説明

耐アルカリグルタミナーゼ複合体

【課題】調味食品などを製造する目的の上で、極めて効率的にグルタミナーゼを作用させることを可能とする耐アルカリ性グルタミナーゼ複合体を提供する。
【解決手段】平均細孔径が3nmより大きいメソ細孔を備え、細孔の内壁と外表面の一部又は全部が炭素層で被覆され、且つ細孔容積が0.1〜2cm/gで、比表面積が100〜1200m/gであるメソポーラスシリカ多孔体と、該メソポーラスシリカ多孔体に固定化されたグルタミナーゼとから構成される耐アルカリ性グルタミナーゼ複合体。
【効果】従来のグルタミナーゼの耐アルカリ性を著しく向上させることが可能となり、アルカリ条件下において調味食品などを製造する際に極めて効率的にグルタミナーゼを作用させることが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐アルカリ性グルタミナーゼ複合体に関するものであり、更に詳しくは、平均細孔径が3nmより大きい細孔径を備え、細孔の細孔内壁が炭素膜で被覆され、表面の一部又は全部が炭素膜で被覆され、且つ特定の細孔容積と比表面積を有するメソポーラスシリカ多孔体と、該メソポーラスシリカ多孔体に固定化されたグルタミナーゼとを有する耐アルカリ性グルタミナーゼ複合体に関するものである。本発明は、従来のグルタミナーゼの耐アルカリ性を著しく向上させることが可能で、調味食品などを製造する上で、極めて効率的にグルタミナーゼを作用させることを可能とする耐アルカリ性グルタミナーゼ複合体に関する新技術・新製品を提供するものである。
【背景技術】
【0002】
グルタミナーゼは、例えば、食品工業の分野において、特に、タンパク質を酵素的に分解して、調味食品を製造する場合に、重要な役割を果たすものとして知られている。このグルタミナーゼは、生化学的分野や医学的分野においても、近年、注目されている酵素であり、特に、アルカリ条件下において安定な酵素活性を示す酵素剤の開発が期待されている。
【0003】
グルタミナーゼは、例えば、グルタミンとエチルアミン誘導体の混合物に作用させることにより、L−テアニンを高い収率で合成することができる。一般に、タンパク質を、アルカリ条件下において、酵素的に分解できる技術があれば、食品分野をはじめ種々の分野への応用が期待されることから、グルタミナーゼに、耐アルカリ性を持たせる技術の開発が行われている。しかし、そのような技術は、未だ、十分に発達しているとは言い難い状況にあるのが実情である。
【0004】
一方、細孔径が2〜20nm程度の規則性細孔を有する多孔質シリカは、特に、メソポーラスシリカと呼ばれ、1990年代に、その合成が報告されて以降、例えば、吸着剤や触媒、各種担体としての利用方法が数多く提案されている(非特許文献1)。
【0005】
メソポーラスシリカの細孔の細孔径は、各種の酵素のサイズと好適に対応していることから、その細孔の内部に酵素を固定させるための酵素担体としての利用が期待されている。これまで、該多孔質シリカの細孔内に酵素を担持させることにより、酵素に対して、耐酸性、耐熱性、又は異性化反応の基質特異性向上などの効果を付与する技術が開発されている(特許文献1,2)。
【0006】
しかしながら、多孔質シリカは、pH8以上のアルカリ条件下の溶液中では、構成成分であるシリカが溶解しやすく、その細孔構造を保持できないという欠点があった。また、アルカリ条件下では、酵素が溶液中に溶解してしまい、安定的な反応を得ることができないという欠点もあった。そのため、これまで、多孔質シリカを、アルカリ条件下における反応を触媒する酵素担体として利用することは非常に困難であり、当技術分野においては、その解決が強く求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2001−128672号公報
【特許文献2】特開2002−95471号公報
【特許文献3】特開2008−016792号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】福嶋喜章,セラミックス,34巻,pp722−725(1999年)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
このような状況の中で、本発明者らは、上記従来技術に鑑みて、上記多孔質シリカ、すなわちメソポーラスシリカ多孔体材料の耐アルカリ性を向上させるための新しい基本技術とその応用技術を開発することを目標として鋭意研究及び検討を行った結果、長周期規則性のメソポーラスシリカ多孔体材料において、そのメソ構造を構成する細孔の細孔内壁を被覆する炭素膜と、該炭素膜に連続して該メソポーラスシリカ多孔体材料の外表面の一部又は全部を被覆する炭素膜とからなる炭素層を形成することによって、規則性のあるメソ領域の細孔構造を確保しつつ、高い安定性を有するメソポーラスシリカ多孔体が得られることを見出し、更に、この耐アルカリ性を有するメソポーラスシリカ多孔体にグルタミナーゼを固定化し、アルカリ溶液中での効率的な触媒として、安定性に優れ、低コストなグルタミナーゼ複合体を提供できることを見出し、更に研究を重ねて、本発明を完成するに至った。
【0010】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、メソポーラスシリカにおいて、その細孔空間を確保した状態で細孔の細孔内壁が炭素膜で被覆されたメソポーラスシリカ多孔体を担体として、その細孔内にグルタミナーゼを吸着、固定させることにより複合化した、従来にない優れた耐アルカリ性を有するグルタミナーゼ複合体を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を達成するための本発明は、以下の技術的手段から構成される。
(1)平均細孔径が3nmより大きいメソ細孔を備え、細孔の内壁と外表面の一部又は全部が炭素層で被覆され、且つ細孔容積が0.1〜2cm/gで、比表面積が100〜1200m/gであるメソポーラスシリカ多孔体材料と、該メソポーラスシリカ多孔体に固定化されたグルタミナーゼとから構成される耐アルカリ性グルタミナーゼ複合体。
(2)炭素層が、外表面の炭素膜と、メソポーラスシリカ多孔体材料の細孔空間を確保した状態で、細孔の細孔内壁を被覆する炭素膜とを含む、前記(1)に記載の耐アルカリ性グルタミナーゼ複合体。
(3)メソポーラスシリカ多孔体における炭素の被覆量が、1〜30質量%である、前記(1)又は(2)に記載の耐アルカリ性グルタミナーゼ複合体。
(4)平均細孔径が、3〜20nmである、前記(1)から(3)のいずれかに記載の耐アルカリ性グルタミナーゼ複合体。
(5)pH10.5で処理したときに、メソ細孔が壊れない耐アルカリ性を示す、前記(1)から(4)のいずれかに記載の耐アルカリ性グルタミナーゼ複合体。
(6)メソポーラスシリカ多孔体のX線回折におけるd間隔が、2nmより大きい位置に少なくとも1つのピークを有する、前記(1)から(5)のいずれかに記載の耐アルカリ性グルタミナーゼ複合体。
(7)耐アルカリ性グルタミナーゼ複合体中のグルタミナーゼの含有量が、2〜20質量%である、前記(1)から(6)のいずれかに記載の耐アルカリ性グルタミナーゼ複合体。
【0012】
次に、本発明について更に詳細に示す。
本発明におけるメソポーラスシリカ多孔体とは、多孔質構造を持つ珪素酸化物を主成分とする物質を意味する。メソポーラスシリカ多孔体における細孔の平均細孔径が3nm未満であると、該メソポーラスシリカ多孔体内部へのグルタミナーゼの吸着が十分でないので好ましくない。また、メソポーラスシリカ多孔体における細孔の平均細孔径が20nmを超えるものは、製造することが実質的に困難であるので好ましくない。従って、上記観点からすると、本発明におけるメソポーラスシリカ多孔体の細孔の平均細孔径は、3〜20nmであり、好ましくは3〜14nmである。
【0013】
本発明において、メソポーラスシリカ多孔体の平均細孔直径は、公知の窒素吸脱着により算出することができる。すなわち、該メソポーラスシリカ多孔体の平均細孔直径は、公知のBJH法により算出することができる。本発明におけるメソポーラスシリカ多孔体の該シリカ多孔体中の炭素の被覆量は、1〜30質量%であることが好ましい。本発明の該メソポーラスシリカ多孔体の炭素被覆量は、熱分析−示差熱熱重量同時測定(TG/DTA)により算出することができる。
【0014】
本発明におけるメソポーラスシリカ多孔体の製造方法としては、例えば、以下のようにして製造することができるが、これに限定されるものではない。すなわち、まず、無機原料と有機原料とを混合し、反応させることにより、有機物を鋳型として、そのまわりに、無機物の骨格が形成された複合体を形成させる。次いで、得られた有機物と無機物の複合体から、有機物を除去することにより、メソポーラスシリカ多孔体を製造する。
【0015】
本発明において、上記無機原料としては、例えば、珪素含有無機物を用いることができる。そのような原料の具体例としては、例えば、層状珪酸塩、非層状珪酸塩などの珪酸塩を含む物質、及び珪酸塩以外の珪素を含有する物質が挙げられる。層状珪酸塩としては、カネマイト(NaHSi・3HO)、ジ珪酸ナトリウム結晶(NaSi)、マカタイト(NaHSi・5HO)、アイラアイト(NaHSi17・XHO)、マガディアイト(NaHSi1429・XHO)、ケニヤアイト(NaHSi2041・XHO)などの層状珪酸塩、これらと同効の珪酸塩を含む物質が挙げられる。
【0016】
また、非層状珪酸塩としては、水ガラス(珪酸ソーダ)、ガラス、無定形珪酸ナトリウム、テトラエトキシシラン(TEOS)、テトラメトキシシラン(TMOS)、テトラメチルアンモニウム(TMA)シリケート、テトラエチルオルトシリケートなどのシリコンアルコキシドなどの非層状珪酸塩、これらと同効の珪酸塩を含む物質が挙げられる。更に、珪酸塩以外の珪素を含有する物質としては、シリカ、シリカ酸化物、シリカ−金属複合酸化物などが挙げられる。これらは、単独で又は2種以上を混合して用いることができる。
【0017】
鋳型となる有機原料としては、例えば、界面活性剤が挙げられるが、これに限定されるものではない。界面活性剤としては、特に限定されるものではないが、非イオン型界面活性剤が好ましい。非イオン型界面活性剤としては、特に限定されるものではないが、例えば、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレン2級アルコールエーテル、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンステロールエーテルが挙げられる。
【0018】
また、他の非イオン型界面活性剤として、ポリオキシエチレンラノリン酸誘導体、ポリオキシエチレン、ポリオキシプロピレンアルキルエーテル、ポリプロピレングリコール、ポリエチレングリコールなどのエーテル型のものや、ポリオキシエチレンアルキルアミンなどの含窒素型のものを使用することができるが、特に、ポリグリセリンに脂肪酸をエステル化したポリグリセリン脂肪酸エステルが好ましく使用できる。
【0019】
これらは、単独で又は2種以上を混合して用いてもよい。例えば、界面活性剤のポリグリセリン脂肪酸エステル分子などは、グルタミナーゼ吸着の観点から、HLBが14.0〜18.0であることが好ましい。ここで、HLBは、分子中の親水基と親油基のバランスを表し、分子中の親水基が0%の時を0とし、100%の時を20として等分したものである。無機原料と有機原料とを混合する場合、適当な溶媒を用いることができる。そのような溶媒としては、例えば、水、アルコールなどが挙げられる。
【0020】
無機原料と有機原料の混合方法は、例えば、界面活性剤を酸性溶液に溶解させた後、この溶液に、塩基性物質と無機原料を添加し、20℃〜60℃で、3時間〜24時間、混合することが好ましいが、これに限定されるものではない。無機原料と界面活性剤の混合比(重量比)は、無機原料:界面活性剤=1:0.5〜1:2が好ましいが、これに限定されるものではない。
【0021】
無機原料と塩基性物質の混合比(質量比)は、無機原料:塩基性物質=100:0.1〜100:10が好ましいが、これに限定されるものではない。酸性溶液を調製するための酸性物質は、特に限定されるものではなく、無機酸又は有機酸を用いることができる。無機酸又は有機酸として、例えば、塩酸、臭化水素、ヨウ化水素、蟻酸、酢酸、硝酸、硫酸、燐酸などが例示される。
【0022】
上記無機原料と有機原料を撹拌し、反応させる際のpH条件は、酸性条件であれば、特に限定されるものではないが、特に、pH3以下が好ましい。有機物と無機物の複合体から有機物を除去する方法としては、例えば、上記有機物と無機物の複合体を濾取し、水などにより、洗浄、乾燥した後、400℃〜600℃で焼成する方法や、有機溶媒などにより抽出する方法などが挙げられる。
【0023】
メソポーラスシリカ多孔体を炭素で被覆して炭素層を形成する際に、その炭素層は、外表面の炭素膜と、該メソポーラスシリカ多孔体材料の細孔空間を確保した状態で細孔内の細孔内壁を被覆する炭素膜とで構成されるようにする。細孔内の細孔内壁を被覆する炭素膜は、メソポーラスシリカ材料の細孔空間を確保した状態で細孔内壁を被覆しているので、細孔内の炭素膜全体の形は、チューブ状の形をしている。
【0024】
このような細孔内の細孔内壁を被覆する炭素膜と外表面の炭素膜とが、連結して形成されているかどうかを確認する方法としては、炭素層を溶解せず、メソポーラスシリカ多孔体だけを溶解できる、フッ酸などの強酸で該メソポーラスシリカ多孔体を処理し、炭素層だけを取り出し、この炭素層を、TEM、X線回折、N吸着法などによって分析することによって確認することができる。なお、外表面の炭素膜は、メソポーラスシリカ多孔体の外表面の全てを被覆している必要はなく、その一部において、例えば、ひも状に細長く繋がって被覆されているものであってもよい。
【0025】
更に、本発明の好ましい実施態様のメソポーラスシリカ多孔体は、炭素層が該メソポーラスシリカ多孔体の細孔内の細孔内壁と外表面を少なくとも部分的に被覆しているものであるので、基本的には、疎水的な性質を示す。また、本発明のメソポーラスシリカ多孔体は、炭素層が該メソポーラスシリカ多孔体で補強されている構造を有するため、活性炭のような炭素のみからなる材料と比較して、高い機械強度を有している。
【0026】
本発明の耐アルカリ性メソポーラスシリカ多孔体−グルタミナーゼ複合体は、炭素被覆メソポーラスシリカ多孔体と、グルタミナーゼとから構成される。該メソポーラスシリカ多孔体に対するグルタミナーゼの構成割合は、2質量%〜20質量%が好ましく、3質量%〜20質量%がより好ましく、5質量%〜10質量%が最も好ましい。該メソポーラスシリカ多孔体にグルタミナーゼを吸着させる操作は、例えば、グルタミナーゼ溶液(1mg/ml)4mlを、20mgのメソポーラスシリカ多孔体に添加した後、4℃で、1日、混合撹拌することにより行うことができる。
【0027】
調製されたメソポーラスシリカ多孔体−グルタミナーゼ複合体は、遠心分離により、未吸着のグルタミナーゼと分離される。グルタミナーゼの吸着率は、下記式1に示すように、添加グルタミナーゼ量と該メソポーラスシリカ多孔体に未吸着のグルタミナーゼから算出することができる。
式1:グルタミナーゼ吸着量=[(添加グルタミナーゼ−未吸着グルタミナーゼ)/添加グルタミナーゼ]×100
【発明の効果】
【0028】
本発明により、次のような効果が奏される。
(1)耐アルカリ性メソポーラスシリカ多孔体にグルタミナーゼを固定化したメソポーラスシリカ多孔体−グルタミナーゼ複合体を提供することができる。
(2)アルカリ溶液中で安定して効率的な触媒作用を発揮する新規メソポーラスシリカ多孔体−グルタミナーゼ複合体を提供することができる。
(3)従来にない優れた耐アルカリ性を有するグルタミナーゼ複合体を提供することができる。
(4)従来のグルタミナーゼの耐アルカリ性を著しく向上させることが可能となり、例えば、調味食品などを製造する上で、極めて効率的に、グルタミナーゼを作用させることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】多孔質シリカのアルカリ耐性について試験した結果を示す。
【図2】多孔質シリカに対するグルタミナーゼの吸着実験の結果を示す。
【図3】タンパク吸着による窒素吸着曲線の変化を示す。
【図4】グルタミナーゼによるL−グルタミンのγ−グルタミルへの転移反応を示す。
【図5】炭素被覆多孔質シリカに吸着させたグルタミナーゼ(Carbon SBA−15)とグルタミナーゼ(native)によるテアニン合成活性/時間を示す。
【発明を実施するための形態】
【0030】
次に、本発明の実施形態について、図面を参照して説明するが、本発明は、以下の実施形態によって何ら限定されるものではなく、発明の要旨を変更することなく、様々な形態で実施することができる。
【0031】
製造例1
Puronic P123であるpoly(ethylene glycol)−block−poly(propylene glycol)−block−poly(ethylene glycol)10gを、500mlのビーカーに入れ、水を300ml加え、完全にPuronic P123を溶解させ、これに、12N塩酸21.87g及びTEOS(テトラエトキシシラン)21.315gを加え、これらの混合物を調製した。
【0032】
その後、上記混合物を、80℃で、24時間撹拌し、生じた沈殿物を濾過によって回収した。その後、上記沈殿物に対して、イオン交換水によって、水洗・濾過を3回繰り返し、濾過後、この固形物を、50℃で、2時間乾燥させ、更に、550℃で、6時間焼成を行って、メソポーラスシリカ多孔体、約10gを得た。
【0033】
得られたメソポーラスシリカ多孔体に対して、炭素被覆を行って、炭素層を形成するために、上記で得られたメソポーラスシリカ多孔体を、減圧下に、90℃で、20分間保持し、その後、150℃で、6時間保持して、乾燥し、コア材を得た。反応管に、コア材1gを充填し、4gの2,3−ジヒドロキシナフタレン(DN)を、5mlのアセトンに溶解した溶液を、該反応管内に滴下した。反応管を密閉し、常温で、1時間撹拌し、コア材の細孔内に、DN−アセトン溶液を含浸させた。
【0034】
その後、これを、100cc/分の窒素流通下に、95℃で、12時間保持して、蒸発乾固した。2,3−ジヒドロキシナフタレン(DN)を含浸させたコア材を、300cc/分の窒素流通下、10℃/分で、室温から300℃まで昇温し、300℃で、1時間保持した。このときに、コア材表面の水酸基と2,3−ジヒドロキシナフタレン(DN)とがエステル化反応し、エステル結合が形成されたと考えられた。
【0035】
これを、冷却した後、アセトン中での超音波処理、1500rpm、10分間の遠心沈降処理、及び上澄み液の除去を、10回繰返し行って、未反応の余剰2,3−ジヒドロキシナフタレン(DN)を除去した。次いで、反応物を、減圧濾過し、150℃で、4時間、真空乾燥させて、前駆体を得た。2,3−ジヒドロキシナフタレン(DN)の含有量は、約25質量%であった。
【0036】
得られた前駆体を、150cc/分の窒素流通下、5℃/分で、室温から800℃まで昇温し、800℃で、4時間保持し、2,3−ジヒドロキシナフタレン(DN)を炭素化し、目的物である炭素被覆されたメソポーラスシリカ複合体(多孔体)を得た。
【0037】
得られたメソポーラスシリカ多孔体の細孔径分布を、窒素吸着装置(BELsorp MAX、BEL社)で測定し、BJH法により、平均細孔径を求めたところ、平均細孔径は、5nmであった。また、得られたメソポーラスシリカ多孔体の炭素被覆率を、TGで測定したところ、炭素の被覆率は、25%であった。得られた炭素被覆メソポーラスシリカ多孔体は、X線回折のd間隔が、2nmより大きい位置に1つのピークを有していた。また、得られた炭素被覆メソポーラスシリカ多孔体の比表面積を、窒素脱吸着により算出したところ、304m/gであった。
【実施例1】
【0038】
上記製造例1で得られたメソポーラスシリカ多孔体の50mgに、1.0mg/mlのグルタミナーゼ溶液、リン酸緩衝液(pH7.4)溶液5mlを添加し、4℃で、24時間撹拌し、本発明の耐アルカリ性グルタミナーゼ複合体A1を得た。また、比較例として、炭素被覆されていない通常のメソポーラスシリカ多孔体を用いて、同様に、グルタミナーゼ複合体B1を得た。このとき使用したグルタミナーゼ溶液について、反応後の上澄み液を、蛋白定量キット(同仁化学)により、CBB法を用いて、タンパク質濃度を測定した。得られた耐アルカリ性グルタミナーゼA1中のグルタミナーゼ含有量を、上述の式1より求めたところ、16質量%であった。
【0039】
試験例1
上記実施例1で得られた耐アルカリ性グルタミナーゼA1、及び比較例で得られたグルタミナーゼB1について、それぞれ50mgに、pH10の0.02M L−グルタミン/0.12Mエチルアミン塩酸塩溶液10mlを添加し、4℃で、20時間、撹拌した。遠心分離後、固形分を回収し、酵素活性を、元のグルタミナーゼの酵素活性を100とした時の酵素活性で算出した。その結果は、A1:60%、B1:10%であった。
【0040】
試験例2
上記実施例1で得られた耐アルカリ性グルタミナーゼA1、及び比較例で得られたグルタミナーゼB1について、それぞれ0.05gに、pH10の0.02M L−グルタミン/0.12Mエチルアミン塩酸塩溶液10mlを添加し、4℃で、20時間、撹拌・反応させた。その後、耐アルカリ性グルタミナーゼA1、及びグルタミナーゼB1を、遠心分離により、上層の反応溶液を除去し、沈殿した耐アルカリ性グルタミナーゼA1、及びグルタミナーゼB1を回収した(1回合成)。
【0041】
回収した耐アルカリ性グルタミナーゼA1、及びグルタミナーゼB1に、それぞれpH10の0.02M L−グルタミン/0.12Mエチルアミン塩酸塩溶液10mlを添加し、4℃で、20時間、撹拌・反応させた後、遠心分離により、沈殿した耐アルカリ性グルタミナーゼA1、及びグルタミナーゼB1を回収する同様の操作を、計6回繰り返した。回収した耐アルカリ性グルタミナーゼA1、及びグルタミナーゼB1において、1回、3回、及び6回合成後の酵素活性を、元の酵素活性を100とした時の酵素活性で算出した。その結果は、A1:76〜80%、B1:8〜10%であった。
【0042】
このように、本発明によれば、従来のグルタミナーゼの耐アルカリ性を著しく向上させた耐アルカリ性グルタミナーゼ複合体を提供することができることが分かった。この耐アルカリ性グルタミナーゼ複合体を用いることにより、調味食品などを製造する上で、極めて効率的にグルタミナーゼを作用させることが可能となる。本発明の耐アルカリ性グルタミナーゼ複合体の構造と反応について試験した結果を、以下に示す。
【0043】
(1)マテリアルの安定性
得られた材料(耐アルカリ性グルタミナーゼ複合体)のアルカリ耐性を調べるために、アルカリ耐性試験を行った。図1に、耐アルカリ性試験の結果を示す。図は、細孔径分布を示している。左図のAは、炭素被覆メソポーラスシリカ多孔体、右図のBは、メソポーラスシリカ多孔体であり、炭素被覆することで、細孔径が小さくなっている。ここで、pHを8.5、9.5、10.5と変化させ、1週間撹拌したところ、左図のAの被覆したメソポーラスシリカ多孔体は、細孔径が変化しないのに対して、右図のBの被覆していないメソポーラスシリカ多孔体は、細孔が壊れていくのが分かる。
【0044】
これによって、炭素被覆メソポーラスシリカ多孔体は、アルカリに対して安定であることが分かった。SBA−15は、pH10.5で処理すると、メソ細孔が壊れることが分かった。しかし、炭素被覆したCarbon−SBA−15の場合は、ミクロ孔は増えるが、メソ孔は全く壊れないことが分かった。
【0045】
(2)吸着等温線
上記メソポーラスシリカ多孔体に対するグルタミナーゼの吸着性を調べるために、メソポーラスシリカ多孔体と炭素被覆した該シリカ多孔体に対するグルタミナーゼの吸着量を測定した。吸着量の測定は、上記遠心分離で得られた上澄みを用いて行った。図2に、測定の結果を示す。図の縦軸は、それぞれのシリカ系メソ多孔体表面積に対するグルタミナーゼ吸着量、横軸は、吸着平衡濃度を示す。メソポーラスシリカ多孔体及び炭素被覆した該シリカ多孔体に、タンパク質が吸着していく様子が伺えるが、メソポーラスシリカ多孔体では、タンパク質が、炭素被覆した該シリカ多孔体に比べて、単位面積当たりの吸着量が少ないことが分かる。グルタミナーゼの単位面積当たりの吸着量は、炭素被覆したcarbon SBA−15の方が高いことが分かった。
【0046】
(3)タンパク質吸着による窒素吸着曲線の変化
炭素被覆メソポーラスシリカ多孔体に対し、グルタミナーゼの吸着量の異なる5種類の複合体(FSM100mgに対し、グルタミナーゼが、それぞれ、A:0mg、B:7mg、C:16mg吸着)を作り、それぞれについての窒素吸着特性について調べた。図3に、その結果を示す。図は、左図のa)のFSMの水中での窒素吸着曲線と、右図のb)の細孔分布曲線を示す。縦軸は、窒素の吸着量を示し、横軸は、そのときの相対圧力を示す。Aは、P/P0=0.5付近で急激に立ち上がっている。このことから、規則正しい孔が綺麗に開いていることを示している。
【0047】
一方、グルタミナーゼが吸着した炭素被覆メソポーラスシリカ多孔体は、グルタミナーゼの吸着量が増えるに従って、非表面積及び細孔容量が減少していることが分かる。このことは、孔の中に、グルタミナーゼが導入されていることを示している。
【0048】
右図のb)は、窒素吸着等温線から求めた細孔分布曲線である。Aが、炭素被覆メソポーラスシリカ多孔体、B、C(炭素被覆シリカ多孔体100mgに対し、グルタミナーゼが、それぞれ、B:7mg、C:16mg吸着)が、炭素被覆メソポーラスシリカ多孔体−グルタミナーゼを示す。Aは、6nm付近にシャープなピークが見られる。一方、グルタミナーゼが吸着した炭素被覆メソポーラスシリカ多孔体(B、C)は、グルタミナーゼの吸着量が増えるに従って、細孔容量が減少していることが分かる。
【0049】
タンパク質吸着による比表面積及び細孔容量の変化を調べた。比表面積は、吸収データを用いてBET法により計算し、細孔径分布は、BJH法により決定した。その結果を表1に示す。タンパク質の吸着により窒素吸着量及び細孔径分布が劇的に変化した。タンパク質の吸着量が増加すると、carbon SBA−15の表面積及び細孔容量が減少した。以上より、タンパク質が細孔内に導入されたことが分かる。
【0050】
【表1】

【0051】
(4)L−テアニンの合成
図4のScheme1に示すように、グルタミナーゼにより、L−グルタミンのγ−グルタミル転移反応が生じ、テアニンが合成される。L−グルタミンからテアニンへの変換は、pH10の高pH条件で起こるため、グルタミナーゼのアルカリに対する安定性が必要とされる。図5に、グルタミナーゼを吸着させたシリカ多孔体と炭素被覆メソポーラスシリカ多孔体を用いて、L−グルタミンのγ−グルタミル転移反応を実施した結果を示す。図より、炭素被覆Carbon SBA−15は、nativeのグルタミナーゼと比較して、高い活性を示すことが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0052】
以上詳述したように、本発明は、耐アルカリグルタミナーゼ複合体に係るものであり、本発明により、耐アルカリ性メソポーラスシリカ多孔体にグルタミナーゼを固定化したメソポーラスシリカ多孔体−グルタミナーゼ複合体を提供することができる。また、本発明により、アルカリ溶液中で安定して効率的な触媒作用を発揮する新規メソポーラスシリカ多孔体−グルタミナーゼ複合体を提供することができる。また、本発明により、従来にない優れた耐アルカリ性を有するグルタミナーゼ複合体を提供することができる。本発明により、従来のグルタミナーゼの耐アルカリ性を著しく向上させることが可能となり、調味食品などを製造する上で、極めて効率的に、グルタミナーゼを作用させることができる。本発明は、従来のグルタミナーゼの耐アルカリ性を著しく向上させることが可能で、調味食品などを製造する上で、極めて効率的にグルタミナーゼを作用させることを可能とする耐アルカリ性グルタミナーゼ複合体に関する新技術・新製品を提供するものとして有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
平均細孔径が3nmより大きいメソ細孔を備え、細孔の内壁と外表面の一部又は全部が炭素層で被覆され、且つ細孔容積が0.1〜2cm/gで、比表面積が100〜1200m/gであるメソポーラスシリカ多孔体材料と、該メソポーラスシリカ多孔体に固定化されたグルタミナーゼとから構成される耐アルカリ性グルタミナーゼ複合体。
【請求項2】
炭素層が、外表面の炭素膜と、メソポーラスシリカ多孔体材料の細孔空間を確保した状態で、細孔の細孔内壁を被覆する炭素膜とを含む、請求項1に記載の耐アルカリ性グルタミナーゼ複合体。
【請求項3】
メソポーラスシリカ多孔体における炭素の被覆量が、1〜30質量%である、請求項1又は2に記載の耐アルカリ性グルタミナーゼ複合体。
【請求項4】
平均細孔径が、3〜20nmである、請求項1から3のいずれかに記載の耐アルカリ性グルタミナーゼ複合体。
【請求項5】
pH10.5で処理したときに、メソ細孔が壊れない耐アルカリ性を示す、請求項1から4のいずれかに記載の耐アルカリ性グルタミナーゼ複合体。
【請求項6】
メソポーラスシリカ多孔体のX線回折におけるd間隔が、2nmより大きい位置に少なくとも1つのピークを有する、請求項1から5のいずれかに記載の耐アルカリ性グルタミナーゼ複合体。
【請求項7】
耐アルカリ性グルタミナーゼ複合体中のグルタミナーゼの含有量が、2〜20質量%である、請求項1から6のいずれかに記載の耐アルカリ性グルタミナーゼ複合体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−170429(P2012−170429A)
【公開日】平成24年9月10日(2012.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−37807(P2011−37807)
【出願日】平成23年2月24日(2011.2.24)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】