説明

繊維強化熱可塑性樹脂スタンパブルシート及び繊維強化熱可塑性樹脂成型物

【課題】ポリカーボネート樹脂をマトリックス樹脂としたスタンパブルシートの製造において、クレイズの発生し難い繊維強化熱可塑性樹脂スタンパブルシート、及び当該スタンパブルシートによって製造された炭素繊維強化熱可塑性樹脂成型物を提供する。
【解決手段】炭素系ナノフィラーを含有したポリカーボネート樹脂と炭素繊維強化材とからなる繊維強化熱可塑性樹脂スタンパブルシート。当該繊維強化熱可塑性樹脂スタンパブルシートは、クレイズを発生し難く、これを熱賦型してなる炭素繊維強化熱可塑性樹脂成型物は意匠性に優れる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ナノフィラーを含有したポリカーボネート樹脂と炭素繊維強化材とからなる繊維強化熱可塑性樹脂強化スタンパブルシート、及び当該スタンパブルシートによって製造された繊維強化熱可塑性樹脂成型物に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維を強化材として使用した複合材料は、引張強度・引張弾性率が高く、線膨張係数が小さいので寸法安定性に優れる。また、耐熱性、耐薬品性、耐疲労特性、耐摩耗性、電磁波シールド性、X線透過性に優れる。このため、炭素繊維を強化材として使用した複合材料は、スポーツ・レジャー、航空・宇宙、一般産業用途に幅広く適用されている。
【0003】
上記複合材料は、従来エポキシ樹脂などの熱硬化性樹脂をマトリックスとするものが多かったが、最近、リサイクル性・高速成型性の観点から熱可塑性樹脂をマトリックスとする複合材料が注目されている。
【0004】
炭素繊維強化複合材料のマトリックスとして熱可塑性樹脂を用いる場合、熱可塑性樹脂としては、アクリロニトリル−ブタジエン−スチレン共重合体(ABS)、ポリアミド(ナイロン6、ナイロン66など)、ポリアセタール、ポリカーボネート、ポリプロピレン、高密度ポリエチレン、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリエーテルイミド、ポリスチレン、ポリエーテルスルホン、ポリフェニレンスルフィド、ポリエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトンなどが挙げられる。
【0005】
上記の熱可塑樹脂のうち、ポリカーボネート樹脂は、耐衝撃性、透明性、寸法安定性に優れる。これらの特性を生かして、ポリカーボネート樹脂はエンジニアリングプラスチックとして広く用いられ、特に電気、機械、自動車、医療等の用途に幅広く使用されている。しかしながら、ポリカーボネート樹脂は、非晶性樹脂のため、クレイズが発生し易い。そのため、炭素繊維強化熱可塑性樹脂複合材料のマトリックスとしてポリカーボネート樹脂を用いた場合、発生するクレイズにより成型物の意匠性を損なうことがある。
【0006】
ポリカーボネート樹脂のクレイズを抑制する手法としては、ポリカーボネート樹脂層の厚みを減らす他、高分子量のポリカーボネート樹脂を使用することにより、クレイズを防止できるとしている(特許文献1)。これらの方法はいずれもクレイズ抑制に効果的であるが、炭素繊維織物の形態によっては、ポリカーボネート樹脂層の厚みを薄くすることは困難である。また、高分子量のポリカーボネート樹脂は溶融粘度が高いため、炭素繊維織物に含浸し難い。
【特許文献1】特開平4−29844号公報(特許請求の範囲、第14欄第2〜5行)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、ポリカーボネート樹脂をマトリックス樹脂とした繊維強化熱可塑性樹脂スタンパブルシートから成型品を熱賦型した際に、成型品表面にクレイズが発生しないスタンパブルシート及びその製造方法を提供することにある。また、本発明の別の目的は、繊維強化熱可塑性樹脂スタンパブルシートを熱賦型して得られる表面にクレイズが発生しない成型品を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成する本発明は、以下に記載のものである。
【0009】
〔1〕ナノフィラーを含有したポリカーボネート樹脂と炭素繊維強化材とからなることを特徴とする繊維強化熱可塑性樹脂スタンパブルシート。
【0010】
〔2〕ナノフィラーが炭素系ナノフィラーであって、該炭素系ナノフィラーの含有量がポリカーボネート樹脂に対し、0.01〜1.0質量%である〔1〕に記載の繊維強化熱可塑性樹脂スタンパブルシート。
【0011】
〔3〕繊維強化熱可塑性樹脂スタンパブルシートの少なくとも片面の表層中の炭素系ナノフィラーの含有量がポリカーボネート樹脂に対し、0.01〜1.0質量%であり、且つ該表層中には炭素繊維強化材が含まれない〔1〕又は〔2〕に記載の繊維強化熱可塑性樹脂スタンパブルシート。
【0012】
〔4〕炭素系ナノフィラーがカーボンナノチューブである〔2〕又は〔3〕に記載の繊維強化熱可塑性樹脂スタンパブルシート。
【0013】
〔5〕ナノフィラーをポリカーボネート樹脂に対し0.01〜1.0質量%含有させたポリカーボネート樹脂フィルムを炭素繊維強化材の少なくとも片面に少なくとも1枚積層させた後、加熱・加圧して樹脂を炭素繊維強化材に含浸させて一体化させることによる繊維強化熱可塑性樹脂スタンパブルシートの製造方法。
【0014】
〔6〕〔1〕乃至〔4〕の何れか1に記載の繊維強化熱可塑性樹脂スタンパブルシート、または〔5〕に記載の繊維強化熱可塑性樹脂スタンパブルシートの製造方法により製造された繊維強化熱可塑性樹脂スタンパブルシートを加熱して一体成型してなる繊維強化熱可塑性樹脂成型物。
【発明の効果】
【0015】
本発明の繊維強化熱可塑性樹脂スタンパブルシートは、マトリックスであるポリカーボネート樹脂にナノフィラーが配合されているためクレイズ発生が抑制される。その結果、本発明の繊維強化熱可塑性樹脂スタンパブルシートを熱賦型してなる成型物は、意匠性に優れる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明の繊維強化熱可塑性樹脂スタンパブルシートは、炭素繊維強化材とナノフィラーを含有したポリカーボネート樹脂とからなる。
【0017】
〔炭素繊維強化材〕
本発明のスタンパブルシート強化材に用いる素材は炭素繊維であり、引張強度3000MPa以上、弾性率200GPa以上の炭素繊維が好ましい。前記炭素繊維の原料としては特に限定するものではないが、ポリアクリロニトリル(PAN)系炭素繊維、ピッチ系炭素繊維、レーヨン系炭素繊維等が例示できる。これらの炭素繊維のうち、取扱性能、製造工程通過性能に適したPAN系炭素繊維が特に好ましい
本発明に用いる炭素繊維強化材は、炭素繊維織物、多軸織物、チョップ状の炭素繊維ストランド、不織布、マット状の強化材等が挙げられるが、意匠性から炭素繊維織物が好ましく用いられる。炭素繊維織物の織組織には、平織、綾織、朱子織などがあるが、朱子織が好適である。朱子織は、他の織物、例えば、平織等と比較して格子点数が少ないため、格子点のズレや格子形状の変形が起こりやすい。このため、朱子織物を強化材とした熱可塑性樹脂スタンパブルシートは、それを用いて熱賦型する際に、型の複雑な形状にも強化材がよく追従し、良好な深絞り形状物を与えることができる。
【0018】
〔ナノフィラー〕
本発明に用いるナノフィラーには、炭素系ナノフィラーを含む無機系ナノフィラー、有機系ナノフィラーが挙げられる。これらのうち、炭素系ナノフィラーが好ましい。本発明に用いる炭素系ナノフィラーとしては、カーボンナノファイバー、カーボンナノチューブ、フラーレン等が挙げられる。これらのうち、カーボンナノチューブが好ましい。
【0019】
上記カーボンナノチューブとしては、グラファイト膜が一層である単層カーボンナノチューブと、グラファイト膜が多層である多層カーボンナノチューブが挙げられ、本発明ではそのいずれも使用できる。カーボンナノチューブの製造方法は特に限定されないが、たとえば気相成長法、アーク放電法、レーザー蒸発法などにより得られる。
【0020】
ポリカーボネート樹脂中のナノフィラー(特に炭素系ナノフィラー)の配合量は、ポリカーボネート樹脂に対し、0.01〜1.0質量%、好ましくは、0.1〜0.5質量%である。ナノフィラーの配合量が1.0質量%より多くなると、フィラー自体が高価であるため、製造コストが高くなる。フィラーの配合量が0.01質量%より少ないと、クレイズ抑制効果が発揮されない。
【0021】
クレイズ抑制効果が発現する理由は明らかではないが、ナノフィラーがポリカーボネート樹脂中に発生するクレイズの成長を止めると考えられる。
【0022】
本発明の繊維強化熱可塑性樹脂スタンパブルシートは、少なくとも片面の表層中の炭素系ナノフィラーの含有量がポリカーボネート樹脂に対し、0.01〜1.0質量%であることが好ましい。ここでいう表層とは、繊維強化熱可塑性樹脂スタンパブルシートの表面(厚さ方向の最外層)に形成される実質的に炭素繊維強化材が含まれない層である。この表層は、繊維強化熱可塑性樹脂スタンパブルシートを熱賦型して成型物とした際に、成型物の表層として形成される。そのため、繊維強化熱可塑性樹脂スタンパブルシート表層中に炭素系ナノフィラーを含有させることが特に重要である。繊維強化熱可塑性樹脂スタンパブルシート表層中の炭素系ナノフィラーの含有量を上記範囲とするには、例えば、スタンパブルシートを作製する際に、炭素繊維強化材の少なくとも片面にポリカーボネート樹脂に対し、炭素系ナノフィラーを0.01〜1.0質量%含有するフィルムを重ねて熱プレスすることにより得ることができる。尚、上記表層は繊維強化熱可塑性樹脂スタンパブルシートの両面に存在することが、熱賦型して得られる成型物の全表面のクレイズが抑制できるので好ましい。この表層の厚さは、スタンパブルシートを作製する際に、最外層として用いるポリカーボネート樹脂フィルムの厚み及びフィルムの枚数により調節することができる。
【0023】
〔混練方法〕
ポリカーボネート樹脂とナノフィラーとの混練方法は特に限定されないが、例えば二軸押出機、ニーダー、ミキサー等にて混練する方法が挙げられる。ポリカーボネート樹脂とナノフィラーとを混練した樹脂組成物からフィルムを製造する方法は、特に限定されないが、Tダイよりフィルムを押出成型する方法、インフレーション法によりフィルムを得る方法などの公知の方法が採用できる。
【0024】
〔スタンパブルシートの作製〕
本発明の繊維強化熱可塑性樹脂スタンパブルシートの作製は、特に限定されないが、上記ポリカーボネート樹脂とナノフィラーとを混練した樹脂組成物を用いて製造したフィルムを前記炭素繊維強化材と積層し、熱プレス成型する方法が好ましい。上記方法で製造したスタンパブルシートは、炭素繊維強化材中に上記樹脂組成物が略均一に含浸されたシートである。こうして得られる繊維強化熱可塑性樹脂スタンパブルシートを熱賦型して得られる成型品は、クレイズが発生し難く、意匠性に優れる。
【0025】
繊維強化熱可塑性樹脂スタンパブルシート中の炭素繊維強化材の配合量は、成型方法、用途等によって異なる。しかし、コストパフォーマンスの観点から10〜90質量%の範囲が好ましく、30〜70質量%がより好ましい。繊維強化熱可塑性樹脂スタンパブルシートに対する炭素繊維強化材の配合量は、ポリカーボネート樹脂フィルムと炭素繊維強化材とを任意の割合で積層することにより調整することができる。
【0026】
〔炭素繊維強化熱可塑性樹脂成型物の作製〕
上記方法で製造したスタンパブルシートを用いて繊維強化熱可塑性樹脂成型物を製造するには、まず繊維強化熱可塑性樹脂シートとしてスタンパブルシートを予め作製し、次にこれを適当な形状に切り抜いてブランク材とし、最後にブランク材を所定の型枠に入れて、プレス成型により各種形状に熱賦形して炭素繊維強化熱可塑性樹脂成型物を製造する。プレス成型に際してはブランク材を複数積層することにより所望の厚さの成型物を製造できる。
【実施例】
【0027】
次に、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0028】
〔実施例1〕
ポリカーボネート樹脂(帝人化成社製:パンライトAD5503(登録商標))に対し炭素系ナノフィラーを添加し、ニーダーにて混練し、炭素系ナノフィラーを1質量%含有した樹脂組成物を得た。次いで、この樹脂組成物と、ポリカーボネート樹脂とを二軸押出機にて混練し、炭素系ナノフィラー0.2質量%含有したペレットを得た。次に、このペレットを用いてTダイ押出成型機にて炭素系ナノフィラー含有ポリカーボネート樹脂フィルム(200μm厚)を作製した。
【0029】
上記炭素系ナノフィラーには、カーボンナノチューブ「多層カーボンナノチューブ(直径:10nm、アスペクト比:100〜1,000)」を用いた。一方、炭素繊維強化材としては、東邦テナックス(株)製PAN系高強度炭素繊維「ベスファイトHTA 7−3K」(登録商標)(直径7μm×3000フィラメント)から作製される、東邦テナックス(株)製 炭素繊維織物「ベスファイトW3121」(登録商標)(織組成:8枚朱子 目付:380g/m2)を用いた。
【0030】
次に、この炭素繊維織物と、上記炭素系ナノフィラー含有ポリカーボネート樹脂フィルム(200μm厚)とをそれぞれ1m角のシートに切断した。炭素繊維織物のシートを6枚、炭素系ナノフィラー含有ポリカーボネート樹脂フィルムのシートを7枚用意し、該樹脂フィルムと炭素繊維織物を交互に積層した。
【0031】
上記積層物を、予め離型処理を施したステンレス板で挟み、ホットプレス熱盤上にセットし、同じく予め離型処理を施した鋼製スペーサーを使用して、約2.7mm厚の繊維強化熱可塑性樹脂スタンパブルシートを作製した。尚、このときの成型条件は、成型圧力が1.47MPa、成型温度が280℃であった。
【0032】
次に、こうして得られた繊維強化熱可塑性樹脂スタンパブルシートを型枠に入れて、成型温度280℃、成型圧力1.0MPaでプレス成型して炭素繊維強化熱可塑性樹脂成型物を製造した。この成型物の外観を目視にて観察し意匠性を評価した。評価結果を表1に示す。表1に示す通り、繊維強化熱可塑性樹脂スタンパブルシートから得られた炭素繊維強化熱可塑性樹脂成型物の外観はクレイズが認められず意匠性が良好であった。
【0033】
〔実施例2〜3及び比較例1〕
ポリカーボネート樹脂に対する炭素系ナノフィラーの含有量を表1に示す質量割合とした以外は実施例1と同様に繊維強化熱可塑性樹脂スタンパブルシートを作製し、更に炭素繊維強化熱可塑性樹脂成型物を作製した。得られた成型物の表面クレイズを目視にて評価した結果を表1に示す。表1に示す通り、実施例2、3の炭素繊維強化熱可塑性樹脂成型物の表面には、クレイズが全く発生しなかった。一方、比較例1の炭素繊維強化熱可塑性樹脂成型物の表面にはクレイズ発生が認められ、意匠性が不良であった。
【0034】
【表1】

【0035】
表1の結果から、本発明の繊維強化熱可塑性樹脂スタンパブルシートを熱賦形して得られる炭素繊維強化熱可塑性樹脂成型物は、意匠性に優れることが判る。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ナノフィラーを含有したポリカーボネート樹脂と炭素繊維強化材とからなることを特徴とする繊維強化熱可塑性樹脂スタンパブルシート。
【請求項2】
ナノフィラーが炭素系ナノフィラーであって、該炭素系ナノフィラーの含有量がポリカーボネート樹脂に対し、0.01〜1.0質量%である請求項1に記載の繊維強化熱可塑性樹脂スタンパブルシート。
【請求項3】
繊維強化熱可塑性樹脂スタンパブルシートの少なくとも片面の表層中の炭素系ナノフィラーの含有量がポリカーボネート樹脂に対し、0.01〜1.0質量%であり、且つ該表層中には炭素繊維強化材が含まれない請求項1又は2に記載の繊維強化熱可塑性樹脂スタンパブルシート。
【請求項4】
炭素系ナノフィラーがカーボンナノチューブである請求項2又は3に記載の繊維強化熱可塑性樹脂スタンパブルシート。
【請求項5】
ナノフィラーをポリカーボネート樹脂に対し0.01〜1.0質量%含有させたポリカーボネート樹脂フィルムを炭素繊維強化材の少なくとも片面に少なくとも1枚積層させた後、加熱・加圧して樹脂を炭素繊維強化材に含浸させて一体化させることによる繊維強化熱可塑性樹脂スタンパブルシートの製造方法。
【請求項6】
請求項1乃至4の何れか1項に記載の繊維強化熱可塑性樹脂スタンパブルシート、または請求項5に記載の繊維強化熱可塑性樹脂スタンパブルシートの製造方法により製造された繊維強化熱可塑性樹脂スタンパブルシートを加熱して一体成型してなる繊維強化熱可塑性樹脂成型物。


【公開番号】特開2007−131697(P2007−131697A)
【公開日】平成19年5月31日(2007.5.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−324581(P2005−324581)
【出願日】平成17年11月9日(2005.11.9)
【出願人】(000003090)東邦テナックス株式会社 (246)
【出願人】(303013268)帝人テクノプロダクツ株式会社 (504)
【Fターム(参考)】