脈波伝播速度測定装置
【課題】脈波の駆出波の速度と反射波の速度とが異なることを考慮に入れて、脈波の駆出波の伝播速度を精度良く求めることが可能な脈波伝播速度測定装置を提供することにある。
【解決手段】この脈波伝播速度測定装置100は、基準時間検出部121で駆出波成分S1の基準時間T1と反射波成分S2の基準時間T2を検出し、脈波振幅検出部122は、時間基準T1に対応する駆出波成分S1の振幅W1と時間基準T2に対応する反射波成分S2の振幅W3とを検出する。脈波伝播速度検出部130は、基準時間T1,T2、および基準時間T1に対応する駆出波成分S1の振幅W1と時間基準T2に対応する反射波成分S2の振幅W3との比率に基づいて、駆出波の伝播速度PWVfを求める。
【解決手段】この脈波伝播速度測定装置100は、基準時間検出部121で駆出波成分S1の基準時間T1と反射波成分S2の基準時間T2を検出し、脈波振幅検出部122は、時間基準T1に対応する駆出波成分S1の振幅W1と時間基準T2に対応する反射波成分S2の振幅W3とを検出する。脈波伝播速度検出部130は、基準時間T1,T2、および基準時間T1に対応する駆出波成分S1の振幅W1と時間基準T2に対応する反射波成分S2の振幅W3との比率に基づいて、駆出波の伝播速度PWVfを求める。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、生体の脈波を測定することで、脈波の伝搬する速度を算出する脈波伝播速度測定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、脈波は生体の循環器系の状態を把握する上で様々な重要な情報を有していることが知られている。特に、生体の2箇所を脈波が伝播する速度および時間は動脈硬化状態などが把握できる可能性が指摘され、医療現場でも注目されている生体指標であり、それぞれ脈波伝播速度(PWV:Pulse Wave Velocity)、脈波伝播時間(PTT:Pulse Transit Time)などと呼ばれている。
【0003】
脈波伝播速度には、測定箇所に応じて複数の測定手法が提案されており、例えば、頚動脈と大腿動脈間の脈波伝播速度は、cfPWV(carotid-femoral PWV)と呼ばれ、脈波伝播速度(PWV)におけるゴールドスタンダードとして利用されている。
【0004】
一般的に、上記脈波伝播速度(PWV)を求めるには、2箇所の脈波測定点が必要である。
【0005】
しかしながら、生体上のいずれの部位で測定された脈波であっても、心臓からの駆出波と生体内の様々な箇所から反射された反射波との合成波であることが知られている。そして、この駆出波と反射波とを分離することで、脈波の測定部位が1箇所であっても、脈波伝播速度あるいは脈波伝播時間を求めることができる可能性がある。
【0006】
そこで、非特許文献1(Takazawa K et al.”Underestimation of vasodilator effects of nitroglycerin by upper limb blood pressure”, Hypertension 1995; 26:520−3)では、駆出波と反射波を分離するための技術が開示されている。また、特許文献1(特許3495348号公報)や特許文献2(特開2007−007075号公報)では、駆出波と反射波を分離することによって、脈波の測定部位が1箇所であっても、脈波伝播速度あるいは脈波伝播時間を求めるための技術が開示されている。
【0007】
一般的に、脈波は生体内の各所において反射が発生している。この脈波の反射は、血管のインピーダンス不整合が主因であり、例えば、血管の分岐や血管の弾性力の変化などが在る箇所において反射が発生する。
【0008】
ここで、特許文献1でも述べられているように、駆出波と反射波を分離する際には、主たる反射点が腸骨動脈あるいは腹部大動脈周辺にあると仮定すると、生体各部で測定された脈波に対して、駆出波と反射波の分離がうまく行く。
【0009】
また、脈波伝播速度あるいは脈波伝播時間は血圧と相関があり、特許文献2には、1箇所の測定部位から得られた脈波から脈波伝播速度あるいは脈波伝播時間を算出し、血圧を同定するための技術が開示されている。また、非特許文献2(McCombie,Devin “Development of a wearable blood pressure monitor using adaptive calibration of peripheral pulse transit time measurements”,Ph.D. Thesis, Massachusetts Institute of Technology,Dept. of Mechanical Engineering,2008.)には、2箇所の測定部位から得られた脈波から脈波伝播速度あるいは脈波伝播時間を算出し、血圧を同定するための技術が開示されている。
【0010】
ところで、上述の特許文献1および2のいずれにおいても、1箇所の測定部位の脈波から脈波伝播速度あるいは脈波伝播時間を求めることができるとされているが、その前提として駆出波と反射波それぞれの脈波伝播速度が同じであることを前提にしている。この前提にしたがって、(1)1つの脈波を駆出波と反射波に分離して両者の基準時間差を求め、(2)脈波の駆出波と反射波のそれぞれが伝播する距離の差を求めている。この基準時間差と距離の差とから、脈波伝播速度あるいは脈波伝播時間を求めている。
【0011】
しかしながら、実際には、駆出波の脈波伝播速度と反射波の脈波伝播速度は一致しない。何故ならば、駆出波の振幅と反射波の振幅は異なっているからである。前述の特許文献2に記載されている通り、脈波伝播速度は血圧と相関があるが、血圧は脈波の振幅に関係している。つまり、脈波伝播速度は脈波の振幅に関係しているのである。
【0012】
上述の通り、反射波は反射点を腹部大動脈分岐周辺と想定することで脈波の波形形状をうまく説明できる。脈波の反射が起こる理由は、大動脈と腹部大動脈分岐におけるインピーダンス不整合があるためである。反射波は進行波が反射した波であるので、進行波の大きさと反射波の大きさは違う。したがって、駆出波と反射波の脈波伝播速度は異なるのである。
【0013】
ところで、Bramwell-Hillの式によると脈波伝搬速度PWVは、次式(101)のように、血管の体積弾性率と血液の密度で求められることが知られている(非特許文献3(Nichols WW and O’Rourke MF , "McDonald’s blood flow in arteries. Theoretical, experimental and clinical principles." 4th edition, Arnold, London, 1998.)参照)。
PWV=(k/ρ)1/2={(V×dP)/(ρ×dV)}1/2 … (101)
【0014】
上式(101)において、kは血管の容積弾性率、ρは血液の密度、Vは血管の容積、dPは拍動により血管に加わる圧力変化、dVはdPの圧力変化に対する血管容積の変化量を表している。
【0015】
よって、駆出波および反射波それぞれにおける血管容積の変化量を同定することができれば、駆出波と反射波の速度が異なることを考慮することが可能となり、より精度良く脈波伝搬速度を算出することが可能となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0016】
【特許文献1】特開2003−10139号公報
【特許文献2】特開2007−7075号公報
【非特許文献】
【0017】
【非特許文献1】Takazawa K et al., ”Underestimation of vasodilator effects of nitroglycerin by upper limb blood pressure”, Hypertension 1995; 26:520-3
【非特許文献2】McCombie, Devin, “Development of a wearable blood pressure monitor using adaptive calibration of peripheral pulse transit time measurements”,Ph.D. Thesis, Massachusetts Institute of Technology, Dept. of Mechanical Engineering,2008.
【非特許文献3】Nichols WW and O’Rourke MF , "McDonald’s blood flow in arteries. Theoretical, experimental and clinical principles." 4th edition, Arnold, London, 1998.
【非特許文献4】Segers P, Rietzschel ER, et al. , “Noninvasive (input) impedance, pulse wave velocity, and wave reflection in healthy middle−aged men and women.”, Hypertension. 2007;49:1248-55.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
そこで、この発明の課題は、脈波の駆出波の速度と反射波の速度とが異なることを考慮に入れて、脈波の駆出波の伝播速度を精度良く求めることが可能な脈波伝播速度測定装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0019】
上記課題を解決するため、この発明の脈波伝播速度測定装置は、生体の或る一部位における容積脈波を検出する容積脈波検出部と、
上記容積脈波検出部で検出した上記一部位における容積脈波に含まれる駆出波成分を特定するための基準時間と上記容積脈波に含まれる反射波成分を特定するための基準時間とを検出する基準時間検出部と、
上記容積脈波検出部で検出した容積脈波に基づいて、上記基準時間検出部で検出した上記駆出波成分の基準時間に対応する上記駆出波成分による血管の容積の変化量と、上記基準時間検出部で検出した上記反射波成分の基準時間に対応する上記反射波成分による血管の容積の変化量を検出する容積変化量検出部と、
上記基準時間検出部で検出した上記駆出波成分の基準時間および上記反射波成分の基準時間と、上記容積変化量検出部で検出した上記駆出波成分による血管の容積の変化量および上記反射波成分による血管の容積の変化量とに基づいて、上記容積脈波の駆出波の伝播速度を求める伝播速度検出部とを備えることを特徴としている。
【0020】
この発明の脈波伝播速度測定装置によれば、上記容積脈波検出部で生体の或る一部位における容積脈波を検出し、上記基準時間検出部で上記検出した容積脈波の駆出波成分の基準時間と反射波成分の基準時間とを検出し、さらに、上記容積変化量検出部で上記駆出波成分による血管の容積の変化量と上記反射波成分による血管の容積の変化量とを求める。そして、上記伝播速度検出部は、上記容積脈波の駆出波成分の基準時間と反射波成分の基準時間および上記駆出波成分による血管の容積の変化量と上記反射波成分による血管の容積の変化量とに基づいて、上記容積脈波の駆出波の伝播速度を求める。これにより、容積脈波の駆出波の脈波伝播速度と反射波の脈波伝播速度との違いを考慮した上でのより精度の高い駆出波の伝播速度を求めることができる。
【0021】
また、一実施形態の脈波伝播速度測定装置では、上記伝播速度検出部は、
上記容積変化量検出部で検出した上記駆出波成分による血管の容積の変化量と上記反射波成分による血管の容積の変化量との比率を求め、この比率と上記基準時間検出部で検出した上記駆出波成分の基準時間および上記反射波成分の基準時間に基づいて、上記容積脈波の駆出波の伝播速度を求める。
【0022】
この実施形態によれば、上記伝播速度検出部は、上記容積変化量検出部で求めた上記駆出波成分による血管の容積の変化量と上記反射波成分による血管の容積の変化量との比率と上記基準時間検出部で検出した上記駆出波成分の基準時間および上記反射波成分の基準時間に基づいて、上記容積脈波の駆出波の伝播速度を求める。これにより、容積脈波の駆出波の脈波伝播速度と反射波の脈波伝播速度との違いを考慮した上でのより精度の高い駆出波の伝播速度を求めることができる。
【0023】
また、一実施形態の脈波伝播速度測定装置では、上記容積脈波検出部が検出する容積脈波は、生体の或る一部位における光電容積脈波である。
【0024】
この実施形態によれば、上記容積脈波検出部が検出する光電容積脈波に基づき、駆出波の伝播速度を高い精度で求めることができる。
【0025】
また、一実施形態の脈波伝播速度測定装置では、上記伝播速度検出部は、
上記容積変化量検出部で検出した上記駆出波成分による血管の容積の変化量と上記反射波成分による血管の容積の変化量との比率を求め、この比率と上記基準時間検出部で検出した上記駆出波成分の基準時間および上記反射波成分の基準時間に基づいて、上記容積脈波の駆出波の伝播速度を求める。
【0026】
この実施形態によれば、上記駆出波成分による血管の容積の変化量と上記反射波成分による血管の容積の変化量との比率と、上記駆出波成分の基準時間および上記反射波成分の基準時間に基づいて、上記容積脈波の駆出波の伝播速度を高精度で求めることができる。
【0027】
また、一実施形態の脈波伝播速度測定装置では、上記伝播速度検出部は、
上記容積変化量検出部で検出した上記光電容積脈波の極小点で値と上記駆出波成分の基準時間での上記光電容積脈波の値と上記反射波成分の基準時間での上記光電容積脈波の値とに基づいて、上記駆出波成分による血管の容積の変化量と上記反射波成分による血管の容積の変化量との比率を求め、この比率と上記基準時間検出部で検出した上記駆出波成分の基準時間および上記反射波成分の基準時間に基づいて、上記容積脈波の駆出波の伝播速度を求める。
【0028】
この実施形態によれば、上記伝播速度検出部は、上記光電容積脈波の極小点で値と上記光電容積脈波の上記駆出波成分の基準時間での値と上記光電容積脈波の上記反射波成分の基準時間での値とに基づいて、上記駆出波成分による血管の容積の変化量と上記反射波成分による血管の容積の変化量との比率をより正確に求めることができる。よって、上記伝播速度検出部は、上記比率と上記駆出波成分の基準時間および上記反射波成分の基準時間に基づいて、上記容積脈波の駆出波の伝播速度をより正確に求めることができる。
【発明の効果】
【0029】
この発明の脈波伝播速度測定装置発によれば、伝播速度検出部は、容積脈波の駆出波成分の基準時間と反射波成分の基準時間および上記駆出波成分による血管の容積の変化量と上記反射波成分による血管の容積の変化量とに基づいて、上記容積脈波の駆出波の伝播速度を求めるので、容積脈波の駆出波の脈波伝播速度と反射波の脈波伝播速度との違いを考慮した上でのより精度の高い駆出波の伝播速度を求めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明の実施形態としての脈波伝播速度測定装置のブロック図である。
【図2A】上記実施形態の脈波検出部で検出した容積脈波の波形を(A)欄に示し、上記容積脈波の加速度波形を(B)欄に示す波形図である。
【図2B】上記脈波検出部で検出した脈波の3回微分波形を(A)欄に示し、上記脈波の4回微分波形を(B)欄に示す波形図である。
【図3】上記脈波の波形および上記脈波の基準点Q1,Q2での脈波の振幅W1,W2を示す波形図である。
【図4】上記脈波の波形および上記脈波の駆出波成分S1と反射波成分S2を示す波形図である。
【図5】上記脈波の駆出波が伝播する距離と上記脈波の反射波が伝播する距離との距離差を説明する模式図である。
【図6】上記脈波の駆出波と反射波の速度差を説明する模式図である。
【図7】ランベルト・ベール(Lambert-beer)の法則を説明する模式図である。
【図8A】光電容積脈波形の極小点,駆出点,反射点を示す波形図である。
【図8B】上記光電容積脈波形の極小点における血管径光の透過光量Imをモデル化した模式図である。
【図8C】上記光電容積脈波形の駆出波成分の極大点における血管径と光の透過光量Ifをモデル化した模式図である。
【図8D】上記光電容積脈波形の反射波成分の極大点における血管径と光の透過光量Irをモデル化した模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、この発明を図示の実施の形態により詳細に説明する。
【0032】
図1は、本発明の実施形態としての脈波伝播速度測定装置100のブロック図である。
【0033】
この脈波伝播速度測定装置100の主な構成要素は、容積脈波検出部110と、駆出波・反射波情報抽出部120と、脈波伝播速度検出部130である。
【0034】
上記容積脈波検出部110は、生体の所定部位における容積脈波を検出する。この容積脈波検出部110による容積脈波の検出方法には、種々様々な方法がある。例えば、カフを生体組織に巻いて生体組織内の血液容積変化を測定するカフ容積脈波法や、発光素子から出力される赤外光が血管内の血液量に応じて反射あるいは吸収される度合いを受光素子で測定する光電容積脈波法などがある。また、上記容積脈波検出部110によって脈波を測定する生体部位は、特に大きな制限事項があるわけではないが、でき得るなら、非侵襲,非拘束であることが望ましく、例えば、指尖,手首,上腕,耳朶などが好ましい。
【0035】
上記駆出波・反射波特徴情報抽出部120は、基準時間検出部121と容積変化量検出部としての脈波振幅検出部122とからなる。
【0036】
上記基準時間検出部121は、容積脈波検出部110で検出した上記脈波に含まれる駆出波成分を特定するための基準時間と上記脈波に含まれる反射波成分を特定するための基準時間とを検出する。
【0037】
この基準時間検出部121が上記基準時間を求める過程の一例を以下に説明する。まず、図2の(A)欄に、上記容積脈波検出部110で検出した脈波の波形の一例を示す。図2の(A)欄における縦軸は脈波の振幅(mmHg)に対応する測定電圧値(V)である。
【0038】
上記基準時間検出部121は、例えば、上記脈波が、Murgoらによる血圧波形分類のTypeCの場合は、図2Aの(A)欄に示される脈波の波形における収縮期の極大点Q1の時間T1を駆出波成分の基準時間T1として検出する。図2Aの(B)欄には、上記脈波の加速度波を示し、図2Bの(A)欄には、上記脈波の3回微分波を示している。そして、上記基準時間検出部121は、例えば、上記脈波が、Murgoらによる血圧波形分類のTypeCの場合は、図2Bの(B)欄に示される脈波の4次微分波の下向き第3ゼロクロスポイントQ2を反射波成分の基準時間T2として検出する。なお、この第3ゼロクロスポイントQ2は、図2Aの(A)欄に示す脈波が極小値になった以降に、図2Bの(B)欄に示す4回微分波形が3回目に下向きにゼロクロスするポイントを意味する。
【0039】
なお、上述の説明では、上記検出した脈波が上記血圧波形分類のTypeCである場合について説明したが、上記検出した脈波が上記血圧波形分類のTypeC以外の波形形状である場合には、より好適に脈波の駆出波成分の基準時間と反射波成分の基準時間を特定できる手法があればそれを採用してもよい。例えば、脈波は、大きな血圧変動がなければ、基本的にそれほど大きな波形変化を示すわけではないので、測定した複数の脈波を重ね合わせる(加算平均)ことで、脈波検出精度の改善を図ることが可能になる。
【0040】
また、脈波は、ノイズレベル、年齢,性別,疾病の有無,体調などに応じて、様々な波形形状を示すことから、より好適に脈波の駆出波成分の基準時間と反射波成分の基準時間を特定できる手法があればそれを採用してもよい。例えば、検出した脈波を、その時点の被測定者の状態と合わせて履歴として残すことで、脈波の駆出波成分の基準時間と反射波成分の基準時間を特定する精度の改善を図れる。
【0041】
また、上記駆出波・反射波情報抽出部120は、容積変化量検出部としての脈波振幅検出部122を有する。この脈波振幅検出部122は、図3の脈波波形図に例示するように、上記基準時間検出部121で検出した上記駆出波成分の基準時間T1に対応する上記脈波Sの振幅W1を検出すると共に上記基準時間検出部2で検出した上記反射波成分の基準時間T2に対応する上記脈波Sの振幅W2を検出する。なお、容積脈波において脈波振幅情報としての上記脈波Sの振幅W1,W2は、容積変化量の情報を表している。
【0042】
さらに、上記駆出波・反射波情報抽出部120は、駆出波成分除去部123を有する。この駆出波成分除去部123は、図4に示すように、上記反射波成分S2の基準時間T2に対応する上記脈波Sの振幅W2から上記脈波Sの振幅W2に含まれている駆出波成分S1を除去して、上記反射波成分S2の基準時間T2に対応する上記反射波成分S2の振幅W3を求める。この反射波成分S2の基準時間T2に対応する上記反射波成分S2の振幅W3を求める手法としては、例えば、Windkesselモデル等を用いて、脈波における駆出波の減少度合いをモデル化し、反射波成分S2の基準時間T2の周辺で測定された脈波振幅から駆出波S1の残存成分を減算する方法等が考えられる。当然ながら、より正確に駆出波S1の残存成分を特定できる手法があれば採用してもよい。
【0043】
ところで、駆出波の伝播速度PWVfと反射波の伝播速度PWVrを、Bramwell-Hillの式によって、定式化すると次式(1),(2)のようになる。
PWVf={(V×ΔPf)/(ρ×ΔVf)}1/2 … (1)
PWVr={(V×ΔPr)/(ρ×ΔVr)}1/2 … (2)
【0044】
次式(1),(2)において、駆出波伝播速度PWVfは駆出波のみの脈波伝搬速度、Vは血管容積、ρは血液密度、ΔPfは駆出波による圧力変化量、ΔVfは駆出波による容積変化量である。また、反射波伝播速度PWVrは反射波のみの脈波伝搬速度、ΔPrは反射波による圧力変化量、ΔVrは反射波による容積変化量を表している。
【0045】
この2つの式(1),式(2)をそれぞれ2乗して除算することにより、次式(3)が得られる。
(PWVr)2/(PWVf)2=(ΔPr×ΔVf)/(ΔPf×ΔVr) … (3)
【0046】
この式(3)における、ΔPr/ΔPfとは、駆出波と反射波の血圧値の比を表している。反射波は、駆出波が腹部・腸骨大動脈のインピーダンス不整合部で反射した波である。このため、上記ΔPr/ΔPfは、腹部・腸骨大動脈のインピーダンス不整合部での反射率を表している。非特許文献4(Segers P, Rietzschel ER, et al. , ”Noninvasive (input) impedance, pulse wave velocity, and wave reflection in healthy middle-aged men and women.”, Hypertension.2007;49:1248-55.)によると、腹部・腸骨大動脈インピーダンス不整合部での反射率の個人差,年齢差,性差はほとんど無く、反射率は0.4ぐらいということが実験によって確かめられている。
【0047】
したがって、上式(3)において、(ΔPr/ΔPf)=r≒0.4とすると、次式(3)’が得られる。
(PWVr)2/(PWVf)2=r×(ΔVf/ΔVr) … (3)’
≒0.4×(ΔVf/ΔVr) … (3)”
【0048】
上述したように、上式(3)’において、ΔVfは駆出波による容積変化量であり、ΔVrは反射波による容積変化量である。そして、この駆出波による容積変化量ΔVfは、上記駆出波成分の基準時間T1に対応する上記脈波Sの駆出波成分S1の振幅W1に相当し、上記反射波による容積変化量ΔVrは上記反射波成分の基準時間T2に対応する上記脈波Sの反射波成分S2の振幅W3に相当している。
【0049】
したがって、上記脈波伝播速度検出部130は、上記脈波振幅検出部122から得られる上記駆出波成分S1の時間基準T1に対応する駆出波成分S1の振幅W1を反射波成分S2の時間基準T2に対応する反射波成分S2の振幅W3を除算することで、上式(3)’の(ΔVf/ΔVr)を算出できる。これにより、上記脈波伝播速度検出部130は、上式(3)’から、駆出波伝播速度PWVfと反射波伝搬速度PWVrとの比率PWVr/PWVfを算出できる。
【0050】
次に、上記脈波伝播速度検出部130が、上述のように算出した駆出波伝播速度PWVfと反射波伝搬速度PWVrとの比率(PWVr/PWVf)から、駆出波伝播速度PWVfを算出する過程を説明する。
【0051】
先ず、前述の如く、容積脈波検出部110は、生体の一箇所における測定部位の脈波を検出する。この検出した脈波を基に脈波伝搬速度を同定するために、上記基準時間検出部121は、脈波Sの駆出波成分S1の基準時間T1と脈波Sの反射波成分S2の基準時間T2とを求める。また、上記脈波振幅検出部122は、上記時間基準T1に対応する駆出波成分S1の振幅W1と時間基準T2に対応する反射波成分S2の振幅W3を求める。
【0052】
次に、図5に示すように、人体の心臓510から腹部大動脈分岐部520までの距離をh(m)とし、駆出波成分S1の基準時間T1と反射波成分S2の基準時間T2との時間差(T2−T1)をPTT(秒)とすると、脈波は、2h(m)の距離をPTT(秒)掛かって伝搬していることになる。よって、脈波伝搬速度PWVpは次式(4)によって求めることができる。
PWVp =2h/(T2−T1)
=2h/PTT … (4)
【0053】
しかし、上式(4)で算出される脈波伝搬速度PWVpは、図6に示す駆出波610の駆出波伝播速度PWVfと反射波620の反射波伝搬速度PWVrとの速度差が考慮されていない。そこで、脈波伝搬速度PWVpは駆出波610の駆出波伝播速度PWVfと反射波620の反射波伝搬速度PWVrとを平均した速度と考えると、次式(5)が得られる。
(PWVf+PWVr)/2=PWVp … (5)
【0054】
一方、前述のようにして得た駆出波伝播速度PWVfと反射波伝搬速度PWVrとの比率(PWVr/PWVf)を求める式(3)’から、次式(3)'''が得られる。
PWVr=(r・(ΔVf/ΔVr))1/2・PWVf … (3)'''
【0055】
そして、この式(3)'''による反射波伝搬速度PWVrを、上式(5)に代入することにより、駆出波の伝播速度PWVfを表す次式(6)が得られる。
PWVf={1+(r・(ΔVf/ΔVr))1/2}−1・2PWVp … (6)
【0056】
この式(6)において、rは、個人差が殆どなく略一定(例えば、0.4)とみなすことが可能である。また、ΔVfは容積脈波における駆出波成分S1の基準時間T1での振幅W1に相当し、ΔVrは容積脈波における反射波成分S2の基準時間T2での振幅W3に相当する。また、上記伝播速度PWVpは、上述の式(4)から、PWVp=2h/(T2−T1)で算出できる。
【0057】
このように、上記脈波伝播速度検出部130は、駆出波成分S1の基準時間T1と反射波成分S2の基準時間T2と基準時間T1に対応する駆出波成分S1の振幅W1と基準時間T2に対応する反射波成分S2の振幅W3とに基づいて、駆出波の伝播速度PWVfを求めることが可能になる。
【0058】
ところで、光電脈波形において、上述の如く、光電脈波の駆出波,反射波のそれぞれの基準時間T1,T2における振幅W1,W3の比率W1/W3で容積変化の比率ΔVf/ΔVrを代表させた場合、光電脈波形においては、容積変化の比率ΔVf/ΔVrを十分正確に同定できない場合もある。
【0059】
そこで、以下では、光電脈波形において、駆出波,反射波それぞれの血管容積変化ΔVf,ΔVrの比率ΔVf/ΔVrをより正確に導出する方法について説明する。光電容積脈波法は、拍動による血管容積の変化を光の吸収の変化として検出するものである。
【0060】
一般に或る物質に対して光を入射させた時の光の透過量はランベルト・ベール(Lambert-beer)の法則により次式(7)で表すことができる。
log(Id/I0)=α・d … (7)
【0061】
上式(7)において、I0は入射光量、Idは透過光量、dは物質の厚み、αは吸光係数である(図7を参照)。
【0062】
生体組織において、700nm〜900nmの波長の光は「生体の窓」とも呼ばれており、生体中の吸光成分は血液中の酸素化ヘモグロビン、および還元ヘモグロビンの2つだけと仮定することができる。また、酸素化ヘモグロビンと還元ヘモグロビンの比率である酸素飽和度は動脈と静脈で異なる。健常時での動脈の酸素飽和度は約99%であり、静脈の酸素飽和度は約75%である。
【0063】
したがって、生体組織におけるこの波長域での光の吸光量を定式化すると、次式(8)のようになる。
log(I/Io)=αHbO・da・Sa+αHb・da・(1−Sa)
+αHbO・dv・Sv+αHb・dv・(1−Sv) … (8)
【0064】
上式(8)において、Ioは光の入射光量、Iは光の透過光量、αHbOは酸素化ヘモグロビンの吸光係数、daは動脈の血管径、Saは動脈における酸素飽和度、αHbは還元ヘモグロビンの吸光係数、dvは静脈の血管径、Svは静脈における酸素飽和度を表している。
【0065】
次に、図8Aに、脈波形800の極小点810,駆出点820,反射点830を示す。また、図8B〜図8Dに、駆出波,反射波による生体中の血管径の変化と各血管径での透過光量の変化を模式的に示す。図8Aにおいて、符号800で示される脈波形は、或る測定部位で測定された光電脈波波形を表している。図8Aには、光電脈波形800の極小点810、光電脈波形800の駆出波成分の極大点820と、光電脈波形800の反射波成分の極大点830を示している。
【0066】
また、図8Bは、図8Aの光電脈波形800の極小点810の時点における動脈の血管径da,静脈の血管径dvと光の透過光量Imをモデル化した模式図である。また、図8Cは、図8Aの光電脈波形800の駆出波成分の極大点820の時点における血管径(da+Δdf),dvと光の透過光量Ifをモデル化した模式図である。また、図8Dは、図8Aの光電脈波形800の反射波成分の極大点830の時点における血管径(da+Δdr),dvと光の透過光量Irをモデル化した模式図である。なお、脈波一拍の期間では、動脈の酸素飽和度Sa、静脈の容積および酸素飽和度量Svが変化しないと仮定する。
【0067】
次に、図8B,図8C,図8Dの模式図を基に、ランバート・ベールの式により、光の透過量を定式化する。
【0068】
図8Aに示す光電脈波800の極小点810では、心臓が収縮し始めた時の血管における光の透過量を測定している(図8B参照)。その時点での光の吸光量を定式化すると、上式(8)を用いて、次式(9)となる。
log(Im/Io)=αHbO・da・Sa+αHb・da・(1−Sa)
+αHbO・dv・Sv+αHb・dv・(1−Sv) … (9)
【0069】
上式(9)において、Imは、図8Aに示す脈波の極小点810の時点における透過光量である。
【0070】
次に、図8Aに示す光電脈波800の極大点820では駆出波のピーク時での血管における光の透過光量Ifを測定している(図8C参照)。この極大点820において、図8Cに示すように、駆出波の圧力変化分だけ血管容積すなわち血管径が変化し、その変化量分Δdfだけ光電脈波の透過光量は変化する。すなわち、次式(10)となる。
log(If/Io)=αHbO・(da+Δdf)・Sa
+αHb・(da+Δdf)・(1−Sa)
+αHbO・dv・Sv
+αHb・dv・(1−Sv) … (10)
【0071】
上式(10)において、Ifは、図8Aに示す脈波波形800の駆出波成分の極大点820で示す時点における透過光量であり、Δdfは駆出波の圧力変化による血管径の変化量である。
【0072】
そして、図8Aに示す光電脈波形の反射波成分の極大点830では、反射波のピーク時での血管容積における光の透過光量Irを測定している(図8D参照)。この反射波成分の極大点830付近では、図8Dに示すように、反射波の圧力変化分だけ血管容積すなわち血管径が変化し、この血管径の変化量分Δdrだけ光電脈波の透過光量は変化する。
log(Ir/Io)=αHbO・(da+Δdr)・Sa
+αHb・(da+Δdr)・(1−Sa)
+αHbO・dv・Sv
+αHb・dv・(1−Sv) … (11)
【0073】
この式(11)において、Irは、図8Aに示す脈波波形800の反射波成分の極大点830の時点における透過光量であり、Δdrは反射波の圧力変化による血管径の変化量を示している。
【0074】
上述の式(9)、式(10)、式(11)を基に、駆出波と反射波の容積変化の比ΔVf/ΔVrを求めると以下の式(12)〜式(14)のようになる。すなわち、式(9)と式(10)から次式(12)が得られ、式(9)と式(11)から次式(13)が得られる。
log(If/Io)−log(Im/Io)=αHbO・Δdf・Sa
+αHb・Δdf・(1−Sa) …(12)
log(Ir/Io)−log(Im/Io)=αHbO・Δdr・Sa
+αHb・Δdr・(1−Sa) … (13)
【0075】
そして、式(12),式(13)から次式(14)が得られる。
ΔVf/ΔVr≒Δdf/Δdr=log(If/Im)/log(Ir/Im) … (14)
【0076】
したがって、上記脈波振幅検出部122により、収縮開始点(光電脈波800の極小点810)での透過光量Imと、駆出波成分,反射波成分における基準時間T1,T2での透過光量If,Irを検出することによって、上記脈波伝播速度検出部130は、上記透過光量Im,If,Irに基づいて上式(14)から駆出波による容積変化量ΔVfと反射波による容積変化量ΔVrの比率ΔVf/ΔVrを算出することができる。よって、上記脈波伝播速度検出部130は、上式(14)により算出した比率ΔVf/ΔVrを上式(6)に代入することにより、駆出波の速度PWVfを算出することが可能となる。なお、上記脈波振幅検出部122は、上記容積脈波検出部130を構成する受光素子が出力する脈波検出信号により、収縮開始時点における透過光量Im、駆出波成分,反射波成分における基準時間T1,T2における透過光量If,Irを検出できる。
【符号の説明】
【0077】
100 脈波伝播速度測定装置
110 容積脈波検出部
120 駆出波・反射波情報抽出部
121 基準時間検出部
122 脈波振幅検出部
123 駆出波成分除去部
130 脈波伝播速度検出部
51 心臓
53 腹部大動脈分岐部
h 心臓から腹部大動脈分岐部までの距離
Q1 収縮期の極大点
Q2 4次微分波の第3ゼロクロスポイント
S 脈波
S1 駆出波成分
S2 反射波成分
T1 駆出波成分の基準時間
T2 反射波成分の基準時間
W1 基準時間T1に対応する脈波S(駆出波成分S1)の振幅
W2 基準時間T2に対応する脈波Sの振幅
W3 基準時間T2に対応する反射波成分S2の振幅
【技術分野】
【0001】
この発明は、生体の脈波を測定することで、脈波の伝搬する速度を算出する脈波伝播速度測定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、脈波は生体の循環器系の状態を把握する上で様々な重要な情報を有していることが知られている。特に、生体の2箇所を脈波が伝播する速度および時間は動脈硬化状態などが把握できる可能性が指摘され、医療現場でも注目されている生体指標であり、それぞれ脈波伝播速度(PWV:Pulse Wave Velocity)、脈波伝播時間(PTT:Pulse Transit Time)などと呼ばれている。
【0003】
脈波伝播速度には、測定箇所に応じて複数の測定手法が提案されており、例えば、頚動脈と大腿動脈間の脈波伝播速度は、cfPWV(carotid-femoral PWV)と呼ばれ、脈波伝播速度(PWV)におけるゴールドスタンダードとして利用されている。
【0004】
一般的に、上記脈波伝播速度(PWV)を求めるには、2箇所の脈波測定点が必要である。
【0005】
しかしながら、生体上のいずれの部位で測定された脈波であっても、心臓からの駆出波と生体内の様々な箇所から反射された反射波との合成波であることが知られている。そして、この駆出波と反射波とを分離することで、脈波の測定部位が1箇所であっても、脈波伝播速度あるいは脈波伝播時間を求めることができる可能性がある。
【0006】
そこで、非特許文献1(Takazawa K et al.”Underestimation of vasodilator effects of nitroglycerin by upper limb blood pressure”, Hypertension 1995; 26:520−3)では、駆出波と反射波を分離するための技術が開示されている。また、特許文献1(特許3495348号公報)や特許文献2(特開2007−007075号公報)では、駆出波と反射波を分離することによって、脈波の測定部位が1箇所であっても、脈波伝播速度あるいは脈波伝播時間を求めるための技術が開示されている。
【0007】
一般的に、脈波は生体内の各所において反射が発生している。この脈波の反射は、血管のインピーダンス不整合が主因であり、例えば、血管の分岐や血管の弾性力の変化などが在る箇所において反射が発生する。
【0008】
ここで、特許文献1でも述べられているように、駆出波と反射波を分離する際には、主たる反射点が腸骨動脈あるいは腹部大動脈周辺にあると仮定すると、生体各部で測定された脈波に対して、駆出波と反射波の分離がうまく行く。
【0009】
また、脈波伝播速度あるいは脈波伝播時間は血圧と相関があり、特許文献2には、1箇所の測定部位から得られた脈波から脈波伝播速度あるいは脈波伝播時間を算出し、血圧を同定するための技術が開示されている。また、非特許文献2(McCombie,Devin “Development of a wearable blood pressure monitor using adaptive calibration of peripheral pulse transit time measurements”,Ph.D. Thesis, Massachusetts Institute of Technology,Dept. of Mechanical Engineering,2008.)には、2箇所の測定部位から得られた脈波から脈波伝播速度あるいは脈波伝播時間を算出し、血圧を同定するための技術が開示されている。
【0010】
ところで、上述の特許文献1および2のいずれにおいても、1箇所の測定部位の脈波から脈波伝播速度あるいは脈波伝播時間を求めることができるとされているが、その前提として駆出波と反射波それぞれの脈波伝播速度が同じであることを前提にしている。この前提にしたがって、(1)1つの脈波を駆出波と反射波に分離して両者の基準時間差を求め、(2)脈波の駆出波と反射波のそれぞれが伝播する距離の差を求めている。この基準時間差と距離の差とから、脈波伝播速度あるいは脈波伝播時間を求めている。
【0011】
しかしながら、実際には、駆出波の脈波伝播速度と反射波の脈波伝播速度は一致しない。何故ならば、駆出波の振幅と反射波の振幅は異なっているからである。前述の特許文献2に記載されている通り、脈波伝播速度は血圧と相関があるが、血圧は脈波の振幅に関係している。つまり、脈波伝播速度は脈波の振幅に関係しているのである。
【0012】
上述の通り、反射波は反射点を腹部大動脈分岐周辺と想定することで脈波の波形形状をうまく説明できる。脈波の反射が起こる理由は、大動脈と腹部大動脈分岐におけるインピーダンス不整合があるためである。反射波は進行波が反射した波であるので、進行波の大きさと反射波の大きさは違う。したがって、駆出波と反射波の脈波伝播速度は異なるのである。
【0013】
ところで、Bramwell-Hillの式によると脈波伝搬速度PWVは、次式(101)のように、血管の体積弾性率と血液の密度で求められることが知られている(非特許文献3(Nichols WW and O’Rourke MF , "McDonald’s blood flow in arteries. Theoretical, experimental and clinical principles." 4th edition, Arnold, London, 1998.)参照)。
PWV=(k/ρ)1/2={(V×dP)/(ρ×dV)}1/2 … (101)
【0014】
上式(101)において、kは血管の容積弾性率、ρは血液の密度、Vは血管の容積、dPは拍動により血管に加わる圧力変化、dVはdPの圧力変化に対する血管容積の変化量を表している。
【0015】
よって、駆出波および反射波それぞれにおける血管容積の変化量を同定することができれば、駆出波と反射波の速度が異なることを考慮することが可能となり、より精度良く脈波伝搬速度を算出することが可能となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0016】
【特許文献1】特開2003−10139号公報
【特許文献2】特開2007−7075号公報
【非特許文献】
【0017】
【非特許文献1】Takazawa K et al., ”Underestimation of vasodilator effects of nitroglycerin by upper limb blood pressure”, Hypertension 1995; 26:520-3
【非特許文献2】McCombie, Devin, “Development of a wearable blood pressure monitor using adaptive calibration of peripheral pulse transit time measurements”,Ph.D. Thesis, Massachusetts Institute of Technology, Dept. of Mechanical Engineering,2008.
【非特許文献3】Nichols WW and O’Rourke MF , "McDonald’s blood flow in arteries. Theoretical, experimental and clinical principles." 4th edition, Arnold, London, 1998.
【非特許文献4】Segers P, Rietzschel ER, et al. , “Noninvasive (input) impedance, pulse wave velocity, and wave reflection in healthy middle−aged men and women.”, Hypertension. 2007;49:1248-55.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
そこで、この発明の課題は、脈波の駆出波の速度と反射波の速度とが異なることを考慮に入れて、脈波の駆出波の伝播速度を精度良く求めることが可能な脈波伝播速度測定装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0019】
上記課題を解決するため、この発明の脈波伝播速度測定装置は、生体の或る一部位における容積脈波を検出する容積脈波検出部と、
上記容積脈波検出部で検出した上記一部位における容積脈波に含まれる駆出波成分を特定するための基準時間と上記容積脈波に含まれる反射波成分を特定するための基準時間とを検出する基準時間検出部と、
上記容積脈波検出部で検出した容積脈波に基づいて、上記基準時間検出部で検出した上記駆出波成分の基準時間に対応する上記駆出波成分による血管の容積の変化量と、上記基準時間検出部で検出した上記反射波成分の基準時間に対応する上記反射波成分による血管の容積の変化量を検出する容積変化量検出部と、
上記基準時間検出部で検出した上記駆出波成分の基準時間および上記反射波成分の基準時間と、上記容積変化量検出部で検出した上記駆出波成分による血管の容積の変化量および上記反射波成分による血管の容積の変化量とに基づいて、上記容積脈波の駆出波の伝播速度を求める伝播速度検出部とを備えることを特徴としている。
【0020】
この発明の脈波伝播速度測定装置によれば、上記容積脈波検出部で生体の或る一部位における容積脈波を検出し、上記基準時間検出部で上記検出した容積脈波の駆出波成分の基準時間と反射波成分の基準時間とを検出し、さらに、上記容積変化量検出部で上記駆出波成分による血管の容積の変化量と上記反射波成分による血管の容積の変化量とを求める。そして、上記伝播速度検出部は、上記容積脈波の駆出波成分の基準時間と反射波成分の基準時間および上記駆出波成分による血管の容積の変化量と上記反射波成分による血管の容積の変化量とに基づいて、上記容積脈波の駆出波の伝播速度を求める。これにより、容積脈波の駆出波の脈波伝播速度と反射波の脈波伝播速度との違いを考慮した上でのより精度の高い駆出波の伝播速度を求めることができる。
【0021】
また、一実施形態の脈波伝播速度測定装置では、上記伝播速度検出部は、
上記容積変化量検出部で検出した上記駆出波成分による血管の容積の変化量と上記反射波成分による血管の容積の変化量との比率を求め、この比率と上記基準時間検出部で検出した上記駆出波成分の基準時間および上記反射波成分の基準時間に基づいて、上記容積脈波の駆出波の伝播速度を求める。
【0022】
この実施形態によれば、上記伝播速度検出部は、上記容積変化量検出部で求めた上記駆出波成分による血管の容積の変化量と上記反射波成分による血管の容積の変化量との比率と上記基準時間検出部で検出した上記駆出波成分の基準時間および上記反射波成分の基準時間に基づいて、上記容積脈波の駆出波の伝播速度を求める。これにより、容積脈波の駆出波の脈波伝播速度と反射波の脈波伝播速度との違いを考慮した上でのより精度の高い駆出波の伝播速度を求めることができる。
【0023】
また、一実施形態の脈波伝播速度測定装置では、上記容積脈波検出部が検出する容積脈波は、生体の或る一部位における光電容積脈波である。
【0024】
この実施形態によれば、上記容積脈波検出部が検出する光電容積脈波に基づき、駆出波の伝播速度を高い精度で求めることができる。
【0025】
また、一実施形態の脈波伝播速度測定装置では、上記伝播速度検出部は、
上記容積変化量検出部で検出した上記駆出波成分による血管の容積の変化量と上記反射波成分による血管の容積の変化量との比率を求め、この比率と上記基準時間検出部で検出した上記駆出波成分の基準時間および上記反射波成分の基準時間に基づいて、上記容積脈波の駆出波の伝播速度を求める。
【0026】
この実施形態によれば、上記駆出波成分による血管の容積の変化量と上記反射波成分による血管の容積の変化量との比率と、上記駆出波成分の基準時間および上記反射波成分の基準時間に基づいて、上記容積脈波の駆出波の伝播速度を高精度で求めることができる。
【0027】
また、一実施形態の脈波伝播速度測定装置では、上記伝播速度検出部は、
上記容積変化量検出部で検出した上記光電容積脈波の極小点で値と上記駆出波成分の基準時間での上記光電容積脈波の値と上記反射波成分の基準時間での上記光電容積脈波の値とに基づいて、上記駆出波成分による血管の容積の変化量と上記反射波成分による血管の容積の変化量との比率を求め、この比率と上記基準時間検出部で検出した上記駆出波成分の基準時間および上記反射波成分の基準時間に基づいて、上記容積脈波の駆出波の伝播速度を求める。
【0028】
この実施形態によれば、上記伝播速度検出部は、上記光電容積脈波の極小点で値と上記光電容積脈波の上記駆出波成分の基準時間での値と上記光電容積脈波の上記反射波成分の基準時間での値とに基づいて、上記駆出波成分による血管の容積の変化量と上記反射波成分による血管の容積の変化量との比率をより正確に求めることができる。よって、上記伝播速度検出部は、上記比率と上記駆出波成分の基準時間および上記反射波成分の基準時間に基づいて、上記容積脈波の駆出波の伝播速度をより正確に求めることができる。
【発明の効果】
【0029】
この発明の脈波伝播速度測定装置発によれば、伝播速度検出部は、容積脈波の駆出波成分の基準時間と反射波成分の基準時間および上記駆出波成分による血管の容積の変化量と上記反射波成分による血管の容積の変化量とに基づいて、上記容積脈波の駆出波の伝播速度を求めるので、容積脈波の駆出波の脈波伝播速度と反射波の脈波伝播速度との違いを考慮した上でのより精度の高い駆出波の伝播速度を求めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明の実施形態としての脈波伝播速度測定装置のブロック図である。
【図2A】上記実施形態の脈波検出部で検出した容積脈波の波形を(A)欄に示し、上記容積脈波の加速度波形を(B)欄に示す波形図である。
【図2B】上記脈波検出部で検出した脈波の3回微分波形を(A)欄に示し、上記脈波の4回微分波形を(B)欄に示す波形図である。
【図3】上記脈波の波形および上記脈波の基準点Q1,Q2での脈波の振幅W1,W2を示す波形図である。
【図4】上記脈波の波形および上記脈波の駆出波成分S1と反射波成分S2を示す波形図である。
【図5】上記脈波の駆出波が伝播する距離と上記脈波の反射波が伝播する距離との距離差を説明する模式図である。
【図6】上記脈波の駆出波と反射波の速度差を説明する模式図である。
【図7】ランベルト・ベール(Lambert-beer)の法則を説明する模式図である。
【図8A】光電容積脈波形の極小点,駆出点,反射点を示す波形図である。
【図8B】上記光電容積脈波形の極小点における血管径光の透過光量Imをモデル化した模式図である。
【図8C】上記光電容積脈波形の駆出波成分の極大点における血管径と光の透過光量Ifをモデル化した模式図である。
【図8D】上記光電容積脈波形の反射波成分の極大点における血管径と光の透過光量Irをモデル化した模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、この発明を図示の実施の形態により詳細に説明する。
【0032】
図1は、本発明の実施形態としての脈波伝播速度測定装置100のブロック図である。
【0033】
この脈波伝播速度測定装置100の主な構成要素は、容積脈波検出部110と、駆出波・反射波情報抽出部120と、脈波伝播速度検出部130である。
【0034】
上記容積脈波検出部110は、生体の所定部位における容積脈波を検出する。この容積脈波検出部110による容積脈波の検出方法には、種々様々な方法がある。例えば、カフを生体組織に巻いて生体組織内の血液容積変化を測定するカフ容積脈波法や、発光素子から出力される赤外光が血管内の血液量に応じて反射あるいは吸収される度合いを受光素子で測定する光電容積脈波法などがある。また、上記容積脈波検出部110によって脈波を測定する生体部位は、特に大きな制限事項があるわけではないが、でき得るなら、非侵襲,非拘束であることが望ましく、例えば、指尖,手首,上腕,耳朶などが好ましい。
【0035】
上記駆出波・反射波特徴情報抽出部120は、基準時間検出部121と容積変化量検出部としての脈波振幅検出部122とからなる。
【0036】
上記基準時間検出部121は、容積脈波検出部110で検出した上記脈波に含まれる駆出波成分を特定するための基準時間と上記脈波に含まれる反射波成分を特定するための基準時間とを検出する。
【0037】
この基準時間検出部121が上記基準時間を求める過程の一例を以下に説明する。まず、図2の(A)欄に、上記容積脈波検出部110で検出した脈波の波形の一例を示す。図2の(A)欄における縦軸は脈波の振幅(mmHg)に対応する測定電圧値(V)である。
【0038】
上記基準時間検出部121は、例えば、上記脈波が、Murgoらによる血圧波形分類のTypeCの場合は、図2Aの(A)欄に示される脈波の波形における収縮期の極大点Q1の時間T1を駆出波成分の基準時間T1として検出する。図2Aの(B)欄には、上記脈波の加速度波を示し、図2Bの(A)欄には、上記脈波の3回微分波を示している。そして、上記基準時間検出部121は、例えば、上記脈波が、Murgoらによる血圧波形分類のTypeCの場合は、図2Bの(B)欄に示される脈波の4次微分波の下向き第3ゼロクロスポイントQ2を反射波成分の基準時間T2として検出する。なお、この第3ゼロクロスポイントQ2は、図2Aの(A)欄に示す脈波が極小値になった以降に、図2Bの(B)欄に示す4回微分波形が3回目に下向きにゼロクロスするポイントを意味する。
【0039】
なお、上述の説明では、上記検出した脈波が上記血圧波形分類のTypeCである場合について説明したが、上記検出した脈波が上記血圧波形分類のTypeC以外の波形形状である場合には、より好適に脈波の駆出波成分の基準時間と反射波成分の基準時間を特定できる手法があればそれを採用してもよい。例えば、脈波は、大きな血圧変動がなければ、基本的にそれほど大きな波形変化を示すわけではないので、測定した複数の脈波を重ね合わせる(加算平均)ことで、脈波検出精度の改善を図ることが可能になる。
【0040】
また、脈波は、ノイズレベル、年齢,性別,疾病の有無,体調などに応じて、様々な波形形状を示すことから、より好適に脈波の駆出波成分の基準時間と反射波成分の基準時間を特定できる手法があればそれを採用してもよい。例えば、検出した脈波を、その時点の被測定者の状態と合わせて履歴として残すことで、脈波の駆出波成分の基準時間と反射波成分の基準時間を特定する精度の改善を図れる。
【0041】
また、上記駆出波・反射波情報抽出部120は、容積変化量検出部としての脈波振幅検出部122を有する。この脈波振幅検出部122は、図3の脈波波形図に例示するように、上記基準時間検出部121で検出した上記駆出波成分の基準時間T1に対応する上記脈波Sの振幅W1を検出すると共に上記基準時間検出部2で検出した上記反射波成分の基準時間T2に対応する上記脈波Sの振幅W2を検出する。なお、容積脈波において脈波振幅情報としての上記脈波Sの振幅W1,W2は、容積変化量の情報を表している。
【0042】
さらに、上記駆出波・反射波情報抽出部120は、駆出波成分除去部123を有する。この駆出波成分除去部123は、図4に示すように、上記反射波成分S2の基準時間T2に対応する上記脈波Sの振幅W2から上記脈波Sの振幅W2に含まれている駆出波成分S1を除去して、上記反射波成分S2の基準時間T2に対応する上記反射波成分S2の振幅W3を求める。この反射波成分S2の基準時間T2に対応する上記反射波成分S2の振幅W3を求める手法としては、例えば、Windkesselモデル等を用いて、脈波における駆出波の減少度合いをモデル化し、反射波成分S2の基準時間T2の周辺で測定された脈波振幅から駆出波S1の残存成分を減算する方法等が考えられる。当然ながら、より正確に駆出波S1の残存成分を特定できる手法があれば採用してもよい。
【0043】
ところで、駆出波の伝播速度PWVfと反射波の伝播速度PWVrを、Bramwell-Hillの式によって、定式化すると次式(1),(2)のようになる。
PWVf={(V×ΔPf)/(ρ×ΔVf)}1/2 … (1)
PWVr={(V×ΔPr)/(ρ×ΔVr)}1/2 … (2)
【0044】
次式(1),(2)において、駆出波伝播速度PWVfは駆出波のみの脈波伝搬速度、Vは血管容積、ρは血液密度、ΔPfは駆出波による圧力変化量、ΔVfは駆出波による容積変化量である。また、反射波伝播速度PWVrは反射波のみの脈波伝搬速度、ΔPrは反射波による圧力変化量、ΔVrは反射波による容積変化量を表している。
【0045】
この2つの式(1),式(2)をそれぞれ2乗して除算することにより、次式(3)が得られる。
(PWVr)2/(PWVf)2=(ΔPr×ΔVf)/(ΔPf×ΔVr) … (3)
【0046】
この式(3)における、ΔPr/ΔPfとは、駆出波と反射波の血圧値の比を表している。反射波は、駆出波が腹部・腸骨大動脈のインピーダンス不整合部で反射した波である。このため、上記ΔPr/ΔPfは、腹部・腸骨大動脈のインピーダンス不整合部での反射率を表している。非特許文献4(Segers P, Rietzschel ER, et al. , ”Noninvasive (input) impedance, pulse wave velocity, and wave reflection in healthy middle-aged men and women.”, Hypertension.2007;49:1248-55.)によると、腹部・腸骨大動脈インピーダンス不整合部での反射率の個人差,年齢差,性差はほとんど無く、反射率は0.4ぐらいということが実験によって確かめられている。
【0047】
したがって、上式(3)において、(ΔPr/ΔPf)=r≒0.4とすると、次式(3)’が得られる。
(PWVr)2/(PWVf)2=r×(ΔVf/ΔVr) … (3)’
≒0.4×(ΔVf/ΔVr) … (3)”
【0048】
上述したように、上式(3)’において、ΔVfは駆出波による容積変化量であり、ΔVrは反射波による容積変化量である。そして、この駆出波による容積変化量ΔVfは、上記駆出波成分の基準時間T1に対応する上記脈波Sの駆出波成分S1の振幅W1に相当し、上記反射波による容積変化量ΔVrは上記反射波成分の基準時間T2に対応する上記脈波Sの反射波成分S2の振幅W3に相当している。
【0049】
したがって、上記脈波伝播速度検出部130は、上記脈波振幅検出部122から得られる上記駆出波成分S1の時間基準T1に対応する駆出波成分S1の振幅W1を反射波成分S2の時間基準T2に対応する反射波成分S2の振幅W3を除算することで、上式(3)’の(ΔVf/ΔVr)を算出できる。これにより、上記脈波伝播速度検出部130は、上式(3)’から、駆出波伝播速度PWVfと反射波伝搬速度PWVrとの比率PWVr/PWVfを算出できる。
【0050】
次に、上記脈波伝播速度検出部130が、上述のように算出した駆出波伝播速度PWVfと反射波伝搬速度PWVrとの比率(PWVr/PWVf)から、駆出波伝播速度PWVfを算出する過程を説明する。
【0051】
先ず、前述の如く、容積脈波検出部110は、生体の一箇所における測定部位の脈波を検出する。この検出した脈波を基に脈波伝搬速度を同定するために、上記基準時間検出部121は、脈波Sの駆出波成分S1の基準時間T1と脈波Sの反射波成分S2の基準時間T2とを求める。また、上記脈波振幅検出部122は、上記時間基準T1に対応する駆出波成分S1の振幅W1と時間基準T2に対応する反射波成分S2の振幅W3を求める。
【0052】
次に、図5に示すように、人体の心臓510から腹部大動脈分岐部520までの距離をh(m)とし、駆出波成分S1の基準時間T1と反射波成分S2の基準時間T2との時間差(T2−T1)をPTT(秒)とすると、脈波は、2h(m)の距離をPTT(秒)掛かって伝搬していることになる。よって、脈波伝搬速度PWVpは次式(4)によって求めることができる。
PWVp =2h/(T2−T1)
=2h/PTT … (4)
【0053】
しかし、上式(4)で算出される脈波伝搬速度PWVpは、図6に示す駆出波610の駆出波伝播速度PWVfと反射波620の反射波伝搬速度PWVrとの速度差が考慮されていない。そこで、脈波伝搬速度PWVpは駆出波610の駆出波伝播速度PWVfと反射波620の反射波伝搬速度PWVrとを平均した速度と考えると、次式(5)が得られる。
(PWVf+PWVr)/2=PWVp … (5)
【0054】
一方、前述のようにして得た駆出波伝播速度PWVfと反射波伝搬速度PWVrとの比率(PWVr/PWVf)を求める式(3)’から、次式(3)'''が得られる。
PWVr=(r・(ΔVf/ΔVr))1/2・PWVf … (3)'''
【0055】
そして、この式(3)'''による反射波伝搬速度PWVrを、上式(5)に代入することにより、駆出波の伝播速度PWVfを表す次式(6)が得られる。
PWVf={1+(r・(ΔVf/ΔVr))1/2}−1・2PWVp … (6)
【0056】
この式(6)において、rは、個人差が殆どなく略一定(例えば、0.4)とみなすことが可能である。また、ΔVfは容積脈波における駆出波成分S1の基準時間T1での振幅W1に相当し、ΔVrは容積脈波における反射波成分S2の基準時間T2での振幅W3に相当する。また、上記伝播速度PWVpは、上述の式(4)から、PWVp=2h/(T2−T1)で算出できる。
【0057】
このように、上記脈波伝播速度検出部130は、駆出波成分S1の基準時間T1と反射波成分S2の基準時間T2と基準時間T1に対応する駆出波成分S1の振幅W1と基準時間T2に対応する反射波成分S2の振幅W3とに基づいて、駆出波の伝播速度PWVfを求めることが可能になる。
【0058】
ところで、光電脈波形において、上述の如く、光電脈波の駆出波,反射波のそれぞれの基準時間T1,T2における振幅W1,W3の比率W1/W3で容積変化の比率ΔVf/ΔVrを代表させた場合、光電脈波形においては、容積変化の比率ΔVf/ΔVrを十分正確に同定できない場合もある。
【0059】
そこで、以下では、光電脈波形において、駆出波,反射波それぞれの血管容積変化ΔVf,ΔVrの比率ΔVf/ΔVrをより正確に導出する方法について説明する。光電容積脈波法は、拍動による血管容積の変化を光の吸収の変化として検出するものである。
【0060】
一般に或る物質に対して光を入射させた時の光の透過量はランベルト・ベール(Lambert-beer)の法則により次式(7)で表すことができる。
log(Id/I0)=α・d … (7)
【0061】
上式(7)において、I0は入射光量、Idは透過光量、dは物質の厚み、αは吸光係数である(図7を参照)。
【0062】
生体組織において、700nm〜900nmの波長の光は「生体の窓」とも呼ばれており、生体中の吸光成分は血液中の酸素化ヘモグロビン、および還元ヘモグロビンの2つだけと仮定することができる。また、酸素化ヘモグロビンと還元ヘモグロビンの比率である酸素飽和度は動脈と静脈で異なる。健常時での動脈の酸素飽和度は約99%であり、静脈の酸素飽和度は約75%である。
【0063】
したがって、生体組織におけるこの波長域での光の吸光量を定式化すると、次式(8)のようになる。
log(I/Io)=αHbO・da・Sa+αHb・da・(1−Sa)
+αHbO・dv・Sv+αHb・dv・(1−Sv) … (8)
【0064】
上式(8)において、Ioは光の入射光量、Iは光の透過光量、αHbOは酸素化ヘモグロビンの吸光係数、daは動脈の血管径、Saは動脈における酸素飽和度、αHbは還元ヘモグロビンの吸光係数、dvは静脈の血管径、Svは静脈における酸素飽和度を表している。
【0065】
次に、図8Aに、脈波形800の極小点810,駆出点820,反射点830を示す。また、図8B〜図8Dに、駆出波,反射波による生体中の血管径の変化と各血管径での透過光量の変化を模式的に示す。図8Aにおいて、符号800で示される脈波形は、或る測定部位で測定された光電脈波波形を表している。図8Aには、光電脈波形800の極小点810、光電脈波形800の駆出波成分の極大点820と、光電脈波形800の反射波成分の極大点830を示している。
【0066】
また、図8Bは、図8Aの光電脈波形800の極小点810の時点における動脈の血管径da,静脈の血管径dvと光の透過光量Imをモデル化した模式図である。また、図8Cは、図8Aの光電脈波形800の駆出波成分の極大点820の時点における血管径(da+Δdf),dvと光の透過光量Ifをモデル化した模式図である。また、図8Dは、図8Aの光電脈波形800の反射波成分の極大点830の時点における血管径(da+Δdr),dvと光の透過光量Irをモデル化した模式図である。なお、脈波一拍の期間では、動脈の酸素飽和度Sa、静脈の容積および酸素飽和度量Svが変化しないと仮定する。
【0067】
次に、図8B,図8C,図8Dの模式図を基に、ランバート・ベールの式により、光の透過量を定式化する。
【0068】
図8Aに示す光電脈波800の極小点810では、心臓が収縮し始めた時の血管における光の透過量を測定している(図8B参照)。その時点での光の吸光量を定式化すると、上式(8)を用いて、次式(9)となる。
log(Im/Io)=αHbO・da・Sa+αHb・da・(1−Sa)
+αHbO・dv・Sv+αHb・dv・(1−Sv) … (9)
【0069】
上式(9)において、Imは、図8Aに示す脈波の極小点810の時点における透過光量である。
【0070】
次に、図8Aに示す光電脈波800の極大点820では駆出波のピーク時での血管における光の透過光量Ifを測定している(図8C参照)。この極大点820において、図8Cに示すように、駆出波の圧力変化分だけ血管容積すなわち血管径が変化し、その変化量分Δdfだけ光電脈波の透過光量は変化する。すなわち、次式(10)となる。
log(If/Io)=αHbO・(da+Δdf)・Sa
+αHb・(da+Δdf)・(1−Sa)
+αHbO・dv・Sv
+αHb・dv・(1−Sv) … (10)
【0071】
上式(10)において、Ifは、図8Aに示す脈波波形800の駆出波成分の極大点820で示す時点における透過光量であり、Δdfは駆出波の圧力変化による血管径の変化量である。
【0072】
そして、図8Aに示す光電脈波形の反射波成分の極大点830では、反射波のピーク時での血管容積における光の透過光量Irを測定している(図8D参照)。この反射波成分の極大点830付近では、図8Dに示すように、反射波の圧力変化分だけ血管容積すなわち血管径が変化し、この血管径の変化量分Δdrだけ光電脈波の透過光量は変化する。
log(Ir/Io)=αHbO・(da+Δdr)・Sa
+αHb・(da+Δdr)・(1−Sa)
+αHbO・dv・Sv
+αHb・dv・(1−Sv) … (11)
【0073】
この式(11)において、Irは、図8Aに示す脈波波形800の反射波成分の極大点830の時点における透過光量であり、Δdrは反射波の圧力変化による血管径の変化量を示している。
【0074】
上述の式(9)、式(10)、式(11)を基に、駆出波と反射波の容積変化の比ΔVf/ΔVrを求めると以下の式(12)〜式(14)のようになる。すなわち、式(9)と式(10)から次式(12)が得られ、式(9)と式(11)から次式(13)が得られる。
log(If/Io)−log(Im/Io)=αHbO・Δdf・Sa
+αHb・Δdf・(1−Sa) …(12)
log(Ir/Io)−log(Im/Io)=αHbO・Δdr・Sa
+αHb・Δdr・(1−Sa) … (13)
【0075】
そして、式(12),式(13)から次式(14)が得られる。
ΔVf/ΔVr≒Δdf/Δdr=log(If/Im)/log(Ir/Im) … (14)
【0076】
したがって、上記脈波振幅検出部122により、収縮開始点(光電脈波800の極小点810)での透過光量Imと、駆出波成分,反射波成分における基準時間T1,T2での透過光量If,Irを検出することによって、上記脈波伝播速度検出部130は、上記透過光量Im,If,Irに基づいて上式(14)から駆出波による容積変化量ΔVfと反射波による容積変化量ΔVrの比率ΔVf/ΔVrを算出することができる。よって、上記脈波伝播速度検出部130は、上式(14)により算出した比率ΔVf/ΔVrを上式(6)に代入することにより、駆出波の速度PWVfを算出することが可能となる。なお、上記脈波振幅検出部122は、上記容積脈波検出部130を構成する受光素子が出力する脈波検出信号により、収縮開始時点における透過光量Im、駆出波成分,反射波成分における基準時間T1,T2における透過光量If,Irを検出できる。
【符号の説明】
【0077】
100 脈波伝播速度測定装置
110 容積脈波検出部
120 駆出波・反射波情報抽出部
121 基準時間検出部
122 脈波振幅検出部
123 駆出波成分除去部
130 脈波伝播速度検出部
51 心臓
53 腹部大動脈分岐部
h 心臓から腹部大動脈分岐部までの距離
Q1 収縮期の極大点
Q2 4次微分波の第3ゼロクロスポイント
S 脈波
S1 駆出波成分
S2 反射波成分
T1 駆出波成分の基準時間
T2 反射波成分の基準時間
W1 基準時間T1に対応する脈波S(駆出波成分S1)の振幅
W2 基準時間T2に対応する脈波Sの振幅
W3 基準時間T2に対応する反射波成分S2の振幅
【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体の或る一部位における容積脈波を検出する容積脈波検出部と、
上記容積脈波検出部で検出した上記一部位における容積脈波に含まれる駆出波成分を特定するための基準時間と上記容積脈波に含まれる反射波成分を特定するための基準時間とを検出する基準時間検出部と、
上記容積脈波検出部で検出した容積脈波に基づいて、上記基準時間検出部で検出した上記駆出波成分の基準時間に対応する上記駆出波成分による血管の容積の変化量と、上記基準時間検出部で検出した上記反射波成分の基準時間に対応する上記反射波成分による血管の容積の変化量を検出する容積変化量検出部と、
上記基準時間検出部で検出した上記駆出波成分の基準時間および上記反射波成分の基準時間と、上記容積変化量検出部で検出した上記駆出波成分による血管の容積の変化量および上記反射波成分による血管の容積の変化量とに基づいて、上記容積脈波の駆出波の伝播速度を求める伝播速度検出部とを備えることを特徴とする脈波伝播速度測定装置。
【請求項2】
請求項1に記載の脈波伝播速度測定装置において、
上記伝播速度検出部は、
上記容積変化量検出部で検出した上記駆出波成分による血管の容積の変化量と上記反射波成分による血管の容積の変化量との比率を求め、この比率と上記基準時間検出部で検出した上記駆出波成分の基準時間および上記反射波成分の基準時間に基づいて、上記容積脈波の駆出波の伝播速度を求めることを特徴とする脈波伝播速度測定装置。
【請求項3】
請求項1に記載の脈波伝播速度測定装置において、
上記容積脈波検出部が検出する容積脈波は、生体の或る一部位における光電容積脈波であることを特徴とする脈波伝播速度測定装置。
【請求項4】
請求項3に記載の脈波伝播速度測定装置において、
上記伝播速度検出部は、
上記容積変化量検出部で検出した上記駆出波成分による血管の容積の変化量と上記反射波成分による血管の容積の変化量との比率を求め、この比率と上記基準時間検出部で検出した上記駆出波成分の基準時間および上記反射波成分の基準時間に基づいて、上記容積脈波の駆出波の伝播速度を求めることを特徴とする脈波伝播速度測定装置。
【請求項5】
請求項4に記載の脈波伝播速度測定装置において、
上記伝播速度検出部は、
上記容積変化量検出部で検出した上記光電容積脈波の極小点で値と上記駆出波成分の基準時間での上記光電容積脈波の値と上記反射波成分の基準時間での上記光電容積脈波の値とに基づいて、上記駆出波成分による血管の容積の変化量と上記反射波成分による血管の容積の変化量との比率を求め、この比率と上記基準時間検出部で検出した上記駆出波成分の基準時間および上記反射波成分の基準時間に基づいて、上記容積脈波の駆出波の伝播速度を求めることを特徴とする脈波伝播速度測定装置。
【請求項1】
生体の或る一部位における容積脈波を検出する容積脈波検出部と、
上記容積脈波検出部で検出した上記一部位における容積脈波に含まれる駆出波成分を特定するための基準時間と上記容積脈波に含まれる反射波成分を特定するための基準時間とを検出する基準時間検出部と、
上記容積脈波検出部で検出した容積脈波に基づいて、上記基準時間検出部で検出した上記駆出波成分の基準時間に対応する上記駆出波成分による血管の容積の変化量と、上記基準時間検出部で検出した上記反射波成分の基準時間に対応する上記反射波成分による血管の容積の変化量を検出する容積変化量検出部と、
上記基準時間検出部で検出した上記駆出波成分の基準時間および上記反射波成分の基準時間と、上記容積変化量検出部で検出した上記駆出波成分による血管の容積の変化量および上記反射波成分による血管の容積の変化量とに基づいて、上記容積脈波の駆出波の伝播速度を求める伝播速度検出部とを備えることを特徴とする脈波伝播速度測定装置。
【請求項2】
請求項1に記載の脈波伝播速度測定装置において、
上記伝播速度検出部は、
上記容積変化量検出部で検出した上記駆出波成分による血管の容積の変化量と上記反射波成分による血管の容積の変化量との比率を求め、この比率と上記基準時間検出部で検出した上記駆出波成分の基準時間および上記反射波成分の基準時間に基づいて、上記容積脈波の駆出波の伝播速度を求めることを特徴とする脈波伝播速度測定装置。
【請求項3】
請求項1に記載の脈波伝播速度測定装置において、
上記容積脈波検出部が検出する容積脈波は、生体の或る一部位における光電容積脈波であることを特徴とする脈波伝播速度測定装置。
【請求項4】
請求項3に記載の脈波伝播速度測定装置において、
上記伝播速度検出部は、
上記容積変化量検出部で検出した上記駆出波成分による血管の容積の変化量と上記反射波成分による血管の容積の変化量との比率を求め、この比率と上記基準時間検出部で検出した上記駆出波成分の基準時間および上記反射波成分の基準時間に基づいて、上記容積脈波の駆出波の伝播速度を求めることを特徴とする脈波伝播速度測定装置。
【請求項5】
請求項4に記載の脈波伝播速度測定装置において、
上記伝播速度検出部は、
上記容積変化量検出部で検出した上記光電容積脈波の極小点で値と上記駆出波成分の基準時間での上記光電容積脈波の値と上記反射波成分の基準時間での上記光電容積脈波の値とに基づいて、上記駆出波成分による血管の容積の変化量と上記反射波成分による血管の容積の変化量との比率を求め、この比率と上記基準時間検出部で検出した上記駆出波成分の基準時間および上記反射波成分の基準時間に基づいて、上記容積脈波の駆出波の伝播速度を求めることを特徴とする脈波伝播速度測定装置。
【図1】
【図2A】
【図2B】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8A】
【図8B】
【図8C】
【図8D】
【図2A】
【図2B】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8A】
【図8B】
【図8C】
【図8D】
【公開番号】特開2012−85792(P2012−85792A)
【公開日】平成24年5月10日(2012.5.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−234570(P2010−234570)
【出願日】平成22年10月19日(2010.10.19)
【出願人】(000005049)シャープ株式会社 (33,933)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年5月10日(2012.5.10)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年10月19日(2010.10.19)
【出願人】(000005049)シャープ株式会社 (33,933)
【Fターム(参考)】
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