説明

自動車車体の防錆処理方法

【課題】自動車車体の狭隘部へ確実にワックスを浸透させると共に、製造ラインにおける垂れ落ちを防止でき、さらに、出荷後においても、車体搬送時およびユーザー使用時のワックス垂れを防止できる自動車車体の防錆処理方法を提供する。
【解決手段】自動車車体Wを防錆処理するに当たって、上塗塗膜の乾燥後、自動車車体の防錆処理部位に、加温型チクソ剤を含有するワックスを塗布する工程、このワックスを加熱することによって自動車車体の狭隘部へワックスを浸透させ、かつワックスを増粘させる工程、およびワックスを冷却する工程を実施する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車車体の狭隘部をワックスによって防錆処理する方法に関し、詳細には、車体の狭隘部へ確実にワックスを浸透させると共に、形成されたワックス皮膜の膜厚を充分に保持し、かつ垂れ落ちを防止することのできる防錆処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車車体の塗装工程においては、車体のサイドシール、ドア等の袋構造部、およびフード、リッド等の板合わせ部に関して、雨水等の浸入による鋼板部の腐食を防止するため、上塗塗装工程の後にワックス塗布による防錆処理工程を設けている。
この防錆処理工程ではワックス膜厚を所定の厚さに形成、保持すると共に、鋼板の合わせ目等の狭隘部へもワックスを確実に浸透させる必要がある。
【0003】
上記狭隘部への浸透を容易にするために、粘度が小さい、すなわち流動性の良いワックスを使用すると、塗布時および塗布終了後に狭隘部からワックスが垂れ落ち続けるため、塗布効率が悪く、また、工場内が汚染されるという問題がある。さらに、形成されたワックス皮膜は所定膜厚を保持できないため防錆力に劣るという致命的な問題もある。
また反対に粘度の大きいワックスを使用すると、上記垂れ落ちは防止できるものの狭隘部内へワックスが充分に浸透しないため、やはり防錆力に劣る問題がある。
【0004】
上記問題を解決するため、特許文献1には、加熱すると粘度が低くなり、そして常温程度まで冷却されると著しく粘度が高くなる特性と、チクソトロピー性とを併せ持つワックスを使用した防錆処理方法が記載されている。すなわち、
・ ヒータでワックスを加熱する、
・ オーブンで被塗物を加熱する、あるいは
・ オーブンで被塗物とワックスを加熱する
等の方法でワックスの温度を所定温度(50℃)以上に加熱して狭隘部へも浸透しやすい粘度にまで下げ、塗布後には、被塗物を常温環境で放置、冷却することによりワックスの膜厚保持に必要な粘度とすることで、膜厚を保持すると共に垂れ落ちを防止している。
【0005】
【特許文献1】特開昭61−103581号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1の防錆処理方法の場合、ワックスを塗布するブース内の温度は外気温の影響を受けるため一定ではない。したがって、ヒータやオーブンで加熱したワックスや被塗物についても、ワックス塗布時の温度を一定に保つことは困難である。
【0007】
また上記(1)の、ワックスを所定温度に加熱した後に被塗物に塗布する方法を実施すると、寒冷時には、ワックス塗布ブースの温度が外気温に連動して低下しているため被塗物温度も低下している。このため加熱したワックスを被塗物に塗布すると、ワックス温度は所定温度よりも低下して狭隘部へ浸透せず、防錆性能が低下する虞がある。一方、夏場には、ワックス塗布ブースの温度が外気温に連動して上昇しているため被塗物温度も高くなっている。このためワックス塗布後にもワックス温度はなかなか下がらず、ワックスが垂れ落ちて充分な膜厚を保持することができなくなる虞がある。
【0008】
また、上記(2)のオーブンで被塗物を加熱する場合においても、寒冷時には、ワックス塗布ブース内の温度が低下するため、加熱した被塗物に冷えたワックスを塗布してもワックス温度が充分に上昇しない。したがって粘度低下が不充分となり狭隘部へ浸透せずに固化して防錆性能が低下する虞がある。また夏場には、ワックス塗布ブースの温度が外気温に連動して上昇しているためワックス温度も高くなっている。このためワックス塗布後にもワックス温度はなかなか下がらず、ワックスが垂れ落ちて充分な膜厚を保持することができなくなる虞がある。さらに、トラブル等でラインが停止し被塗物の温度が所定温度よりも下がった場合には再加熱する必要がある。
【0009】
上記(3)の、オーブンで被塗物とワックスを加熱する方法を実施する場合にも、上記(1)および(2)の場合と同様、外気温の影響を受けて防錆処理が不充分となる虞がある。
【0010】
前記した外気温の影響を避けるためには、ワックス塗装ブース内の空調を外気温に連動して制御しなければならない。また、このような制御を行ったとしても季節の変わり目等における気温の急変に対処することは困難であり、ワックスの粘度コントロールは容易ではない。さらに、仮にワックス塗装ブース内で所定の膜厚を確保した防錆処理が実施できた場合であっても、例えば出荷時に車体を2段積みにして輸送する際に、夏場等に日射の影響で車体温度が50℃以上に上昇することがあり、この場合には上段の車体から下段の車体にワックスが垂れ落ちる問題がある。また、ユーザーへ渡った後にも、日射熱や路面からの照り返し等によって車体温度が50℃以上に上昇し、ワックスが垂れ落ちるために防錆機能が低下する可能性がある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するため本発明に係る自動車車体の防錆処理方法は、上塗塗膜の乾燥後に自動車車体の防錆処理部位に加温型チクソ剤を含有するワックスを塗布する工程と、このワックスを加熱することによって自動車車体の狭隘部へワックスを浸透させる工程と、この後ワックスを冷却して前記加温前よりもワックスを増粘させる工程とを含む。
【0012】
前記加温型チクソ剤を含有するワックスの塗布後の加熱手段は、表面保護塗料加熱用の乾燥炉によって兼用することができる。あるいは、別途設置した加熱器で行ってもよい。
【発明の効果】
【0013】
本発明の自動車車体の防錆処理方法によれば、加温型チクソ剤を含有する防錆処理用ワックスを使用するため、狭隘部を加熱してワックスを浸透させた後に冷却すると、再度加熱してもワックスの粘度はほとんど下がらなくなる。したがって、塗装工程中における垂れ落ちがなく、また出荷後も、車体を2段積みにして輸送する際に日射の影響で車体温度が55℃以上に上昇しても上段の車体から下段の車体にワックスが垂れ落ちる心配がない。また、ユーザーへ渡った後にも、日射熱や路面からの照り返し等によってワックスが溶けて流れ落ちることがない。したがって、防錆機能を充分に発揮できる膜厚を維持することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下に本発明の実施の形態を添付図面に基づいて説明する。図1は本発明の防錆処理方法に使用するワックスの粘度と温度の関係を示すグラフである。
本発明で使用するワックスは加温型チクソ剤を含有することを特徴とし、図1に示したように、温度に対する粘度挙動は3つの曲線で表される。
【0015】
初めて加温したときのワックスの粘性挙動を◆印曲線で表わす。加温によってワックスの粘度が急激に低下することが示されている。このワックスを使用して防錆処理を行う場合には、塗布後、鋼板の合せ目等の狭隘部に浸透させるための粘度(300mPa・s以下)を確保するため、粘度が300mPa・sに低下する温度(「境界温度T」。本図の場合は約55℃)以上に加温する。本図では、最終的に約71℃まで加温している。なお、前記狭隘部の隙間は約1〜10ミクロンであり、ワックスを60℃以上に加温することでワックスは狭隘部に完全に浸透する粘度となる。
【0016】
次に、上記初めての加温後に冷却したときのワックスの粘性挙動を■印曲線で表わす。粘度は加温前に比較して急激に上昇する。本図の例では、約71℃のワックスを約58℃にまで冷却した時点で、粘度が300mPa・sを上回ることが示されている。よって、この温度にまで下がった時点でワックスの垂れ落ちは停止し所定の膜厚を維持することができる。
【0017】
そして▲印曲線は、再加温したときのワックスの粘性挙動である。再加温されて、例えば温度が約72℃になってもワックスの粘度は5000mPa・s以上あり流れ出すことはない。また、▲印曲線では、温度が上昇するにつれて粘度の低下度合いが減少し、80℃まで加温すれば粘度は約5000mPa・sで一定となるものと思われる。したがって、出荷時やユーザー使用時に車体が加熱されてもワックスが垂れ落ちる心配がない。
【0018】
本発明の防錆処理方法に使用するワックスとしては、例えばアフターヒート型高浸透ワックス(パーカー興産製 NOX−RUST712AH)を用いる。
【0019】
このワックスは、流動パラフィンを溶媒としたワックスに各種添加剤と加温型チクソ剤が分散添加されている。加温型チクソ剤には、加えられる熱エネルギーによって結晶構造が転移し、冷却時に徐々に網目構造を形成して増粘する特徴がある。したがって、加温型チクソ剤を添加したワックスは、塗布後に所定温度に加熱することで流動性が高まり、その後、冷却時にはそれほど冷却されないうちから急速に流動性を失い、再加熱されても流れ出すことがないという優れた性能を有している。
【0020】
実際の塗装工程において、上塗塗装工程後の塗装ラインの環境温度は通常40℃程度である。そこで、加温時等の温度変化を±10℃程度考慮し、前記境界温度Tが約55℃となるよう、加温型チクソ剤の配合量を調整したものである。上記配合量は、気候の寒暖に合わせて適宜変更することができる。また加温型チクソ剤の配合量を適宜変更することで境界温度を変更することができる。
【0021】
図2は、本発明の防錆処理方法を説明するための、自動車塗装ラインの一例を示す流れ図である。塗装ラインPは、上流側から下塗塗装工程1、中塗塗装工程2、上塗塗装工程3、塗膜検査工程4、ワックス塗布工程5、ストック場(PBS)6、表面保護塗料塗布工程7、および払出し工程8とから構成され、さらに、車体組立ラインA、完成車検査工程9および出荷工程10と続いている。
【0022】
本発明の防錆処理はワックス塗布工程5で実施される。上塗塗装工程3で上塗塗装を終え乾燥された車体は塗膜検査工程4において種々の検査がなされた後、ワックス塗布工程5へと搬送されてくる。ワックス塗布工程5には図示しないワックス塗布ブースが配設されていて、この塗布ブース内でワックス塗布装置の塗布ノズルからからワックスが吐出され、車体の被塗部位に塗布される。
【0023】
ワックスが塗布された車体は、ストック場6で車体組立ラインAに車体を効率よく払出すための並び替えが行われた後、表面保護塗料塗布工程7へ搬送される。表面保護塗料塗布工程7には、その上流側には表面保護塗料を塗布する図示しない塗布装置が配設され、その下流側には塗布した表面保護塗料を焼付け乾燥する乾燥炉7aが配設されている。表面保護塗料を焼付け乾燥した車体は払出し工程8へ搬送し、次工程の車体組立ラインAへと払出される。そして車体組立ラインAで組み立てられて完成した車体は最終の完成車検査工程9で各種検査を行い出荷工程10から市場に出荷される。
【0024】
図3(a)は本発明に係るワックスを塗布した段階の車体を示す側面図、(b)は(a)のA−A線矢視断面図(b)である。車体Wの下端に取付けられるサイドシールSは、プレス成形したアルミニウム合金等の金属板を複数組み合わせて製造した中空体である。そして金属板を組み合わせる際にできる板合わせ部S1には1〜10ミクロンの隙間があり、その幅S2は約20mmである。防錆用ワックスは、前記ワックス塗布工程5において、サイドシールSの内部に塗布される。
【0025】
ワックス塗布工程5では、図示しない塗布ブース内で、まずワックスの温度調整を行っておく。すなわち、吹き付け可能であるが垂れ落ちることがない粘度、つまり300mPa・sを少し超えた程度となる温度域にまでワックスを調整しておく。そして、検査工程4から搬送された車体Wに上記ワックスを塗布する。この場合、ワックスは図3(b)に示した場所に吹き付けられる。この時、ワックスの粘度は300mPa・s以上のため、狭隘部である板合わせ部S1から外部にワックスが垂れ落ちることはない。
【0026】
次いで車体Wはストック場6を経由して表面保護塗料塗布工程7へと搬送され、既述の通り表面保護塗料が車体Wの塗膜表面に塗布された後に乾燥炉7aに搬送される。ここで、上記ワックス塗布工程5から乾燥炉7aに車体Wが搬送される間においても、ワックスは板合わせ部S1から垂れ落ちることはなく、したがって搬送経路および車体W自身がワックスで汚されることはない。また、例えば夏場で搬送路および各工程ブース内温度が40℃を超えることがあっても、本発明に係るワックスは図1に示した通り約55℃に達するまでは垂れ落ちる心配はない。
【0027】
本発明に係るワックスは、乾燥炉7a内において表面保護塗料が焼き付け乾燥されるときに、初めて、その流動開始温度以上に加熱され、図4に示すように板合わせ部S1に深く浸透する。
【0028】
これを、図5を用いてさらに詳細に説明する。図5は、本発明に係る表面保護塗料塗布後の乾燥炉7aの一例を示す断面図(a)および平面図(b)である。乾燥炉7aには車体WのサイドシールSを重点的に加温するためのヒータ11が搬送経路とほぼ並行して設置されている。ヒータ11の種類としては特に制限はないが、加熱効率が高く瞬時に加温することが可能な点から遠赤外線ヒータが好適である。なお、ヒータ11は常時使う必要はなく、乾燥炉7aの雰囲気温度および処理時間を考慮して使用を停止することがあっても良い。
【0029】
板合わせ部S1にワックスを充分に浸透させるためには、サイドシールSを約60℃まで昇温した後、さらに60℃以上の温度を所定時間維持する必要がある。図5(b)に示すように、乾燥炉7aは昇温ゾーン7a1と浸透ゾーン7a2とから構成される。そして、昇温ゾーン7a1では車体Wに塗布したワックスを60℃にまで昇温させ、浸透ゾーン7a2では温度を60℃以上に維持することでワックスを板合わせ部S1に浸透させる。浸透ゾーン7a2の温度維持時間は、例えば、サイドシールSの幅S2が20mmの場合には1分程度である。
【0030】
上記60℃以上の温度は払出し工程8において常温まで冷却される。こうしてワックスの粘度が上昇することで垂れ落ちがなくなり所定膜厚の防錆膜が形成される。なお、上記冷却については、外気温が高い場合であっても58℃程度まで下がれば本発明に係るワックスの粘度は300mPa・s以上となるため車体組み立てラインAまでの間の搬送路にワックスが垂れ落ちることはない。
【0031】
なお、サイドシールSの加温手段について制限はなく、前記のような乾燥炉7aの熱源を用いずに、別途加熱装置を設けることも可能である。別途設ける加熱装置としては、上塗り塗装工程終了後で車体組立ラインの完成車検査工程までの間にワックスの被塗部位を加温する加熱装置を設ければよい。
【0032】
またサイドシールSの外板の交換修理を行った場合など、修理後にワックスを塗布し、ヒータで加熱するようにしてもよい。
【0033】
また、ワックスによる防錆処置を施すべき狭隘部としては、これまでに説明したサイドシールSだけでなく、例えばドア等の袋構造部、フード、リッド等の板合わせ部を挙げることができる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本発明の防錆処理方法に使用するワックスの粘度と温度の関係を示すグラフ
【図2】本発明の防錆処理方法を説明するための、自動車塗装ラインの一例を示す流れ図
【図3】(a)は本発明に係るワックスを塗布した段階の車体を示す側面図、(b)は(a)のA−A線矢視断面図
【図4】乾燥後の車体のシール部の断面図
【図5】(a)は本発明に係る表面保護塗料塗布後の乾燥炉の一例を示す断面図、(b)は平面図
【符号の説明】
【0035】
1…下塗塗装工程、2…中塗塗装工程、3…上塗塗装工程、4…塗膜検査工程、5…ワックス塗布工程、6…ストック場(PBS)、7…表面保護塗料塗布工程、7a…乾燥炉、7a1…昇温ゾーン、7a2…浸透ゾーン、8…払出し工程、9…完成車検査工程、10…出荷工程、11…ヒータ、A…車体組立ライン、S…サイドシール、S1…板合わせ部、T…境界温度、W…自動車車体。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
上塗塗膜の乾燥後に自動車車体の防錆処理部位に加温型チクソ剤を含有するワックスを塗布する工程と、このワックスを加熱することによって自動車車体の狭隘部へワックスを浸透させる工程と、この後ワックスを冷却して前記加温前よりもワックスを増粘させる工程とを含むことを特徴とする自動車車体の防錆処理方法。
【請求項2】
請求項1に記載の自動車車体の防錆処理方法において、前記加温型チクソ剤を含有するワックスの塗布後の加熱手段を、上塗り塗装以降に配設された乾燥炉とする自動車車体の防錆処理方法。
【請求項3】
請求項1に記載の自動車車体の防錆処理方法において、前記加温型チクソ剤を含有するワックスの塗布後の加熱手段を、別途設置した加熱器とすることを特徴とする自動車車体の防錆処理方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−208015(P2009−208015A)
【公開日】平成21年9月17日(2009.9.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−54599(P2008−54599)
【出願日】平成20年3月5日(2008.3.5)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】