類が確認された。そこで、これらの候補化合物(13化合物)について、1 μlを用いて二次スクリーニングを実施した(図9)。なお、非特異的な細胞毒性による生育抑制効果の可能性を検討するために、スクリーニング用培地から指標薬剤であるアズトレオナムを除いた培地、すなわち、0.5 mM ジピリジルのみを含むミューラーヒントン寒天培地を用いて、各候補化合物1 μl又は0.5 μlをスポットして37oCにて一夜培養した(図9)。結果を図9に示す。
【0080】
その結果、ほとんどの化合物は0.5 mM ジピリジル添加対照培地でも生育阻止円が認められ、非特異的な細胞毒性を有するものと思われた。しかしながら、興味あることに一つの化合物(化合物#1、図9におけるスポット1およびスポット15、化合物名:ethyl 2-[(1-acetyl-4-piperidyl)carbonylamino]-4,5,6,7-tetrahydrobenzo[b]thiophene-3-carboxylate)は対照培地では生育阻止円が認められなかったが、アズトレオナム (1.2 μg/ml)を含むスクリーニング用培地で生育阻止円が認められた。また、このとき0.5 μlの同化合物をスポットするとその生育阻止円はスポット量に依存して小さくなったことから、評価系での生育抑制効果はこの化合物の濃度に依存した応答であることが明らかとなった。
【0081】
このように、本発明の組換え株を用いてスクリーニングを実施することによって、鉄代謝応答シグナル伝達系を阻害する物質を得ることができる。本発明の組換え株は培養することに特に格段の困難性はなく、従ってスクリーニングを大規模に実施することによって、鉄代謝応答シグナル伝達系を阻害することができるリード化合物の大規模探索と候補物質が見いだされ、薬剤耐性、特に多剤耐性菌問題を解決する薬剤が開発されることが期待できる。
【0082】
実施例4
組換え株P. aeruginosa PAM01のウエスタンブロット解析
(4-1) SDS-PAGEに供するサンプルの調製(Whole cell lysateの調製)
緑膿菌の各菌株を4 mlのミューラーヒントン液体培地に接種し、37℃にて一晩培養した。この前培養菌液を4 mlの同培地に接種し、37℃で対数期後期(OD660≒1.0)まで振とう培養した。これを鉄過剰条件下での培養菌液とした。また、前培養液をジピリジル500 μMを含む4 mlのミューラーヒントン液体培地に接種し、37℃で対数期後期(OD660≒1.0)まで振とう培養した。これを鉄欠乏条件下での培養菌液とした。これらの培養菌液をプラスチック遠心管に移し、室温にて遠心集菌を行い(12,000rpm、5min)、ダルベッコPBS(-)ニッスイ(日水製薬株式会社)溶液で1回洗浄後300 μlに懸濁した。この懸濁液をSolubilizer(0.125 M Tris-HCl(pH 6.8)、10% 2-メルカプトエタノール 、4% SDS、10%スクロース、0.004% Bromo phenol blue )と等量に混合し、100℃で5分間加熱した。これをWhole cell lysateとした。
【0083】
(4-2) ウエスタンブロット解析
調製したWhole cell lysateをSDSポリアクリルアミドゲル(12%)に供して電気泳動した後、Immobilon-Pメンブラン(ミリポア社)に分離したタンパク質を転写し、一次抗体として抗OprMウサギ抗体、二次抗体としてアルカリホスファターゼ結合抗ウサギ・ヒツジ抗体を用いて免疫染色を行った。
【0084】
結果を図6に示す。図6のlane 1〜4はミューラーヒントン液体培地(鉄過剰)にて培養して得たWhole cell lysateであり、lane 5〜8は500 μMジピリジルを含むミューラーヒントン液体培地(鉄欠乏)にて培養して得たWhole cell lysateである。lane 1〜8において、タンパク量が5 μg/laneとなるようにアプライした。Lanes 1および5, TNP072/pOprM; lanes 2および6, PAO4290(野生株); lanes 3および7, TNP072(OprM欠損変異株); lanes 4および8, PAM01 野生株では鉄過剰条件および鉄欠乏条件でOprMの発現が見られ、OprM欠損株TNP072ではOprMの発現がいずれの条件でも見られなかった。また、プラスミドにより野生型のOprMを相補させた株TNP072/pOprMについては野生株と同様にOprMの発現が見られた。PAM01に関して、鉄過剰条件ではほとんど発現が見られず、鉄欠乏条件ではOprMの強い発現が認められた(図6,lane 8)。これらの結果は、クロラムフェ二コールおよびアズトレオナムに対する各菌株のMICの結果(表1)と一致する。
【0085】
実施例5 組換え株P. aeruginosa PAM01におけるpvdS遺伝子欠損株の取得
(5-1)pvdS遺伝子の内部配列断片の増幅
pvdS遺伝子のORFは全長564 bpであるが、その内部配列419 bpを増幅するために、フォワードプライマー(5’-TGAATTCACCGTACGATCCTGGTGAAG-3’ 配列番号11)およびリバースプライマー(5’-TGTCTAGACATGAAGTTGACCAGGGTCG-3’ 配列番号12)を用い、緑膿菌PAO1より分離した染色体を鋳型としてPCRを行った。PCR増幅反応にはTaKaRa Ex taqを用い、94℃、2分間鋳型DNAを変性し、98℃、10秒間;68℃、1分間の反応を30サイクル行った後、68℃、5分間の反応で断片を完全伸長させた後、4℃で増幅産物を保持した。PCR装置は、PCR Thermal Cycler Dice Gradient(タカラバイオ株式会社)を用いた。増幅断片をアガロースゲル電気泳動にて確認したところ、約420 bpの増幅産物を確認できた。
【0086】
(5-2)pK18mobベクターへのpvdS遺伝子内部配列のクローニング
前項で得たpvdS遺伝子断片をXba I(タカラバイオ株式会社)およびEcoR I(タカラバイオ株式会社)で順次処理し、Xba I、EcoR Iおよびバクテリアルアルカリフォスファターゼ(東洋紡)で処理しておいたpK18mobと混合し、DNAライゲーションキットMighty Mix(タカラバイオ株式会社)を用いて連結反応を16℃にて一晩行った。連結反応後のDNA溶液を、E. coli JM109のコンピタント細胞にエレクトロポレーション法にて形質転換した。エレクトロポレーション装置はGenePulser II(バイオラッド社)を用い、設定条件は2.5 kV、25 μF、200 Ωである。回収した細胞を12.5 μg/mlのカナマイシンを含むL寒天平板培地に塗布し、37℃にて一晩培養した。生育したコロニーをダイレクトコロニーPCRによりベクターにpvdS遺伝子断片が挿入されているか判別した。コロニーを鋳型とし、PCR増幅反応にはTaKaRa Ex taqを用い、94℃、2分間鋳型DNAを変性し、98℃、10秒間;68℃、1分間の反応を30サイクル行った後、68℃、5分間の反応で断片を完全伸長させた後、4℃で増幅産物を保持した。PCR装置は、PCR Thermal Cycler Dice Gradient(タカラバイオ株式会社)を用いた。増幅断片をアガロース電気泳動にて確認したところ、約420 bpの増幅産物を確認できる菌株が見いだされ、これをpvdS遺伝子断片の保持菌株とした。使用プライマーについては、(5-1)と同様であった。
【0087】
(5-3) 形質転換体からのプラスミド分離
pvdS遺伝子断片保持菌株を12.5 μg/mlのカナマイシンを含む4 mlのL液体培地に植菌し、37℃にて一晩培養後、1.5 mlの菌液をマイクロチューブに移し、遠心(12,000 rpm、23℃、5 分間)して細胞を回収した。この細胞を氷冷した100 μlの溶液1(25 mM Tris-Hcl、10 mM EDTA、50 mM glucose、pH 8.0)に懸濁後、200 μlの溶液2(0.2 N NaOH、1% SDS)を加えて穏やかに混和した(室温、5分間)。その後、150 μlの溶液3(3 M potassium acetate)を添加後、氷上にて5分間静置した。この溶液を遠心後(12,000 rpm、23℃、5 分間)、上清を新たなマイクロチューブに回収し、400 μlのフェノール・クロロホルム(1 : 1)混合溶液を加えて、室温にて約5分間混合した。この溶液を遠心後(12,000 rpm、23℃、5分間)、回収した上清に1 mlのエタノールを添加して混合後、室温にて5分間静置し、遠心分離(12,000 rpm、23℃、5分間)した。得られた沈殿を500 μlの70%エタノールで洗浄した後、乾燥させ、RNaseA(20 μg/ml)を含むTE(10 mM Tris-HCl、1 mM EDTA、pH 8.0)30 μlに溶解した。
【0088】
(5-4) 接合用大腸菌S17-1へのベクターの導入
(5-3)までの実験で得られたプラスミドをE.coli S17-1のコンピテント細胞へエレクトロポレーション法にて導入し形質転換した。エレクトロポレーション装置は、GenePulser II(バイオラッド社)を用い、設定条件は2.5 kV、25 μF、200 Ωである。回収した細胞を12.5 μg/mlのカナマイシンを含むL寒天平板培地に塗布し、37℃にて一晩培養した。生育したコロニーをダイレクトコロニーPCRにより、pvdS遺伝子断片が挿入されたベクターが導入されているか判別した。コロニーを鋳型とし、PCR増幅反応にはTaKaRa Ex taqを用い、94℃、2分間鋳型DNAを変性し、98℃、10秒間;68℃、1分間の反応を30サイクル行った後、68℃、5分間の反応で断片を完全伸長させた後、4℃で増幅産物を保持した。PCR装置は、PCR Thermal Cycler Dice Gradient(タカラバイオ株式会社)を用いた。増幅断片をアガロースゲル電気泳動にて確認したところ、約420 bpの増幅産物を有する菌株が認められ、これをpvdS遺伝子断片保持S17-1とした。プライマーについては、(5-1)と同様のものを使用した。
【0089】
(5-5) P. aeruginosa PAM01への組換えプラスミドの接合伝達とpvdS遺伝子破壊株の選

(5-4)項で得た形質転換体E.coli S17-1/pPvdSoutを12.5 μg/mlのカナマイシンを含む4 mlのL液体培地に植菌し、37℃にて一晩培養した。また、組換え株であるPAM01を12.5 μg/mlのテトラサイクリンを含む4 mlのL液体培地に植菌し、37℃にて一晩培養した。この2種類の菌液からそれぞれ500 μlの菌液を回収し、マイクロチューブ内で混合し、遠心(12,000 rpm、23℃、5分間)した後、上清を除いた。沈殿した菌体を滅菌生理食塩水で洗浄後、200 μlのL液体培地に懸濁し、L寒天培地に全量を塗布して37℃にて一晩培養した。培地一面に生育した菌を白金耳を用いて回収し、回収した菌を1 mlのL液体培地に懸濁し、遠心(12,000 rpm、23℃、5分間)した。菌体を滅菌生理食塩水で洗浄後、200 μlのL液体培地に懸濁し、12.5 μg/mlのテトラサイクリンおよび12.5 μg/mlのカナマイシンを含むL寒天培地に全量塗布し、37℃にて一晩培養した。生育したコロニーから熱水抽出により染色体を分離し、それを鋳型としてPCRを行った。PCR増幅反応にはTaKaRa Ex taqを用い、94℃、2分間鋳型DNAを変性し、98℃、10秒間;68℃、1分間の反応を30サイクル行った後、68℃、5分間の反応で断片を完全伸長させた後、4℃で増幅産物を保持した。PCR装置は、PCR Thermal Cycler Dice Gradient(タカラバイオ株式会社)を用いた。増幅断片をアガロースゲル電気泳動にて確認したところ、約500 bpの増幅産物が認められる菌株が見いだされ、これをpvdS遺伝子破壊株とし、PAM02と称することとした。使用プライマーについては、M13-F(5’-GTTTTCCCAGTCACGACGTTGTA-3’ 配列番号13)とフォワードプライマー(5’-TGAATTCACCGTACGATCCTGGTGAAG-3’ 配列番号14)、およびM13-R(5’-AGCGGATAACAATTTCACACAGGA-3’ 配列番号15)とリバースプライマー(5’-TGTCTAGACATGAAGTTGACCAGGGTCG-3’ 配列番号16)の組み合わせを用いた。
【0090】
実施例6 ピオベルジン(pyoverdine)産生能の評価
(6) 各菌株におけるpyoverdineの吸収測定
野生株PAO4290、OprM欠損株TNP072、PAM01、およびPAM02を4 mlのカザミノ酸(CAA)液体培地(5 mMリン酸カリウム、1 mM硫酸マグネシウム、5 g/lカザミノ酸、pH 7.0)で37℃にて1日間培養し、遠心(12,000 rpm、RT、5分間)して培養上清を回収した。この上清の吸光度(380〜450 nm)を分光光度計(V-630BIO、日本分光)を用いて測定した。
【0091】
結果を図7に示す。図7に示すように、PAO4290、TNP072、およびPAM01ではpyoverdineに特有の吸収が見られるが、PAM02ではその吸収が見られない。これはPAM02ではpvdS遺伝子が破壊されPvdS欠損となり、その結果としてpyoverdine合成酵素遺伝子群の発現が抑制されたためにpyoverdineが産生されていないことを示しており、これまで報告されている結果と一致している。
【0092】
実施例7 組換え株P. aeruginosa PAM02の薬剤感受性の評価
(7-1) 段階希釈した薬剤を含む寒天平板の作製
被験薬剤として用いたクロラムフェニコール(和光純薬)の原液は20%エタノール溶液で、アズトレオナムは滅菌蒸留水で調整した。これらの原液を滅菌蒸留水で希釈し2倍希釈系列の各薬剤溶液を作った。また、鉄を豊富に含む条件としてミューラーヒントン寒天培地(ディフコ社)を、鉄欠乏条件として500 μMのジピリジル(シグマアルドリッチ社)を含むミューラーヒントン寒天培地を使用し、希釈した薬剤溶液1容と培地9容の混合比で薬剤添加培地を作製した。
【0093】
(7-2) 最小発育阻止濃度(MIC)評価用被験菌株の培養
最小発育阻止濃度を評価する菌株を以下の表に示した。各菌株をアクティブプレートより白金耳を用いて、0.4%(w/v)硝酸カリウムを含む2 mlのミューラーヒントン液体培地に接種し、37℃にて一晩静置培養した。培養後の菌液を、同液体培地で菌体密度が約106cells/mlになるように希釈して薬剤感受性評価に供した。
【0094】
(7-3) 最小発育阻止濃度(MIC)の評価
(7-2)で調製した菌株をガラス製小試験管に1 ml分注し、ミクロプランター(佐久間製作所)に装着し、薬剤を含む寒天平板に接種した。この平板培地を37℃、約24時間培養後に各菌株の生育を評価した。MIC値は被験菌の生育を阻止する最小薬剤濃度とした。
【0095】
結果を前述の表1に示す。表1に示すように、PAM02の鉄過剰条件下でのアズトレオナムとクロラムフェニコールのMICは0.2 μg/ml および6.25 μg/mlであり、同条件下でのPAM01のMICと同レベルであった。一方、鉄欠乏条件下でのPAM02に対するアズトレオナムとクロラムフェニコールのMICは0.2 μg/ml および6.25 μg/mlであり、同条件下でのPAM01のMICの1/4〜1/8であった。これは、鉄欠乏条件下において、ピオベルジン合成に関与するシグナル伝達系の活性化がPAM02ではpvdS遺伝子欠損のため抑えられ、fpvA遺伝子の発現がPAM01と比べ減少し、その結果としてfpvA遺伝子直下に組み込んだoprM遺伝子の発現が減少したことを示唆している。
【0096】
実施例8 組換え株P. aeruginosa PAM02のウエスタンブロット解析
(8-1) SDS-PAGEに供するサンプルの調製(Whole cell lysateの調製)
緑膿菌の各菌株を4 mlのミューラーヒントン液体培地に接種し、37℃にて一晩培養した。この前培養菌液を4 mlの同培地に接種し、37℃で対数期後期(OD660、約1.0)まで振とう培養した。これを鉄過剰条件下での培養菌液とした。また、前培養液をジピリジル500 μMを含む4 mlのミューラーヒントン液体培地に接種し、37℃で対数期後期(OD660、約1.0)まで振とう培養した。これを鉄欠乏条件下での培養菌液とした。これらの培養菌液をプラスチック遠心管に移し、室温にて遠心集菌を行い(12,000rpm、5min)、ダルベッコPBS(-)ニッスイ(日水製薬株式会社)溶液で1回洗浄後 300 μlに懸濁した。この懸濁液をSolubilizer (0.125 M Tris-HCl(pH 6.8)、10% 2-メルカプトエタノール、4% SDS、0.004% スクロース)と等量に混合し、100℃で5分間加熱した。これをWhole cell lysateとした。
【0097】
(8-2) ウエスタンブロット解析
調製したWhole cell lysateをSDSポリアクリルアミドゲル(12%)に供して電気泳動した後、Immobilon-Pメンブラン(ミリポア社)に分離したタンパク質を転写し、一次抗体として抗OprMウサギ抗体、二次抗体としてアルカリホスファターゼ結合抗ウサギ・ヒツジ抗体を用いて免疫染色を行った。
【0098】
結果を図8に示す。図8において、lane 1〜4はMHBにて培養して得たWhole cell lysateであり、lane 5〜8は500 μMジピリジルを含むMHBにて培養して得たWhole cell lysateである。lane 1〜8において、タンパク量が5 μg/laneとなるようにアプライした。Lanes 1 and 5, PAO4290; lanes 2 and 6, TNP072; lanes 3 and 7, PAM01; lanes 4, and 8, PAM02。
【0099】
PAM02に関して、鉄欠乏条件下においてOprMの発現が認められるが、PAM01でのOprMと比べるとその発現量が少ないことが明らかとなった。この結果より、クロラムフェ二コールおよびアズトレオナムに対するMIC(表1)がOprMの発現量に依存していることが確認できた。
【配列表フリーテキスト】
【0100】
配列番号5 (1−1)、(1−10)、(1−12)のフォワードプライマー
配列番号6 (1−1)のリバースプライマー
配列番号7 (1−2)のフォワードプライマー
配列番号8 (1−2)のリバースプライマー
配列番号9 (1−3)のフォワードプライマー
配列番号10 (1−3)、(1−10)、(1−12)のリバースプライマー
配列番号11 (4−1)のフォワードプライマー
配列番号12 (4−2)のリバースプライマー
配列番号13 (4−5)のM13-F
配列番号14 (4−5)のフォワードプライマー
配列番号15 (4−5)のM13-R
配列番号16 (4−5)のリバースプライマー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
薬剤排出ポンプサブユニットタンパク質をコードする遺伝子を含む塩基配列が低鉄濃度応答配列の制御下で機能的に発現するように組み換えられていることを特徴とする組換え微生物。
【請求項2】
薬剤排出ポンプサブユニットタンパク質をコードする遺伝子を欠損した微生物の低鉄濃度応答性配列の下流に、薬剤排出ポンプサブユニットタンパク質をコードする遺伝子を含む塩基配列を導入し、低鉄濃度環境下で薬剤排出ポンプが低鉄濃度応答性配列の制御下に機能的に発現するように組み換えられている請求項1の組換え微生物。
【請求項3】
薬剤排出ポンプサブユニットタンパク質をコードする遺伝子からなるオペロンの上流に、低鉄濃度応答性配列を含む塩基配列を導入し、低鉄濃度環境下で薬剤排出ポンプが低鉄濃度応答性配列の制御下に機能的に発現するように組み換えられている請求項1の組換え微生物。
【請求項4】
薬剤排出ポンプサブユニットタンパク質がmexA遺伝子、mexB遺伝子及びoprM遺伝子からなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子にコードされる請求項1〜3のいずれか1項に記載の組換え微生物。
【請求項5】
前記薬剤排出ポンプサブユニットタンパク質をコードする遺伝子を含む塩基配列又は低鉄濃度応答性配列を含む塩基配列が相同組換えによって微生物核ゲノム内に導入されている請求項2〜4のいずれか1項に記載の組換え微生物。
【請求項6】
(1)請求項1〜5のいずれか1項に記載の組換え微生物を、低鉄濃度環境下、かつ指標薬剤及び被検物質の存在下で培養する工程、及び
(2)前記工程(1)で培養した組換え微生物について、被検物質による生育阻害効果を評価する工程
を含む、鉄代謝活性阻害剤のスクリーニング方法。
【請求項7】
(3)野生型微生物を、高鉄濃度環境下かつ指標薬剤及び被検物質の存在下で培養する工程、
(4)前記工程(3)で培養した野生型微生物について、被検物質による生育阻害効果を評価する工程、及び
(5)工程(2)で評価した組換え微生物の生育阻害効果と、工程(4)で評価した野生型微生物の生育阻害効果を比較する工程をさらに含む、
請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記指標薬剤がクロラムフェニコール、アズトレオナム、又はシプロフロキサシンである請求項6又は7に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図7】
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【図6】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2013−78305(P2013−78305A)
【公開日】平成25年5月2日(2013.5.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−206446(P2012−206446)
【出願日】平成24年9月20日(2012.9.20)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】