説明

老化抑制作用を有する乳酸菌およびその用途

【課題】 安全性に問題がなく、経口的に摂取可能である乳酸菌の中から特定の菌株を選抜し、該菌株を含有する老化抑制剤、該菌株を用いた食品・製剤を提供すること。
【解決手段】 乳酸菌ラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ クレモリス H−61株(NITE AP−92)を含有する老化抑制剤並びに乳酸菌ラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ クレモリス H−61株(NITE AP−92)を含有する老化抑制剤を含むことを特徴とする食品または薬剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定の乳酸菌を含有する老化抑制剤に関し、詳しくは、骨密度減少抑制能、皮膚潰瘍発生抑制能を有するラクトコッカス属乳酸菌を有効成分とする老化抑制剤および該乳酸菌を利用した食品または薬剤(医薬品)に関する。
【背景技術】
【0002】
高齢化社会の到来により、健康で長寿であることに対する関心が高まる中、老化反応を抑える物質の開発が望まれている。
これまでに抗老化剤、老化防止剤として、アスコルビン酸(特許文献1参照)やコラーゲン(特許文献2参照)などの物質を含有するものが報告されている。
一方、乳酸菌は、代表的なプロバイオティクス(宿主の健康維持に有益な働きをする微生物)として知られており、これまでにも様々な機能性が報告されているが、さらに新しい作用の発見も求められている。乳酸菌は医薬品としてだけでなく、発酵乳のような食品としても摂取が可能であり、疾病予防のために毎日摂取することにも、医薬品や先に挙げた物質を摂取するよりも抵抗は少ないと考えられる。従って、乳酸菌を利用した老化抑制、予防食品が望まれていた。
【0003】
ところで、老化に関連する生理現象としては、記憶能の低下、免疫応答の低下、生体内酸化、骨密度の低下などがある。
これまでに報告されている乳酸菌についての知見としては、ある乳酸菌が老齢マウスの免疫応答を賦活化し、病原菌感染性を低下させたという報告(非特許文献1参照)や発酵乳投与マウスの寿命が延長されるとの報告(非特許文献2参照)がある。しかし、前者は老化を抑制するものではなく、後者は寿命が延びていても老化していないことには言及していない。
また、乳酸菌を用いた抗老化剤として、皮膚の老化防止として「皮膚外用剤」(特許文献3参照)、「皮膚老化防止用化粧料」(特許文献4参照)、「皮膚の免疫系のバランスを保つためのプロバイオティック乳酸菌」(特許文献5参照)などがある。前二者は、食品としての乳酸菌の効果に関するものではなく、第三の報告は、経口摂取によるものではあるが、老齢マウスを試験に使用していないため、老化に関連した潰瘍発生、他の病態に対する影響については検討されていない。
【0004】
老化に伴う生理現象の解析には、老化促進モデルマウス(Senescence-Accelerated Mouse 、SAM)を用いた研究が有効である。SAMは1991年時で、P系群8系統、R系群3系統が維持されている。1例を挙げれば、P/1系は老化アミロイド症、P/6系は老年性骨粗鬆症、P/8系は学習・記憶障害を発症する。SAM研究会では、前記の病態の他にマウスの行動や外観(皮膚)の老化の程度を表す老化スコアを設定している。SAMを用いた老化関連病態に及ぼす乳酸菌投与の報告はこれまでにない。
【0005】
骨粗鬆症には、原発性と持続性の二つのタイプがあり、原発性はさらに閉経後骨粗鬆症と老年性骨粗鬆症に分けられる。骨代謝には、骨形成と骨吸収があり、正常であれば、両者のバランスがとれている。閉経後骨粗鬆症は、骨吸収が骨形成よりも異常に亢進しているために見られるもので、骨吸収抑制剤(ビスホスホネート製剤など)の投与が有効である。
骨粗鬆症に対する乳酸菌の効果については、乳酸菌を用いて発酵させた発酵乳(特許文献6参照)やプロピオン酸または乳酸菌体培養物(特許文献7参照)で骨密度の増加や減少抑制に効果があったと報告されている。しかし、これらの報告では、卵巣摘出手術を施したラットあるいは無処置のラットが試験に用いられており、これまでに老化に伴う骨密度の減少に対する乳酸菌の効果を調べた報告はない。老齢時では、骨吸収、骨形成がともに低下した状態であり、閉経後骨粗鬆症モデルラットでは老年性骨粗鬆症の病態と一致しない。
【0006】
活性酸素は、生体内で過酸化脂質を生成し、疾病、細胞老化の原因となると考えられている。乳酸菌の抗酸化作用については、「抗酸化剤」(特許文献8参照)などの報告があるが、老化に関連した病態としての骨密度減少、皮膚の潰瘍発生に対する抗酸化作用を有する乳酸菌摂取の効果に関する報告はない。
【0007】
乳酸菌は20属に分かれているが、機能性研究が進んでいるのは、ラクトバチルス属、エンテロコッカス属、ストレプトコッカス属、ラクトコッカス属である。しかし、エンテロコッカス、ストレプトコッカス属乳酸菌については、そのグループに属する菌株がすべて安全であるとは限らず、病原性を有する菌株も存在するため、使用する菌株を慎重に選ぶ必要がある。
ラクトバチルス属乳酸菌は、乳酸菌のなかでも安全性が高いグループであることが知られているが、一般に牛乳中での生育が悪いものが多く、発酵乳の製造の際、十分に生育させるには乳由来の乳酸菌と混合したり、タンパク分解物などを添加しなければならない。ラクトコッカス属乳酸菌は、ラクトバチルス属乳酸菌と並んで安全性が高く、かつ、牛乳中での生育がよく、乳製品の製造に適した乳酸菌グループである。また、通性嫌気性細菌のため、取り扱いも容易である。従って、ラクトコッカス属乳酸菌の中から、新規な、付加価値の高い乳製品製造開発に向け、老化抑制効果を有する乳酸菌株が求められていた。
【0008】
「プロバイオティクス」とは、もともと「宿主の腸内フローラのバランスを改善することにより宿主動物に有益に働く微生物添加物」(非特許文献3参照)と定義されており、乳酸菌がプロバイオティクスとしての機能を十分に発揮するためには、腸管まで生きたまま到達することが望ましいとされてきた。
しかし、最近ではプロバイオティクスは「宿主の健康維持に有益な働きをする微生物」(非特許文献4参照)として広い意味で用いられることが多く、死菌体でもプロバイオティクスに含めることができるという考えもみられる(非特許文献5参照)。すなわち、機能性によっては死菌体でも生菌と同じ作用を有する場合がある。例えば、免疫賦活作用、コレステロール低下作用、抗腫瘍効果などである。死菌体は生菌に比べて取り扱いが容易であり、製剤としての利用が可能であり、または食品に添加してもよい。従って、生菌だけでなく、死菌体でも抗老化作用を有する乳酸菌が求められていた。
【0009】
【特許文献1】特開2004−359554号公報
【特許文献2】特開2004−067551号公報
【非特許文献1】Hori et al.,(2002)Clin.Diagn.Lab.Immunol.,9:105-108
【非特許文献2】荒井ら(1980)、栄養と食糧、33:219-223
【特許文献3】特開2002−037742号公報
【特許文献4】特開平07−145034号公報
【特許文献5】特表2004−510740号公報
【特許文献6】特開2004−315477号公報
【特許文献7】再表01/028547号公報
【特許文献8】特開2003−253262号公報
【非特許文献3】Fuller,(1989)J.Appl.Bacteriol., 66,365-378
【非特許文献4】Lee and Salminen,(1995)Trends Food Sci. Technol.6,241-245
【非特許文献5】Salminen et al.,(1999)Trends Food Sci. Technol.,10,107-110
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、安全性に問題がなく、経口的に摂取可能である乳酸菌の中から特定の菌株を選抜し、該菌株含有する骨密度減少抑制剤、皮膚潰瘍発生抑制剤、老化抑制剤、該菌株を用いた食品・製剤を提供することを目的とする。
本発明者らは、研究の過程で老化と密接な関わりがある抗酸化能を有する乳酸菌を見出し、本発明に到達した。
【課題を解決するための手段】
【0011】
請求項1記載の本発明は、乳酸菌ラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ クレモリス H−61株(NITE AP−92)を含有する老化抑制剤である。
請求項2記載の本発明は、ラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ クレモリス H−61株(NITE AP−92)が生菌である請求項1記載の老化抑制剤である。
請求項3記載の本発明は、ラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ クレモリス H−61株(NITE AP−92)が死菌体である請求項1記載の老化抑制剤である。
【0012】
請求項4記載の本発明は、老化抑制が骨密度減少抑制であることに由来する請求項1〜3のいずれかに記載の老化抑制剤である。
請求項5記載の本発明は、老化抑制が皮膚潰瘍発生抑制であることに由来する請求項1〜3のいずれかに記載の老化抑制剤である。
請求項6記載の本発明は、乳酸菌ラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ クレモリス H−61株(NITE AP−92)を含有する老化抑制剤を含むことを特徴とする食品または薬剤である。
【発明の効果】
【0013】
本発明により、乳酸菌の中でもラクトバチルス属と並んで安全性が高く、しかも乳製品製造に適しているラクトコッカス属乳酸菌であるH−61株を利用した老化抑制剤および該乳酸菌を利用した食品や薬剤が提供される。この乳酸菌の機能性は生菌のみならず死菌体でも見られることから、食材に添加したり、またはサプリメント等としても利用できる。
したがって、本発明により、付加価値の高い新規な乳製品の開発に向けた、かつ高齢者向けプロバイオティック食品の開発が期待できる。また、死菌体を食材に添加して、その機能性を利用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明者らは、前記した目的を達成すべく検討を重ねた結果、各種の乳酸菌の中から、ラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ クレモリス(Lactococcus lactis subsp.cremoris)H−61株が、経口投与により抗酸化作用を有することを見出した。この知見に基づいて、該乳酸菌H−61株を、老齢期に骨粗鬆症を発症する老化促進モデルマウスに対して経口投与したところ、非投与群に比べて骨密度の減少が有意に抑制されることが明らかとなった。さらに、このH−61株は、老化の程度を表す老化スコアについて、非投与に比べてスコアを低下させることも判明した。H−61株は、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに寄託されており、その受託番号はNITE AP−92(独立行政法人農業生物資源研究所の農業生物資源ジーンバンクに寄託されているMAFF No.400007と同一株である。)である。
本発明者らは、他属の乳酸菌は勿論のこと、ラクトコッカス属に属する乳酸菌の中でもH−61株以外に有用な菌株を未だ見出していない。
【0015】
このラクトコッカス属乳酸菌H−61株としては、乳酸菌の培養の常法に従い、任意の条件で培養した後、遠心分離等の手段によって集菌したものを1−2回、好ましくは2回、生理食塩水や滅菌水などで洗浄したものをそのまま用いることができる。また、本菌株の製剤化の形態にも特に制限はなく、凍結乾燥粉末、噴霧乾燥粉末、液体への懸濁など、使用目的に合った方法を採用できる。
【0016】
本発明による老化抑制には、本菌株を含む製剤などを経口投与することが望ましい。その場合の投与量については、今回、マウス(体重40g)あたり、菌体重量で1.0〜2.5mg/日投与で効果が認められたことから、ヒトに対しては体重1kgあたり、菌体重量25.0〜62.5mg/日で十分な効果が期待できるが、多量に摂取しても安全性の面では問題はない。
したがって、1日あたり25.0mg/kg以上、通常は25.0〜130mg/kg、好ましくは25.0〜65.0mg/kg程度の投与が適当である。
上記の菌体量を含む剤を1日1回、または数回に分けて摂取する。本菌株は、牛乳中でもよく生育するため、本菌株を用いて製造した発酵乳の形態で摂取することもできる。
【実施例】
【0017】
以下において、本発明を実施例により詳しく説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0018】
(実施例1)
BALB/cマウス(8ヶ月齢、平均体重30g)は、搬入後、2ヶ月間、市販の飼料(MM−3、船橋農場製、千葉)と水で飼育した。
ラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ クレモリス H−61株(NITE AP−92)およびラクトバチルス・アシドフィルス JCM1132株(理化学研究所)は、予め常法に従って一昼夜培養した。
次に、上記の各乳酸菌株を0.85%食塩水で2回洗浄し、200μl当たり10cfuになるように10%脱脂乳(雪印スキムミルク、雪印乳業製)に懸濁した。
【0019】
このようにして得られるH−61株およびJCM1132株の生菌体の10%脱脂乳懸濁液200μlを、BALB/cマウス(1群あたり3匹)に1日1回、7日間強制的に連続して経口投与した。なお、対照群には、10%脱脂乳のみを同様に経口投与した。
各乳酸菌体の脱脂乳懸濁液の投与開始前、および投与終了後に、マウスより血清を採取し、チオバルビツール酸法(内藤・山中、日本老年医学雑誌、15:187-191、1975)により血中の過酸化脂質量を測定した。
その結果、H−61株生菌体投与群では、対照群に比べ、血中過酸化脂質量が77.3%まで減少したのに対し、JCM1132投与群ではそのような効果は認められなかった。
このことから、H−61株には、抗酸化機能があることが明らかとなった。
【0020】
(実施例2)
老化促進マウス(6ヶ月齢、老年性骨粗鬆症系、平均体重40g)は、搬入後、3ヶ月間、市販の飼料(MM−3、船橋農場製、千葉)と水で飼育した。
ラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ クレモリス H−61株(NITE AP−92)は、予め常法に従って一昼夜培養した。
次に、上記の乳酸菌株を蒸留水で2回洗浄し、100℃で50分間熱処理を行った後、凍結乾燥を行った。得られた乾燥菌体を0.05%濃度で市販の飼料(MM−3)に混合し、この飼料を5−6ヶ月間、老化促進マウス(1群あたり5−7匹)に与えた。一方、対照群には、菌体非含有飼料を与えた。
H−61株投与2ヵ月後に老化の程度を表す老化スコア(細川・梅澤、老化促進モデルマウスを用いた機能評価、pp.294-297、食品機能研究法、篠原・鈴木・上野川編、光琳、2000)にて老化度を判定した。投与終了後、骨密度をDXA装置(Dual Energy X-ray Absorptiometry、アロカ社製、DCS−600)にて測定した。
【0021】
マウス皮膚外観について、上記の方法により老化スコアを算出した。老化スコアの算出は、脱毛、潰瘍、および目の腫れの各項目について行った。その結果、潰瘍発生や体の一部が脱毛状態のマウス、目の周りの皮膚が変化しているマウスが対照群では7匹中6匹で見られたのに対し、H−61株投与群では脱毛、潰瘍を発生したマウスが一匹も認められず、目の周りの皮膚が変化しているマウスが7匹中1匹のみであった(表1)。
【0022】
【表1】

数値は、個体ごとに老化スコアを算出し、群ごとに合計したものを匹数で除した値。
【0023】
また、マウス右大腿骨骨密度を測定した。測定は、村山・藤巻(2000)の方法(骨評価関連検査、組織培養工学、26(13):31-34、ニューサイエンス社)により実施した。その結果、対照群に比べてH−61株投与群で有意に(p<0.001)高かった(図1)。一方、対照群においては、5ヶ月齢の老化促進マウスの骨密度は40.2〜40.5mg/cmであり、14ヶ月齢では対照群は38.5mg/cmであったのに対し、H−61株投与群では44.4mg/cmであった(図1)ことから、H−61株は加齢に伴う骨密度の減少を抑制することができることが明らかとなった。
【0024】
(比較例1)
実施例2において、H−61株の代わりにラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ ラクチス G50株(FERM P−18415)を用いた他は、同様にして飼料に混合し、1ヶ月齢の老化促進マウス(1群あたり8匹)に11ヶ月間投与した。
その結果、皮膚の老化度は、対照群と比べて差が認められなかった。また、大腿骨骨密度についても、G50株投与群と対照群で有意な差は認められなかった。
【産業上の利用可能性】
【0025】
本発明により、安全性が高く、しかも乳製品の製造に適しているラクトコッカス属乳酸菌であるH−61株を利用した老化抑制剤および該乳酸菌を利用した食品や薬剤が提供される。
したがって、本発明により、付加価値の高い開発高齢者向けプロバイオティック食品の発が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】老化促進モデルマウスの骨密度に及ぼす乳酸菌H−61株の投与効果を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
乳酸菌ラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ クレモリス H−61株(NITE AP−92)を含有することを特徴とする老化抑制剤。
【請求項2】
ラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ クレモリス H−61株(NITE AP−92)が生菌である請求項1記載の老化抑制剤。
【請求項3】
ラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ クレモリス H−61株(NITE AP−92)が死菌体である請求項1記載の老化抑制剤。
【請求項4】
老化抑制が骨密度減少抑制であることに由来する請求項1〜3のいずれかに記載の老化抑制剤。
【請求項5】
老化抑制が皮膚潰瘍発生抑制であることに由来する請求項1〜3のいずれかに記載の老化抑制剤。
【請求項6】
乳酸菌ラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ クレモリス H−61株(NITE AP−92)を含有する老化抑制剤を含むことを特徴とする食品または薬剤。


【図1】
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【公開番号】特開2006−256993(P2006−256993A)
【公開日】平成18年9月28日(2006.9.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−74773(P2005−74773)
【出願日】平成17年3月16日(2005.3.16)
【出願人】(501203344)独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 (827)
【Fターム(参考)】