説明

耐水素脆化材料及びその製造方法

【課題】耐水素脆性と高強度とを両立するとともに、表面の特性低下やコーティングの剥離による急速な機能劣化を防止する耐水素脆化配管及びその製造方法を提供する。
【解決手段】Ni基合金又はFe‐Ni基合金で形成され、時効部と、水素に曝される水素脆化抑制層とを含み、前記水素脆化抑制層が、水素チャージ後の伸びと水素チャージ前の伸びとの比で定義される水素脆化指標で0.9以上の値を有し、且つ、前記時効部の引張強度が1000MPaを越えるものとする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐水素脆化材料及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
地球温暖化防止が問題となっている昨今、原因となっている温室効果の高い二酸化炭素(CO)を排出しない水素エネルギが注目されている。水素は、使用時(燃焼後)に水しか排出しないため、現在使われているガソリンや天然ガスといった化石燃料の代替エネルギとして検討されている。
【0003】
そして、水素エネルギの利用を促進するため、燃料電池車や水素自動車の実用化に関する研究開発、或いは、これらを広く一般に普及させるための水素ステーション等のインフラ整備に関する開発も進んでいる。
【0004】
水素ガスの貯蔵、運搬及び使用においては、高圧容器、配管、反応器等の金属材料が多用される。しかし、一般に金属材料は、水素に曝される環境において脆化が問題となる。この脆化の問題は、高強度の材料ほど顕著である。
【0005】
例えば、高圧水素容器搭載自動車の車載容器の充填圧力は、最近まで35MPa程度の設計で進められていたが、走行距離が短いため、充填圧力を70MPa程度まで高めようとしている。この場合に使用される容器や配管も必要強度を得るために肉厚を厚くする必要が生じ、結果として全体の重量が大きくなるというデメリットが生じる。
【0006】
また、水素ステーションで用いられる水素ディスペンサの高圧水素流量計には、その一例としてコリオリ式流量計が使用される。コリオリ式流量計は、U字形に曲げられた配管を水素ガスが流れるときに起こる振動を検出して流量を計測する。この配管は薄肉であるほど精度が高くなるため、肉厚にして強度を確保することができない。
【0007】
これらの要求から、材料自体の強度が高く、且つ耐水素脆性に優れた材料が必要となっている。
【0008】
現在、高圧水素容器や配管の材料としては、SUS316L(ステンレス鋼)が用いられている。また、特に強度が必要とされる部品に関しては、SUH660(一般にA286と呼ばれる特殊鋼)が使用される。これらの材料は、水素中や水素を吸蔵させた際の対水素脆性に関する機械的特性が他の合金に比べて高い。さらに、貯蔵タンクには、SCM435等の高強度のマルテンサイト系ステンレス鋼を採用することが検討されている。
【0009】
しかし、強度は、SUS316Lで600MPa程度、SUH660で1000MPa程度であるため、これ以上の材料強度を必要とする部材には適用できない。また、脆化に対処するため、マルテンサイト系ステンレスを使用した貯蔵タンクの外周には、炭素繊維による補強がなされている。
【0010】
特許文献1には、SUS316Lを上回る耐水素脆化感受性に優れ、Mo及びNiの濃度を低くしたオーステナイト系高Mnステンレス鋼が開示されている。このステンレス鋼の場合、SUS316Lに比べてMoやNiの使用量を低減できるため、低コストで製造できるメリットはある。しかし、強度はSUS316Lと同等程度である。
【0011】
特許文献2には、内部に加工誘起マルテンサイト組織を含み、一部又は全部の表層部が主としてオーステナイト組織からなる耐水素脆性に優れた高強度鋼材が開示されている。加工誘起マルテンサイト組織を有する鋼材の表層部を誘導加熱して該表層部の加工誘起マルテンサイト組織をオーステナイト組織に逆変態させる高強度鋼材の製造方法も開示されている。しかし、オーステナイト系のステンレスがベースであるため、強度はせいぜい1000MPa程度であり、また、丸棒以外の形状の材料には適用が難しいと考えられる。
【0012】
特許文献3には、水素を燃料とするロケットエンジン等の合金部材の水素脆化を有効に低減・防止するために、全体を時効処理された表面に、レーザービームを照射して、照射部分の表面を固溶温度以上に加熱することにより、合金部材中の時効処理による析出物を固溶させ、その後、照射部分を急冷することにより、照射部分の表面に析出物がなく組織が均一な耐水素脆化部を形成する耐水素脆化低減方法が開示されている。これは、局所的に加熱し、析出強化相であるγ’相を固溶させる技術である。しかし、γ’相がない溶体化層では、強度が低下することが懸念される。
【0013】
特許文献4には、容器本体と、容器本体の一端或いは両端に気密に設けられた蓋体とを有し、容器本体は鋼で形成され、容器内面側に水素侵入防止金属膜が被覆された高圧水素用高圧容器が開示されている。しかし、水素侵入防止金属膜がはがれると、その性能が急激に低下することが懸念される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特開2007−126688号公報
【特許文献2】特開2008−69435号公報
【特許文献3】特開平7−278768号公報
【特許文献4】特開2006−9982号公報
【非特許文献】
【0015】
【非特許文献1】Hydrogen Environmental Embrittlement of Steels and Alloys in 70MPa Hydrogen at Room Temperature:S.Fukuyama et al.、 ASME International Mechanical Engineering Congress and Exposition、p.727(2006)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
上述のように、現在のところ、耐水素脆性が高い材料は開発されておらず、表面処理やコーティングでは、表面の特性低下やコーティングの剥離による急速な機能劣化が課題となる。
【0017】
本発明の目的は、耐水素脆性と高強度とを両立するとともに、表面の特性低下やコーティングの剥離による急速な機能劣化を防止する耐水素脆化配管及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明の耐水素脆化材料は、Ni基合金又はFe‐Ni基合金で形成され、時効部と、水素に曝される水素脆化抑制層とを含む耐水素脆化材料であって、前記水素脆化抑制層が、水素チャージ後の伸びと水素チャージ前の伸びとの比で定義される水素脆化指標で0.9以上の値を有し、且つ、前記時効部の引張強度が1000MPaを越えることを特徴とする。
【0019】
また、本発明の耐水素脆化材料の製造方法は、Ni基合金又はFe‐Ni基合金で形成された材料の全体に時効熱処理を施し、時効部を形成する時効熱処理工程と、前記時効熱処理の後、局所的に溶体化熱処理を施し、水素脆化抑制層を形成する溶体化熱処理工程と、を含むことを特徴とする。
【0020】
また、本発明の耐水素脆化材料の製造方法は、Ni基合金又はFe‐Ni基合金で形成された材料の全体に溶体化熱処理を施す溶体化熱処理工程と、前記溶体化熱処理工程の後、水素脆化抑制層を形成する部位を冷却した状態で、他の部位に時効熱処理を施し、時効部を形成する時効熱処理工程と、を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、耐水素脆化配管の内層で耐水素脆性を担い、その外層で強度を担うことができ、耐水素脆性と高強度とを両立することが可能となる。
【0022】
また、本発明によれば、コーティングの剥離の懸念はなくなり、完全に溶体化することによる強度低下も改善することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明による耐水素脆化配管を示す模式断面図である。
【図2】本発明による耐水素脆化配管の半径方向におけるγ’相の析出量分布を示すグラフである。
【図3】本発明による耐水素脆化配管のγ’相析出量に対する水素脆化指標及び相対強度を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明は、耐水素脆化配管(水素インフラ用金属配管)及びその製造方法に関する。
【0025】
本発明の耐水素脆化配管の素材には、γ’相析出強化型のNi基若しくはFe‐Ni基合金を用いる。この場合のNi基若しくはFe‐Ni基合金は、面心立方格子構造(面心立方は、FCC:Face‐Centered Cubicともいう。)を有している。ここで、γ’相とは、合金に時効熱処理を施した後に、FCCのγ相を母相として析出するL1型の規則相である。言い換えると、γ’相は、合金に時効熱処理を施した後に、凝固した合金の内部に発生する結晶部分の相である。すなわち、γ’相は、FCC固溶体相を母相とするγ相の中に微細析出したFCC規則相である。
【0026】
なお、耐水素脆化配管は、単に配管と呼ぶ場合もある。
【0027】
発明者の研究によれば、γ’相析出強化型Ni基合金を用いて高圧水素ガスチャージ法によって行った引張試験において、所定の熱処理によって高強度を有する材料では、延性の低下が著しかったが、時効熱処理を所定の熱処理よりも高温で行うことによりγ’相の析出量を減らしたところ、延性の低下に関して顕著な改善が見られた。このため、これを高圧水素ガス用の配管に適用することを検討した。
【0028】
疲労や破断の起点となるき裂は、材料の表面を起点とする。水素脆化は、最初に形成する微小き裂を起点として進展していくと考えられており、初期の微小き裂の発生を抑制することができれば効果的であると考えられる。
【0029】
このため、水素ガスに接する表面(水素ガスに曝される配管の内側)のみに延性及び耐水素脆性を持たせることにより、き裂の発生及び進展を抑制することが可能となる。
【0030】
図1は、本発明の耐水素脆化配管を示す模式断面図である。
【0031】
水素に接する耐水素脆化配管101の内側の表面(内層)は、水素に曝される水素脆化抑制層1で構成され、その外側(外層)は、時効相2で構成されている。配管以外の用途を考慮して、一般に、時効相2を時効部と呼んでもよい。
【0032】
本図に示すように、水素脆化抑制層1のγ’相の量(濃度)を時効相2よりも減らすことにより延性を保持できる。
【0033】
図2は、γ相中に析出したγ’相の析出濃度分布を模式的に示したグラフである。横軸は配管の半径方向の位置を表し、縦軸はγ’相析出濃度を示している。
【0034】
γ’相析出濃度は、図1における時効相2、すなわち外層で最も高く、図1における水素脆化抑制層1、すなわち内層で低くなっている。内層において、γ’相析出濃度は限界値以下となっている。また、内面における許容析出濃度は、0%よりも高く、且つ、限界値より低い所定の値以下となっている。なお、γ’相析出濃度は、γ’濃度又はγ’量と呼んでもよい。
【0035】
図3は、本発明による耐水素脆化配管のγ’相析出量(γ’相析出濃度ともいう。)に対する水素脆化指標及び相対強度を示すグラフである。
【0036】
横軸にγ’相析出量をとり、縦軸に水素脆化指標及び相対強度をとっている。ここで、水素脆化指標は、下記式(1)により算出したものである。また、相対強度は、各材料の引張強度を、溶体化材(ST材とも呼ぶ。STは、Solution Treatmentの略称である。)を基準として相対値としたものである。
【0037】
本図から、γ’相析出量を増加させると材料の強度を高めることができる一方、水素脆化指標が低下する傾向があることがわかる。
【0038】
水素脆化指標=水素チャージ後の伸び/水素チャージ前の伸び (1)
ここで、材料の伸び及び引張強度は、JIS Z2241に準拠して測定した。
【0039】
上記式(1)が示すように、数値が大きいほど、水素チャージを行っても伸びの低下が少ない、若しくは、ないということとなる。言い換えれば、水素脆化指標が大きい材料ほど、水素脆化しにくいということである。
【0040】
すなわち、本図で示すところは、必ずしもγ’濃度を0にする必要はないということである。
【0041】
本図から、水素脆化指標は、γ’量が少なければ高い値となることがわかる。すなわち、γ’量には許容量があることがわかる。
【0042】
実用上使用可能な配管としては、上記式(1)の水素脆化指標が0.9以上であることが望ましい。よって、材料ごとに0.9以上である限界γ’量(すなわち、前述のγ’相析出濃度の限界値)を求めることにより、材料の強度及び伸び(延性)をともに維持する範囲を設定することができる。
【0043】
さらに、上記の耐水素脆化配管の製造方法について検討を行った結果、二つの方法で実施可能であることがわかってきた。
【0044】
一つ目の方法においては、予め必要な形状に加工しておいた材料に対して、溶体化熱処理を実施し、急冷して配管全体を水素脆化が起こりにくい溶体化組織とする。つぎに、配管内部に冷却空気若しくは冷却水を流すと同時に外部から熱処理を施すことにより、配管の内層の溶体化組織を変化させないようにするとともに、配管の外層を時効相とする。
【0045】
二つ目の方法においては、予め配管全体に時効熱処理を施し、配管全体を時効相とし、配管の内面をレーザによって局所加熱することによりγ’相を固溶させ、外層よりもγ’相の析出濃度を少なくする。
【0046】
上記の二つの方法によって、高強度を有する耐水素脆化配管を提供することが可能となる。
【0047】
以下、本発明の実施の形態について具体的に説明する。
【0048】
本発明の耐水素脆化配管に用いる材料は、γ’相析出強化型の合金であり、強度に関しては、合金の所定の溶体化・時効熱処理によって引張強さ(引張強度)が1000MPaを超えていることが望ましい。1000MPa以下の強度で十分であるならば、A286合金で代替できるからである。
【0049】
さらに、引張強さは1200MPaを超えることが望ましく、1400MPaを超えることが更に望ましい。水素脆化抑制層については、水素ガスに直接曝される内面側に施すことが適当であり、水素脆化抑制層のγ’相析出濃度は0%よりも高い値であり、且つ、各材料における所定のγ’相析出濃度よりも低い値とする必要がある。完全溶体化組織(0%)であると、強度が顕著に低下してしまう。
【0050】
また、水素脆化抑制層のγ’相析出濃度の上限値は、水素脆化指標(水素チャージ後の伸び/水素チャージ前の伸び)で表わされる水素による脆化の度合いを示す値で0.9以上を有するγ’相析出量であると良く、さらに0.98以上であればなお良い。ここで、0.9は、A286における水素脆化指標の値であり、A286が水素脆化指標の下限に当たる材料とされているためである。
【0051】
上記の定義による水素脆化抑制層(内層)の厚さについては、配管の肉厚の5〜30%以下であることが望ましい。すなわち、配管の肉厚は、内層及び外層の厚さを合わせた値となる。水素脆化抑制層の厚さが、時効部(時効相)の厚さと水素脆化抑制層の厚さとを合わせた全体の肉厚の5〜30%であるということもできる。5%に満たない場合、初期き裂が入るとすぐにγ’相が析出する外層にき裂が到達してしまうし、30%を超えると配管としての強度の低下が大きくなってしまうためである。10〜20%の範囲であれば一層望ましい。
【0052】
つぎに、耐水素脆化配管の製造方法について説明する。
【0053】
まず、使用する材料を必要な配管形状に加工する。この方法については、特に限定されるものではない。
【0054】
つぎに、その材料に好適な所定の方法で溶体化熱処理及び時効熱処理を実施する。
【0055】
その後、配管内部に挿入可能な局所入熱装置、例えばレーザなどを用いて配管の内面を局所的に加熱し、前述の所定濃度のγ’相を残存させるように固溶させる。レーザで固溶させる場合、事前にレーザ照射条件、例えば出力、焦点距離、走査速度などを使用する材料に対して設定しておき、前述のような水素脆化抑制層ができるような条件を検討しておくことが望ましい。
【0056】
さらに、本発明によるもう一つの配管の製造方法を説明する。
【0057】
まず、使用する材料を必要な配管形状に加工する。この加工方法については、特に限定されるものではない。その後、配管形状に加工した材料に溶体化熱処理を実施し、急冷することにより材料全体に溶体化組織を付与する。
【0058】
つぎに、配管内部に冷却媒体として冷却空気又は冷却水を流し、配管の外側から加熱して時効熱処理を実施する。冷却空気には、例えば圧縮空気を用い、冷却水はチラーユニット等を用いて供給する。
【0059】
この加熱に用いる装置としては、作製した配管素材が均一に加熱できる容量を持つ電気炉が望ましい。また、電磁誘導加熱やレーザを用いてもよい。
【0060】
いずれの製造方法においても、事前に、冷却媒体の温度及び流量、並びに外部からの加熱温度を、配管内面及び外面の温度を測定しながら決めておくことが望ましい。
【0061】
以下、本発明について実施例を用いて説明する。
【0062】
表1は、実施例として作製した供試材の組成を示したものである。
【0063】
【表1】

【0064】
この表に示すように、γ’相析出強化型のNi基合金A−1〜A−3及びFe−Ni基合金Bを用意した。なお、合金A−0は、合金A−1と同一の組成を有する材料であり、合金A−1を溶体化したものである。また、合金A−3は、SUH660(A286)と同一の組成を有する材料である。さらに、合金Bは、耐熱性を向上させた材料である。合金A−1〜A−3及び合金Bを実施例1〜4とした。
【0065】
Ni基合金A−1〜A−3(実施例1〜3)は、Al及びTiの組成を変化させてA−1〜A−3の3種類を用意することによりγ’相析出濃度を変化させた。
【0066】
Ni基合金A−1〜A−3の熱処理は、溶体化熱処理が980℃で2時間、時効温度が720℃で8時間である。
【0067】
Fe−Ni基合金B(実施例4)については、最終時効熱処理温度(最終時効温度ともいう。)を625〜910℃の範囲で変えることによりγ’相析出濃度を変化させた。溶体化時間が2時間、時効時間が8時間である。
【0068】
その後、これらの合金で作製した引張試験片について、450℃、20MPaの水素ガス中で水素チャージを実施した後、室温大気中における引張試験を行い、試験片の伸び及び引張強度を測定した。このときの引張速度は、変位計を用いて0.3mm/min(ミリメートル/分)に設定した。測定結果を元にして、水素脆化指標(水素チャージ後の伸び/水素チャージ前の伸び)を算出した。
【0069】
図3は、上記の引張試験の結果を、耐水素脆化配管のγ’相析出量に対する水素脆化指標及び相対強度として示したグラフである。
【0070】
強度については、溶体化時の引張強度を1とした相対値すなわち相対強度で示してある。
【0071】
強化相であるγ’相析出量が増加すると、それに対応して相対強度が増加することがわかる。それに対して、水素脆化指標は、γ’相析出量が増加すると低下していることがわかる。また、γ’相析出量が所定の値よりも少なければ、脆化が抑制できることがわかる。脆化を抑制できるγ’相析出量の上限値は、合金Aで約10%、合金Bで約7%である。これをそれぞれの合金におけるγ’相析出量の限界値と定義した。
【0072】
合金A−1及び合金Bを用いて外径10mm、肉厚1.5mmの配管素材を作製した。合金A−1で作製した配管には、溶体化熱処理を980℃で2時間、時効熱処理が720℃で8時間行い、合金Bで作製した配管には、溶体化熱処理を980℃で2時間、時効熱処理を740℃で8時間行った。通常の熱処理では,740℃で8時間時効熱処理することにより、1300MPa級の強度を付与することができる。
【0073】
これらの配管の内面にレーザを照射して熱処理を行った。レーザで表面熱処理をした配管を輪切りにして断面を観察し、画像解析でγ’相析出量を算出した。
【0074】
その結果、合金A−1では、配管の内面(内側表面ともいう。)から約300μmの位置でγ’相析出量が平均9.6%、配管の内面近傍で平均1.1%であった。また、配管の外面(外側表面ともいう。)においては、γ’相析出量が12%であり、これは熱力学平衡計算上の値とほぼ同等であった。
【0075】
同様に、合金Bにおいては、配管の内面から約300μmの位置でγ’相析出量が平均6.2%、配管の内面近傍で平均0.9%であった。また、配管の外面については約20%の析出量であり、熱力学平衡計算上の値とほぼ同等であった。
【0076】
合金A−1及び合金Bを用いて外径10mm、肉厚1.5mmの配管素材を作製した。
【0077】
合金A−1及びBの両方ともに溶体化熱処理を980℃で2時間行った後、水冷して溶体化組織を保持した。
【0078】
その後、配管の内部の冷却媒体として水を用いて時効熱処理を行った。合金A−1で作製した配管は、730℃の電気炉において8時間時効熱処理を実施した。合金Bで作製した配管では、755℃の電気炉において8時間時効熱処理を実施した。両素材の配管とも、内面及び外面に熱電対を取り付け、時効熱処理中の表面温度をモニターした。
【0079】
その結果、合金A−1、Bの内表面温度はそれぞれ、約583℃、約609℃、外表面温度はそれぞれ、720℃、740℃であった。
【0080】
これらの熱処理が終わった後、配管を輪切りにして組織観察を行い、画像解析を用いてγ’相析出量を算出した。
【0081】
その結果、γ’相析出量は、合金A−1では、配管の内面から約400μmの位置で平均9%、配管の内面近傍で平均1.5%であり、配管の外層におけるγ’相析出量は12%であった。これは熱力学平衡計算における値とほぼ同等であった。
【0082】
一方、合金Bでは、γ’相析出量は、配管の内面から約350μmで平均6%、配管の内面近傍で平均2%であり、配管の外層では、約20%であった。これは熱力学平衡計算における値とほぼ同等であった。
【0083】
以上は、主として、配管の熱処理に関して説明してきたが、製造する耐水素脆化材料は、これに限定されるものではなく、水素に曝される部位に水素脆化抑制層を形成し、他の部位に時効相を形成するものであれば、完成物の種類は問わない。
【0084】
なお、本発明の耐水素脆化技術の適用範囲は、耐水素脆化配管に限定されるものではなく、水素ステーションの水素製造設備(反応器)、ホルダ(水素タンク(高圧容器))、圧縮機、蓄圧器、水素ディスペンサ(水素供給装置)、水素ディスペンサの高圧水素流量計(例えば、コリオリ式流量計)、水素自動車等にも適用できる。
【符号の説明】
【0085】
1:水素脆化抑制層、2:時効相、101:耐水素脆化配管。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Ni基合金又はFe‐Ni基合金で形成され、時効部と、水素に曝される水素脆化抑制層とを含む耐水素脆化材料であって、前記水素脆化抑制層が、水素チャージ後の伸びと水素チャージ前の伸びとの比で定義される水素脆化指標で0.9以上の値を有し、且つ、前記時効部の引張強度が1000MPaを越えることを特徴とする耐水素脆化材料。
【請求項2】
前記Ni基合金又は前記Fe‐Ni基合金が面心立方格子構造を有することを特徴とする請求項1記載の耐水素脆化材料。
【請求項3】
前記水素脆化抑制層の厚さが、前記時効部の厚さと前記水素脆化抑制層の厚さとを合わせた全体の肉厚の5〜30%であることを特徴とする請求項1又は2に記載の耐水素脆化材料。
【請求項4】
請求項1〜3にいずれか一項に記載の耐水素脆化材料を用いたことを特徴とする耐水素脆化配管。
【請求項5】
請求項1〜3にいずれか一項に記載の耐水素脆化材料を用いたことを特徴とする反応器。
【請求項6】
請求項1〜3にいずれか一項に記載の耐水素脆化材料を用いたことを特徴とする高圧容器。
【請求項7】
請求項1〜3にいずれか一項に記載の耐水素脆化材料を用いたことを特徴とする圧縮機。
【請求項8】
請求項1〜3にいずれか一項に記載の耐水素脆化材料を用いたことを特徴とする蓄圧器。
【請求項9】
請求項1〜3にいずれか一項に記載の耐水素脆化材料を用いたことを特徴とする水素ディスペンサ。
【請求項10】
請求項1〜3にいずれか一項に記載の耐水素脆化材料を用いたことを特徴とする高圧水素流量計。
【請求項11】
請求項1〜3にいずれか一項に記載の耐水素脆化材料を用いたことを特徴とする水素自動車。
【請求項12】
Ni基合金又はFe‐Ni基合金で形成された材料の全体に時効熱処理を施し、時効部を形成する時効熱処理工程と、前記時効熱処理の後、局所的に溶体化熱処理を施し、水素脆化抑制層を形成する溶体化熱処理工程と、を含むことを特徴とする耐水素脆化材料の製造方法。
【請求項13】
Ni基合金又はFe‐Ni基合金で形成された材料の全体に溶体化熱処理を施す溶体化熱処理工程と、前記溶体化熱処理工程の後、水素脆化抑制層を形成する部位を冷却した状態で、他の部位に時効熱処理を施し、時効部を形成する時効熱処理工程と、を含むことを特徴とする耐水素脆化材料の製造方法。
【請求項14】
前記水素脆化抑制層の厚さを、前記時効部の厚さと前記水素脆化抑制層の厚さとを合わせた全体の肉厚の5〜30%とすることを特徴とする請求項12又は13に記載の耐水素脆化材料の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−174360(P2010−174360A)
【公開日】平成22年8月12日(2010.8.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−21195(P2009−21195)
【出願日】平成21年2月2日(2009.2.2)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】