説明

耐候性鋼用ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ

【課題】溶接金属の機械的性質を十分に満足し、全姿勢溶接に適用可能で溶接品質も向上可能なガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤを提供する。
【解決手段】質量%で、Ti酸化物のTiO換算値:4.5〜7.0%、Si酸化物のSiO換算値:0.3〜0.6%、Zr酸化物のZrO換算値:0.1〜0.6%、Na化合物およびK化合物のNaO換算値およびKO換算値の合計:0.05〜0.25%、金属弗化物のF換算値:0.02〜0.10%、C:0.03〜0.07%、Si:0.30〜0.60%、Mn:1.2〜2.0%、かつ、Mn/Si:3.0〜5.5、Al:0.3〜0.6%、Fe酸化物のFeO換算値:0.08〜0.58%、かつ、Al/FeO:1.0〜4.5、Mg:0.1〜0.5%、Ni:0.2〜0.6%、Cr:0.45〜0.75%、Cu:を0.3〜0.6%含有し、残部は主に鋼製外皮のFe分等からなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、造船、橋梁構造物、鉄骨構造物等の各種分野に用いられる耐候性鋼を溶接する上で使用される耐候性鋼用ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤに関し、特に機械的性質を十分に満足し、かつ、全姿勢溶接の作業性が良好で、水平すみ肉溶接のビード止端部のビード形状が優れた耐候性鋼用ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤに関する。
【背景技術】
【0002】
船舶、橋梁構造物、鉄骨構造物等に適用される長尺かつ大型の鋼材を高速度で水平すみ肉溶接する場合には、特にこの水平すみ肉溶接専用に設計されたフラックス入りワイヤを使用し、ワイヤの供給とトーチの操作とを自動的に行う自動溶接でこれを施工する場合が多い。一方、この水平すみ肉溶接とともに、立向上進溶接、立向下進溶接を行う箇所や、上向姿勢ですみ肉溶接する箇所が混在する場合には、ワイヤとシールドガスの供給を自動的に行うとともに溶接トーチの操作は作業者自らが行う半自動溶接が一般的に行われる。
【0003】
この半自動溶接に使用するフラックス入りワイヤは、水平すみ肉溶接専用(下向可)と全姿勢溶接用の2タイプを使い分けて用いるのが現状である。その理由として、水平すみ肉溶接専用フラックス入りワイヤは、高速度の溶接施工条件で用いられるため、溶融スラグの粘性をあえて低くしている。このため、この低粘性の水平すみ肉溶接専用ワイヤを立向溶接姿勢や上向溶接姿勢で使用した場合にはメタルが垂れて溶接が困難になる。一方、全姿勢溶接用フラックス入りワイヤはTiO主体のスラグ形成剤を比較的多めに含有しているので、立向溶接や上向姿勢ですみ肉溶接する場合には、メタルが垂れにくく良好なビード形状が得られるが、水平すみ肉溶接では下板側止端部が膨らんだビード形状になりやすい。従って、各溶接箇所におけるそれぞれの溶接姿勢に対応させて、フラックス入りワイヤを使い分けることが必要となる。
【0004】
しかしながら、各溶接箇所におけるそれぞれの溶接姿勢に応じてフラックス入りワイヤを交換するのは煩雑であり、溶接による作業性、ひいては構造物の施工性を著しく低下させる。このため、半自動溶接を行う場合に、その溶接姿勢に応じてフラックス入りワイヤを交換することなく、水平すみ肉溶接のみならず、立向溶接姿勢や上向溶接姿勢に対しても良好なすみ肉ビード形状が得られるフラックス入りワイヤの提供が強く求められている。このような要望に対し、特許文献1〜3には、水平すみ肉溶接および立向上進溶接の何れに対しても好適なフラックス入りワイヤの提案があり、自動高速すみ肉溶接と半自動立向上進すみ肉溶接が可能であることが開示されている。
【0005】
しかし、この種の水平すみ肉溶接専用と全姿勢溶接用との中間タイプのフラックス入りワイヤは、水平すみ肉溶接と、立向溶接姿勢並びに上向溶接姿勢の何れかに比重をおいて設計されているかが、実際に溶接を行う際に極めて重要な問題となる。このため、特に立向上進溶接姿勢における溶接作業性の優れた半自動溶接によるビード形状の改良が求められている。
【0006】
ところで、船舶、橋梁構造物、鉄骨構造物等に適用されることを前提とする場合には、腐食を抑制する観点から耐候性鋼が用いられる。この耐候性鋼は、暴露状態であっても鋼材の表面が大気腐食により安定的に錆層を形成してこれが保護膜となり、それよりも深層への腐食を抑制する鋼材である。耐候性鋼用ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤは、JIS Z 3320規定されており、Ni、CrおよびCuを添加した各種溶接用フラックス入りワイヤが適用されている。
【0007】
耐候性鋼溶接用フラックス入りワイヤは例えば特許文献4、5に種々提案されている。しかし、これら提案されている耐候性鋼溶接用フラックス入りワイヤは、何れも下向姿勢又は立向姿勢で使用されることを前提とした技術であって、これらをそのまま水平すみ肉溶接に使用した場合、溶接金属が垂れやすく凸ビードとなるという問題点があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平8−281477号公報
【特許文献2】特開平9−94692号公報
【特許文献3】特開平9−94693号公報
【特許文献4】特開2000−102893号公報
【特許文献5】特開2000−288781号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そこで本発明は、上述した問題点を解決するために案出されたものであり、溶接金属の機械的性質を十分に満足し、かつ、全姿勢溶接に適用できることで従来技術の如く各溶接姿勢に対応させてフラックス入りワイヤを使い分ける必要を無くして溶接施工性を向上させ、しかも立向上進溶接姿勢、立向下進溶接姿勢並びに上向姿勢溶接を行う上でメタルが垂れることなく、水平すみ肉溶接時でのビード止端部のビード形状も優れた耐候性鋼用ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
半自動溶接で水平すみ肉溶接を行う場合、自動溶接のように一定の溶接速度で進行しないことから、目標脚長によってはウィービングを行うことによりアーク点や溶融プールを揺動させながら溶接を進行させる。このため、立板側ビード上脚部にアンダーカットが発生しやすくなるため、ある程度のスラグ生成量が必要になる。しかし、このスラグ生成量が多すぎると下脚側止端部が膨らんで下板とのなじみ性の劣化やピットが発生しやすくなる。
【0011】
一方、半自動溶接で立向上進姿勢、立向下進姿勢および上向姿勢ですみ肉溶接を行う場合は、メタル垂れが発生しないように適度に粘性のある溶融スラグにして、スラグ生成量も多い方が有利である。なお、各姿勢溶接における良好なアーク安定性およびスラグ剥離性は必須条件である。
【0012】
本発明者らは、上述した水平すみ肉溶接を行う場合における下板とのなじみ性の劣化やピットが発生の防止、立向上進姿勢等ですみ肉溶接を行う場合における良好なアーク安定性およびスラグ剥離性の確保といった、溶接姿勢に応じて相反する2つの課題を同時に実現する観点から、あくまで1タイプのNi、CrおよびCuを含む耐候性鋼用ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤで全姿勢溶接に適用可能とすることで上述した課題の解決を図ろうとした。そして、種々のフラックス入りワイヤを試作して、各姿勢溶接におけるすみ肉ビード形状改善について検討した。
【0013】
その結果、TiO、SiOおよびZrO量を適量にするとともにSi量を低くしMn/SiおよびAl量とFe酸化物のFeO換算値との比率Al/FeOを限定することによって、十分なスラグ被包性、耐ピット性および耐メタル垂れ性が得られ、全姿勢溶接に適用できることを見出した。
【0014】
本発明は、鋼製外皮にフラックスを充填してなる耐候性鋼用ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤにおいて、ワイヤ全質量に対する質量%で、Ti酸化物のTiO換算値:4.5〜7.0%、Si酸化物のSiO換算値:0.3〜0.6%、Zr酸化物のZrO換算値:0.1〜0.6%、Na化合物およびK化合物:NaO換算値とKO換算値との合計で0.05〜0.25%、金属弗化物のF換算値:0.02〜0.1%、C:0.03〜0.07%、Si:0.3〜0.6%、Mn:1.2〜2.0%、かつ、Mn/Si:3.0〜5.5、Al:0.3〜0.6%、Fe酸化物のFeO換算値:0.08〜0.58%、かつ、Al/FeO:1.0〜4.5、Mg:0.1〜0.5%、Ni:0.2〜0.6%、Cr:0.45〜0.75%、Cu:0.3〜0.6%含有し、残部は主に鋼製外皮のFe分、鉄粉、合金剤、脱酸剤および不可避不純物からなることを特徴とする。
【0015】
このとき、更にBiおよびBi酸化物のBi換算値の合計:0.01〜0.04%含有する耐候性鋼用ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤとしてもよい。
【発明の効果】
【0016】
本発明の耐候性鋼用ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤによれば、溶接金属の機械的性質が十分に得られ、水平すみ肉溶接のビード形状が良好で、同一ワイヤを使用して立向上進溶接姿勢、立向下進溶接姿勢および上向溶接姿勢においても良好なビード形状が得られ、溶接品質の向上を図ることができる。これに加えて、船舶、橋梁構造物、鉄骨構造物等に用いられる耐候性鋼の溶接部を溶接する際に、従来技術の如く各溶接姿勢に対応させてフラックス入りワイヤを使い分けることが必要も無くなることから溶接施工性の向上を図ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明を実施するための形態として、耐候性鋼用ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤについて詳細に説明をする。
【0018】
先ず本発明の耐候性鋼用ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤの成分組成および含有量の限定理由について説明する。なお、各成分組成の含有量は、ワイヤ全質量に対する質量%で示す。
【0019】
[Ti酸化物のTiO換算値:4.5〜7.0%]
TiOはスラグ形成剤の主成分であり、Ti酸化物のルチール、酸化チタン、チタン酸ソーダ、チタンスラグ、イルメナイト等から添加され、溶融スラグの粘性を高めスラグ被包性を向上させる作用を有する。Ti酸化物のTiO換算値が4.5%未満であると、スラグ被包性が不十分となり水平すみ肉溶接で立板にアンダーカットが発生しやすく、スラグ焼き付きによりスラグ剥離性も不良となる。立向上進溶接や上向すみ肉溶接では溶融スラグの粘性が足りず、メタル垂れが発生しやすく平滑なビード形状が得られずスラグ剥離も不良になる。一方、Ti酸化物のTiO換算値が7.0%を超えると、溶融スラグの粘性が過大となり、水平すみ肉溶接でビードの下板側止端部が膨らみビード形状が不良となり、ピットも発生しやすくなる。したがって、Ti酸化物のTiO換算値は4.5〜7.0%とする。
【0020】
[Si酸化物のSiO換算値:0.3〜0.6%]
SiOは、珪砂やジルコンサンド、珪砂ソーダ等より添加され、溶融スラグの粘性を高めスラグ被包性を向上させる作用を有する。また、厚みのあるスラグにしてスラグ剥離性を改善する作用を有する。Si酸化物のSiO換算値が0.3%未満では溶融スラグの粘性が不足して、水平すみ肉溶接でビード上脚部のスラグ被包性が不十分となりアンダーカットが発生しやすく、スラグ剥離性も不良となる。一方、Si酸化物のSiO換算値が0.6%を超えると水平すみ肉溶接でピットが発生しやすく、立向下進溶接や上向すみ肉溶接で溶融スラグの凝固が遅れメタル垂れが発生してビード形状およびスラグ剥離性が不良となる。したがって、Si酸化物のSiO換算値は0.3〜0.6%とする。
【0021】
[Zr酸化物のZrO換算値:0.1〜0.6%]
ZrOは、ジルコンサンドおよび酸化ジルコニウム等より添加され、溶融スラグの凝固温度を高くして立向上進、立向下進および上向すみ肉溶接でメタルを垂れにくくし、水平すみ肉溶接でスラグ被包性を高めてビード形状を平滑にする作用を有する。Zr酸化物のZrO換算値が0.1%未満では、水平すみ肉溶接でビード形状が平滑にならず、立向上進溶接、立向下進溶接および上向すみ肉溶接でメタルの垂れが発生しやすくなり、凸状のビード形状となるとともにスラグ剥離性が不良になる。一方、Zr酸化物のZrO換算値が0.6%を超えると、水平すみ肉溶接のビード形状が凸状になり、立向上進溶接、立向下進溶接および上向すみ肉溶接でメタルの垂れが発生しやすくビード形状が不良となる。また、各姿勢溶接でスラグが緻密で固くなり剥離性が劣化する。したがって、Zr酸化物のZrO換算値は0.1〜0.6%とする。
【0022】
[Na化合物およびK化合物:NaO換算値とKO換算値との合計で0.05〜0.25%]
NaおよびKは、カリ長石または珪酸ソーダや珪酸カリからなる水ガラスの固質成分、弗化ソーダや珪酸化カリなどの弗素化合物より添加され、アーク安定剤およびスラグ形成剤として作用する。NaやKの化合物、すなわち酸化物、弗化物などのNaO換算値およびKO換算値の合計が0.05%未満では、アークが不安定でスパッタが増加する。また、平滑なビード形状が得られない。一方、NaO換算値およびKO換算値の合計が0.25%を超えると、水平すみ肉溶接でビード上脚部にアンダーカットが発生しやすく、スパッタの発生量も増加する。また、立向下進溶接や上向すみ肉溶接でメタル垂れが発生しやすくなりビード形状およびスラグ剥離性が不良となる。したがって、Na化合物およびK化合物におけるNaO換算値とKO換算値との合計は0.05〜0.25%とする。
【0023】
[金属弗化物のF換算値:0.02〜0.1%]
Fは、弗化ソーダや珪弗化カリ等より添加され、アークの指向性を高めて安定した溶融プールにするとともにスラグの粘性を調整してビード形状を平滑にする作用を有する。弗素化合物のF換算値が0.02%未満では、アーク長が長くアーク力の弱いアーク状態となり、水平すみ肉溶接で立板側上脚部にアンダーカットが発生しやすくなる。また、下板側下脚部のなじみ性が不良で、さらにピットが発生しやすくなる。また、立向下進溶接や上向すみ肉溶接でメタル垂れが発生してビード形状およびスラグ剥離性が不良となる。一方、弗素化合物のF換算値が0.1%を超えると、スラグの粘性が低下して水平すみ肉溶接でビード上脚部に除去しにくい薄いスラグが残りスラグ剥離性が不良となり、ビード形状は凸状になる。また立向上進溶接、立向下進溶接および上向すみ肉溶接ではメタル垂れが発生してビード形状およびスラグ剥離性が不良となる。したがって、弗素化合物のF換算値は0.02〜0.1%とする。
【0024】
[C:0.03〜0.07%]
Cは、鋼製外皮、Fe−Mnおよびグラファイト等より添加され、固溶強化により溶接金属の強度を調整する重要な元素の1つである。Cが0.03%未満では、溶接金属の強度および靭性が低下する。一方、0.07%を超えると、アークが強くなり、アークが不安定になる。また、溶接金属の強度が高くなり過ぎて却って靭性が低下する。したがって、Cは0.03〜0.07%とする。
【0025】
[Si:0.3〜0.6%]
Siは、鋼製外皮、金属Si、Fe-SiおよびFe-Si-Mn等の合金形態より添加され、脱酸剤として作用して溶接金属の強度および靭性を確保するために添加する。Siが0.3%未満では、脱酸不足となりピットが発生する。また、溶接金属の強度および靭性が低下する。一方、0.6%を超えると溶接金属の強度および靭性が高くなり吸収エネルギーが低下する。したがって、Siは0.3〜0.6%とする。
【0026】
[Mn:1.2〜2.0%]
Mnは、鋼製外皮、金属MnおよびFe−Mn等より添加され、脱酸剤として作用するとともに溶接金属の強度および靭性を確保するために添加する。Mnが1.2%未満では、脱酸不足となりピットが発生し、溶接金属の強度・靭性が確保できなくなる。一方、Mnが2.0%を超えると、溶接金属の強度が高くなり過ぎて却って靭性が低下する。したがって、Mnは1.2〜2.0%とする。
【0027】
[Mn/Si:3.0〜5.5]
Mn/Siは、溶接金属の粘性に影響する。Mn/Siが大きくなれば溶接金属の粘性が低下し、逆にMn/Siが小さくなると溶接金属の粘性は高くなる。溶接金属の粘性を低くすると溶接金属中から発生するガスを早く抜けさせるので、耐ピット性を向上させることができる。Mn/Siが3.0未満であると、Siに対するMn量が少なくなるので溶接金属の靭性が劣化する。またMn/Siが3.0未満であると溶接金属の粘性が高くなるので、ガスが抜けにくくなり、耐ピット性が悪くなる。一方、5.5を超えると、溶接金属の粘性が低くなりすぎてビード形状が凸状になる。したがって、Mn/Siは3.0〜5.5とする。
【0028】
[Al:0.3〜0.6%]
Alは、鋼製外皮、金属Al、Fe−AlおよびAl−Mg等より添加され、脱酸剤として作用するとともにAl酸化物となってスラグの粘性を高めて立向上進溶接、立向下進溶接および上向すみ肉溶接で耐メタル垂れ性を向上させ、また水平すみ肉溶接で溶融プールの後退を抑制し十分なスラグ被包性を保持する作用を有する。Alが0.3%未満では、立向上進溶接や上向すみ肉溶接でメタル垂れが発生し良好なビード形状が得られず、スラグ剥離性も不良となる。また、水平すみ肉溶接でビードの凸状化とともに上脚部にアンダーカットやスラグ焼き付きが発生する。一方、Alが0.6%を超えると、水平すみ肉溶接でビードの滑らかさがなくなり止端部が膨らんだ形状となり、ピットが発生しやすくなる。また、溶融スラグの凝固むらが生じてスラグ剥離性が不良となる。立向下進すみ肉溶接ではメタル垂れが発生し良好なビード形状が得られずスラグ剥離性も不良となる。したがって、Alは0.3〜0.6%とする。
【0029】
[Fe酸化物のFeO換算値:0.08〜0.58%]
Fe酸化物は、酸化鉄、ミルスケールおよび鉄粉表面の酸化鉄等より添加され、溶融スラグの粘性および凝固温度を調整して、水平すみ肉溶接のビード形状を良好にし、下板とのなじみ性を良好にする作用を有する。Fe酸化物のFeO換算値が0.08%未満では、水平すみ肉溶接でビードの止端部の不揃いや下板とのなじみ性の不良が生じ、ピットが発生しやすくなる。一方、Fe酸化物のFeO換算値が0.58%を超えると、立向上進溶接、立向下進溶接および上向すみ肉溶接ではスラグの凝固が遅れてメタル垂れが発生し良好なビード形状が得られない。また、スラグ剥離性も不良となる。したがって、Fe酸化物のFeO換算値は0.08〜0.58%とする。
【0030】
[Al/FeO:1.0〜4.5]
水平すみ肉溶接ならびに立向上進溶接、立向下進溶接および上向姿勢すみ肉溶接の両方ともビード形状を良好にするためには、AlとFe酸化物のFeO換算値の比Al/FeOが重要である。Al/FeOが1.0未満では、立向上進溶接、立向下進溶接および上向すみ肉溶接でメタル垂れが発生し、ビード形状およびスラグ剥離性が不良となる。一方、Al/FeOが4.5を超えると、水平すみ肉溶接でビード形状および耐気孔性が不良となる。したがって、Al/FeOは1.0〜4.5とする。
【0031】
[Mg:0.1〜0.5%]
Mgは、金属Mg、Al-Mg等から添加され、脱酸剤として作用して溶着金属中の酸素量を低減するとともにSi、Mnの溶接金属への歩留まりを上げて引張強さおよび吸収エネルギーを調整する効果を有する。これに加えて、Mgは、アークの広がり及び溶融金属の流動性調整等の効果がある。Mgが0.1%未満であると、脱酸剤としての効果がなくピットが発生する。一方、0.5%を超えると、アークが荒くなりスパッタ発生量が多くなる。したがって、Mgは0.1〜0.5%とする。
【0032】
[Ni:0.2〜0.6%、Cr:0.45〜0.75%、Cu:0.3〜0.6%]
Ni、Cr、Cuは金属Ni、金属Cr、Fe−Cr、金属Cuおよびワイヤ表面の銅めっき等より添加され、溶接金属が耐候性の性能を有するために必須の成分である。Niが0.2%未満、Crが0.45%未満、Cuが0.3%未満であると、耐候性の性能を満足することができない。一方、Niが0.6%超、Crが0.75%超、Cuが0.6%を超えると、引張強さが高くなりすぎる。また、耐候性の効果も飽和してしまうとともに、添加量の向上によるコストが高くなりすぎ経済性に劣ることになる。このため、Niは、0.2〜0.6%、Crは、0.45〜0.75%、Cuは、0.3〜0.6%とする。
【0033】
[BiおよびBi酸化物のBi換算値の合計:0.01〜0.04%]
Biは、金属Biや酸化Bi等により添加され、スラグ剥離性を向上させる作用を有する。本発明の耐候性鋼用ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤは、薄鋼板(6〜10mm程度)のすみ肉溶接に使用した場合でもスラグ剥離性が劣化しないようにBiを含有させることができる。BiおよびBi酸化物のBi換算値の合計が0.01%未満では、その効果が認められず、0.04%を超えると、水平すみ肉溶接でスラグ被包性が劣化し、ビード上脚部にアンダーカットも発生しやくなる。したがって、BiおよびBi酸化物のBi換算値の合計は0.01〜0.04%が好ましい。
【0034】
本発明の耐候性鋼用ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤは、フラックス充填後の伸線加工性が良好な軟鋼および低合金鋼の外皮内に、前記限定した成分のフラックスをワイヤ全質量に対して8〜18%程度充填後、孔ダイス伸線やカセットローラ圧延加工により所定のワイヤ径(0.9〜1.6mm)に縮径して製造する鋼製外皮に貫通した隙間がないか、又は隙間があるタイプのワイヤである。
【0035】
なお本発明を適用したガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤは、造船、橋梁構造物、鉄骨構造物等の各種分野に用いられる耐候性鋼を溶接する上で使用される。この耐候性鋼とは、鋼表面に保護性錆を形成するように設計された低鉄合金鋼であり、耐候性鋼の耐食性は、表面の錆によって得られる。耐候性鋼の基本成分は、Fe-Cu-Cr-Ni-P、またはFe-Cu-Cr-Ni等である。
【実施例1】
【0036】
上述した構成からなる本発明を適用した耐候性鋼用ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤの実施例について詳細に説明をする。
【0037】
先ず供試材として、軟鋼外皮にフラックスを充填後、縮径して(外皮の軟化および脱水素のため中間焼鈍を1回実施)、表1に示すフラックス充填率13.5%、ワイヤ径1.2mmのシームレスタイプ、すなわち、鋼製外皮に貫通した隙間がないタイプのフラックス入りワイヤを各種試作した。
【0038】
【表1】

【0039】
表1に示す成分からなる試作ワイヤについて、板厚12mmの耐候性鋼板(JIS G3114 SMA490BW)をT字すみ肉試験体とし、表2に示す、水平すみ肉、立向上進、立向下進および上向の各姿勢の溶接条件で半自動によるすみ肉溶接試験を行った。
【0040】
【表2】

【0041】
調査項目は、アーク安定性、スラグ被包性、スラグ剥離性、ビード形状、溶接欠陥としてアンダーカットおよび耐ピット性、耐メタル垂れ性を評価した。評価基準については表3に示す通りである。
【0042】
【表3】

【0043】
さらに、JIS Z 3320に準じて板厚20mmの耐候性鋼板(JIS G3114 SMA490BW)を用いて溶着金属試験を表2に示す溶着金属試験溶接条件で行い、引張試験片と衝撃試験片を採取して試験した。なお、引張強さは490MPa以上、吸収エネルギーは試験温度0℃で3本の平均値が85J以上を良好とした。それらの結果を表4にまとめて示す。表4における“○”は、表3における判断区分の“○”に相当し、表4における“×”は、表3における判断区分の“×”に相当する。
【0044】
【表4】

【0045】
表1および表4中ワイヤNo.1〜8は本発明例、ワイヤNo.9〜22は比較例である。なお表1では、比較例中のワイヤNo.9〜22において、本発明において規定した成分から逸脱しているものには下線を入れている。本発明例であるワイヤNo.1〜8は、TiO換算値、SiO換算値、ZrO換算値、NaO換算値およびKO換算値の合計、金属弗化物のF換算値、C、Si、Mn、Mn/Si、Al、FeO換算値、Al/FeO、Mg、Ni、Cr、Cuも適正であるので、アークも安定し、スラグ被包性、スラグ剥離性、ビード形状、アンダーカット、耐ピット性、耐メタル垂れ性がいずれも良好で、機械試験結果も良好であるなど極めて満足な結果であった。なお、Biを含むワイヤNo.1〜No.3、No.6およびNo.7はスラグが自然剥離した。
【0046】
比較例中ワイヤNo.9は、Ti酸化物のTiO換算値が4.22%であり少ないので水平すみ肉溶接でスラグ被包性および剥離性が不良となり、アンダーカットも発生した。また、Alが0.20%であり少ないので立向上進溶接および上向すみ肉溶接においてメタル垂れが生じてスラグ剥離性およびビード形状も不良であった。
【0047】
ワイヤNo.10は、Ti酸化物のTiO換算値が7.38%であり多いので水平すみ肉溶接でビード形状が不良でピットが発生した。また、Bi換算値も0.044%であり多いのでアンダーカットも生じた。
【0048】
ワイヤNo.11は、SiOが0.16%であり少ないので水平すみ肉溶接でスラグ被包性が不十分でアンダーカットが発生した。また、Mnが1.08%であり少ないのでピットが生じ、溶接金属の引張強さおよび吸収エネルギーが低かった。
【0049】
ワイヤNo.12は、SiOが0.83%であり多いので水平すみ肉溶接でピットが発生し、立向下進溶接や上向すみ肉溶接においてメタル垂れが生じてスラグ剥離およびビード形状も不良であった。また、Mnが2.16%であり多いので引張強さが高くなり、吸収エネルギーが低くなった。
【0050】
ワイヤNo.13は、ZrOが0.05%であり少ないので立向上進溶接、立向下進溶接および上向すみ肉溶接においてメタル垂れが生じてスラグ剥離およびビード形状も不良であった。また、Alが0.68%であり多いので水平すみ肉溶接でビード形状およびスラグ剥離性が不良でピットも発生した。
【0051】
ワイヤNo.14は、ZrOが0.78%であり多いので立向上進溶接、立向下進溶接および上向すみ肉溶接においてメタル垂れが生じてスラグ剥離およびビード形状も不良であった。また、Siが0.24%であり少ないので水平すみ肉溶接でピットが生じ溶接金属の引張強さおよび吸収エネルギーが低かった。
【0052】
ワイヤNo.15は、NaO換算値およびKO換算値の合計が0.02であり少ないので各溶接姿勢ともアークが不安定となり、水平すみ肉溶接でビード形状が不良であった。また、Cが0.02%であり少ないので溶接金属の引張強さおよび吸収エネルギーが低かった。
【0053】
ワイヤNo.16は、NaO換算値およびKO換算値の合計が0.29%であり多いので水平すみ肉溶接でアンダーカットが発生し、立向下進溶接および上向すみ肉溶接においてメタル垂れが生じてスラグ剥離およびビード形状も不良であった。また、Mgが0.04%であり少ないので水平すみ肉溶接でピットが発生した。
【0054】
ワイヤNo.17は、金属弗化物のF換算値が0.01%であり少ないので水平すみ肉溶接でアンダーカットおよびピットが発生した。立向下進溶接および上向すみ肉溶接においてメタル垂れが生じてスラグ剥離およびビード形状も不良であった。また、Cが0.09%であり多いので各溶接姿勢ともアークが不安定で、溶接金属の引張強さが高くなり吸収エネルギーが低かった。
【0055】
ワイヤNo.18は、金属弗化物のF換算値が0.16%であり多いので水平すみ肉溶接でスラグ剥離性が不良であった。また、立向上進溶接、立向下進溶接および上向すみ肉溶接においてメタル垂れが生じてスラグ剥離およびビード形状も不良であった。また、Siが0.63%であり多いので溶接金属の引張強さが高くなり吸収エネルギーが低かった。
【0056】
ワイヤNo.19は、Mn/Siが2.46であり低いので溶接金属の吸収エネルギーが低かった。また、Fe酸化物のFeO換算値が0.59%であり多いので立向上進溶接、立向下進溶接および上向すみ肉溶接においてメタル垂れが生じてスラグ剥離およびビード形状も不良であった。
【0057】
ワイヤNo.20は、Mn/Siが5.91であり高いので水平すみ肉溶接でビード形状が不良であった。また、Fe酸化物のFeO換算値が0.07%であり少ないのでピットも発生した。
【0058】
ワイヤNo.21は、Al/FeOが0.79であり低いので立向上進溶接、立向下進溶接および上向すみ肉溶接においてメタル垂れが起こりスラグ剥離およびビード形状も不良であった。
【0059】
ワイヤNo.22は、Al/FeOが4.89であり高いので水平すみ肉溶接においてビード形状が不良となりピットも発生した。また、Mgが0.56%であり多いので各溶接姿勢ともアークが不安定になった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼製外皮にフラックスを充填してなる耐候性鋼用ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤにおいて、
ワイヤ全質量に対する質量%で、
Ti酸化物のTiO換算値:4.5〜7.0%、
Si酸化物のSiO換算値:0.3〜0.6%、
Zr酸化物のZrO換算値:0.1〜0.6%、
Na化合物およびK化合物:NaO換算値とKO換算値との合計で0.05〜0.25%、
金属弗化物のF換算値:0.02〜0.1%、
C:0.03〜0.07%、
Si:0.3〜0.6%、
Mn:1.2〜2.0%、
かつ、Mn/Si:3.0〜5.5、
Al:0.3〜0.6%、
Fe酸化物のFeO換算値:0.08〜0.58%、
かつ、Al/FeO:1.0〜4.5、
Mg:0.1〜0.5%、
Ni:0.2〜0.6%、
Cr:0.45〜0.75%、
Cu:0.3〜0.6%含有し、残部は主に鋼製外皮のFe分、鉄粉、合金剤、脱酸剤および不可避不純物からなることを特徴とする耐候性鋼用ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
【請求項2】
BiおよびBi酸化物のBi換算値の合計:0.01〜0.04%含有すること
を特徴とする請求項1記載の耐候性鋼用ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。

【公開番号】特開2011−125904(P2011−125904A)
【公開日】平成23年6月30日(2011.6.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−287114(P2009−287114)
【出願日】平成21年12月18日(2009.12.18)
【出願人】(302040135)日鐵住金溶接工業株式会社 (172)
【Fターム(参考)】