説明

組織幹細胞/組織前駆細胞からの角膜内皮細胞の生成方法

【課題】角膜内皮損傷の治療に用い得る自己由来移植材料を提供する。
【解決手段】本発明は、
(a)哺乳動物組織由来の細胞を浮遊培養し、スフェアを形成させるステップ;及び
(b)該スフェア又は該スフェアを構成する細胞を、培養基体に接着させ、トランスフォーミング増殖因子β(TGF−β)の存在下で培養することにより、角膜内皮細胞への分化を誘導するステップ
を含む、成体組織由来の細胞から、角膜内皮細胞を生成する方法に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、角膜内皮以外の自己組織からの、移植治療での使用のための角膜内皮細胞の生成に関する。特に、本発明は、自己組織由来の組織幹細胞/前駆細胞からの、角膜内皮細胞の生成に関する。
【背景技術】
【0002】
眼球は、視覚を司る感覚器の主要部である。眼球は角膜及び強膜という厚く強靭な膜状組織によりその形状が支えられている。角膜は眼球の前面に位置し、透明で、一般に黒目と呼ばれる部分を覆っている。強膜は、不透明で、一般に白目と呼ばれる部分と、外部からは視認できない眼球の後方の大部分を覆っている。角膜の後面には、写真機のしぼりにあたる虹彩(虹彩の中央には瞳孔が開いている)、及びレンズにあたる水晶体が存在する。つまり、角膜は、生体が視覚情報を得る際に光が通る通路の前面に位置する。したがって、損傷等により角膜に濁りが生じることは、視覚機能に重大な影響を及ぼす。
【0003】
角膜は、組織学的には、外表面側から、角膜上皮、角膜実質、及び角膜内皮の3層からなる構造を有する。上記のとおり視覚機能に重要な角膜の透明性は、角膜内皮の働きにより維持されている。角膜と虹彩の間には、前房(前眼房)と呼ばれる空間が存在し、前房は前房水と呼ばれる一種のリンパ液により満たされている。角膜内皮は、角膜を形成する細胞の生存に必要な物質(グルコース、酸素など)を前房水から取り込み、また角膜中の余分な水分を前房へと排出することで、角膜厚を一定に保ち、かつ角膜の透明性を維持している。角膜内皮のこれらの働きは、ポンプ機能(Na/K ATPアーゼ)及びバリア機能(タイトジャンクションタンパク質(ZO−1))により制御されている。
【0004】
角膜内皮細胞の減少などにより角膜内皮の機能が障害されると、上記の角膜内皮の水分排出能が低下し、角膜実質部に浮腫が生じる。これは角膜の透明性の低下を招き、したがって視力を低下させる。このような状態は、「水疱性角膜症」と呼ばれている。水疱性角膜症は、例えば、正常では約3,000細胞/mmの角膜内皮細胞密度が、500細胞/mm以下にまで減少した場合に起こり得る。
【0005】
角膜内皮は、成体では増殖しないことが知られている。つまり、なんらかの傷害により角膜内皮細胞が減少した場合、角膜内皮細胞層は自己再生することができない。したがって、上記の水疱性角膜症などのように重篤な角膜内皮の損傷は、移植によってのみ治療可能である。
【0006】
角膜内皮損傷患者は、現在は全層角膜移植により処置されている。全層角膜移植は、確立された技術であり、約40年前に日本にもアイバンクが設立され、移植活動が始められた。しかしながら、日本のアイバンクはいまだドナー数が少なく、日本国内で角膜移植の必要な患者が年間約2万人発生するのに対し、実際に移植治療を行うことができる患者は約1/10の2千人程度でしかないと言われている。このような深刻なドナー不足の問題に加えて、ドナー角膜を用いる角膜移植(他家移植)は、拒絶反応という問題を有し、その長期治療成績は良好ではない。
【0007】
上記のような全層角膜移植の課題を解消するために、種々の試みがなされている。
そのような試みの1つは、DSEK(Descemet Stripping Endotherial Keratoplasty)である。これは、ヒト輸入アイバンクなどから入手した角膜の角膜内皮(角膜実質を一部含む)を採取し、疾患眼に移植する方法である。角膜内皮のみを移植するため、全層角膜移植に比べると拒絶反応が少ないと考えられている。
【0008】
また、角膜内皮の再生医療に関する公知技術としては、培養角膜内皮細胞を用いる試みが報告されている。これまでに、ヒト輸入アイバンク角膜から角膜内皮細胞を単離し、培養により増殖させた後、ウサギの角膜内皮障害モデル(非特許文献1及び2)、又はサルの角膜内皮障害モデル(非特許文献3)に移植する方法が報告されており、いずれも透明性や角膜厚の改善が認められている。これらの技術では、1つのヒト輸入アイバンク角膜から多数の培養角膜内皮を作製することが可能であるため、ドナー不足の問題を解消できる可能性がある。
【0009】
上記のいずれの報告においても、移植材料の供給源としては角膜内皮そのものを用いている。しかし、角膜内皮損傷を有する患者自身から角膜内皮材料を採取することは現実的ではないため、臨床応用を考えた場合、健常な他家角膜(ドナー角膜)を用いることとなる。そのため、上記の試みではドナー不足の問題及び他家由来であるための拒絶反応の問題を根本的に解決することができない。
【0010】
【非特許文献1】Sumide T. et al.,FASEB J. 2006 Feb;20(2):392−4.(Epub:2005,Dec.9).
【非特許文献2】Mimura T. et al.,Curr Eye Res. 2007 Jul−Aug;32(7−8):617−23.
【非特許文献3】Koizumi N. et al.,Invest Ophthalmol Vis Sci. 2007 Oct;48(10):4519−26.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
角膜移植の対象となる患者の数は、全世界で100万人、日本国内で数万人と推定され、そのうち、角膜内皮の障害により生じる水疱性角膜症患者が約80%を占めている。上記のとおり、角膜内皮は自己再生することができないため、角膜内皮の損傷の処置には移植が必要である。しかしながら、現在行われている全層角膜移植は、深刻なドナー不足の問題及び拒絶反応の問題を有している。さらに、これらの問題を解決するために現在までに行われている種々の試みは、いずれも移植材料の供給源として角膜内皮を用いるものであるため、他家材料を用いることが必要である。したがって、これらの試みによってはドナー不足及び拒絶反応の問題を解決することができない。
【0012】
本発明は、角膜内皮以外の供給源から、角膜内皮損傷患者への移植に用い得る自己由来細胞を生成することにより、上記のドナー不足及び拒絶反応の問題を克服し、角膜内皮損傷の治療のための有効で入手容易な移植材料を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、容易に採取可能である、虹彩、皮膚をはじめとする全身の生体組織に由来する組織幹細胞/前駆細胞を、トランスフォーミング増殖因子β(TGF−β)を添加した培地中で接着培養することにより、これらの細胞を角膜内皮細胞へ分化誘導することが可能であることを初めて見出し、本発明を完成するに至った。
【0014】
具体的には、本発明は、以下の特徴を有する:
(1)角膜内皮細胞の生成方法であって、
(a)哺乳動物組織由来の細胞を浮遊培養し、スフェアを形成させるステップ;及び
(b)該スフェア又は該スフェアを構成する細胞を、培養基体に接着させ、TGF−βの存在下で培養することにより、角膜内皮細胞への分化を誘導するステップ
を含む、上記方法。
【0015】
(2)前記スフェアを構成する細胞が、組織幹細胞/前駆細胞の特異的マーカーを発現していることを確認するステップをさらに含む、上記(1)に記載の方法。
(3)前記スフェアを構成する細胞が、神経堤幹細胞の特異的マーカーを発現していることを確認するステップをさらに含む、上記(1)又は(2)に記載の方法。
【0016】
(4)ステップ(b)でのTGF−βの濃度が少なくとも1ng/mLである、上記(1)〜(3)のいずれか1つに記載の方法。
(5)前記哺乳動物組織が、虹彩実質、角膜実質、皮膚、表皮、骨髄、腸管上皮、心筋、血管内皮及び脂肪組織からなる群より選択される、上記(1)〜(4)のいずれか1つに記載の方法。
(6)前記哺乳動物組織が虹彩実質である、上記(5)に記載の方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、角膜内皮以外の供給源から、角膜内皮損傷患者への移植に用い得る自己由来細胞を生成することが可能となり、これにより角膜内皮損傷の治療に伴うドナー不足及び拒絶反応の問題を回避することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明は、成体組織由来の細胞から、角膜内皮細胞への分化を誘導する方法に関する。
以下の実施例で示されるとおり、本発明者らは、TGF−βが組織幹細胞/前駆細胞から角膜内皮細胞への分化を特異的に誘導し得ることを見出した。
【0019】
一実施形態では、本発明の方法は、
(a)哺乳動物組織由来の細胞を浮遊培養し、スフェアを形成させるステップ;及び
(b)該スフェア又は該スフェアを構成する細胞を、培養基体に接着させ、トランスフォーミング増殖因子β(TGF−β)の存在下で培養することにより、角膜内皮細胞への分化を誘導するステップ
を含む。
【0020】
TGF−βは、線維芽細胞などにより産生され、胚性幹細胞を心筋細胞などに分化させる働きが知られているが(Singla DK. et al.,Biochem Biophys Res Commun. 2005,332(1):135−41)、組織幹細胞/前駆細胞からの角膜内皮細胞への分化に関与していることは全く知られていない。
【0021】
本発明の方法に用いるTGF−βは、細胞が由来する哺乳動物由来のアミノ酸配列を有することが望ましい。例えば、ヒト組織から単離した細胞を角膜内皮細胞へと分化させる場合には、ヒト由来TGF−βを用いることが望ましい。TGF−βは、動物組織から精製されたものでもよいし、これをコードする塩基配列を用いて培養細胞などから組み換え的に産生させ、続いて精製されたものでもよい。ヒト由来の配列を有する遺伝子組み換えTGF−βは、例えばR&D SYSTEMS社から市販されている。
【0022】
本発明の方法を用いることにより、角膜内皮以外の自己由来組織から、角膜内皮損傷の治療に用い得る移植材料を調製することができる。これにより、角膜移植に伴う上記の課題(ドナー不足及び拒絶反応)を回避することができる。
【0023】
本明細書において、「自己由来」とは、細胞又は組織が、移植治療の対象となる個体に由来することを意味する。自己由来移植材料を用いることにより、移植治療に伴う拒絶反応の問題を回避することができる。また、自己由来移植材料を用いることは、外来性の病原体の感染を防ぐという点でも有利である。
【0024】
本発明において「スフェア」(sphere)とは、当該技術分野で通常用いられる意味を有する。この用語は、典型的には細胞接着のためのコーティングを施していないプラスチック製培養容器などの、非接着性培養基体上で、適切な培地を用いて培養した細胞により形成される、浮遊細胞塊を意味する。
【0025】
以下に例示するものなどのスフェア培養法によりスフェアを形成する細胞は、神経幹細胞などの組織幹細胞/前駆細胞の特徴を有することが知られている。
【0026】
組織由来の細胞からスフェアを形成させる方法は、当該技術分野で周知である(例えば、Yoshida et al.,STEM CELLS,2006,24:2714−2722;Wong et al.,J. Cell Biol.,2006,175(6):1005−1015などを参照されたい)。具体的には、例えば、採取した動物組織をトリプシン又はコラゲナーゼ等を用いて処理して単一細胞懸濁液とし、得られた細胞を、表皮増殖因子(EGF)、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)及びN2 supplementを添加したダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)/F12培地にて、非コーティングプラスチックディッシュ中で5〜14日間培養する。
【0027】
本発明の方法のステップ(b)では、ヘパラン硫酸、デルマタン硫酸、I型コラーゲン、III型コラーゲン、IV型コラーゲン、V型コラーゲン、又はラミニンなどでコーティングされた培養基体上で細胞を培養することにより、該細胞を該基体に接着させる。
【0028】
本発明において、細胞培養に用いる培地は、目的とする細胞(組織幹細胞/前駆細胞又は角膜内皮細胞)が正常に生育し得るものであれば特に制約されないが、最終的に生成された角膜内皮細胞をヒトでの移植に用いる場合、培地成分の由来が明確なもの、又は医薬品としての使用が認められている成分からなるものが望ましい。
【0029】
細胞培養のための温度及びCO濃度等の条件は、用いる細胞の性質に応じて適宜設定されるが、一般に4〜6%CO、33〜37℃、特に5%CO、37℃程度とする。
【0030】
本明細書において、「組織幹細胞/前駆細胞」との用語は、全能性を有する胚性幹細胞(ES細胞)との対比において用いられ、いずれかの組織に特異的に存在する未分化細胞を意味する。
【0031】
ヒトをはじめとする哺乳動物の胚発生の過程では、外胚葉から形成された神経管の一部の細胞が、神経堤(神経冠;neural crest)と呼ばれる細胞の集合体を形成する。この神経堤に含まれる細胞が、将来、末梢神経のニューロン及びグリア細胞、並びに頭部の多くの結合組織を形成する。近年、組み換えマウスを用いた実験から、角膜内皮細胞が神経堤に由来することが明らかとなった(Gage et al.,Invest.Ophthalmol.Vis.Sci.,2005,46:4200−4208)。また一方で、神経堤は間葉系幹細胞と呼ばれる未分化細胞の発生源でもあることが報告されている(Takashima Y. et al.,Cell.2007,129(7):1377−88)。
【0032】
現在、本発明の属する技術分野では、成体組織において、神経堤由来細胞の性質を有する未分化細胞(神経堤幹細胞)及び間葉系組織に分化し得る未分化細胞(間葉系幹細胞)が存在することが一般に認識されている。本明細書中、神経堤幹細胞又は間葉系幹細胞は、上記の組織幹細胞/前駆細胞に包含される。組織幹細胞/前駆細胞は全身の組織に存在することが知られており、例えば、上記の神経堤幹細胞又は間葉系幹細胞の性質を有する細胞が、虹彩実質、角膜実質、皮膚、表皮、骨髄、腸管上皮、心筋、血管内皮及び脂肪組織などの多数の組織に存在することが示されている(Yoshida S. et al.,Stem Cells 2006,24(12):2714−2722;Wong C.E. et al.,J.Cell Biol.,2006,75(6):1005−1015;Fuchs E. et al.,Cell,2004,116:769−778;Spradling A. et al.,Nature,2001:414:98−104;Tomita Y. et al.,J. Cell Biol.,2005,170(7):1135−46;Ishikawa M. et al.,Stem Cells Dev.,2004,13(4):344−9;Boquest AC. et al.,Methods Mol Biol.,2006,325:35−46)。
【0033】
したがって、本発明の方法は、神経堤幹細胞又は間葉系幹細胞をはじめとする、組織幹細胞/前駆細胞を含むこれらのいずれの組織を用いても行うことができる。
【0034】
本発明の方法の一実施形態では、哺乳動物組織は、虹彩実質、角膜実質、皮膚、表皮、骨髄、腸管上皮、心筋、血管内皮及び脂肪組織からなる群より選択される。好適には、哺乳動物組織は、虹彩実質である。
【0035】
上記の各組織は、従来技術で用いられる角膜内皮組織そのものとは異なり、角膜内皮損傷を患った患者からも採取可能である。したがって、本発明の方法を用いることにより、角膜内皮損傷患者への移植に用いるための角膜内皮細胞を、自己由来の組織から取得することができる。
【0036】
本発明の方法は、好ましい実施形態では、スフェアを構成する細胞が、組織幹細胞/前駆細胞及び/又は神経堤幹細胞の特異的マーカーを発現していることを確認するステップをさらに含む。組織幹細胞/前駆細胞の特異的マーカーは当該技術分野で公知であり、例えば、ABCG2、Nestinなどが挙げられる。神経堤幹細胞の特異的マーカーもまた当該技術分野で公知であり、例えば、Sox2、Musashi1、Wnt1、Twist、Snail、Sox9などが挙げられる。これらのマーカーうちの複数のものの発現を確認することが望ましく、最も好ましくはABCG2及びNestin、又はSox2及びMusashi1の組み合わせの発現を確認する。
【0037】
これらのマーカー遺伝子の発現は、特異的抗体を用いる免疫染色若しくはウエスタンブロット、又はRT−PCRのような公知の手法を用いて検出することができる。免疫染色及びウエスタンブロットに用いられる特異的抗体としては、抗ABCG2抗体(KAMIYA BIOMEDICAL COMPANY社製)、抗Sox2抗体(SANTA CRUZ BIOTECHNOLOGY社製)、抗Nestin抗体(SANTA CRUZ BIOTECHNOLOGY社製)、抗Musashi1抗体(NEUROMICS ANTIBODIES社製)などの市販のものを用いることができる。また、これらのマーカー遺伝子のcDNA塩基配列は公知である(例えば、ヒトABCG2:GenBank登録番号NM_004827;ヒトSox2:GenBank登録番号:NM_003106)。したがって、それら公知の塩基配列を参照して特異的プライマーを設計し、RT−PCRに用いることができる。
【0038】
遺伝子発現を解析するための手法については、Sambrook J. et al.,1989, Molecular Cloning:A Laboratory Manual, Second Edition, Books 1−3, Cold Spring Harbor Laboratory Press;Ausubel, F. M. et al.,1995;Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons, New York, N.Y.;Shevach E. M. and Strober W.,1992,Current Protocols in Immunology, John Wiley & Sons, New York, NYなどを参照されたい。
【0039】
好ましい実施形態では、特異的マーカーの発現に加えて、BrdUアッセイなどにより細胞増殖能を確認する。BrdUアッセイの手法は公知であり、具体的には、例えば5’−Bromo−2’−deoxyuridine Labeling&Detection Kit I(Roche社)を用いて、製造元の説明書に従い実施する。
【0040】
本発明の方法のさらなる実施形態では、ステップ(b)でのTGF−βの濃度が少なくとも0.2ng/mL、好ましくは少なくとも1ng/mLである。TGF−βの濃度は、0.2〜400ng/mL、好ましくは1〜200ng/mL、さらに好ましくは5〜100ng/mLの範囲であってもよい。この範囲未満では細胞の分化が十分に起こらない。この範囲を超える濃度では、細胞毒性が生じる可能性がある。
【0041】
本発明において、角膜内皮細胞とは、生体眼球の角膜の最内層に位置する細胞と同様の特性を有する細胞を意味する。そのような特性は、例えば特異的な遺伝子発現により確認することができる。角膜内皮細胞で特異的に発現される遺伝子としては、例えば、VIII型コラーゲン及びN−カドヘリンが挙げられる。これらの両者の発現を確認することが好ましいが、VIII型コラーゲンの発現のみを確認してもよい。これらの遺伝子のcDNA塩基配列は公知である(例えば、ヒトVIII型コラーゲンα1(COL8A1):GenBank登録番号NM_001850;ヒトN−カドヘリン:GenBank登録番号NM_001792)。特異的遺伝子発現を確認する方法は、上記と同様、当該技術分野で周知である。
【0042】
また、本発明における角膜内皮細胞は、生体内の角膜内皮細胞と同様に、集合物としては、敷石状の配列を示し、細胞間にタイトジャンクションを形成するという特徴を有する。
【0043】
本発明は、本発明の方法により生成される角膜内皮細胞にも関する。
角膜内皮細胞から、角膜内皮障害の治療に用い得る移植材料を調製する方法は周知である(Sumide et al.,上掲;Mimura et al.,上掲;Koizumi et al.,上掲)。例えば、研究用輸入アイバンク角膜や動物角膜から角膜内皮細胞を単離し、I型コラーゲンシート又は温度応答性培養ディッシュ上で、FBS、FGF2などを含む培養液中にて培養することにより、培養角膜内皮細胞シートを作製することができる。
【0044】
したがって、本発明はまた、本発明の方法により得られる角膜内皮細胞から作製される、角膜内皮細胞シートなどの移植用材料にも関する。
【0045】
さらに、本発明は、哺乳動物組織由来の細胞から角膜内皮細胞を生成するためのキットをも包含する。そのようなキットは、少なくとも、TGF−β及び使用説明書を含んでなる。
【0046】
以下に、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの具体的な実施形態に限定されるものではない。
【実施例1】
【0047】
組織幹細胞/前駆細胞の単離
ウサギ又はマウス眼球より虹彩組織を採取し、虹彩上皮を機械的に剥離した。ハサミを用いて虹彩実質を細断し、0.1%コラゲナーゼを含むDMEM中で37℃、25〜45分間インキュベートし、組織片が溶解したことを確認した。得られた細胞懸濁液を遠心分離(1,500rpm、5分間)し、ペレットをDMEMで再懸濁し、ナイロンメッシュ(Becton,Dickinson and Company社製、メッシュサイズ:40μm)でろ過することで組織断片を除去した。
【0048】
再度遠心分離(1,500rpm、5分間)した後、1×10細胞/mLでスフェア培養用培地(DMEM/F12中、20ng/mL bFGF、20ng/mL EGF、1×N2 supplement)に懸濁し、非接着性培養ディッシュ上にて5%CO、37℃で浮遊培養を行い、3日ごとに培地を交換した。細胞播種7〜10日後、ボール状のスフェアが形成されていることを確認した(一次スフェア;図1a)。
【0049】
さらに、0.25%トリプシン・EDTAでの処理によりスフェアをばらし、1×10細胞/mLで再びスフェア培養用培地中に懸濁し、非接着性培養ディッシュ上で5%CO、37℃にて浮遊培養を行い、3日ごとに培地を交換した。7〜10日間培養することにより、二次スフェアを形成させた(二次スフェア;図1b)。このことは、スフェアに含まれる細胞が自己複製能を有することを示唆している。
【0050】
また、神経堤由来細胞において特異的にGFPを発現する遺伝子組換えマウス(P0−Cre−EGFPマウス;Kanakubo S.et al.,Genes Cells,2006,11:8,919−33)を用いて上記と同様にスフェアを作製したところ、虹彩実質由来スフェアはGFP陽性であり、神経堤由来であることが示された(図1c及びd)。
【0051】
次に、スフェアの増殖能について、以下のようにBrdUアッセイによる検討を行った。5’−Bromo−2’−deoxyuridine Labeling & Detection Kit I(Roche社)を用いた。方法としては、BrdUを培養液中に添加し(10μM)、1時間、37℃でインキュベートした後にスフェアを回収した。スフェアの新鮮凍結切片を作製し、抗BrdU抗体を用いて免疫染色を実施した。結果を図2aに示す。スフェア中に、BrdUを取り込む増殖細胞が存在することが示された(図2a)。
【0052】
次に、免疫染色によりスフェアの未分化性について検討した。免疫染色は、スフェアの新鮮凍結切片を作製し、該切片を市販の特異的抗体とインキュベートし(抗ABCG2:BXP−21、KAMIYA BIOMEDICAL COMPANY社製;抗Sox2:Y−17、SANTA CRUZ BIOTECHNOLOGY社製;抗βIII−チュブリン:TUJ−1、R&D SYSTEMS社製;抗Nestin:Rat−401、SANTA CRUZ BIOTECHNOLOGY社製;抗Musashi1:NEUROMICS ANTIBODIES社製)さらに標識二次抗体(それぞれ、ALEXA−568標識抗マウスIgG、ALEXA−568標識抗ヤギIgG、ALEXA−488標識抗マウスIgG、ALEXA−568標識抗ラットIgG、ALEXA−594標識抗ウサギIgG;MOLECULAR PROBES社製)とインキュベートすることにより行い、次いで蛍光顕微鏡にて観察した。それぞれの染色において、HOECHST33342を用いて核染色を行った。
【0053】
ウサギ虹彩実質スフェア中には、幹細胞マーカーであるABCG2及びSox2をそれぞれ発現する細胞が存在した(図2b及びc)。さらに、虹彩実質スフェアを神経誘導培地(DMEM/F12中、1×N2 supplement)中で約7日間接着培養したところ、神経マーカーであるβIII−チュブリンを発現する細胞が見られたことから、スフェアには神経に分化可能な未分化細胞が存在することも示された(図2d)。また、マウス虹彩実質スフェア中にも、同様に幹細胞マーカーであるNestin、Musashi1及びSox2の発現が認められた(図2e〜g)。
【0054】
結果
以上のことから、虹彩実質組織から形成させたスフェアを構成する細胞は、神経堤幹細胞の性質を有する組織幹細胞/前駆細胞であることが確認された。
【実施例2】
【0055】
角膜内皮細胞への分化誘導
上記のようにしてウサギ虹彩実質由来細胞から形成させたスフェアを、角膜内皮誘導培地(DMEM/F12中、1〜50ng/mL TGF−β、1×N2 supplement)中で、接着培養した。TGF−βは、ヒトTGF−β由来の配列を有し、組み換え的に生成された、市販のものを用いた(R&D SYSTEMS社製)。具体的には、遠心分離(500rpm、1分間)によりスフェア培養用培地からスフェアを取り出し、約10スフェア/mLで角膜内皮誘導培地に加え、I型コラーゲンでコーティングしたプラスチック製培養ディッシュ上に播種し、5%CO、37℃にて9日間インキュベートした(図3a〜c)。分化誘導後、スフェア周辺部より細胞が遊走及び増殖し、角膜内皮細胞に特徴的な多角形の敷石状細胞が出現した(図3b及びc)。
【0056】
角膜内皮機能の一つであるバリア機能を検証するため、タイトジャンクションタンパク質であるZO−1についての免疫染色を行った(抗ZO−1抗体:1A12、ZYMED社製)。結果を図3dに示す。ZO−1が細胞間に発現していることが見て取れる。このことは、虹彩実質由来スフェアから形成させた敷石状の細胞層の細胞間にタイトジャンクションが形成され、したがって角膜内皮の主要な機能であるバリア機能を有し得ることを示している。
【0057】
分化誘導後の細胞を回収し、定量的RT−PCR法によりマーカー発現を検討した。陰性対照として、TGF−βを加えなかったこと以外は上記と同様に培養した細胞を用い、陽性対照として、ウサギ角膜内皮組織から調製した角膜内皮細胞を用いた。
【0058】
VIII型コラーゲン、N−カドヘリン及びVE−カドヘリンについては、以下のプライマーを用いてリアルタイムRT−PCRを行った。GAPDHは内部標準として用いた。
VIII型コラーゲン
フォワード:GGCGCCTACTATGGGATCAAG(配列番号1)
リバース:GGGCTGGTATTGTGGAATTTGTG(配列番号2)
N−カドヘリン
フォワード:CCTACATATGGCCTTTCCAACACA(配列番号3)
リバース:GGGACTTCGCCATAGAATGTCATG(配列番号4)
VE−カドヘリン
フォワード:GCAGCACTTCTACCACTTCCT(配列番号5)
リバース:GGGATCCGAGGCCAGTAC(配列番号6)
GAPDH
フォワード:CGGTGCACGCCATCAC(配列番号7)
リバース:CCGTCACGCCACAGCTT(配列番号8)
PCR条件は次のとおりである:50℃、2分間;95℃、10分間;95℃、15秒間、60℃、60秒間(45サイクル)。
【0059】
結果を図4a〜cに示す。角膜内皮特異的マーカーであるVIII型コラーゲン及びN−カドヘリンの発現が検出されたが、一方で血管内皮マーカーであるVE−カドヘリンは発現していなかった(図4a〜c)。
【0060】
ここで、VIII型コラーゲンは、定量的RT−PCRにおいて、生体組織から採取した角膜上皮細胞と比較して、角膜内皮細胞で約90倍高い発現を示す(図5)。したがって、VIII型コラーゲンは、角膜内皮細胞の特異的マーカーである。
【0061】
また、Na/K ATPアーゼについて、RT−PCR及び電気泳動による発現の検討を行った。以下のプライマーを用いた。GAPDHは内部標準として用いた。
Na/K ATPアーゼ
フォワード:GAGTGGAAGGAGTTCGTGTGGA(配列番号9)
リバース:TTGAGTTTCTGGACGTGCTGG(配列番号10)
GAPDH
フォワード:GTGCCGAGTACGTGGTGGAATC(配列番号11)
リバース:CCCTCGGATGCCTGCTTCA(配列番号12)
【0062】
PCR条件は次のとおりである:94℃、5分間;94℃、30秒間、60℃、30秒間、72℃、30秒間(30サイクル);72℃、7分間。
【0063】
結果を図4dに示す。ポンプ機能の指標であるNa/K ATPアーゼの発現が認められた(図4d)。
【0064】
結果
以上の結果から、虹彩実質由来の組織幹細胞/前駆細胞は、TGF−βを含む培地で分化誘導を行うことにより、角膜内皮細胞に分化し得ることが示された。上記のとおり、角膜内皮細胞から、適切な条件での培養により、角膜内皮損傷の治療のための角膜内皮細胞シートを作製することができる。したがって、この結果は、虹彩実質組織から、角膜内皮損傷の治療に用いることができる移植用材料を作製することが可能であることを明確に示している。
【0065】
上記のとおり、神経堤幹細胞をはじめとする組織幹細胞/前駆細胞は、角膜実質、皮膚、表皮、骨髄、腸管上皮、心筋、血管内皮及び脂肪組織などの多数の組織に存在することが示されている(Yoshida S. et al.,上掲;Wong C.E. et al.,上掲;Fuchs E. et al.,上掲;Spradling A. et al.,上掲;Tomita Y. et al.,上掲;Ishikawa M. et al.,上掲;Boquest AC. et al.,上掲)。これらの組織に由来する組織幹細胞/前駆細胞も、上記虹彩実質由来細胞と同様に、角膜内皮細胞への分化が可能であり、したがって角膜内皮損傷の治療のための移植材料の供給源として用いることができる。
【実施例3】
【0066】
角膜内皮細胞への分化誘導におけるTGF−βの特異的効果
実施例2の分化誘導と同様の方法を用いて、Wnt3a(100ng/mL;R&D SYSTEMS社製)、TGF−β(30ng/mL;R&D SYSTEMS社製)及びBMP2(20ng/mL;R&D SYSTEMS社製)について、角膜内皮細胞への分化誘導能を検討した。これら3種類の因子は、いずれも細胞分化に関与することが知られている。
【0067】
それぞれ、単独(Wnt3a:w、TGF−β:t、BMP2:b)および、Wnt3a及びTGF−βを同時添加(w+t)、Wnt3aを3日間添加後、さらにTGF−βを添加(w→t)、Wnt3a、TGF−β及びBMP2を同時添加(w+t+b)した。各細胞サンプルについて、培養開始9日後に細胞からmRNAを抽出し、VIII型コラーゲン発現について検討した。
【0068】
結果を図6に示す。「t」で示したTGF−βでは、単独添加で顕著に高いVIII型コラーゲン発現の誘導が認められる。一方、「w」で示したWnt3aの単独添加、又は「b」で示したBMP2の単独添加では、VIII型コラーゲンの発現誘導は認められなかった。しかし、Wnt3a及び/又はBMP2と同時にTGF−βを添加することにより、VIII型コラーゲン発現を誘導することが可能であった。このことは、TGF−βが、組織幹細胞/前駆細胞から角膜内皮細胞への分化を特異的に誘導し得ることを示している。
【産業上の利用可能性】
【0069】
本発明の方法により生成される角膜内皮細胞は、角膜移植対象患者の治療のための好適な移植材料であり、再生医療において有用である。
【図面の簡単な説明】
【0070】
【図1】虹彩実質由来の組織幹細胞/前駆細胞スフェアを表す写真である。a及びbは野生型マウスから得られたスフェアの位相差顕微鏡像である(a:一次スフェア、b:二次スフェア)。c及びdはP0−Cre−EGFPマウスから得られたスフェアの位相差顕微鏡像(c)及び蛍光顕微鏡像(d)である。
【図2−1】ウサギ虹彩実質由来スフェアの特性を表す写真である。a:BrdUアッセイ、b:ABCG2免疫染色像、c:Sox2免疫染色像、d:神経誘導培地中で接着培養後のβIII−チュブリン免疫染色像。
【図2−2】マウス虹彩実質由来スフェアの特性を表す写真である。e:Nestin免疫染色像、f:Musashi1免疫染色像、g:Sox2免疫染色像。
【図3】虹彩実質由来スフェアからの角膜内皮細胞への分化誘導を表す写真である。a〜c:位相差顕微鏡像(a:分化誘導3日後、b:分化誘導6日後、c:分化誘導9日後)、d:ZO−1免疫染色像。
【図4】虹彩実質由来スフェアからの分化誘導により得られた角膜内皮細胞の遺伝子発現解析を表す図である。a:VIII型コラーゲン、b:N−カドヘリン、c:VE−カドヘリン、d:Na/K ATPアーゼ。a〜cのデータは、GAPDHについて得られた増幅量との比として表している。
【図5】VIII型コラーゲンが角膜内皮細胞の特異的マーカーであることを表すグラフである。定量的RT−PCRにおいて、VIII型コラーゲンは、角膜上皮(「角膜上皮(vivo)」)と比較して、角膜内皮組織由来細胞(「角膜内皮(vivo)」)において90倍、培養角膜内皮(「角膜内皮(vitro)」)において125倍高いmRNA発現が見られた。
【図6】TGF−βが、組織幹細胞/前駆細胞から角膜内皮細胞への分化を特異的に誘導することを表すグラフである。
【配列表フリーテキスト】
【0071】
配列番号1〜12:プライマー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
角膜内皮細胞の生成方法であって、
(a)哺乳動物組織由来の細胞を浮遊培養し、スフェアを形成させるステップ;及び
(b)該スフェア又は該スフェアを構成する細胞を、培養基体に接着させ、TGF−βの存在下で培養することにより、角膜内皮細胞への分化を誘導するステップ
を含む、上記方法。
【請求項2】
前記スフェアを構成する細胞が、組織幹細胞/前駆細胞の特異的マーカーを発現していることを確認するステップをさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記スフェアを構成する細胞が、神経堤幹細胞の特異的マーカーを発現していることを確認するステップをさらに含む、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
ステップ(b)でのTGF−βの濃度が少なくとも1ng/mLである、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記哺乳動物組織が、虹彩実質、角膜実質、皮膚、表皮、骨髄、腸管上皮、心筋、血管内皮及び脂肪組織からなる群より選択される、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記哺乳動物組織が虹彩実質である、請求項5に記載の方法。

【図1】
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【図2−1】
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【図2−2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−268433(P2009−268433A)
【公開日】平成21年11月19日(2009.11.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−123562(P2008−123562)
【出願日】平成20年5月9日(2008.5.9)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】