説明

耐アルミニウム溶湯溶損性鋳鉄の製造方法及び耐アルミニウム溶湯溶損性鋳鉄

【課題】アルミニウム合金溶湯に対して繰り返し使用が可能で、かつ低コストの耐溶損性に優れた耐アルミニウム溶湯溶損性鋳鉄及びその製造方法を提供する。
【解決手段】平均組成が質量%で、C:3.0〜3.7%、Si:2.0〜3.4%、Mn:0.5〜1.0%、P:0.02〜0.20%、S:0.08%以下、Cr:0.3〜2.0%、Mo:0.2〜0.8%を含み、残部がFe及び不可避不純物からなる組成の溶湯を鋳込み、鋳込んだ鋳鉄品を酸液と接触させて表面の酸化皮膜を溶解除去し、その後に熱処理を施して表面に開口する微細な空孔を含む脱炭層を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム系合金の鋳造製品を溶解製造する機器において、溶湯に接触するストーク、るつぼ、ラドル、熱電対保護管、金型などの部材に用いられる耐アルミニウム溶湯溶損性鋳鉄の製造方法及び耐アルミニウム溶湯溶損性鋳鉄に関する。
【背景技術】
【0002】
アルミニウム系合金の溶解および鋳造機材、例えばストーク、るつぼ、ラドル、熱電対保護管、金型などには、ねずみ鋳鉄品を採用し、溶損性に優れる塗型材を塗布している。しかし、これらは連続使用される条件下において、塗型材が剥離すると急激な浸食が進んで減肉し、補修するか又は新品に交換する必要があり、生産性に支障をきたすためユーザーの満足を得られていない。
【0003】
そこで、ねずみ鋳鉄に代わる耐溶損性に優れた各種材料が研究開発され、種々の提案がなされている。例えば特許文献1には、キュポラで製造される耐アルミニウム溶湯溶損性合金鋳鉄が記載されている。また、特許文献2には、13クロム系の耐アルミニウム溶湯溶損性高クロム鋳鉄が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平3−46539号公報
【特許文献2】特許第3664703号公報(特開2004−124170号公報)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に記載された従来の鋳鉄品は、ある程度の耐アルミニウム溶湯溶損性を有するものの、その寿命が不十分であり、消耗品として頻繁に交換する必要がある。ちなみに、鋳鉄の融点は1200℃以上であり、アルミニウム合金の融点は700℃前後である。本来であれば問題なく使用可能なはずであるが、鉄とアルミニウムとが接触するとFe-Al合金となり、融点が560℃まで急激に低下する。このため合金化した部分が短時間で著しく浸食されてしまう。例えば、るつぼや溶解炉から鋳型に加圧溶湯を供給するための溶湯供給管(ストーク)は、繰り返し使用するうちに溶湯流に浸食され、例えば図10(b)(c)に示すように著しく溶損して減肉する。このため操業を一時的に中断するなどして、溶損した器材を新品と交換しなければならず、作業性に甚だしい支障をきたして生産性を低下させる原因となっている。
【0006】
特許文献2に記載された鋳鉄品は、アルミニウム合金溶湯に対して寿命延長を図ったものであるが、高コストの合金元素(Cr:10〜30%)を含む高クロム合金鋳鉄であるため、製造コストが高いという問題がある。
【0007】
本発明は上記の課題を解決するためになされたものであり、アルミニウム合金溶湯に対して繰り返し使用が可能で、かつ低コストの耐溶損性に優れた耐アルミニウム溶湯溶損性鋳鉄及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る耐アルミニウム溶湯溶損性鋳鉄の製造方法は、平均組成が質量%で、C:3.0〜3.7%、Si:2.0〜3.4%、Mn:0.5〜1.0%、P:0.02〜0.20%、S:0.08%以下、Cr:0.3〜2.0%、Mo:0.2〜0.8%を含み、残部がFe及び不可避不純物からなる組成の溶湯を鋳込み、鋳込んだ鋳鉄品を酸液と接触させて表面の酸化皮膜を溶解除去し、その後に熱処理を施して表面に開口する微細な空孔を含む脱炭層を形成することを特徴とする。
【0009】
また、本発明に係る耐アルミニウム溶湯溶損性鋳鉄は、平均組成が質量%で、C:3.0〜3.7%、Si:2.0〜3.4%、Mn:0.5〜1.0%、P:0.02〜0.20%、S:0.08%以下、Cr:0.3〜2.0%、Mo:0.2〜0.8%を含み、残部がFe及び不可避不純物からなる組成を有し、鋳造表面を酸液と接触させて初期の酸化皮膜を溶解除去した後に熱処理することにより形成された表面に開口する微細な空孔を含む脱炭層を有することを特徴とする。
【0010】
上記の熱処理は、大気雰囲気の熱処理炉内において700〜1100℃の温度範囲に1〜20時間保持した後に炉冷又は空冷することが好ましい。熱処理温度が700℃未満では、黒鉛が費消されず、空孔が形成されない。一方、熱処理温度が1100℃を超えると、高温強度が急激に低下して軟化変形し、元の形状を維持することができない。また、熱処理の保持時間が1時間未満であると、黒鉛の費消が不十分になり、十分な量の空孔が形成されない。一方、熱処理の保持時間が20時間を超えても、空孔生成効果が飽和するため不経済である。
【0011】
上記の酸化皮膜の溶解除去は、処理槽に貯留した酸液中に鋳鉄品を(鋳造ままの状態か、あるいは表面の一部を機械切削または機械研磨により部分的に除去した状態で)浸漬することにより行う。酸液は、塩酸、硫酸、硝酸などの強酸を使用するが、これらの酸の水溶液であってもよいし、無水物(例えば、無水塩酸)であってもよい。本発明では、5質量%以上20質量%以下の濃度範囲の塩酸溶液を用いることが好ましい。塩酸濃度が5質量%未満では、溶解力が不足するため鋳鉄品を長時間にわたり液中に浸漬する必要があり、処理の効率が著しく低下する。一方、塩酸濃度が20質量%を超えると、塩素の蒸発量が多くなりすぎて、良好な屋内作業環境を保つことができない。
【0012】
溶解除去時の温度は、室温でもよいが、室温より少し高い温度域に加温することが好ましく、20℃以上50℃以下の範囲とすることが望ましい。温度が20℃未満では、所望の溶解速度を得ることができ難くなるからである。一方、温度が50℃を超えると、塩素の蒸発量が多くなりすぎて、良好な屋内作業環境を保つことができない。
【0013】
溶解除去時の圧力は、大気圧を基本とするが、処理雰囲気を大気圧より少し低い弱減圧雰囲気(例えば0.95気圧)としてもよい。また、処理雰囲気を大気圧より少し高い弱加圧雰囲気(例えば1.05気圧)としてもよい。
【0014】
本発明では、処理雰囲気の圧力が大気圧、液温が40℃±5℃、濃度が7〜10質量%に調整した塩酸溶液に鋳鉄品を10分間±1分間浸漬することが最も好ましい。
【0015】
鋳造したままの状態では鋳鉄品の表面が酸化被膜(黒皮)で覆われているので、黒鉛が大気中の酸素と結びつきにくく、組織中にそのままの形態で残存する。これに対して、本発明では、酸液を用いた酸化被膜の溶解除去により鋳鉄品の表面に組織中の片状黒鉛が露出するため、これを熱処理すると、露出部を通って黒鉛のなかに大気中の酸素が侵入・拡散し、黒鉛が大気中の酸素と反応して費消され、黒鉛の消失跡が空孔となる。
【0016】
上記の脱炭層に含まれる微細な空孔は、熱処理により組織中の黒鉛が大気中の酸素と反応して、黒鉛が費消することにより形成されたものである。本発明の成分系の鋳鉄では、鋳造時に晶出する黒鉛の形状は片状である。鋳鉄品の金属組織中において片状の黒鉛は網目状に繋がる構造を成している。酸液を用いた溶解除去により酸化被膜(黒皮)を除去し、片状黒鉛の一部を鋳鉄品の表面に露出させると、その露出部から大気中の酸素が侵入して黒鉛内を自由に拡散できるようになる。このため、本発明では、熱処理において保持時間を過度に長くすることなく適正な時間で黒鉛を費消させることができる。黒鉛の消失跡が空孔となり、これら多数の空孔を含む脱炭層(白銑化層)が形成される。このようにして形成された多数の空孔は、表面に開口し、かつミクロ的な視野で見れば深いところで互いに連通している。このため本発明の鋳鉄品をアルミニウム溶湯に接触させると、脱炭層の空孔のなかの酸素とアルミニウム溶湯とが反応して酸化アルミニウム被膜が優先的に生成され、低融点の鉄アルミニウム合金(Fe-Al合金)の生成が阻止される。この優先的に生成された酸化アルミニウム被膜は、鋳鉄品をアルミニウム溶湯に浸漬して使用しているときは鋳鉄品の表面を保護して鉄とアルミニウムとの合金化を有効に阻止する一方で、鋳鉄品をアルミニウム溶湯中から引き上げた後においては、凝固したアルミニウムとともに鋳鉄品の表面から容易に剥離する。このように酸化アルミニウム保護被膜の形成と脱離を繰り返すことにより、鋳鉄品の表面が溶湯の浸食から有効に保護され、その寿命が大幅に延長する。
【0017】
以下、本発明の各構成要素の限定理由を述べる。
【0018】
1)C:3.0〜3.7%
Cは、Siとともに耐浸食性の原点になる黒鉛を晶出する重要な成分元素である。外気からの酸素は、脱黒鉛の周辺に金属酸化物を生成して、アルミニウム合金溶湯に対する防壁を構成する。その反面、還元用元素としてのCが過剰であると、浸入酸素を吸収して、COガスとして酸素を放出する。そのためC含有量に関しては厳重な管理が必要である。C含有量が3.0%未満では、溶湯の流動性が悪く、鋳造性が劣化する。一方、C含有量が3.7%を超えると、高Si含有量との相乗作用により粗大な初晶黒鉛を晶出するとともに、過剰に存在する場合でも溶湯の流動性が低下する。よって、本発明では3.0%以上3.7%以下のCを含有することが望ましい。
【0019】
2)Si:2.0〜3.4%
Siは、セメンタイト共晶を防ぎつつ、黒鉛共晶組織を確保する重要な成分であって、耐溶損性の向上に極めて重要な成分である。その含有量はCrとの相互作用で決定される。本発明の鋳鉄は、Crを0.3〜2.0%含有するため、Si含有量が2.0%未満では白銑化する傾向にあり、耐溶損性に不可欠な黒鉛の晶出量が減少する。また、黒皮面に発生する急冷セメンタイト共晶を防ぐためには、黒鉛共晶に転化させるだけの高Siを必要とする。セメンタイト共晶は酸素の侵入を阻止し、耐溶損性を損なう不健全層である。この組織は、初期の溶損を促進させるばかりでなく、その後の耐溶損性に悪影響を及ぼすものである。しかし、Si含有量が3.4%を超えると、耐衝撃性が劣化して脆くなる。よって、本発明では2.0%以上3.4%以下のSiを含有することが望ましい。
【0020】
3)Mn:0.5〜1.0%
Mnは、Sとの相互作用のなかでその含有量が決定されるものである。Mn含有量が0.5%未満であると、黒鉛の微細化を阻害するSの悪影響を除き、鋳型から浸入するSによる酸素の放出を緩和する効果が得られない。一方、Mn含有量が1.0%を超えると、組織が白銑化して、黒鉛の晶出量が低下する。よって、本発明では0.5%以上1.0%以下のMnを含有することが望ましい。
【0021】
4)P:0.02〜0.20%
一般に機械的性質を重視する汎用のねずみ鋳鉄では、Pの含有量を最小限に抑える努力がなされる。しかし、本発明の鋳鉄の場合は、微量のPを含有すると、オーステナイト又はパーライト・フェライト基地組織の結晶粒界に晶出してリン共晶を生成し、酸素の侵入口を広げる効果がある。但し、P含有量が0.20%を超えると、機械的性質(引張強度や靭性など)が損なわれる。一方、P含有量が0.02%未満では、上記の効果を得ることができない。よって、本発明では0.02%以上0.20%以下のPを含有することが望ましい。
【0022】
5)Cr:0.3〜2.0%
Crは、必要な高温強度を確保するとともに、溶湯に接触したときの耐溶損性を増大させる重要な元素であって、特に耐溶損性についてSiとの間に交互作用を有する元素として重要である。Cr含有量が2.0%を超えると、黒鉛の晶出量が不足する傾向があるため本発明の効果を奏することができない。一方、Cr含有量が0.3%未満では、熱処理後の機械的性質の低下が著しくなる。よって、Cr含有量は0.3〜2.0%の範囲とすることが好ましい。さらに、Cr含有量の上限値を1.5%まで絞り込むと、必要かつ十分な黒鉛の晶出量を確保することができ、耐溶損性が更に向上する。特にCrを0.8%含む鋳鉄では、CrとSiとの間の交互作用が有効にはたらき、優れた耐アルミニウム溶湯溶損性を示すことが認められている。
【0023】
6)Mo:0.2〜0.8%
Moは、基地組織中に固溶して微細な結晶粒を安定化し、酸素の結晶粒界侵入を促進する。また、Moは、本発明の鋳鉄に特有の高Si含有による耐衝撃性の低下を補うための補償元素として有効である。耐衝撃性の補償効果があらわれるためには0.2%以上のMoを添加する必要がある。しかし、Mo含有量が0.8%を超えると、炭化物を晶出する傾向となり、黒鉛の晶出量が減少する。よって、Mo含有量は0.2〜0.8%の範囲とすることが好ましい。
【0024】
7)Ni:0.5〜3.0%
Niは、鋳鉄の基本的な特性である高温特性(高温引張強度や高温耐食性)を高める元素である。Ni含有量が3.0%を超えると、鋳造性が悪くなる。一方、Ni含有量が0.5%未満では、高温特性の向上効果が不十分になる。
【0025】
8)Cu:0.15〜1.5%
Cuは、黒鉛の微細化を促進する元素である。Cu含有量が1.5%を超えると、硬くなり、加工性が低下する。一方、Cu含有量が0.15%未満では、黒鉛の微細化の効果が不十分になる。
【0026】
9)その他の添加元素
その他の元素としてTi,N,B,Sn,Pb,Al,Zn,As,Sbを添加することができる。これらのうちTiは、微量の添加により結晶粒を微細化する効果があるので、0.10%以下を限度として添加することが好ましい。特にチタン酸アルカリの形態でTiを添加すると、マトリックス中への均一分散を達成できるので好ましい。
【0027】
10)不可避不純物
不可避不純物は、スクラップ等の製造ライン中の種々の要素から不可避的に混入してくるものであり、総量で0.01%未満に抑えることが望ましい。不可避不純物には、耐アルミニウム溶湯溶損性に有害なもの、高温強度などの機械的特性に有害なもの、その効果が不明なものなど種々の元素が混在している。具体的な不純物としてはLi,Be,Na,K,Ca,La,Hf,W,Nb,Ta,Bi,Sr,V,Co,S,O,N,Hなどがあげられる。これらの不可避不純物のうち次に述べるSは特に重要である。
【0028】
11)S:0.08%以下
Sは、溶製原料から溶湯中に混入するもののみに限られず、鋳型から侵入するものも黒鉛の微細化を損なうため、可能なかぎり低く抑えることが望ましい。S含有量が0.08%を超えると、黒鉛の微細化が阻害される。よって、S含有量は0.08%以下に抑える。
【0029】
また、侵入Sは、Siなどが大気中からの酸素を吸収して、金属酸化物を生成するのを抑制する。それらの結果は、いずれも耐アルミニウム溶湯溶損性に悪影響を及ぼすものである。さらに、SはMnとの間に交互作用を有する元素であり、SとMnの交互作用については多くの論文があり定説化されているが、両成分のバランスには配慮が必要である。
【0030】
12)溶製方法
本発明の鋳鉄は、高周波誘導炉を用いて溶製する。その理由は、溶解速度が大きいこと、および成分調整が容易であることによる。本発明の鋳鉄は各種合金成分の調整を必要とし、特に不可避的に混入するSに関しては、その量を狭い範囲に調整する必要がある。そのため一般には誘導電気炉(高周波誘導炉)を用いて溶解する。本発明では鋳造品の熱処理過程における酸素侵入を重視するものである。
【0031】
13)加工方法(酸化被膜の溶解除去+熱処理)
本発明では、熱処理による黒鉛の脱炭と酸化形骸化および基地組織の酸素拡散が必須である。一般に汎用鋳鉄品は鋳放しの状態(as cast)で熱処理されるが、本発明の鋳鉄のように高度の耐溶損性を要求される場合に限り、熱処理前に鋳鉄品を酸液に浸漬して酸化被膜(黒皮)を溶解除去する。除去深さは少なくとも500μm以上とすることが好ましい。この酸液浸漬処理により鋳鉄品の表面から酸化被膜(黒皮)が除去され、これにより黒鉛の断面が鋳鉄品の表面に幅広に露出し、次の熱処理において大気中の酸素が黒鉛のなかに侵入して拡散しやすくなる。その結果、表面から比較的深いところまで黒鉛が費消され、表面に開口する多数の空孔が形成される。
【0032】
表面加工された鋳鉄品は、熱処理炉内において大気雰囲気下で700〜1100℃の温度域に1〜20時間保持された後に、炉冷または空冷される。熱処理は、侵入酸素の還元剤となる炭素を消費して、基地組織の酸素富化を促進させる。これらの現象の大半は熱処理炉内で起こるものである。
【0033】
熱処理炉内での保持温度が700℃未満では、黒鉛の費消効果が不足する。一方、熱処理炉内での保持温度が1100℃を超えると、高温強度が低下して軟化変形しやすくなり、鋳鉄品が元の形状を保つことが困難になる。さらに好ましくは、熱処理温度を700〜950℃の範囲にすると、鋳鉄品が元の形状を保ったままで寸法精度が高まる。
【0034】
また、保持時間が1時間未満では、黒鉛の費消効果が不足する。一方、保持時間が20時間を超えると、黒鉛の費消効果が飽和するにもかかわらず、それ以上熱処理を続けるのはエネルギ消費量が増大して不経済である。一般的には経済的な効果として保持時間を10時間以下とすることが望ましい。なお、熱処理後の冷却速度は、炉冷または空冷とすることが好ましく、例えば1〜8時間で約300℃まで降温する速度とすることができる。
【0035】
14)脱炭層の厚み:200μm以上1000μm以下
脱炭層の厚みは200μm以上1000μm以下とすることが好ましい。脱炭層の厚みが200μm未満になると、耐アルミニウム溶湯溶損性が不足して所望の寿命を得ることができない。脱炭層の厚みを200μm以上1000μm以下の範囲に調整するためには、熱処理の条件を所望の範囲に制御する必要がある。上記の熱処理条件では厚みが1000μmを超える脱炭層を生成することができない。また、仮に1000μmを超える厚みの脱炭層を形成したとしても、寿命延長の効果は実質的に飽和してしまうため不経済になるおそれがある。脱炭層の厚みは、300μm以上800μm以下とすることがさらに好ましく、350μm以上450μm以下とすることが最も好ましい。
【発明の効果】
【0036】
本発明の鋳鉄は、脱炭層が表面に開口する微細な空孔を有するため、これにアルミニウム合金溶湯が接触したときに、脱炭層の空孔のなかの酸素とアルミニウム溶湯とが反応して酸化アルミニウム被膜が優先的に生成され、低融点の鉄アルミニウム合金(Fe-Al合金)の生成が阻止される。この優先的に生成された酸化アルミニウム被膜は、鋳鉄品をアルミニウム溶湯に浸漬して使用しているときは鋳鉄品の表面を保護して鉄とアルミニウムとの合金化を有効に阻止する一方で、鋳鉄品をアルミニウム溶湯中から引き上げた後においては、凝固したアルミニウムとともに鋳鉄品の表面から容易に剥離する。このように酸化アルミニウム保護被膜の形成と脱離を繰り返すことにより、鋳鉄品の表面が溶湯の浸食から有効に保護され、その寿命が大幅に延長する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0037】
以下、添付の図面を参照して本発明の好ましい実施の形態について説明する。
【0038】
先ず、図1〜図3を参照して本発明の耐アルミニウム溶湯溶損性鋳鉄を製造するための方法を説明する。本実施形態ではアルミニウム合金の鋳造用器材としてストーク、るつぼ、ラドル等を製造する。
【0039】
容量1トンの高周波誘導炉1のなかに鉄スクラップを装入し、誘導コイル3で誘導加熱して溶解するとともに、原料シュータ2から加炭材としての電極屑およびフェロシリコン、フェロマンガン、フェロクロム等の合金鉄を炉内に投入してこれらも溶解し、所望成分に調整された溶湯4を溶製する(工程S1)。炉中分析を行い、その結果に基づいて溶湯4を所望の成分に調整する。成分調整された溶湯4の平均組成は、質量%で、C:3.0〜3.7%、Si:2.0〜3.4%、Mn:0.5〜1.0%、P:0.02〜0.20%、S:0.08%以下、Cr:0.3〜2.0%、Mo:0.2〜0.8%を含み、残部がFe及び不可避不純物からなるものである。但し、Siは接種による増量分だけ減量してある。
【0040】
溶湯4を所望の成分に調整した後に、約1500℃の出湯温度で溶湯4の一部を高周波誘導炉1から取鍋5に注ぎ分ける。取鍋5に出湯する際に、Fe−Si系接種剤を置き注ぎ添加した。取鍋5を鋳造作業位置に搬送し、取鍋5から鋳型6に溶湯4を鋳込む(工程S2)。鋳型6は、フラン砂型からなり、通常のアルコール溶剤塗型を施した。溶湯4は、取鍋5から鋳型の湯口6aに注湯され、湯道6bを通って複数のキャビティ6cに分配され、その後に凝固して所定形状の一次製品となる。キャビティ6cの寸法は例えば25mm×15mm×300mmである。この一次製品の鋳鉄品(供試材)は、表面が酸化被膜(黒皮)で覆われ、組織中に微細な片状黒鉛を含んでいる。
【0041】
次いで、処理槽に貯留された塩酸溶液中に鋳鉄品を浸漬し、黒皮8を除去する(工程S3)。この表面加工工程S3では、黒皮の除去深さを500μm以上(例えば600〜800μm)とすることが望ましい。これにより組織中の黒鉛の断面を幅広に露出させることができ、表面に露出した断面を介して大気中の酸素が黒鉛のなかに容易に侵入・拡散しうるからである。
【0042】
次いで、黒皮を除去した鋳鉄品を水洗、乾燥した後に熱処理炉内に装入し、熱処理を実施する(工程S4)。熱処理仕様としては、計画された保持の温度と時間に従い、その後に炉冷する。具体的には、熱処理炉において大気雰囲気下で700℃以上1100℃以下の温度に1〜20時間保持する。このような熱処理により所定深さの脱炭層が形成されるとともに、鋳鉄品の表層部に存在する黒鉛が費消され、その消失跡が空孔または間隙となる。これらの空孔または間隙は、表面に開口し、内部で互いに連通している。
【0043】
最後に、熱処理により生成された表面スケールを除去して鋳鉄品を仕上げる所定の仕上加工を行い、最終製品の形状とする(工程S5)。
【0044】
このようにして得た最終製品の鋳鉄品は、図5に示すようにその表面が脱炭層8Aで覆われている。脱炭層8Aは、熱処理により金属組織9中の黒鉛91が費消されて形成された多数の空孔(または間隙)81を含んでいる。このような空孔81を含む脱炭層8Aを有する鋳鉄品は、図4に示す鋳放し状態(as cast)で黒皮8に覆われた黒皮付き鋳鉄品よりもアルミニウム合金溶湯7に対する溶損性に優れており、その寿命が図4の黒皮付き鋳鉄品に比べて長い。
【実施例】
【0045】
次に、表1および図6〜図10を参照して本発明の実施例を比較例と対比して説明する。
【0046】
上記の工程S1〜S5の方法を用いて、表1に示す実施例1と2の鋳鉄品供試材A5,A8をそれぞれ作製した。実施例1では、供試材A5の表面を塩酸溶液により溶解除去深さ700μm程度まで黒皮を除去した後に、大気雰囲気下で720℃×3.5時間保持の熱処理を施した。実施例2では、供試材A8の黒皮を塩酸溶液により溶解除去して深さ700μm程度まで除去した後に、大気雰囲気下で740℃×3.5時間保持の熱処理を施した。酸化被膜の溶解除去処理においては、液温を40℃±5℃、濃度を7〜10質量%に調整した塩酸溶液中に鋳鉄品を約10分間浸漬した。なお、処理雰囲気圧力は大気圧であった。
【0047】
また、上記の工程S3(熱処理前の表面加工)を行わない方法を用いて、表1に示す比較例1〜6の鋳鉄品供試材A1,A2,A3,A4,A6,A7をそれぞれ作製した。比較例1と2では、供試材A1,A2を熱処理していない(鋳放し)。比較例3では、供試材A3を大気雰囲気下で720℃×3.5時間保持の熱処理を施した(黒皮付き)。比較例4では、供試材A4を大気雰囲気下で720℃×3.5時間保持の熱処理を施した後に、表面を切削して深さ700μm程度まで黒皮を除去した(黒皮無し)。比較例5では、供試材A6を大気雰囲気下で740℃×3.5時間保持の熱処理を施した(黒皮付き)。比較例6では、供試材A8を大気雰囲気下で740℃×3.5時間保持の熱処理を施した後に、表面を切削して深さ700μm程度まで黒皮を除去した(黒皮無し)。
【0048】
なお、表1の化学成分のうちCは、基地組織に合金成分として固溶した炭素と、黒鉛に含まれる炭素とを合計したトータル・カーボン量を示す。また、比較例1はP,S,Crを含まないJIS FC250相当品であるため、表1にはこれらの成分を表記していない。
【0049】
<金属組織>
次に、図6〜図8を参照して本発明の実施例サンプルの金属組織について説明する。これらの金属組織は、サンプルを光学顕微鏡で3視野以上につき観察したもののうち代表的なものを示した。
【0050】
図6は、黒皮を除去した後に、800℃×3.5時間の熱処理を行った実施例サンプルの金属組織を示す顕微鏡写真(倍率:100倍)である。
【0051】
図7は、図6と同じ実施例サンプルの脱炭層の一部を拡大して示す顕微鏡写真(倍率:500倍)である。
【0052】
図8は、黒皮を除去した後に、900℃×3.5時間の熱処理を行った他の実施例サンプルの金属組織を示す顕微鏡写真(倍率:100倍)である。
【0053】
大気雰囲気の熱処理炉内で加熱されると、黒鉛の成長により、その先端から基地組織に亀裂を生じ、ここから炉内雰囲気の酸素が侵入する。同時に黒鉛と基地組織との境界からも酸素が侵入する。酸素は黒鉛炭素を吸収してCOガスとして放散されるため、鋳鉄組織中にて黒鉛が費消されて消失する。この黒鉛の消失跡に空孔が形成される。空孔は、酸素の組織中への侵入をさらに促進させ、Siを主とする酸化物を周囲に生成し、形骸化組織を形成する。形骸化組織の一例を図7に示す。図から黒鉛91が費消されて消失するか又はやせ細り、空孔(または間隙)92が形成されていることが分かる。これらの空孔(または間隙)92は、黒鉛91が微細なほど生じやすい傾向にある。
【0054】
一方、基地組織の侵入酸素は、主として結晶粒界に沿って拡散していくが、この現象は微細な黒鉛共晶組織と基地の微細組織とにより容易になる。Siは黒鉛の共晶組織の微細化に寄与し、Moは結晶粒を微細化するのに寄与する。また、Pは結晶粒界に偏析して、酸素の侵入口を広げる。
【0055】
これらの組織は、アルミニウム合金の溶湯に浸漬されて、その効果を発揮する。アルミニウムの酸化物生成傾向は、他の金属酸化物に優るので、耐溶損性に優れるアルミナを生成する。
【0056】
共析変態点を超える高温で熱処理されると、パーライトがオーステナイトに変態し、炭素の移動が活発化する。この炭素は炉内雰囲気から侵入する酸素を還元してCOガスとして放出され、その結果、脱炭層が生成される。還元剤である炭素を消失した後の侵入酸素は、Siなどの金属酸化物を生成し、耐アルミニウム溶湯の侵入を受けて、アルミナの防壁層を形成する。なお、オーステナイト組織は常温になると、図6と図8に示すような低炭素のフェライト組織に戻る(脱炭層の形成)。
【0057】
<耐アルミニウム溶湯溶損性の評価試験方法>
次に、耐アルミニウム溶湯溶損性の評価に用いた試験方法について図9と図10を参照して説明する。
【0058】
上記実施例1,2及び比較例1〜6の供試材として図10(a)に示す寸法25mm×15mm×300mmの試験片18をそれぞれ作製した。試験片18の上端の軸穴と試験装置10のリンク17の下端の軸穴とに軸19を挿入して、試験片18をリンク17に取り付け、試験片18の過半部をアルミニウム合金(JIS ADC12)の溶湯13に浸漬した。このアルミニウム合金溶湯13は溶解るつぼ12内に収容され、誘導電流により加熱され、660℃±20℃の温度範囲に保持される。試験装置10では、モータ15に連動する回転板16にはリンク17が連結され、回転運動が往復直線運動に変換されるようになっている。
【0059】
このような試験装置10において、回転板16を60rpmで回転させ、その運動をリンク17と軸19を介して試験片18に伝達し、昇降ストローク100mm、昇降速度60往復/分で試験片18に垂直方向の往復運動をさせ、アルミニウム合金溶湯13に対する試験片18の浸食状況を観察した。すなわち、所定時間ごとに試験片18の寸法を測定し、その経時変化を記録した。図10(a)に示す初期幅25mmの試験片18が、図10(b)(c)に示すように幅16mm(約2/3)に減肉するまでに要した時間を「耐久時間」とした。
【0060】
<溶損性の評価結果>
上記の実施例1,2及び比較例1〜6の耐久時間を表1にそれぞれ示す。比較例1〜6の耐久時間がそれぞれ33時間、66時間、82時間、65時間、95時間、66時間であったのに対して、実施例1,2の耐久時間は132時間、155時間と大幅に延びた。すなわち実施例1の耐久時間は比較例の1.4〜4.0倍、実施例2の耐久時間は比較例の1.6〜4.7倍となった。これらの結果から、本発明の鋳鉄品は従来品よりも耐アルミニウム溶湯溶損性に極めて優れ、その寿命が大幅に延びることを確認できた。
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明の耐アルミニウム溶湯溶損性鋳鉄は、アルミニウム系合金の鋳造製品を溶解製造する機器において、溶湯に接触するストーク、るつぼ、ラドル、熱電対保護管、金型などの部材に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】本発明の耐アルミニウム溶湯溶損性鋳鉄の製造方法を示す工程図。
【図2】鋳造工程の一例を示すブロック断面図。
【図3】熱処理の一例を示す温度履歴図。
【図4】黒皮(初期の酸化被膜)で覆われた鋳鉄のアルミニウム溶湯溶損性を説明するための断面模式図。
【図5】酸化被膜(初期の酸化被膜の溶解除去→熱処理後の被膜)で覆われた鋳鉄のアルミニウム溶湯溶損性を説明するための断面模式図。
【図6】実施例の鋳鉄表層部の金属組織を示す顕微鏡写真。
【図7】図6の組織中の脱炭層を拡大して示す顕微鏡写真。
【図8】他の実施例の鋳鉄表層部の金属組織を示す顕微鏡写真。
【図9】浸食試験装置の概要を示すブロック断面図。
【図10】(a)は試験片を示す外観写真、(b)は浸食試験後の試験片(比較例)を示す外観写真、(c)は(b)の試験片(比較例)の浸食部位を拡大して示す外観写真。
【符号の説明】
【0063】
1…高周波誘導炉、
6…鋳型、
8…黒皮(初期の酸化被膜)、
8A…酸化被膜(黒皮除去→熱処理後の酸化被膜)、81…空孔または間隙、
10…侵食試験装置、
12…溶解るつぼ、
13…アルミニウム合金溶湯、
18…試験片、
91…黒鉛、
92…空孔または間隙。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
平均組成が質量%で、C:3.0〜3.7%、Si:2.0〜3.4%、Mn:0.5〜1.0%、P:0.02〜0.20%、S:0.08%以下、Cr:0.3〜2.0%、Mo:0.2〜0.8%を含み、残部がFe及び不可避不純物からなる組成の溶湯を鋳込み、鋳込んだ鋳鉄品を酸液と接触させて表面の酸化皮膜を溶解除去し、その後に熱処理を施して表面に開口する微細な空孔を含む脱炭層を形成することを特徴とする耐アルミニウム溶湯溶損性鋳鉄の製造方法。
【請求項2】
前記熱処理は、大気雰囲気の熱処理炉内において700〜1100℃の温度範囲に1〜20時間保持した後に炉冷又は空冷することを特徴とする請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
前記酸液は、塩酸、硫酸、硝酸およびこれらの水溶液からなる群から選択される1種又は2種以上であることを特徴とする請求項1記載の製造方法。
【請求項4】
平均組成が質量%で、C:3.0〜3.7%、Si:2.0〜3.4%、Mn:0.5〜1.0%、P:0.02〜0.20%、S:0.08%以下、Cr:0.3〜2.0%、Mo:0.2〜0.8%を含み、残部がFe及び不可避不純物からなる組成を有し、鋳造表面を酸液と接触させて初期の酸化皮膜を溶解除去した後に熱処理することにより形成された表面に開口する微細な空孔を含む脱炭層を有することを特徴とする耐アルミニウム溶湯溶損性鋳鉄。
【請求項5】
前記脱炭層に含まれる微細な空孔は、前記熱処理により組織中の黒鉛が大気中の酸素と反応して、前記黒鉛が費消することにより形成されたものであることを特徴とする請求項4記載の耐アルミニウム溶湯溶損性鋳鉄。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−248571(P2010−248571A)
【公開日】平成22年11月4日(2010.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−99126(P2009−99126)
【出願日】平成21年4月15日(2009.4.15)
【出願人】(599117451)児玉鋳物株式会社 (4)
【出願人】(591267855)埼玉県 (71)
【Fターム(参考)】