説明

経口用の遅延型過敏症および/または胃炎の抑制剤

【課題】マメ科シカクマメ(Psophocarpus)属に属する植物の経口摂取によってもたらされる種々の影響の原因を特定し、且つシカクマメ抽出物からなる有用な経口摂取用機能剤を提供すること課題とする。
【解決手段】本発明は、経口用の遅延型過敏症および/または胃炎の抑制剤、より具体的には経口用の遅延型過敏症および/または胃炎関連因子の遺伝子の発現抑制剤に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、経口用の遅延型過敏症および/または胃炎の抑制剤、より具体的には経口用の遅延型過敏症および/または胃炎関連因子の遺伝子の発現抑制剤に関する。
【背景技術】
【0002】
シカクマメ(Psophocarpus tetragonolobus (L.) D.C.)はマメ科のつる性植物であり、実の断面が四角形のためこの名がある。栄養価が高く、他の豆類と同様に種々の効果が期待されている。
【0003】
これまで出願人は、シカクマメの抽出物を有効成分とする皮膚外用剤が、表皮細胞におけるラミニン5の産生能を高め、抗老化、しわ形成抑制作用を有することを報告している(特許文献1)。また、シカクマメの抽出物には、細胞増殖促進、TGF−β産生促進、コラーゲンゲル収縮促進、インテグリン産生促進、コラーゲン産生促進、ヒアルロン酸産生促進、タンパク質糖化抑制といった効果を有することを見出し、シカクマメの抽出物を含む各種促進剤、抑制剤を提案している(特許文献2、3および4)。しかしながら、シカクマメの抽出物を経口摂取した場合の効果は知られていない。
【0004】
また、従来のシカクマメの外用による効果はタンパク質レベルでの解明に留まるが、シカクマメの経口投与による遺伝子発現に対する影響について調べられた例はない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許368774号公報
【特許文献2】特開2010−24211号公報
【特許文献3】特開2010−24222号公報
【特許文献4】特開2010−132632号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記事情に鑑み、本発明は、マメ科シカクマメ(Psophocarpus)属に属する植物の経口摂取によってもたらされる種々の影響の原因を特定し、且つシカクマメ抽出物からなる有用な経口摂取用機能剤を提供すること課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、シカクマメエキスの経口摂取による影響を調べたところ、皮膚の苔蘚化モデル(Brit. J. Derm. 2007, 156, 884-891)で見られる皮膚肥厚が抑制されることを発見した。この現象をさらに詳細に解明するために遺伝子解析を行ったところ、遅延型過敏症および/または胃炎に関連する因子の遺伝子発現量について、シカクマメ経口摂取の影響が顕著に現れることを見出し、本発明をなすに至った。
【0008】
すなわち、本発明によれば以下の剤が提供される。
(1)マメ科シカクマメ(Psophocarpus)属に属する植物の中から選ばれる1種または2種以上の植物またはその抽出物からなる、経口用の遅延型過敏症および/または胃炎関連因子の遺伝子の発現抑制剤。
(2)前記遅延型過敏症および/または胃炎の関連因子が、macrophage migration inhibitory factor(MIF)および/またはCD74である、(2)に記載の遅延型過敏症および/または胃炎関連因子の遺伝子の発現抑制剤。
(3)マメ科シカクマメ(Psophocarpus)属に属する植物の中から選ばれる1種または2種以上の植物またはその抽出物からなる、経口用の遅延型過敏症および/または胃炎の抑制剤。
【発明の効果】
【0009】
本発明は、遅延型過敏症および/または胃炎に関連する因子の遺伝子発現量に顕著な影響を及ぼすマメ科シカクマメ(Psophocarpus)属に属する植物の抽出物からなる、有用な経口用の遅延型過敏症および/または胃炎の抑制剤を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
遅延型過敏症とは、IV型アレルギーと呼ばれるアレルギーの一種であり、抗原と特異的に反応する感作T細胞によって起きる。他のアレルギー反応が液性免疫であるのに対し、IV型アレルギーだけは細胞性免疫が関与し、初回投与と同じ抗原での刺激後24〜48時間で最大となる感作個体に起こる、細胞性免疫反応である。ヘルパーT1型リンパ球とMHCクラスII陽性抗原提示細胞との相互作用によって反応が開始する。この相互作用がヘルパーT1型とマクロファージの局所でのサイトカイン分泌を誘導する(ステッドマン医学大辞典、改訂第6版)。
【0011】
胃炎とは、広く胃粘膜の炎症症状のことを言い、具体的には、アルカリ逆流性胃炎、萎縮性胃炎、胆汁性胃炎、カタル性胃炎、嚢胞性ポリープ性胃炎、好酸球性胃炎、剥脱性胃炎、肥厚性胃炎、間質性胃炎、ポリープ性胃炎、偽膜性胃炎、および硬化性胃炎などがある(ステッドマン医学大辞典、改訂第6版)。急性胃炎は、胃粘膜の急性炎症により突発的に発症し、例えば、アルコール、刺激物質、感染、ストレスなどが原因と言われる。一方、慢性胃炎では、胃粘膜の慢性炎症と固有胃腺の萎縮、腺の過形成または腸上皮化生が見られ、近年、ヘリコバクター・ピロリ(HP)が慢性胃炎の一要因と言われている。
【0012】
遅延型過敏症および胃炎の病理過程において、免疫および炎症の媒介因子として、マクロファージ遊走阻止因子(macrophage migration inhibitory factor:MIF)が関与することが知られている。Huang XRらは、MIFが胃炎において上方制御され、酢酸誘導性の胃潰瘍において重要な機能を有していることを報告している(Gastroenterology, 2001, 121, 619-630)。また、Benny L. W.らは、ヘリコバクター・ピロリに感染させたMIFノックアウトマウスと野性型マウスを用いた実験により、野生型マウスではMIFおよびその受容体であるCD74の両方が有意に上方制御され、一方、MIFノックアウトマウスではCD74の上方制御が阻止されたことを報告している(The American Journal of Pathology, 2009 April, 174, 4, 1319-1328)。さらに同報告において、ノックアウトマウスにおいて、HP抗原に対する皮膚遅延型過敏症応答が阻害されたことも記載されている。
【0013】
すなわち、本発明において使用される場合、遅延型過敏症および/または胃炎の抑制剤とは、上記の症状を抑制すること、具体的には、上記の症状を遅延型過敏症および/または胃炎を抑制することを言う。より具体的には、遅延型過敏症および/または胃炎に関連する因子であるMIFおよび/またはCD74を阻害することを言う。さらに具体的には、MIFおよび/またはCD74遺伝子の発現を抑制することを言う。
【0014】
本発明の経口用の遅延型過敏症および/または胃炎の抑制剤に用いられるシカクマメ(Psophocarpus)属に属する植物は、シカクマメ属に属する植物であれば特に限定されるものでなく、任意に用いることができる。中でもシカクマメ(学名:Psophocarpus tetragonolobus)が好ましく用いられる。シカクマメ(Psophocarpus tetragonolobus)は日本にも移入され、栽培されている。シカクマメは、翼マメ(ウイングドビーン)とも称されている。改良品種として「ウリズン」等が知られている。本発明ではこれら改良品種も含まれる。市販品はサカタのタネなどで購入することができる。
【0015】
シカクマメは生のままでも乾燥したものでも使用することができるが、使用性、製剤化等の点から乾燥粉末あるいは溶媒抽出物として用いることが好ましい。シカクマメの使用部位としては、種子、莢、葉、花、根、全草等、任意に用いられ得る。中でも種子または莢が好ましく用いられる。
【0016】
シカクマメの抽出物は常法より得ることができ、例えば、シカクマメを必要により乾燥した後、抽出溶媒に一定期間浸漬するか、あるいは加熱還流している抽出溶媒と接触させ、次いで濾過し、濃縮して得ることができる。抽出溶媒としては、通常抽出に用いられる溶媒であれば任意に用いることができ、例えば、水、メタノール、エタノール、プロピレングリコール、1,3−ブチレングリコール、グリセリン等のアルコール類、クロロホルム、ジクロルエタン、四塩化炭素、アセトン、酢酸エチル等の有機溶媒を、それぞれ単独であるいは適宜組み合わせて用いることができる。上記溶媒で抽出して得た抽出液をそのまま、あるいは濃縮したエキスを用いるか、あるいはこれらエキスを吸着法、例えばイオン交換樹脂を用いて不純物を除去したものや、ポーラスポリマー(例えばアンバーライトXAD−2)のカラムにて吸着させた後、メタノールまたはエタノールで溶出し、濃縮したものも使用することができる。また分配法、例えば水/酢酸エチルで抽出した抽出物等も用いることができる。
【0017】
こうして得られる抽出液は、そのまま、あるいはエタノール等でさらに希釈し、または固化後、乾燥物をそのまま、もしくは乾燥物を例えばエタノールに再溶解して、本発明で用いることができる。
【0018】
このようにして得られたシカクマメ抽出物は、安全性が高く、優れた遅延型過敏症および/または胃炎の抑制作用を有する。シカクマメおよびその抽出物が経口により遅延型過敏症および/または胃炎の抑制作用を有することはこれまで全く知られておらず、本発明者らによって遅延型過敏症および/または胃炎に関連する因子の遺伝子発現に影響を及ぼすことが初めて確認されたものである。
【0019】
本発明の遅延型過敏症および/または胃炎の抑制剤を飲食品や飼料等に配合する場合、シカクマメ抽出物の配合量(乾燥質量)は、それらの種類、目的、形態、利用方法などに応じて、適宜決めることができ、例えば、飲食品全量中に0.0001〜50質量%程度とすることができる。特に、保健用飲食品等として利用する場合には、本発明の有効成分を所定の効果が十分発揮されるような量で含有させることが好ましい。
【0020】
飲食品や飼料の形態としては、例えば、顆粒状、粒状、ペースト状、ゲル状、固形状、または、液体状に任意に成形することができる。これらには、飲食品等に含有することが認められている公知の各種物質、例えば、結合剤、崩壊剤、増粘剤、分散剤、再吸収促進剤、矯味剤、緩衝剤、界面活性剤、溶解補助剤、保存剤、乳化剤、等張化剤、安定化剤やpH調製剤などの賦形剤を適宜含有させることができる。
【0021】
本発明の遅延型過敏症および/または胃炎の抑制剤を機能性剤(例えば、栄養補助剤、機能性飲食品、疾病者用食品、特定保健用食品等)として用いる場合、剤型は任意で、例えば錠剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤等の経口用固形製剤や、内服液剤、シロップ剤等の経口用液体製剤など、いずれの形態にも公知の方法により適宜調製することができる。これらの機能性剤には、通常用いられる結合剤、崩壊剤、増粘剤、分散剤、再吸収促進剤、矯味剤、緩衝剤、界面活性剤、溶解補助剤、保存剤、乳化剤、安定化剤やpH調製剤などの賦形剤を適宜使用してもよい。
【0022】
本発明の遅延型過敏症および/または胃炎の抑制剤を、飲食品、飼料、機能性剤等として用いる場合、遅延型過敏症および/または胃炎の予防および/または改善に役立つ。このため、上記症状の治療、予防、改善等の生理機能をコンセプトとして、その旨を表示した機能性飲食品、疾病者用食品、特定保健用食品等に応用することができる。
【実施例】
【0023】
1.シカクマメ種子エキス経口摂取とバリア破壊
HR-1 マウス(1群6匹)を3群用意し、シカクマメ種子エキスまたは溶媒(カルボキシメチルセルロース)を5週間、週5回(月から金曜日)、200 mg/kg/dayの量を経口摂取させた(シカクマメ種子エキス摂取は1群、溶媒摂取群は2群)。また、シカクマメまたは溶媒の摂取開始1週間後から、シカクマメ種子エキス摂取群および溶媒摂取群1群に対し、テープストリッピング(TS)によるバリア破壊を週3回(月、水、金曜日)、4週間行った。1回のバリア破壊操作はセロファンテープ(ニチバン社)を背部皮膚の左側に貼って剥がす操作を繰り返すことで行った。経皮水分蒸散量をVapometer(Delfin社)でモニターし、7〜10mg/cm2/hとなった時点でバリア破壊操作を終了した。
【0024】
2.マイクロアレイ解析
シカクマメ種子エキスまたは溶媒を経口摂取させたマウスの背部皮膚を採取し、液体窒素で凍結保存した。凍結皮膚組織を液体窒素中でクライオプレスにより破砕し、Isogenで細胞内のRNAを抽出し、さらにRNeasyキット(Qiagen社)により精製した。精製したRNAを鋳型として、マニュアル(Affymetrix社)に従い、ラベル化プローブを合成し、約4万個の遺伝子プローブについてGene Chip(whole mouse genome 320.2, Affymetrix社)上でハイブリダイゼーションを行い、蛍光ラベル強度をマイクロアレイ用スキャナー(Affymetrix社)でスキャンし、数値データを取得した。
取得したデータを統計分析ソフトウェア「R」を用いて、the Factor Analysis for Robust Microarray Summarization (FARMS) 法で正規化し、サンプルのクラスター解析を実施して、樹形図を得、各実験群が分離していることを確認した。Rank Products法によってデータをランク付けし、各Probe IDのfalse discovery rate (FDR)とランキング順の積が1以下となる、すなわち理論的に擬陽性が含まれる確率が1以下である遺伝子群を選択して以降の解析を行った。
【0025】
Ingemuity Pathway Analysis ver7.5 (IPA)を用いて、皮膚に関連する遺伝子リスト(1121個)を得て、また、シカクマメエキス摂取によって発現低下した遺伝子(1362個)と共通する遺伝子リスト(128個)を得た。そのうち、遅延型過敏症および/または胃炎に関連するmacrophage migration inhibitory factor(MIF)遺伝子およびCD74についてはシカクマメエキスの経口摂取の影響が顕著であった。
【0026】
3.結果
上記実験による、遅延型過敏症および/または胃炎に関連するMIF遺伝子およびCD74遺伝子発現量の変化を表1に示す。
【0027】
【表1】

【0028】
マイクロアレイ解析より、バリア破壊処理のみを行った群と、未処置群との比較では、MIF遺伝子とCD74遺伝子の挙動は異なったが、バリア破壊に加えてシカクマメエキスを投与した群は、未処置群と比較して有意な発現量の減少が認められた。
【0029】
バリア破壊によるMIF増加については、MIFが炎症の媒介因子であるため、バリア破壊による炎症によりMIF遺伝子発現が上昇したものと考えられる。
一方、MIFおよびCD74の両遺伝子について、未処理群と比較して有意な発現量の減少が認められたことにより、本発明の遅延型過敏症および/または胃炎の抑制剤は、当該疾患および/または症状に関連する因子の遺伝子の発現を有効に抑制できる剤であることが確認できた。
【0030】
(処方例)
以下に、本発明の遅延型過敏症および/または胃炎の抑制剤を含む製剤、サプリメント、食品、飲料等の処方例を示す。なお、配合量は、質量部または質量%で示す。
【0031】
(錠剤)
(1,500mg/日)
(配合成分) (mg)
ショ糖エステル 70
結晶セルロース 74
メチルセルロース 36
グリセリン 25
遅延型過敏症および/または胃炎の抑制剤:シカクマメ莢抽出物(乾燥残分) 475
N−アセチルグルコサミン 100
ヒアルロン酸 50
ビタミンE 30
ビタミンB6 20
ビタミンB2 10
α−リポ酸 20
コエンザイムQ10 40
セラミド(コンニャク抽出物) 50
L−プロリン 100
コラーゲン 400
【0032】
(ソフトカプセル)
(1,500mg/日)
(配合成分) (mg)
食用大豆油 530
トチュウエキス 50
ニンジンエキス 50
遅延型過敏症および/または胃炎の抑制剤:シカクマメ種子抽出物(乾燥残分) 100
ローヤルゼリー 50
マカ 30
γ−アミノ酪酸(GABA) 30
ミツロウ 60
ゼラチン 375
グリセリン 120
グリセリン脂肪酸エステル 105
【0033】
(顆粒)
(配合成分) (mg)
遅延型過敏症および/または胃炎の抑制剤:シカクマメ莢抽出物(乾燥残分) 400
ビタミンC 100
大豆イソフラボン 250
還元乳糖 300
大豆オリゴ糖 36
エリスリトール 36
デキストリン 30
香料 24
クエン酸 24
【0034】
(飲料)
(配合成分) (50ml中質量%)
トチュウエキス 1.6
ニンジンエキス 1.6
遅延型過敏症および/または胃炎の抑制剤:シカクマメ莢抽出物(乾燥残分) 1.6
還元麦芽糖水飴 28
エリスリトール 8
クエン酸 2
香料 1.3
N−アセチルグルコサミン 1
ヒアルロン酸 0.5
ビタミンE 0.3
ビタミンB6 0.2
ビタミンB2 0.1
α−リポ酸 0.2
セラミド(コンニャク抽出物) 0.4
L−プロリン 2
コラーゲンペプチド 10
精製水 残余
【0035】
(クッキー)
(配合成分) (質量%)
薄力粉 45.0
バター 17.5
グラニュー糖 20.0
遅延型過敏症および/または胃炎の抑制剤:シカクマメ種子粉砕物 4.0
ニンジンエキス 適量
卵 12.5
レモンフレーバー 1.0

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マメ科シカクマメ(Psophocarpus)属に属する植物の中から選ばれる1種または2種以上の植物またはその抽出物からなる、経口用の遅延型過敏症および/または胃炎関連因子の遺伝子の発現抑制剤。
【請求項2】
前記遅延型過敏症および/または胃炎の関連因子が、macrophage migration inhibitory factor(MIF)および/またはCD74である、請求項1に記載の遅延型過敏症および/または胃炎関連因子の遺伝子の発現抑制剤。
【請求項3】
マメ科シカクマメ(Psophocarpus)属に属する植物の中から選ばれる1種または2種以上の植物またはその抽出物からなる、経口用の遅延型過敏症および/または胃炎の抑制剤。

【公開番号】特開2012−206947(P2012−206947A)
【公開日】平成24年10月25日(2012.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−71596(P2011−71596)
【出願日】平成23年3月29日(2011.3.29)
【出願人】(000001959)株式会社 資生堂 (1,748)
【Fターム(参考)】