説明

肝細胞増殖因子産生誘導剤及びその医薬品組成物

【課題】肝細胞増殖因子の産生を誘導することで、肝疾患、心疾患、血管疾患、脳疾患、腎疾患、消化器疾患、皮膚疾患、肺疾患、または神経性の疾患を予防及び改善するために有効に使用できる肝細胞増殖因子産生誘導剤を提供する。
【解決手段】肝細胞増殖因子産生誘導剤の有効成分として、天然の植物成分に由来する、ニガウリの粉砕物、搾汁、あるいはその抽出成分を用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、天然の植物成分を有効成分とする、肝細胞増殖因子産生誘導剤及びその医薬品組成物としての用途に関するものである。
【背景技術】
【0002】
肝細胞増殖因子(以下HGFという)は初代培養肝細胞の増殖を強く促進する因子として精製されたサイトカインであり、肝臓の旺盛な再生力を支える肝再生因子である。HGFは増殖因子としては大きく、分子量6万の重鎖と約3.5万の軽鎖がジスルフィド結合したヘテロダイマーの構造を持つ。
【0003】
HGFは多彩な生理機能を有することが知られている。例えば、特許文献1、及び非特許文献1では、HGFが肝臓、心臓、血管、脳、腎臓、消化器、皮膚、肺、及び神経等種々の組織や器官に対して再生または保護作用を有しており、これらの組織や器官における疾患の改善に有効であることが報告されており、現在、臨床への応用を目指して、閉塞性動脈硬化症患者や劇症肝炎患者等に対して、HGFを外因的に補充し、疾病の治療を試みる取り組みが世界中で盛んに行われている。なかでも肝臓疾患に関しては様々な臨床研究が行われており、劇症肝炎、亜急性肝炎、遅発性肝不全、慢性肝炎、慢性肝疾患の急性憎悪、急性肝不全、急性肝炎、胆道閉鎖症、肝硬変、原発性胆汁性肝硬変、肝がん、肝虚血性疾患、肝線維症、脂肪性肝疾患などの患者や、肝部分肝切除処置後または肝移植後の患者など、種々の肝障害患者に対して、HGFタンパク量を増加させることで、対象疾患の進展阻止効果、肝再生促進効果を誘導し、生存率の改善を目指している。
【0004】
一方、HGFの有効性に着目し、HGF産生誘導剤を用いた生体内HGF産生誘導試験も行われている。特許文献2は、アンジオテンシン変換酵素が、血中のHGF産生を向上させ、生体の組織や器官等の傷害の治癒を促進することを報告している。また、本発明と同様に天然の植物成分を有効成分に着目して、そのHGF産生誘導作用を開示する文献として非特許文献2を挙げることができる。当該非特許文献2は、ガゴメコンブ由来フコイダンが、HGF産生誘導作用を有することを開示している。このように、生体でのHGF産生を誘導することによって上述する各種疾患の発症阻止あるいは治療へと繋げることが可能となるため、HGF産生誘導剤の開発が切望されている。
【0005】
また、本発明と同様にニガウリに由来する植物成分に着目し、その薬理機能を開示する文献として特許文献3及び非特許文献4を挙げることができる。特許文献3は、ニガウリ粉砕物または抽出物が高密度リポ蛋白コレステロールの血中濃度を増加させることを開示しており、非特許文献3は、ニガウリ可食部及び胎座抽出物が炎症応答抑制効果を有することを開示しているが、いずれもHGF産生誘導作用についての言及はない。
【特許文献1】特許第3431633号公報
【特許文献2】特開2001−002587号公報
【特許文献3】特開2001−278804号公報
【非特許文献1】Rubin et al., “Hepatocyte growth factor / scatter factor and its receptor, the c-met proto-oncogene product.” Biochem Biophys Acta 1155, 357-371 (1993).
【非特許文献2】酒井ら「コンブフコイダンの機能性と健康食品への利用」,New Food Ind,43 8-12,(2001).
【非特許文献3】小堀ら「ニガウリのがん細胞アポトーシス誘導効果および炎症性サイトカイン産生抑制効果」,日本食品科学工学会誌,53 408-415,(2006).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、天然の植物成分に由来する、HGFの産生を昂進するためのHGF産生誘導剤を提供することを目的とする。
【0007】
さらに本発明は、HGF産生誘導作用を有し、肝疾患、心疾患、血管疾患、脳疾患、腎疾患、消化器疾患、皮膚疾患、肺疾患、または神経性疾患等の患者に対して、これらの疾患の増悪を抑制するために用いられる、植物由来の医薬品組成物を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解消すべく、天然の植物としてニガウリに着目して、鋭意検討した結果、驚くべきことに、ニガウリにHGF産生誘導作用があることを見出し、本発明を完成するにいたった。
【0009】
本発明は、次の態様を特徴としている。
項1:ニガウリ加工処理物を有効成分とする肝細胞増殖因子産生誘導剤。
項2: ニガウリ加工処理物がニガウリ胎座の加工処理物であることを特徴とする項1記載の肝細胞増殖因子産生誘導剤。
項3:肝疾患、心疾患、血管疾患、脳疾患、腎疾患、消化器疾患、皮膚疾患、肺疾患、または神経性の疾患の患者に対して、その疾患を予防または治療するために用いられる、項1または2に記載する肝細胞増殖因子産生誘導剤を含む医薬品組成物。
項4:肝疾患患者に対して、その疾患を予防または治療するために用いられる、項1または2に記載する肝細胞増殖因子産生誘導剤を含む医薬品組成物。
【0010】
なお本発明において、肝疾患の患者としては、劇症肝炎、亜急性肝炎、遅発性肝不全、慢性肝炎、慢性肝疾患の急性憎悪、急性肝不全、急性肝炎、胆道閉鎖症、肝硬変、原発性胆汁性肝硬変、肝がん、肝虚血性疾患、肝線維症または脂肪性肝疾患の患者、並びに部分肝切除処置後または肝移植後の患者を挙げることができる。また、心疾患とは心筋梗塞、狭心症、または心筋症を;血管疾患とは閉塞性動脈硬化症または末梢性血管疾患を;脳疾患とは脳梗塞を;腎疾患とは腎線維化症、腎不全または慢性糸球体腎炎を;消化器疾患とは胃潰瘍、十二指腸潰瘍、炎症性腸疾患、ベーチェット病または虚血性腸炎を;皮膚疾患とは皮膚潰瘍を;肺疾患とは肺線維症または肺高血圧症を;神経性の疾患とは脳神経障害を挙げることができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明のニガウリ加工処理物、例えばニガウリの粉砕物、搾汁及び/又は抽出物等を有効成分とするHGF産生誘導剤は、上述する肝臓、心臓、血管、脳、腎臓、消化器、皮膚または肺に疾患を有する患者及び神経性疾患の患者に対して、これらの疾病の増悪を抑制するため及び/または改善するための、予防剤または治療剤として有効に用いることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
一般にニガウリは、ウリ科(Cucurbitaceae)ツルレイシ属(Momordica)ツルレイシ種(charantia)に分類される熱帯原産の1年生草木であり、英名をBalsam peaあるいはBitter gourdとして知られている。比較的高温を好むので、世界的には温帯(日本では関東以西の宮崎、鹿児島、沖縄)から、熱帯(スリランカやインド等、東南アジア)にかけて栽培されている植物である。ニガウリの果実は、沖縄や九州南部ではその苦味からニガウリ、ゴーヤーあるいはツルレイシと呼ばれ、従来から日常的に食されている。
【0013】
本発明のHGF産生誘導剤の原料として用いられるニガウリは、その種類や原産地を特に制限するものではなく、いずれも使用することができるが、本発明の薬理機能の点から宮崎こいみどり(宮崎県総合農業試験場育成種(育成系統))、または、佐土原白長(宮崎県佐土原地域周辺の在来種)が望ましい。
【0014】
本発明においてニガウリは、採取後加工処理した加工処理物として用いる。加工処理するニガウリの部位は特に問わないが、好ましくは果実である。果実は、果実全体を用いてもよいし、またその部分(果皮、果肉部、胎座、種子など)を用いてもよい。好ましくは胎座、または少なくとも胎座含む部分である。なお、胎座とは、果実の子房内で胚珠が心皮につく部分を言い、一般に「わた」と呼ばれる。なお、果実は成熟および未成熟の別を問わないが、好ましくは未成熟である。
【0015】
ニガウリの加工処理物としては、ニガウリ、特に果実の全体またはその一部の粉砕物(生、乾燥物)、搾汁、任意の溶媒による抽出物を用いることができるが、本発明の薬理機能及び加工容易性から、胎座の粉砕物または抽出物が望ましい。
【0016】
乾燥粉砕物は、ニガウリを乾燥した後粉砕するか、または細く切断した後に乾燥することによって調製する。乾燥には、本発明の薬理効果を損なわない範囲であれば特に制限はなく、真空凍結乾燥、熱風乾燥、遠赤外線乾燥、減圧乾燥、マイクロ波減圧乾燥、及び過熱蒸気乾燥等を広く用いることができる。好ましくは、成分変化の少ない真空凍結乾燥である。真空凍結乾燥条件は、原料の状態によって異なるので特定できないが、例えば生のニガウリをそのまま乾燥する際、凍結温度は−30℃〜−20℃、乾燥温度は−30〜30℃、乾燥時間は15時間〜24時間の範囲が望ましい。
【0017】
ニガウリの抽出物は、ニガウリ、特に果実の全体またはその一部をそのままもしくは破砕物とした後、抽出操作に供するか、また乾燥後、必要に応じて粉砕し、しかる後抽出操作に供することによって調製することができる。また搾汁も、上記抽出原料として使用することができる。なお、かかる搾汁は、必要に応じて、濃縮または乾燥した後に抽出操作に供してもよい。
【0018】
抽出溶媒には、水、エタノールおよびこれらの混合液が安全上望ましいが、抽出溶媒を完全留去して、ニガウリ抽出物の乾燥粉末として調製する場合には、メタノールやブタノールのごとき低級アルキルアルコール、あるいはアセトン、DMSOのごとき溶媒の使用や種々の溶媒を組み合わせた多段階抽出も可能である。
【0019】
得られた抽出物は、必要に応じて、ろ過または遠心分離などの操作により固形物を除去する。次の工程で行われる操作に応じては、抽出物をそのまま用いるか、または溶媒を留去して一部濃縮もしくは乾燥して用いてもよい。また得られた抽出物は、濃縮もしくは乾燥後、さらに適正な溶媒、例えば、非溶解性溶媒で洗浄精製して用いても、またこれを更に適当な溶媒に溶解若しくは懸濁して用いることもできる。さらに本発明においては、例えば、得られた溶媒抽出液を、減圧乾燥、凍結乾燥等の通常の手段に供して、ニガウリの乾燥抽出エキスとして使用することもできる。
【0020】
このようにして得られるニガウリ加工処理物は、後述する実施例で示すように、HGF産生誘導作用(図1及び図2参照)を有している。
【0021】
当該図1及び図2は、実施例1においてニガウリ加工処理物(ニガウリ果肉部または胎座の溶媒抽出物)のヒト皮膚線維芽細胞に対するHGF産生誘導作用を検討した結果を示すものであり、この結果からニガウリ加工処理物にHGF産生誘導作用があることがわかる。このHGF産生誘導作用に基づいて、ニガウリ加工処理物は、HGFが有効とされる肝疾患、心疾患、血管疾患、脳疾患、腎疾患、消化器疾患、皮膚疾患、肺疾患、または神経性の疾患の増悪を抑制する作用及び/または改善する作用を有するものと考えられる。
【0022】
よって本発明は、前述するニガウリ加工処理物を有効成分とするHGF産生誘導剤を提供するものである。HGF産生誘導剤に含まれるニガウリ加工処理物の割合は、当該HGF産生誘導剤が上記HGF産生誘導作用を発揮する限り特に制限されず、通常1〜100重量%の範囲で適宜選択することができる。
【0023】
また、本発明のHGF産生誘導剤の原料であるニガウリ、特にその果実は古くから食品として摂取されていることから、本発明のHGF産生誘導剤は安全性が高く長期投与も可能で、医薬組成物の有効成分として有効に利用できるものと判断される。
【0024】
ゆえに本発明のHGF産生誘導剤は、上記ニガウリの加工処理物(特に粉砕物、搾汁、もしくは抽出物)を単独で固体または液体状で利用することもできるが、これに薬学上許容される担体または添加剤を配合して、固体又は液体状の医薬組成物として製剤することもできる。
【0025】
本発明の医薬組成物は、その形態に特に制限はないが、経口に適した形態であることが好ましい。例えば、経口投与用固体組成物(固形医薬製剤)としては、錠剤(糖衣錠を含む)、丸剤、カプセル剤、細粒剤、顆粒剤等の形態を、また経口投与用液状組成物(液状医薬製剤)としては、乳濁剤、溶液剤、懸濁剤、シロップ剤などの形態をとることができる。これらの製剤には、有効成分に加えて、剤形に応じて、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、着色料、矯味矯臭剤、pH調整剤等を適宜配合、常法に従って調製することができる。
【0026】
また本発明の医薬組成物には、有効成分であるニガウリ加工処理物、及び前記担体または添加剤に加えて、ビタミン等の他の機能性成分が含まれていてもよい。医薬組成物の有効成分の組成比は、使用目的等によって異なるので特定はできないが、後述の有効投与量を基準値として、適宜調整可能である。
【0027】
本発明の医薬組成物の有効投与量は、投与法、投与期間、患者の病態、年齢、性別、投与目的、その他の条件に応じて広範囲から選択できる。例えば、本発明の医薬組成物を肝臓疾患、心臓疾患、血管疾患、脳疾患、腎臓疾患、消化器疾患、皮膚疾患、肺疾患、または神経性の疾患の予防または治療剤として用いる場合の体重60kgのヒトに対する1回投与あたりの量として、ニガウリ、特に胎座の乾燥重量に換算して約8〜160g、好ましくは約80〜160gの範囲を挙げることができる。
【0028】
本発明の医薬組成物の投与時期及び期間は、有効成分が植物起源の安全で副作用の少ないニガウリに由来するものであることから特に制限はない。
【0029】
本発明の医薬組成物を投与する対象の上記疾患患者は、本発明がその患者の症状や病態の改善に奏効し、その効果を有効に享受できる哺乳類(好ましくはヒト)であれば特に制限されない。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明のニガウリ加工処理物を有効成分とする HGF産生誘導剤は、肝臓、腎臓、肺、心・血管系、神経系などを含む様々な組織や臓器の再生または保護作用を有しており、前述する臓器に疾患を有する患者に対する疾患予防剤または治療剤として広く利用することができる。具体的には、肝疾患(例えば、慢性肝炎、肝硬変、劇症肝炎)の患者に対して、その疾患を予防または治療するための医薬品として利用することができる。
【実施例】
【0031】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明する。但し、本発明はこれらの実施例によって制限されるものではない。なお、実施例中、「%」は特に言及しないかぎり、「V/V%」を意味する。
【0032】
1.調製例
調製例1:ニガウリ凍結乾燥粉末の調製
ニガウリ(佐土原 3 号、宮崎こいみどり、佐土原白長)の未成熟果実を、それぞれ種子部を除いた後、果肉部及び胎座部に分離し、それぞれ-30℃で凍結したのち、真空凍結乾燥機(FTS SYSTEM、Dura-Top MP & Dura-DRY MP)により、最高棚温65℃、最終品温40℃、乾燥時間25時間の条件で真空凍結乾燥した。次いで、超遠心粉砕機(MRK & RETSCH, EM-1型)を用いて粉砕し、1.0 mmスクリーンを通過させることにより、上記3 種のニガウリについて果肉部及び胎座部の凍結乾燥粉末物を得た。
【0033】
同様に、ニガウリ(種苗法登録申請中宮崎N1、種苗法登録申請中宮崎N2、種苗法登録申請中宮崎N3、種苗法登録申請中宮崎N4)の果実から胎座部のみ分離し、これを-30℃で凍結したのち、真空凍結乾燥機(FTS SYSTEM、Dura-Top MP & Dura-DRY MP)により、最高棚温65℃、最終品温40℃、乾燥時間25時間の条件で真空凍結乾燥した。次いで、超遠心粉砕機(MRK & RETSCH, EM-1型)を用いて粉砕し、1.0 mmスクリーンを通過させることにより、上記4種のニガウリについて胎座部の凍結乾燥粉末物を得た。
【0034】
調製例2:ニガウリ抽出液の調製
調製例1に従って調製した7種類のニガウリの乾燥粉末物(果肉部、胎座部)を10倍量 (w/v) のリン酸緩衝化生理食塩水(PBS)に懸濁し、40℃で1.5時間かけて攪拌・抽出した後、16,000 xg、4℃で、20分間遠心分離し、上清を得た。一方、沈殿物をさらに当初の重量の5倍量 (w/v) のPBSに懸濁し、ポリトロンホモジナイザー(KINEMATICA AG)によりホモジナイズ (15000 rpm、60 sec) した。これを先と同様に40℃で1.5時間かけて攪拌・抽出し、遠心分離して得られた上清を、先の上清に合わせ、これをニガウリ抽出液(ニガウリ果肉抽出液、ニガウリ胎座抽出液)として、下記に示す実験に用いた(実験例1参照)。実験に用いるまでは-80℃で保存した。
【0035】
調製例3:ゲルろ過クロマトグラフィーによる分画物の調製
PBSで十分に膨潤させたSephadex G-50 (GEヘルスケアバイオサイエンス株式会社) をカラムに充填し、PBSで平衡化した。これに、調製例2に従って調製したニガウリ(佐土原白長)の胎座抽出液2 mlを供し、PBSで溶出しながらフラクションを1 mlずつ回収した。回収したフラクション(ゲルろ過分画物)を下記に示す実験に用いた(実験例2参照)。なお、分子量マーカータンパク質として炭酸脱水酵素(M.W.29000)、ミオグロビン(M.W.17000)、およびアプロチニン(M.W.6500)を用いた。これらは、PBSで十分に洗浄した充填カラムにそれぞれ供してPBSで溶出し、280 nmの吸光度から溶出ピーク位置を決定した。
【0036】
調製例4:エタノール分画物の調製
抽出溶媒としてPBSの代わりに蒸留水を用いて調製例2に準じて調製したニガウリ(佐土原白長)の胎座抽出液に、終濃度30%となるようにエタノールを添加し、4℃で24時間静置した。これを遠心分離操作 (4℃、3000 rpm、10 min) にかけて沈殿物(エタノール30%沈殿)を取得した後、上清を別の遠沈管に回収し、次いでこれに終濃度50%となるようにエタノールを添加し、4℃で24時間静置した。これを遠心分離操作(同上)にかけて沈殿物(エタノール50%沈殿)を取得した後、上清を別の遠沈管に回収し、次いでこれに終濃度70%となるようにエタノールを添加し、4℃で24時間静置した。これを再び遠心分離操作(同上)にかけて沈殿物(エタノール70%沈殿)を取得した後、上清を別の遠心管に回収し(エタノール70%上清)、エバポレーターで溶媒を除去した。その後、上記で得られた各エタノール沈殿とエタノール70%上清の溶媒留去物をそれぞれ蒸留水に溶解し、凍結乾燥した。斯くして調製したニガウリ胎座抽出液のエタノール分画物を下記に示す実験に用いた(実験例3参照)。
【0037】
調製例5:トリプシン処理物の調製
調製例2に従って調製したニガウリ(佐土原白長)の胎座抽出液を、2.84倍容量のPBS及び0.16倍容量の0.25%トリプシン溶液(ナカライテスク株式会社)と共に37℃で30分間インキュベートした後、1倍容量の牛胎児血清 (FCS、Sigma社) を添加して酵素反応を停止させた。斯くして調製したニガウリ抽出液(胎座抽出液)のトリプシン処理物を下記に示す実験に用いた(実験例4参照)。
【0038】
調製例6:熱処理物の調製
調製例2に従って調製したニガウリ(佐土原白長)の胎座抽出液を80℃で10分間加熱してニガウリ抽出物の加熱処理物を調製した。斯くして調製したニガウリ抽出液(胎座抽出液)の加熱処理物を下記に示す実験に用いた(実験例4参照)。
【0039】
2.実験操作
後述する実験例で使用した実験操作は下記の通りである。
【0040】
実験操作1:ヒト皮膚線維芽細胞培養法
ヒト皮膚線維芽細胞(Cell Systems社)の培養は、37℃、95%空気と5% CO2の気相下、10% 牛胎児血清 (FCS、Sigma社)、100 U/mlのペニシリンG(和光純薬工業株式会社)及び100 mg/mlのストレプトマイシン(和光純薬工業株式会社)を含むダルベッコ変法イーグル培地 (DMEM、日水製薬株式会社) (DMEM-10) 中で行った。ヒト皮膚線維芽細胞を、組織培養フラスコ (25 cm2、Nunc社) 内でコンフルエントにまで培養した (7日間) 後、0.25%トリプシン溶液(ナカライテスク株式会社)をPBSで2倍希釈したものを用いて細胞を剥離し、一部を継代した。残りの細胞を96穴平底マルチプレート (Nunc社) に1.8×104 cells/cm2 (0.17 ml/well) の密度で播き、4日後に培地交換を行い、十分コンフルエントになるまで培養した (約8日間) 後、実験に供した。実験には継代7〜10代目の細胞を用いた。
【0041】
実験操作2:試薬添加、培養上清回収方法
96穴平底マルチプレート内のヒト皮膚線維芽細胞がコンフルエントに達した (約8日間) 後、培地交換と同時に、上記調製例に従って調製した各種のニガウリ抽出液、マウス上皮増殖因子 (EGF、ベクトンディッキンソン社)、又は溶媒を添加した(n=3)。5 日間培養した後、培養上清を遠心 (4℃、3000 rpm、5 min) し、その上清120μlを、HGFレベルを測定するまで-30℃で保存した。
【0042】
実験操作3:培養上清中のHGFレベルの測定方法
培養上清中のHGFレベルは坪内らによって開発されたHGF ELISA (Tsubouchi H., et al., “Levels of the human hepatocyte growth factor in serum of patients with various liver diseases determined by an enzyme-linked immunosorbent assay”Hepatology, 13, 1-5 (1991)) に準じた方法により測定した。
【0043】
まず、0.075% ProClin-300(Spelco社) 含有PBSで希釈した抗ヒトHGFモノクローナル抗体 (R&D Systems社、1.2 mg/ml) を96穴プレート (Nunc社、No. 439454) に添加 (100 ml) 後、密封し室温で一晩静置した。プレートを洗浄液 (0.05% Tween 20を含むPBS) で4回洗浄し、1.5% ウシ血清アルブミン (BSA) 含有PBS (300 ml) を添加した後、室温で1時間半静置しブロッキングを行った。再び洗浄液で6回洗浄し、0.01 Mリン酸緩衝液 (pH 7.4、0.2% BSA、2M NaCl、0.2% CHAPS、0.1% Tween 20、1%マウス血清、30%ヤギ血清、0.075% PloClin-300を含む) を50 ml、0.12 M リン酸緩衝液 (pH 7.0)を10 ml及びHGF標準液あるいは培養上清を40 ml添加してよく混合した後、室温で2時間静置した。洗浄液で6回洗浄し、ビオチン化抗ヒトHGFポリクローナル抗体 (R&D Systems社、1% BSA、0.05% Tween 20を含むPBSで170 ng/mlに希釈したもの) を100 ml添加し、室温で2時間静置した。その後洗浄液で6回洗浄し、西洋ワサビペルオキシダーゼ (HRP) 標識ストレプトアビジン (Zymed社、1% BSA、0.05% Tween 20を含むPBSで6000倍希釈したもの) を100 ml添加し、室温で25分静置した。洗浄液で6回洗浄し、発色基質として100 mlのオルトフェニレンジアミン溶液 (Sigma社のP9187製品1錠を22 mlの蒸留水に溶解したもの)を加え、室温で15〜30 分間静置した。1 N硫酸を100 ml加えて反応を停止した後、490 nmの吸光度をプレートリーダー (Bio-Rad社) にて測定した。標準曲線の両対数変換2次回帰直線から培養上清中のHGFレベルを ng/mlとして求めた。
【0044】
実験操作4:細胞増殖測定法
ヒト皮膚線維芽細胞を96穴平底マルチプレート内でコンフルエントにまで培養した後、調製例3で調製したゲルろ過分画物を培地交換と同時に細胞に添加した。78時間後に0.5 mCiの[3H]チミジン(GEヘルスケアバイオサイエンス株式会社) を添加し、さらに24時間培養した。細胞をガラス濾紙上に回収し、十分洗浄後、細胞に取り込まれた放射活性を液体シンチレーションカウンター(アロカ株式会社)で測定した。
【0045】
3.実験例
実験例1.ニガウリ抽出物が HGF 産生に及ぼす影響
上述する実験操作1に記載する方法で培養したヒト皮膚線維芽細胞、及び調製例2で調製した3種(佐土原 3 号、宮崎こいみどり、佐土原白長)および4種(宮崎N1、宮崎N2、宮崎N3、宮崎N4)のニガウリの抽出物(果実抽出物または胎座抽出物)を用い、これらのニガウリ抽出物がHGF産生に及ぼす影響について検討した。実験は、前述する実験操作2及び3に記載する方法に従って行った。3種(佐土原 3 号、宮崎こいみどり、佐土原白長)のニガウリ抽出物(果実抽出物、胎座抽出物)の結果を図1に、4種(宮崎N1、宮崎N2、宮崎N3、宮崎N4)のニガウリ抽出物(胎座抽出物)の結果を図2に示す。なお、結果は各抽出物についてHGF ELISAの測定結果(n=3)の平均値で表わした。
【0046】
図1に示すように、3種のニガウリの胎座抽出液は濃度依存的にHGF産生を誘導した。中でも宮崎こいみどり並びに佐土原白長の胎座抽出液は顕著なHGF誘導作用を示し、ポジティブコントロールとして用いたEGF (3 ng/ml) のHGF誘導作用よりも強かった。また、3種のニガウリの果肉抽出液もそれぞれの胎座抽出液よりも弱いながら、HGF産生誘導作用を示した。
【0047】
さらに、 図2に示すように、4種のニガウリ(宮崎N1〜N4)の胎座抽出液のいずれもHGF産生を誘導した。これら4種のニガウリの中では宮崎N4のHGF産生誘導作用が最も強かったが、図1に示す宮崎こいみどりおよび佐土原白長の胎座抽出液のHGF産生誘導作用には及ばなかった。
【0048】
図1及び図2の結果から、ニガウリの胎座抽出液が品種によって若干の強弱があるものの、ヒト皮膚線維芽細胞のHGF産生を強く促進することが明らかとなった。また、ニガウリの可食部である果肉にも同様な効果があることが示された。
【0049】
実験例2.ニガウリ胎座抽出液のゲルろ過分画物が HGF 産生に及ぼす影響
上述実験操作1に記載する方法で培養したヒト皮膚線維芽細胞、及び調製例3で調製したニガウリ(佐土原白長)胎座抽出液の各ゲルろ過分画物を用いて実験操作2および3を行い、ニガウリ胎座抽出液のゲルろ過分画物のHGF産生に及ぼす影響について検討した。また、当該分画物を用いて実験操作4を行い、ニガウリ胎座抽出液のゲルろ過分画物の細胞増殖に及ぼす影響についても検討した。
【0050】
結果を図3に示す。いずれも結果は各抽出物についてHGF ELISAの測定結果(n=3)の平均値と標準偏差で表わした。
【0051】
図3に示すように、HGF産生誘導活性は分画フラクションNo. 30〜40に強く認められ、特にフラクションNo. 35に最も高い活性が認められた。分子量マーカーの溶出位置から、フラクションNo. 35に含まれるHGF産生誘導物質の分子量は約14000と考えられた。また、フラクションNo. 30〜40には、HGF産生誘導活性と同様にヒト皮膚線維芽細胞に対する増殖促進活性も認められ、HGF産生誘導活性と同様、フラクションNo. 35およびその近辺のフラクションにその最大活性が認められた。
【0052】
図3の結果から、ニガウリ胎座抽出液中に存在するHGF産生誘導物質は約14000の分子量をもつ比較的高分子であり、またこれは自ら細胞増殖促進活性を有するか、又は細胞増殖を促進する他の因子を誘導する作用を有しているものと考えられる。
【0053】
実験例3.ニガウリ胎座抽出液のエタノール沈殿物が HGF 産生に及ぼす影響
実験操作1に記載する方法で培養したヒト皮膚線維芽細胞、及び調製例4で調製したニガウリ(佐土原白長)胎座抽出液のエタノール分画物を用いて実験操作2および3を行い、ニガウリ胎座抽出液のエタノール分画物のHGF産生に及ぼす影響について検討した。なお、実験において、各エタノール分画物の凍結乾燥品は、当初のニガウリ胎座抽出液の半量のPBSに溶解して当初のニガウリ胎座抽出液に換算して5%に相当する量を細胞に添加し、HGF産生誘導活性を測定した。
【0054】
結果を図4に示す。結果は各抽出物についてHGF ELISAの測定結果(n=3)の平均値と標準偏差で表わした。
【0055】
図4に示すように、ニガウリ胎座抽出液に含まれるHGF産生誘導物質は30%、50%及び70%濃度のエタノールのいずれによっても沈殿せず、70%エタノールに可溶性であった。
【0056】
このことから、ニガウリ胎座抽出液に含まれるHGF産生誘導物質は、タンパク質のような水溶性の高い物質ではないと考えられる。
【0057】
実験例4.ニガウリ胎座抽出物のトリプシン処理物及び熱処理が HGF 産生に及ぼす影響
実験操作1に記載する方法で培養したヒト皮膚線維芽細胞、及び調製例5で調製したニガウリ(佐土原白長)胎座抽出液のトリプシン処理物を用いて実験操作2及び3を行い、当該トリプシン処理物がHGF産生に及ぼす影響について検討した。同様に、実験操作1に記載する方法で培養したヒト皮膚線維芽細胞、及び調製例6で調製したニガウリ(佐土原白長)胎座抽出液の熱処理物を用いて実験操作2及び3を行い、当該熱処理物がHGF産生に及ぼす影響について検討した。なお、実験において、ニガウリ胎座抽出液のトリプシン処理物および熱処理物はいずれも当初のニガウリ胎座抽出液に換算して1.25%の濃度に調整し、これをヒト皮膚線維芽細胞に添加してHGF産生誘導活性を測定した。
【0058】
結果を図5に示す。結果は各抽出物についてHGF ELISAの測定結果(n=3)の平均値と標準偏差で表わした。
【0059】
図5に示すように、ニガウリ胎座抽出液中のHGF産生誘導物質は0.01% (w/v) トリプシン処理によって失活しなかった。このことからニガウリ胎座抽出液中のHGF産生誘導物質はタンパク質以外の物質と考えられる。
【0060】
また、図5に示すように、ニガウリ胎座抽出液中のHGF産生誘導物質は、80℃で10分間の加熱によりほぼ完全に失活した。このことからニガウリ胎座抽出液中のHGF産生誘導物質は熱に不安定な物質であると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】実験例1で検討した種々のニガウリ抽出物の HGF 産生誘導効果を示すグラフである。
【図2】実験例1で検討した種々のニガウリ胎座抽出液の HGF 産生誘導効果を示すグラフである。
【図3】実験例2で検討したニガウリ胎座抽出液のゲルろ過分画物の HGF 産生誘導効果を示すグラフである。
【図4】実験例3で検討したニガウリ胎座抽出液のエタノール分画物の HGF 産生誘導効果を示すグラフである。
【図5】実験例4で検討したニガウリ胎座抽出液のトリプシン処理物及び熱処理物の HGF 産生誘導効果を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ニガウリ加工処理物を有効成分とする肝細胞増殖因子産生誘導剤。
【請求項2】
ニガウリ加工処理物がニガウリ胎座の加工処理物であることを特徴とする請求項1記載の肝細胞増殖因子産生誘導剤。
【請求項3】
肝疾患、心疾患、血管疾患、脳疾患、腎疾患、消化器疾患、皮膚疾患、肺疾患、または神経性の疾患の患者に対して、その疾患を予防または治療するために用いられる、請求項1または2に記載する肝細胞増殖因子産生誘導剤を含む医薬品組成物。
【請求項4】
肝疾患患者に対して、その疾患を予防または治療するために用いられる、請求項1または2に記載する肝細胞増殖因子産生誘導剤を含む医薬品組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−201748(P2008−201748A)
【公開日】平成20年9月4日(2008.9.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−41405(P2007−41405)
【出願日】平成19年2月21日(2007.2.21)
【出願人】(504147243)国立大学法人 岡山大学 (444)
【出願人】(504258527)国立大学法人 鹿児島大学 (284)
【Fターム(参考)】