説明

膜透過機構を異にする複数の徐放機構を利用した徐放化局所投与剤

【課題】
ただ1回の体内投与で、体内の局所部分における薬剤放出の方向とその放出を所望の一定期間で持続して、目的の使用期間後には体内から取り外し可能となる徐放化局所投与剤を提供すること。
【解決方法】
体内に適用する徐放化局所投与剤であって、少なくとも一の薬剤をポリ乳酸あるいは乳酸とグリコール酸の共重合体を用いたマイクロカプセルを再生セルロース膜および再生セルロース多孔膜に囲まれた空間に封入してその再生セルロースの分解を必要としないままで使用できることを特徴とする徐放化局所投与剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医薬品分野における徐放化局所投与剤に関し、更に詳しくは眼科領域における加齢黄斑変性、増殖硝子体網膜症、糖尿病網膜症などに適用する網膜疾患の徐放化局所投与剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
これまでの徐放化剤は、組成と構造の調整によってマトリックス、マイクロカプセル、多孔膜などが開発され、それぞれの徐放メカニズムおよび徐放特性を生かして農業および化学分野などにおいて用途展開がなされてきた。医療用途の代表事例として、緑内障、喘息、癌などのように口以外の投与経路になるドラッグデリバリーシステムの手法の1つとしてマイクロカプセルの開発が進み、具体的に眼組織においてはステロイドや5−フルオロウラシルの結膜下注射(非特許文献1)のジレンマの解決を目的として、マイクロカプセル製剤の眼内注入(非特許文献2)などが行われている。さらには、特開平5−17370号(特許文献1)では従来よりも少ない手術回数によって疾患部位のみを効率よく治療することを目的として、生分解性高分子であるポリ乳酸あるいはポリ乳酸とグリコール酸の共重合体に薬物を分散させた製剤を眼内に埋め込む療法についての試みがなされている。その一方で、セルロースのような生体内非分解性高分子による試みは、特開2003−192595号(特許文献2)のように薬剤投与後に徐放化剤を摘出する必要が生じるために、摘出が繁雑になるような疾患部位においての使用は避けられてきた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平5−17370号公報
【特許文献2】特開2003−192595号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】中野ら,臨眼,43,1929-1933(1989)
【非特許文献2】森寺ら,日眼会誌,94,508-513(1990)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、薬剤単体あるいは徐放化剤として放出する薬物を取り囲む例えば高分子が分解するようなカプセルなどの投与である場合、眼組織内における薬剤放出の方向とその放出を所望の一定期間で持続させることは必ずしも容易ではない。具体的には、特開平5−17370号(特許文献1)では、これら製剤を硝子体内その他眼球内に注入すると、マイクロカプセルなどが異物として水晶体のう(lens
capsule)上あるいは角膜内皮上その他の組織表面に接触・集積し、あるいはそこから溶出する薬剤が水晶体内や角膜内等に高濃度に蓄積される可能性が高いため、これら透明組織に混濁その他の重大な副作用を起こすおそれがあり、安全面は未だ確立されるに至っていないと指摘されてきた。つまり、治療すべき疾患部以外への副作用を無くすという課題が残っており、これが極力少量の薬物量によって疾患部位における効能を所望の期間維持するという徐放化剤の目的達成への障壁となっていた。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、かかる状況に鑑み、徐放化局所投与剤の開発について鋭意検討した結果、薬剤を内包した生体内分解性高分子を再生セルロース膜および再生セルロース多孔膜に囲まれた空間内で使用することにより、さらに検討を重ねた結果本発明を完成するに至った。
【0007】
本発明では薬剤の徐放化が複数の物質輸送機構で行われる点に最大の特徴がある。薬剤はまず膜の溶解・拡散機構によって水溶液中に溶解する。次に溶解後の薬剤は孔拡散機構によって、水溶液から体内へ拡散する2種以上の徐放機構を使うことで薬剤の体内への輸送速度を長期間一定に保持できる。徐放期間を長くするには薬剤は親油性で水への溶解度が1mg/ml以下であるのが望ましい。
【0008】
薬剤を高分子膜で覆うことで第1段階の徐放化は可能である。この場合の膜としては薬剤の徐放速度が薬剤の膜中への輸送速度となるように、膜の特性が決定される。人体内では、生分解性を示さない膜として再生セルロース膜が適する。溶解・拡散機構を示す膜としては、平均孔径は3nm以下でかつ1nm以上の膜厚は20μm以下であることが望ましい。第1段目の徐放化のためには膜中を薬剤が適切な速度で通過しなくてはならない。また薬剤の水への溶解度は低く、膜を介して生じる浸透圧は1気圧以下であるため、膜厚は20μm以下で5μm以上であれば良い。薬剤より会合体として溶解を防止するために平均孔径は5nm以下であることが必要である。また平均孔径が3nmを超えると孔拡散機構による薬剤の輸送が起こり、薬剤の拡散速度の平均孔径依存性が急速に大きくなる。
【0009】
第1段目の徐放化の際、膜としてマイクロカプセルの形状を取ることは徐放化剤として体内への導入の容易さと徐放化剤の単位重量当たりの有効拡散面積を大きくする面で理想的である。薬剤の体内への輸送が進んだ段階での徐放材料の体内からの取り出しに困難さがあるが、この問題点は徐放化剤の全体が再生セルロース膜で構成され事実上一体化することによって解消される。マイクロカプセルを形成する徐放材料としては生分解性を持つことが望ましい。そのための素材としてポリ乳酸あるいは乳酸とグリコール酸の共重合体が良い。眼科用としてはポリ乳酸あるいは該共重合体の重量平均分子量しては6000〜20000が良い。この最適の分子量範囲は成型の容易さと生分解性のバランスと徐放化すべき薬剤としてシンバスタチンを用いた場合の拡散速度とによって選定された。
【0010】
本発明のさらなる特徴は、第2段目の徐放化機構として孔拡散による物質輸送機構を利用している点にある。ここで孔拡散とは拡散する物質のブラウン運動による拡散を意味し、この拡散の見掛けの活性化エネルギーが水の拡散の活性化エネルギーに近いことによって認識できる。この孔拡散を徐放化剤として利用できるのは膜としての孔特性が平均孔径10nm〜300nm、膜厚20μm〜400μmで空孔率は50%以上が望ましい。膜の素材としては生分解性を示さない安全な素材であることが必要である。具体的には再生セルロース、特にセルロース誘導体をケン化処理で作製された再生セルロースが生体内に埋め込む素材として望ましい。
【0011】
本発明の第3の特徴は、第1段目の徐放化過程と第2段目の徐放化過程の間に薬剤の飽和濃度に達した水溶液相を介在させた点にある。水溶液相を介在させることにより、第2段目の徐放化過程である孔拡散による薬剤輸送速度を長時間にわたり一定とすることが可能となる。水溶液相を構成する水溶液はあらかじめ体内の浸透圧に近い塩類の水溶液で構成されている。この水溶液相の体積は第1段目と第2段目の徐放化過程での拡散速度、薬剤の水溶液中での溶解度および薬剤の投入量によって決定されるが、徐放期間中に一定の薬剤濃度が保たれるように設定される。
【0012】
すなわち本発明は、ポリ乳酸あるいは乳酸とグリコール酸の共重合体を用いたマイクロカプセルを再生セルロース膜および再生セルロース多孔膜に囲まれた空間に封入してその再生セルロースの分解を必要としないままで使用できることを特徴とする、眼内での薬物の放出開始場所と放出方向を定め且つ所望の一定期間持続しうる徐放化局所投与剤に関するものである。
【0013】
本発明の徐放化局所投与剤に用いられる薬物は、例えばシンバスタチンなどをあげることができる。
【0014】
本発明の徐放化局所投与剤に用いられる生体内分解性高分子は、平均分子量が約6000〜20000のポリ乳酸あるいは乳酸とグリコール酸の共重合体である。
【0015】
本発明に係る徐放化局所投与剤の形状は箱状であり、実施例に記載された接着剤を用いた接着法で製造することができる。
【0016】
本発明の徐放化局所投与剤によれば、長期間にわたって眼内組織の局所部に薬物を取り囲む再生セルロースの分解を必要とせずに徐々に放出し続けることができる。さらには実施例に示すように、再生セルロース多孔膜を単一あるいは多段で利用することにより、薬物の移動速度を調節できるため、眼内での薬物の放出を一方向に定め且つ比較的短いまたは極めて長い所望の期間をかけて持続的に薬物が放出されるように投与剤を設計することができる。さらに薬剤の放出開始場所と放出方向を定めることによって、治療すべき疾患部以外へ薬物が及ぶことが無くなるので、治療に必要なだけの薬物量に留める、つまり従来よりも少量の薬物を体内に投与することで治療することが可能となる。
【0017】
したがって、本発明によれば、(1)疾患の状態などに応じて適切な薬物放出持続期間を設定して薬物の効果を最大限発揮させることができ、(2)目的の疾患部位のみに薬剤を投与することが可能なため疾患部位以外の眼組織に重大な副作用を起こすおそれがないという利点を有する、加齢黄斑変性、増殖硝子体網膜症、糖尿病網膜症の進行防止のための極めて有用な徐放化局所投与剤を提供することができる。
【実施例1】
【0018】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明する。
実施例 シンバスタチン徐放化局所投与剤
重量平均分子量15000のポリ乳酸で構成されたマイクロカプセルにシンバスタチンを内包させた。徐放化剤は再生セルロース膜(平均孔径2nm、空孔率10%、膜厚20μm)および再生セルロース多孔膜(平均孔径40nm、空孔率85%、膜厚60μm)によって作製した。材料の接着は、歯科用光硬化接着剤(4−メタクリロキシエチルトリメリット酸無水物)または皮膚・角膜用接着剤(シアノアクリレート)を使用して行った。作製された徐放化剤にマイクロカプセルの懸濁液を注入した。
【0019】
実施例の薬剤の放出性能試験実施例において使用される所定量のシンバスタチン内包マイクロカプセルを注射用水1.0mL中にかき混ぜて懸濁を確認したのち、この懸濁液を徐放化剤内に注入して室温下にて18時間静置した。静置前後のシンバスタチンの紫外可視吸収スペクトルを測定したところ、単一の再生セルロース多孔膜を介したシンバスタチンの移動量は約81%であった。
【産業上の利用可能性】
【0020】
本発明は、比較的分子量の小さい薬物の徐放化局所投与剤に利用できる。また、親水性の薬物の徐放化局所投与剤にも利用できる。生分解性高分子である乳酸、グリコール酸と生体適合性を持つ再生セルロースにより構成された製剤であるので、食品あるいは環境の分野においても本発明の利用可能性が見込める。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
体液への溶解度が低い薬剤を体内の特定個所に局所的に投与するのに際し、徐放化剤は再生セルロースによって囲まれた空間内にあり、(1)膜の溶解・拡散機構によって薬剤の徐放化を行い、水溶液中へ薬剤を溶解させ、(2)該薬剤の水溶液中の溶解濃度を飽和濃度に達した状態で保持させ、(3)薬剤の濃度勾配を駆動力とした孔拡散膜で徐放化して該再生セルロース空間より体内へ薬剤を輸送することを特徴とする徐放化局所投与剤。
【請求項2】
請求項1において、膜の溶解・拡散機構は薬剤を内包したポリ乳酸あるいは乳酸とグリコール酸の共重合体を用いたマイクロカプセルで利用され、薬剤が溶解する水溶液は体内の浸透圧と等しい浸透圧を持つ塩類の水溶液で薬剤は親油性で水への溶解度が1mg/ml以下であることを特徴とする徐放化局所投与剤。
【請求項3】
請求項1において、膜の溶解・拡散機構を示す箇所は膜としての形態を示し、該膜の平均孔径は3nm以下でかつ1nm以上の再生セルロース膜で膜厚は20μm以下であることを特徴とする徐放化局所投与剤。
【請求項4】
請求項1において、孔拡散膜として平均孔径10nm〜300nm、膜厚20μm〜400μmの再生セルロース多孔膜を単一あるいは多段で利用することを特徴とする徐放化局所投与剤。
【請求項5】
請求項1において、徐放化すべき薬剤としてシンバスタチンより選定され、溶解・拡散機構を示す膜として重量平均分子量約6000〜20000のポリ乳酸あるいは乳酸とグリコール酸の共重合体で構成されたマイクロカプセルであり、孔拡散用膜としてはセルロース誘導体をケン化処理して作製された再生セルロース多孔膜であることを特徴とする徐放化局所投与剤。

【公開番号】特開2012−25708(P2012−25708A)
【公開日】平成24年2月9日(2012.2.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−167846(P2010−167846)
【出願日】平成22年7月27日(2010.7.27)
【出願人】(307002932)株式会社セパシグマ (23)
【出願人】(505374635)アキュメンバイオファーマ株式会社 (6)
【Fターム(参考)】