説明

耐パウダリング性に優れた高張力合金化溶融亜鉛めっき鋼板

【課題】 高張力合金化溶融亜鉛めっき鋼板における耐パウダリング性を向上させること。
【解決手段】 耐パウダリングに優れた高張力合金化溶融亜鉛めっき鋼板は、めっき層の面方向のうちの少なくともいずれか一方向に延びるクラックが、平均間隔15μm以下でめっき層中に多数存在するところに特徴がある。垂直荷重29.4N/mm2で測定しためっき層表面の動摩擦係数は0.130以下であることが好ましい。めっき層表面の中心線平均粗さRa75が0.8μm以下であり、X線回折法を用いて測定されためっき層中のζ相の回折強度Iζとδ1相の回折強度Iδ1との比であるIζ/Iδ1が0.1以下であることはより好ましい実施態様である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐パウダリング性に優れた高張力の合金化溶融亜鉛めっき鋼板に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車の軽量化により排ガス低減を図ると共に燃費を向上させて、地球環境を守ろうという動きが活発である。ただ、使用する鋼板を薄くするだけでは衝突安全性を確保できないため、薄くても強度の高い高張力鋼板の使用が進んでいる。また、自動車等に使用されるに当たり、高度な耐食性が必要とされるため、高張力合金化溶融亜鉛めっき鋼板の開発も盛んであるが、自動車等の分野においては、プレス成形時の成形条件が厳しく、曲げ量や絞り量等の変形量が大きいため、素地鋼板は変形に追随できても、めっき層が変形に追随できず、粉状になって剥離してしまうパウダリングが起こることが多い。
【0003】
耐パウダリング性を改善するには、従来から、めっき層中のFe濃度を低くして、Γ相の平均厚さを薄くする等の手段が広く知られている。また、特許文献1には、ζ相の量を一定範囲に特定すると共に、めっき層の表面粗度を規定して、耐パウダリング性や耐フレーキング性を向上させた発明が開示されており、特許文献2には、プレス成形の際のポンチ側に当接する鋼板面の摩擦係数を一定値以下に調整することで、プレス成形性や耐パウダリング性を高める発明が開示されている。
【0004】
しかしながら、これらの従来技術による耐パウダリング性の改善効果は充分でなく、昨今の高張力鋼板(強度340MPa以上)はますますパウダリングを起こし易くなっているため、耐パウダリング性に優れた高張力合金化溶融亜鉛めっき鋼板が要求されていた。
【特許文献1】特許第2695259号
【特許文献2】特許第2792393号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記従来技術を考慮して、高張力合金化溶融亜鉛めっき鋼板における耐パウダリング性を向上させることを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の耐パウダリングに優れた高張力合金化溶融亜鉛めっき鋼板は、めっき層の面方向のうちの少なくともいずれか一方向に延びるクラックが、平均間隔15μm以下でめっき層中に多数存在するところに要旨を有する。この高張力合金化溶融亜鉛めっき鋼板は、垂直荷重29.4N/mm2で測定しためっき層表面の動摩擦係数が0.130以下であることが好ましい。また、めっき層表面の中心線平均粗さRa75が0.8μm以下であり、X線回折法を用いて測定されためっき層中のζ相の回折強度Iζとδ1相の回折強度Iδ1との比Iζ/Iδ1が0.1以下であることも、本発明の好ましい実施態様である。
【発明の効果】
【0007】
本発明により、耐パウダリング性に優れた高張力合金化溶融亜鉛めっき鋼板を提供することができた。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明の鋼板では、合金化溶融亜鉛めっき層にクラックが入っており、その平均間隔が15μm以下でなければならない。このクラックは、めっき層の面方向に延びるクラックであり、本発明においては、深さがめっき層の厚みの1/2以上である亀裂をクラックとする。深さがめっき層の厚みの1/2以上でないクラックは、耐パウダリング性の向上に寄与しにくい。この点で、素地鋼板まで達しているクラックが望ましい。なおクラックの長さは、特に限定されない。
【0009】
このクラックは、めっき層断面を光学顕微鏡やSEM等で観察することで認識することができる。本発明のめっき層には、めっき層の面方向のうち少なくともいずれか一方向に延びる多数のクラックが存在しているので、めっき層断面においては、深さ方向に延びるクラックが間隔を空けて並列した状態を観察することができる。そして、本発明ではこの間隔の平均値が15μm以下であることを必須要件としている。
【0010】
クラックが平均間隔15μm以下で並列していることによって耐パウダリング性が改善されるメカニズムは明確ではないが、プレス加工の際にめっき層の伸び量が変形量に追随できなくなると、めっき層/素地鋼板界面に亀裂が発生し、この亀裂が面方向へ伝播してめっき層が剥離してしまうが、めっき層にクラックがあることでこのクラックが楔となって、亀裂の伝播を止めることができるのではないかと考えられる。また、加工の際にめっき層内に発生する応力が、クラックによって緩和されることも、耐パウダリング性の向上に役立つと考えられる。
【0011】
このような作用効果を発現させるためには、クラックの平均間隔は15μm以下でなければならない。従来から、合金化溶融亜鉛めっき鋼板のめっき層には、めっき層形成時および形成後の加熱−冷却過程での熱応力によってクラックが発生することが知られているが、これらのクラックは平均間隔が大きいため、耐パウダリング性は改善されない。しかし、本発明者等の知見によれば、平均間隔15μm以下のクラックは耐パウダリング性の向上に有効に寄与するので、後述する方法で、平均間隔15μm以下のクラックを多数形成することが好ましい。クラックの平均間隔は12μm以下が好ましく、10μm以下がさらに好ましい。
【0012】
クラックは、めっき層の面方向の少なくとも一方向(例えば、鋼板の長手方向)に延びるものであればよい。これは、めっき層は一定の面積をもって剥離しようとするので、広がっていこうとする剥離部分がそのいずれかの方向においてクラックと出会えば、前記したように亀裂の伝播が止まると考えられるため、鋼板に加工が施される方向にかかわらず、少なくとも一方向に延びるクラックが存在していればよいのである。なお、後述する方法においてめっき層にクラックを形成する場合は、鋼板長手方向(L方向)に平均間隔15μm以下のクラックが多数形成され、幅方向(C方向)には平均間隔が15μmを超えるクラックが形成されるが、このような場合ももちろん、一方向(L方向)において平均間隔15μm以下のクラックが形成されている以上、本発明に含まれる。なお、クラックは、めっき層の全面に形成されていることが望ましい。鋼板の状態では、加工部位がどこに位置するかがわからないからである。
【0013】
本発明の鋼板においては、上記クラックの要件に加えて、鋼板のめっき層の摩擦係数を一定値以下にすることでより一層耐パウダリング性を高めることができるため、垂直荷重29.4N/mm2で測定したときのめっき層表面の動摩擦係数を0.12以下にすることが好ましい。プレス成形時には、めっき層が金型からの摺動抵抗を受け、剪断応力によってめっき層が損傷してパウダリングを起こす。特に、高張力鋼板は素地鋼板の変形抵抗が大きいため、プレス加工部での剪断応力が大きくなってパウダリングを起こし易い。しかし、垂直荷重を29.4N/mm2と高めに設定したときの動摩擦係数は、耐パウダリング性と高い相関が得られることが見出され、このときの動摩擦係数が0.130以下であれば、剪断応力をかなり低減させることができ、高レベルな耐パウダリング性を示すことがわかった。上記垂直荷重の摺動条件が、プレス加工時の表面摺動条件に近いためと考えられる。動摩擦係数は、0.127以下がより好ましい。動摩擦係数は、例えば、摺動試験装置を用いて測定することができる。具体的には、鋼板のめっき層の上に適宜防錆油を塗布してから18mm×18mmの平面治具を置き、29.4N/mm2の垂直荷重(加圧力)を治具に加え、摺動速度300mm/分で治具の下から鋼板を引き抜いたときの引き抜き荷重を測定することにより、動摩擦係数を算出することができる。
【0014】
動摩擦係数とめっき層の表面粗さとは相関があるので、本発明の鋼板は、中心線平均粗さRa75(1994年のJIS B0601に基づく)が0.8μm以下であることが好ましい。より好ましくは0.6μm以下である。また、動摩擦係数とζ相の量にも相関があるので、本発明の鋼板は、X線回折法を用いて測定されためっき層中のζ相の回折強度をIζとし、δ1相の回折強度をIδ1としたときの両者のの比「Iζ/Iδ1」が0.1以下であることが好ましい。めっき層中のζ相が少ないと動摩擦係数は小さくなることが知られているが、Ra75が0.8μm以下でなければ、動摩擦係数を好ましい範囲に低減させることができず、高レベルな耐パウダリング性を発現させることはできない。Ra75を0.8μm以下にし、かつIζ/Iδ1を0.1以下にすることで、高レベルな耐パウダリング性を達成することができる。なお、Iζの回折ピーク位置2θは73.9°であり、Iδ1の回折ピーク位置2θは75.4°である。
【0015】
本発明の鋼板における合金化溶融亜鉛めっき層の付着量は、30〜60g/m2が好ましい。30〜60g/m2より少ないと耐食性が不充分となりがちであり、60g/m2を超えるとめっき付着量が多すぎるためにパウダリングが起こりやすくなるからである。なお、合金化溶融亜鉛めっき層におけるFe量は、7〜15質量%とすることが好ましい。7質量%未満では、合金化ムラが残存して均一な表面外観が得られにくい。15質量%を超えると、めっき層が硬くて脆くなっていくので、耐パウダリング性が低下するおそれがある。
【0016】
次に、めっき層にクラックを形成する方法を説明する。最も簡便な方法は、合金化溶融亜鉛めっき後に、鋼板にスキンパス圧延を施す方法である。スキンパス圧延においては、トータルの伸び率が1.3%以上になるように、2回以上行うことが好ましい。より好ましい伸び率は1.7%以上、さらに好ましくは2.0%以上である。スキンパス圧延の際の鋼板の張力は176〜784MPa、圧下荷重は980〜2940N/mmが好ましい。
【0017】
また、スキンパス圧延で、めっき層表面の中心線平均粗さRa75を0.8μm以下に調整するためには、表面粗度の小さいロールを使用することが望ましい。特に、めっき層のRa75を0.6μm以下にするには、ロール表面の中心線平均粗さRa75が0.5μm以下のブライトロールを用いるとよい。なお、最終のスキンパスロールのみをブライトロールにしてもよい。また、溶融亜鉛めっき層を合金化した後、鋼板をミスト冷却で急冷(冷却速度30℃/秒以上)することによっても、多数のクラックをめっき層に形成することができる。
【0018】
一層高レベルな耐パウダリング性を得るためにIζ/Iδ1を0.3以下にする必要があるときは、溶融亜鉛めっき浴のAl濃度は0.10%以上に高めることが好ましい。また、例えば、直火バーナー加熱方式の合金化炉であれば、複数段ある直火バーナーのうちの加熱炉の入口側のバーナーを用いて溶融亜鉛めっき浴から取り出された鋼板を急速に加熱して、ζ相の包晶温度である500℃以上(より好ましくは530℃程度)に速やかに到達させることが好ましい。なお、Iζ/Iδ1を0.3以下にする必要がないとき(高レベルな耐パウダリング性が要求されない場合)は、公知の合金化処理条件(浴中Al濃度0.08%以上、合金化温度460℃以上)で合金化を行えばよい。
【0019】
以上、本発明の特徴的な点につき説明したが、これら以外の条件、例えば、溶融亜鉛めっき条件は特に限定されず、通常のAl濃度のめっき浴を用いて公知の条件で行えばよい。また、鋼板原板としては、公知の高張力鋼板を用いることができる。
【実施例】
【0020】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することは可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0021】
実験例1(No.1〜6)
板厚:1.2mm、強度:780MPa、溶融亜鉛めっき付着量:45g/m2、めっき層中のFe濃度:11質量%である合金化溶融亜鉛めっき鋼板を用いて、スキンパス条件を変え、クラックの間隔と耐パウダリング性の関連について検討した。1回目のスキンパスは、連続溶融亜鉛めっき設備内で行い、2回目以降はオフラインで行った。なお、スキンパス圧延の際の鋼板の張力は392MPaとし、圧下荷重は980〜2940N/mmの範囲で適宜調整して、トータル伸び率を制御した。
【0022】
クラックの間隔は、SEMを用いて、めっき層断面(鋼板の長手方向断面と幅方向断面の両方)を長さ700μmに亘って観察し、確認できた全てのクラックの間隔の平均値を平均間隔(μm)とした。
【0023】
この実験例1では、耐パウダリング性をV曲げ加工で評価した。V曲げ加工性は、先端曲率半径0.5mmのポンチを使用して鋼板を60°にV曲げし、加工部にテープを貼って剥がした後、剥離した(テープに付着した)めっき層を塩酸に溶解させて、ICP(発光分光装置)で定量して、下記基準で評価した。
加工部50mm長さ当たり、剥離量2.0mg未満…◎
剥離量2.0mg以上〜2.5mg未満…○
剥離量2.5mg以上〜3.0mg未満…△
剥離量3.0mg以上…×
スキンパスにおけるトータル伸び率とパス回数、クラック間隔およびV曲げ加工による耐パウダリング性評価結果を表1に示した。
【0024】
【表1】

【0025】
表1から明らかなように、スキンパスのトータル伸び率が1.2%以下では、クラック間隔が15μm以下とならず、V曲げ加工時の耐パウダリング性が劣っているが、トータル伸び率が1.7%を超えると、鋼板長手方向のクラックは間隔が12μm以下となって、V曲げ加工時の耐パウダリング性が改善された。スキンパスでのトータル伸び率が2%を超えると、鋼板長手方向のクラックの間隔が10μm以下となって、V曲げ加工時の耐パウダリング性が非常に良好となった。
【0026】
実験例2(No.7〜14)
実験例1と同様の原板を用い、めっき層中のFe量(質量%)、合金化処理条件、スキンパス条件を変えることで、めっき層の摩擦係数、中心線平均粗さRa75、Iζ/Iδ1を種々変化させ、耐パウダリング性との関連について検討した。Fe量とスキンパス条件は表2に示した。なお、ロール表面の中心線平均粗さRa75とめっき層のRa75は、非接触型表面粗さ計(「サーフコム1400」:東京精密社製)を用いて、1994年制定のJIS B0601に基づいて測定した値である。
【0027】
No.7〜9、12〜14では、溶融亜鉛めっき浴中のAl濃度を0.09%とし、めっき層を形成した後、3段の直火バーナーを備えた合金化炉で、これらの3段の直火バーナーを均等に加熱し、炉温から判断して板温(直接測定不能)が大体460〜500℃程度になるように調整して合金化処理を行い、No.10〜11は、浴中のAl濃度を0.10%とし、合金化炉で板温が速やかに500℃以上になるように前段の直火バーナーで鋼板を急速に加熱して合金化処理を行って、めっき層のFe量とIζ/Iδ1を変えた。なお、Iζ/Iδ1は、X線回折法により、ターゲットにはCuを用いて、ζ相(回折ピーク位置2θ=73.9゜)とδ1相(回折ピーク位置2θ=75.4°)のそれぞれの回折強度IζおよびIδ1を求めて算出した。
【0028】
めっき層の動摩擦係数は、摺動試験装置(「オートグラフDCS−5000」:島津社製)を用いて測定した。鋼板のめっき層の上に、防錆油(「ノックスラスト550HN」;パーカー興産製)を塗布してから18mm×18mmの平面治具を置き、29.4N/mm2の垂直荷重(加圧力)を治具に加え、摺動速度300mm/分で治具の下から鋼板を引き抜いたときの引き抜き荷重を測定して、摩擦係数を求めた。
【0029】
実験例2では、V曲げ加工による耐パウダリング性の評価に加え、さらに高レベルな耐パウダリング性(摺動を伴う高加工時の耐パウダリング性)を評価することのできるビード付きU曲げ加工を行った。しわ押さえ圧(BHF)を1トンに設定して、クランクプレスでU曲げ成形し(U字高さは65mm、U字底辺は50mm、幅40mm、ビード部は半径5mm)た。成形後の試料の側壁の外側のめっき層にテープを貼付した後、剥離して、V曲げのときと同様に、めっきの剥離量の定量を行って、下記基準で評価した。
剥離量が3g/m2未満…○
剥離量が3g/m2以上6g/m2未満…△
剥離量が6g/m2以上…×
【0030】
【表2】

【0031】
表2から、No.7〜14では、めっき層の鋼板長手方向のクラック間隔がいずれも15μm以下であり、V曲げによる耐パウダリング性は良好であったが、より過酷なレベルでのU曲げの場合は、めっき層のIζ/Iδ1が0.1以下、動摩擦係数1.30以下、Ra75が0.8μm以下でなければ、○にはならないことがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明の合金化溶融亜鉛めっき鋼板は、耐パウダリング性に優れているので、種々の加工が施される自動車用の高張力鋼板として、有用である。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
めっき層の面方向のうちの少なくともいずれか一方向に延びるクラックが、平均間隔15μm以下でめっき層中に多数存在することを特徴とする耐パウダリングに優れた高張力合金化溶融亜鉛めっき鋼板。
【請求項2】
垂直荷重29.4N/mm2で測定しためっき層表面の動摩擦係数が0.130以下である請求項1に記載の高張力合金化溶融亜鉛めっき鋼板。
【請求項3】
めっき層表面の中心線平均粗さRa75が0.8μm以下であり、X線回折法を用いて測定されためっき層中のζ相の回折強度Iζとδ1相の回折強度Iδ1との比であるIζ/Iδ1が0.1以下である請求項1または2に記載の高張力合金化溶融亜鉛めっき鋼板。



【公開番号】特開2006−183090(P2006−183090A)
【公開日】平成18年7月13日(2006.7.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−377225(P2004−377225)
【出願日】平成16年12月27日(2004.12.27)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】