説明

結像光学系、顕微鏡装置及び実体顕微鏡装置

【課題】観察者の疲労感を抑制し、被検物を立体的に良好に観察できるようにした結像光学系、顕微鏡装置及び実体顕微鏡装置を提供する。
【解決手段】実体顕微鏡装置に用いられ、対物レンズ1、及び、観察光学系を介して像を形成する結像光学系において、観察光学系に含まれる変倍光学系の複数のレンズ群G1〜G4のうち少なくとも2つのレンズ群は、それぞれ対物レンズ1の光軸と直交方向の成分を持って移動するように構成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、結像光学系、顕微鏡装置及び実体顕微鏡装置に関する。
【背景技術】
【0002】
顕微鏡装置の一例である実体顕微鏡装置は、凹凸のある物体を観察した場合、両目で見たときと同じように立体感を持って観察できる。このため、顕微鏡下で作業する場合にピンセット等の工具と物体との距離関係を容易に把握することができる。従って、精密機械工業、生物の解剖又は手術等の細かい処置が必要な分野で特に有効である。このような実体顕微鏡装置では、物体の立体感のための視差を得るため、左右2つの眼に入射する光束の光学系を少なくとも部分的には独立させ、その光軸が物体面上で交わるようにする。そして、異なった方向より見た物体の拡大像を作り、接眼レンズを通して観察することで微小物体の立体視を行っている。即ち、両目の視差(左右像の違い)などの生理的要因により、人間は、左右像の違いを脳内で処理して両目の像を融合することができ、これにより、物体を立体的に認識することができる(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
一般的な実体顕微鏡装置では、物体を異なる角度から観察する一つの光学系どうしの角度は、12度前後に設定されている。これは、眼幅が65mmである人が、明視の距離とされる300mm先の物体を両眼視したときの左右の眼の光軸の角度であり、多数の人にとって左右像を融合することが比較的容易に達成される角度であるためである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2001−46399号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、両眼の像を融合して物体を立体的に認識するための生理的要因には個人差があり、立体的な認識が得意な人や不得意な人が存在するだけでなく、立体的な認識が全くできない人も存在する。また、このような個人差以外にも、観察対象の物体の形状によっては、立体的な認識が困難となる場合もある。そのため、物体を立体的に認識することができない場合には、左右像の違いが二重像として観察者に認識されてしまい、この観察者が疲労感を覚え、観察に集中することが困難となる。
【0006】
本発明はこのような課題に鑑みてなされたものであり、観察者の疲労感を抑制し、物体を立体的に良好に観察できるようにした結像光学系、顕微鏡装置及び実体顕微鏡装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記課題を解決するために、本発明に係る結像光学系は、対物レンズ、及び、観察光学系を介して像を形成する結像光学系であって、観察光学系は複数のレンズ群を有し、当該複数のレンズ群のうち少なくとも2つのレンズ群は、それぞれ対物レンズの光軸と直交方向の成分を持つように移動することを特徴とする。
【0008】
このような結像光学系において、少なくとも2つのレンズ群のうちの少なくとも1つのレンズ群は、対物レンズを介して物体を見込む角度を変化させる第1の調整レンズ群であり、少なくとも2つのレンズ群の残りのレンズ群は、第1の調整レンズ群により変化する光路を調整して、複数のレンズ群をその光軸が一致するように配置したときに形成されるであろう像形成位置に像が結像するように射出させる第2の調整レンズ群であることが好ましい。
【0009】
また、このような結像光学系において、観察光学系は複数の光路を有し、対物レンズからの光を複数の光路のそれぞれから射出し、複数の光路にはそれぞれ複数のレンズ群を有し、少なくとも2つのレンズ群のそれぞれは、複数の光路における当該レンズ群の光軸間距離が変化するように移動することが好ましい。
【0010】
また、このような結像光学系において、観察光学系は、アフォーカル変倍光学系を含み、少なくとも2つのレンズ群は、アフォーカル変倍光学系を構成するレンズ群であることが好ましい。
【0011】
また、このような結像光学系は、右眼用及び左眼用の2つの光路を有することが好ましい。
【0012】
また、本発明に係る顕微鏡装置は、上述の結像光学系のいずれかを有することを特徴とする。
【0013】
また、本発明に係る実体顕微鏡装置は、対物レンズと、この対物レンズからその光軸に対して略平行に射出される光束を、複数の略平行光束としてそれぞれ射出する複数のアフォーカル変倍光学系と、複数のアフォーカル変倍光学系のそれぞれから射出される略平行光束を集光する複数の結像レンズと、を有し、複数のアフォーカル変倍光学系のうち少なくとも1つは、対物レンズの光軸と直交方向の成分を持つように移動する少なくとも2つのレンズ群を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係る結像光学系、顕微鏡装置及び実体顕微鏡装置を以上のように構成すると、物体を見込む角度を変化させることにより、観察者の疲労感を抑制し、被検物を立体的に良好に観察することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】平行型実体顕微鏡装置の外観を示す斜視図である。
【図2】上記実体顕微鏡装置の光学系の構成を示す説明図である。
【図3】上記光学系のうち、対物レンズと変倍レンズ群との関係を示す説明図である。
【図4】変倍光学系を構成するレンズ群の偏芯と物体を見込む角度との関係を説明する説明図であって、(a)は見込み角度を小さくした場合を示し、(b)は見込み角度を大きくした場合を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の好ましい実施形態について図面を参照して説明する。まず、図1及び図2を用いて、顕微鏡装置の一例である平行系実体顕微鏡装置100の構成について説明する。この実体顕微鏡装置100は、単対物双眼構成の顕微鏡装置であり、その光学系は、図示しない透過照明装置により照明されて物体Oを透過した光を集光してこの物体Oの一次像IMを形成する結像光学系5と、この結像光学系5で結像された一次像IMを拡大観察するための接眼レンズ6と、を備えている。また、結像光学系5は、物体Oからの光を集光して光軸に対して略平行な光束に変換する対物レンズ1と、物体Oの像の観察倍率を変化させる(変倍する)変倍光学系3と、この変倍光学系3から射出した光を集光して上述の一次像IMを形成する結像レンズ4と、を有して構成される。なお、この変倍光学系3と結像レンズ4とから構成される光学系を観察光学系2と呼ぶ。
【0017】
この実体顕微鏡装置100は、透過照明装置を内蔵するベース部(照明部)101、対物レンズ1及び接眼レンズ6が取り付けられ、内部に変倍光学系3を有する変倍レンズ鏡筒103、及び、焦点合わせ装置105を有している。また、ベース部101の上面には、透明部材を埋め込んだ標本載置台102が設けられている。なお、対物レンズ1は、変倍レンズ鏡筒103の下部に設けられた対物レンズ取り付け部106に取り付けられている。この対物レンズ取り付け部106は、予め定められた複数の低倍率の対物レンズ及び複数の高倍率の対物レンズのうちから一つを選択して取り付けることができるようになっている場合と、予め定められた複数の低倍率の対物レンズ及び複数の高倍率の対物レンズのうちから複数を選択して取り付けられるようになっている場合と、がある。
【0018】
変倍レンズ鏡筒103の内部には、左眼用と右眼用の変倍光学系3が配置され、この変倍レンズ鏡筒103の外側には変倍ノブ107が配置されている。変倍光学系3には可動レンズ群が含まれており、変倍ノブ107の回転により、予め定められた移動量に則り光軸方向に移動する。また、変倍光学系3には可変絞りが含まれており、変倍レンズ鏡筒103にはこの可変絞りの調節機構が設けられている。また、焦点合わせ装置105は、焦点合わせノブ108と、この焦点合わせノブ108の回転に伴い変倍レンズ鏡筒103を光軸に沿って上下動させる機構部(図示せず)とを有している。さらに、この変倍レンズ鏡筒103の上部には結像レンズ4及び接眼レンズ6を有する双眼鏡筒104が取り付けられている。左右両眼用の変倍光学系3のそれぞれから射出した平行光を、左右それぞれに配置された結像レンズ4が集光して物体の一次像IMを一旦結像し、双眼鏡筒104の上端部に取り付けられた接眼レンズ6を用いることにより結像された一次像IMを肉眼で観察することができる。
【0019】
このような構成の実体顕微鏡装置100を用いると、観察者は、対物レンズ1及び左右の観察光学系2で結像された物体Oの像を左右の接眼レンズ6を介して左右の眼で観察することにより、それぞれの角度から物体Oを見込み、この物体Oを立体視することができる。あるいは、左右の観察光学系2で結像された像のそれぞれをCCD等の撮像素子で検出することにより、これからの画像から物体Oを三次元表示することも可能である。
【0020】
図3は、このような実体顕微鏡装置100に用いられる変倍光学系3の一例であって、物体O側から順に、正の屈折力を有する第1レンズ群G1、負の屈折力を有する第2レンズ群G2、正の屈折力を有する第3レンズ群G3、及び、負の屈折力を有する第4レンズ群G4の合計4つのレンズ群から構成される場合を示している。この変倍光学系3は、低倍端状態から高倍端状態に変倍する際に、第2レンズ群G2が物体側から像側に一定方向に、また、第3レンズ群G3が像側から物体側へ一定方向に移動する。すなわち、第2レンズ群G2及び第3レンズ群G3は常に一定方向にのみ移動し、変倍の途中で逆戻りするような方向には移動しないように構成されている。
【0021】
ここで、図3に示すように、上記変倍光学系3の各レンズ群G1〜G4の各々の光軸が、観察光学系2の光軸Aに一致している状態を「標準状態」と呼び、この場合の、物体Oを見込む角度(対物レンズ1の光軸といずれか一方の観察光学系2の光軸とのなす角度)をθ0とする。このような変倍光学系3に対して、図4(a)に示すように、この変倍光学系3の負の屈折力を有する第2レンズ群G2を観察光学系2の光軸Aに対して直交方向の成分を持つように対物レンズ1の光軸に近づける、すなわち、左右の第2レンズ群G2をその光軸間距離が短くなるように移動させる(偏芯させる)と、物体Oに対して見込む角度θ1は、標準状態のときの角度θ0より小さくなる。反対に、図4(b)に示すように、第2レンズ群G2を観察光学系2の光軸Aに対して直交方向の成分を持つように対物レンズ1の光軸から離す、すなわち、左右の第2レンズ群G2をその光軸間距離が長くなるように移動させる(偏芯させる)と、物体Oに対して見込む角度θ2は、標準状態の時の角度θ0より大きくなる。また、図示はしないが、正の屈折力を有する第3レンズ群G3を光軸間距離が短くなるように偏芯させると物体Oを見込む角度は大きくなり、光軸間距離が長くなるように偏芯させると物体Oを見込む角度は小さくなる。
【0022】
このように、変倍光学系3を構成するレンズ群G1〜G4の少なくとも何れか(以下、このレンズ群を「第1の調整レンズ群CL1」と呼ぶ)を偏芯させることにより、物体Oを見込む角度を変化させることができるので、立体感を抑えたり強調させたりすることにより、観察者は、自身が立体的に認識し易くなるように立体感を調整することができる。
【0023】
ところで、この変倍光学系3は、入射した略平行光束の径を変倍して略平行光束(アフォーカル光束)として射出するアフォーカル変倍光学系である。従って、最終的にアフォーカル光束として変倍光学系3を射出させるためには、図4に示すように、第2レンズ群G2(第1の調整レンズ群CL1)を偏芯したことにより、この変倍光学系3内における光路が変化し、射出する光束が平行光束からずれるのを他のレンズ群の少なくとも1つを光軸と直交方向の成分を持つように移動させて調整する必要がある(このレンズ群を「第2の調整レンズ群CL2」と呼ぶ)。すなわち、第2の調整レンズ群CL2を偏芯させて、第1の調整レンズ群CL1により変化する光路を調整して、この変倍光学系3を構成するレンズ群をその光軸が一致するように配置したときに形成されるであろう像形成位置に像が結像するように射出させる必要がある。図4に示す変倍光学系3においては、正の屈折力を有する第3レンズ群G3を第2の調整レンズ群CL2として使用し、第2レンズ群G2の偏芯に応じて同じ方向に第3レンズ群G3を偏芯させるように構成されている。このときの第3レンズ群G3の偏芯量は、第2レンズ群G2の偏芯量から一意に決定することができる。なお、負の屈折力を有する第4レンズ群G4を第2の調整レンズ群CL2とする場合は、第2レンズ群G2と逆方向に偏芯させることが必要である。
【0024】
なお、偏芯させるレンズ群(第1及び第2の調整レンズ群CL1,CL2)は、変倍時に光軸に沿って移動することにより倍率を変化させるレンズ群の少なくとも1つであっても良いし、両方であっても良いが、図3及び図4においては、変倍時に光軸沿って移動することにより倍率を変化させる第2レンズ群G2及び第3レンズ群G3を偏芯させている。
【0025】
なお、変倍光学系3の変倍状態(倍率)に寄らず、第1及び第2の調整レンズ群CL1,CL2を偏芯させることにより、物体Oを見込む角度を変化させて立体感を抑えたり強調させたりすることができるが、この偏芯量に対する見込む角度の変化量は、変倍光学系3の倍率により変化する。そのため、本実施の形態に係る実体顕微鏡装置100においては、標準状態で倍率を決めてから、第1及び第2の調整レンズ群CL1,CL2を偏芯させて立体感を調整する使い方が望ましい。
【0026】
また、変倍光学系3に入射する光の最大径は、低倍端状態のときに最も小さくなり、高倍端状態のときに最も大きくなる。そのため、対物レンズ1や変倍光学系3の有効径により、第1及び第2の調整レンズ群CL1,CL2の偏芯によりビグネッティングが生じる場合がある。
【0027】
また、以上の説明では対物レンズ1に対して2つの光路を設けた場合について説明したが、3以上の光路を設けた場合も同様である(例えば、2つの観察光学系と、1つの照明光学系の構成)。
【0028】
さらに、結像光学系5を対物レンズ1、アフォーカル変倍光学系3、結像レンズ4という3つ光学系に分けて説明しているが、アフォーカル変倍光学系3の最も像側のレンズ群と結像レンズ4をまとめて1つのレンズ群として設計することもできる。さらに対物レンズ射出後の光が、平行光束ではなく、多少収束あるいは発散光束であったとしても、その後の光学系で調整すれば、平行光束を射出する対物レンズと同様の結像光学系を構成することができる。つまり、本発明は変倍光学系3がアフォーカル系をなすことが必須ではない。
【0029】
本実施形態に係る実体顕微鏡装置100を以上のように構成すると、目視観察の場合で立体視が苦手な観察者に対しては、物体Oを見込む左右の光軸角を小さくして、違和感の無い像形成とし、無理の無い観察を可能にする。また、目視観察もしくは左右それぞれの画像から三次元表示をする場合に、物体Oの段差の度合いによって、立体感を強調したり、逆に抑えたりすることが可能となり、のっぺりした像になったり、二重像になったりする現象を回避することができる。
【符号の説明】
【0030】
1 対物レンズ 2 観察光学系 3 変倍光学系(アフォーカル変倍光学系)
4 結像レンズ 5 結像光学系
CL1 第1の調整レンズ群(第2レンズ群G2)
CL2 第2の調整レンズ群(第3レンズ群G3)
100 実体顕微鏡装置(顕微鏡装置)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
対物レンズ、及び、観察光学系を介して像を形成する結像光学系であって、
前記観察光学系は複数のレンズ群を有し、当該複数のレンズ群のうち少なくとも2つのレンズ群は、それぞれ前記対物レンズの光軸と直交方向の成分を持つように移動することを特徴とする結像光学系。
【請求項2】
前記少なくとも2つのレンズ群のうちの少なくとも1つのレンズ群は、前記対物レンズを介して物体を見込む角度を変化させる第1の調整レンズ群であり、
前記少なくとも2つのレンズ群の残りのレンズ群は、前記第1の調整レンズ群により変化する光路を調整して、前記複数のレンズ群をその光軸が一致するように配置したときに形成されるであろう像形成位置に前記像が結像するように射出させる第2の調整レンズ群であることを特徴とする請求項1に記載の結像光学系。
【請求項3】
前記観察光学系は複数の光路を有し、前記対物レンズからの光を前記複数の光路のそれぞれから射出し、前記複数の光路にはそれぞれ前記複数のレンズ群を有し、前記少なくとも2つのレンズ群のそれぞれは、前記複数の光路における当該レンズ群の光軸間距離が変化するように移動することを特徴とする請求項1または2に記載の結像光学系。
【請求項4】
前記観察光学系は、アフォーカル変倍光学系を含み、前記少なくとも2つのレンズ群は、前記アフォーカル変倍光学系を構成するレンズ群であることを特徴とする請求項1〜3いずれか一項に記載の結像光学系。
【請求項5】
右眼用及び左眼用の2つの前記光路を有することを特徴とする請求項1〜4いずれか一項に記載の結像光学系。
【請求項6】
請求項1〜5いずれか一項に記載の結像光学系を有することを特徴とする顕微鏡装置。
【請求項7】
対物レンズと、
前記対物レンズからその光軸に対して略平行に射出される光束を、複数の略平行光束としてそれぞれ射出する複数のアフォーカル変倍光学系と、
前記複数のアフォーカル変倍光学系のそれぞれから射出される前記略平行光束を集光する複数の結像レンズと、を有し、
前記複数のアフォーカル変倍光学系のうち少なくとも1つは、前記対物レンズの光軸と直交方向の成分を持つように移動する少なくとも2つのレンズ群を有することを特徴とする実体顕微鏡装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−42774(P2012−42774A)
【公開日】平成24年3月1日(2012.3.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−184631(P2010−184631)
【出願日】平成22年8月20日(2010.8.20)
【出願人】(000004112)株式会社ニコン (12,601)
【Fターム(参考)】