耐摩耗性製品の製造方法
【課題】 耐摩耗性並びに切削加工性に優れた製品を低コストで量産することが可能な耐摩耗性製品の製造方法を提供すること。
【解決手段】 過共晶Al-Si合金の溶湯を金型キャビティ内に空気の巻込みが起こらないように低速充填して加圧急冷凝固させて製品を鋳造する高圧鋳造工程と、前記高圧鋳造工程で得られた鋳造製品中の針状の共晶Siを凝集させて粒状Si結晶に成長させる熱処理工程とからなる。
【解決手段】 過共晶Al-Si合金の溶湯を金型キャビティ内に空気の巻込みが起こらないように低速充填して加圧急冷凝固させて製品を鋳造する高圧鋳造工程と、前記高圧鋳造工程で得られた鋳造製品中の針状の共晶Siを凝集させて粒状Si結晶に成長させる熱処理工程とからなる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム合金を用いた耐摩耗性製品の製造方法に関し、例えば内燃機関におけるエンジンブロックのシリンダー部分のように高い耐摩耗性を要求される製品の製造に適した製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
アルミニウム合金を用いて耐摩耗性が要求される製品を鋳造により製造する場合、鋳造過程で硬い初晶Si粒子を晶出する過共晶Al-Si合金が多く用いられる。それは、初晶Si粒子が鋳造製品としての耐摩耗性に寄与していることが知られているからであり、例えば、自動車用エンジンブロックが過共晶Al-Si合金を用いて低圧鋳造法等により量産されている。
しかし、過共晶Al-Si合金を用いて鋳造された製品は、鋳造過程で初晶Si粒子の粒径が大きくなりやすく、特に、凝固速度の遅い低圧鋳造法で製造される場合に初晶Si粒子が大きくなり、後加工での切削加工性が悪くなるといった問題が生じている。
【0003】
また、耐摩耗性が要求されるシリンダー部分に別成形したライナーをダイカスト法によりアルミニウム合金溶融金属で鋳ぐるんでエンジンブロックを製造する際に、上記ライナーをアルミニウム合金製とする場合、アトマイズ法で作製された過共晶Al-Si合金粒子やアルミナ粒子を焼き固める粉末冶金法、或いはアトマイズ後の粒子を堆積させたビレットを引抜き加工するスプレイフォーミング法等で生産される場合がある(例えば、特許文献1参照。)。
しかし、粉末冶金法で生産されるアルミニウム製シリンダライナーは、初晶Si粒子やアルミナ粒子の粒径が小さく、良好な切削加工性及び耐摩耗性が得られる反面、コスト高になってしまう問題がある。
【0004】
そこで、上記ライナーを、過共晶Al-Si合金を用いて空気の巻込み欠陥等を少なく管理できるスクイズ鋳造法等に代表される低速充填高圧鋳造法で製造することが考えられる。しかし、スクイズ鋳造法で製造される鋳物は、低コストで鋳造でき且つ急冷凝固されるため初晶Siの大きさを小さくすることができ良好な切削加工性を得られるようになるが、金型キャビティ内へ溶湯を充填するまでの間にスリーブやランナー、キャビティにおいて溶湯の温度低下を来たすため鋳物中に充満される溶湯温度にバラツキが生じ、その為に鋳物中に析出する初晶Si粒子に偏りが生じやすく、安定した耐摩耗特性が得られない不具合があった。
【0005】
【特許文献1】特開2000−42709公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本願発明者等はこのような現状にあって耐摩耗性に優れた鋳造製品を提供するべく鋭意研究を重ねた結果、過共晶Al-Si合金を用いて低速充填して加圧急冷凝固させる低速充填高圧鋳造法で鋳造された製品に熱処理を施すことによって、初晶Si粒子の粒径を製品としての耐摩耗性を損なわない程度に小さくし且つ低速充填高圧鋳造法で発生する初晶Si粒子の分布の偏りを、共晶Siを凝集させて粒状のSi結晶を成長させることによって補うことができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
本発明は、過共晶Al-Si合金を用いて低速充填高圧鋳造法で鋳造された製品に熱処理を施すことによって、耐摩耗性並びに切削加工性に優れた製品を低コストで量産することが可能な耐摩耗性製品の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記した目的を達成する本発明の耐摩耗性製品の製造方法は、過共晶Al-Si合金の溶湯を金型キャビティ内に空気の巻込みが起こらないように低速で充填して高圧で加圧し急速に冷却凝固させて製品を鋳造する高圧鋳造工程と、前記高圧鋳造工程で得られた鋳造製品中の針状の共晶Siを凝集させて粒状Si結晶に成長させる熱処理工程、とから構成されることを特徴としたものである(請求項1)。
この際、熱処理工程中のブリスター欠陥および製品変形を防止するために、鋳造に用いる過共晶Al-Si合金の溶湯中に含まれるガス量が、0.4cc/100g以下、更には0.2cc/100g以下に調整されていることが好ましい。更には、溶湯充填途中でのガスの巻き込みを最小限に抑えるように潤滑剤・離型剤の種類・希釈率・塗布方法などが管理されていることが望ましい(請求項2)。
また、過共晶Al-Si合金を用いて製品を鋳造する場合、金型キャビティ内に充填される溶湯が高温で且つ充填後の溶湯の冷却速度が速い鋳造法であれば何れの方法でも良いが、前記高圧鋳造工程において、充填途中での溶湯の温度低下を抑制するために金型キャビティ面に断熱性を有する粉体離型剤を塗布した金型内に、例えば射出スリーブをなくして溶湯炉から直接溶湯を充満させるなどした後に当該溶湯を加圧する鋳造工程を含むことがより望ましい(請求項3)。
また、前記過共晶Al-Si合金のSi含有量としては、17%未満とすることが好ましい(請求項4)。
更に、前記熱処理工程において過共晶Al-Si合金で鋳造された製品を熱処理する際に、共晶Siを凝集させて成長させる粒状Si結晶の大きさとしては平均で2μm以上、更には5μm以上になるように熱処理温度及び熱処理時間を設定することが好ましい(請求項5)。
また、耐摩耗性製品としてエンジンブロックを製造する場合は、特に耐摩耗性を要求されるシリンダー部のライナーを前記請求項1〜4のいずれか1項に記載された方法により作製し、そのアルミニウム製ライナーをエンジンブロック鋳造用金型にセットしてダイカスト法よりアルミニウム合金溶融金属で鋳ぐるむことによりシリンダーボア面を形成するようにする(請求項6)。
この時、前記高圧鋳造工程と熱処理工程を経て製造されたアルミニウム製ライナーを、その両端面を切断しただけのものを内面を加工することなく製造時の抜け勾配を有したままエンジンブロック鋳造用金型にセットしてアルミニウム溶融金属で鋳ぐるむようにすることが好ましい(請求項7)。
【発明の効果】
【0009】
本発明に係る耐摩耗性製品の製造方法によれば、過共晶Al-Si合金で鋳造された製品の初晶Siの大きさを平均20μm以下に抑制することができ、低速充填高圧鋳造法で発生する初晶Si粒子の分布の偏りを共晶Siの凝集による粒状Si結晶に成長させることにより補うことが出来るので、耐磨耗性に優れるだけでなく、切削加工性にも優れた製品とすることが可能となる。
【0010】
しかも、請求項2に記載の耐摩耗性製品の製造方法によれば、充填途中でのガス巻き込みを最小限に抑えるように使用する潤滑剤・離型剤の種類・希釈率・塗布方法などを管理した上で、過共晶Al-Si合金溶湯中に含まれるガス量を、0.4cc/100g以下に調整することで、針状の共晶Siを凝集させて粒状Si結晶を成長させる熱処理工程においてブリスターを生成することがなく、また製品の変形を来たす惧れがなくなる。
【0011】
また、請求項3に記載の耐摩耗性製品の製造方法によれば、高圧鋳造工程において粉体離型剤を塗布した金型キャビティ内に過共晶Al-Si合金溶湯を充満させた後に当該溶湯を加圧するようにしたので、金型キャビティ内に流入する溶湯の温度が充填途中で低下することなくより均一化するので、鋳造製品中に析出する初晶Siの大きさをより小さくすることができるだけでなく、析出する初晶Si粒子の偏りを減少させることが出来る。よって、耐磨耗性をより向上させることが出来る。
【0012】
そして、請求項4に記載の耐摩耗性製品の製造方法によれば、過共晶Al-Si合金のSi含有量は少ない方が溶湯温度の低下の影響を受けないで鋳造することが可能となる知見に基づいて、過共晶Al-Si合金のSi含有量を17wt%未満としたので、鋳造条件の管理範囲が広がりその分鋳造がより容易となり、且つ初晶Si粒子の大きさや分布の偏りを小さくすることができる。一方、Si含有量が少なくなって減少したSi粒子数は、熱処理工程で生成する針状の共晶Siが凝集し成長してできる粒状Si結晶の数は変らず多く析出するので、充分補うことができ、結果として耐摩耗性が向上する。
【0013】
更に、請求項5に記載の耐摩耗性製品の製造方法によれば、熱処理工程において針状の共晶Siを凝集させて成長させる粒状Si結晶の大きさを平均で2μm以上にしたので、より一層のこと鋳造製品中に析出する初晶Si粒子の偏りを少なくすることが出来る。その結果、耐摩耗性に優れた製品を低コストで量産することが可能となる。
【0014】
また、請求項6に記載のエンジンブロックの製造方法によれば、前記請求項1〜5のいずれか1項に記載された方法により製造されたアルミニウム製ライナーをエンジンブロック鋳造用金型にセットしてダイカスト法よりアルミニウム合金溶融金属で鋳ぐるむことによりシリンダーボア面を形成させるようにしたので、通常の鋳鉄ライナーを鋳ぐるむ場合と比較して軽量且つ低コストになる共に、そのシリンダー部を耐摩耗性並びに切削加工性に優れたものとすることが出来る。
【0015】
そして、請求項7に記載のエンジンブロックの製造方法によれば、高圧鋳造工程と熱処理工程を経て製造されたアルミニウム製ライナーを、その両端面を切断しただけのものを内面を加工することなくエンジンブロック鋳造用金型のライナー製造時の中子形状とほぼ同一形状のホルダーにセットしてアルミニウム溶融金属で鋳ぐるむようにしたので、ライナー製造における加工工程を少なくすることができ、エンジンブロックの製造コストを低減して安価に提供することが可能となる。
すなわち、アルミニウム製ライナーの製造とエンジンブロックの製造が、同じ冷却した金型に溶湯を高圧凝固させる工程を用いるため、アルミニウム製ライナーを作製(鋳造)する際に当該ライナー内面を形成するのに使用した中子ピンと同じ形状(径および勾配を有する)をしたライナー用ホルダーピンをエンジンブロック鋳造用金型に組み込むことにより、ライナーがエンジンブロックのシリンダー部に鋳込まれる時に、ライナーの剛性が向上して溶湯流による変形抵抗が増加すると同時に、ライナー内面と上記ホルダーピンとの間の勘合精度が高くなるのでその間に溶融金属が差し込むのをほぼ完全に防止することが出来る。よって、ライナー内面に対する隙間管理(対シリンダピストンとの隙間管理)のための高い寸法精度要求に対応することが可能となり、その結果、従来必要であったライナー内面の機械加工工程をなくすることが可能となるので工程削減ができ、コストダウンを図ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の具体的な好適実施例を、図面を参照しながら詳細に説明する。
過共晶Al-Si合金を用いて低圧鋳造された耐摩耗性製品の鋳造組織は通常、図1に示すごとく、大きな角状をした初晶Si粒子と、針状の共晶Si及びα-Al相などからなる。
【0017】
ここで、初晶Si粒子は耐摩耗性に寄与するが、その大きさ(粒径)が小さ過ぎると耐摩耗性に寄与し得なくなるため初晶Si粒子の粒径は2μm以上であることが好ましく、さらには5μm以上とすることがより好ましい。しかし乍ら、初晶Si粒子の粒径が凡そ20μmより大きくなると後加工での切削加工性が悪くなるため、初晶Si粒子の粒径は2〜20μmの範囲が好ましく、さらには5〜20μmの範囲とすることが好ましい。
【0018】
また、鋳造した製品の耐摩耗性には初晶Si粒子の分布の偏りが影響しており、できるだけ初晶Si粒子の分布の偏りを小さくする必要がある。
そこで、Al-17%Si系合金を用いて低圧鋳造法で鋳造した製品(A:低圧鋳造法)とAl-15%Si系合金を用いて通常の低速高圧鋳造法で鋳造した製品(B:スクイズ法)、及びAl-15%Si系合金を用いて粉体離型剤を塗布した金型キャビティ内に当該溶湯を充満させた後に当該溶湯を加圧する低速高圧鋳造法で鋳造した製品(C:粉体低速高圧鋳造法)について、鋳放し品(非熱処理品)と、製品(C)については鋳造後熱処理を施したもの(製品(D))のミクロ組織を観察することにより、初晶Si粒子の大きさと分布の偏り状態を評価した(図2を参照)。その結果を表1に示す。
【0019】
ちなみに、本明細書で言う「低圧鋳造法」の一般的な鋳造条件は、50KPa以下の鋳造圧力で低圧鋳造機を用いて鋳造する方法であり、「低速高圧鋳造法」の鋳造条件としては、溶湯を金型キャビティ内に充満させるのに要する時間を1秒以上とし、金型キャビティ内に充満された溶湯を凝固させるときに加える圧力を20MPa以上で鋳造する方法である。
上記した低圧鋳造品(A)は、金型温度350℃、溶湯温度720℃、溶湯への圧力30KPa、金型充填時間15秒、サイクルタイム10分で鋳造したものである。そして、上記低速高圧鋳造品(B)は、金型温度250℃、溶湯温度740℃、鋳造圧力50MPa、金型充填時間1.5秒、サイクルタイム60秒で鋳造したものである。また、粉体離型剤を塗布した金型キャビティ内に溶湯を充満させた後に当該溶湯を加圧する粉体低速高圧鋳造法の鋳造品(C)は、金型温度200℃、溶湯温度715℃、鋳造圧力70MPa、金型充填時間5秒、サイクルタイム90秒で鋳造したものである。
【0020】
【表1】
【0021】
上記の表1に示されたとおり、低圧鋳造法で鋳造された製品(A)では、1mm2中の初晶Si粒子数が約270個と少ないこと、初晶Si粒子の大きさが20〜45μmの粒子が27%、46〜60μmの粒子が25%もあり、切削加工性が悪いことがうかがえる。
一方、通常の低速充填高圧鋳造法(スクイズ法)で鋳造された製品(B)では、1mm2中の初晶Si粒子数が約350個と増えており、しかも初晶Si粒子の大きさが20〜45μmの粒子が48%で46μm以上の粒子がなくなり、全体として小さくなっているので切削加工性は改善されているが、初晶Si粒子の分布に偏りがあるため耐摩耗性が悪いものと予想される。
これに対して、粉体離型剤を塗布した金型キャビティ内に溶湯を充満させた後に当該溶湯を加圧する粉体低速高圧鋳造法で鋳造された製品(C)では、1mm2中の初晶Si粒子数が約600個と多く、初晶Si粒子の大きさも20〜45μmの粒子が11%とさらに少なくなり、初晶Si粒子の大きさも小さい。しかし、初晶Si粒子の分布に偏りが見られ、これでは耐摩耗性が悪いものと予想される。
【0022】
一方、粉体離型剤を塗布した金型キャビティ内に溶湯を充満させた後に当該溶湯を加圧する粉体低速高圧鋳造法で鋳造された製品(C)に、540℃で1時間熱処理を施した製品(D)では、熱処理前の共晶部の組織が細かくなることから、熱処理によって共晶Siが凝集して成長してできる粒状Si結晶数も多くなり、1mm2中の初晶Si粒子数と共晶Si粒子が凝集して成長した粒状Si結晶数を合わせた合計数が約1120個と非常に多くなり、それに伴い初晶Si粒子の分布の偏りが補われ、図4に示すとおりSi粒子が全体に均一に存在する状態となっているので、耐摩耗性が良好であることが予想される。
【0023】
次に、上記製品(A)〜(D)について、それぞれ下記の方法で耐磨耗性及び耐焼付性を評価した。その結果を図3のグラフで示す。
<磨耗試験>
ライナ−と同材質のディスクを回転し、表面に潤滑油を噴霧しながらピストンリングと同材質のピンを一定荷重で、一定時間押し当てるピンオンディスク式の磨耗試験を行い、磨耗深さを求める。
<焼付試験(リングオンディスク式)>
ライナ−と同材質のディスクを回転し、表面に潤滑油を滴下しながらピストンリングと同材質のリングを押し当て、リングに対する荷重を徐々に増して行き、摩擦係数が急に上昇する面圧を求める。
【0024】
図3から分るように、低圧鋳造法で鋳造された製品(A)の磨耗深さは4.5μm、焼付面圧は8MPaであり、低速充填高圧鋳造法(スクイズ法)で鋳造された製品(B)の摩耗深さは3.6μm、焼付面圧は5MPaであり、粉体離型剤を塗布した金型キャビティ内に溶湯を充満させた後に溶湯を加圧する粉体低速充填高圧鋳造法で鋳造された製品(C)の摩耗深さは2.2μm、焼付面圧は8MPaであるのに対して、製品(C)に熱処理を施した製品(D)の磨耗深さは0.9μm、焼付面圧は13MPaになった。このことから、初晶Si粒子の大きさが小さく、Si粒子の数の多いもの、更にSi粒子の分布の偏りのないものほど耐磨耗性、耐焼付性が良くなることが確認された。ちなみに、磨耗深さが小さいほど、焼付き面圧が高いほど、耐摩耗性は良好となる。
【0025】
他方、鋳造製品にガスが巻き込まれた場合や溶湯中のガス含有量が多いと、熱処理工程で製品にブリスター(いわゆる、”ふくれ”)と変形が生成し、製品としての機能及び品質への悪影響を与えることがある。その為に、製品鋳造時に空気や、充填途中で溶湯と反応して生成するガス等を巻き込まないようにすることが必要となる。その為、金型キャビティ面に塗布する離型剤の種類やプランジャーに塗布する潤滑剤の種類、そして塗布条件等を制限して、層流で流れる条件で鋳造することが必要となる。離型剤および潤滑剤の種類はガス発生成分が極力少ないものを選定することと、塗布量を必要最低限の量に制御して塗布する条件にすることが必要である。しかし、鋳造条件をこのように制御したとしても、溶湯中に含まれるガス量が0.4cc/100g以上になると熱処理工程の条件によってはブリスターと変形が生じることがあり、溶湯の脱ガス処理等による溶湯中のガス量を制御することが必要となるし、熱処理温度が高い条件では、さらに溶湯中のガス量を0.2cc/100g以下とするのが望ましい。
【0026】
下記の表2は、鋳造した製品を530℃および540℃で2時間熱処理したときの製品に生成するブリスターを調べた結果である。離型剤の塗布量を200ccから100ccに制限することでブリスターがなくなるが、溶湯中のガス量が0.4cc/100gを超えると、ブリスターが生成するようになり、熱処理温度540℃では、0.2 cc/100gを越えるとブリスターが若干であるが発生するようになる。
なお、ここで用いた離型剤は、市販されているシリコーン系の水溶性離型剤を100倍で希釈したもので、離型剤はスプレー方式で塗布しており、塗布量は、金型キャビティの可動型、固定型の両方に塗布した合計量である。
【0027】
【表2】
【0028】
また、鋳造製品における初晶Si粒子の大きさは、溶湯温度や冷却速度の影響が大きく、金型キャビティ内に充填された時の溶湯温度が高く且つ冷却速度が速い鋳造条件で鋳造すると初晶Si粒子が小さくなると言われている。
【0029】
そこで本発明では、過共晶Al-Si合金の溶湯を金型キャビティ内に低速充填して加圧急冷凝固させて製品を鋳造する高圧鋳造工程を採用するが、充填途中で溶湯の温度低下が起こりやすいので、溶湯温度の低下を極力減らことが望ましい。すなわち、溶湯を金型キャビティ内に射出スリーブを通して充填するのではなく、予め断熱性を有する粉体離型剤を塗布せしめた金型キャビティとするのが良く、さらには金型キャビティ内に溶湯を充満させる際に射出スリーブを使用せずに、溶湯を溶湯炉から金型キャビティ内に直接充満させ、その後に金型キャビティ内に充満した溶湯を加圧子等で加圧することが望ましい。粉体離型剤は、離型剤に粉体を希釈して塗布する場合もあるが、断熱粉体を静電塗布などで金型面に直接付着させる方法がより効果的である。
【0030】
係る低速高圧鋳造法によれば、射出スリーブに供給されたときの溶湯温度低下をなくすることができると共に、粉体離型剤が塗布された金型キャビティ内に溶湯がダイレクトに給湯されるため金型キャビティに充満される途中での溶湯の温度低下を抑制することができ、加えて、金型キャビティ内に充満させた後に当該溶湯に外部から(加圧子で)加圧することにより、金型キャビティ表面と溶湯を隔てていた粉体離型剤が瞬間的に押しつぶされて溶湯が粉体の中に侵入して金型キャビティ表面に直接接触するようになる。すると、金型キャビティ内の溶湯が急激に冷却され、速い凝固速度で鋳造されることになる。その結果、図2に示すごとく、通常の低圧鋳造法やスクイズ法で鋳造された製品と比較して、初晶Si粒子の粒径が小さく、しかも初晶Si粒子の分布の偏りも比較的少ない耐摩耗性及び切削加工性がより良くなる。
なお、本発明で言及している粉体離型剤を塗布した金型キャビティ内に溶湯を充満させた後に当該溶湯を加圧する粉体低速高圧鋳造法の詳細については、特公平6−88119号公報、特許第3204568号公報、特許第3480875号公報、等に記載されているので、ここでの詳しい説明は省略する。
【0031】
他方で、エンジンブロックやシリンダライナーに求められる要求品質、特に耐摩耗性及び切削加工性に対する要求品質は非常に高いため、上述したごとく粉体離型剤を塗布せしめた金型キャビティ内に過共晶Al-Si合金を直接充満させて加圧する低速高圧鋳造法で鋳造しても、初晶Si粒子の分布の偏りについては要求レベルに達しないことがある。
【0032】
過共晶Al-Si合金で鋳造された製品に特定の熱処理を施すと、図4に例示したごとく、偏りにより初晶Si粒子が存在しない領域中に針状の共晶Siが凝集して初晶Si粒子と同じ寸法オーダの大きさ(粒径)に粒状に成長して耐摩耗性を発揮する粒状Si粒子の数が増加し、初晶Si粒子の分布の偏りが補われていることが理解される。
【0033】
しかし、鋳造製品を熱処理することにより耐摩耗性が向上する現象は過共晶Al-Si合金特有の性質と考えられ、亜共晶Al-Si合金を用いて過共晶Al-Si合金の場合と同一の条件で鋳造し熱処理を施しても、図5に示すとおり、薄い板状の共晶Siが熱処理でやや大きな棒状に成長するだけで粒子にはならないことを発明者等は確認している。
【0034】
次に、過共晶Al-Si合金で鋳造された製品に施す本発明に係る熱処理条件について説明する。
ちなみに、本明細書に記載の各実施例では、鋳造製品を直接電気炉の内部に収容することにより熱処理を施した。
【0035】
過共晶Al-Si合金(Al-15%Si系合金)を用いて、前述した低速高圧鋳造法により、エンジンブロックに鋳込まれるシリンダライナーを鋳造し、そのシリンダライナーを500℃から570℃まで10℃刻みで温度を変えてそれぞれ1時間熱処理を施し、熱処理後水冷した製品のミクロ組織を観察した。その結果を、図6aと図6bに示す。
なお、ここで作製したシリンダライナーの固相線温度は、577℃である。
【0036】
図6のミクロ組織を観察すると、熱処理温度が500℃になると針状の共晶Siが成長をして、共晶Si粒子の大きさ(粒径)が初晶Si粒子と同レベルの大きさに成長し始め、熱処理温度が540℃以上で初晶Si粒子と成長した粒状Si結晶がほぼ均一に分散した組織になる。しかし、560℃以上になると初晶Si粒子同士が結合し始め、初晶Si粒子の粒径が切削加工性を悪くする程の大きさ(20μm)以上になってしまうことが理解される。
このことから、熱処理温度は、500℃〜550℃の範囲が好ましく、540℃〜550℃の範囲が最も好ましいと判断される。
【0037】
なお、鋳造製品を520℃〜550℃の範囲で熱処理をすると、鋳物中に含まれるガスの影響により製品にブリスターが生成されたり、変形が生じたりする。一般的には、金型キャビティ内に溶湯を低速で充填すれば製品に影響を及ぼすほどのガスの巻き込みは抑制されるので、ブリスターの発生を防止できるが、530℃以上の温度で熱処理すると溶湯中に溶解されるガスの影響によりブリスターを発生する。従って、使用する過共晶Al-Si合金溶湯中に含まれるガス量を0.4cc/100g以下、熱処理温度が540℃以上の場合は、0.2cc/100g以下に調整しておくことが望ましい。
しかし、溶湯中のガス量を調整しても、金型充満中で溶湯と反応するガス発生成分があると、溶湯中にガスが吸収され、熱処理時にブリスターと変形を生成するので、金型に塗布する離型剤及びプランジャーに塗布する潤滑剤の成分と種類、更にはこれら離型剤や潤滑剤の塗布条件を制御する必要がある。
【0038】
次に、鋳造製品として上記シリンダライナーを用いて、熱処理温度を520℃で一定にして、1時間、4時間、7時間にわたってそれぞれ熱処理を施し、熱処理後水冷した製品のミクロ組織を観察した。その結果を、図7に示す。
図7のミクロ組織を観察すると、520℃で1時間熱処理すると針状の共晶Siが成長をして初晶Si粒子と同じ寸法オーダの大きさに成長し始め、7時間熱処理すると針状の共晶から成長した粒状Si結晶がほぼ均一に分散した組織になった。このことから、熱処理温度を520℃と鋳造製品の固相線温度よりかなり低いと、熱処理にかなりの時間を要することが理解される。
【0039】
そこで次に、鋳造製品として上記シリンダライナーを用いて、熱処理温度を540℃と550℃に上げて、1時間、2時間、4時間にわたってそれぞれ熱処理を施し、熱処理後水冷した製品のミクロ組織を観察した。
熱処理温度を540℃とした時のミクロ組織を図8に示し、熱処理温度を550℃とした時のミクロ組織を図9に示す。
【0040】
図8に示すとおり、熱処理温度が540℃の場合は、熱処理時間が1時間で既に針状の共晶から成長した粒状Si結晶がほぼ均一に分散した組織となり、この状態は熱処理時間が4時間になってもさほど変化が観られなかった。
そして、熱処理温度が550℃の場合には、図9に示すとおり、熱処理時間が1時間で針状の共晶から成長した粒状Si結晶がほぼ均一に分散したミクロ組織になったが、熱処理時間が2時間になると初晶Si粒子同士が結合し始めて、初晶Si粒子の粒径が切削加工性を悪くする程の大きさ(25μm)以上になってしまった。
このことから、鋳造製品の固相線温度に近い温度で熱処理を施せば、熱処理時間は短時間で済むことが推察される。
【0041】
次に、過共晶Al-Si合金におけるSi成分の割合(wt%)が耐摩耗性及び鋳造性(生産性)に及ぼす影響について考察した。
過共晶Al-Si合金として、Al-15%Si系合金とAl-17%Si系合金を用いて、上記と同様にしてシリンダライナーを鋳造し、それぞれ熱処理前と熱処理後におけるSi粒子の分布の偏り状態を観察した。そのミクロ組織を図10に示す。
ちなみに、熱処理条件としては、熱処理温度が540℃で1時間熱処理を施した。
【0042】
図10に示したミクロ組織のとおり、Siの含有量が多くなるほど溶湯温度は高温度で鋳造する必要があり、充填過程での溶湯温度の低下の影響を受けやすくなるため初晶Si粒子の大きさや分布の偏りが大きくなるため、同じ条件で鋳造した場合、15%Si系合金の方が17%Si系合金よりも初晶Si粒子の大きさが小さく、分布の偏りも小さいことがうかがえる。
このことから、Si含有量は少ない方が溶湯温度の低下の影響を受けないで鋳造することが可能となるので鋳造条件の管理範囲が広がり鋳造がより容易となり、且つ初晶Si粒子の大きさや分布の偏りも小さくなることが理解される。
【0043】
一方、Si含有量が少ないと当然のことながら初晶Si粒子の晶出量が少なくなり、それに伴って耐摩耗性も悪くなる。しかし、図10に示したミクロ組織のとおり、Si含有量の少ない合金(15%Si系合金)でも、熱処理を施すことにより針状の共晶Si同士が成長し、初晶Si粒子の大きさと同レベルの大きさの粒状Si結晶に成長し、全体としてSi粒子数の多い、耐摩耗性に優れた金属組織になることがうかがえる。
【0044】
なお、Si含有量が20%より多くなると、熱処理前における初晶Si粒子の粒径が比較的大きい場合が多く、熱処理工程によりSi粒子の分布の偏りを小さくすることは可能であるが、初晶Si粒子は熱処理により大きくなることはあっても小さくなることはないので、切削加工性が悪くなってしまう。このことから、過共晶Al-Si合金におけるSi成分の割合は17wt%未満がより好ましい。
【0045】
また、耐摩耗性製品としてエンジンブロックを製造する場合に、特に耐摩耗性を要求されるシリンダー部のライナーを過共晶Al-Si合金を用いて上述した方法により作製する。そして、このアルミニウム製ライナーを、その内面を加工することなくエンジンブロック鋳造用金型にセットしてダイカスト法よりアルミニウム合金溶融金属で鋳ぐるむことによりシリンダーボア面を形成するようにする。
【0046】
その際、エンジンブロック鋳造用金型に、アルミニウム製ライナーを作製(鋳造)する際にライナー内面を形成するのに使用した中子と同じ形状のライナーセット用のホルダー(ボアピン)を設置することが望ましい。
【0047】
すなわち、ダイカストにおいては、製品をスムーズに金型から離型させるために抜け勾配を付けて製品を鋳造する必要がある。従って、アルミニウム製ライナーを鋳造する場合においても、ライナーの内面を形成する中子に抜け勾配を付ける必要があり、その結果、ライナーの内面に勾配ができてしまう。
他方、エンジンブロックにライナーを鋳込み鋳造する場合に、ライナーの内面とライナーをホールド(装着セット)するボアピンとの隙間の設定が大きすぎると、その隙間に溶湯が侵入し、侵入した溶湯がボアピンに付着して次のライナーが設置できなくなるトラブルが発生する。かと言って、ボアピンとの隙間の設定が小さいと、鋳造に伴ってボアピンの温度が上昇し外径(ボア径)が大きくなった場合ライナーを装着できなくなるトラブルが生ずる。その為に、ライナーの内面を非常に寸法精度良く加工する必要があり、それが原因でライナーのコストを高くしている。
そこで、アルミニウム製ライナーを鋳造するのに用いた中子、すなわちアルミニウム製ライナー内面を形成するのに用いた中子と同じ大きさで、且つ同じ抜け勾配を有するボアピンをエンジンブロック成形用金型に組み込み、そのボアピンに上記アルミニウム製ライナーを装着セットして鋳造することにより、ライナー内面とボアピン外周面との間の隙間をほぼ無くすことができ、その結果、ライナーとボアピンとの間に溶湯が侵入したりボアピンにライナーを装着できなくなると言った問題を解決することができる。しかも、アルミニウム製ライナーの肉厚は勾配がつく分だけ厚くなり、その分強度と剛性が強くなり、充填中の溶湯による変形等の影響も受けにくくなると言った効果も期待し得る。
更に加えて、アルミニウム製ライナーは鋳造後において、湯口部及びオーバーフロー部を除去するために両端面を切断し、熱処理した後にエンジンブロックの鋳造工程に持ち込んでそのまま使用することができる為、ライナーの加工工程が削減されて、在庫を無くすことができる。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】熱処理前後におけるSi粒子の分布の偏りを説明するマクロ組織写真。
【図2】各種の鋳造法と初晶Si粒子の大きさ及び分布の偏り状態の関係を説明するミクロ組織写真。
【図3】初晶Si粒子の大きさおよび分布の偏り状態と耐磨耗性及び耐焼付性の関係を説明するグラフ。
【図4】熱処理温度と共晶Si粒子の成長状態を説明するミクロ組織写真。
【図5】亜共晶Al-Si合金の熱処理と共晶Siの成長状態を説明するミクロ組織写真。
【図6a】熱処理温度と共晶Si粒子の成長状態を説明するミクロ組織写真。
【図6b】熱処理温度と共晶Si粒子の成長状態を説明するミクロ組織写真。
【図7】熱処理温度(520℃)を一定にした時の熱処理時間と共晶Si粒子の成長状態を説明するミクロ組織写真。
【図8】熱処理温度(540℃)を一定にした時の熱処理時間と共晶Si粒子の成長状態を説明するミクロ組織写真。
【図9】熱処理温度(550℃)を一定にした時の熱処理時間と共晶Si粒子の成長状態を説明するミクロ組織写真。
【図10】過共晶Al-Si合金におけるSi成分量の違いによる熱処理前後におけるSi粒子の分布の偏りを説明するミクロ組織写真。
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム合金を用いた耐摩耗性製品の製造方法に関し、例えば内燃機関におけるエンジンブロックのシリンダー部分のように高い耐摩耗性を要求される製品の製造に適した製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
アルミニウム合金を用いて耐摩耗性が要求される製品を鋳造により製造する場合、鋳造過程で硬い初晶Si粒子を晶出する過共晶Al-Si合金が多く用いられる。それは、初晶Si粒子が鋳造製品としての耐摩耗性に寄与していることが知られているからであり、例えば、自動車用エンジンブロックが過共晶Al-Si合金を用いて低圧鋳造法等により量産されている。
しかし、過共晶Al-Si合金を用いて鋳造された製品は、鋳造過程で初晶Si粒子の粒径が大きくなりやすく、特に、凝固速度の遅い低圧鋳造法で製造される場合に初晶Si粒子が大きくなり、後加工での切削加工性が悪くなるといった問題が生じている。
【0003】
また、耐摩耗性が要求されるシリンダー部分に別成形したライナーをダイカスト法によりアルミニウム合金溶融金属で鋳ぐるんでエンジンブロックを製造する際に、上記ライナーをアルミニウム合金製とする場合、アトマイズ法で作製された過共晶Al-Si合金粒子やアルミナ粒子を焼き固める粉末冶金法、或いはアトマイズ後の粒子を堆積させたビレットを引抜き加工するスプレイフォーミング法等で生産される場合がある(例えば、特許文献1参照。)。
しかし、粉末冶金法で生産されるアルミニウム製シリンダライナーは、初晶Si粒子やアルミナ粒子の粒径が小さく、良好な切削加工性及び耐摩耗性が得られる反面、コスト高になってしまう問題がある。
【0004】
そこで、上記ライナーを、過共晶Al-Si合金を用いて空気の巻込み欠陥等を少なく管理できるスクイズ鋳造法等に代表される低速充填高圧鋳造法で製造することが考えられる。しかし、スクイズ鋳造法で製造される鋳物は、低コストで鋳造でき且つ急冷凝固されるため初晶Siの大きさを小さくすることができ良好な切削加工性を得られるようになるが、金型キャビティ内へ溶湯を充填するまでの間にスリーブやランナー、キャビティにおいて溶湯の温度低下を来たすため鋳物中に充満される溶湯温度にバラツキが生じ、その為に鋳物中に析出する初晶Si粒子に偏りが生じやすく、安定した耐摩耗特性が得られない不具合があった。
【0005】
【特許文献1】特開2000−42709公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本願発明者等はこのような現状にあって耐摩耗性に優れた鋳造製品を提供するべく鋭意研究を重ねた結果、過共晶Al-Si合金を用いて低速充填して加圧急冷凝固させる低速充填高圧鋳造法で鋳造された製品に熱処理を施すことによって、初晶Si粒子の粒径を製品としての耐摩耗性を損なわない程度に小さくし且つ低速充填高圧鋳造法で発生する初晶Si粒子の分布の偏りを、共晶Siを凝集させて粒状のSi結晶を成長させることによって補うことができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
本発明は、過共晶Al-Si合金を用いて低速充填高圧鋳造法で鋳造された製品に熱処理を施すことによって、耐摩耗性並びに切削加工性に優れた製品を低コストで量産することが可能な耐摩耗性製品の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記した目的を達成する本発明の耐摩耗性製品の製造方法は、過共晶Al-Si合金の溶湯を金型キャビティ内に空気の巻込みが起こらないように低速で充填して高圧で加圧し急速に冷却凝固させて製品を鋳造する高圧鋳造工程と、前記高圧鋳造工程で得られた鋳造製品中の針状の共晶Siを凝集させて粒状Si結晶に成長させる熱処理工程、とから構成されることを特徴としたものである(請求項1)。
この際、熱処理工程中のブリスター欠陥および製品変形を防止するために、鋳造に用いる過共晶Al-Si合金の溶湯中に含まれるガス量が、0.4cc/100g以下、更には0.2cc/100g以下に調整されていることが好ましい。更には、溶湯充填途中でのガスの巻き込みを最小限に抑えるように潤滑剤・離型剤の種類・希釈率・塗布方法などが管理されていることが望ましい(請求項2)。
また、過共晶Al-Si合金を用いて製品を鋳造する場合、金型キャビティ内に充填される溶湯が高温で且つ充填後の溶湯の冷却速度が速い鋳造法であれば何れの方法でも良いが、前記高圧鋳造工程において、充填途中での溶湯の温度低下を抑制するために金型キャビティ面に断熱性を有する粉体離型剤を塗布した金型内に、例えば射出スリーブをなくして溶湯炉から直接溶湯を充満させるなどした後に当該溶湯を加圧する鋳造工程を含むことがより望ましい(請求項3)。
また、前記過共晶Al-Si合金のSi含有量としては、17%未満とすることが好ましい(請求項4)。
更に、前記熱処理工程において過共晶Al-Si合金で鋳造された製品を熱処理する際に、共晶Siを凝集させて成長させる粒状Si結晶の大きさとしては平均で2μm以上、更には5μm以上になるように熱処理温度及び熱処理時間を設定することが好ましい(請求項5)。
また、耐摩耗性製品としてエンジンブロックを製造する場合は、特に耐摩耗性を要求されるシリンダー部のライナーを前記請求項1〜4のいずれか1項に記載された方法により作製し、そのアルミニウム製ライナーをエンジンブロック鋳造用金型にセットしてダイカスト法よりアルミニウム合金溶融金属で鋳ぐるむことによりシリンダーボア面を形成するようにする(請求項6)。
この時、前記高圧鋳造工程と熱処理工程を経て製造されたアルミニウム製ライナーを、その両端面を切断しただけのものを内面を加工することなく製造時の抜け勾配を有したままエンジンブロック鋳造用金型にセットしてアルミニウム溶融金属で鋳ぐるむようにすることが好ましい(請求項7)。
【発明の効果】
【0009】
本発明に係る耐摩耗性製品の製造方法によれば、過共晶Al-Si合金で鋳造された製品の初晶Siの大きさを平均20μm以下に抑制することができ、低速充填高圧鋳造法で発生する初晶Si粒子の分布の偏りを共晶Siの凝集による粒状Si結晶に成長させることにより補うことが出来るので、耐磨耗性に優れるだけでなく、切削加工性にも優れた製品とすることが可能となる。
【0010】
しかも、請求項2に記載の耐摩耗性製品の製造方法によれば、充填途中でのガス巻き込みを最小限に抑えるように使用する潤滑剤・離型剤の種類・希釈率・塗布方法などを管理した上で、過共晶Al-Si合金溶湯中に含まれるガス量を、0.4cc/100g以下に調整することで、針状の共晶Siを凝集させて粒状Si結晶を成長させる熱処理工程においてブリスターを生成することがなく、また製品の変形を来たす惧れがなくなる。
【0011】
また、請求項3に記載の耐摩耗性製品の製造方法によれば、高圧鋳造工程において粉体離型剤を塗布した金型キャビティ内に過共晶Al-Si合金溶湯を充満させた後に当該溶湯を加圧するようにしたので、金型キャビティ内に流入する溶湯の温度が充填途中で低下することなくより均一化するので、鋳造製品中に析出する初晶Siの大きさをより小さくすることができるだけでなく、析出する初晶Si粒子の偏りを減少させることが出来る。よって、耐磨耗性をより向上させることが出来る。
【0012】
そして、請求項4に記載の耐摩耗性製品の製造方法によれば、過共晶Al-Si合金のSi含有量は少ない方が溶湯温度の低下の影響を受けないで鋳造することが可能となる知見に基づいて、過共晶Al-Si合金のSi含有量を17wt%未満としたので、鋳造条件の管理範囲が広がりその分鋳造がより容易となり、且つ初晶Si粒子の大きさや分布の偏りを小さくすることができる。一方、Si含有量が少なくなって減少したSi粒子数は、熱処理工程で生成する針状の共晶Siが凝集し成長してできる粒状Si結晶の数は変らず多く析出するので、充分補うことができ、結果として耐摩耗性が向上する。
【0013】
更に、請求項5に記載の耐摩耗性製品の製造方法によれば、熱処理工程において針状の共晶Siを凝集させて成長させる粒状Si結晶の大きさを平均で2μm以上にしたので、より一層のこと鋳造製品中に析出する初晶Si粒子の偏りを少なくすることが出来る。その結果、耐摩耗性に優れた製品を低コストで量産することが可能となる。
【0014】
また、請求項6に記載のエンジンブロックの製造方法によれば、前記請求項1〜5のいずれか1項に記載された方法により製造されたアルミニウム製ライナーをエンジンブロック鋳造用金型にセットしてダイカスト法よりアルミニウム合金溶融金属で鋳ぐるむことによりシリンダーボア面を形成させるようにしたので、通常の鋳鉄ライナーを鋳ぐるむ場合と比較して軽量且つ低コストになる共に、そのシリンダー部を耐摩耗性並びに切削加工性に優れたものとすることが出来る。
【0015】
そして、請求項7に記載のエンジンブロックの製造方法によれば、高圧鋳造工程と熱処理工程を経て製造されたアルミニウム製ライナーを、その両端面を切断しただけのものを内面を加工することなくエンジンブロック鋳造用金型のライナー製造時の中子形状とほぼ同一形状のホルダーにセットしてアルミニウム溶融金属で鋳ぐるむようにしたので、ライナー製造における加工工程を少なくすることができ、エンジンブロックの製造コストを低減して安価に提供することが可能となる。
すなわち、アルミニウム製ライナーの製造とエンジンブロックの製造が、同じ冷却した金型に溶湯を高圧凝固させる工程を用いるため、アルミニウム製ライナーを作製(鋳造)する際に当該ライナー内面を形成するのに使用した中子ピンと同じ形状(径および勾配を有する)をしたライナー用ホルダーピンをエンジンブロック鋳造用金型に組み込むことにより、ライナーがエンジンブロックのシリンダー部に鋳込まれる時に、ライナーの剛性が向上して溶湯流による変形抵抗が増加すると同時に、ライナー内面と上記ホルダーピンとの間の勘合精度が高くなるのでその間に溶融金属が差し込むのをほぼ完全に防止することが出来る。よって、ライナー内面に対する隙間管理(対シリンダピストンとの隙間管理)のための高い寸法精度要求に対応することが可能となり、その結果、従来必要であったライナー内面の機械加工工程をなくすることが可能となるので工程削減ができ、コストダウンを図ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の具体的な好適実施例を、図面を参照しながら詳細に説明する。
過共晶Al-Si合金を用いて低圧鋳造された耐摩耗性製品の鋳造組織は通常、図1に示すごとく、大きな角状をした初晶Si粒子と、針状の共晶Si及びα-Al相などからなる。
【0017】
ここで、初晶Si粒子は耐摩耗性に寄与するが、その大きさ(粒径)が小さ過ぎると耐摩耗性に寄与し得なくなるため初晶Si粒子の粒径は2μm以上であることが好ましく、さらには5μm以上とすることがより好ましい。しかし乍ら、初晶Si粒子の粒径が凡そ20μmより大きくなると後加工での切削加工性が悪くなるため、初晶Si粒子の粒径は2〜20μmの範囲が好ましく、さらには5〜20μmの範囲とすることが好ましい。
【0018】
また、鋳造した製品の耐摩耗性には初晶Si粒子の分布の偏りが影響しており、できるだけ初晶Si粒子の分布の偏りを小さくする必要がある。
そこで、Al-17%Si系合金を用いて低圧鋳造法で鋳造した製品(A:低圧鋳造法)とAl-15%Si系合金を用いて通常の低速高圧鋳造法で鋳造した製品(B:スクイズ法)、及びAl-15%Si系合金を用いて粉体離型剤を塗布した金型キャビティ内に当該溶湯を充満させた後に当該溶湯を加圧する低速高圧鋳造法で鋳造した製品(C:粉体低速高圧鋳造法)について、鋳放し品(非熱処理品)と、製品(C)については鋳造後熱処理を施したもの(製品(D))のミクロ組織を観察することにより、初晶Si粒子の大きさと分布の偏り状態を評価した(図2を参照)。その結果を表1に示す。
【0019】
ちなみに、本明細書で言う「低圧鋳造法」の一般的な鋳造条件は、50KPa以下の鋳造圧力で低圧鋳造機を用いて鋳造する方法であり、「低速高圧鋳造法」の鋳造条件としては、溶湯を金型キャビティ内に充満させるのに要する時間を1秒以上とし、金型キャビティ内に充満された溶湯を凝固させるときに加える圧力を20MPa以上で鋳造する方法である。
上記した低圧鋳造品(A)は、金型温度350℃、溶湯温度720℃、溶湯への圧力30KPa、金型充填時間15秒、サイクルタイム10分で鋳造したものである。そして、上記低速高圧鋳造品(B)は、金型温度250℃、溶湯温度740℃、鋳造圧力50MPa、金型充填時間1.5秒、サイクルタイム60秒で鋳造したものである。また、粉体離型剤を塗布した金型キャビティ内に溶湯を充満させた後に当該溶湯を加圧する粉体低速高圧鋳造法の鋳造品(C)は、金型温度200℃、溶湯温度715℃、鋳造圧力70MPa、金型充填時間5秒、サイクルタイム90秒で鋳造したものである。
【0020】
【表1】
【0021】
上記の表1に示されたとおり、低圧鋳造法で鋳造された製品(A)では、1mm2中の初晶Si粒子数が約270個と少ないこと、初晶Si粒子の大きさが20〜45μmの粒子が27%、46〜60μmの粒子が25%もあり、切削加工性が悪いことがうかがえる。
一方、通常の低速充填高圧鋳造法(スクイズ法)で鋳造された製品(B)では、1mm2中の初晶Si粒子数が約350個と増えており、しかも初晶Si粒子の大きさが20〜45μmの粒子が48%で46μm以上の粒子がなくなり、全体として小さくなっているので切削加工性は改善されているが、初晶Si粒子の分布に偏りがあるため耐摩耗性が悪いものと予想される。
これに対して、粉体離型剤を塗布した金型キャビティ内に溶湯を充満させた後に当該溶湯を加圧する粉体低速高圧鋳造法で鋳造された製品(C)では、1mm2中の初晶Si粒子数が約600個と多く、初晶Si粒子の大きさも20〜45μmの粒子が11%とさらに少なくなり、初晶Si粒子の大きさも小さい。しかし、初晶Si粒子の分布に偏りが見られ、これでは耐摩耗性が悪いものと予想される。
【0022】
一方、粉体離型剤を塗布した金型キャビティ内に溶湯を充満させた後に当該溶湯を加圧する粉体低速高圧鋳造法で鋳造された製品(C)に、540℃で1時間熱処理を施した製品(D)では、熱処理前の共晶部の組織が細かくなることから、熱処理によって共晶Siが凝集して成長してできる粒状Si結晶数も多くなり、1mm2中の初晶Si粒子数と共晶Si粒子が凝集して成長した粒状Si結晶数を合わせた合計数が約1120個と非常に多くなり、それに伴い初晶Si粒子の分布の偏りが補われ、図4に示すとおりSi粒子が全体に均一に存在する状態となっているので、耐摩耗性が良好であることが予想される。
【0023】
次に、上記製品(A)〜(D)について、それぞれ下記の方法で耐磨耗性及び耐焼付性を評価した。その結果を図3のグラフで示す。
<磨耗試験>
ライナ−と同材質のディスクを回転し、表面に潤滑油を噴霧しながらピストンリングと同材質のピンを一定荷重で、一定時間押し当てるピンオンディスク式の磨耗試験を行い、磨耗深さを求める。
<焼付試験(リングオンディスク式)>
ライナ−と同材質のディスクを回転し、表面に潤滑油を滴下しながらピストンリングと同材質のリングを押し当て、リングに対する荷重を徐々に増して行き、摩擦係数が急に上昇する面圧を求める。
【0024】
図3から分るように、低圧鋳造法で鋳造された製品(A)の磨耗深さは4.5μm、焼付面圧は8MPaであり、低速充填高圧鋳造法(スクイズ法)で鋳造された製品(B)の摩耗深さは3.6μm、焼付面圧は5MPaであり、粉体離型剤を塗布した金型キャビティ内に溶湯を充満させた後に溶湯を加圧する粉体低速充填高圧鋳造法で鋳造された製品(C)の摩耗深さは2.2μm、焼付面圧は8MPaであるのに対して、製品(C)に熱処理を施した製品(D)の磨耗深さは0.9μm、焼付面圧は13MPaになった。このことから、初晶Si粒子の大きさが小さく、Si粒子の数の多いもの、更にSi粒子の分布の偏りのないものほど耐磨耗性、耐焼付性が良くなることが確認された。ちなみに、磨耗深さが小さいほど、焼付き面圧が高いほど、耐摩耗性は良好となる。
【0025】
他方、鋳造製品にガスが巻き込まれた場合や溶湯中のガス含有量が多いと、熱処理工程で製品にブリスター(いわゆる、”ふくれ”)と変形が生成し、製品としての機能及び品質への悪影響を与えることがある。その為に、製品鋳造時に空気や、充填途中で溶湯と反応して生成するガス等を巻き込まないようにすることが必要となる。その為、金型キャビティ面に塗布する離型剤の種類やプランジャーに塗布する潤滑剤の種類、そして塗布条件等を制限して、層流で流れる条件で鋳造することが必要となる。離型剤および潤滑剤の種類はガス発生成分が極力少ないものを選定することと、塗布量を必要最低限の量に制御して塗布する条件にすることが必要である。しかし、鋳造条件をこのように制御したとしても、溶湯中に含まれるガス量が0.4cc/100g以上になると熱処理工程の条件によってはブリスターと変形が生じることがあり、溶湯の脱ガス処理等による溶湯中のガス量を制御することが必要となるし、熱処理温度が高い条件では、さらに溶湯中のガス量を0.2cc/100g以下とするのが望ましい。
【0026】
下記の表2は、鋳造した製品を530℃および540℃で2時間熱処理したときの製品に生成するブリスターを調べた結果である。離型剤の塗布量を200ccから100ccに制限することでブリスターがなくなるが、溶湯中のガス量が0.4cc/100gを超えると、ブリスターが生成するようになり、熱処理温度540℃では、0.2 cc/100gを越えるとブリスターが若干であるが発生するようになる。
なお、ここで用いた離型剤は、市販されているシリコーン系の水溶性離型剤を100倍で希釈したもので、離型剤はスプレー方式で塗布しており、塗布量は、金型キャビティの可動型、固定型の両方に塗布した合計量である。
【0027】
【表2】
【0028】
また、鋳造製品における初晶Si粒子の大きさは、溶湯温度や冷却速度の影響が大きく、金型キャビティ内に充填された時の溶湯温度が高く且つ冷却速度が速い鋳造条件で鋳造すると初晶Si粒子が小さくなると言われている。
【0029】
そこで本発明では、過共晶Al-Si合金の溶湯を金型キャビティ内に低速充填して加圧急冷凝固させて製品を鋳造する高圧鋳造工程を採用するが、充填途中で溶湯の温度低下が起こりやすいので、溶湯温度の低下を極力減らことが望ましい。すなわち、溶湯を金型キャビティ内に射出スリーブを通して充填するのではなく、予め断熱性を有する粉体離型剤を塗布せしめた金型キャビティとするのが良く、さらには金型キャビティ内に溶湯を充満させる際に射出スリーブを使用せずに、溶湯を溶湯炉から金型キャビティ内に直接充満させ、その後に金型キャビティ内に充満した溶湯を加圧子等で加圧することが望ましい。粉体離型剤は、離型剤に粉体を希釈して塗布する場合もあるが、断熱粉体を静電塗布などで金型面に直接付着させる方法がより効果的である。
【0030】
係る低速高圧鋳造法によれば、射出スリーブに供給されたときの溶湯温度低下をなくすることができると共に、粉体離型剤が塗布された金型キャビティ内に溶湯がダイレクトに給湯されるため金型キャビティに充満される途中での溶湯の温度低下を抑制することができ、加えて、金型キャビティ内に充満させた後に当該溶湯に外部から(加圧子で)加圧することにより、金型キャビティ表面と溶湯を隔てていた粉体離型剤が瞬間的に押しつぶされて溶湯が粉体の中に侵入して金型キャビティ表面に直接接触するようになる。すると、金型キャビティ内の溶湯が急激に冷却され、速い凝固速度で鋳造されることになる。その結果、図2に示すごとく、通常の低圧鋳造法やスクイズ法で鋳造された製品と比較して、初晶Si粒子の粒径が小さく、しかも初晶Si粒子の分布の偏りも比較的少ない耐摩耗性及び切削加工性がより良くなる。
なお、本発明で言及している粉体離型剤を塗布した金型キャビティ内に溶湯を充満させた後に当該溶湯を加圧する粉体低速高圧鋳造法の詳細については、特公平6−88119号公報、特許第3204568号公報、特許第3480875号公報、等に記載されているので、ここでの詳しい説明は省略する。
【0031】
他方で、エンジンブロックやシリンダライナーに求められる要求品質、特に耐摩耗性及び切削加工性に対する要求品質は非常に高いため、上述したごとく粉体離型剤を塗布せしめた金型キャビティ内に過共晶Al-Si合金を直接充満させて加圧する低速高圧鋳造法で鋳造しても、初晶Si粒子の分布の偏りについては要求レベルに達しないことがある。
【0032】
過共晶Al-Si合金で鋳造された製品に特定の熱処理を施すと、図4に例示したごとく、偏りにより初晶Si粒子が存在しない領域中に針状の共晶Siが凝集して初晶Si粒子と同じ寸法オーダの大きさ(粒径)に粒状に成長して耐摩耗性を発揮する粒状Si粒子の数が増加し、初晶Si粒子の分布の偏りが補われていることが理解される。
【0033】
しかし、鋳造製品を熱処理することにより耐摩耗性が向上する現象は過共晶Al-Si合金特有の性質と考えられ、亜共晶Al-Si合金を用いて過共晶Al-Si合金の場合と同一の条件で鋳造し熱処理を施しても、図5に示すとおり、薄い板状の共晶Siが熱処理でやや大きな棒状に成長するだけで粒子にはならないことを発明者等は確認している。
【0034】
次に、過共晶Al-Si合金で鋳造された製品に施す本発明に係る熱処理条件について説明する。
ちなみに、本明細書に記載の各実施例では、鋳造製品を直接電気炉の内部に収容することにより熱処理を施した。
【0035】
過共晶Al-Si合金(Al-15%Si系合金)を用いて、前述した低速高圧鋳造法により、エンジンブロックに鋳込まれるシリンダライナーを鋳造し、そのシリンダライナーを500℃から570℃まで10℃刻みで温度を変えてそれぞれ1時間熱処理を施し、熱処理後水冷した製品のミクロ組織を観察した。その結果を、図6aと図6bに示す。
なお、ここで作製したシリンダライナーの固相線温度は、577℃である。
【0036】
図6のミクロ組織を観察すると、熱処理温度が500℃になると針状の共晶Siが成長をして、共晶Si粒子の大きさ(粒径)が初晶Si粒子と同レベルの大きさに成長し始め、熱処理温度が540℃以上で初晶Si粒子と成長した粒状Si結晶がほぼ均一に分散した組織になる。しかし、560℃以上になると初晶Si粒子同士が結合し始め、初晶Si粒子の粒径が切削加工性を悪くする程の大きさ(20μm)以上になってしまうことが理解される。
このことから、熱処理温度は、500℃〜550℃の範囲が好ましく、540℃〜550℃の範囲が最も好ましいと判断される。
【0037】
なお、鋳造製品を520℃〜550℃の範囲で熱処理をすると、鋳物中に含まれるガスの影響により製品にブリスターが生成されたり、変形が生じたりする。一般的には、金型キャビティ内に溶湯を低速で充填すれば製品に影響を及ぼすほどのガスの巻き込みは抑制されるので、ブリスターの発生を防止できるが、530℃以上の温度で熱処理すると溶湯中に溶解されるガスの影響によりブリスターを発生する。従って、使用する過共晶Al-Si合金溶湯中に含まれるガス量を0.4cc/100g以下、熱処理温度が540℃以上の場合は、0.2cc/100g以下に調整しておくことが望ましい。
しかし、溶湯中のガス量を調整しても、金型充満中で溶湯と反応するガス発生成分があると、溶湯中にガスが吸収され、熱処理時にブリスターと変形を生成するので、金型に塗布する離型剤及びプランジャーに塗布する潤滑剤の成分と種類、更にはこれら離型剤や潤滑剤の塗布条件を制御する必要がある。
【0038】
次に、鋳造製品として上記シリンダライナーを用いて、熱処理温度を520℃で一定にして、1時間、4時間、7時間にわたってそれぞれ熱処理を施し、熱処理後水冷した製品のミクロ組織を観察した。その結果を、図7に示す。
図7のミクロ組織を観察すると、520℃で1時間熱処理すると針状の共晶Siが成長をして初晶Si粒子と同じ寸法オーダの大きさに成長し始め、7時間熱処理すると針状の共晶から成長した粒状Si結晶がほぼ均一に分散した組織になった。このことから、熱処理温度を520℃と鋳造製品の固相線温度よりかなり低いと、熱処理にかなりの時間を要することが理解される。
【0039】
そこで次に、鋳造製品として上記シリンダライナーを用いて、熱処理温度を540℃と550℃に上げて、1時間、2時間、4時間にわたってそれぞれ熱処理を施し、熱処理後水冷した製品のミクロ組織を観察した。
熱処理温度を540℃とした時のミクロ組織を図8に示し、熱処理温度を550℃とした時のミクロ組織を図9に示す。
【0040】
図8に示すとおり、熱処理温度が540℃の場合は、熱処理時間が1時間で既に針状の共晶から成長した粒状Si結晶がほぼ均一に分散した組織となり、この状態は熱処理時間が4時間になってもさほど変化が観られなかった。
そして、熱処理温度が550℃の場合には、図9に示すとおり、熱処理時間が1時間で針状の共晶から成長した粒状Si結晶がほぼ均一に分散したミクロ組織になったが、熱処理時間が2時間になると初晶Si粒子同士が結合し始めて、初晶Si粒子の粒径が切削加工性を悪くする程の大きさ(25μm)以上になってしまった。
このことから、鋳造製品の固相線温度に近い温度で熱処理を施せば、熱処理時間は短時間で済むことが推察される。
【0041】
次に、過共晶Al-Si合金におけるSi成分の割合(wt%)が耐摩耗性及び鋳造性(生産性)に及ぼす影響について考察した。
過共晶Al-Si合金として、Al-15%Si系合金とAl-17%Si系合金を用いて、上記と同様にしてシリンダライナーを鋳造し、それぞれ熱処理前と熱処理後におけるSi粒子の分布の偏り状態を観察した。そのミクロ組織を図10に示す。
ちなみに、熱処理条件としては、熱処理温度が540℃で1時間熱処理を施した。
【0042】
図10に示したミクロ組織のとおり、Siの含有量が多くなるほど溶湯温度は高温度で鋳造する必要があり、充填過程での溶湯温度の低下の影響を受けやすくなるため初晶Si粒子の大きさや分布の偏りが大きくなるため、同じ条件で鋳造した場合、15%Si系合金の方が17%Si系合金よりも初晶Si粒子の大きさが小さく、分布の偏りも小さいことがうかがえる。
このことから、Si含有量は少ない方が溶湯温度の低下の影響を受けないで鋳造することが可能となるので鋳造条件の管理範囲が広がり鋳造がより容易となり、且つ初晶Si粒子の大きさや分布の偏りも小さくなることが理解される。
【0043】
一方、Si含有量が少ないと当然のことながら初晶Si粒子の晶出量が少なくなり、それに伴って耐摩耗性も悪くなる。しかし、図10に示したミクロ組織のとおり、Si含有量の少ない合金(15%Si系合金)でも、熱処理を施すことにより針状の共晶Si同士が成長し、初晶Si粒子の大きさと同レベルの大きさの粒状Si結晶に成長し、全体としてSi粒子数の多い、耐摩耗性に優れた金属組織になることがうかがえる。
【0044】
なお、Si含有量が20%より多くなると、熱処理前における初晶Si粒子の粒径が比較的大きい場合が多く、熱処理工程によりSi粒子の分布の偏りを小さくすることは可能であるが、初晶Si粒子は熱処理により大きくなることはあっても小さくなることはないので、切削加工性が悪くなってしまう。このことから、過共晶Al-Si合金におけるSi成分の割合は17wt%未満がより好ましい。
【0045】
また、耐摩耗性製品としてエンジンブロックを製造する場合に、特に耐摩耗性を要求されるシリンダー部のライナーを過共晶Al-Si合金を用いて上述した方法により作製する。そして、このアルミニウム製ライナーを、その内面を加工することなくエンジンブロック鋳造用金型にセットしてダイカスト法よりアルミニウム合金溶融金属で鋳ぐるむことによりシリンダーボア面を形成するようにする。
【0046】
その際、エンジンブロック鋳造用金型に、アルミニウム製ライナーを作製(鋳造)する際にライナー内面を形成するのに使用した中子と同じ形状のライナーセット用のホルダー(ボアピン)を設置することが望ましい。
【0047】
すなわち、ダイカストにおいては、製品をスムーズに金型から離型させるために抜け勾配を付けて製品を鋳造する必要がある。従って、アルミニウム製ライナーを鋳造する場合においても、ライナーの内面を形成する中子に抜け勾配を付ける必要があり、その結果、ライナーの内面に勾配ができてしまう。
他方、エンジンブロックにライナーを鋳込み鋳造する場合に、ライナーの内面とライナーをホールド(装着セット)するボアピンとの隙間の設定が大きすぎると、その隙間に溶湯が侵入し、侵入した溶湯がボアピンに付着して次のライナーが設置できなくなるトラブルが発生する。かと言って、ボアピンとの隙間の設定が小さいと、鋳造に伴ってボアピンの温度が上昇し外径(ボア径)が大きくなった場合ライナーを装着できなくなるトラブルが生ずる。その為に、ライナーの内面を非常に寸法精度良く加工する必要があり、それが原因でライナーのコストを高くしている。
そこで、アルミニウム製ライナーを鋳造するのに用いた中子、すなわちアルミニウム製ライナー内面を形成するのに用いた中子と同じ大きさで、且つ同じ抜け勾配を有するボアピンをエンジンブロック成形用金型に組み込み、そのボアピンに上記アルミニウム製ライナーを装着セットして鋳造することにより、ライナー内面とボアピン外周面との間の隙間をほぼ無くすことができ、その結果、ライナーとボアピンとの間に溶湯が侵入したりボアピンにライナーを装着できなくなると言った問題を解決することができる。しかも、アルミニウム製ライナーの肉厚は勾配がつく分だけ厚くなり、その分強度と剛性が強くなり、充填中の溶湯による変形等の影響も受けにくくなると言った効果も期待し得る。
更に加えて、アルミニウム製ライナーは鋳造後において、湯口部及びオーバーフロー部を除去するために両端面を切断し、熱処理した後にエンジンブロックの鋳造工程に持ち込んでそのまま使用することができる為、ライナーの加工工程が削減されて、在庫を無くすことができる。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】熱処理前後におけるSi粒子の分布の偏りを説明するマクロ組織写真。
【図2】各種の鋳造法と初晶Si粒子の大きさ及び分布の偏り状態の関係を説明するミクロ組織写真。
【図3】初晶Si粒子の大きさおよび分布の偏り状態と耐磨耗性及び耐焼付性の関係を説明するグラフ。
【図4】熱処理温度と共晶Si粒子の成長状態を説明するミクロ組織写真。
【図5】亜共晶Al-Si合金の熱処理と共晶Siの成長状態を説明するミクロ組織写真。
【図6a】熱処理温度と共晶Si粒子の成長状態を説明するミクロ組織写真。
【図6b】熱処理温度と共晶Si粒子の成長状態を説明するミクロ組織写真。
【図7】熱処理温度(520℃)を一定にした時の熱処理時間と共晶Si粒子の成長状態を説明するミクロ組織写真。
【図8】熱処理温度(540℃)を一定にした時の熱処理時間と共晶Si粒子の成長状態を説明するミクロ組織写真。
【図9】熱処理温度(550℃)を一定にした時の熱処理時間と共晶Si粒子の成長状態を説明するミクロ組織写真。
【図10】過共晶Al-Si合金におけるSi成分量の違いによる熱処理前後におけるSi粒子の分布の偏りを説明するミクロ組織写真。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
過共晶Al-Si合金の溶湯を金型キャビティ内に低速充填して加圧急冷凝固させて製品を鋳造する高圧鋳造工程と、前記高圧鋳造工程で得られた鋳造製品中の共晶Siを凝集させて粒状Si結晶に成長させる熱処理工程、とから構成されることを特徴とする耐摩耗性製品の製造方法。
【請求項2】
前記過共晶Al-Si合金溶湯中に含まれるガス量が、0.4cc/100g以下に調整されていることを特徴とする請求項1に記載の耐摩耗性製品の製造方法。
【請求項3】
前記高圧鋳造工程が、粉体離型剤を塗布した金型キャビティ内に前記溶湯を充満させた後に当該溶湯を加圧する鋳造工程を含むことを特徴とする請求項1又は2に記載の耐摩耗性製品の製造方法。
【請求項4】
前記過共晶Al-Si合金のSi含有量を17wt%未満とすることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の耐摩耗性製品の製造方法
【請求項5】
前記熱処理工程において共晶Siを凝集させて成長させる粒状Si結晶の大きさが、平均で2μm以上であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の耐摩耗性製品の製造方法。
【請求項6】
耐摩耗性製品が、前記請求項1〜5のいずれか1項に記載された方法により製造されたアルミニウム製ライナーであり、該ライナーをエンジンブロック鋳造用金型にセットしてダイカスト法よりアルミニウム合金溶融金属で鋳ぐるむことによりシリンダーボア面を形成させることを特徴とするエンジンブロックの製造方法。
【請求項7】
請求項6記載のエンジンブロックの製造方法において、前記高圧鋳造工程と熱処理工程を経て製造されたアルミニウム製ライナーの内面を加工することなく前記エンジンブロック鋳造用金型にセットしてアルミニウム溶融金属で鋳ぐるむことを特徴とするエンジンブロックの製造方法。
【請求項1】
過共晶Al-Si合金の溶湯を金型キャビティ内に低速充填して加圧急冷凝固させて製品を鋳造する高圧鋳造工程と、前記高圧鋳造工程で得られた鋳造製品中の共晶Siを凝集させて粒状Si結晶に成長させる熱処理工程、とから構成されることを特徴とする耐摩耗性製品の製造方法。
【請求項2】
前記過共晶Al-Si合金溶湯中に含まれるガス量が、0.4cc/100g以下に調整されていることを特徴とする請求項1に記載の耐摩耗性製品の製造方法。
【請求項3】
前記高圧鋳造工程が、粉体離型剤を塗布した金型キャビティ内に前記溶湯を充満させた後に当該溶湯を加圧する鋳造工程を含むことを特徴とする請求項1又は2に記載の耐摩耗性製品の製造方法。
【請求項4】
前記過共晶Al-Si合金のSi含有量を17wt%未満とすることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の耐摩耗性製品の製造方法
【請求項5】
前記熱処理工程において共晶Siを凝集させて成長させる粒状Si結晶の大きさが、平均で2μm以上であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の耐摩耗性製品の製造方法。
【請求項6】
耐摩耗性製品が、前記請求項1〜5のいずれか1項に記載された方法により製造されたアルミニウム製ライナーであり、該ライナーをエンジンブロック鋳造用金型にセットしてダイカスト法よりアルミニウム合金溶融金属で鋳ぐるむことによりシリンダーボア面を形成させることを特徴とするエンジンブロックの製造方法。
【請求項7】
請求項6記載のエンジンブロックの製造方法において、前記高圧鋳造工程と熱処理工程を経て製造されたアルミニウム製ライナーの内面を加工することなく前記エンジンブロック鋳造用金型にセットしてアルミニウム溶融金属で鋳ぐるむことを特徴とするエンジンブロックの製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6a】
【図6b】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6a】
【図6b】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【公開番号】特開2007−167914(P2007−167914A)
【公開日】平成19年7月5日(2007.7.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−370018(P2005−370018)
【出願日】平成17年12月22日(2005.12.22)
【出願人】(000005256)株式会社アーレスティ (44)
【公開日】平成19年7月5日(2007.7.5)
【国際特許分類】
【出願日】平成17年12月22日(2005.12.22)
【出願人】(000005256)株式会社アーレスティ (44)
[ Back to top ]