説明

緻密な硬質導電性カーボン及びその製造方法

【課題】 フラーレンを用いた加圧焼結法によって、従来のように異なる結晶からなるものや、ポリマー化したものとは異なり、単一構造を有し、力学的強度、及び電気伝導性の高い優れた特性を備えたガラス状炭素類似構造による緻密な組織を有する緻密硬質導電性カーボンを提供する。
【解決手段】 フラーレンウィスカーを炭素源とし、これを高温(800〜1200℃
)で加圧焼結(0.1MPa〜10GPa)し、フラーレン構造をガラス状炭素類似構造に変化させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、緻密な硬質導電性カーボン及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
フラーレン粉末を加圧焼結することによりフラーレン分子が重合した固体を得る技術は既に発表されている(非特許文献1、2および特許文献1)。また、フラーレン粉末を高温高圧処理するとダイヤモンドに匹敵する硬さを持つハードカーボンができることが報告されている(非特許文献3)。
【0003】
Kozlovらは、C60粉末を圧力2.6〜3GPa、温度700℃の条件で焼結することにより、導電性(100Ω-1cm-1)で硬い非晶質炭素(ビッカース硬さ4000kg/mm2)を得た(非特許文献4、特許文献2)。Maらは5.5GPa、1400
℃の焼結条件で、NiMnCo合金を触媒に用いて、C60をダイヤモンドに転移させた(非特許文献5)。Zhangらは、カーボンナノチューブを、5.5GPa、1150℃の条件で加圧すると、グラファイトになることを報告した(非特許文献6)。
【0004】
本発明者の一部は、2001年に、C60、C70フラーレンウィスカーを創生、発見した。この知見に基づいて得られた成果、すなわち、C60、C70フラーレンウィスカーとその製造方法に関する発明を先に特許出願した(特許文献4ないし5)。このフラーレンウィスカーは、その後の研究によって、ウィスカー成長軸に沿ってC60又はC70分子が結晶学的な最密充填方向に重合した物質であることが明らかにされた(非特許文献7〜13)。
【0005】
フラーレンウィスカーはフラーレンの針状結晶を指している。フラーレンウィスカーは、フラーレンを溶解している溶液にフラーレンの溶解能が小さな溶液を添加することによって得ることができる。本明細書において、特に断らない限りは、「フラーレンウィスカー」なる用語は、直径がナノメートルオーダーのフラーレンナノウィスカーを含んでいる。
【0006】
フラーレンウィスカーの利用形態としては、フラーレンウィスカーを加圧焼結し、フラーレン分子が重合しポリマー化した固体を得る技術が提案され、発表されている(非特許文献14、特許文献3)。この方法では、フラーレンウィスカーを0.1〜10GPa、50〜700℃で加圧焼結することにより、フラーレン分子が3次元的に重合し、構造異方性を有する固体が得られる。この方法で得られる固体(以下、フラーレンウィスカーの加圧焼結体)は、電気抵抗率が平均で2.6×107Ωcm、マイクロビッカース硬さが190±25Hvであり、従来のC60粉末焼結体に比べて優れた導電性、硬度を示した。このようにフラーレンウィスカーは加圧焼結に際し高い焼結性を示すが、得られた加圧焼結体の電極材料や切削材料としての応用を考える場合には、充分とは言えず、さらに高い力学的強度、および高い電気伝導性が得られることがのぞまれる。
【0007】
【非特許文献1】Y.Iwasa ほか14名、 Science、264(1994)1570.
【非特許文献2】K.Miyazawa ほか3名、 “Microstructural analysis of high−pressure compressed C60”, J.Mater.Res.、 16[7](2000)1960−1966.
【非特許文献3】V.D.Blank ほか10名、 “Structures and physical properties of super hard and ultra hard 3D polymerized fullerenes created from solid C60 by high pressure high temperature treatment”, Carbon, 36(1998)665−670.
【非特許文献4】M.E.Kozlov ほか4名、 “Transformation of C60 fullerenes into a super hard form of carbon at moderate pressure”, Appl.Phys.Lett., 66[10](1995)1199.
【非特許文献5】Y.Ma ほか3名、 “Conversion of fullerenes to diamond under high pressure and high temperature”、 Appl.Phys.Lett.、 65(1994)822.
【非特許文献6】M.Zhang ほか8名、 “Thermal stability of carbon nanotubes under 5.5GPa”、 Carbon、35、(1997)、1671.
【非特許文献7】K.Miyazawa ほか5名、 “Structural characterization of the C60 nanowhiskers formed by the liquid−liquid interfacial preparation method”、 Proceeding of the 3rd International Symposium on Atomic Level Characterizations for New Materials and Devices ’01 (ALC’01)、 pp.326−329、 November 11−14、 (2001年11月11日)、 Nara−ken New Public Hall、 Japan、 The Microbeam Analysis 141 Committee of Japan Society for the Promotion of Science.
【非特許文献8】K.Miyazawa ほか3名、 “Low−temperature fabrication of sol−gel PZT thin films and structural characterization of C60 precipitates formed in a PZT−C60 sol”、 Surface Engineering、 17[6](2001年12月)505−511.
【非特許文献9】K.Miyazawa ほか2名、 “C60 nanowhiskers in a mixture of lead zirconate titanate sol−C60 toluene solution”、 Journal of the American Ceramic Society、 84[12](2001年12月)3037.
【非特許文献10】K.Miyazawa ほか3名、 “C60 nanowhiskers formed by the liquid−liquid interfacial precipitation method”, J.Mater.Res.、 17[1](2001年1月)83.
【非特許文献11】K.Miyazawa、 “C70 Nanowhiskers fabricated by forming liquid/liquid interfaces in the systems of toluene solution of C70 and isopropyl alcohol”, J.Am.Ceram.Soc.、 85[5](2002年5月)1297.
【非特許文献12】K.Miyazawa ほか3名、 “Fabrication and properties of fullerene (nano) whiskers”、 Proceedings of ICCE/9, Ninth Annual International Conference on Composites Engineering、 July 1−6、 2002 in San Diego、 California、 USA、 pp.539−540.
【非特許文献13】K.Miyazawa ほか1名、 “Fabrication of iodine−doped C60 whiskers by the use of liquid−liquid interfacial precipitation method”、 J.Mater.Res.、 17[9](2002年9月)2205−2208.
【非特許文献14】K.Miyazawa ほか3名、 “Characterizing high−pressure compressed C60 whiskers and C60 powder”、 J.Mater.Res., 18[1](2003年1月)166−172.
【非特許文献15】A.M.Rao ほか12名、 “Properties of C60 polymerized under high pressure and temperature”、 Appl.Phys.、A64、(1997)、231−239
【0008】
【特許文献1】特表2002−524376号公報
【特許文献2】特開平8−217429号公報
【特許文献3】特開2004−142995号公報
【特許文献4】特開2003−001600号
【特許文献5】米国特許出願10/125333
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
以上述べたように、新しい炭素材料の作製を目指して、多くの研究者によりフラーレンの高圧焼結が行われてきた。従来のフラーレン粉末を加熱圧縮する方法では、C60粉末を圧力2.6〜3GPa、温度700℃の条件で焼結することにより、導電性で硬い非晶質炭素が得られている。しかし、この方法で得られる焼結体は、光学顕微鏡で見分けることが可能な性質の異なる2種類の構造の混合体であり、焼結によりC60構造が非晶質カーボンとダイヤモンド類似構造に変化したものと推察されている。
【0010】
一方、フラーレンウィスカーを用いた加圧焼結では、フラーレンウィスカーを0.1〜10GPa、50〜700℃で加圧焼結することにより、フラーレン分子が3次元的に重合し、ポリマー化した構造異方性を有する固体が得られる。この方法ではフラーレンウィスカーは加圧焼結に際し高い焼結性を示したが、電極材料や切削材料としての応用を考える場合には、その力学的強度、及び電気伝導性は不十分である。本発明者らにおいては、このような状況に鑑み、単一構造を有し、力学的強度、及び電気伝導性の高い優れた特性を備えた緻密で硬質導電性カーボンを提供しようというものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
そのため、本発明者らにおいては鋭意研究した結果、本発明者らの一部において先に発見し、特許出願したC60またはC70フラーレンからなるウィスカーを、圧力0.1MPa以上、加熱温度を従来技術を超える温度800℃以上の高温高圧で処理することにより、より緻密な組織を有し、硬質で導電性の炭素固体を得ることができることを知見したものであり、本発明は、この知見に基づいてなされたものである。
【0012】
すなわち、本発明は以下の(1)〜(5)に示される構成を講じることによって解決した。
(1)炭素を主成分とし、ガラス状炭素類似構造による緻密な組織を有する緻密な硬質
導電性カーボン。
(2)マイクロビッカース硬度が800Hv以上であることを特徴とする上記(1)記載の緻密な硬質導電性カーボン。
(3)電気抵抗率が1×103Ωcm未満であることを特徴とする上記(1)または(
2)記載の緻密な硬質導電性カーボン。
(4)フラーレンウィスカーを炭素源とし、これを高温で加圧焼結することによってフラーレン構造をガラス状炭素類似構造に変化させることを特徴とする緻密な硬質導電性カーボンの製造方法。
(5)加圧焼結を圧力:0.1MPa〜10GPa、保持時間:5分〜72時間、温度:800℃〜1200℃で加圧加熱処理することを特徴とする上記(4)記載の緻密な硬質導電性カーボンの製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、従来の技術で行われているフラーレン粉末やフラーレンウィスカーを加圧焼結することによって得られる固体に比べて、より緻密で焼結性に優れたフラーレンの加圧焼結体を作ることができる。
本発明によって得られる緻密な硬質導電性カーボンは、優れた力学的、電気的性質を示し、電極材料、摺動部材、研磨剤、基板材料、超伝導体、水素吸蔵材料、切削材料、その他の用途に適する新しい炭素材料としての応用が期待できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明を図面及び実施例に基づいて説明する。本発明の緻密な硬質導電性カーボンは実質的に炭素からなる。
ここで実質的とは、他の成分が不純物程度包有される場合を許容するということを意味する。
【0015】
本発明の緻密な硬質導電性カーボンの原料に用いられる炭素源には、フラーレンウィスカーを使用する。フラーレンウィスカーは、溶媒Aを用いてフラーレンを溶解した溶液と、溶媒Aとは異なる溶媒Bとが作る液−液界面において、フラーレンウィスカーの核形成が起こり、さらに時間の経過とともに核が針状結晶に成長することによって作成できる。
【0016】
フラーレンの例としては、C60、C70以上の高次フラーレン、C20やC36などの低次フラーレン、金属内包フラーレン、ヘテロフラーレン、フラーレン誘導体等が挙げられる。溶媒Aにはトルエン、キシレン、ベンゼン、2硫化炭素などフラーレンの良溶媒を用いることができる。溶媒Bにはエチルアルコール、イソプロピルアルコール、n−プロピルアルコール、ブチルアルコールなどのフラーレンの貧溶媒を用いることができる。作成温度は、室温付近すなわち−20℃〜35℃が好適であるが、必ずしもこの範囲に限定されない。保持時間は、界面形成直後から無限に長く設定できる。最も好ましいのは1〜3ヶ月であるが、この条件以外でもフラーレンウィスカーを得ることができる。
【0017】
本発明の緻密な硬質導電性カーボンの原料に用いられるフラーレンウィスカーは、実質的に炭素を主成分とするが、溶媒Aや溶媒Bに含まれる炭素以外の元素を添加したフラーレンウィスカーを用いることも可能である。添加する元素としては、ヨウ素、臭素、塩素などのハロゲン元素や、カリウム、ナトリウム、リチウムなどのアルカリ金属元素などを用いることができる。
【0018】
このようなフラーレンウィスカーを原料として、高温高圧下でフラーレン構造をガラス状炭素類似構造に変化させることによって緻密な硬質導電性カーボンを作成する。圧力は0.1MPa〜10GPaの範囲、温度は800℃〜1200℃の範囲であることが好ましい。圧力が0.1MPaよりも低いか、または温度が800℃よりも低い場合には、フ
ラーレン構造が部分的に残るために焼結による緻密化が進行せず、十分な硬度や導電性が得られない。また、圧力が10GPaよりも高いか、温度が1200℃よりも高い場合には、グラファイトが生じて十分な硬度が得られないおそれがある。また、高温高圧の保持時間としては、5分〜72時間の間であることが好ましく、10分〜5時間の間であることがより好ましい。保持時間が5分より短いと焼結が十分に進行しない。また、72時間を超えて長時間保持しても、焼結は殆ど進行しない。
【0019】
加圧焼結は具体的には、ベルト型高圧合成装置を用いて行うことができる。例えば、NaCl−10mass%ZrO2の組成を持つ円筒容器中に、NaCl−20mass%
ZrO2の組成を有する円盤で上下に区分した空間を作り、それぞれの空間中にフラーレ
ンウィスカーを充填した金カプセルや白金カプセル等の容器を入れ、容器の周りを圧力媒体としてNaCl粉末で充填する。さらに、円筒容器の上下の口をNaCl−20mass%ZrO2の組成を持つ蓋で覆う。この円筒容器を円筒形のグラファイトヒーターで周
囲と上下を覆い、さらに、その周囲をNaCl−10mass%ZrO2の組成を持つ円
筒容器で覆って高圧セルを形作る。この高圧セルに圧縮応力を印加することによって加圧成形又は加圧焼結させる。
【実施例】
【0020】
以下、本発明の実施例を比較例と対比して説明する。この実施例は本発明を容易に理解するための一助として開示するものであって、本発明はこれによって限定されない。
【0021】
実施例1;
この実施例1では、使用するC60ウィスカーは、非特許文献7に記載されている既発表の方法によって調製し、用意した。すなわち、21℃の室温にて、C60粉末(純度99.5%)0.3重量%濃度のトルエン溶液を100mlビーカーに40ml注ぎ込み、これにイソプロピルアルコール40mlをピペットを用いて静かに注ぎ込んで、C60を溶解したトルエン溶液とイソプロピルアルコールの液−液界面を形成させた。C60ウィスカーは液−液界面を形成すると同時に核形成し、時間経過とともに成長して数十nmから数μmの直径及び数十μmから数百μm以上に到達する。これらのC60ウィスカーを濾過乾燥させて、C60ウィスカーを得た。
【0022】
次いで、この用意したC60ウィスカーを高圧焼結工程、鏡面加工処理工程に付した。この高圧焼結工程は、非特許文献2に記載されている方法に準じて行った。すなわち、C60ウィスカーを金のカプセルに封入し、NaClを圧力媒体として、ベルト型高圧プレス装置(物質・材料研究機構物質研究所超高圧ステーション)にて5.5GPa、800℃で2時間保持して、直径約5mm、厚さ約1.2mmの円盤状試料を得た。得られた円盤状の固体をSiC紙およびダイヤモンドペーストを用いて鏡面研磨した。
【0023】
比較例1;
前記実施例1に対し、比較例として、C60ウィスカーの代わりにC60粉末(純度99.5%)を用いたほかは実施例1と同じ条件で試料を作成した。すなわち、C60粉末を用意し、これを実施例1と同様の条件、装置で高圧焼結し、鏡面加工処理に付した。
【0024】
以下、C60ウィスカーから出発した高圧焼結体(実施例)を試料A、C60粉末から出発した高圧焼結体(比較例)を試料Bと呼ぶこととし、これらA、B試料を以下に記載する各種観察手段、機器分析手段、さらには物性試験手段による検査工程に付し、両者の組織構造、結晶構造、物理的、電気的諸物性等を同定し、検査し、両者の異同を明らかにした。その結果は、以下の通りであった。
【0025】
光学顕微鏡による組織構造;
図1は、試料Aと試料Bの研磨表面の光学顕微鏡による観察写真である。図中(a)は、試料Aの写真であり、これによると数マイクロメートル以下の粒子が緻密に結合した組織であること、C60ウィスカーの形状が焼結性に反映されていることを示している。これに対して図中(b)は、試料Bの写真であり、これによると数十マイクロメートルの大きさの粒子からなる組織となっている。また、粒子の間に空隙が見られ、研磨に際し粒子の脱落が起きやすい構造であることを示している。
【0026】
かさ密度;
試料A、Bの形状および重量をそれぞれ測定して各試料のかさ密度を計算した。その結果、試料Aは2.0g/cm3、試料Bは1.7g/cm3であった。この結果は、試料Aがより緻密な組織を有することと対応しており、C60ウィスカーがC60に比べて高い焼結性を有することを示している。
【0027】
X線回折法による結晶同定;
図2に、試料Aと試料Bの各研磨表面のX線回折図形を示す。図中、(a)は試料Aの
、(b)は試料Bの各X線回折図形である。このX線回折図形は、X線回折装置〔理学電機(株)製〕RINT2000を用い、40kV/50mAで発生させたCuKα線を使用し、発散スリット角1度、発散縦制限スリット10mm、散乱スリット1.25mm、受光スリット0.3mm、スキャンスピード2度/分、サンプリング幅0.02度の条件で測定を行った。
その結果、試料Aおよび試料Bはともに黒鉛の回折ピークに対応する位置にブロードなピークを示していることが明らかにされた。このようなX線回折図形はガラス状炭素に特徴的なものであり、試料Aおよび試料BのC60からなる構造がガラス状炭素類似構造へと変化したことを示している。また、試料Aは試料Bに比べ炭素の回折ピークに対応するピーク強度が弱く、その構造がより非晶質構造に近いことを示している。これは、C60ウィスカーの形状および構造が高圧焼結時におけるグラファイト化の抑制に寄与していることを示している。
【0028】
TEMによる観察;
試料A、Bを高分解能透過型電子顕微鏡によって観察した。図3に試料Aと試料Bの高分解能透過型電子顕微鏡像を示す。図中、(a)は試料Aの、(b)は試料Bの各像を示している。高分解能透過型電子顕微鏡観察は、〔日本電子製〕JEM−4010を用いて加速電圧400kVで行った。試料Aおよび試料Bの高分解能電子顕微鏡像はともにC60分子の配列した構造を示さず、乱れた黒鉛構造が観察された。このことは、試料Aおよび試料BのC60からなる構造が高圧加熱処理によってガラス状炭素類似構造へと変化したことを示している。
【0029】
FT−IRによる赤外吸収スペクトル測定;
試料A、BをFT−IRにより赤外吸収スペクトルによって分析した。図4に、反射法で得たフーリエ変換赤外分光分析法(FT−IR)による赤外吸収スペクトルを示す。図中、(a)は試料Aの、(b)は試料Bの各スペクトルを示す。本赤外吸収スペクトルの測定は、〔JASCO製〕Valor IIIを用いて行った。これらのスペクトルのいずれも、ポリマー化していないC60に特徴的な526cm-1、576cm-1、1182cm-1、1428cm-1付近の赤外吸収を明瞭には示していない。また、この測定結果は、この出願前の非特許文献15において、ポリマー化したC60による結晶構造、すなわちC60の直鎖状ポリマーが配列した斜方晶(O)、C60の3回対称平面状ポリマーが積層した菱面体晶(R)、および、C60の2回対称平面状ポリマーが積層した正方晶(T)と上記斜方晶(O)の混合相(〜50%O+〜50%T)、などのポリマー化したC60による結晶構造について報告されている赤外吸収スペクトルのいずれにも該当しない。この結果は、C60からなる構造の大部分が加圧焼結によって別の構造に変化したことを示している。
【0030】
ラマン分光スペクトル分析;
試料A、Bをラマン分光スペクトル分析した。図5に、マイクロラマン分光分析法によるラマン分光スペクトルを示す。ラマン分光スペクトルの測定は、マイクロラマン分光システム〔JASCO製〕NR−1800を用いて行った。これらのスペクトルのいずれも、ポリマー化していないC60に特徴的な1469cm-1付近のピークを示さない。また、非特許文献15に示されているような斜方晶(O)、菱面体晶(R)、混合相(〜50%O+〜50%T)などのポリマー化したC60による結晶構造のいずれにも該当しない。この結果はC60からなる構造の大部分が加圧焼結によって別の構造に変化したことを示している。また、これらのスペクトルはいずれも1354 cm-1、1598 cm-1付近にブロードなピークを持つ。この位置のブロードなピークは結晶性の低い黒鉛に特徴的なものであり、試料A、試料Bがともにガラス状炭素等の非晶質炭素を含むことを示している。
【0031】
マイクロビッカース硬さ;
試料A、Bの各研磨表面硬度を、マイクロビッカース硬度計〔島津製作所製〕HMV−2000を用いて測定を行った。硬さ測定は荷重1000g、60秒間の条件で行った。試料Aは1169±105Hvの硬さを示し、試料Bは1108±282Hvの硬さを示した。これらの値から、表面硬度はガラス状炭素のマイクロビッカース硬さ(800〜1200Hv)の範囲内にあり、加圧焼結によって試料Aおよび試料BのC60からなる構造がガラス状炭素類似構造へと変化したことを示している。
【0032】
電気抵抗;
図6に試料A、Bの研磨表面を四探針法で測定した電流−電圧特性のグラフを示す。この電流−電圧特性の測定は、四探針マイクロマニピュレータシステム〔三友製作所(株)製〕MMS0024−01を用いて行った。グラフの傾き、試料の形状および探針の間隔から電気抵抗率を算出した。その結果、試料Aは3.9Ωcmの電気抵抗率を示し、試料Bは2.6Ωcmの電気抵抗率を示した。
【0033】
磁化率;
試料A、Bを超伝導量子干渉素子(SQUID)で磁化率を測定した結果(温度1.8K、磁界の強さ10kOe)、試料Aは−9.5×10-9emu/g、試料Bは−3.1×10-7emu/gの反磁性磁化率を示した。このように5.5GPa、800℃で焼結した場合、C60ウィスカーはC60粉末に比べて約30分の1の小さい磁化率を示すことが判明した。
【0034】
以上から、試料Aは試料Bに比べてより焼結性に優れているものであることがわかった。
【0035】
本発明によれば、従来の技術で行われているフラーレン粉末やフラーレンウィスカーを加圧焼結することによって得られる固体に比べて、より緻密で焼結性に優れたフラーレン単結晶繊維の加圧焼結体を作ることができる。フラーレンウィスカーは、形状および内部構造において明確な異方性を有するため、従来のフラーレン粉末焼結体では得られない物性を発現させ得る。
【産業上の利用可能性】
【0036】
本発明により、優れた力学的、電気的性質を示し、電極材料、摺動部材、研磨剤、基板材料、超伝導体、水素吸蔵材料、切削材料、その他の用途に適する新しい炭素材料をフラーレンによって実現でき、今後大いに利用されることが期待される。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】本発明の実施例1の試料Aの研磨表面の光学顕微鏡像写真を示す図面(a)と、比較例1の試料Bの研磨表面の光学顕微鏡像写真を示す図面(b)
【図2】本発明の実施例1のC60ウィスカー焼結体試料Aの研磨表面のX線回折図形(a)と、比較例1のC60粉末焼結体試料Bの研磨表面のX線回折図形(b)とを示す図。
【図3】本発明の実施例1のC60ウィスカー焼結体試料Aの高分解能電子顕微鏡(400kV)像(a)と、比較例1のC60粉末焼結体試料Bの高分解能電子顕微鏡(400kV)像(b)とを示す図。
【図4】本発明の実施例1のC60ウィスカー焼結体試料Aの表面のFT−IR透過スペクトル(a)と、比較例1のC60粉末焼結体試料Bの表面のFT−IR透過スペクトル(b)とを示す図。
【図5】本発明の実施例1のC60ウィスカー焼結体試料Aの表面のラマン分光スペクトル(a)と、比較例1のC60粉末焼結体試料Bの表面のラマン分光スペクトル(b)とを示す図。
【図6】本発明の実施例1のC60ウィスカー焼結体試料Aの研磨表面の電流−電圧特性(a)と、比較例1のC60粉末焼結体試料Bの研磨表面の電流−電圧特性(b)とを示す図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素を主成分とし、ガラス状炭素類似構造による緻密な組織を有する緻密な硬質導電性カーボン。
【請求項2】
マイクロビッカース硬度が800Hv以上であることを特徴とする請求項1に記載の緻密な硬質導電性カーボン。
【請求項3】
電気抵抗率が1×103Ωcm未満であることを特徴とする請求項1または2に記載の
緻密な硬質導電性カーボン。
【請求項4】
フラーレンウィスカーを炭素源とし、これを高温で加圧焼結することによってフラーレン構造をガラス状炭素類似構造に変化させることを特徴とする緻密な硬質導電性カーボンの製造方法。
【請求項5】
前記加圧焼結を圧力:0.1MPa〜10GPa、保持時間:5分〜72時間、温度:800℃〜1200℃で行うことを特徴とする請求項4に記載の緻密な硬質導電性カーボンの製造方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−76807(P2006−76807A)
【公開日】平成18年3月23日(2006.3.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−260467(P2004−260467)
【出願日】平成16年9月8日(2004.9.8)
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【Fターム(参考)】