説明

腫瘍マーカーとしての抗NASP抗体及び抗TMF抗体

【課題】抗NASP抗体及び/又は抗TMF抗体を含む新規な腫瘍マーカーを提供すること、さらには、当該抗体と反応し得る抗原を含む新規な腫瘍診断用組成物、及び腫瘍診断用キット、並びに当該抗体の検出方法、及び腫瘍の診断方法を提供すること。
【解決手段】本発明の腫瘍マーカーは、抗NASP抗体及び/又は抗TMF抗体を含むことを特徴とする。本発明の腫瘍診断用組成物及び腫瘍診断用キットは、NASP及び/又はTMFを含むことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、腫瘍マーカー、腫瘍診断用組成物及び腫瘍診断用キットに関する。
【背景技術】
【0002】
日本における腎癌による年間の死亡者数は年々増加の傾向にあり、泌尿器科領域の悪性腫瘍の中で、男性では前立腺癌及び膀胱癌に次いで第3位であり、女性では膀胱癌に次いで第2位である。腎臓の腫瘍のうち約9割が腎細胞癌となっており、日本に於いては年間約3,000人の方が亡くなっている。特に、第IV期腎細胞癌(RCC)患者に関しては、外科的切除、化学療法、放射線療法、及びサイトカイン療法等の各種治療法を用いても、予後の改善は認められず、2年生存率は20%以下程度となっている。
【0003】
近年、ex vivoで遺伝子導入されたGM-CSF遺伝子導入自家腫瘍細胞ワクチンが、様々なマウス腫瘍モデルを用いた前臨床研究やヒトでの臨床研究において、抗腫瘍免疫応答を誘導することが報告され、以来、メラノーマ、RCC、前立腺癌、膵癌、及び非小細胞肺癌で臨床研究が実施されてきた。
【0004】
このような背景から、RCC患者を対象とした免疫遺伝子治療の臨床研究が実施された(非特許文献3、4)。
【0005】
その結果、第I相臨床研究としての目的である安全性の確認がなされるとともに、治療を受けた4人の患者(第1〜4症例)の各種免疫学的検査(DTH(遅延性皮膚反応)試験及び末梢血リンパ球反応)の結果は、本ワクチンの免疫学的有効性を示唆するものであった。
【0006】
良好な臨床経過を示した患者に関して、その理由を明らかにする為に、免疫学的に詳細な検討を行った。
【0007】
まず、細胞性免疫検査においてはワクチン接種後にTリンパ球のオリゴクローン性の増殖と細胞障害活性が示された。
【0008】
次に、液性免疫検査を行った。すなわち、自家腫瘍細胞及び正常腎組織細胞それぞれの溶解液のタンパク質ブロットに、前述した免疫遺伝子治療前及び治療後(腫瘍ワクチン接種前及び接種後)の患者血清を反応させたところ、第2、第3及び第4症例では、治療後の患者血清を反応させた場合にいくつかのタンパク質に対する液性免疫の誘導を示唆するシグナルが検出された(非特許文献4)。
【非特許文献1】Childs, R., et al., N. Engl. J. Med., 2000. 343(11): p. 750-8
【非特許文献2】Dranoff, G., Immunol. Rev., 2002. 188: p. 147-54
【非特許文献3】Tani, K., et al., Cancer Chemother Pharmacol, 2000. 46 Suppl: p. S73-6
【非特許文献4】Tani, K., et al., Mol. Ther., 2004. 10(4): p. 799-816
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、上記液性免疫の誘導を示唆するシグナルがどのようなものであるか、つまり、当該誘導によりどのような抗体が産生されたのかは明らかではなかった。
【0010】
そこで、本発明が解決しようとする課題は、上記液性免疫の誘導により産生された抗体を特定(同定)し、当該抗体を含む新規な腫瘍マーカーを提供すること、さらには、当該抗体と反応し得る抗原を含む新規な腫瘍診断用組成物、及び腫瘍診断用キット、並びに当該抗体の検出方法、及び腫瘍の診断方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、上記課題を解決するべく鋭意検討を行った。その過程において、第IV期腎細胞癌(RCC)細胞由来のcDNA発現ファージライブラリーを作製し、前述した免疫遺伝子治療後(腫瘍ワクチン接種後)の患者血清(すなわち血清中IgG)と反応させることにより患者体内に液性免疫を強く誘導した抗原を同定する方法である「SEREX法」を用い(後に詳述する)、腫瘍特異的抗原の同定を行った。
【0012】
その結果、本発明者は、腫瘍マーカーとして有用な新規な抗原を同定することに成功し、しかも当該抗原は、RCC以外の各種腫瘍においても腫瘍マーカーとして新規かつ有用であることを見出した。本発明は以上の知見に基づいて完成された。
【0013】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
【0014】
(1) 抗NASP抗体及び/又は抗TMF抗体を含むことを特徴とする、腫瘍マーカー。
【0015】
(2) NASP及び/又はTMFを含むことを特徴とする、腫瘍診断用組成物。
【0016】
(3) NASP及び/又はTMFを含むことを特徴とする、腫瘍診断用キット。
【0017】
(4) NASP及び/又はTMFと生体試料とを反応させることを特徴とする、抗NASP抗体及び/又は抗TMF抗体の検出方法。
【0018】
(5) 上記(4)の方法により得られる検出結果を指標とすることを特徴とする、腫瘍の診断方法。
【0019】
上記(1)、(2)、(3)及び(5)においては、例えば、腫瘍が、腎細胞癌、大腸癌、メラノーマ、食道癌、肺癌、子宮体癌、及び子宮頚癌からなる群より選ばれる少なくとも1種であることが好ましい。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、各種腫瘍に対する新規かつ極めて有用な腫瘍マーカー、さらには、各種腫瘍の診断用組成物、及び診断用キット、並びに腫瘍マーカーとして利用される抗体の検出方法、及び各種腫瘍の診断方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、本発明について詳しく説明するが、本発明の範囲はこれらの説明に拘束されることはなく、以下の例示以外についても、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜変更し実施し得る。
1.概要
第IV期腎細胞癌(RCC)患者の治療予後は極めて悪く、外科的切除、化学療法、放射線療法、及びサイトカイン療法等の治療法を用いてもその改善は見られない。最近実施されたRCC患者を対象とした遺伝子治療の臨床研究は、自家腫瘍細胞にGM-CSF遺伝子を導入/発現させ放射線照射で不活化した後、腫瘍ワクチンとして患者に投与したものであり、GM-CSFの作用により腫瘍本来の免疫原性を人為的に高めることで患者体内の抗腫瘍免疫能の誘導増殖を期待したものであった。前述したように、既に、当該臨床研究を実施された患者体内においては、自己RCCに対する細胞誘導性T細胞活性の誘導と、液性免疫反応の誘導が報告されている。
【0022】
本発明者は、この液性免疫反応の誘導により産生された抗体(腫瘍マーカーとして利用し得るもの)を特定することを目的として、GM-CSF遺伝子導入ワクチン接種後に患者体内に誘導された抗体を用い、「SEREX法」を実施したところ、いくつかの抗体(SEREX抗原と反応し得る抗体)を特定することに成功した。そこで、それらのRCC特異性を、正常組織と癌組織における抗原mRNAの発現量、及び健常人と癌患者における血清中抗体の出現頻度の観点から検討した。
【0023】
その結果、tNASP (testicular nuclear autoantigenic sperm protein)のmRNAの発現が癌組織において有意に増加している傾向が認められた。また、tNASP及びTMF(TATA element modulatory factor 1)に対する抗体価が、いずれも、GM-CSF遺伝子導入ワクチン接種後に有意に増加している傾向が認められた。特に抗TMF抗体価は、健常人23名及び各種癌患者計107名の血清を検討した段階では、健常人全員が検出限界以下であったのに対し、担癌患者ではRCC (69%の陽性率)をはじめとして大腸癌及び子宮癌で50%以上の患者血清が陽性であった。以上の研究成果に基づく知見は、今後、各種癌の診断及び治療研究開発に大きな示唆を与えるものである。
【0024】
なお、ヒトのNASPのスプライシングバリアントにはバリアント1、2及び3があることが知られており、本明細書においては、そのうちバリアント1及び2をtNASPと、バリアント3をsNASP(somatic nuclear autoantigenic sperm protein)と称することとするが、一般にマウスのNASPバリアントとして知られているtNASP及びsNASPとは別のものを意味するものとする。

2.腫瘍の種類
本発明の適用対象となる腫瘍としては、その種類は特に限定はされないが、例えば以下の腫瘍が挙げられる。
【0025】
(a) 口腔、鼻、及び咽頭の腫瘍:舌癌、歯肉癌、悪性リンパ腫、悪性黒色腫(メラノーマ)、上顎癌、鼻癌、鼻腔癌、喉頭癌、及び咽頭癌など
(b) 脳神経系の腫瘍:神経膠腫、及び髄膜腫など
(c)甲状腺の腫瘍:甲状乳頭腺癌、甲状腺濾胞癌、及び甲状腺髄様癌など
(d) 呼吸器の腫瘍:肺癌(扁平上皮癌、腺癌、肺胞上皮癌、大細胞性未分化癌、小細胞性未分化癌、及びカルチノイド)など
(e) 乳房の腫瘍:乳癌、乳房ページェット病(mammary Paget disease)、及び乳房肉腫など
(f) 血液の腫瘍:急性骨髄性白血病、急性前髄性白血病、急性骨髄性単球白血病、急性単球性白血病、急性リンパ性白血病、急性未分化性白血病、慢性骨髄性白血病、慢性リンパ性白血病、成人型T細胞白血病、悪性リンパ腫(リンパ肉腫、細網肉腫、及びホジキン病)、多発性骨髄腫、及び原発性マクログロブリン血症など
(g) 消化器の腫瘍:食道癌、胃癌、胃・腸悪性リンパ腫、膵臓癌、胆道癌、胆嚢癌、十二指腸癌、大腸癌、及び肝癌など
(h) 女性性器の腫瘍:子宮癌(子宮体癌、及び子宮頚癌等)、卵巣癌、及び子宮肉腫(平滑筋肉腫、横紋筋肉腫、リンパ肉腫、及び細網肉腫)など
(i) 泌尿器の腫瘍としては、尿路悪性腫瘍(前立腺癌、腎癌(腎細胞癌等)、膀胱癌、精巣腫瘍、及び尿道癌)など
(j) 運動器の腫瘍としては、横紋筋肉腫、線維肉腫、骨肉腫、軟骨肉腫、滑液膜肉腫、粘液肉腫、脂肪肉腫、ユーイング肉腫、及び多発性骨髄腫 など
(k) 皮膚の腫瘍としては、皮膚癌、皮膚ボーエン病、皮膚ページェット病、及び皮膚悪性黒色腫(メラノーマ)など
また、適用対象となる腫瘍は、上記のうち1種類でもよく、2種類以上が併発したものでもよい。
【0026】
上記列挙したもののうち、本発明の適用対象となる腫瘍としては、好ましくは、腎細胞癌、大腸癌、メラノーマ、食道癌、肺癌、子宮体癌、及び子宮頚癌からなる群より選ばれる少なくとも1種である。特に、腫瘍マーカー(癌の臨床マーカー)として、抗tNASP抗体を利用する場合は、大腸癌、腎細胞癌、食道癌、及び子宮体癌が好ましく、より好ましくは子宮体癌である。同様に、抗TMF抗体を利用する場合は、大腸癌、メラノーマ、腎細胞癌、食道癌、肺癌、子宮体癌、及び子宮頚癌が好ましく、より好ましくは、大腸癌、メラノーマ、腎細胞癌、食道癌、子宮体癌、及び子宮頚癌であり、さらに好ましくは、大腸癌、メラノーマ、腎細胞癌、子宮体癌、及び子宮頚癌である。

3.SEREX法
本発明の腫瘍マーカーとして利用される抗NASP抗体(抗tNASP抗体及び抗sNASP抗体)及び抗TMF抗体は、いずれも、SEREX法(Serological identification by recombinant expression cloning method)」を用いることで、SEREX抗原に反応し得るものとして特定(同定)されたものである。
【0027】
SEREX法については、「図1」、及び“Kiniwa, Y., et al., Tumor antigens isolated from a patient with vitiligo and T-cell-infiltrated melanoma. Cancer Res., 2001. 61(21): p. 7900-7”に、その概略図及び詳細が記載されているが、概要を説明すると以下の通りである。
【0028】
すなわち、癌細胞のmRNAとλファージ発現ベクターを用いて、発現ライブラリーを構築する。大腸菌(XL-1blue MRF')に感染させたλファージを、NZYプレート培地上で培養し、溶菌班(プラーク)を作らせる。IPTGを浸透させたニトロセルロースメンブレンで、プレートを覆うことにより、プラーク中でλファージに組み込んだ癌細胞由来のcDNAがコードするタンパク質を産生させ、このタンパク質をニトロセルロースメンブレン上に転写した。血清(例えば、遺伝子治療後(腫瘍ワクチン接種後)の臨床経過が良好であった患者の血清)から、大腸菌とλファージの溶解物とセファロース4Bが充填されたカラムを用いて大腸菌とλファージに対する抗体を除去した後、適宜(例えば100〜800倍程度)希釈て、血清サンプルを準備する。ブロッキングした後のニトロセルロースメンブレンを洗浄し、準備した血清サンプルと反応させる。さらに洗浄し、2次抗体として酵素標識マウス抗ヒトIgGモノクローナル抗体を反応させる。さらに洗浄した後、ニトロセルロースメンブレンを発色基質と反応させ、プラークの発色状況を確認して、陽性プラークをピックアップする。その後、陽性プラークから回収したファージを用いて、上記と同様の操作を行い、あらためて陽性プラークと判断できるものをピックアップする。PCRによって、インサートDNA部分を増幅し、電気泳動により同じ位置にバンドが確認されたもののみを、最終的な陽性プラークとして、DNA配列解析により同定し、SEREX抗原とする。

4.腫瘍マーカー
本発明の腫瘍マーカーは、前述したとおり、抗NASP抗体(抗tNASP抗体及び抗sNASP抗体)及び/又は抗TMF抗体を含むことを特徴とするものであり、すなわち、抗NASP抗体及び/又は抗TMF抗体を腫瘍マーカー(癌の臨床マーカー)として利用するものである。
【0029】
ここで、本発明の腫瘍マーカーは、抗NASP抗体及び抗TMF抗体のいずれかを必須としてもよいし、例えば2種以上の腫瘍を検出すること等を目的として、両方を必須としてもよく、限定はされない。また、抗NASP抗体を必須とする場合は、抗tNASP抗体及び抗sNASP抗体のいずれかを必須としてもよいし、両方を必須としてもよく、限定はされない。

5.腫瘍診断用組成物
本発明の腫瘍診断用組成物は、前述したとおり、NASP(tNASP及びsNASP)および/又はTMFを含むことを特徴とする組成物である。すなわち、抗NASP抗体や抗TMF抗体を腫瘍マーカーとして利用するという知見に基づき、抗NASP抗体及び/又は抗TMF抗体を検出する手段として、その抗原となり得るNASP(NASPタンパク質)又はTMF(TMFタンパク質)を利用したものである。
【0030】
なお、本発明の組成物におけるNASP及びTMFは、公知の遺伝子組換え技術並びにタンパク質生産及び精製等の技術を用いて調製された組換えタンパク質であってもよいし、細胞から直接回収及び精製等されたもの(生体由来生成タンパク質)であってもよいし、市販のものでもよく、限定はされず、また、NASPタンパク質及びTMFタンパク質の一部であってもよく、その場合は抗原決定基(エピトープ)を含むペプチド鎖が好ましい。この点については、本発明のうちNASP及びTMFを含むものについては、同様の定義説明が適用されるものとする。
【0031】
ここで、本発明の腫瘍診断用組成物は、NASP及びTMFのいずれかを必須としてもよいし、例えば2種以上の腫瘍を検出すること等を目的として、両方を必須としてもよく、限定はされない。また、NASPを必須とする場合は、tNASP及びsNASPのいずれかを必須としてもよいし、両方を必須としてもよく、限定はされない。
【0032】
また、本発明の腫瘍診断用組成物は、腫瘍診断薬であることが好ましい。なお、本発明は、腫瘍の診断用組成物(好ましくは腫瘍診断薬)を製造するための、NASP及びTMF使用を含むものである。
【0033】
(1) NASP及びTMF
本発明の腫瘍診断用組成物に用いるNASP及びTMFは、以下のようにして調製又は入手することができるが、これに限定はされない。
【0034】
NASP及びTMFとしては、精製NASP及びTMFを用いることができるが、これに限定はされず、例えば、当該精製タンパク質のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつNASP又はTMF特有の性質(活性等)を有するタンパク質を用いることもできる。
【0035】
なお、NASPのアミノ酸配列情報は、GenBankのアクセッション番号(Accession No.)
NM#172164(バリアント1)、NM#002482(バリアント2)及びNM#152298(バリアント3)から取得することができる。
【0036】
(2) NASP及びTMFの配合割合
本発明の診断用組成物においては、上記NASP及びTMFの配合割合は、特に限定はされない。例えば、腫瘍診断薬等である場合、上記NASP及びTMFの配合割合(複数種含まれている場合はそれらの合計割合)は、組成物全体に対して1重量%以上が好ましく、より好ましくは10重量%以上、さらに好ましくは50重量%以上、さらにより好ましくは80重量%以上である。
【0037】
(3) その他の成分
本発明の診断用組成物は、上記NASP及びTMF以外にも、本発明の効果が著しく損なわれない範囲で、他の構成成分を含んでいてもよく、限定はされない。腫瘍診断薬等である場合、例えば、発色基質等の1次抗体検出用試薬等を含むことができる。
【0038】
(4) 抗NASP抗体及び/又は抗TMF抗体の検出及び定量、並びに腫瘍状態の評価
本発明の診断用組成物(好ましくは腫瘍診断薬)は、採取した血液(血清)中の抗NASP抗体及び/又は抗TMF抗体を検出し定量するために用いられ、健常者における検出量との比較により各種腫瘍の可能性及び病状の程度を判断(診断)することができる。また、同一患者の検出量を定期的にモニタリングすることで、各種腫瘍の状態を判断することもできる。
【0039】
(i) 抗NASP抗体及び/又は抗TMF抗体の検出
生体試料(被験試料)として採取した血液は、血清分離等の処理を施しておいた後、一般には、PBS等のサンプルバッファー等により1〜100倍希釈しておく。
【0040】
上記処理後の生体試料は、本発明の診断用組成物と接触させ、上記NASP及びTMFとの反応に使用する。
【0041】
生体試料と上記抗体との反応温度、及び反応時間等の各種反応条件は、限定はされず、公知の条件範囲から適宜設定すればよい。
【0042】
抗NASP抗体及び/又は抗TMF抗体の検出は、公知の免疫検定法(immunoassay)を、その常法に従い、利用して行うことができる。免疫検定法としては、標識化免疫測定法や免疫比濁法(TIA)があるが、なかでも前者が好ましく、例えば、ELISA等の酵素免疫検定法(EIA)のほか、放射線免疫検定法(RIA)や蛍光免疫検定法(FIA)等が好ましく挙げられる。また、標識化免疫測定法としては、他の分離方法との組合せを利用したものとして、ウエスタンブロット法(電気泳動法との組合せ)等も好ましく挙げられる。これらの中でも、ELISA及び/又はウエスタンブロット法が好ましく、より好ましくはELISAである。また、上記抗体を1種又は2種以上用い、2種以上の免疫検定法を組み合わせて検出を行ってもよく、より一層感度及び信頼性等の高い優れた検出を行うことができる。
【0043】
(ii) 抗NASP抗体及び/又は抗TMF抗体の定量
定量は、限定はされないが、抗体量(抗体濃度:抗NASP抗体又は抗TMF抗体の濃度)とその検出値との関係に基づく検量線から、生体試料に含まれる抗NASP抗体及び/又は抗TMF抗体を定量することが好ましい。上記検量線は、精製NASP又はTMFと、精製抗NASP抗体又は抗TMF抗体とを用いて得られる検出値(検出データ)を基に、予め作成しておくことが望ましい。詳しくは、先に検出の方法として説明した免疫検定法(ELISA等)と同様の方法により、各抗体濃度に対する検出値の情報を取得し、これに基づいて作成しておく。当該検量線と、実際の検出値(実測値)とを対比させることで、生体試料中の抗NASP抗体及び/又は抗TMF抗体の量を求めることができる。
【0044】
抗NASP抗体及び/又は抗TMF抗体の定量又は検出は、市販の各種キットを用いることもできる。
【0045】
なお本発明は、上記のように、NASP及び/又はTMFと生体試料とを反応させることを特徴とする抗NASP抗体及び/又は抗TMF抗体の検出方法をも含むものである。当該検出方法は、抗NASP抗体及び/又は抗TMF抗体の定量方法を含むものであってもよく、限定はされない。
【0046】
(iii) 腫瘍状態の評価
本発明においては、上記のように検出又は定量検出した抗NASP抗体量及び/又は抗TMF抗体量を指標として、腫瘍の状態を評価することができる。「腫瘍の状態を評価する」とは、腫瘍の有無、進行度、重症度、治療反応性、及び予後等を判断すること(すなわち(腫瘍を診断すること)を意味し、当該評価は、抗NASP抗体量及び/又は抗TMF抗体量のほか、自覚症状や各種画像診断法などを組み合わせて行ってもよい。定期健診のように、年に1〜2回の頻度で抗NASP抗体量及び/又は抗TMF抗体量を測定することにより腫瘍状態を評価するようにしてもよいが、測定値の推移をより短い間隔で定期的にモニタリングすることで総合的に評価することが好ましい。このような評価法として、例えば、(a) 抗NASP抗体量及び/又は抗TMF抗体量が一定値(特に抗TMF抗体量に関しては一定値として0(検出限界以下の値であってもよい)が好ましい)を超えれば治療が必要な腫瘍と判断(診断)する、(b) 既に治療中の腫瘍症例においては抗NASP抗体量及び/又は抗TMF抗体量が低下すれば治療が奏功していると診断する、(c) 抗NASP抗体量及び/又は抗TMF抗体量が一定値を超え高値で推移する症例は生命予後が不良であると診断する、といったことが可能になる。
【0047】
なお本発明は、上記のように、抗NASP抗体量及び/又は抗TMF抗体量の検出方法により得られる検出結果を指標とすることを特徴とする腫瘍の診断方法をも含むものである。

6.腫瘍診断用キット
本発明の腫瘍診断用キットは、前述したとおり、NASP及び/又はTMFを含むことを特徴とするキットであり、前述した検出方法や診断方法の実施に用いることができるものである。
【0048】
ここで、本発明の腫瘍診断用キットは、NASP及びTMFのいずれかを必須としてもよいし、両方を必須としてもよく、限定はされない。また、NASPを必須とする場合は、tNASP及びsNASPのいずれかを必須としてもよいし、両方を必須としてもよく、限定はされない。
【0049】
新規腫瘍マーカーとして利用する抗NASP抗体及び/又は抗TMF抗体を、簡便かつ正確に測定できる本発明のキットは、癌診療の臨床において大きな需要が見込まれるものである。
【0050】
本発明のキットにおいては、上記NASP及び/又はTMFは、安定性(保存性)及び使用容易性等を考慮して、溶解させた状態等で備えられていることが好ましい。
【0051】
本発明のキットは、上記NASP及び/又はTMF以外に他の構成要素を含むことができる。他の構成要素としては、例えば、抗原固相化マイクロプレート、精製抗NASP抗体及び/又は抗TMF抗体(標準品(STD))、抗原希釈液、抗体希釈液、HRP標識-抗マウス(又は抗ウサギ、抗ラット)IgG抗体、OPD(オルトフェニレンジアミン)錠、基質液(発色基質等の溶液)、反応停止液、濃縮洗浄液、使用説明書(使用マニュアル)等を挙げることができる。
【0052】
本発明のキットは、構成要素として少なくとも上記NASP及び/又はTMFを備えているものであればよい。従って、抗NASP抗体及び/又は抗TMF抗体の検出等に必須となる構成要素の全てを、上記抗体と共に備えていてもそうでなくてもよく、限定はされない。
【0053】
本発明のキットは、抗NASP抗体及び/又は抗TMF抗体をより高感度で測定できることが必要とされるが、実際に癌診療の臨床段階において有用とするためには、まず性能として高い測定精度に基づく再現性がさらに要求される。
【0054】
測定精度とは、同一の試料を複数の試験管やウェル等に分けて1回のアッセイを行ったときに、それぞれの測定値がどの程度ばらつくかを示す指標となるものであり、統計学的には、変動係数(CV:Coefficient of variation)、すなわち平均値に対する標準偏差の割合(%)として表現される。本発明のキットにおいては、この変動係数(CV)を再現性(同時再現性)の指標とし、CV値は、限定はされないが、例えば50%以下であることが好ましく、より好ましくは30%以下、さらに好ましくは10%以下である。また、測定日ごとの測定値のばらつきに基づく再現性(日間再現性)については、CV値は50%以下であることが好ましく、より好ましくは30%以下、さらに好ましくは10%以下である。
【0055】
以下に、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例1】
【0056】
1.「SEREX法による腫瘍抗原遺伝子のクローニングと同定」
1-1.方法
<細胞培養法>
RCC患者由来の腎癌細胞、株化腎癌細胞であるVMRC-RCWはMinimum Essential Medium Alpha Medium with L-glutamine, ribonucleotides and deoxyribonucleotide (GIBCO), 10% FBS (Tissue Culture Biologicals), 1% Antibiotic Antimycotic (GIBCO)によって37.0℃、5.0% CO2条件下で培養した。
<ヒト血清>
腫瘍抗原のスクリーニングに用いた血清は、東京大学医科学研究所「第IV期腎細胞がん患者を対象とするGM-CSF遺伝子導入自己複製能喪失自家腫瘍細胞接種に関する臨床研究」に参加した患者のうち最も臨床的効果を認めた第2症例(以下「GT2」)の血清を、文書による同意を得た後、使用した。血清の採取時期は腫瘍ワクチン接種開始後24日、39日、53日、67日、81日であり、これらを等量混合した血清をスクリーニングに用いた。また、各種担癌患者および正常人(健常人)から血清を採取した。
<GT2血清のブロッキングと吸収>
Carbenicillin入りのLB 培地 10 ml中に、(1) ウエスタンブロッティング用の血清のブロッキングと吸収 の場合にはBL21 (pET/D/lacZ positive control plasmidまたはpBAD/D/lacZ positive control plasmid入り)を、(2) SEREX用の血清のブロッキングと吸収 の場合には大腸菌宿主であるXL1-Blue MRF'を、植菌して一晩培養した (250rpm, 37.0℃)。翌日、Carbenicillin入りのLB 培地 300 mlに前日から増やしておいた大腸菌を3ml入れOD600=1.0になるまで培養し (250 rpm, 37.0℃)、そこに1M IPTGを300μl入れ4時間培養した (250 rpm, 37.0℃)。この溶液を遠心 (3000 rpm, 15 min, 4℃)した後、上清を捨ててTE 15mlに懸濁させた。その後、-80℃での凍結と37℃での融解を計4回くり返し、さらに、氷水中での超音波破砕を20秒間隔で計6回くり返した。これを遠心(10000×g, 20 min, 4℃)し、その上清を新しいチューブに移してこれをE.Coli 溶解液とした。
【0057】
(1) ウエスタンブロッティング用のGT2血清のブロッキングと吸収の場合、血清100μlに対して5%スキムミルクTBS-Tween (0.05%Tween)溶液 (0.1%NaN3)8.9 ml、E.Coli 溶解液 1mlを混ぜ、4℃、一晩インキュベートを行い、翌日遠心(3000rpm, 10min, 4℃)してブロッキング処理を終了した。
【0058】
(2) SEREX用のGT2血清のブロッキングと吸収の場合、血清1mlに対して5%スキムミルクTBS-Tween 溶液 4ml、E.Coli 溶解液 10mlを混ぜ、4℃、一晩インキュベートを行い、翌日遠心 (3000rpm, 10min, 4℃)して100mlボトルに上清約14mlを移し、そこへ5%スキムミルク86 mlを加えて合計100 mlとした。次に、λZAP Express control DNAをGigapack(登録商標) III Gold packaging extractでファージ化したもの(ネガティブファージ)による吸収を行った。1.5% NZY plate ( 171 mM NaCl, 16.2 mM MgSO4・7H2O, 0.5% Yeast Extract, 1.0% NZ Amine(登録商標), Type A , 1.5% Ager;住友ベークライトの細胞培養用150φシャーレ)一枚当たり2.0×104 pfuになるように1.0×104 pfu/μl (SM Buffer)のネガティブファージ2.0μl、大腸菌宿主であるXL1-Blue MRF' 入りのLB溶液 (10 mM MgSO4, 0.2% maltose含有 OD600=0.5)500μlを用いて、以下SEREXの項で示したものと同様の手順で計90枚のメンブレンを、先に作った100mlの一次抗体溶液で処理した後回収し、ブロッキング及び吸収を終了した。
<RNAの抽出>
各々の細胞は細胞培養用150φシャーレ (住友ベークライト)に細胞が飽和状態になる直前まで培養し、培養液を取り除いた後10mlのPBSで洗浄し、TRIzol(登録商標) (Invitrogen)18 mlを加え、室温で5分間インキュベートし、3.6mlのCHCl3を加え15秒間勢いよく振り、室温で3分間インキュベートして、1750×g、4℃で15分間遠心した。得られた水層を新しいチューブに移しiPrOHを9ml加えた。再び15秒間勢いよく振り、室温で40分間インキュベートして、9600×g、4℃で20分間遠心した。得られたペレットを残して上清を捨て18mlの80%EtOHで洗い9600×g、4℃で5分間遠心した。得られたペレットを残して上清を捨て10分間乾燥させた後滅菌水に溶かした。RNA濃度の測定はMultiskan Spectrum (Thermo Labsystems)を用いて50倍希釈したRNA溶液の吸光度をOD260で測定し、RNA(μg/μl)=(OD260)×0.04×Dの式によって算出した(Dはdilution factor)。
<SEREX 法による腫瘍抗原遺伝子の発現スクリーニング>
ファージライブラリー作製用のmRNAは株化腎癌細胞であるVMRC-RCWとGT2由来の培養腎癌細胞より抽出した。まず、前述の手順で得たtotalRNAを用いてFast Track(登録商標)2.0 kit (invitrogen)添付プロトコールに従ってmRNAを抽出し、このmRNAを用いてZAP Express(登録商標) cDNA Synthesis Kit and ZAP Express(登録商標) cDNA Gigapack(登録商標) III Gold Cloning Kit (STRATAGENE(登録商標))によってcDNAを合成し、ラムダファージ発現ベクターであるlambda ZAP Expressを用いて発現ライブラリーを構築した。この発現ライブラリーの10倍希釈溶液1μl (SM Buffer)を大腸菌宿主であるXL1-Blue MRF' 入りのLB溶液 (10 mM MgSO4, 0.2% maltose含有OD600=0.5)200μlに37.0℃で15分間インキュベートして感染させ、42.0℃で溶液状態にあるNZY top ager 2.5 mlとともにNZY plateに注いでTiterの測定を行った。生じたプラークのインサート率については40個のプラークを直接PCRして調べた。
【0059】
PCRは、
センスプライマーT3:5'-AATTAACCCTCACTAAAGGG-3'(配列番号1)
アンチセンスプライマーT7:5'-GTAATACGACTCACTATAGGGC-3'(配列番号2)
によりTOYOBOのKODplusを用いて94.0℃ 2min. (denaturation 94.0℃ 30 sec. annealing 56.0℃ 30 sec. extension 68.0℃ 3 min.)×35cycle 68.0℃ 5 minの条件で行った。その結果に基づいてNZY plate (150φシャーレ, 住友ベークライト)一枚当たり1.0×104 pfuになるようにファージ溶液とXL1-Blue MRF'溶液の混合比率を調整し、37.0℃で15分間インキュベートして感染させ、42.0℃で溶液状態にあるNZY top agar 6.5 mlとともにNZY plateに注いだ。その後42℃で30分間乾燥させ、さらに3.5時間インキュベートし、プラークが確認された後再度30分間乾燥させた。そこへ、20 mMのIPTG水溶液を加えた後乾燥させたHybondTM-C Extra, Nitrocellulose membrane, 0.45 Micron, 137mm (Amersham Biosciences)をプレート表面に張り付け、37℃で3時間インキュベートした。3時間後メンブレンをはがし、TBS-Tween (10 mM Tris-HCl (pH7.5), 150 mM NaCl, 0.05% Tween20)で15分間の振盪洗浄を2回行い5%スキムミルクTBS-Tween溶液50 mlに浸けて10分間振盪し4℃で一晩ブロッキングした。次の日、ブロッキング処理した1次抗体の血清入りスキムミルクにメンブレンを浸け4時間振盪した。血清は出来る限り回収し4℃で保存し、メンブレンはTBS-Tweenで2回洗浄した後7分間の振盪を3回行った。次に2次抗体 (Alkaline phosphatase conjugated goat affinity purified antibody to human IgG Fc, ICN Pharmaceuticals, Inc.)25μlを5%スキムミルクTBS-Tween溶液50 mlに加え、メンブレンを1時間浸けた。TBS-Tweenで2回洗浄した後10分間の振盪洗浄を2回行い、さらに、TBS (Tweenなし)で7分間の振盪洗浄を2回、そして、Reaction Buffer (100 mM Tris-HCl (pH9.5), 50 mM MgCl2, 100 mM NaCl)で20分の振盪を行った。以上の操作を行ったメンブレンを発色液 (Reaction Buffer 30ml、NBT 13.5mg、BCIP 5.25mg ; BIO-RAD)に浸け染まり具合を確認しながら適宜、蒸留水中に移した。この後2回蒸留水で洗浄し、TEに10分間つけてからメンブレンを乾燥させた。このメンブレンの発色状況を基に陽性プラークをピックアップし、各々をSM Buffer 200μlに溶かしてvortexし、5μlのCHCl3を加えて4℃で保存した。次に、この回収したファージを用いて上記と同じ操作を90mmシャーレ(Falcon)とHybondTM-C Extra, Nitrocellulose membrane, 0.45 Micron, 82mm (Amersham Biosciences)で行い (2nd screening)、陽性プラークと思われるプラークを4ケ所ピックアップし、PCRによってインサートDNA部分を増幅して電気泳動により同じ位置にバンドが確認されたもののみを陽性プラークとして、DNA配列解析によって同定し、SEREX抗原とした(図1)。
【0060】
PCRは、
センスプライマーT3:5'-AATTAACCCTCACTAAAGGG-3'(配列番号1)
アンチセンスプライマーT7:5'-GTAATACGACTCACTATAGGGC-3'(配列番号2)
によりKODplusを用いて94.0℃ 2 min、(denaturation 94.0℃ 30 sec. annealing 56.0℃ 30 sec. extension 68.0℃ 3 min.)×34、68.0℃ 5 minの条件で行った。
シークエンス反応は、
センスプライマーT3:5'-AATTAACCCTCACTAAAGGG-3'(配列番号1)
アンチセンスプライマーT7:5'-GTAATACGACTCACTATAGGGC-3'(配列番号2)
によりBig Dye Terminatorを用いて96.0℃ 2min (denaturation 96.0℃ 30sec. annealing 50.0℃ 15sec. extension 60.0℃ 4min.)×25cycleの条件で行った。
<DNA配列解析>
PCRによって増幅させたDNAをQIAquick PCR Purification Kit (QIAGEN)によって精製したもの、もしくは精製したプラスミドやファージを鋳型にしてApplied Biosystems DNA Sequencing KitによりPCRを行い蛍光物質の付加したDNA断片を準備し、AutoSeqTM G-50 (Amersham Biosciences)によってPCR 産物の精製を行った。この精製産物をABI PRISMTM 377 DNA Sequencerを用いてDNA配列解析した。得られたDNA配列に対応する遺伝子はNCBIホームページ(http://www.ncbi.nih.gov/index.html)中のNucleotide-nucleotide BLAST (blastn)によって検索した。
【0061】
1-2.結果
本発明者の以前の報告では治療前後の患者血清を用いたイムノブロッティングの結果、4症例において250 kDaタンパク質との強い反応がみられた。このシグナルは治療後の自己血清により出現しており、治療前の自己血清では確認できないため、当該タンパク質に対する抗体が治療によって誘導されたものと考えられた。この結果を受け、臨床経過が良好であった第2症例の培養腎癌細胞及び株化腎癌細胞であるVMRC-RCWのmRNAとλファージ発現ベクター(Zap Express)を用いてそれぞれ100万pfu程度の発現ライブラリーを構築し、このファージライブラリーをホストとなる大腸菌に感染させ抗体をプローブとして用いるExpression cloningの1つであるSEREX法によるスクリーニングを行った(図1)。1次抗体としては第2症例の患者の血清を用い、2次抗体としてはanti-hIgGを用い、周囲に比べて強く発色したプラークを陽性プラークとしてクローン化した。その結果、12個のSEREX抗原がCase2由来のライブラリーから単離され、16個のSEREX抗原がVMRC-RCW由来のライブラリーから単離され、合計28クローンの陽性プラークを得、配列解析で13種類の既知遺伝子のC末端側部分配列が抗原としてクローン化されたことがわかった。そのうち、最も多かったのがtNASPで9個クローン化された。以下、EKI1が5個、PHF3、vezatin、E2bが2個、その他1個の順であった。

2.「各種腫瘍患者における正常/腫瘍細胞でのSEREX抗原遺伝子発現差異の解析」
2-1.方法
Cancer profiling arrayとしてBD Cancer Profiling Array II (BD Biosciences)を使い、PCRによって増幅した各遺伝子のcDNAを1%アガロースゲル電気泳動とRECOCHIP (Takara)によって精製してプローブとし、ハイブリダイゼーションにはAlkphos Direct Labelling Reagents (Amersham Bioscience)を用いた。PCRにはTOYOBOのKODplusを用いて94.0℃ 2min. (denaturation 94.0℃ 30sec. annealing 56.0℃ 30sec. extension 68.0℃ 3min.)×35cycle 68.0℃ 5minの条件で行った。
【0062】
このとき用いたプローブcDNAのプライマーは、
NASP:
5'-CACCATGGCCATGGAGTCCACAGC-3'(配列番号3)
5'- ACATGCAGTGCTTTCAACTGT-3'(配列番号4)
TMF:
5'-CACCACAGTTGAATTTCTGAATGA-3'(配列番号5)
5'-ACTGAGACTTTGTCTTAAAAGTTCA-3'(配列番号6)
である。(テンプレートはタンパク発現用に調整したプラスミド)。
【0063】
メンブレンは事前に室温のミリQ水に浸けプレハイブリダイゼーションはHybridization Incubator (Robbins Scientific(登録商標) MODEL1000; Robbins Scientific)を使い55℃、30分とした。用いたcDNAは100 ng、ハイブリダイゼーションバッファーは12 mlとした。ハイブリバック (コスモ・バイオ株式会社)で一晩、55.0℃でハイブリダイゼーションさせた後、一次洗浄バッファー (2M urea, 0.1% SDS, 50mM NaH2PO4・2H2O, 150 mM NaCl, 1 mM MgCl2, 0.2% Blocking reagent)で55℃、10分間の振盪洗浄を2回、二次洗浄バッファー (50mM Tris base, 100mM NaCl, 2mM MgCl2, pH 10.0) で室温、5分間の振盪洗浄を2回行い、ECL plus Western Blotting Detection System (Amersham Biosciences)によってシグナルの検出を行った。シグナル検出にはLAS-3000 (FUJIFILM)を用いた。シグナル検出後は98.0℃に過熱した0.5% SDS 800 ml中に浸して室温になるまで放置し剥離処理をした。今回用いた array では19の臓器において、すなわち、乳房、卵巣、結腸、胃、肺、腎臓、子宮、頸部、直腸、甲状腺、精巣、皮膚において各々10人分、小腸、膵臓において各々7人分、膀胱、外陰において各々5人分、前立腺において4人分、気管、肝臓において各々3人分に関して合計154人分のデータを検討した。1ブロックが各臓器別になっており、各ブロック中の左側が正常組織由来、右側が癌組織由来、そして横のペアが同一人物由来となっている。
【0064】
2-2.結果
各SEREX抗原遺伝子の、正常組織と癌組織におけるmRNAの発現量をCancer profiling arrayを用いて検討した。arrayに各SEREX抗原のcDNAをハイブリダイズさせ、ハイブリダイゼーションシグナルを化学発光によって検出した。このシグナルを定量化して各臓器ごとにどちらの組織でmRNA発現量が多くなっているかをまとめた。Y軸の数値は正常組織に対する強度分の癌組織に対する強度を対数値として表している。つまり1より大きいプロットが癌組織において発現量が多く、1より小さいプロットが正常組織において発現量が多くなっていることを表している。各データはユビキチンの強度により補正を行っている。関連2群の両側t検定で差が認められるものに関しては赤いドットで表した。その結果注目されるのがtNASP遺伝子で、甲状腺を除くほぼ全ての臓器で癌組織での発現が多い傾向が見られ、卵巣、子宮、頸部、精巣、小腸の5つの臓器で癌組織において有意な差が認められた。しかし、その他のSEREX抗原に関しては特にどちらか一方に片寄っている傾向はみられなかった。

3.「GM-CSF遺伝子導入ワクチン接種前後の患者血清中抗体の反応性」
3-1.方法
<EREX抗原の発現ベクターの構築>(図2)
SEREXによってSEREX抗原として同定した遺伝子のcDNAを蛋白質発現用ベクターに組み込むためにpET102 Directional TOPO(登録商標) Expression Kits (Invitrogen)、pBAD102 Directional TOPO(登録商標) Expression Kits (Invitrogen)を用いた。両者のベクターに組み込むためのcDNAはRNAの抽出の項で得たVMRC-RCW由来のtotalRNA3.6μgを用いてSuperScriptTM First-Strand Synthesis System for RT-PCR (Invitrogen)によって20μlの系でcDNAを合成し、80μlの滅菌水を加えてtotal 100μlとした。これを鋳型にしてクローニングすべき各々の遺伝子のプライマーを設計してPCRによって増幅した。
【0065】
このとき用いたプライマーは、
NASP:
5'-CACCATGGCCATGGAGTCCACAGC-3'(配列番号7)
5'- ACATGCAGTGCTTTCAACTGT-3'(配列番号8)
TMF:
5'-CACCACAGTTGAATTTCTGAATGA-3'(配列番号9)
5'-ACTGAGACTTTGTCTTAAAAGTTCA-3'(配列番号10)
である。上流の5'側には方向性を持たるためにCACC配列が付加されている。上段が上流のプライマー、下段が下流のプライマーである。
【0066】
PCRの条件は94.0℃ 2min. (denaturation 94.0℃ 30sec. annealing 56.0℃ 30sec. extension 68.0℃ 3min.)×35cycle 68.0℃ 5minで行った。これをQIAquick PCR Purification Kit (QIAGEN)と1%アガロースゲル電気泳動とRECOCHIP (Takara)によって精製し、プロトコールに従って組み込み操作を行った後大腸菌宿主であるTop10にトランスフェクションしてLB Ampicillineプレートに全量を撒き、37.0℃, 一晩インキュベートしてシングルコロニーを形成させた。生じたコロニーに目的のプラスミドが存在しているかどうかを調べるためにインサート遺伝子のプライマーを用いてコロニーPCRを行い、それにより陽性と思われるプラスミドをRapid Plasmid Purification Systems (MARLIGEN)によって抽出し、これを鋳型としてABI PRISMTM 377 DNA Sequencerを用いてDNA配列の確認をした。ベクターのインサートDNAの配列解析のためのシークエンス反応は、
TrxFus Forward:5'-TTCCTCGACGCTAACCTG-3'(配列番号11)
によりBig Dye Terminatorを用いて96.0℃ 2min (denaturation 96.0℃ 30sec. annealing 50.0℃ 15sec. extension 60.0℃ 4min.)×25cycleの条件で行った。
<SEREX抗原蛋白質の精製>
上記の操作によって得たプラスミドを大腸菌宿主であるBL21 (DE3)にトランスフェクションしてLB Ampicillineプレートに全量を撒き、37.0℃, 一晩インキュベートしてシングルコロニーを形成させた。1つのコロニーをイエローチップで回収し、Ampicilline入りのLB 培地 10 mlで37.0℃, 250 rpm, 一晩培養し、コンフルエントになったBL21 (DE3)のLB溶液1 mlと30% glycerol LB溶液1 mlをよく混ぜて-80℃で保存した。この-80℃で保存したBL21 (DE3)の一部をAmpicilline入りのLB 培地でOD600=1.0になるまで37.0℃, 250 rpmで培養し、pET102/D-TOPOの場合は最終濃度が1 mMになるようにIPTGを、pBAD102/D-TOPOの場合は条件検討の結果に基づいてL-arabinoseを加えた (tNASPが最終濃度0.002%、sNASPが最終濃度0.02%)。その後4時間37.0℃, 250 rpmでインキュベートして氷水中に曝した。十分に冷却されたところで遠心チューブに移し、3000 rpm, 4℃, 10分で遠心して上清を捨てた。約20分-80℃で冷却した後、解凍してMagneHisTM Protein Purification Kit (Promega)のプロトコールによって目的のタンパク質を精製した。その際、用いたLysis Buffer及びElution BufferにはProtease Inhibitor Cocktail TabletsのComplete, Mini, EDTA-free (Roche)を1粒 / 10 mlを入れて溶かした。精製したタンパク質はDC Protein Assay (BIO-RAD)を用いてOD750での吸光度を測定し、スタンダード溶液の濃度と吸光度を基にして作製した検量線から目的のタンパク質の濃度を算出した。
<SDS-PAGE>
サンプルを 1.5 mlのエッペンドルフチューブにとり、等量の2×サンプルバッファー(1.25mM Tris-HCl(pH6.8), 20%glycerol, 4%β-mercaptoethanol, 0.002 g/ml Bromophenol Blue, 0.04 g/ml SDS)を加えてボルテックスし、98℃、5分ボイル後氷水中に曝した後室温に戻した。次に4%の濃縮ゲルと10%のアクリルアミドゲルから成るプレキャストゲル (PAGミニ「第一」10(13w); 第一化学薬品)のコームを取り外してから泳動槽 (カセット電気泳動槽「第一」MODEL DPE-1020)にセットし、泳動バッファー (1×Tris / glycine, 0.1% SDS)400 mlを注いだ。ピペットを使ってウェルをフラッシュし、サンプルとマーカー (Precision Protein StandardsTMまたはPrecision Plus Protein StandardsTM; BIO-RAD)をアプライした後泳動槽の蓋を閉めPOWER PAC3000 (BIO-RAD)を使って40 mA、60分の条件下で泳動した。
<ウエスタンブロッティング>
SDS-PAGE後のアクリルアミドゲルをブロッティングバッファー (1×Tris / glycine, 20% MeOH)に浸け20分程振盪した。その間にメンブレン (Immuno-BlotTMPVDF Membrane for Protein Blotting (0.2μm); BIO-RAD)の浸透処理を行った。まずメンブレンをMeOHに20秒程軽く揺らしながら浸し、すぐにブロッティングバッファーに入れ軽く揺らしながら馴染ませ、さらに5分間振盪した。また、ブロッティング用の濾紙(Extra Thick Blot Paper Mini blot size; BIO-RAD)もブロッティングバッファーに入れ軽く揺らしながら馴染ませた。次に、セミドライブロッティング装置 (TRANS-BLOT(登録商標)SD SEMI-DRY TRANSFER CELL; BIO-RAD)を準備し、陽極側から濾紙、メンブレン、ゲル、濾紙、陰電極の順で重ねていき15 v、60分で通電した。通電終了後、TBS-Tween (0.1% Tween)で10分間振盪し、50mlの5%スキムミルクTBS-Tween (0.1% Tween)溶液に浸けて振盪させメンブレンを適切なところで切り分けて4℃、一晩ブロッキングを行った。翌日、ブロッキングバッファーを捨て、TBS-Tweenで2回ほど軽くすすぎ、15分・5分・5分の洗浄を行った。次にGT2血清のブロッキングと吸収の項で準備したウエスタンブロッティング用の1次抗体溶液にメンブレンを浸けて室温で1時間振盪し、TBS-Tweenで2回ほど軽くすすいでから7分の振盪を4回行った。そして、2次抗体のanti-hIgG (Peroxidase-Conjugated F(ab')2 Fragment of Rabbit Anti-Human IgG Specific for Gamma-Chains; DAKO) 2μlを10 mlの5%スキムミルクTBS-Tween (0.05% Tween)に混ぜた溶液にメンブレンを浸けて室温で1時間振盪し、TBS-Tweenで2回ほど軽くすすいでから7分の振盪を4回行った。
【0067】
その後、平らに敷いたラップの上に短冊状に切ったメンブレンを並べ、余分な水分をキムワイプで吸い取りECL plus Western Blotting Detection System (Amersham Biosciences)のSolutionA 5 mlとSolutionB 125μlを混ぜた検出溶液をメンブレン全体にかけて1分間インキュベートした。1分後キムワイプで余分な検出溶液を軽く吸収し、しわが寄らないようラップで包んでからLAS3000 (FUJIFILM)でバンドの検出を行った。検出後、リプローブ処理のため抗体除去バッファー (2% SDS、100 mM β-Mercaptoethanol、62.5 mM Tris-HCl (pH6.8))にメンブレンを入れ70℃、30分振盪しながらインキュベートしTBS-Tweenで2回ほど軽くすすいでから7分の振盪を2回行い、5%スキムミルクTBS-Tween (0.1% Tween)溶液に浸けて室温で1時間振盪させ、V5 antibody 0.5μlを10 mlの5%スキムミルクTBS-Tween (0.05% Tween)に混ぜた溶液にメンブレンを浸けて室温で1時間振盪し、TBS-Tweenで2回ほど軽くすすいでから7分の振盪を4回行った。その後、再びECL plusによってシグナルの検出を行った。シグナル検出にはLAS-3000 (FUJIFILM)を用いた。また、各種腫瘍患者の血清における各SEREX抗原に特異的な抗体の検出をした場合は、2次抗体にanti-hIgG (alkaline phosphatase conjugated; DAKO)を用いNBT/BCIPの溶液により発色検出した。
【0068】
3-2.結果
ウエスタンブロッティング法によってSEREX抗原に対する患者血清中の抗体の反応性を調べるために各SEREX抗原をpETもしくはpBAD102/D-TOPOタンパク発現ベクターに組み込んだ。本ベクターにはクローニングサイトの3'側に発現タンパクの精製を可能とするHisタグと、バンドの位置や転写量の確認を可能とするV5エンベロープが組み込まれているので、これを利用して精製を行い、SDS-PAGEで泳動した後、メンブレンに転写してワクチン接種前後の血清を反応させ、抗体の力価を定量化した。その結果、tNASPとTMFでワクチン接種後に抗体価の上昇が確認された。各データは患者血清による反応の後ストリッピング処理によって抗体を除去して、V5抗体によってリプローブ処理をしてバンドの位置を確認し、反応したバンドの強度によって補正をした。

4.「遺伝子治療患者サンプルを用いたNASP及びTMF遺伝子発現の確認」
4-1.方法
今回のGM-CSF免疫遺伝子治療の臨床研究に参加された第1症例(GT1)、第2症例(GT2)、第3症例(GT3)の培養正常腎細胞と培養腎癌細胞、第4症例(GT4)の培養腎癌細胞、エントリーされたGT3.1の培養正常腎細胞と培養腎癌細胞、及び株化腎癌細胞であるVMRC-RCWから、RNAの抽出の項で示した手順によって得たtotalRNAを各々4.0μg用いて、SuperScriptTM First-Strand Synthesis System for RT-PCR (Invitrogen)によって20μlの系でcDNAを合成し、80μlの滅菌水を加えてtotal 100μlとした。これを鋳型にして、tNASP、そのスプライシングバリアントであるsNASP、及びTMF遺伝子のプライマーを設計してPCRによって増幅した。PCRにはTOYOBOのKODplusを用いて94.0℃ 2min、(denaturation 94.0℃ 30 sec. annealing 56.0℃ 30sec. extension 68.0℃ 3min.)×30、68.0℃ 5minの条件で行った。
【0069】
このとき用いたプライマーは、
NASP:
5'-AGAACAGGTTTATGACGCCAT-3'(配列番号12)
5'-CTTCATTAGCAGCTATCTGAA-3'(配列番号13)
TMF:
5'-CACCACAGTTGAATTTCTGAATGA-3'(配列番号14)
5'-ACTGAGACTTTGTCTTAAAAGTTCA-3'(配列番号15)
であり、上段が上流のプライマー、下段が下流のプライマーである。
【0070】
4-2.結果
tNASP、sNASP及びTMFがlibrary sourceとなったCase2培養腎癌細胞で発現しているかを確認し、さらに同様にワクチン接種を受けた他の第IV期腎細胞癌患者3人の正常組織と癌組織で発現しているかを調べるためにPT-PCRを行った。腫瘍細胞、及び正常組織細胞共に、培養状態での各遺伝子発現の検索では、tNASP、sNASP及びTMFのいずれも正常細胞と癌細胞の両方で確認され、培養状態では癌特異的な発現は認められなかった。(図3)

5.「NASP及びTMF遺伝子のcDNAパネルによる各正常臓器での発現確認」
5-1.方法
Human MTCTM Panel I、II (BD Bio sciences)を用いて、tNASP、sNASP及びTMFの各正常臓器 (心臓、脳(whole)、胎盤、肺、肝臓、骨格筋、腎臓、膵臓、脾臓、胸腺、膀胱、精巣、子宮、小腸、大腸、及び末梢血白血球)における遺伝子発現を検討するためにPCRによる発現確認を行った。PCRにはTOYOBOのKODplusを用いて94.0℃ 2min、(denaturation 94.0℃ 30sec. annealing 56.0℃ 30sec. extension 68.0℃ 3min.)×34、68.0℃ 5 minの条件で行った。
【0071】
このとき用いたプライマーは、
NASP:
5'-AGAACAGGTTTATGACGCCAT-3'(配列番号12)
5'-CTTCATTAGCAGCTATCTGAA-3'(配列番号13)
TMF:
5'-CACCACAGTTGAATTTCTGAATGA-3'(配列番号14)
5'-ACTGAGACTTTGTCTTAAAAGTTCA-3'(配列番号15)
であり、上段が上流のプライマー、下段が下流のプライマーである。
【0072】
5-2.結果
GM-CSF免疫遺伝子治療後の患者血清中の抗体で治療前と比較して抗体量の増加が確認されたSEREX抗原、tNASP、sNASP及びTMFにおいて、各正常臓器(心臓、脳(whole)、胎盤、肺、肝臓、骨格筋、腎臓、膵臓、脾臓、胸腺、膀胱、精巣、子宮、小腸、大腸、及び末梢血白血球)での発現状況を確認するためRT-PCRを行った。その結果、tNASP、sNASP及びTMFのいずれに関しても、発現量の強度に差は認められるが全ての組織でその発現が確認された。(図4)

6.「各種癌患者血清中の抗体の反応性」
GVAX接種前後でその抗体量に変化があったSEREX抗原、NASPとTMFに対する抗体の有無を、各種腫瘍患者(腎細胞癌、子宮頚癌、大腸癌、子宮体癌、メラノーマ、食道癌、及び肺癌)と健常人において、ウエスタンブロッティングによって調べたところ、図5〜7に示したような結果となった。SEREX抗原として最も数多くクローニングされたtNASP(図5)に関しては、各種腫瘍患者と健常人において、その抗体の有無で特に差は認められなかった。興味深いことにTMF(図7)に関しては、健常人では抗体は検出されず腎細胞癌において69%の陽性率(抗体保有率)を示したのをはじめとして、子宮頚癌で54%、大腸癌で53%、子宮体癌で47%、メラノーマで39%、食道癌で33%、肺癌で13%という結果であった。

7.「考察」
今回我々はRCCの癌抗原同定のため担癌患者の血清中のIgG抗体によって認識される癌抗原をコードしているcDNAを単離する技術として用いられているSEREX法を実施し、さらにGM-CSF遺伝子導入ワクチン接種の前後で抗体価が上昇した癌抗原の同定を試みた。SEREX法での検討結果から、28個、13種類の既知遺伝子クローンを得た。
【0073】
様々な臓器における正常組織と癌組織でのSEREX抗原のmRNAの発現量を比較するためにCancer profiling arrayを行った。その結果、tNASPがほぼ全ての臓器でその発現量が優位になっている傾向が見られた。このNASPタンパク質はマウスでの報告では4番染色体上に存在し、tNASPとsNASPの2つのvariantが存在し、sNASPはalternative splicing によってtNASPの中心部分の配列が約1kbにわたって除かれた構造になっている。そして、両者ともヒストン結合部位、ロイシンジッパー、ATP/GTP結合部位、核局在化シグナルをもっている。発現組織はtNASPは精巣と胚性組織、癌細胞でのみ発現しており、sNASPは全ての分裂細胞で発現しているとされている。ヒトのNASPでは1番染色体上の同一遺伝子座にvariant 1〜3まで存在し、variant 1及び2がtNASPに相当し、variant 3がsNASPに相当する。そして、ヒトでの各正常組織における発現状況は図4に示したようにいずれの組織においても発現が確認された。また、培養正常腎細胞と培養腎癌細胞を用いてRT-PCRを行ったがどちらの細胞でも発現が確認された。
【0074】
SEREX抗原に対するGM-CSF遺伝子導入ワクチン接種前後の患者血清中の抗体の反応性を調べたところ、tNASPとTMFでワクチン接種後に抗体価の上昇が確認された。計算上tNASPのタンパク質分子量が86.68kDa、TMFのタンパク質分子量が120.23kDa である。TMFではワクチン接種前後で約10倍の抗体量の増加が認められた。これによりTMFに対する抗体量の増加がGM-CSF遺伝子導入ワクチン接種により誘導され癌の増殖抑制の一翼を担ったことが示された。また、sNASPは、tNASPのスプライシングバリアントでその配列は全てtNASPに含まれるにも関わらず抗体の反応性が高いという興味深い結果が得られた。この理由としては、tNASPとは異なるエキソンの結合部位が認識されていると考えられる。
【0075】
さらに、各種癌患者と健常人において血清中抗体の有無を調べた結果、TMFが健常人では検出されず腎細胞癌において69%の陽性率を示したのをはじめとして子宮頚癌で54%、大腸癌で53%、子宮体癌で47%、メラノーマで39%、食道癌33%、肺癌13%という結果であった。TMFは担癌患者にのみ反応性がみられることから、腫瘍マーカーとして特に有用であると言える。
【図面の簡単な説明】
【0076】
【図1】SEREX法の概略を示す図である。
【図2】SEREX抗原の発現ベクターの構築過程を示す概略図である。
【図3】正常細胞と腎癌細胞における各種mRNAの発現確認の結果を示す写真である。
【図4】様々な正常組織における各種mRNAの発現確認の結果を示す写真である。
【図5】各種腫瘍患者と健常人の血清における抗体反応陽性率を示すグラフである。
【図6】各種腫瘍患者と健常人の血清における抗体反応陽性率を示すグラフである。
【図7】各種腫瘍患者と健常人の血清における抗体反応陽性率を示すグラフである。
【配列表フリーテキスト】
【0077】
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【特許請求の範囲】
【請求項1】
抗NASP抗体及び/又は抗TMF抗体を含むことを特徴とする、腫瘍マーカー。
【請求項2】
腫瘍が、腎細胞癌、大腸癌、メラノーマ、食道癌、肺癌、子宮体癌、及び子宮頚癌からなる群より選ばれる少なくとも1種である、請求項1に記載のマーカー。
【請求項3】
NASP及び/又はTMFを含むことを特徴とする、腫瘍診断用組成物。
【請求項4】
腫瘍が、腎細胞癌、大腸癌、メラノーマ、食道癌、肺癌、子宮体癌、及び子宮頚癌からなる群より選ばれる少なくとも1種である、請求項3に記載の組成物。
【請求項5】
NASP及び/又はTMFを含むことを特徴とする、腫瘍診断用キット。
【請求項6】
腫瘍が、腎細胞癌、大腸癌、メラノーマ、食道癌、肺癌、子宮体癌、及び子宮頚癌からなる群より選ばれる少なくとも1種である、請求項5に記載のキット。
【請求項7】
NASP及び/又はTMFと生体試料とを反応させることを特徴とする、抗NASP抗体及び/又は抗TMF抗体の検出方法。
【請求項8】
請求項7に記載の方法により得られる検出結果を指標とすることを特徴とする、腫瘍の診断方法。
【請求項9】
腫瘍が、腎細胞癌、大腸癌、メラノーマ、食道癌、肺癌、子宮体癌、及び子宮頚癌からなる群より選ばれる少なくとも1種である、請求項8に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2006−242869(P2006−242869A)
【公開日】平成18年9月14日(2006.9.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−61605(P2005−61605)
【出願日】平成17年3月4日(2005.3.4)
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【出願人】(899000079)学校法人慶應義塾 (742)
【Fターム(参考)】