説明

自動車用ルーフパネル

【課題】太陽光照射下の自動車ルーフパネルの温度上昇(=自動車室内の温度上昇)を抑制する手段を提供する。
【解決手段】自動車のルーフパネルの上面に、釣鐘型突起を多数、最密充填型配置で敷き詰めて、パネル表面積Sを、パネルの垂直方向投影の断面積Soの1.5倍から2倍程度に拡大し、且つ突起の表面形状を、突起表面を発した熱放射が空中に放出され易い回転二次曲面とすることによって、パネルの放射熱伝達のエネルギーを増大させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車室内の快適な温度環境を提供できる自動車の構造に関し、特に、炎天下における駐車時のルーフパネル温度上昇、およびそれに伴う室内温度上昇を抑制するための、自動車のルーフパネルの形状に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車を長時間、直射日光の下に置くと、ルーフパネルが高温となり、これが室内温度上昇を招く。真夏の炎天下では、70℃以上に達することがあり(特許文献1参照)、不快感が増して、自動車の利便性、快適性を損なっている。このような温度上昇の抑制は、自動車業界長年の課題であった。
【特許文献1】特開2004−21796(第5頁、第45行)
【0003】
因みに、人間の皮膚組織の破壊は、70℃ならば1秒、45℃ならば1時間で発生すると言われている。また、触って、熱くも冷たくも感じない温度は、体温なみの35℃程度である。これらが、自動車室内の温度環境改善の指標となる。
【0004】
直射日光下の自動車室内温度上昇は、主に二つの経路を経て起こる。
一つは、窓ガラスを透過した太陽光により、室内備品(ダッシュボード、ハンドル、座席など)が放射加熱されて引起される室内空気の温度上昇であるが、この問題は、赤外線カットガラスの採用、駐車時のフロントマスク設置などの、入射太陽光の低減措置により、概ね解決されている。
【0005】
しかしながら、今一つの経路−太陽光の熱放射がルーフパネルを加熱し、この高温のルーフが対流熱伝達、放射熱伝達によって室内備品、室内空気を加熱する経路−に由来する課題については、未だにこれといった有効な解決策が見出されていない。ルーフの上部空間に隙間を置いて遮光板を設置し、ルーフパネル温度の上昇を抑制する提案もあったが(特許文献2参照)、あまり有効でないらしく、普及していない。
【特許文献2】特開2003−80954
【0006】
また、赤外線を反射する塗装を施して、太陽光エネルギーの吸収を抑制する方式の、家屋の屋根などに適用される降温技術(例えば、非特許文献1参照)は、塗装色が特殊のため、デザインの自由度が優先される自動車への適用は困難である。
【非特許文献1】中井一寿ほか“遮熱塗装システムの開発”、塗装の研究、No.144 Oct.2005
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、太陽光照射下の自動車ルーフパネルの温度上昇を抑制する手段を提供しようとするものである。パネル温度上昇の抑制は、室内温度上昇の抑制につながるが、これは、ルーフパネルと室内備品、室内空気との間では十分な熱交換が行われるので、断熱材の有無によって温度上昇の速度に多少の違いがあるにせよ、それらの温度は略同じになる、という理由による。
【0008】
そもそもルーフパネルの温度は、パネルに流入する、太陽光の単位時間当りエネルギーPsunが、パネルの放射熱伝達としてパネル上方へ流出する単位時間当りエネルギーPrと、パネル上面の境界層(対流層)を通しての対流熱伝達として流出する単位時間当りエネルギーPcの和を凌駕して、パネルを加熱するとき、上昇を開始する。そして、PrもPcも温度Tの増加関数なので、PsunとPr+Pcの差は時間とともに減少し、
Psun=Pr+Pc (1)
となって、エネルギー収支0となったところで、ルーフパネルは平衡温度Tbに達する。
【0009】
太陽光の放射照度は天候や太陽位置によって変化するが、本発明の目的は、太陽光による地上放射照度が略最大となると予想される、晴天の日の、太陽が天頂にある状況でさえも、自動車の快適性を損なわないようにすることである。即ち、晴天の日の直上位置の太陽を仮定したときの、ルーフへの太陽光流入エネルギーPsunによって到達した、ルーフパネルの平衡温度Tbを、先述の目標温度指標まで下げることが本発明の課題である。
式1より、低い温度でもエネルギー流出が大きくなるように工夫すれば、低い平衡温度Tbが達成されると予想される。即ちルーフパネルの温度上昇抑制を期待できる。本発明では特にルーフパネルの放射熱伝達のエネルギーPrの増大を目論む。
【0010】
なお、式1では、パネル下面における放射熱伝達および対流熱伝達を無視したが、これは、ルーフパネル温度の上昇過程で、先述のように、パネルと室内空気、室内備品の間の温度差は小さく、対流熱伝達は極小、放射熱伝達は流入と流出が略同じということで、パネル下面におけるエネルギー収支はいつでも0とみなせるということが、理由である。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明による自動車ルーフパネルの形状の典型例を図1に示す。
自動車1のルーフパネル2の外面に、拡大平面図−3、A−A’部の断面図−4に示すように、釣鐘型突起を多数敷き詰めて、パネル表面積(突起の曲面表面積と谷底面の面積の総和)を拡大し、突起のないときのパネル表面積の1.5倍から2倍程度に大きくしたことを特徴とするものである。以下に記すように、パネルの放射熱伝達Pr、対流熱伝達Pcは、ともにパネル表面積に比例するので、このようなパネル表面積の拡大は、パネルからの流出エネルギーを増加させる。
【0012】
絶対温度TKのルーフパネルが外表面より空間に放出する単位時間、単位面積当り放射エネルギー(放射発散度)MW/mは、次のステファン・ボルツマンの法則に従う。
M(T)=εδT (2)
ここで、εは放射率で、図1のルーフパネルには塗装を施したので約0.9、また、δはステファン・ボルツマン定数で、5.6696×10−8Wm−2−4である。(非特許文献2参照)
然して、パネルの放射熱伝達としてパネル上方へ流出する(放射される)単位時間当りエネルギーPrは、パネル表面積Smに比例するので、
Pr=SM(T)=SεδT (3)
と表される。
【非特許文献2】照明学会編“ライティングハンドブック”p12(オーム社、1987)
【0013】
パネル上面の境界層を通して対流熱伝達として流出する単位時間当りエネルギーPcは、
Pc=Sη(T−Ta) (4)
と表され、ここでTaは周囲温度(K)、ηは熱伝達率で、静止した空気中、1〜25(Wm−2−1)である。(非特許文献3参照)
【非特許文献3】竹内正雄“熱計算入門II”p93(財団法人省エネルギーセンター、1988)
【0014】
一方、パネルに流入する、太陽光の単位時間当りエネルギーPsunは、太陽光の、地上における放射照度Esunに、ルーフパネル受光面積Soと吸収率μを乗じて得られる。
Psun=SoμEsun
そして、通常の塗装の放射率εと吸収率μは略等しいので、
Psun=SoεEsun (5)
となる。ここで、受光面積Soは、晴天のときの太陽光が平行光であるため、パネルの実際表面積ではなく、ルーフパネルを過ぎる光線束の、光線に垂直な断面の面積であることに留意する必要がある。太陽が天頂にあるとき、この受光面積Soは、図2に示すようなルーフパネル5の垂直方向(太陽光線7の方向)の投影断面積6に相当する。
【0015】
さて、上述したように、このPsunにPr+Pcが等しくなったとき、ルーフ温度は平衡温度Tbまで上昇し、安定する。即ち、ルーフ温度Tbは、式1に式3、式4、式5を代入し、次式から求められる。
SoεEsun=S(εδT+η(T−Ta)) (6)
この式を見れば、SをSoに対し大きくすれば、ルーフパネルの到達温度を低減できることが分かる。平行光照射の場合、熱放射面積Sと太陽光受光面積Soは異なること、多数の突起を設けてS>Soとできること、これによってルーフパネル温度を低減できることに着目して成されたのが、本発明である。
【0016】
このような発想は、本発明をもって嚆矢とする。周囲が熱放射体で囲まれていて、拡散光を受光する状態(例えば曇天の日、また、冷却対象がエンジンであるときのエンジンルーム)では、流入する放射エネルギーは実際面積Sに比例する。その場合、表面積を増やしても、放射エネルギーの流入、流出ともに増加する訳で、これが、従来、温度低減の手段としての表面積増加が省みられなかった理由である。
なお、対流熱伝達による流出エネルギーPcも、表面積Sの拡大によって増加する。これを利用するのが、所謂、放熱フィンによる表面積拡大であるが、自動車ルーフパネルにおいては、太陽光のエネルギーに比べ、対流熱伝達エネルギーの絶対値が小さく、対流熱伝達エネルギー低減によるルーフパネル温度の低減効果は限定される。
【0017】
ところで、ルーフパネル上面に多数の突起を設けて、表面積を拡大し、パネルの放射熱伝達エネルギーの増加を図る場合には、面積比S/So以外にいま一つ考慮すべきパラメータがある。即ち、突起表面を発した光線が、隣接の突起にぶつかったとき、吸収されて、パネル外に放射されず、面積比拡大効果が減殺される、という現象である。パネルを発した放射の内、パネル外へ放出される放射の割合を“出射率”と呼ぶならば、突起付きパネルの放射熱伝達エネルギーの増加率は、面積比S/Soと出射率との積βとなる。このβを用いて、式6は次のように書き換えられる。
εEsun=βS(εδT+η(T−Ta)) (7)
【0018】
具体的な数値的検討を進める。
先ず、備えるべき最大の放射照度は、晴天の日の、太陽位置が天頂位置にあるときと仮定し、このときの地上の放射照度Esunを約1KW/mと仮定する。地球上、大気層入射前の、太陽光線に垂直な平面上の放射照度(太陽定数)は1370W/mであり、普通の晴天で、太陽が天頂にあるときの大気透過率は約0.75であるから、(非特許文献4参照)Esun=1370×0.75≒1KW/mと計算される。
【非特許文献4】照明学会編“ライティングハンドブック”p205(オーム社、1987)
【0019】
塗装パネルの放射率(=吸収率)εは先述のとおり0.9、周囲温度Taは、夏場の温度上昇が問題となることが多いと見て、30℃を仮定する。そして、熱伝達率ηとしては、先述の文献値1〜25(Wm−2−1)の内、現状の自動車(β=1)の夏場、太陽直射下(放射照度1KW/m)での到達ルーフ温度Tbを65℃と見て、この値を式6に代入して得られるηの値、10Wm−2−1を選択する。
【0020】
これらの値を式7に代入すると、図3のグラフのような、突起付きパネルの放射熱伝達エネルギーの増加率βと到達ルーフパネル温度Tbとの関係が得られる。このグラフを見るに、βを1.5程度とするならば、少し熱いと感じる程度(先述のように1時間かかって火傷する程度)の45℃のルーフパネル最高温度を実現できる。また、βoを1.9くらいとするならば、熱いとは感じない、人肌温度より低い35℃を実現できる、とわかる。
【0021】
放射熱伝達の増加率β、つまり面積比S/Soと放射光出射率の積は、突起の形状と並べ方によって異なるる。図4の表に、突起の種々の形状、配置のときの面積比S/So、出射率、および増加率βの計算結果を示す。No.1〜No.10は、回転二次曲面から成る釣鐘型であり、曲面の開き具合4種(開き具合は二次曲線係数CCで表せる。各形状を図5に表示。)、高さ2種(直径Dの1倍と半分)、配置方法2種(図6−8の格子状配置と、図6−9の最密充填配置)を組合わせて計算した。No.11は四角錐(高さが幅Dの半分)の最密配置、No.12は図7−10のように半割円筒を並べたもの(かまぼこ型)、No.13は図7−11のように幅D=高さの切妻屋根型である。
【発明の効果】
【0022】
図4の表を見るに、回転二次曲面から成る釣鐘型突起を並べたものが他よりも優れている、中でも回転放物面型突起を最密充填配置したものが高い放射熱伝達エネルギー増加率βを示している。そして、釣鐘型突起は高さが高いほど出射率が大きく、回転放物面型突起の最密充填配置の場合、増加率βは、高さH:直径D=1:2にてβ=1.5、1:1にてβ=2に達する。
【0023】
このようにルーフパネルの放射エネルギーを増加させるならば、図3より、前者のケース(高さH:直径D=1:2の回転放物面型突起の最密充填配置)で、45℃以下の平衡温度Tbが達成される、とわかる。また、後者のケース(高さH:直径D=1:1の回転放物面型突起の最密充填配置)で35℃以下である。
【0024】
先述のように、上記の平衡温度Tbとは、晴天の日の直上の太陽で照射されたときのルーフパネル温度である。即ち、ルーフパネル上面に多数の適切な形状の突起を設置して、パネルの放射熱伝達を大きくすることにより、晴天の日の直上の太陽で照射されたときのルーフパネル温度を、安全に触れ得る温度、或いは触って熱いと感じない温度まで低減することができる。そして、パネル温度の低減は、自動車の室内温度低減につながり、自動車の利便性、快適性を増す。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
直射太陽光の下にルーフパネルを暴露しても35℃以上に昇温することはないようにした場合と、45℃程度まで昇温することはあるが、ルーフパネルを安価に製造できる場合の、2実施例を以下に記す。
【実施例1】
【0026】
ルーフパネル上面に、最密充填配置の、高さH:直径D=1:1の回転放物面型突起を設置する。下面は平面とする。このように背の高い突起を持つパネルは、鋳物にて製作可能である。自動車用のルーフパネルは軽量である必要があるから、アルミダイカストを使用する。また、突起の直径Dは1mmΦ程度とし、パネル全厚を1.5mm程度に抑える。
【0027】
凹凸のあるパネル上面には、通常の塗装を施す。放射率の小さい金属研磨面を指定したりして、自動車のデザインの自由度を制限しないのが、本発明の特長でもある。
【実施例2】
【0028】
ルーフパネル上面に、最密充填配置の、高さH:直径D=1:2の回転放物面型突起を設置する。下面には、どの箇所も一定の肉厚となるよう、上面突起に相対する凹部を設ける。図8に示す、このような両面凹凸の形状で、直径Dが高さHの半分と背の低い突起であれば、安価な鋼板のプレスにて製作可能である。0.5mmの肉厚の鋼板を使用する場合、5mmΦ程度の突起の直径Dが適当である。
【0029】
図8のようなパネル下面の表面積増大は、自動車室内への放射熱伝達の増加をもたらす。しかし、これは室内温度の上昇速度を速めるだけで、パネルの平衡温度には影響せず、支障をきたさない。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明による自動車用ルーフパネルの実施形態を示す模式図。
【図2】“垂直方向投影の断面積”を説明する模式図。
【図3】ルーフパネル平衡温度Tbと放射熱伝達増加率βの関係を表すグラフ。
【図4】諸種パネル表面形状の放射熱伝達増加率βの計算結果を示す表。
【図5】計算対称となった二次曲面突起の断面形状を比較する図。
【図6】突起の配置方法を示す模式図。
【図7】かまぼこ型および切妻型の突起を並べて成るパネルの模式図。
【図8】両面凹凸の形状のパネルの模式図。
【符号の説明】
【0031】
1 自動車
2 ルーフパネル
3 ルーフパネル拡大図
4 ルーフパネル断面図
5 突起付きルーフパネル
6 ルーフパネルの垂直方向投影の断面積
7 太陽光の光線
8 格子状配置
9 最密充填型配置
10 かまぼこ型パネル
11 切妻屋根型パネル
12 両面凹凸の形状の断面

【特許請求の範囲】
【請求項1】
パネルの上面に多数の突起を設けて、該パネルの表面積を、該パネルの垂直方向投影の断面積よりも大きくしたことを特徴とする自動車用のルーフパネル。
【請求項2】
前記パネルの上面に、回転二次曲面の表面形状の釣鐘型突起を、多数、格子状または最密充填型に配列して成ることを特徴とする、請求項1に記載の自動車用のルーフパネル。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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