説明

繊維トウのガイドロールユニットと同ガイドロールユニットを備えた湿式紡糸機及び炭素繊維製造装置

【課題】設置スペースの増大につながらず、交換作業の手間もかからず、設備費の増大が回避でき、しかもボリューム等が異なる多品種の前駆体繊維束であっても円滑に且つ安定してガイドでき、高品位の製品が得られる生産性に優れた前駆体繊維束のガイドロールユニットと同ガイドロールユニットを備えた湿式紡糸機及び炭素繊維製造装置を提供する。
【解決手段】走行する多数のフィラメントからなる繊維トウ(3) をガイドする溝付きガイドロール(11)を介して複数本の繊維トウ(3) を並列して案内するガイドロールユニット(10)である。前記ガイドロールユニット(10)は、軸方向の両端部が軸受(12)を介して回転自在に支持される軸部(13)と、該軸部の両端部に該軸部に延設された少なくとも一対一組のブラケット(14)と、該ブラケット間に支持された溝付きガイドロール(11)とを有し、前記軸部に前記一対のブラケット(14)が二組以上配されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、走行する各種の繊維トウの形態を保持して、繊維トウを安定してガイドする溝付きのガイドロールユニット、同ユニットを装備した紡糸機及び炭素繊維製造装置に関し、詳しくは仕様の異なる繊維トウに適合する溝付きガイドロールへとの切り替えが容易にできるガイドロールユニットと、同ガイドロールユニットを備えた湿式紡糸機及び炭素繊維製造装置に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維の需要はここ数年来増加傾向にあり、航空機、スポーツ等のプレミアム用途、土木建築等の一般産業用途へと幅広く利用されている。これらへの用途拡大の要求に応えるためには、コストダウンと共に生産能力の大幅増が求められている。炭素繊維の前駆体であるアクリル系糸条の生産性を高める手段として糸条を構成する単繊維数を増やして糸条のトータル繊度を大きくする方法や、構成錘数の多錘化により設備当たりの生産性を向上させることが最も一般的に行われている。
【0003】
通常の製造方法では、紡糸原液を凝固浴に導いて凝固糸とした後、乾燥緻密化するまでの間に、多数のフィラメントからなる糸条をガイドしたり延伸したりするために、複数のロールを用いて糸条を送ることが行われる。しかしながら、糸条のトータル繊度を大きくしたり、構成錘数を増やしていくと、特にロール上で隣接錘間の糸条間隔が狭くなり、糸条間同士の干渉、混繊が発生し単繊維の損傷、糸切れ、毛羽および接着など工程通過性が阻害される問題が生じる。同時に、その後に続く延伸工程間での延伸ムラにより繊度ムラが生じ得られる炭素繊維の物性も低下してしまう。
【0004】
これを防ぐには、各ロール幅を長尺化して隣接錘間の糸条間隔を広くする必要があるが、その場合駆動部までを含めた大がかりな設備改造を要すると共に、ロールを必要以上に長くするとトウの導糸作業やトラブル処置時の対応が困難となり安全上大きな問題を有する。
【0005】
そこで、例えば特許文献1(特開2002−161432号公報)によれば、膨潤糸条を、溝を有するロールを用いて導いて、炭素繊維前駆体アクリル系糸条を製造する。そのときの、溝付きロールの溝形状を特定の形状に規定している。このような形状の溝を有する溝付きロールを用いることにより、糸条幅及び均一なトウ形態を極めて効果的に制御できるとしている。
【0006】
一方、こうした溝付きロールは炭素繊維の製造にあたり、様々な工程で使われている。例えば、特開平10−266024号公報(特許文献2)や特開2009−242993号公報(特許文献3)に開示されているとおり、アクリル系前駆体繊維束を耐炎化する工程において、耐炎化炉の出入口に溝付きロールからなる折り返しロールを配置し、前駆体繊維束糸条をジグザグ状に耐炎化炉内に通す方法が一般的である。このように溝付きロールを採用して前駆体繊維束をロールの溝内に案内することによって、糸条を分離、独立させることにより、処理糸条同士の絡み、ガイドロールを乗り越えること、処理斑の発生等を防止する。しかしながら、このような方法では、処理糸条1本当たりのフィラメント数が多くなると、溝の大きさが不変であり、特にその断面形状が円形の場合、糸の最大厚みが大きくなり、蓄熱による糸切れが発生しやすくなるという問題を生ずる。
【0007】
これらの特許文献2及び3にあっても、耐炎化炉の両側に配置された溝付きロールの溝
形状を規定することによって、略矩形断面をしたアクリロニトリル系前駆体繊維束の平均扁平率と平均繊度を制御して、均一な耐炎化進行度の耐炎化繊維束を得るようにし、後の炭化工程における毛羽立ち、糸傷み等の発生を阻止し、高品質、高品位の炭素繊維束を得ようとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2002−161432号公報
【特許文献2】特開平10−266024号公報
【特許文献3】特開2009−242993号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ところで、上記特許文献1〜3に開示された溝付きロールの配置位置には、それぞれに所定の溝形状をもつ特定の溝付きロールが配されているだけである。一方、紡出される繊維トウや後工程にて処理される繊維トウは多種多様であり、例えば繊維トウを構成するフィラメントの単繊維繊度が異なり、或いはフィラメント数が異なっていたりして、他種類の異なるボリュームをもつ繊維トウを同一種類の溝付きガイドロールをもって案内すると、繊維トウの種類に適合する溝形状ではないため、走行中に繊維トウが回転して撚りが入り、ボリュームの大きいトウに溝形状及び溝数が合うような溝付きガイドロールを使えば、そのガイドロールではボリュームの小さいトウの生産性が低下し、逆の場合には隣接する溝間にトウがはみ出し繊維トウ同士が絡まったりして、毛羽立ちや糸切れが多発し、高品質の製品が得られない。
【0010】
とはいうものの、生産品種ごとに溝付きガイドロールを取り替えることは、作業負荷の増大につながり、品種切り替えに長時間が費やされることになる。なお、1種類の溝付きガイドロールごとに1つの昇降装置を設けて、各溝付きガイドロールを昇降させることによって品種切り替えを行おうとすれば、昇降装置などの大きな設備とそのための設置スペースが必要となり、当然コスト高につながる。
【0011】
本発明は以上の点を踏まえて開発されたものであり、設置スペースの増大につながらず、交換作業の手間もかからず、設備費の増大が回避でき、しかもボリューム等が異なる多品種の繊維トウであっても円滑に且つ安定してガイドでき、高品位の製品が得られる生産性に優れた繊維トウのガイドロールユニットと同ガイドロールユニットを備えた湿式紡糸機及び炭素繊維製造装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
かかる目的を達成するため、本発明の基本構成は、走行する多数のフィラメントからなる繊維トウをガイドする溝付きガイドロールを介して複数本の繊維トウを並列して案内するガイドロールユニットであって、前記ガイドロールユニットは、軸方向の両端部が軸受を介して回転自在に支持される軸部と、該軸部の両端部に該軸部に延設された少なくとも一対一組のブラケットと、該ブラケット間に支持された溝付きガイドロールとを有し、前記軸部に前記一対のブラケットが二組以上配された、繊維トウのガイドロールユニットにある。
【0013】
好適な態様によれば、前記軸部の一端に、ウォームギア機構を介して前記軸部を回転させるハンドルが配され、前記ハンドルが前記軸部の回転角度位置決め手段を設けることもできる。これらのガイドロールユニットの好適な適用は、前記繊維トウが炭素繊維前駆体の繊維束であり、前記ガイドロールユニットが凝固浴槽に配され或いは前記ガイドロールユニットが焼成工程における前記繊維トウの導出入口に配されている。
【発明の効果】
【0014】
本発明のガイドロールユニットは、上記構成を備えているため、同ユニットの軸部を回転させるだけで、ボリュームの異なる複数品種の繊維トウに合ったガイドが可能となるばかりでなく、その軸部の回転角度を適宜変更すれば繊維トウの糸道高さを任意に変更することができ、安定した繊維トウのガイドが可能となり、品種切り替えの作業負荷が大きく軽減され、品種切り替え時間の短縮につながり、生産性を大幅に向上させる。なお、軸部を回転させるために、ハンドルを用いる場合、ハンドルと軸部との間にウォームギア機構を介在させると、ウォームギヤの特性上、ロール位置の格別な位置決め固定手段が不要になる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の代表的な実施形態を示す耐炎化工程の概略構成図である。
【図2】本発明の代表的な実施形態を示すガイドロールユニットの概略機構図である。
【図3】図2におけるIII-III 線に沿った矢視断面図である。
【図4】溝付きガイドロールの溝形状の一例を示す部分断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の代表的な実施の形態を図面に基づいて具体的に説明する。
図1は本発明のガイドロールユニットが適用された耐炎化工程を概略で示している。この耐炎化工程にて耐炎化処理される前駆体繊維束糸条は、いかなる総繊度であっても良いが、例えば、総繊度が3,000dtex以上のポリアクリロニトリル系前駆体繊維束であってもよく、特に、総繊度が3,000〜600,000dtexのポリアクリロニトリル系前駆体繊維束が生産性などから好ましい。このポリアクリロニトリル系前駆体繊維束を200〜300℃で耐炎化処理し、次いで600℃を超える温度で炭素化処理することで、炭素繊維束が製造される。耐炎化処理される前駆体繊維束糸条の断面形状は、上記特許文献3によれば、略矩形に保たれる。ここで略矩形とは、ほぼ平行な2組の直線で囲まれた形状を指し、角が曲線であっても構わない。
【0017】
前駆体繊維束糸条の断面形状を略矩形に保つためには、図1に示すように、耐炎化炉1に前駆体繊維束糸条3をジグザグに、例えば水平方向に複数回往復するようにジグザグに通し、耐炎化炉1と折り返しロール2との間に溝部材を配置するとよい。
本発明にあっては、前記溝部材として、図2に示すような、二組以上の溝付きガイドロール11を備えたガイドロールユニット10を採用する。図2に示すガイドロールユニット10は、両端を軸受12により回転自在に支持された回転軸部13を備えている。一対の前記軸受12の内側部位にあって、前記回転軸部13の軸方向両端部には、それぞれ一枚の平板状ブラケット14が固設されている。回転軸部13は一対の各ブラケット14の中央を貫通して、各ブラケット14が回転軸部13を挟んで左右に2分されている。2分されたブラケットの対面する各先端部間で左右一対のロール支軸15の各軸端を支持する。このロール支軸15には、それぞれ溝付きガイドロール11が回転不能に又は回転自在に取り付けられている。
【0018】
なお、本実施形態では上記回転軸部13の両端部に、それぞれ一枚のブラケット14が固設されている例を示しているが、各一枚である必要はなく、2枚以上で構成される場合があり、また上記回転軸部13は一枚のブラケット14の中央を貫通するように固設せず、2枚1組以上のブラケット14の各一端のみを片持ち支持し、或いはそれらを組み合わせることもできる。更には、前記ブラケット14は必ずしも板状である必要はなく、棒状であってもよい。
【0019】
また図示例によれば、上記回転軸部13の一端にウォームギア機構17を介してハンド
ル18が取り付けられており、このハンドル操作により2以上の上記溝付きガイドロール11が回転軸部13を中心に所望角度を回動する。前記溝付きガイドロール11の回動角度はウォームギア機構17により任意に決められる。この溝付きガイドロール11の回動角度を調整することにより、溝付きガイドロール11によってガイドされる繊維トウ3の糸道高さが調整される。
【0020】
溝付きガイドロール11に形成されるガイド溝の形状は、溝付きガイドロール11ごとに品種の異なる前駆体繊維束糸条3のボリュームに合わせて異ならせている。しかして、上記特許文献1によると、図4において、前駆体繊維束糸条3の断面形状を扁平な略矩形シート状に保つには、溝頂部の幅aと溝底部の幅bとの比b/aを0.75≦b/a≦0.85とすることが好ましいとしている。b/aが0.6未満になると、溝形状がV字形に近くなり、略矩形シート状に保てなくなり、b/aが0.9を超えると、溝を形成する山の斜面部の傾きが溝底部に対し大きくなり、走行中の前駆体繊維束糸条3の端が折れる可能性が高く、糸条の形態維持性が低下する。
【0021】
また、溝深さhが溝頂部の幅aの0.2倍未満であると、走行糸条の一部が溝を乗り越えることがあり、隣接糸条が絡んで毛羽立ちを生じることがある。また、溝深さhが溝頂部の幅aの0.5倍を超える場合には、溝断面積に対する、略矩形シート状の糸条断面積比が小さくなり、加工コストが増大し経済的ではない。そのため溝深さhは、溝頂部の幅aの0.3〜0.4倍の範囲とするのが好ましいとしている。また、溝底部角部の丸みについても、半径Rは、1.3×(a−b)≦R≦1.7×(a−b)の範囲とするのが好ましいとしている。
【0022】
本発明における耐炎化炉1に対するガイドロールユニット10と折り返しロール2との配置関係の一例を、上記特許文献3を参考にして説明すると、図1に示すように、耐炎化炉1を出た前駆体繊維束糸条3は、ガイドロールユニット10を経て平ロールである折り返しロール2により方向転換し、再び耐炎化炉内へ入ることになる。
【0023】
ここで、図1に示すように、ガイドロールユニット10が折り返しロール2の入り側にある場合、ガイドロールユニット10と折り返しロールの間隔を250mm以上とする。この間隔は、ガイドロールユニット10の溝付きガイドロール11の中心と折り返しロールの中心との間の距離(中心間距離)である。前駆体繊維束糸条3は、ガイドロールユニット10の溝付きガイドロール11通過時に溝に沿った形状となるため、溝付きガイドロール11と折り返しロール2が250mm未満と間隔が小さい場合、糸条の幅が狭まった状態で折り返しロールに到達し、次いで耐炎化炉1へ投入される可能性がある。中心間距離は、300mm以上がより好ましい。中心間距離は、溝付きガイドロール11を耐炎化炉1の外に配置している限り長くても構わないが、550mm以下が好ましい。
【0024】
いま、前駆体繊維束糸条3のボリュームが変更されるとき、上述のようにして配されたガイドロールユニット10の溝付きガイドロール11の切り換えを行う。この切り換えは、ハンドル18を操作することにより行われる。手動にてハンドル18を回転させると、ウォームギア機構17を介して回転軸部13が回転し、同回転軸部13に固設されたブラケット14を所望の角度回動させる。このとき選択される溝付きガイドロール11は、変更される前駆体繊維束糸条3のボリュームに合ったものであり、その回動角度は、選択された溝付きガイドロール11が前記前駆体繊維束糸条3をガイドするのに相応しい位置となる角度であり、ウォームギア機構の特性から、前記回動操作を止めた位置に自動的に位置決め固定される。
【0025】
なお、上記溝付きガイドロール11を折り返しロール2の出側に配置することもできる。この場合、溝付きガイドロールと折り返しロール2との中心間距離は450mm以上7
00mm以下が好ましい。耐炎化炉1内に搬送された前駆体繊維束糸条3にかかる張力を、糸条の毛羽の発生や、以降の炭素化工程で得られる炭素繊維束の品位及び引張り強度の低下、或いは耐炎化工程での単糸切れによる毛羽立ちの増長や、ロール上での巻付きの発生を考慮して、安定した耐炎化工程で所望の耐炎化繊維束を得るには、糸条にかかる張力を1×10-1〜1.7×10-1g/dtexとするのが好ましい。
【符号の説明】
【0026】
1 耐炎化炉
2 折り返しロール
3 前駆体繊維束糸条(繊維トウ)
10 ガイドロールユニット
11 溝付きガイドロール
12 軸受
13 回転軸部
14 (平板状)ブラケット
15 ロール支軸
17 ウォームギア機構
18 ハンドル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
走行する多数のフィラメントからなる繊維トウをガイドする溝付きガイドロールを介して複数本の繊維トウを並列して案内するガイドロールユニットであって、
前記ガイドロールユニットは、
軸方向の両端部が軸受を介して回転自在に支持される軸部と、
該軸部の両端部に該軸部に延設された少なくとも一対一組のブラケットと、
該ブラケット間に支持された溝付きガイドロールとを有し、
前記軸部に前記一対のブラケットが二組以上配されてなる、繊維トウのガイドロールユニット。
【請求項2】
前記軸部の一端に、ウォームギア機構を介して前記軸部を回転させるハンドルが配されてなる請求項1記載のガイドロールユニット。
【請求項3】
前記ハンドルが前記軸部の回転角度位置決め手段を有してなる請求項2記載のガイドロールユニット。
【請求項4】
前記請求項1記載の前記繊維トウが炭素繊維前駆体の繊維束であり、前記ガイドロールユニットが凝固浴槽に配されてなる湿式紡糸機。
【請求項5】
請求項1記載の前記ガイドロールユニットが焼成工程の前記繊維トウの導出入口に配されてなる炭素繊維製造装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−62598(P2012−62598A)
【公開日】平成24年3月29日(2012.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−207649(P2010−207649)
【出願日】平成22年9月16日(2010.9.16)
【出願人】(000006035)三菱レイヨン株式会社 (2,875)
【Fターム(参考)】