説明

腹膜傷害度の検出方法

【課題】
患者の腹膜傷害の程度を把握することは、臨床上極めて重要であるにもかかわらず、簡便な腹膜傷害度の検出法がない為、必ずしも行われていないが、腹膜透析療法を安全に施行し、広く普及させるためには、腹膜傷害の程度をモニターして、適切な時期に腹膜硬化症、硬化性腹膜炎、特にEPSの発症を未然に防ぐために腹膜透析から血液透析に移行することが重要であることから、腹膜傷害度を簡単に検出する方法を提供する。
【解決手段】
腹腔内から採取された腹膜透析の透析排液である検体中から解糖系またはクレブス回路に関わる物質、具体的にはグルタミン酸、アスパラギン酸、またはS−アデノシルメチオニン、あるいはその代謝産物の濃度を検出する腹膜傷害度の検出方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、腹膜傷害度を簡便に検出するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
人工透析は、腎機能が低下もしくは喪失した患者に対し、本来腎臓が果たしている血液浄化作用を腎臓に代わって行う血液浄化療法であり、生体内から水を除去することによって体液の組成を一定に保つとともに体液中の尿素等の老廃物を除去することを主な目的としている。現在の人工透析には、主に血液透析療法と腹膜透析療法がある。
腹膜透析療法は腹膜で囲まれた腹腔内に浸透圧の高い透析溶液を貯留することによって生体内の余分な水と老廃物を取り除くことを基本とする。即ち腹膜毛細血管から腹腔内の透析溶液に水が移動することによって透析される。この時の水の移動は透析溶液と体液の間に生じる浸透圧格差によって起こる。透析溶液中のグルコースなどの浸透圧調節物質は、腹膜透析に於ける除水のドライビングフォースの基である。しかし、腹腔内に非生理的な浸透圧の高い透析溶液を貯留するため、腹膜は傷害を受けやすい。腹膜が傷害を受けると腹膜機能は低下し、腹膜も肥厚する。傷害を受けた腹膜に対してさらに様々な原因が重なることにより、腹膜硬化症、硬化性腹膜炎もしくは被嚢性腹膜硬化症(EPS)等の重篤な合併症を発症することがある。
【0003】
腹膜透析はわが国で開始されてから20年近く経つが、透析患者のほとんどが血液透析であり、全透析患者の10%にも満たない。腹膜透析は血液透析と異なり自宅で透析が行えるので、通院の頻度が少なくなるといったQOL(クオリティーオブライフ)に優れているだけでなく、循環系への影響や生体内部環境の変動が少ないといった利点を持っている。腹膜透析がこのような利点を持つのにもかかわらず広く普及しない理由として、さきに述べた腹膜機能が低下し、水分や老廃物の除去が困難もしくは出来なくなるため腹膜透析を断念せざるをえなくなるケースが少なからずあることがあげられる。さらには腹膜硬化症、硬化性腹膜炎、EPSといった合併症を発症すると、除水能の低下や溶質除去不全に陥るだけでなく、特にEPSの場合には、剖検時所見では、小腸は癒着して塊状になり(abdominal cocoon)、膠原性線維に富む肥厚した腹膜で包まれる。臨床的には食欲不振、悪心、嘔気、嘔吐、低栄養による痩せ、腹痛、下痢、便秘、腸管蠕動音低下など腸閉塞症状を示す。発症頻度は必ずしも高くはないが、2年後の生存率は約50%しかなく、致死率が非常に高い。EPSによる直接の死因は、内臓の高度な癒着、すなわちabdominal cocoonの形成により、腸管が圧迫・癒着した結果、循環障害・壊死をおこし、これが原因となって敗血症になるためと考えられる。すなわち、abdominal cocoonの形成を予防、防止することが重要である。EPSの原因として細菌や真菌感染による腹膜炎、可塑剤、異物、透析溶液中のグルコースやその分解物であるメチルグリオキサール等のグルコース分解産物、さらにはその反応産物であるメイラード反応後期生成物(AGE)、透析液のpH、消毒剤などが考えられる。治療法としてはEPS発症初期ではステロイド剤の投与が有効との報告があるが、abdominal cocoon形成後では被嚢した腹膜を剥離する外科的治療しかなく、熟練した一部の外科医にしか対応できない。そのため、EPSを早期に診断し、発症初期にステロイド投与等の対応が重要である。現在、EPSの診断は、イレウス症状等の臨床所見のほか腹部の触診(塊状物の触知)がなされているが、客観的な基準ではない。さらにEPSが進行した場合でも上述のような典型的症状を起こさない場合も多く、診断が遅れることが多い。一部ではX線やCT検査、超音波検査などの画像解析による診断もなされているが、病状がある程度進行しないと判定できないといった欠点があり、あくまで補助判定の域を出ていない。
【0004】
このように現在、腹膜硬化症、硬化性腹膜炎およびEPSの発症初期の確実な診断方法はない。病状が進行すると確実な治療法が無い為、EPSに至った患者の半数以上が死に至る。しかしこれら合併症を早期に診断できれば、初期療法としてステロイド剤で対処することが出来る。即ち腹膜傷害を把握し、EPSの発症につながる重度の腹膜傷害に至る前に適切な処置を行えば、EPSの発症を未然に防止することが可能である。
腹膜傷害の評価は、従来、腹膜平衡試験(Peritoneal Equilibration Test:PET)もしくはOverall Mass Transfer−area Coefficience (MTAC)法によって腹膜機能が検査されることによって行われることが多いが、これらの検査の操作は極めて複雑である(非特許文献1、2)。例えば、最もよく行われているPETは以下のように実施される。まず、8〜12時間腹腔に貯留した透析液を正確に20分間できれいに排液し、グルコース(通常は2.5%のことが多い)を含む腹膜透析液(通常2L)を腹腔に200mL/分の速度で注液し、注液直後、2時間後、4時間後に腹腔に貯留した透析液の一部を回収して、クレアチニン濃度とグルコース濃度を測定する。さらに、注液2時間後に血液を約5mL採取して血中のクレアチニン濃度の測定を行う。各時間の透析液中のクレアチニン濃度の値を血中クレアチニン濃度の値で除することにより、D/Pクレアチニン値を算出し、血液から腹腔内に貯留した透析液中へのクレアチニンの移動のしやすさを調べる。一方、各時間の透析液中のグルコース濃度の値を注液直後の透析液中のグルコース濃度の値で除することにより、D/D0グルコース値を算出し、腹腔内に貯留した透析液中のグルコース濃度の変化の割合を調べる。以上のように算出したD/Pクレアチニン値とD/D0グルコース値から、腹膜の透過性を解析して腹膜機能を評価する。PETの結果から、腹膜における小分子物質の透過性を判断することが出来、High、High average、Low average、Lowの四つのカテゴリーに分けて判定される。Highの方が腹膜における小分子物質の透過性が高いので、血中の老廃物除去能も高いが、除水能は低い。逆にLowの方が、腹膜における小分子物質の透過性が低いので、血中の老廃物の除去能は低いが、除水能は高い。一方、PETは採血が必要であり、患者に対して侵襲を伴う。さらに患者は病院に半日拘束され、かつ医療従事者の負担も多い。そのため一部の病院ではPET時に看護師を増やしたり、また、患者を入院させて検査する施設も見受けられる。以上のようにPETは手間がかかるため、医療従事者もPET検査の必要性は認識しながらも、手間やスタッフ不足の問題から、PETが施行されていない医療施設も多いのが現状である。しかし、腹膜透析患者においては、腹膜機能の評価は極めて重要で、その結果は、患者に合った透析処方を設定するためにも活用される。最近では、腹膜機能の評価によって腹膜の傷害も推測できる為、腹膜透析から血液透析への移行の目安(腹膜透析の中止基準)として腹膜機能の検査結果が利用されることも多い(非特許文献3)。
【0005】
以上のように腹膜機能を評価するなどして患者の腹膜傷害の程度を把握することは、臨床上極めて重要であるにもかかわらず、簡便な腹膜傷害度の検出法がない為、必ずしも該当検査が行われていない。腹膜透析療法を安全に施行し、広く普及させるためには、腹膜傷害の程度をモニターして、適切な時期に腹膜硬化症、硬化性腹膜炎、特にEPSの発症を未然に防ぐために腹膜透析から血液透析に移行することが重要である。
【0006】
【非特許文献1】Twardowski ZJ,et al.Peritoneal equilibration test. Perit Dial Bull 1987;7:138−147.
【非特許文献2】山下明泰. 「よくわかる腹膜透析の基礎」. 東京医学社. 1998年.
【非特許文献3】野本保夫、川口良人、酒井信治、他:硬化性被嚢性腹膜炎(sclerosing encapsulating peritonitis、SEP)診断・治療指針(案)−1997年度における改訂−.透析会誌 1998;31: 303−311.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従って、本発明は腹膜傷害度を簡単に検出する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
このような目的は、下記(1)、(2)の本発明により達成される。
(1)腹腔内から採取された腹膜透析の透析排液である検体中から解糖系またはクレブス回路に関わる物質の濃度を検出する腹膜傷害度の検出方法。
(2)前記解糖系またはクレブス回路にかかわる物質がグルタミン酸、アスパラギン酸、またはS−アデノシルメチオニン、あるいはその代謝産物である上記(1)に記載の腹膜傷害度の検出方法。
【発明の効果】
【0009】
以上述べたごとく、本発明の腹膜傷害度の検出方法によれば、腹腔内から採取された腹膜透析の排液である検体に含まれる解糖系に関わる物質もしくはクレブス回路に関わる物質、例えばグルタミン酸、システイン、アスパラギン酸、またはS−アデノシルメチオニン、もしくはそれらの代謝産物の濃度を測定することで、腹膜傷害度を簡便に検出することが可能であり、これにより腹膜透析の重篤な合併症であるEPSの発症を予防、防止の為の対処が可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下に、本発明の好適実施例について詳細に説明する。
本発明の検出方法は腹腔内から採取された腹膜透析の透析排液である検体中から腹膜傷害を反映して増減する特定の指標物質を検出し、当該指標物質の濃度もしくは絶対量あるいは相対量を測定するものである。本方法によれば、腹膜傷害を簡便に評価することができる。
本発明者は腹腔内から回収した排液に対して調査、研究を重ねた結果、腹膜傷害に相関して検体中の濃度もしくは絶対量あるいは相対量が変化する物質が存在することを発見した。したがって腹腔内から回収した排液中からこのような物質、すなわち指標物質を検出し、濃度もしくは絶対量あるいは相対量を調べることにより、腹膜傷害度を簡便に評価することができる。このような指標物質は解糖系やクレブス回路に関わる各物質である。解糖系やクレブス回路に関わる各物質としては、例えばグルタミン酸、アスパラギン酸、もしくはS−アデノシルメチオニン、およびそれらの代謝産物があげられる。即ち、腹腔排液中のグルタミン酸、アスパラギン酸、S−アデノシルメチオニンおよびそれらの代謝産物等を指標物質として検体中の濃度もしくは絶対量あるいは相対量を測定することで、腹膜傷害度簡便に評価することが可能である。
【0011】
腹膜透析を施行している患者の場合、腹膜透析のため腹部に留置されたカテーテルを介して検体を採取することが好ましい。さらには腹膜透析の排液バッグに設けられたサンプリングチューブから採取する方法、もしくは排液バッグに連通するチューブの一部を融着により封止、切断して、かかるチューブ内あるいは排液バッグ内の排液を採取する方法などが挙げられる。排液バッグは、腹膜透析を行っている患者の腹部に接続されたカテーテルから分離され、流路が遮蔽されるので、検体を採取するときに、当該患者の体内に細菌等が進入することがなく、感染症等の誘発を防止することができる。
採取した検体から、指標物質を検出する際には、例えば電気泳動法、もしくはアフィニティークロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、ゲルろ過クロマトグラフィー、逆相クロマトグラフィー、イムノクロマトグラフィー等を用いたクロマトグラフィー法、マススペクトルを測定する方法などが挙げられる。特に指標物質がアミノ酸の場合には、イオン交換クロマトグラフィーにより各アミノ酸を分離し、ニンヒドリン反応により発色させて、アミノ酸標品と比較して、アミノ酸を定量してもよい。もちろんこれらの原理を応用した全自動アミノ酸分析機を使用しても良く、この場合、手間がかからずに解析することができる。もしくは高速液体クロマトグラフィーを用いて指標物質を定量してもよい。あるいはCE−TOFMS法で解析してもよい。
【実施例】
【0012】
以下に実施例を示すが、本発明はこれらに限定されるものではない。
実験1)動物モデルの作成
SDラット(雄、5週齢、n=6)に対し、コントロール群には酸性透析液(pH5)を、EPS群には20mMメチルグリオキサール添加酸性透析液(pH5)を、1回/日、21日間連続腹腔内投与した(MGO投与群)。この結果、MGO投与群の一部の個体では、内臓が癒着して、ヒトEPSでみられるabdominal cocoonを形成していた。また22日目に腹膜機能をPETで評価した。まず、2.5%グルコース含有腹膜透析を、腹腔内に投与した後、90分後に排液を回収し、グルコース濃度を測定してD/D0グルコースを算出し、腹膜機能を測定した。この結果、MGO投与群では、腹膜の透過性が亢進して腹膜機能が低下しており、腹膜傷害が確認された(図1)。また排液中の代謝産物をCE−TOFMS法で解析した。
一方、腹膜傷害は病理解析でも評価した。壁側腹膜を採取してホルマリン固定した後、パラフィン標本を作製し、ヘマトキシリン/エオジン染色およびアザン染色を行い、腹膜の厚さを測定した。この結果、MGO投与群の腹膜では、中皮細胞の間葉細胞への転換(Epithelial Mesenchymal Transition:EMT)がおき、間葉細胞が増殖しており、EPS皮膜(新生腹膜)の形成や微小血管の新生が観察された。また、腹膜は著しく肥厚しており、腹膜傷害が確認された。
【0013】
実験2)排液中の代謝産物の測定(CE−TOFMS法)
検体の前処理として、内部標準物質の終濃度が10μMとなるように調整したメタノール溶液900μLに透析排液100μLを添加して、検体中の酵素を失活させて代謝反応をとめた。さらに精製水400μLとクロロホルム1mLを加え、1分間攪拌し、4℃にて2300×g、5分間の遠心分離を行い、2液に分離した上層の水層を限外濾過チューブ(5kDa、ミリポア社性ウルトラフリーMC PBCC遠心フィルターユニット)に250μL×3本に分注し、4℃、9100×g、120分間の限外濾過を行い、タンパク質を除去した。得られた濾液を凍結乾燥させ、再度精製水25μLに溶解して測定に供した。
キャピラリー電気泳動は、Fused silica capillary (内径:50μm、外径:350μm、全長:100cm)で行った。検体は加圧法で50mbarで15秒間注入し、緩衝液は1M蟻酸(pH1.8)を使用し、20℃で加電圧+30kVで解析した。
続いて飛行時間型質量分析計(TOFMS)(アジレント CE−TOF−MS Dシステム、アジレント社)で質量を分析した。正イオンモードで、キャピラリー電圧4000V、フラグメンター電圧75V、スキマー電圧50V、OctRFV電圧125Vで行った。乾燥ガスは窒素を用い、300℃、圧力10psingで行い、スキャンレンジはm/z 50−1000で解析した。質量校正はレゼルピン(m/z:83.0703)で行った。
【0014】
CE−TOFMSで検出されたピークは、自動積分ソフトウエアMasterHands Ver.1.0.6.8(慶應義塾大学製)で自動抽出し、質量荷電比(m/z)、泳動時間(migration time:MT)とピーク面積を計測した。ピーク以外のノイズを除去した後、得られたm/zとMTの値をもとにピークの同定と定量を行った。
腹膜傷害群とコントロール群で255のピークで有意差が認められた。特にS−アデノシルメチオニン、グルタミン酸、アスパラギン酸といった代謝産物が高値を示した(図2〜4)。
【0015】
S−アデノシルメチオニンは、メチオニンから生合成され、タンパク質の合成および代謝におけるメチル基供与体、または酵素活性化因子として多くの生体反応に関与しており、細胞の増殖に重要な役割を担っている。実際に、本実施例で得られた動物モデルの腹膜組織中では、中皮細胞のEMT化が生じ、腹膜表層で間葉細胞の著しい増殖が観察された。また内皮細胞増殖による微小血管新生も見られた。これら細胞が腹膜の線維化や肥厚を引き起こしたり、血管新生より腹膜における小分子物質の透過性が亢進し、腹膜障害が生じると推察される。一方、S−アデノシルメチオニンには抗炎症作用があり、肝臓障害の緩和が報告されており(Lieber CS. Annu Rev Nutr 2000; 20: 395−430)、腹膜傷害時における炎症を制御していると考えられる。またS−アデノシルメチオニンは抗酸化作用を示すグルタチオンの重要な基質であることから、腹膜傷害時の腹腔の抗酸化作用を担っている可能性もある。
【0016】
グルタミン酸は、グルタミン酸デヒドロゲナーゼにより供与アミノ酸からアミノ基転移を受けて、クレブス回路のα−ケトグルタル酸から合成される。生体内では神経伝達物質やアンモニア排出に働いている。またグルタミン酸は、アシドーシス時のpH調節にも関与していることから、酸性透析液による腹膜傷害に対する生体防御機構として機能している可能性がある。
【0017】
アスパラギン酸は、クレブス回路のオキサロ酢酸が、アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼによりグルタミン酸とオキザロ酢酸のアミノ基転移を受けて合成される。また、アスパラギン酸は細胞の蛋白質合成や尿素回路による老廃物処理、肝機能の促進、カリウムやマグネシウムの細胞への取り込みの促進、体液の電解質の保持に関与し、あるいはクレブス回路を活性化して生体の代謝活性を上げる。以上のことからアスパラギン酸は、腹膜傷害時に腹膜の炎症細胞や線維芽細胞の活性化に関与していると考えられる。さらに腹膜におけるこれら細胞の代謝を亢進することにより、腹膜組織の線維化や肥厚をもたらしたり、腹膜における小分子物質の透過性の亢進が生じ、腹膜障害に関与している可能性も考えられる。
【0018】
以上より腹膜傷害時には透析排液中のS−アデノシルメチオニン、グルタミン酸、アスパラギン酸といった代謝産物が腹膜傷害に直接関与していると考えられるが、これらの物質が高値を示したことから、これらを指標物質として測定すれば、腹膜傷害度を容易に検出することができ、この結果から腹膜障害を評価することが可能である。
【0019】
一方、グルタミン酸はグルタミン酸デヒドロゲナーゼによりα−ケトグルタル酸となり、クレブス回路に入り、サクシニルCoA、コハク酸、フマル酸、リンゴ酸を経てオキザロ酢酸になる。このオキザロ酢酸からアスパラギン酸アミノ酸トランスフェラーゼにより、アスパラギン酸が生成される。一方、アスパラギン酸は、オキザロ酢酸を経てホスホエノールピルビン酸となり、解糖系に入り、ピルビン酸、アセチルCoAを経てクエン酸となり再びクレブス回路に入る。また別経路としてアスパラギン酸は、アデニロコハク酸を経てフマル酸となり、クレブス回路に入る。一方、オキザロ酢酸はクレブス回路ではホスホエノールピルビン酸、ピルビン酸、アセチルCoA、クエン酸、イソクエン酸を経てα−ケトグルタル酸となる。このα−ケトグルタル酸から、必要に応じて再びグルタミン酸となる。グルタミン酸はグルタミンシンセターゼによりグルタミンが生成される。S−アデノシルメチオニンは、S−アデノシルホモシステイン、ホモシステイン、シスタチオン、ホモセリン、α−ケト酸、プロピオニルCoA、メチルマロニルCoA、を経てサクシニルCoAとなり、クレブス回路に入る。
以上のように、グルタミン酸、アスパラギン酸、もしくはS−アデノシルメチオニンは、解糖系やクレブス回路を介して代謝していることから、これらの代謝産物も指標物質として測定すれば腹膜障害度を検出しうると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0020】
本発明によれば、検体を採取した被験者の腹膜傷害度を容易に検出することができる。しかも本発明によれば、指標物質の測定を行うだけでよいので、かかる検査を簡単に行うことができ、その精度も高い。被験者が腹膜透析患者の場合、検体として腹膜透析における腹膜透析排液や腹腔洗浄液を用いれば、検体を採取するために特別な操作を行う必要がなく、しかも、検体を採取する被験者に対して特別の処置を施す必要がないので、被験者への侵襲もない。特に、腹膜透析の透析排液を検体とすれば、検体の採取が非常に容易となり、被験者等が自ら、自宅等で検体を採取することも可能である。また、検体として、腹膜透析の排液容器に回収された排液をサンプリングすれば、被験者に感染症等を引き起こす恐れもない。
以上のような利点を本発明は有しているので、本発明を用いることにより、腹膜透析の安全性を高めることができ、腎機能が低下もしくは喪失した患者に対して計り知れない利益をもたらすことができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】腹膜傷害を腹膜機能で評価した結果を示す。
【図2】透析排液中のS−アデノシルメチオニンを解析した結果を示す。
【図3】透析排液中のグルタミン酸を解析した結果を示す。
【図4】透析排液中のアスパラギン酸を解析した結果を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
腹腔内から採取された腹膜透析の透析排液である検体中から解糖系またはクレブス回路に関わる物質の濃度を検出することを特徴とする、腹膜傷害度の検出方法。
【請求項2】
前記解糖系またはクレブス回路にかかわる物質がグルタミン酸、アスパラギン酸、またはS−アデノシルメチオニン、あるいはその代謝産物である請求項1に記載の腹膜傷害度の検出方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−175285(P2010−175285A)
【公開日】平成22年8月12日(2010.8.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−15522(P2009−15522)
【出願日】平成21年1月27日(2009.1.27)
【出願人】(000109543)テルモ株式会社 (2,232)
【Fターム(参考)】