説明

脱溶媒機能付き誘導結合プラズマトーチ

【課題】誘導結合プラズマ質量分析法等で用いられる脱溶媒装置において、チューブへの付着による感度減少とメモリー効果、並びに酸化物による妨害が起こらない、小型で分析信号の応答が速い脱溶媒装置を提供する。
【解決手段】キャリヤーガスが接する誘導結合プラズマトーチのインジェクターチューブの一部又は全部を溶媒蒸気透過材で構成することによって、キャリヤーガスがインジェクターチューブを通過する間に試料液滴から蒸発した溶媒蒸気を選択的に透過させて除去する。さらに、透過材を透過した溶媒蒸気を減圧吸引するための、又はパージガスで押し出すための流路をインジェクターチューブに形成することによって、試料液滴がプラズマに導入される直前で効率的に脱溶媒する装置を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、霧化された溶液試料を誘導結合プラズマ発光分析法又は誘導結合プラズマ質量分析法によって分析する際、プラズマに導入される以前に、試料の溶媒蒸気を除去することによって、溶媒による妨害を除去し、分析対象成分の高感度化を実現するための装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
溶液試料を誘導結合プラズマ発光分析法又は誘導結合プラズマ質量分析法によって分析するためには、溶液試料を同軸型ネブライザー、クロスフロー型ネブライザー、バビントン型ネブライザー等のニューマティックネブライザー又は超音波ネブライザーを用いて、スプレーチャンバー内において霧状の微細な液滴とする。この微細な液滴となったものをプラズマに導入して分析するが、大量の溶媒によってプラズマの安定性や分析感度が低下する場合には、脱溶媒が必要となる。従来の脱溶媒装置としては、スプレーチャンバーを冷却して溶媒の蒸気圧を低下させるものが市販されている(例えば、Glass Expansion社製IsoMist)。
【0003】
超音波ネブライザーは、ニューマティックネブライザーに比べて大量の微細液滴が発生するため、溶媒がプラズマに大量に導入されてプラズマが不安定となりやすいため、溶媒を除去する必要性が高い。このため、微細液滴を加熱容器(溶媒が水の場合は約140℃)に通して液滴から溶媒を蒸発させた後、冷却容器(溶媒が水の場合は約0℃)を通過させて溶媒蒸気を凝縮除去して脱溶媒を行うものが市販されている(特許文献1参照)。
【0004】
このとき分析対象成分は微細液滴から溶媒が除かれた液滴微粒子又は固形微粒子中に残存するが、これらの微粒子の拡散速度は溶媒分子に比べて遅いため、冷却容器の冷却壁面と衝突する割合が少なく、殆ど除去されることなく冷却容器を通過することができる。冷却容器を用いる代わりに溶媒蒸気の透過膜を用いる装置も市販されている(例えば、CETAC社製U-6000AT+)。
【特許文献1】特開昭62−11131号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
一般的に、ニューマティックネブライザーで霧化された溶液試料の95%以上は、スプレーチャンバーの壁面に衝突して液膜となりドレインから排出され、プラズマに運ばれるのは溶液試料の5%以下といわれている。このため、スプレーチャンバーの冷却は、プラズマに運ばれる液滴を直接脱溶媒する方法に比べて、扱う試料の量が多くなるため、装置が大型化し、脱溶媒に必要なエネルギーも多くなる。一方、プラズマに運ばれる液滴を直接脱溶媒する方法でも、従来の脱溶媒装置は、誘導結合プラズマトーチから離れた箇所に設置されて脱溶媒を行っていたため、脱溶媒後、液滴粒子がプラズマに運ばれるまでのチューブ内壁に付着し、感度の低下やメモリー効果(以前の試料に含まれていた成分が、次の試料の分析において出現し妨害となることをいう)の増大が問題となっていた。また、装置のデッドボリュームが大きいため試料の希釈が起こり、分析信号の立ち上がりやバックグラウンドレベルへの戻りが遅くなるという問題があった。なお、脱溶媒装置を用いずに誘導結合プラズマ発光分析や誘導結合プラズマ質量分析を行った場合には、プラズマの安定性が低下することに加えて、誘導結合プラズマ質量分析において酸化物シグナルの妨害が大きくなるといった問題がある。本願発明は、小型で、分析信号の応答が速く、チューブへの付着による感度低下とメモリー効果が生じない脱溶媒誘導結合プラズマトーチを提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の目的を達成するため、本願発明においては、誘導結合プラズマトーチの内部に脱溶媒機能を担う部材及び構造体を構築することによって、プラズマに運ばれる少量の試料液滴を、プラズマに導入される直前に脱溶媒することとした。
【0007】
具体的には以下のとおりのものである。
[1]プラズマガスを流すための外側管、補助ガスを流すための中間管、霧化試料運搬用のキャリヤーガスを流すためのインジェクターチューブからなり、該インジェクターチューブの全部、又は該インジェクターチューブの該キャリヤーガスと接する一部若しくは全部が霧化試料の溶媒蒸気を透過する溶媒蒸気透過材からなることを特徴とする誘導結合プラズマトーチ。
[2]前記溶媒蒸気透過材を透過した溶媒蒸気を前記誘導結合プラズマトーチの外へ排除するための排気用流路を有することを特徴とする[1]の誘導結合プラズマトーチ。
[3]前記溶媒蒸気透過材が管状透過膜であり、前記排気用流路が該管状透過膜とインジェクターチューブ内壁面との間に形成された空隙であって、該空隙が該インジェクターチューブ側面にあけられた接続口を介して排気用接続管に接続され、該排気用接続管が真空ポンプに接続されており、該管状透過膜を透過して該排気用流路に移動した溶媒蒸気が、真空ポンプに吸引されて該排気用接続管からトーチの外に排除されることを特徴とする[2]の誘導結合プラズマトーチ。
[4]前記排気用流路が、前記インジェクターチューブ内壁面の一部に彫られた溝面と、前記インジェクターチューブ内壁面に密着して配された前記管状透過膜とによって囲まれた空隙であって、減圧したときに前記キャリヤーガスが該排気用流路に漏れることがないよう、該管状透過膜が該排気用流路及び該インジェクターチューブ側面にあけられた前記接続口より両端に向かって延伸していることを特徴とする[3]の誘導結合プラズマトーチ。
[5]前記排気用流路が、前記インジェクターチューブ内壁面の一部に配された、ガラス、セラミックス、金属、炭素若しくはプラスチックのうちの少なくとも一種類からなる粒子状物質又は繊維状物質を焼結、接着、融着若しくは圧着して作製した成形体内部の空隙であって、減圧したときに前記キャリヤーガスが該排気用流路に漏れることがないよう、該管状透過膜が該排気用流路及び該インジェクターチューブ側面にあけられた前記接続口より両端に向かって延伸していることを特徴とする[3]の誘導結合プラズマトーチ。
[6]前記溶媒蒸気透過材を透過した溶媒蒸気を前記誘導結合プラズマトーチの外へ排除するためのパージガス流路を有することを特徴とする[1]の誘導結合プラズマトーチ。
[7]前記溶媒蒸気透過材が管状透過膜であって、前記パージガス流路が、該管状透過膜とインジェクターチューブ本体部の内壁面との間に形成された内側流路、該インジェクターチューブ本体部の外壁面とその外側に配されたインジェクターチューブ外套管との間に形成された外側流路及び該インジェクターチューブ本体部の先端面に該内側流路と該外側流路を接続するために形成された連結用流路からなり、該管状透過膜を透過して該内側流路に移動した溶媒蒸気が、該外側流路に接続されたパージガス外側接続管から導入されたパージガスによって押し出されることにより、該内側流路に接続されたパージガス内側接続管からトーチの外に排除され、又は該管状透過膜を透過して該内側流路に移動した溶媒蒸気が、該内側流路に接続されたパージガス内側接続管から導入されたパージガスによって押し出されることにより、該外側流路に接続されたパージガス外側接続管からトーチの外に排除されることを特徴とする[6]の誘導結合プラズマトーチ。
[8]前記内側流路が、前記インジェクターチューブ本体部内壁面の一部に彫られた溝面と、前記インジェクターチューブ本体部内壁面に密着して配された前記管状透過膜とによって囲まれた空隙であり、前記外側流路が、前記インジェクターチューブ本体部外壁面の一部に形成された溝面と、前記インジェクターチューブ本体部外壁面に密着して配された前記インジェクターチューブ外套管とによって囲まれた空隙であり、前記連結用流路が前記インジェクターチューブ本体部の先端面に形成されたドーナツ状の穴面と、インジェクターチューブ先端部基底面によって囲まれた空隙であって、該管状透過膜及び該インジェクターチューブ外套管が該インジェクターチューブ本体部より延伸しており、この延伸部分に、該インジェクターチューブ先端部が固定されていることを特徴とする[7]の誘導結合プラズマトーチ。
[9]前記内側流路が、前記インジェクターチューブ本体部内壁面の一部に配された、ガラス、セラミックス、金属、炭素若しくはプラスチックのうちの少なくとも一種類からなる粒子状物質又は繊維状物質を焼結、接着、融着若しくは圧着して作製した成形体内部の空隙であることを特徴とする[7]の誘導結合プラズマトーチ。
[10]前記溶媒蒸気透過材が、水蒸気を透過する材、又は有機溶媒を透過する材であることを特徴とする[1]〜[9]のいずれかの誘導結合プラズマトーチ。
[11]前記水蒸気透過材が、多孔性ガラス、多孔性セラミックス、多孔性フッ素系ポリマー又は非多孔性水蒸気透過材、例えば、ナフィオン(DuPont社:登録商標)、ポリイミド膜、中空糸膜等であることを特徴とする[10]の誘導結合プラズマトーチ。
【発明の効果】
【0008】
本願発明の脱溶媒機能付き誘導結合プラズマトーチは、分析試料溶液の効率的脱溶媒を可能とするものであり、以下のような効果が得られる。
(1)従来の脱溶媒装置においては、誘導結合プラズマトーチから離れた箇所で、比較的大きい粒径の液滴が存在する状態の霧化試料の脱溶媒を行っていたため、脱溶媒操作に伴って、比較的大きい粒径の液滴が脱溶媒装置内壁、及びこれに接続するチューブ内壁に付着しやすく、そのため分析感度の低下や、メモリー効果の増大といった問題がみられたが、本願発明においては、誘導結合プラズマトーチまで運ばれてくる間にある程度の溶媒が蒸発して粒径が小さくなった液滴のみを対象に脱溶媒を行うため、分析感度の低下やメモリー効果が殆ど生じない。
(2)誘導結合プラズマトーチまで運ばれてくる粒径が小さい液滴は、比表面積が大きいため体積当たりの蒸発速度が大きいこと、また、誘導結合プラズマトーチまで運ばれてくる間に既に蒸発している溶媒の割合が大きいため、溶媒を効率的に除去することが可能である。従って、溶媒を除去するための透過膜サイズを小さくすることができる。
(3)脱溶媒されて粒径が小さくなった液滴、或いは完全に脱溶媒されて固形微粒子となったものは、プラズマ中で効率よく分解、原子化、イオン化が起こるため、分析感度の向上をもたらす。また、溶媒が除去されるため、例えば水溶液試料においては水分子のプラズマへの導入量が減少し、結果として、分析対象元素の酸化物イオンの割合が減少する。酸化物イオンは、例えば、ArOのFeへの干渉、軽希土類元素酸化物の重希土類元素への干渉等、誘導結合プラズマ質量分析法において重大な妨害成分となるため、これを低減することは、妨害の少ない分析が可能となることを意味している。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本願発明の脱溶媒機能付き誘導結合プラズマトーチは、誘導結合プラズマトーチのインジェクターチューブに脱溶媒機能を担う溶媒蒸気透過部及び溶媒蒸気をトーチ外に排出するための流路を形成することによって、プラズマに運ばれる少量の試料液滴をプラズマに導入される直前に脱溶媒することを特徴とする。
【0010】
以下、本願発明の脱溶媒機能付き誘導結合プラズマトーチの各構成要素について説明する。
【0011】
本願発明の脱溶媒機能付き誘導結合プラズマトーチは、キャリヤーガスが接するインジェクターチューブの一部又は全部を溶媒蒸気透過材から構成することによって、試料液滴及びこの試料液滴から蒸発した溶媒蒸気がインジェクターチューブを通過する間に、溶媒蒸気が選択的に透過材を透過する性質を利用して、キャリヤーガスから溶媒を除去するためのものである。本願発明の脱溶媒機能付き誘導結合プラズマトーチは、透過材を透過した溶媒蒸気をトーチ外に排出するための流路の有無によって2つのタイプに大別される。さらに、溶媒蒸気をトーチ外に排出するための流路が有るものに関しては、減圧して排出するタイプとパージガスにより排出するタイプに分類される。
以下においては添付の図面を参照して、詳細に説明する。
【0012】
図1(a)及び(b)は、溶媒蒸気をトーチ外に排出するための流路がないタイプのものである。このうち、図1(a)はインジェクターチューブ3自体が溶媒蒸気透過材から形成されたものである。インジェクターチューブとして働くための剛性が必要であり、また、インジェクターチューブの先端はプラズマの熱によって高温となるため耐熱性も必要とされる。材質としては多孔性ガラス等が使用できる。一方、図1(b)は焼結ガラス等の多孔体で作製されたインジェクターチューブ3の内側に溶媒蒸気の管状透過膜4を密着させたものである。多孔体が管状透過膜の支持体となるため、管状透過膜の肉厚を薄くすることが可能であり、また、プラズマから離しておくことができるため耐熱性が低いものでも使用できる。水蒸気を除くものとしてはナフィオン(登録商標)等が使用できる。
【0013】
図1(a)及び(b)のタイプのものにおいては、キャリヤーガス中の溶媒蒸気は、管状透過膜4を透過して補助ガスに混入され、最終的にプラズマに導入される。これらのトーチにおいては、キャリヤーガスがインジェクターチューブを通過するうちに溶媒蒸気が管状透過膜4を透過するため、キャリヤーガス中の溶媒蒸気の分圧が減少し、試料液滴の表面から溶媒の蒸発が促進され、液滴粒径は減少する。プラズマ中にこれらの液滴が導入されると溶媒は急速に蒸発、分解されるが、液滴粒径が小さいと、それに含まれる溶媒分子数が少なくなるため、例えば、溶媒が水の場合、分析対象元素と水から生成する酸素との反応確率が小さくなり、酸化物の生成が抑えられるという効果がある。ここで注意すべきことは、プラズマに導入される溶媒量の絶対量は同じでも、溶媒が蒸気としてキャリヤーガス中に均一に拡散された状態で導入された場合と、分析対象元素を含む液滴として導入された場合には、プラズマ中で分析対象元素が存在する近傍の微小領域中の溶媒分子の数は、前者のほうが少なくなるため、酸化物等の妨害成分の生成が抑制されるということである。なお、この図1(a)及び(b)に示されたタイプのものでも、実際には、補助ガスは、キャリヤーガスに比べてプラズマ中心部に導入される割合が低いため、分析対象元素が導入されるプラズマ中心部へ導入される溶媒の絶対量も少なくなるという効果もある。
【0014】
図2は、溶媒蒸気をトーチ外に排出するための流路が有るもののうち、減圧して排気するタイプのものである。このタイプにおいては、排気用接続管7を真空ポンプと接続しておけば、管状透過膜4を透過した溶媒蒸気は、排気用流路5に入り、インジェクターチューブ側面にあけられた接続口6を通して、排気用接続管7から真空ポンプへと吸引除去される。排気用流路5としては、インジェクターチューブ3の内壁面に彫られた溝面と、インジェクターチューブ内壁面に密着して配された管状透過膜4とによって囲まれた空隙があげられる。溝は、直線状或いはスパイラル状とするのが製作上容易であるが、減圧したときにガスが漏れることなく、かつ管状透過膜4を支持する機能を失わないものであればこれらに限定されるものではない。また、上記の機能を有するものであれば、溝状構造物でなくとも、ガラス、セラミックス、金属、炭素、プラスチック等の粒子状物質若しくは繊維状物質を焼結、接着、融着又は圧着して作製した成形体で内部にガスが流れる空隙を有するものであってもよい。インジェクターチューブ3の材質としては、ガラス、セラミックス等が挙げられるが、これらに限定されるものではなく、剛性、耐熱性、耐酸性があり、かつ微量分析に必要とされる清浄な材質であれば使用できる。図2(b)及び(c)は、図2(a)のa−a線での断面図を表したものであり、図2(b)の斜線部分が溝状構造物や焼結体等を、図2(c)のインジェクターチューブ3の白抜きの部分がV字状の溝を示している。
【0015】
図3は、パージガス流路があるタイプのものである。パージガス流路は、主に三つの部分から構成される。一つ目は、パージガス内側流路11で、インジェクターチューブ本体部8の内壁面に彫られた溝面と、インジェクターチューブ本体部内壁面に密着して配された管状透過膜4とによって囲まれた空隙である。二つ目は、パージガス外側流路10で、インジェクターチューブ本体部8の外壁面に彫られた溝面と、インジェクターチューブ本体部外壁面に密着して配されたインジェクターチューブ外套管13とによって囲まれた空隙である。三つ目は、パージガス連結用流路12で、インジェクターチューブ本体部8の先端面に形成されたドーナツ状の穴面と、インジェクターチューブ先端部基底面とによって囲まれた空隙である。これら3つのパージガス流路を流れるパージガスが漏れないようにするためには、管状透過膜4及びインジェクターチューブ外套管13をインジェクターチューブ本体部先端面20より延伸させておき、この延伸部分に、インジェクターチューブ先端部9を密着させて固定しておくとよい。なお、これらの溝は、直線状或いはスパイラル状とするのが製作上容易であるが、パージガスを流したときにガスが漏れることなく、かつ管状透過膜4を支持する機能を失わないものであればこれらに限定されるものではない。また、上記の機能を有するものであれば、溝状構造物でなくとも、ガラス、セラミックス、金属、炭素、プラスチック等の粒子状物質若しくは繊維状物質を焼結、接着、融着又は圧着して作製した成形体で内部にガスが流れる空隙を有するものであってもよい。インジェクターチューブ本体部8の材質としては、ガラス、セラミックス、金属、炭素、プラスチック等が挙げられるが、これらに限定されるものではなく、剛性及び耐酸性があるものであれば使用できる。インジェクターチューブ先端部9の材質としては、ガラス、セラミックス等が挙げられるが、これらに限定されるものではなく、剛性、耐熱性、耐酸性があり、かつ微量分析に必要とされる清浄な材質であれば使用できる。
【0016】
パージガス流路を有するタイプにおいては、管状透過膜4を透過してパージガス内側流路11に移動した溶媒蒸気は、パージガス外側流路10に接続されたパージガス外側接続管14から導入されたパージガスによって押し出され、パージガス内側流路11に接続されたパージガス内側接続管15からトーチの外に排除すること、又は管状透過膜4を透過してパージガス内側流路11に移動した溶媒蒸気は、パージガス内側流路11に接続されたパージガス内側接続管15から導入されたパージガスによって押し出され、パージガス外側流路10に接続されたパージガス外側接続管14からトーチの外に排除することが可能である。
【0017】
図3(b)及び(c)は図3(a)のa−a線での断面図を表したものであり、図2(b)の斜線部分が溝状構造物や焼結体等を、図2(c)のインジェクターチューブ3の白抜きの部分がV字状の溝を示している。
【0018】
図2又は図3に示した溶媒蒸気を排出するための流路が有るタイプのトーチにおいては、プラズマに導入される溶媒の量が大幅に減少するため、図1に示されるタイプのものに比べて、さらに溶媒に起因する妨害を少なくすることができる。従って、例えば、溶媒が水の場合、酸化物が生成される割合を大幅に低下することが可能である。
【0019】
本願発明の誘導結合プラズマトーチは、インジェクターチューブ3に接続されているインジェクターチューブ接続管17、又はインジェクターチューブホルダー18を電熱線ヒーター又は赤外線ヒーターで加熱することによって、或いは高温のパージガスをパージガス外側接続管14又はパージガス内側接続管15から導入してインジェクターチューブ本体部8及び管状透過膜4を加熱することによって、管状透過膜4に導入されるキャリヤーガスの温度を上げることによって、試料液滴から溶媒の蒸発を促進させて、脱溶媒効率を向上させることも可能である。
【0020】
以下、実施例を示して本願発明をさらに詳細かつ具体的に説明する。
【実施例1】
【0021】
図2に示すタイプのトーチの実施例を示す。インジェクターチューブ壁面に加工を施す必要があることから、インジェクターチューブの取り外しが可能なものを作製した。インジェクターチューブは加工後、インジェクターチューブホルダー18に挿し込みO−リング16によって固定した。また、インジェクターチューブホルダー18は、中間管2に挿し込みO−リング19によって固定した。インジェクターチューブ3は、外径10mm、内径4mm、長さ120mmの石英ガラスを使用した。内壁面には深さ1.0mmのV字溝を4本スパイラル状に彫り、排気用流路5とした。管状透過膜4として内径3.8mm、外径4mm、長さ105mmのポリイミド製チューブをインジェクターチューブ3に密着するように装着した。また、インジェクターチューブ3の内壁に、基底面21から約5mmの位置に、幅3mm、深さ1mmの溝を彫り、内壁に彫られた4本のスパイラル状の溝を流れてきた排気ガスを集めるための排気ガス集束用溝23を作製した。この排気ガス集束用溝23の一箇所に、さらに接続口6として内径2mmの穴をあけ、排気用接続管7に接続し、排気用接続管7を真空ポンプに接続した。インジェクターチューブ3はテーパーをつけ、プラズマに面する部分は内径2.5mm、外径5mmとした。また、中間管2のプラズマに面する部分は内径14mm、外径16mm、外側管の内径は18mm、外径は20mmと、通常の誘導結合プラズマ発光法及び誘導結合プラズマ質量分析法で使用されているものと同じサイズとした。なお、ここに記したトーチの寸法、材質はこれらに限定されるものではない。
【実施例2】
【0022】
図3に示すタイプのトーチの実施例を示す。インジェクターチューブ壁面に加工を施す必要があることから、インジェクターチューブの取り外しが可能なものを作製した。インジェクターチューブは加工後、インジェクターチューブホルダー18に挿し込みO−リング16によって固定した。また、インジェクターチューブホルダー18は中間管2に挿し込みO−リング19によって固定した。インジェクターチューブ本体部8は外径10mm、内径4mm、長さ100mmのPEEK製(ポリエーテルエーテルケトン、Victrex plc、登録商標)を使用した。内壁面には深さ1.0mmのV字溝を4本スパイラル状に彫り、パージガス内側流路11とした。また、外壁面には深さ1.0mmのV字溝を4本スパイラル状に彫り、パージガス外側流路10とした。インジェクターチューブ本体部8の先端面20には内径5.0mm、外径9.0mm、深さ1mmのドーナツ状の穴を掘り、パージガス連結用流路12とした。管状透過膜4として内径3.8mm、外径4mm、長さ105mmのポリイミド製チューブをインジェクターチューブ本体部8の先端面20から約5mm延伸するように密着させた。また、インジェクターチューブ外套管13として内径10mm、外径11.5mm、長さ80mmのPEEK製チューブをインジェクターチューブ本体部8の先端面20から約5mm延伸するように密着させ、この延伸部分に石英ガラス製のインジェクターチューブ先端部9を嵌め込み、インジェクターチューブ本体部8の先端面(上記の深さ1mmの穴を掘ったときに残された周縁部の先端面)と接合させた。
【0023】
また、インジェクターチューブ本体部8の内壁に、基底面21から約5mmの位置に、幅3mm、深さ1mmの溝を彫り、内壁に彫られた4本のスパイラル状の溝を流れてきたパージガスを集める又は配るためのパージガス集配用溝22を作製した。このパージガス集配用溝22の一箇所に、さらに接続口6として内径2mmの穴をあけ、パージガス内側接続管15に接続した。インジェクターチューブ先端部9はテーパーをつけ、プラズマに面する部分は内径2.5mm、外径5mmとした。また、中間管2のプラズマに面する部分は内径14mm、外径16mm、外側管の内径は18mm、外径は20mmと、通常の誘導結合プラズマ発光法及び誘導結合プラズマ質量分析法で使用されているものと同じサイズとした。なお、ここに記したトーチの寸法、材質はこれらに限定されるものではない。
【産業上の利用可能性】
【0024】
本願発明は、霧化された溶液試料を誘導結合プラズマ発光分析法又は誘導結合プラズマ質量分析法によって分析する際、プラズマに導入される直前に、試料の溶媒蒸気を除去することによって、溶媒による妨害を除去し、分析対象成分の高感度化を実現するための装置に関するものである。誘導結合プラズマ発光分析法及び誘導結合プラズマ質量分析法は、鉄鋼、非鉄金属、半導体、石油、ナノ材料等の工業分析、及び環境分析等において広範に使用されており、本願発明は、これらの分析において、従来問題となっていた妨害の除去、高感度化に効果があることから、広く利用される可能性がある。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】(a)はインジェクターチューブが溶媒蒸気透過材から形成された誘導結合プラズマトーチの概略図、(b)は多孔性インジェクターチューブの内側に管状透過膜を密着させた誘導結合プラズマトーチの概略図。
【図2】(a)は溶媒蒸気を減圧して排気するタイプの誘導結合プラズマトーチの概略図、(b)は(a)のa−a線での断面図、(c)は排気用流路がV字状の溝である場合の(a)のa−a線での断面図。
【図3】(a)は溶媒蒸気をパージガスによって排気するタイプの誘導結合プラズマトーチの概略図、(b)は(a)のa−a線での断面図、(c)はパージガス内側流路及びパージガス外側流路がV字状の溝である場合の(a)のa−a線での断面図。
【符号の説明】
【0026】
1 外側管
2 中間管
3 インジェクターチューブ
4 管状透過膜
5 排気用流路
6 接続口
7 排気用接続管
8 インジェクターチューブ本体部
9 インジェクターチューブ先端部
10 パージガス外側流路
11 パージガス内側流路
12 パージガス連結用流路
13 インジェクターチューブ外套管
14 パージガス外側接続管
15 パージガス内側接続管
16 O−リング
17 インジェクターチューブ接続管
18 インジェクターチューブホルダー
19 O−リング
20 インジェクターチューブ本体部先端面
21 インジェクターチューブ本体部基底面
22 パージガス集配用溝
23 排気ガス集束用溝

【特許請求の範囲】
【請求項1】
誘導結合プラズマトーチであって、該トーチは、プラズマガスを流すための外側管、補助ガスを流すための中間管及び霧化試料運搬用のキャリヤーガスを流すためのインジェクターチューブから成り、該インジェクターチューブの全部又は該インジェクターチューブの該キャリヤーガスと接する一部若しくは全部が霧化試料の溶媒蒸気を透過する溶媒蒸気透過材から成ることを特徴とする誘導結合プラズマトーチ。
【請求項2】
前記溶媒蒸気透過材を透過した溶媒蒸気を前記誘導結合プラズマトーチの外へ排除するための排気用流路を有することを特徴とする請求項1に記載の誘導結合プラズマトーチ。
【請求項3】
前記溶媒蒸気透過材は、管状透過膜であり、前記排気用流路は、該管状透過膜とインジェクターチューブ内壁面との間に形成された空隙であって、該空隙が該インジェクターチューブ側面にあけられた接続口を介して排気用接続管に接続され、該排気用接続管は、真空ポンプに接続されており、該管状透過膜を透過して該排気用流路に移動した溶媒蒸気が真空ポンプに吸引されて該排気用接続管からトーチの外に排除されることを特徴とする請求項2に記載の誘導結合プラズマトーチ。
【請求項4】
前記排気用流路は、前記インジェクターチューブ内壁面の一部に彫られた溝面及び前記インジェクターチューブ内壁面に密着して配された前記管状透過膜によって囲まれた空隙であって、減圧したときに前記キャリヤーガスが該排気用流路に漏れることがないよう、該管状透過膜が該排気用流路及び該インジェクターチューブ側面にあけられた前記接続口より両端に向かって延伸していることを特徴とする請求項3に記載の誘導結合プラズマトーチ。
【請求項5】
前記排気用流路は、前記インジェクターチューブ内壁面の一部に配された、ガラス、セラミックス、金属、炭素若しくはプラスチックのうちの少なくとも一種類からなる粒子状物質又は繊維状物質を焼結、接着、融着若しくは圧着して作製した成形体内部の空隙であって、減圧したときに前記キャリヤーガスが該排気用流路に漏れることがないよう、該管状透過膜が該排気用流路及び該インジェクターチューブ側面にあけられた前記接続口より両端に向かって延伸していることを特徴とする請求項3に記載の誘導結合プラズマトーチ。
【請求項6】
前記溶媒蒸気透過材を透過した溶媒蒸気を前記誘導結合プラズマトーチの外へ排除するためのパージガス流路を有することを特徴とする請求項1に記載の誘導結合プラズマトーチ。
【請求項7】
前記溶媒蒸気透過材は、管状透過膜であって、前記パージガス流路が該管状透過膜とインジェクターチューブ本体部の内壁面との間に形成された内側流路及び該インジェクターチューブ本体部の外壁面とその外側に配されたインジェクターチューブ外套管との間に形成された外側流路並びに該インジェクターチューブ本体部の先端面に該内側流路と該外側流路を接続するために形成された連結用流路からなり、該管状透過膜を透過して該内側流路に移動した溶媒蒸気が該外側流路に接続されたパージガス外側接続管から導入されたパージガスによって押し出され、該内側流路に接続されたパージガス内側接続管からトーチの外に排除され、又は該管状透過膜を透過して該内側流路に移動した溶媒蒸気が該内側流路に接続されたパージガス内側接続管から導入されたパージガスによって押し出され、該外側流路に接続されたパージガス外側接続管からトーチの外に排除されることを特徴とする請求項6に記載の誘導結合プラズマトーチ。
【請求項8】
前記内側流路は、前記インジェクターチューブ本体部内壁面の一部に彫られた溝面及び前記インジェクターチューブ本体部内壁面に密着して配された前記管状透過膜によって囲まれた空隙であり、前記外側流路は、前記インジェクターチューブ本体部外壁面の一部に形成された溝面と前記インジェクターチューブ本体部外壁面に密着して配された前記インジェクターチューブ外套管によって囲まれた空隙であり、前記連結用流路は、前記インジェクターチューブ本体部の先端面に形成されたドーナツ状の穴面とインジェクターチューブ先端部基底面によって囲まれた空隙であって、該管状透過膜及び該インジェクターチューブ外套管が該インジェクターチューブ本体部より延伸しており、この延伸部分に該インジェクターチューブ先端部が固定されていることを特徴とする請求項7に記載の誘導結合プラズマトーチ。
【請求項9】
前記内側流路は、前記インジェクターチューブ本体部内壁面の一部に配されたガラス、セラミックス、金属、炭素若しくはプラスチックのうちの少なくとも一種類からなる粒子状物質又は繊維状物質を焼結、接着、融着若しくは圧着して作製した成形体内部の空隙であることを特徴とする請求項7に記載の誘導結合プラズマトーチ。
【請求項10】
前記溶媒蒸気透過材は、水蒸気透過材又は有機溶媒透過材であることを特徴とする請求項1から9のいずれかに記載の誘導結合プラズマトーチ。
【請求項11】
前記水蒸気透過材は、多孔性ガラス、多孔性セラミックス、多孔性フッ素系ポリマー又は非多孔性水蒸気透過材であることを特徴とする請求項10に記載の誘導結合プラズマトーチ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−14465(P2010−14465A)
【公開日】平成22年1月21日(2010.1.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−173196(P2008−173196)
【出願日】平成20年7月2日(2008.7.2)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度、経済産業省試験研究調査委託費(地球環境保全等試験研究に係るもの)「臭素系難燃剤の簡易迅速分析法の開発と放散過程の解析」産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】