説明

結晶の原子配列の決定方法

【課題】結晶のX線回折測定および中性子回折測定より得られるシグナルからさらに精密に原子の位置を求めて原子配列を決定することができる方法を提供する。
【解決手段】サンプルに含有される測定対象の化合物の結晶の原子配列を決定する方法であって、(a)と(b)の工程を含み、(c−1)の工程を少なくとも1回含むことを特徴とする結晶の原子配列の決定方法。
(a)X線回折の測定により得られたシグナルのリートベルト解析を行い、結晶中の原子の各席の分率座標を算出する工程。
(b)中性子回折の測定により得られたシグナルのリートベルト解析から結晶中の各席の占有率を算出する工程。
(c−1)(b)の工程で算出した占有率を用いて、X線回折の測定により得られたシグナルのリートベルト解析から分率座標を算出する工程。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、サンプルに含有される化合物の結晶の原子配列を決定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
サンプルに含有される化合物の結晶の原子配列を決定する方法として、従来からサンプルのX線回折測定と中性子線回折測定を行い、それぞれで得られたシグナルについてリートベルト解析をそれぞれ1回行い、その結果から原子の位置を求めて配列を決定する方法が行われている(例えば、非特許文献1参照)。
【0003】
しかしながら、該化合物を含有するサンプルの原子配列を決定する方法において、無機化合物の結晶、特に複数の遷移金属を含む固溶体を対象としたとき、X線回折測定および中性子回折測定より得られるシグナルから精密に原子の位置を求めて配列を精度よく決定できないこともあった。
【0004】
【非特許文献1】JOURNAL OF SOLID STATE CHEMISTRY (ジャーナル オブ ソリッド ステート ケミストリ),vol.130,74−80ページ,1997年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで、本発明の目的は、結晶のX線回折測定および中性子回折測定より得られるシグナルからさらに精密に原子の位置を求めて原子配列を決定することができる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、上記課題を解決すべく、鋭意検討を続けた結果、結晶の中性子回折測定により得られるシグナルのリートベルト解析と、X線回折測定により得られるシグナルのリートベルト解析を、特定の組み合わせ手順で実施することにより、サンプルに含有される化合物の結晶の原子配列を、X線回折測定と中性子線回折測定により得られるシグナルの従来のリートベルト解析結果によっては決定できない場合でも、原子配列を決定することができることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち本発明は、下記を提供する。
【0007】
<1> サンプルに含有される測定対象の化合物の結晶の原子配列を決定する方法であって、(a)と(b)の工程を含み、(c−1)の工程を少なくとも1回含むことを特徴とする結晶の原子配列の決定方法。
(a)X線回折の測定により得られたシグナルのリートベルト解析を行い、結晶中の原子の各席の分率座標を算出する工程。
(b)(a)の工程で算出した分率座標を用いて、中性子回折の測定により得られたシグナルのリートベルト解析を行い、結晶中の各席の占有率を算出する工程。
(c−1)(b)の工程で算出した占有率を用いて、X線回折の測定により得られたシグナルのリートベルト解析を行い、分率座標を算出する工程。
<2> サンプルに含有される測定対象の化合物の結晶の原子配列を決定する方法であって、(a)、(b)と(c−1)の工程を含み、さらに(c−2)および(c−3)の工程を少なくとも1回含む<1>記載の方法。
(a)X線回折の測定により得られたシグナルのリートベルト解析を行い、結晶中の原子の各席の分率座標を算出する工程。
(b)中性子回折の測定により得られたシグナルのリートベルト解析から結晶中の各席の占有率を算出する工程。
(c−1)(b)の工程で算出した占有率を用いて、X線回折の測定により得られたシグナルのリートベルト解析から分率座標を算出する工程。
(c−2)前の工程で算出した分率座標を用いて、中性子回折の測定により得られたシグナルのリートベルト解析から結晶中の原子の各席の占有率を算出する工程。
(c−3)前の工程で算出した占有率を用いて、X線回折測定のリートベルト解析から結晶中の原子の各席の分率座標を算出する工程。
<3> 以下の工程をさらに含む<1>または<2>に記載の方法。
(d)結晶のエネルギーを求め、席占有率に制約条件を加える工程。
<4> 中性子回折の測定におけるS/N比が、5以上15以下である<1>〜<3>のいずれかに記載の方法。
<5> サンプルが測定対象の化合物以外の化合物を含む<1>〜<4>のいずれかに記載の方法。
<6> 化合物が遷移金属酸化物である請求項1〜5のいずれかに記載の方法。
<7> 遷移金属酸化物がアルカリ金属又はアルカリ土類金属を含む遷移金属酸化物である<6>に記載の方法。
<8> コンピュータによって読み取り可能な記録媒体であって、<1>〜<7>のいずれかに記載の方法を実行するためのプログラムを格納した記録媒体。
<9> <1>〜<7>記載の方法を実行する装置。
<10> 少なくとも1回の電気化学的充放電の後に、<1>〜<7>のいずれかに記載の方法によって決定された遷移金属の少なくとも一種の席占有率と、前記方法または別の方法で決定された未充電時の席占有率を比較した場合、遷移金属が遷移金属層内の異なる席の間で移動したと判定されるアルカリ金属を含む遷移金属酸化物。
<11> アルカリ金属がリチウムである<10>記載の遷移金属酸化物。
<12> <10>または<11>に記載の遷移金属酸化物を正極に含む電池。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、サンプルに含有される化合物の結晶の原子配列を、X線回折測定と中性子線回折測定により得られるシグナルの従来のリートベルト解析結果によっては決定できない場合でも、決定することができ、また、従来の中性子回折で必要とされる測定時間を短縮し、より短時間の回折測定でも結晶構造を決めるができる。したがって、殊に、電池材料、蛍光材料などの遷移金属を含有する無機結晶性粉末の研究、開発や、製造における品質管理に本発明は有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明の決定方法は、サンプルに含有される測定対象の化合物の結晶の原子配列を決定する方法であって、(a)と(b)の工程を含み、(c−1)の工程を少なくとも1回含むことを特徴とする結晶の原子配列の決定方法。
(a)X線回折の測定により得られたシグナルのリートベルト解析を行い、結晶中の原子の各席の分率座標を算出する工程。
(b)(a)の工程で算出した分率座標を用いて、中性子回折の測定により得られたシグナルのリートベルト解析を行い、結晶中の各席の占有率を算出する工程。
(c−1)(b)の工程で算出した占有率を用いて、X線回折の測定により得られたシグナルのリートベルト解析を行い、分率座標を算出する工程。
【0010】
ここで、席占有率とは、結晶学で通常用いられる席(サイト、site)の占有率(occupancy)のことであり、分率座標は、結晶学で通常用いられるfractional coordinateのことである。
【0011】
本発明において行う中性子回折の測定のための中性子線は、原子炉の共用のビームラインを用いることにより得ることができるし、加速器を利用して発生させることもできる。
【0012】
中性子回折測定において、サンプルは通常はバナジウム製のホルダーに設置し、1〜50時間程度測定を続けてシグナルを、横軸がエネルギー、縦軸が強度のチャートまたはその電子データとして得る。
【0013】
本発明の方法は、中性子回折の測定におけるシグナルのS/N比が低い場合であっても結晶の原子配列を決定することができるので、S/N比が15以下の場合に好適に適用できる方法であり、特にS/Nが5以上15以下の場合に高い精度で結晶の原子配列を決定することができる。S/Nは、回折測定で得られた回折図中、5°〜160°の範囲でのシグナルの最大値Sとシグナルの最低値Nの比で表される。
【0014】
本発明において用いるX線回折の測定装置としては、10kVで10mA程度以上の強度のX線を発生させることができるX線発生装置と、X線のエネルギーを揃える分光結晶と、検出器を備えたものであれば使用することができるが、X線としては通常はCuKα線が用いられ、X線強度は30kV−20mA程度が好ましく、具体的には、(株)リガク製のX線回折装置RINT型などが使用できる。
【0015】
本発明において、リートベルト解析は、解析プログラムRIETAN-2000(F. Izumi and T. Ikeda, Mater. Sci. Forum,321−324(2000)198、参照)等のプログラムを用いて実施することができる。
【0016】
以下、本発明の決定方法の具体的手順の例について詳細に説明する。
まず、結晶の原子配列を決定する対象の化合物を含有するサンプルを準備し、その中性子回折の測定および中性子回折以外の回折の測定を行う。その測定結果または別の方法により、結晶の原子配列を決定する対象の化合物の結晶の空間群の候補を予め準備する。
以降は、図1の流れ図に示したような手順で結晶の原子配列を決定する。
【0017】
(1)段階: はじめに、図1(1)で、結晶の空間群の候補を与える。空間群候補の決定方法としては、本発明の結晶の原子配列の決定方法の実施のため、または別に行った中性子回折、X線回折、電子線回折等が挙げられ、別途推定してもよい。
【0018】
(2)段階: 次に、図1(2)段階で、結晶の席占有率を推定する。ここでは、粉末中性子回折、粉末X線回折等を用いて決めてもよいし、負の席占有率を含むような非物理的な席占有率でない限り、実験に基づかない推測でもよい。ここで、席占有率とは、結晶学で通常用いられる席(サイト、site)の占有率(occupancy)のことである。
【0019】
(3)段階: 次に、図1(3)段階では、図1(1)段階の空間群と、図1(2)段階の席占有率を用い、X線回折測定結果のリートベルト解析を行って、結晶の各席の分率座標(fractional coordinate)を求める。
【0020】
(4)段階: 図1(3)段階の分率座標を用い、中性子回折測定結果のリートベルト解析結果から席占有率を算出する。
【0021】
(5)段階: 新しく算出された席占有率を用いて、X線回折測定結果のリートベルト解析を行って分率座標を算出する。さらに欠損率も求めてもよい。ここで、「席Aの欠損率」とは、結晶に含まれる全ての元素について、席Aでの占有率を足し合わせた占有率をBとしたとき、1−Bで表されるものである。
【0022】
(6)段階: 新しく算出された分率座標をC、1回前に算出された分率座標をDとしたとき、C、Dに含まれる全ての席の分率座標について、|C−D|/C<δ1であれば収束したとして終了とする。|C−D|/C≧δ1であれば図1(7)段階へ移る。ここで、δ1は1より小さい正の値を、求める精度に応じて選ぶことができる。δ1を小さくするほど、結晶の原子配列の決定精度が向上する。
【0023】
(7)段階: 新しく算出された分率座標から、中性子回折測定結果のリートベルト解析から席占有率を算出し、図1(5)段階に戻る。
【0024】
図1(6)段階を1回行って終了とせず、図1(7)→(5)→(6)を1回以上繰り返すことが好ましい。
【0025】
席占有率の値の精度を向上させるために、または上記手順において分率座標の値の収束が遅い場合は、結晶のエネルギー計算を行って席占有率を算出する手順を加えることができる。より具体的には、結晶のエネルギー計算の結果を用いて、席占有率に制約条件を課すことができ、その制約条件を用いて、上記手順で結晶の原子配列を決定する。結晶のエネルギーは、例えば半経験的な電子状態計算から求めてもよいし、第一原理計算を用いてもよい。ここで、結晶のエネルギーとしては、結晶のゼロ温度または有限温度のヘルムホルツフリーエネルギーを用いてもよいし、結晶のトータルエネルギーなどを用いてもよい。
【0026】
本発明で結晶の原子配列を決定できる化合物について説明する。本発明で原子配列が決定できる化合物は結晶であれば特に限定されない。化合物の種類については、有機材料、無機材料(セラミックス、金属)等広範に用いる事が出来る。結晶構造は層状構造であることが好ましく、空間群R−3mまたはC2/mに帰属される結晶構造であることが好ましい。空間群R−3mは、六方晶型の結晶構造に含まれ、前記六方晶型の結晶構造は、P3、P31、P32、R3、P−3、R−3、P312、P321、P3112、P3121、P3212、P3221、R32、P3m1、P31m、P3c1、P31c、R3m、R3c、P−31m、P−31c、P−3m1、P−3c1、R−3m、R−3c、P6、P61、P65、P62、P64、P63、P−6、P6/m、P63/m、P622、P6122、P6522、P6222、P6422、P6322、P6mm、P6cc、P63cm、P63mc、P−6m2、P−6c2、P−62m、P−62c、P6/mmm、P6/mcc、P63/mcm、P63/mmcから選ばれるいずれか一つの空間群に帰属される。また、空間群C2/mは、単斜晶型の結晶構造に含まれ、前記単斜晶型の結晶構造は、P2、P21、C2、Pm、Pc、Cm、Cc、P2/m、P21/m、C2/m、P2/c、P21/c、C2/cから選ばれるいずれか一つの空間群に帰属される。
【0027】
本発明の原子配列の決定方法は、サンプルに含まれる結晶が遷移金属化合物の結晶である場合に好適に用いることができ、特に、アルカリ金属又はアルカリ土類金属を含む遷移金属酸化物に好適に用いることができ、LiまたはNaを含む遷移金属酸化物に特に好適に用いることができる。
【0028】
遷移金属化合物の結晶を含むサンプルで、不純物が多く含有される場合では、中性子線回折測定の結果得られるシグナルの強度が低い場合があり、原子配列を決定するために十分な精度のリートベルト解析結果が得られるような高い強度のシグナルは得られなかったところ、本発明の方法を用いれば、原子配列を決定することができる。
【0029】
本発明の原子配列の決定方法は、コンピュータによって読み取り可能な記録媒体であって、本発明の方法を実行するためのプログラムを格納した記録媒体からコンピュータに読み取らせて実行することにより実施できる。本発明の方法を実行する装置としては、本発明の方法を実行するためのプログラムを格納したコンピュータ等が挙げられる。
【0030】
アルカリ金属を含む遷移金属酸化物であって、とりわけ、少なくとも1回の電気化学的充放電の後に、本発明の方法によって決定された遷移金属の少なくとも一種の席占有率と、本発明の方法または別の方法で決定された未充電時の席占有率の比較から、遷移金属が移動したと判定できる精度の原子配列を決定することができ、前記遷移金属が遷移金属層内の異なる席の間で移動したと判定される遷移金属酸化物は、高い放電容量の二次電池を与える正極材となりうる。未充電時の席占有率の決定も本発明の方法によることが、比較が容易であり好ましい。
【実施例】
【0031】
次に、本発明を実施例によりさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0032】
実施例1
(リチウム複合金属酸化物の製造)
チタン製ビーカー内で、水酸化リチウム一水和物50g、蒸留水500mlおよびエタノール200mlを攪拌し、水酸化リチウム一水和物を完全に溶解させた。この水酸化リチウム水溶液入りチタン製ビーカーを低温恒温槽内に静置して、−10℃で保持した。ガラス製ビーカー内で、塩化ニッケル(II)六水和物23.17g、塩化マンガン(II)四水和物23.25g、硝酸コバルト(II)六水和物7.28g(Ni:Mn:Coのモル比は0.41:0.49:0.10である。)および蒸留水500mlを攪拌し、上記の塩化ニッケル(II)六水和物、塩化マンガン(II)四水和物および硝酸コバルト(II)六水和物の金属塩を完全に溶解させ、ニッケル−マンガン−コバルト水溶液を得た。該水溶液を、−10℃に保持した水酸化リチウム水溶液に、滴下し、沈殿を生成させた。
【0033】
次いで、生成した沈殿を含む混合液を、低温恒温槽から取出し、室温で空気を吹き込む操作(バブリング)を1日行った。バブリング後に得られた混合液について、ろ過・蒸留水洗浄し、沈殿を得た。
ポリテトラフルオロエチレン製ビーカー内で、水酸化リチウム一水和物50g、塩素酸カリウム50g、水酸化カリウム309gおよび蒸留水500mlを攪拌し、さらに前記沈殿を添加し、さらに攪拌して沈殿を分散させ、液状混合物を得た。
上記の液状混合物入りのポリテトラフルオロエチレン製ビーカーをオートクレーブ中に静置し、220℃の温度で5時間水熱処理し、自然冷却し、水熱処理品を得た。水熱処理品をオートクレーブから取出し、蒸留水にてデカンテーションを行って、洗浄品を得た。
この洗浄品と、水酸化リチウム一水和物10.49gを蒸留水100mlに溶解させた水酸化リチウム水溶液とを混合し、100℃で乾燥させ、混合物を得た。次いで、混合物をメノウ乳鉢を用いて粉砕し得られた粉末をアルミナ製焼成容器に入れ、電気炉を用いて大気中800℃で6時間焼成した。焼成品を室温まで冷却し、粉砕し、蒸留水でデカンテーションによる洗浄を行い、ろ過し、100℃で8時間乾燥して粉末A1を得た。また、A1のBET比表面積は、6.4m2/gであった。
【0034】
実施例2
(充放電試験)
粉末A1を10〜15gずつ5.2wt%のPVDF/NMP溶液、3wt%のアセチレンブラック、7wt%のSNO−3と混合し、攪拌してペースト化しAl箔シート(厚さ20μm、25cm×14cm)にバーコータにて片面塗工した後、60℃熱風乾燥した。そして、電極シートのA1ペースト塗工部分を幅5cmにカットした後、溶接して50cm×5cmのシートに加工した。このシートを、非塗工面を内側にしてさらに二枚重ねて溶接し、両面塗工シートを作製した。リード線を溶接し、ラミネート電池作製に必要な電極シートを得た。別途作製済みの負極シート(カーボン塗工Cu箔負極、65cm×5.6cm)と、ポリプロピレン多孔質膜のセパレータを用いて、手巻きにて電池を作製した。作業はドライルームにて実施し、二枚のセパレータの間に負極シートを挟み、負極を挟んだセパレータの上に正極シートを配置して巻回し、電池を作製した。これをアルミラミネート(およそA4サイズ程度)に入れてヒートシールで周囲3辺を封止した後、電解液30ml(EC/DMC/EMC/VC/LiPF6)を注入して封止した。ラミネート電池のセル構造は図2である。
【0035】
60℃の4.5V CC/CV充電から開始し、最終的に4.5V−3.0V CC/CV充放電2回〜4.3V−3.0V CC/CV充放電1回までを完了した。その後、活物質を回収して、最終的にサンプルA2を得た。
【0036】
実施例3
(組成分析)
実施例1、2で回収した粉末サンプルA1、A2を塩酸に溶解させた後、誘導結合プラズマ発光分析法(SPS3000、以下ICP−AESと呼ぶことがある)を用いて組成を分析した。粉末A1のLi:Ni:Mn:Coのモル比は、1.40:0.40:0.49:0.10、粉末A2のLi:Ni:Mn:Coのモル比は、0.83:0.40:0.49:0.11であった。
【0037】
実施例4
(粉末A2のXRD測定)
粉末A2の粉末X線回折測定を、株式会社リガク製RINT2500TTR型を用いて行った。測定は、リチウム複合金属酸化物を専用の基板に充填し、CuKα線源を用いて、回折角2θ=10°〜90°の範囲にて行い、粉末X線回折図形を得た。また、リートベルト解析は、解析プログラムRIETAN-2000(F. Izumi and T. Ikeda, Mater. Sci. Forum,321−324(2000)198、参照)を用いて行った。結晶の空間群はC2/mであった。
【0038】
実施例5
(粉末A2の中性子およびX線回折測定)
中性子回折測定は、原研(東海村)の高分解能粉末回折装置(HRPD、波長=1.5401Å)を用いて2Θが2.5°から162.4°の範囲で行った。得られた回折図は図3である。S/Nは5.96であった。
X線回折測定は、株式会社リガク製RINT2500TTR型を用いて行った。測定はCuKα線源を用いて、回折角2θ=5°〜120°の範囲で行った。得られた回折図は図4である。
【0039】
実施例6
(粉末A2の構造解析)
ここで、粉末A2の中性子回折測定結果のリートベルト解析をする際、導電材として用いたグラファイトとの混合物であると仮定した。中性子回折の解析では、第1相の粉末A2と、2相のグラファイトとの計3相混合物、X線回折の解析では、1相のグラファイトとの2相混合物とした。
はじめに、実施例4で推測した空間群C2/mを空間群の候補とした。
次に、初期値としての席占有率を推定した。ここでは、遷移金属層にリチウムが無いとした。初期値としては表1に示す席占有率を用いた。
【0040】
【表1】

【0041】
次に、初期値としての席占有率を用いて、粉末A2の粉末X線回折のリートベルト解析による各席の分率座標の算出と4g席欠損率の算出を行った。このとき、ニッケル以外の遷移金属の席占有率は固定した。その結果、表2に示す結晶パラメータを得た。
【0042】
【表2】

【0043】
次に、中性子回折測定のリートベルト解析による席占有率の算出を行った。ここでは、X線回折のリートベルト解析から算出した分率座標を固定して、4g席の欠損率(N)とマンガンの2b席占有率(M)を固定パラメータとしてフィッティングを行った。負の席占有率を与える非物理的な解が得られる場合を除外した物理的な解を与えるパラメータMは、M=0.06〜0.18、N=5〜15%であった。そのM、Nの範囲では、第1相のRIとRFはそれぞれ、6.08〜6.15、2.75〜2.80だった。このとき、例えばM=0.08のときは、表3に示す席占有率が得られた。
【0044】
【表3】

【0045】
表3に示す中性子回折のリートベルト解析から算出された席占有率で固定して、X線回折のリートベルト解析を行い、分率座標を算出し、表4に示す結晶パラメータを得た。このときの分率座標と表2に示した分率座標を比較するとδ<0.05であり、分率座標は収束したと判断した。M=0.06〜0.18の範囲では、δは0.05より小さかった。粉末A2の構造は、パラメータMが0.06〜0.18の範囲であることがわかった。
【0046】
【表4】

【0047】
そのMの範囲0.06〜0.18は、例えばコバルトの占有席が2b席だけ、4g席だけとなるような席占有率を含んでいた。より詳細に配列を決定するために、第一原理計算を用いた結晶エネルギーの計算を用いて席占有率に制限を加えた。計算はVASP(Vannia Ab-initio Simulation Package)を用いた。計算モデルでは、空間群C2/mの単位格子をa軸方向に2倍した超格子を用いた。このとき、Li14Ni4Mn6Co224となる組成とし、リチウム層はリチウムだけで占有され、遷移金属層にはリチウムが存在しないとした。マンガンが2b席を占有すると、ニッケルが2b席を占有するより結晶のエネルギーが大きかった。その結果から、マンガンの2b席占有率がニッケルの2b席占有率より小さいという条件を得た。その制約条件を用いると、Mが0.06〜0.08に限定され、原子配列をさらに精度良く決定することができた。
【0048】
実施例7
(粉末A1の中性子回折測定)
中性子回折測定は、原研(東海村)の高分解能粉末回折装置(HRPD、波長=1.5401Å)を用いて2Θが2.5°から162.4°の範囲で行い、図5の回折図を得た。S/Nは17であった。
【0049】
実施例8
(粉末A1の中性子回折測定のリートベルト解析)
測定で得られた回折データを基にリートベルト解析を行った。解析はRietan2000を使用した。その結果、遷移金属層内に規則性を有する空間群C2/m(単斜晶)で表すことができ、表5に示す結晶構造パラメータを得た。
【0050】
【表5】

【0051】
未充電時の席占有率を示す表5と充電後の席占有率を示す表4の比較から、遷移金属が遷移金属層内の異なる席の間で移動したと判定される。
【0052】
実施例9
実施例6と実施例8の原子配列を比較すると、遷移金属が移動していると判定される。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】本発明の決定方法の具体的手順の例を示すフローチャート。
【図2】ラミネート電池のセル構造を示す図。
【図3】実施例5において得られた中性子回折測定結果を示す回折図。
【図4】実施例5において得られたX線回折測定結果を示す回折図。
【図5】実施例7において得られた中性子回折測定結果を示す回折図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
サンプルに含有される測定対象の化合物の結晶の原子配列を決定する方法であって、(a)と(b)の工程を含み、(c−1)の工程を少なくとも1回含むことを特徴とする結晶の原子配列の決定方法。
(a)X線回折の測定により得られたシグナルのリートベルト解析を行い、結晶中の原子の各席の分率座標を算出する工程。
(b)中性子回折の測定により得られたシグナルのリートベルト解析から結晶中の各席の占有率を算出する工程。
(c−1)(b)の工程で算出した占有率を用いて、X線回折の測定により得られたシグナルのリートベルト解析から分率座標を算出する工程。
【請求項2】
サンプルに含有される測定対象の化合物の結晶の原子配列を決定する方法であって、(a)、(b)と(c−1)の工程を含み、さらに(c−2)および(c−3)の工程を少なくとも1回含む請求項1に記載の方法。
(a)X線回折の測定により得られたシグナルのリートベルト解析を行い、結晶中の原子の各席の分率座標を算出する工程。
(b)中性子回折の測定により得られたシグナルのリートベルト解析から結晶中の各席の占有率を算出する工程。
(c−1)(b)の工程で算出した占有率を用いて、X線回折の測定により得られたシグナルのリートベルト解析から分率座標を算出する工程。
(c−2)前の工程で算出した分率座標を用いて、中性子回折の測定により得られたシグナルのリートベルト解析から結晶中の原子の各席の占有率を算出する工程。
(c−3)前の工程で算出した占有率を用いて、X線回折測定のリートベルト解析から結晶中の原子の各席の分率座標を算出する工程。
【請求項3】
以下の工程をさらに含む請求項1または2に記載の決定方法
(iv)(d)結晶のエネルギーを求め、席占有率に制約条件を加える工程。
【請求項4】
中性子回折の測定におけるS/N比が、5以上15以下である請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
サンプルが測定対象の化合物以外の化合物を含む請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
化合物が遷移金属酸化物である請求項1〜5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
遷移金属酸化物がアルカリ金属又はアルカリ土類金属を含む遷移金属酸化物である請求項6に記載の方法。
【請求項8】
コンピュータによって読み取り可能な記録媒体であって、請求項1〜7のいずれかに記載の方法を実行するためのプログラムを格納した記録媒体。
【請求項9】
請求項1〜7記載の方法を実行する装置。
【請求項10】
少なくとも1回の電気化学的充放電の後に、請求項1〜7のいずれかに記載の方法によって決定された遷移金属の少なくとも一種の席占有率と、前記方法または別の方法で決定された未充電時の席占有率を比較した場合、遷移金属が遷移金属層内の異なる席の間で移動したと判定されるアルカリ金属を含む遷移金属酸化物。
【請求項11】
アルカリ金属がリチウムである請求項10記載の遷移金属酸化物。
【請求項12】
請求項10または11に記載の遷移金属酸化物を正極に含む電池。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−14414(P2010−14414A)
【公開日】平成22年1月21日(2010.1.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−172138(P2008−172138)
【出願日】平成20年7月1日(2008.7.1)
【出願人】(000002093)住友化学株式会社 (8,981)
【Fターム(参考)】