説明

腫瘍細胞の同定方法および同定装置

【課題】検査者の経験に依拠せず、細胞診の正診率を向上させることのできる、腫瘍細胞の同定方法と装置の提供。
【解決手段】被検体画像からN/C比が0.5以上であるか判定する第1ステップと、第1ステップにおいてN/C比が0.5以上であると判定されたものについて、被検体画像から被検細胞のN/C比が0.8以上であるものを陽性であると判定する第2ステップと、被検体画像から被検細胞のクロマチン染色濃度が白血球のクロマチン染色濃度よりも高いものを陽性であると判定する第3ステップと、第1ステップにおいてN/C比が0.5以上でなかったもの、または、第2ステップおよび第3ステップにおいて陽性であると判定されなかったものについて、被検体画像から被検細胞の細胞質辺縁の外側に核の少なくとも一部が突出するものを陽性であると判定する第4ステップとを含む、腫瘍細胞の同定方法と、そのための装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被検体画像から腫瘍細胞を同定する方法および装置に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞診検査は、有資格の専門家(細胞検査士)によって良悪性を中心とした細胞の判定が行なわれる癌の検査法の1つである。細胞は正常細胞と異常細胞に分類され、細胞診では異常細胞を異型細胞(atypical cell)という用語で表現している。異型細胞とは、検査材料を、光学顕微鏡を使って観察した場合に、細胞の形態が正常から隔たっている細胞を指す。細胞診検査では、細胞形態の変化した異型細胞が悪性腫瘍によるものか、良性腫瘍によるものか、炎症などの非腫瘍性疾患によるものなのかを判別する。
【0003】
具体的には、細胞検査士は、検査材料について、(1)クロマチンの増量、(2)細胞質の濃染、異常、(3)N/C比大(核と細胞質の比:WHOの面積比から換算した直径比)、(4)核縁の不規則肥厚、(5)多核細胞、対細胞など結合性の異常、(6)細胞の大小不同、(7)細胞の多彩性、(8)単一な出現態度、(9)細胞結合の脆弱性、(10)壊死性背景、(11)異常細胞の量、(12)細胞の重積性、(13)細胞集塊の辺縁の異常、(14)核の大小不同、(15)核の配列不整、(16)核の重積性、(17)核クロマチン不規則分布、(18)オイクロマチン増量、(19)核偏在、(20)核突出、(21)核形不整、(22)大きな核小体、(23)核小体の数、(24)核内空胞、(25)細胞質内腺腔などの指標を観察することによって、上記判別を行っている。しかしながら、この細胞検査士の判別基準は、経験を通じて形成される暗黙知によるものであり、客観性や再現性に劣る。
【0004】
また、細胞診検査に関する技術として、例えば特許文献1には、細胞画像と核の蛍光信号から細胞画像を切出し、2値化して、この2値化された細胞画像面積から細胞径Cを算出し、核径Nを用いてN/C比を演算することが記載されている。また、特許文献2には、細胞の形状、細胞のサイズ、核のサイズ、核の形状、核−細胞質比、核大小不同の有無などを指標に、細胞の正常、異型性、または悪性に分類することが記載されている。
【0005】
また、非特許文献1には、早期の高分化型胃癌2例について異型度を核の断面積、核の長径、核の形状係数、極性、それぞれの変動係数および核と細胞質の比を用いて数量化し、9変量クラスター分析を行い、粘膜腺上皮の形態は異型度からは正常の腺上皮、低異型度異形性、高異型度異形性および腺癌の4群をカテゴリーとする分類が適当であることが開示されている。
【0006】
また、非特許文献2には、61の大腸機能低下上皮微小新形成を用いて直径5mm以下の微小腫ようの形態計測とp53発現との間の関係を評価し、核/細胞質面積比がp53の陽性発現頻度と関連したことが開示されている。また、非特許文献3には、膵島細胞腫瘍19例について良悪性の鑑別診断に関して臨床病理学的検討を行い、悪性の指標として有用であったのは画像解析による細胞異型のうち核直径、核矩径、核面積、核円形度ならびに核/細胞質比であることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平10−253624号公報
【特許文献2】特表2004−505278号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】レン・エイチ(REN H)、外4名,「胃の高分化型腺癌の発生に関する組織病理学的研究形態計量と多変量解析による異型度マッピング」,加齢医学研究所雑誌,1999年10月30日,第51巻,第1号,ページp.9−22
【非特許文献2】ワダ・アール(WADA R)、外7名,「ザ・ポシブル・アソシエーション・ビトウィーン・エクスプレッション・オブ・ピー53・アンド・ディベロップメント・イン・ディプレスト・タイプ・コロレクタル・カースノーマ(The possible association between expression of p53 and development in depressed type colorectal carcinoma)」,アクタ・ヒストケム・シトケム(Acta Histochem Cytochem),1993年,第26巻,第1号,ページp.21−25
【非特許文献3】吉井克己,「すい島細胞腫ようの臨床病理学的研究特に良悪性鑑別診断について」,1992年10月,東京女子医科大学雑誌,第62巻,第10号,ページp.915−922
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
細胞検査士の知識は教育や経験を通じて形成されており、前述のように各細胞検査士の判定基準が細胞判定の精度に大きく関与している。細胞検査士は、前述の(1)〜(25)等の細胞所見に基づいて良悪性を判別するが、これらの(1)〜(25)等の指標間で矛盾が生じたときに細胞検査士がどの指標を重要視するかによって、最終診断結果が違ってくるという実情にある。このため、各々の細胞検査士で正診率にばらつきが生じる。
【0010】
このことは、前述の特許文献2および非特許文献1〜3に記載の技術でも同じことであり、それぞれの指標間で矛盾が生じたときにどの指標を重要視するかによって、最終診断結果は違ってくることになる。
【0011】
そこで、本発明においては、検査者の経験に依拠せず、細胞診の正診率を向上させることが可能な腫瘍細胞の同定方法および同定装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の腫瘍細胞の同定方法は、被検体画像から被検細胞の細胞質に対する核の面積比(以下、「N/C比」と称す。)が0.5以上であるか判定する第1ステップと、この第1ステップにおいてN/C比が0.5以上であると判定されたものについて、被検体画像から被検細胞のN/C比が0.8以上であるものを陽性であると判定するステップ、または、被検体画像から被検細胞のクロマチン染色濃度が白血球のクロマチン染色濃度よりも高いものを陽性であると判定するステップのいずれか一方のステップにより判定を行い、陽性であると判定されなかったものについて他方のステップにより判定を行う第2ステップおよび第3ステップと、第1ステップにおいてN/C比が0.5以上でなかったもの、または、第2ステップおよび第3ステップにおいて陽性であると判定されなかったものについて、被検体画像から被検細胞の細胞質辺縁の外側に核の少なくとも一部が突出するものを陽性であると判定する第4ステップとを含む。
【0013】
本発明によれば、N/C比が0.5以上であると判定されたものについて、N/C比が0.8以上であれば陽性、あるいはクロマチン染色濃度が白血球のクロマチン染色濃度よりも高いものであれば陽性であると判定することができ、陽性であると判定されなかったものについては、被検細胞の細胞質辺縁の外側に核の少なくとも一部が突出するものを陽性であると判定することができる。一方、N/C比が0.5以上であると判定されなかったものについては、クロマチン染色濃度の判定を行うことなく、被検細胞の細胞質辺縁の外側に核の少なくとも一部が突出するものを陽性であると判定することができる。
【0014】
また、本発明の腫瘍細胞の同定方法は、第4ステップにおいて陽性であると判定されなかったものについて、被検体画像から被検細胞に核形不整がないものを陰性であると判定する第5ステップを含むことが望ましい。これにより、第4ステップにおいて陽性であると判定されなかったものの中から陰性である被検細胞を抽出することができる。
【0015】
また、本発明の腫瘍細胞の同定方法は、第5ステップにおいて陰性であると判定されなかったものについて、被検体画像から被検細胞の細胞径が20〜30μmのものを疑陽性であると判定する第6ステップを含むことが望ましい。これにより、前述の第5ステップにおいて陰性であると判定されなかったものの中から疑陽性であるものを抽出することができる。
【0016】
また、本発明の腫瘍細胞の同定方法は、第6ステップにおいて疑陽性であると判定されなかったものについて、被検体画像から被検細胞に核偏在がないものを陰性であると判定するステップ、または、細胞の結合性異常がないものを陰性であると判定するステップのいずれか一方のステップにより判定を行い、陰性であると判定されなかったものについて他方のステップにより判定を行う第7ステップおよび第8ステップを含むことが望ましい。これにより、第6ステップにおいて疑陽性であると判定されなかったものの中から陰性であるものを抽出することができる。
【0017】
また、本発明の腫瘍細胞の同定方法は、第7ステップおよび第8ステップにおいて陰性であると判定されなかったものについて、被検体画像から被検細胞にクロマチンの不規則分布がないものを陰性であると判定するステップ、または、核縁不規則肥厚がないものを陰性であると判定するステップのいずれか一方のステップにより判定を行い、陰性であると判定されなかったものについて他方のステップにより判定を行う第9ステップおよび第10ステップを含むことが望ましい。これにより、前述の第7ステップおよび第8ステップにおいて陰性であると判定されなかったものの中から陰性であるものを抽出することができる。
【0018】
また、本発明の腫瘍細胞の同定方法は、第9ステップおよび第10ステップにおいて陰性であると判定されなかったものについて、被検体画像から被検細胞に明瞭な核小体があるものを陽性、明瞭な核小体がないものを疑陽性であると判定する第11ステップを含むことが望ましい。これにより、前述の第9ステップおよび第10ステップにおいて陰性であると判定されなかったものの中から陽性または疑陽性であるものを抽出することができる。
【0019】
なお、第2ステップは、被検体画像からN/C比が0.8以上であるものを陽性であると判定するステップであり、第3ステップは、被検体画像から被検細胞のクロマチン染色濃度が白血球のクロマチン染色濃度よりも高いものを陽性であると判定するステップであることが望ましい。これにより、陽性である被検細胞をより早く抽出することが可能となる。
【0020】
本発明の腫瘍細胞の同定装置は、被検体画像を撮像する撮像手段と、撮像手段により撮像された被検体画像から被検細胞のN/C比を算出し、算出されたN/C比が0.5以上であるか判定する第1判定手段と、この第1判定手段においてN/C比が0.5以上であると判定されたものについて、被検体画像から被検細胞のN/C比が0.8以上であるものを陽性であると判定する手段、または、被検体画像から被検細胞のクロマチン染色濃度と白血球のクロマチン染色濃度とを算出し、算出された被検細胞のクロマチン染色濃度が算出された白血球のクロマチン染色濃度よりも高いものを陽性であると判定する手段のいずれか一方の手段により判定を行い、陽性であると判定されなかったものについて他方の手段により判定を行う第2判定手段と、第1判定手段においてN/C比が0.5以上でなかったもの、または、第2判定手段において陽性であると判定されなかったものについて、被検体画像から被検細胞の細胞質辺縁の外側への核の突出状態を検出し、被検細胞の細胞質辺縁の外側に核の少なくとも一部が突出するものを陽性であると判定する第3判定手段と、第2判定手段および第3判定手段による判定結果を出力する出力手段とを含むものである。
【0021】
本発明によれば、撮像された被検体画像から被検細胞のN/C比が0.5以上であると判定されたものについて、N/C比が0.8以上であれば陽性、あるいはクロマチン染色濃度が白血球のクロマチン染色濃度よりも高いものであれば陽性であると判定され、陽性であると判定されなかったものについては、被検細胞の細胞質辺縁の外側に核の少なくとも一部が突出するものが陽性であると判定され、この判定結果が出力される。一方、N/C比が0.5以上であると判定されなかったものについては、クロマチン染色濃度の判定を行うことなく、被検細胞の細胞質辺縁の外側に核の少なくとも一部が突出するものが陽性であると判定され、この判定結果が出力される。
【0022】
また、本発明の腫瘍細胞の同定装置は、第3判定手段において陽性であると判定されなかったものについて、被検体画像から前記被検細胞の核形状態を検出し、被検細胞に核形不整がないものを陰性であると判定する第4判定手段を含むものであることが望ましい。これにより、第3判定手段において陽性であると判定されなかったものの中から陰性である被検細胞を抽出することができる。
【0023】
また、本発明の腫瘍細胞の同定装置は、第4判定手段において陰性であると判定されなかったものについて、被検体画像から細胞径を検出し、細胞径が20〜30μmのものを疑陽性であると判定する第5判定手段を含むものであることが望ましい。これにより、第4判定手段において陰性であると判定されなかったものの中から疑陽性であるものを抽出することができる。
【0024】
また、本発明の腫瘍細胞の同定装置は、第5判定手段において疑陽性であると判定されなかったものについて、被検体画像から核の配置状態を検出し、核偏在がないものを陰性であると判定する手段、または、被検体画像から細胞の結合性を検出し、細胞の結合性異常がないものを陰性であると判定する手段のいずれか一方の手段により判定を行い、陰性であると判定されなかったものについて他方の手段により判定を行う第6判定手段を含むものであることが望ましい。これにより、第5判定手段において疑陽性であると判定されなかったものの中から陰性であるものを抽出することができる。
【0025】
また、本発明の腫瘍細胞の同定装置は、第6判定手段において陰性であると判定されなかったものについて、被検体画像からクロマチンの分布状態を検出し、クロマチンの不規則分布がないものを陰性であると判定する手段、または、被検体画像から核膜におけるクロマチン付着状態を検出し、核縁不規則肥厚がないものを陰性であると判定する手段のいずれか一方の手段により判定を行い、陰性であると判定されなかったものについて他方の手段により判定を行う第7判定手段を含むものであることが望ましい。これにより、第6判定手段において陰性であると判定されなかったものの中から陰性であるものを抽出することができる。
【0026】
また、本発明の腫瘍細胞の同定装置は、第7判定手段において陰性であると判定されなかったものについて、被検体画像から核小体を検出し、明瞭な核小体があるものを陽性、ないものを疑陽性であると判定する第8判定手段を含むものであることが望ましい。これにより、第7判定手段において陰性であると判定されなかったものの中から陽性または疑陽性であるものを抽出することができる。
【発明の効果】
【0027】
(1)N/C比が0.5以上であると判定されたものについて、N/C比が0.8以上であれば陽性、あるいはクロマチン染色濃度が白血球のクロマチン染色濃度よりも高いものであれば陽性であると判定し、陽性であると判定されなかったものについては、被検細胞の細胞質辺縁の外側に核の少なくとも一部が突出するものを陽性であると判定し、一方、N/C比が0.5以上であると判定されなかったものについては、クロマチン染色濃度の判定を行うことなく、被検細胞の細胞質辺縁の外側に核の少なくとも一部が突出するものを陽性であると判定する構成により、検査者の経験に依拠せず、陽性細胞を同定することができ、正診率を向上させることが可能となる。
【0028】
(2)また、上記により陽性であると判定されなかったものについて、被検体画像から被検細胞に核形不整がないものを陰性であると判定する構成により、陽性であると判定されなかったものの中から陰性である被検細胞を同定することができる。
【0029】
(3)また、上記により陰性であると判定されなかったものについて、被検体画像から被検細胞の細胞径が20〜30μmのものを疑陽性であると判定する構成により、陰性であると判定されなかったものの中から疑陽性であるものを同定することができる。
【0030】
(4)また、上記により疑陽性であると判定されなかったものについて、被検体画像から被検細胞に核偏在がないものであれば陰性、細胞の結合性異常がないものであれば陰性であると判定する構成により、疑陽性であると判定されなかったものの中から陰性であるものを同定することができる。
【0031】
(5)また、上記により陰性であると判定されなかったものについて、被検体画像から被検細胞にクロマチンの不規則分布がないものであれば陰性、核縁不規則肥厚がないものであれば陰性であると判定する構成により、陰性であると判定されなかったものの中から陰性であるものを同定することができる。
【0032】
(6)また、上記により陰性であると判定されなかったものについて、被検体画像から被検細胞に明瞭な核小体があるものであれば陽性、明瞭な核小体がないものであれば疑陽性であると判定する構成により、陰性であると判定されなかったものの中から陽性または疑陽性であるものを同定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】本発明の実施の形態における腫瘍細胞の同定方法を示すフロー図である。
【図2】図1の腫瘍細胞の同定方法を実行する同定装置の概略構成図である。
【図3】図2の同定装置の機能ブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0034】
図1は本発明の実施の形態における腫瘍細胞の同定方法を示すフロー図である。
【0035】
第1ステップは、例えば尿沈渣画像などの被検体画像からN/C比が0.5以上であるかを判定する。第2ステップは、この第1ステップにおいてN/C比が0.5以上であると判定されたものについて、被検体画像からN/C比が0.8以上であるものを陽性(Positive)であると判定する。また、第3ステップでは、被検体画像から被検細胞のクロマチン染色濃度が白血球のクロマチン染色濃度よりも高いものを陽性であると判定する。なお、第2ステップと第3ステップとは判定順序を逆にすることも可能である。
【0036】
そして、第4ステップでは、第1ステップにおいてN/C比が0.5以上でなかったもの、または、第2ステップおよび第3ステップにおいて陽性であると判定されなかったものについて、被検体画像から被検細胞の細胞質辺縁の外側に核の少なくとも一部が突出するものを陽性であると判定する。
【0037】
第5ステップは、第4ステップにおいて陽性であると判定されなかったものについて被検体画像から被検細胞に核形不整がないものを陰性(Negative)であると判定する。核形不整は、被検細胞の核縁に凸凹、切れ込みまたは直線などが形成されているか否かによって判定する。核形不整がないものは陰性であると判定する。
【0038】
第6ステップは、第5ステップにおいて陰性であると判定されなかったものについて、細胞径が20〜30μmのものを疑陽性(Suspicious)であると判定する。
【0039】
第7ステップは、第6ステップにおいて疑陽性であると判定されなかったものについて、核偏在がないものを陰性であると判定する。また、第8ステップでは、細胞の結合性異常がないものを陰性であると判定する。なお、第7ステップと第8ステップとは判定順序を逆にすることも可能である。
【0040】
第9ステップは、第7ステップおよび第8ステップにおいて陰性であると判定されなかったものについて、クロマチンの不規則分布がないものを陰性であると判定する。また、第10ステップでは、核縁不規則肥厚がないものを陰性であると判定する。なお、第9ステップと第10ステップとは判定順序を逆にすることも可能である。
【0041】
第11ステップは、第9ステップおよび第10ステップにおいて陰性であると判定されなかったものについて、明瞭な核小体があるものを陽性、明瞭な核小体がないものを疑陽性であると判定する。
【0042】
図2は図1の腫瘍細胞の同定方法を実行する同定装置の概略構成図、図3は図2の同定装置の機能ブロック図である。
【0043】
図2において、本発明の実施の形態における腫瘍細胞の同定装置1は、被検体画像を撮像する撮像装置としての顕微鏡カメラ2と、各種演算処理を行う演算装置としてのコンピュータ3と、入力装置としてのキーボード4およびポインティングデバイス5と、出力装置としてのディスプレイ6とから構成される。
【0044】
顕微鏡カメラ2は、図3に示す撮像手段10として機能する。コンピュータ3は、図3に示す第1〜第8判定手段11,12,13,14,15,16,17,18として機能する。第1〜第8判定手段11〜18は、これらの第1〜第8判定手段11〜18の機能を実現するプログラムを記録媒体からコンピュータ3に読み取り、実行することにより、実現することが可能である。また、ディスプレイ6は、図3に示す出力手段19として機能する。
【0045】
第1判定手段11は、撮像手段10により撮像した被検体画像に基づき、前述の第1ステップを実行するN/C比0.5以上判定手段である。第2判定手段12は前述の第2ステップを実行するN/C比0.8以上判定手段および第3ステップを実行するクロマチン濃度判定手段である。第3判定手段13は前述の第4ステップを実行する核突出判定手段である。第4判定手段14は前述の第5ステップを実行する核形不整判定手段である。第5判定手段15は前述の第6ステップを実行する細胞径判定手段である。
【0046】
第6判定手段16は前述の第7ステップを実行する核偏在判定手段および第8ステップを実行する細胞結合性判定手段である。第7判定手段17は前述の第9ステップを実行するクロマチン不規則分布判定手段および第10ステップを実行する核縁不規則肥厚判定手段である。第8判定手段18は前述の第11ステップを実行する明瞭核小体判定手段である。出力手段19は、第2〜第8判定手段12〜18による判定結果を出力するものである。なお、出力手段19としては、ディスプレイ6以外に印刷装置としてのプリンタ等により構成することも可能である。
【0047】
次に、図1のフローの決定方法について説明する。以下の説明では、最初に優れた有資格の専門家(以下、「プロ」と称す。)を抽出し、つぎに細胞判定に関する優れたプロの暗黙知を形式知に置き換える。また、優れたプロとその他のプロとの判断ポイントの相違点を抽出し、形式知を用いた細胞判定のアルゴリズムからフローを決定する。
【0048】
なお、本実施形態において細胞判定用に準備したのは特に曖昧な判定の多い尿細胞診の細胞画像である。被検体画像は、尿沈渣により得られた検体を顕微鏡カメラ2により撮像したものである。尿沈渣とは、尿を遠心分離器にかけたときに沈殿してくる赤血球や白血球、細胞、結晶成分などの固形成分のことを指す。
【0049】
(ステップ1)プロの判定誤差の実態調査
尿細胞診検体を用い、プロに対し判定誤差の実態調査を行った。調査のために良性から悪性までのさまざまな異型細胞の写真撮影を行い、120例を用意した。これらの写真画像を全国6地域15箇所で勤務する46名のプロの協力者に送り、細胞の見方に関する質問とともに120例の細胞に対する判定結果データを収集した。これらの細胞の持ち主(患者)が癌であったか否かなどという最終診断データは存在するが、協力者には知らされていない。これにより、調査結果データとして、120×46の回答データと120の正解データが揃えられた。
【0050】
(ステップ2)判定誤差の評価
異型細胞をみて悪性が極めて強く疑われる細胞であれば陽性であると判定する。また、(a)陽性か陰性か判定が難しい、(b)悪性の確定ができない、(c)ディスプラシア(Dysplasia:良性腫瘍と悪性腫瘍の境界病変)が疑われる、のいずれかの場合は疑陽性であると判定する。また、良性を考える細胞であれば陰性であると判定する。Dijをi番目の細胞に対するj番目のプロの判定値として、それぞれに陽性ならば+1、疑陽性なら0、陰性なら−1を与えると、細胞判定結果として表1が得られた。表1はプロによる判定結果(一部抜粋)を示している。
【0051】
【表1】

【0052】
また、このときの細胞判定値の行列Dは次式で表される(n=120,m=46)。
【数1】

【0053】
次に、Tiをi番目細胞の真の値として、それぞれに陽性ならば+1、疑陽性なら0、陰性なら−1を与えることにより数値化する。すると、真の値の行列Tは次式で表わされる(n=120)。
【数2】

【0054】
判定値と真値との誤差Eij=Dij−Tiは+2、+1、0、−1、−2の値を取りうる。判定誤差値の行列Eは、次式のようになる(n=120,m=46)。
【数3】

【0055】
それぞれの判定誤差Eijの意味は次の通りである。
+2:最終診断陰性の細胞を陽性と判定した場合、患者は癌の可能性が高いと判断される。
+1:a)最終診断陰性の細胞を疑陽性と判定した場合
b)最終診断疑陽性の細胞を陽性と判定した場合
0:最終診断陰性、疑陽性、陽性と完全に一致し、誤差はない。
−1:a)最終診断陽性の細胞を疑陽性と判定した場合
b)最終診断疑陽性の細胞を陰性と判定した場合
−2:最終診断陽性の細胞を陰性と判定した場合、患者は癌の可能性がないと判断される。正確な診断も治療もされないまま、病態が進む場合があり致命的な判定である。CT、MRIなど他の検査法により発見される可能性は残る。
【0056】
(ステップ3)優れたプロの抽出
全例120例中の判定誤差Eij(0)の割合は一致率として表す。プロの最終診断との判定誤差でランク付けを行い、Eij(0)の数の多いプロすなわち一致率の高いプロを上位とする。次に、+2ならびに−2は危険率の高い誤差値を表している。そこで、それぞれのプロの判定危険率の高さを明確に表すために、次式により平均2乗誤差(Root Mean Square Error:以下、「RE」と称す。)を求める。
【数4】

【0057】
次に、一致率の高い判定者のランキング上位10%までを表2に示す。表2は一致率とREによるプロランキング結果を示している。REでの順位も同表に示す。表2より一致率とREの双方で同一プロによる同一順位が確認される。すなわち、一致率の高い優秀なプロのREは小さく、次の特長をあわせてもっているといえる。
(1)最も危険な判定Eij(−2)は認められない。
(2)曖昧な判定も含まれるDij(0)の数が少ない。
【0058】
【表2】

【0059】
(ステップ4)プロの知識の抽出
1.知識について
本実施形態において、プロには細胞診断あるいは判定をする際の基本的な観察態度についての細胞所見重要度を3段階評価で質問を行っている。細胞所見とは細胞判定するために観察する細胞のさまざまなチェックポイントである。本実施形態では、10項目の細胞所見について説明する。
【0060】
(a)細胞の結合性異常
一般的に尿では良性細胞は単個あるいは数個で出現する。集団でみられることは少ない。結石や内視鏡的な診療後に結合性の強い細胞の集団が出現することがある。悪性細胞では対細胞か緩い粗な結合性をもつ集団で出現することがみられる。ときに30個以上の細胞からなる集団で出現することがある。
【0061】
(b)細胞径
極端に大きい細胞や同じ種類の細胞で大小不同が顕著な場合は注意が必要であるが、自然変性、癌の治療(化学療法や放射線療法)により大型化することはしばしばみられる。白血球の6倍以上の大きさがあれば悪性を考えるが、大きな細胞が悪性とは限らず核が小さければ良性の可能性もある。小型細胞でも細胞径が20〜30μmで核の大きい細胞はディスプラシアや悪性腫瘍の場合がある。
【0062】
(c)N/C比
同一系列の細胞で核(nuclear)と細胞質(cytoplasm)の面積比であり、悪性細胞では増大する。N/C比が0.5以上あれば悪性の可能性を考える。N/C比が高いほど悪性の可能性が高く、N/C比が0.8以上であれば極めて悪性の可能性が高い。なお、細胞質を持たないような核のみで出現している裸核細胞では判断しない。ウイルス感染や治療による変性、反応性で核の面積が大きくなる場合もある。
【0063】
(d)核偏在(核の位置)
尿に出現する細胞は核の位置が偏在することが多いが、悪性細胞では極端に偏在することが多い。
【0064】
(e)核形不整
良性細胞の核は円形から楕円形であるが、凹凸や立体的な切れ込みが顕著な場合、悪性の可能性が高い。
【0065】
(f)クロマチン濃度(核クロマチン量)
クロマチン濃度の濃さで表す。核内構造が確認できて、背景にある白血球と比較し、クロマチンの黒紫色の濃い染色性を示す細胞は悪性の可能性がある。悪性、良性を問わず、細胞変性の終末像は核が濃縮し、濃い染色性を示すので、注意が必要である。
【0066】
(g)核クロマチンの不規則な分布
新鮮な細胞と変性の加わっている細胞ではクロマチンの状態が異なる。新鮮な細胞で不透明感のあり、ゴマ塩状にみえるオイクロマチンの増量がみられることがあり、核は濃い染色性を示さないが悪性である可能性が高い。また、クロマチン顆粒の大きさが様々であったり、クロマチン網が太いものと細いものが混在したりする細胞は、悪性細胞に変性が加わった細胞である可能性が高い。
【0067】
(h)核縁の不規則な肥厚
核膜にクロマチンが付着している状態を表す。新鮮悪性腫瘍細胞では核のふちは尖った鉛筆で描いたように薄く、良性細胞との鑑別が困難である。変性悪性腫瘍細胞では先端を四角に削った鉛筆を回しながら描いたように核のふちの肥厚が不規則で、肥厚の顕著な部位もみられる。
【0068】
(i)核の突出
悪性細胞ではDNA活性が高くなるため、核が立体的になり、細胞質から突出したようにみられることがある。
【0069】
(j)明瞭な核小体
悪性細胞ではRNA活性も高くなるため、核小体の増大、数の増加がみられる場合がある。変性が強い悪性細胞では確認できないこともしばしばある。
【0070】
2.知識の抽出
上記の10項目の細胞所見に関する質問の回答結果で常に重視する所見であれば3点を与え、場合によって重視するのであれば2点を与える。所見はあっても重視しないのであれば1点を与える。これを集計すると評価点数によって重要度が分類される。さらに次の手順で細胞所見重要度順位(表6)を決定する。
【0071】
(1)上位10%のプロ平均をとり評価合計点数の高い所見から順にならべる。表3は上位10%プロの細胞所見重要度順位を示している。表3の網掛けの所見に注目する。
【表3】

【0072】
(2)同一順位1位の中では下位の10%のプロが重要視していない所見を上位の順位に位置づける。表4は下位10%プロの細胞所見重要度順位を示している。ここではN/C比(網掛け)を上位のプロが重要視しているのと比較し下位のプロの評価は低いことからN/C比を1位とし、表6の1位に置く。
【表4】

【0073】
(3)残ったクロマチン濃度と核突出では差違がみられなかったため、表5のプロ平均を参照し、ここでは点数の高いクロマチン濃度(網掛け)を採択し、2位とした。表5は全プロ平均細胞所見重要度順位を示している。3位は核突出(網掛け)となった。これにより、表6の2位および3位が決定される。
【表5】

【0074】
(4)ここで表4に戻り、重要度1位の中での優先順位が決定したため、表4の上位10%のプロの重要度順位に戻り、2位の核形不整、細胞径に着眼する。
【0075】
(5)上位のプロの評価を基本に同一順位の時には下位のプロの評価の低いものを上位に位置づける。この段階で順位が決まらなければ、プロ平均の評価を参照し、点数の高い所見を上位とする。上記の手順で作業を繰り返し、次のような順位が決定し、優れたプロの有する暗黙知が抽出される(表6)。表6の順位1〜3、4〜5、6〜7、8〜9、10の細胞所見は、表3に示した上位10%のプロの考える重要度順位の同枠内にあることが確認される。
【0076】
【表6】

【0077】
(ステップ5)フロー作成
表6から重要度順位1〜5に基づき、作成したフローが図1のフローである。なお、図1の第1ステップから第4ステップは、重要度順位1〜3による判定である。また、第5ステップは重要度順位4による判定、第6ステップは重要度順位5による判定である。同様に、第7ステップおよび第8ステップは重要度順位6,7による判定、第9ステップおよび第10ステップは重要度順位8,9による判定、第11ステップは重要度順位10による判定である。
【0078】
このように決定された図1のフローに基づいて、本実施形態における腫瘍細胞の同定装置1は腫瘍細胞の同定を行う。まず、同定装置1は、顕微鏡カメラ2により被検体画像を撮像し、コンピュータ3へ取り込む。
【0079】
コンピュータ3は、第1判定手段11により、図1の第1ステップを実行し、被検体画像からN/C比を算出し、算出されたN/C比が0.5以上であるか判定する。この第1判定手段11によりN/C比が0.5以上であると判定されたものについて、コンピュータ3は、第2判定手段12により第2ステップを実行し、N/C比が0.8以上であるものを陽性であると判定する。
【0080】
また、コンピュータ3は、第2判定手段12により第3ステップを実行し、被検体画像から被検細胞のクロマチン染色濃度と白血球のクロマチン染色濃度とを算出し、算出された被検細胞のクロマチン染色濃度が算出された白血球のクロマチン染色濃度よりも高いものを陽性であると判定する。ここで、第2判定手段12は、陽性であると判定した場合、出力手段19に結果を出力し、処理を終了する。
【0081】
また、コンピュータ3は、第1判定手段11によりN/C比が0.5以上でなかったもの、または、第2判定手段12により陽性であると判定されなかったものについて、第3判定手段13により第4ステップを実行し、被検体画像から被検細胞の細胞質辺縁の外側への核の突出状態を検出し、被検細胞の細胞質辺縁の外側に核の少なくとも一部が突出するものを陽性であると判定する。ここで、第3判定手段13は、陽性であると判定した場合、出力手段19に結果を出力し、処理を終了する。
【0082】
次に、コンピュータ3は、第3判定手段13により陽性であると判定されなかったものについて、第4判定手段14により第5ステップを実行し、被検体画像から被検細胞の核形状態を検出し、被検細胞に核形不整がないものを陰性であると判定する。ここで、第4判定手段14は、陰性であると判定した場合、出力手段19に結果を出力し、処理を終了する。
【0083】
次に、コンピュータ3は、第4判定手段14により陰性であると判定されなかったものについて、第5判定手段15により第6ステップを実行し、被検体画像から細胞径を検出し、細胞径が20〜30μmのものを疑陽性であると判定する。ここで、第5判定手段15は、疑陽性であると判定した場合、出力手段19に結果を出力し、処理を終了する。
【0084】
次に、コンピュータ3は、第5判定手段15により疑陽性であると判定されなかったもについて、第6判定手段16により第7ステップを実行し、被検体画像から核の配置状態を検出し、核偏在がないものを陰性であると判定する。また、コンピュータ3は、第6判定手段16により第8ステップを実行し、被検体画像から細胞の結合性を検出し、細胞の結合性異常がないものを陰性であると判定する。ここで、第5判定手段15は、陰性であると判定した場合、出力手段19に結果を出力し、処理を終了する。
【0085】
次に、コンピュータ3は、第6判定手段15において陰性であると判定されなかったものについて、第7判定手段17により第9ステップを実行し、被検体画像からクロマチンの分布状態を検出し、クロマチンの不規則分布がないものを陰性であると判定する。また、コンピュータ3は、第7判定手段17により第10ステップを実行し、被検体画像から核膜におけるクロマチン付着状態を検出し、核縁不規則肥厚がないものを陰性であると判定する。ここで、第6判定手段16は、陰性であると判定した場合、出力手段19に結果を出力し、処理を終了する。
【0086】
次に、コンピュータ3は、第7判定手段17において陰性であると判定されなかったものについて、第8判定手段18により第11ステップを実行し、被検体画像から核小体を検出し、明瞭な核小体があるものを陽性、ないものを疑陽性であると判定する。第7判定手段17は、この判定結果を出力手段19に出力し、処理を終了する。
【0087】
以上のように、本実施形態における腫瘍細胞の同定装置1により実行される同定方法によれば、第1ステップにおいてN/C比が0.5以上であると判定されたものについて、第2ステップにおいてN/C比が0.8以上であれば陽性、あるいは第3ステップにおいてクロマチン染色濃度が白血球のクロマチン染色濃度よりも高いものであれば陽性であると判定することができる。また、ここで陽性であると判定されなかったものについては、第4ステップにおいて、被検細胞の細胞質辺縁の外側に核の少なくとも一部が突出するものを陽性であると判定することができる。
【0088】
一方、第1ステップにおいてN/C比が0.5以上であると判定されなかったものについては、第3ステップにおけるクロマチン染色濃度の判定を行うことなく、第4ステップにおいて被検細胞の細胞質辺縁の外側に核の少なくとも一部が突出するものを陽性であると判定することができる。
【0089】
そして、第4ステップにおいて陽性であると判定されなかったものについては、第5ステップにおいて被検体画像から被検細胞に核形不整がないものを陰性であると判定することにより、陽性であると判定されなかったものの中から陰性である被検細胞を抽出することができる。
【0090】
また、第5ステップにおいて陰性であると判定されなかったものについては、第6ステップにおいて細胞径が20〜30μmのものを疑陽性であると判定することにより、陰性であると判定されなかったものの中から疑陽性であるものを抽出することができる。
【0091】
また、第6ステップにおいて疑陽性であると判定されなかったものについては、第7ステップにおいて核偏在がないものであれば陰性、第8ステップにおいて細胞の結合性異常がないものであれば陰性であると判定するので、第6ステップにおいて疑陽性であると判定されなかったものの中から陰性であるものを抽出することができる。
【0092】
また、第7ステップおよび第8ステップにおいて陰性であると判定されなかったものについては、第9ステップにおいてクロマチンの不規則分布がないものであれば陰性、第10ステップにおいて核縁不規則肥厚がないものであれば陰性であると判定するので、第7ステップおよび第8ステップにおいて陰性であると判定されなかったものの中から陰性であるものを抽出することができる。
【0093】
また、第9ステップおよび第10ステップにおいて陰性であると判定されなかったものについては、第11ステップにおいて明瞭な核小体があるものであれば陽性、明瞭な核小体がないものであれば疑陽性であると判定するので、第9ステップおよび第10ステップにおいて陰性であると判定されなかったものの中から陽性または疑陽性であるものを抽出することができる。
【0094】
特に、本実施形態における腫瘍細胞の同定装置1では、第2ステップにおいて被検体画像からN/C比が0.8以上であるものを陽性であると判定し、第3ステップにおいて被検体画像から被検細胞のクロマチン染色濃度が白血球のクロマチン染色濃度よりも高いものを陽性であると判定するので、陽性である被検細胞をより早く抽出することが可能となる。
【実施例】
【0095】
次に、形式知化されたアルゴリズムの有効性の評価を行った。図1のフローが優れたプロの暗黙知をどの程度伝達しているかを検証するために、次の実験を行った。ノンプロの被験者は50名(女性31名、男性19名)を選んだが、彼らは次のようなキャリアを持っており、いずれも論理的思考が可能と考えられる者である。
【0096】
文系大学生 3名(女性 2名、男性 1名)
理系大学生 3名(女性 1名、男性 2名)
工学を学ぶ大学院生 3名(女性 0名、男性 3名)
20代会社員 6名(女性 4名、男性 2名)
30代会社員 7名(女性 5名、男性 2名)
40代会社員、教職 5名(女性 4名、男性 1名)
50代会社員、教職 22名(女性15名、男性 7名)
70代会社員 1名(女性 0名、男性 1名)
【0097】
実験結果として得られた形式知による判定誤差行列Fは、次の通りである(n=1〜120、m=1〜46)。
【数5】

【0098】
ここでもプロの場合と同様に一致率とREを算出した。判定結果を表7に示す。
【表7】

【0099】
プロ、ノンプロともχ2乗適合検定により正規分布と見做すことができた。
優秀なプロ知識の形式知化されたアルゴリズムを用いたノンプロの判定の平均値(RE=0.74、CR=0.72)は、プロの判定の平均値(RE=0.9、CR=0.44)より優れている。また、プロの判定と形式知化されたアルゴリズムによるノンプロ判定とのRE値を比較すると、優れたプロ(上位10%)には及ばないが、図1のフローに基づいてノンプロが判定した場合、経験則の暗黙知だけに依存していると考えられるプロ全体より精度の高い判定をしていることが明らかである。一方、プロとノンプロとも一致率とREの間には各々−0.828、−0.841という高い負の相関がみられた。すなわち、一致率の高い判定者はプロ、ノンプロいずれでも危険率の高いEij(±2)の判定は少ないといえる。
【0100】
次に疑陽性の判定の中で唯一確立された病変であるディスプラシア症例7例についてのプロ、ノンプロでの比較をウエルチのt検定で行い、有意(p<0.05)にプロの一致率が高いことが確認された。
【0101】
また、次に、本実施形態における腫瘍細胞の同定方法の的中率について検証した。検証においては、総数235例(陽性細胞98例、疑陽性細胞47例、陰性細胞90例)の被検体画像を元に判定を行った。判定結果を表8に示す。
【0102】
【表8】

【0103】
表8から分かるように、本実施形態における腫瘍細胞の同定装置1により実行される同定方法によれば、陽性細胞98例のうち陽性と同定できたものは92例、疑陽性細胞47例のうち疑陽性と同定できたものは16例であり、それぞれ94%、34%の的中率であった。一方、陰性細胞90例については第8ステップまでで100%陰性と同定できた。また、陽性細胞および疑陽性細胞の合計145例のうち陽性または疑陽性と同定できたものは130例であり、90%の的中率であった。疑陽性、陽性と判定されたものは確診するための再検査を必要とする。その後に治療方針が決定される。この点から鑑みれば、要再検率は90%となり、陽性または疑陽性が疑われる細胞は90%の確率で判定できたこととなる。
【産業上の利用可能性】
【0104】
本発明は、被検体画像から腫瘍細胞を同定する方法および装置として有用である。
【符号の説明】
【0105】
1 同定装置
2 顕微鏡カメラ
3 コンピュータ
4 キーボード
5 ポインティングデバイス
6 ディスプレイ
10 撮像手段
11 第1判定手段
12 第2判定手段
13 第3判定手段
14 第4判定手段
15 第5判定手段
16 第6判定手段
17 第7判定手段
18 第8判定手段
19 出力手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検体画像から被検細胞の細胞質に対する核の面積比が0.5以上であるか判定する第1ステップと、
この第1ステップにおいて前記面積比が0.5以上であると判定されたものについて、前記被検体画像から被検細胞の細胞質に対する核の面積比が0.8以上であるものを陽性であると判定するステップ、または、前記被検体画像から前記被検細胞のクロマチン染色濃度が白血球のクロマチン染色濃度よりも高いものを陽性であると判定するステップのいずれか一方のステップにより判定を行い、陽性であると判定されなかったものについて他方のステップにより判定を行う第2ステップおよび第3ステップと、
前記第1ステップにおいて前記面積比が0.5以上でなかったもの、または、前記第2ステップおよび第3ステップにおいて陽性であると判定されなかったものについて、前記被検体画像から前記被検細胞の細胞質辺縁の外側に核の少なくとも一部が突出するものを陽性であると判定する第4ステップと
を含む腫瘍細胞の同定方法。
【請求項2】
前記第4ステップにおいて陽性であると判定されなかったものについて、前記被検体画像から前記被検細胞に核形不整がないものを陰性であると判定する第5ステップを含む請求項1記載の腫瘍細胞の同定方法。
【請求項3】
前記第5ステップにおいて陰性であると判定されなかったものについて、前記被検体画像から前記被検細胞の細胞径が20〜30μmのものを疑陽性であると判定する第6ステップを含む請求項2記載の腫瘍細胞の同定方法。
【請求項4】
前記第6ステップにおいて疑陽性であると判定されなかったものについて、前記被検体画像から前記被検細胞に核偏在がないものを陰性であると判定するステップ、または、細胞の結合性異常がないものを陰性であると判定するステップのいずれか一方のステップにより判定を行い、陰性であると判定されなかったものについて他方のステップにより判定を行う第7ステップおよび第8ステップを含む請求項3記載の腫瘍細胞の同定方法。
【請求項5】
前記第7ステップおよび第8ステップにおいて陰性であると判定されなかったものについて、前記被検体画像から前記被検細胞にクロマチンの不規則分布がないものを陰性であると判定するステップ、または、核縁不規則肥厚がないものを陰性であると判定するステップのいずれか一方のステップにより判定を行い、陰性であると判定されなかったものについて他方のステップにより判定を行う第9ステップおよび第10ステップを含む請求項4記載の腫瘍細胞の同定方法。
【請求項6】
前記第9ステップおよび第10ステップにおいて陰性であると判定されなかったものについて、前記被検体画像から前記被検細胞に明瞭な核小体があるものを陽性、明瞭な核小体がないものを疑陽性であると判定する第11ステップを含む請求項5記載の腫瘍細胞の同定方法。
【請求項7】
前記第2ステップは、前記被検体画像から前記被検細胞の細胞質に対する核の面積比が0.8以上であるものを陽性であると判定するステップであり、
前記第3ステップは、前記被検体画像から前記被検細胞のクロマチン染色濃度が白血球のクロマチン染色濃度よりも高いものを陽性であると判定するステップである
請求項1から6のいずれかに記載の腫瘍細胞の同定方法。
【請求項8】
前記被検体画像は、尿沈渣画像である請求項1から7のいずれかに記載の腫瘍細胞の同定方法。
【請求項9】
被検体画像を撮像する撮像手段と、
前記撮像手段により撮像された被検体画像から被検細胞の細胞質に対する核の面積比を算出し、算出された面積比が0.5以上であるか判定する第1判定手段と、
この第1判定手段において前記面積比が0.5以上であると判定されたものについて、前記被検体画像から被検細胞の細胞質に対する核の面積比が0.8以上であるものを陽性であると判定する手段、または、前記被検体画像から前記被検細胞のクロマチン染色濃度と白血球のクロマチン染色濃度とを算出し、算出された被検細胞のクロマチン染色濃度が算出された白血球のクロマチン染色濃度よりも高いものを陽性であると判定する手段のいずれか一方の手段により判定を行い、陽性であると判定されなかったものについて他方の手段により判定を行う第2判定手段と、
前記第1判定手段において前記面積比が0.5以上でなかったもの、または、前記第2判定手段において陽性であると判定されなかったものについて、前記被検体画像から前記被検細胞の細胞質辺縁の外側への核の突出状態を検出し、前記被検細胞の細胞質辺縁の外側に核の少なくとも一部が突出するものを陽性であると判定する第3判定手段と、
前記第2判定手段および第3判定手段による判定結果を出力する出力手段と
を含む腫瘍細胞の同定装置。
【請求項10】
前記第3判定手段において陽性であると判定されなかったものについて、前記被検体画像から前記被検細胞の核形状態を検出し、前記被検細胞に核形不整がないものを陰性であると判定する第4判定手段を含む請求項9記載の腫瘍細胞の同定装置。
【請求項11】
前記第4判定手段において陰性であると判定されなかったものについて、前記被検体画像から細胞径を検出し、前記細胞径が20〜30μmのものを疑陽性であると判定する第5判定手段を含む請求項10記載の腫瘍細胞の同定装置。
【請求項12】
前記第5判定手段において疑陽性であると判定されなかったものについて、前記被検体画像から核の配置状態を検出し、核偏在がないものを陰性であると判定する手段、または、前記被検体画像から細胞の結合性を検出し、細胞の結合性異常がないものを陰性であると判定する手段のいずれか一方の手段により判定を行い、陰性であると判定されなかったものについて他方の手段により判定を行う第6判定手段を含む請求項11記載の腫瘍細胞の同定装置。
【請求項13】
前記第6判定手段において陰性であると判定されなかったものについて、前記被検体画像からクロマチンの分布状態を検出し、クロマチンの不規則分布がないものを陰性であると判定する手段、または、前記被検体画像から核膜におけるクロマチン付着状態を検出し、核縁不規則肥厚がないものを陰性であると判定する手段のいずれか一方の手段により判定を行い、陰性であると判定されなかったものについて他方の手段により判定を行う第7判定手段を含む請求項12記載の腫瘍細胞の同定装置。
【請求項14】
前記第7判定手段において陰性であると判定されなかったものについて、前記被検体画像から核小体を検出し、明瞭な核小体があるものを陽性、ないものを疑陽性であると判定する第8判定手段を含む請求項13記載の腫瘍細胞の同定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−72267(P2011−72267A)
【公開日】平成23年4月14日(2011.4.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−228352(P2009−228352)
【出願日】平成21年9月30日(2009.9.30)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成21年6月8日 The Leadership Alliance Inc.がインターネットアドレス「http://www.tlainc.com/jkmpv10n209.htm」及び「http://www.tlainc.com/articl191.htm」にて掲載した「Journal of Knowledge Management Practice,Vol.10,No.2,June 2009」の目次が掲載されたページ及び「Translating Tacit Medical Knowledge Into Explicit Knowledge」において発表
【出願人】(506087705)学校法人産業医科大学 (24)
【Fターム(参考)】