説明

芳香族アルデヒド化合物の製造方法

【課題】芳香族アルデヒド化合物を、実用的な収率で安全且つクリーンに製造する方法を提供する。
【解決手段】以下の一般式(1):


で表されるトルエン化合物を、酸素存在下マイクロ流路に流通させ、光触媒酸化により、以下の一般式(2):


で表される芳香族アルデヒド化合物を得る。(但し、Xはハロゲン、水酸基、低級アルコキシ基を表し、nは1〜5の整数を表す。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、芳香族アルデヒド化合物の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
芳香族アルデヒド化合物は、医薬、農薬、染料、香料の原料として用いられるものが多く、工業的に有用な化合物である。芳香族アルデヒド化合物を製造する方法としては、相当する芳香族アルコール化合物を酸化する方法(非特許文献1〜非特許文献3を参照)が一般的に知られている。
【0003】
一方、前記芳香族アルコール化合物よりも入手が容易で安価な芳香族メチル化合物、すなわちトルエン化合物を原料とし、これを酸化して目的の芳香族アルデヒド化合物を得ることもできるが、このような方法は塩化クロミル等の環境負荷の高い金属化合物や塩素、臭素等のハロゲンを用いるので、その取り扱いに注意を要し、更に精製工程を含む多段階の製造工程を必要とするものに限られる(非特許文献4、非特許文献5を参照)。
【0004】
一般的にアルデヒド化合物は酸化を受けやすく、容易にカルボン酸化合物に酸化されてしまう性質を持っているので、メチル基を有する化合物を酸化して該酸化段階における反応を制御し、カルボン酸になる前のアルデヒド化合物を選択的に得ることは容易ではない。
【0005】
ここで、本発明者らは、マイクロ反応装置を用いた光触媒反応によって、環境負荷の高い酸化剤等を用いることなくトルエンからベンズアルデヒドを得ることができることを見出した(特許文献1を参照)。しかし、その収率は現実的な工業的生産を行うためには十分ではなく、また、ベンズアルデヒド以外の芳香族アルデヒド化合物の合成については検討されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2008−86993号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Tetrahedoron Letters, 1998年39巻6011頁
【非特許文献2】Tetrahedoron Letters, 1994年35巻8019頁
【非特許文献3】J. Org. Chem., 1976年41巻3329頁
【非特許文献4】Compt. Rend., 1880年90巻534頁
【非特許文献5】Org. Synth. Coll. VolII, 133頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
以上のような背景から、産業上有用な芳香族アルデヒド化合物が実用的な収率で選択的に得られるとともに、安全且つクリーンな製造方法が望まれている。本発明の目的は、上記の点に鑑み、工業的に有用な芳香族アルデヒド化合物を、実用的な収率で安全且つクリーンに製造する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するため、本発明の第1の態様に係る芳香族アルデヒド化合物の製造方法は、以下の一般式(1):
【0010】
【化1】

(但し、Xはハロゲン、水酸基、低級アルコキシ基を表し、nは1〜5の整数を表す。)で表されるトルエン化合物を溶媒に溶解させた原料溶液を、酸素を含む状態にしてマイクロ流路に流通させ、前記マイクロ流路の内面に設けられた光触媒の光触媒作用によって酸化反応を進行させて、以下の一般式(2):
【0011】
【化2】


[Xおよびnは前記一般式(1)におけるXおよびnと同じ意味を表すとともに、Xnは前記一般式(1)におけるXnと対応している。]で表される芳香族アルデヒド化合物を得ることを特徴とするものである。
【0012】
本発明において「マイクロ流路」とは、数十〜数千μm程度の微細な径の反応流路を指すものである。また「溶媒」は、トルエン化合物を溶解させるものであり、前記トルエン化合物が溶解する範囲であれば水分が含まれていてもよい。
【0013】
本態様によれば、前記一般式(1)で表されるトルエン化合物を溶媒に溶解した原料溶液を、酸素を含む状態にしてマイクロ流路に流通させることにより、該マイクロ流路内において光触媒反応を行い、前記トルエン化合物を酸化して該トルエン化合物に対応する芳香族アルデヒドを選択的に得ることができる。以って、前記トルエン化合物を原料として、温和な条件下、環境負荷の高い酸化剤等を用いることなく芳香族アルデヒド化合物の製造を行うことができる。
【0014】
また、光触媒反応によるトルエン化合物の酸化では、位置異性体や芳香族カルボン酸化合物等の副生成物が生成しないため、煩雑な精製工程や分離工程等を必要としない上、産業廃棄物も少なくなるので工業的に好適である。更に、後述の実施例に示されるように、目的の芳香族アルデヒド化合物が高収率で得られるため、工業的生産に利用することが期待できる。
【0015】
本発明の第2の態様に係る芳香族アルデヒド化合物の製造方法は、以下の一般式(3):
【0016】
【化3】

(但し、Xはハロゲン、水酸基、低級アルコキシ基を表す。)で表されるトルエン化合物を溶媒に溶解させた原料溶液を、酸素を含む状態にしてマイクロ流路に流通させ、前記マイクロ流路の内面に設けられた光触媒の光触媒作用によって酸化反応を進行させて、以下の一般式(4):
【0017】
【化4】

[Xは前記一般式(3)におけるXと対応している。]で表される芳香族アルデヒド化合物を得ることを特徴とするものである。
【0018】
本態様によれば、第1の態様と同様の作用効果を奏し、前記一般式(3)で表されるトルエン化合物を原料として、前記一般式(4)で表される芳香族アルデヒド化合物を製造することができる。
【0019】
本発明の第3の態様に係る芳香族アルデヒド化合物の製造方法は、第1の態様または第3の態様において、前記原料溶液と酸素を含む気体とをスラグフローの状態で前記マイクロ流路に流通させることを特徴とするものである。
【0020】
本発明において「スラグフロー」とは、原料溶液と酸素を含む気体とが交互にマイクロ流路内を流通する状態(図5を参照)を表すものである。
本態様によれば、図5に示されるように前記原料溶液(符号Lに相当)と前記酸素を含む気体(符号Gに相当)とを前記スラグフローの状態でマイクロ流路15に流通させることによって、マイクロ流路15内において気体で区切られたそれぞれの原料溶液部分において二次流れ25が生じ、マイクロ流路15の内面に設けられた光触媒との接触効率が増すとともに、原料溶液が撹拌されながら前記マイクロ流路15内を流通するので、トルエン化合物の酸化の反応効率を高めることができる。
【0021】
また、トルエン化合物の酸化反応が進行すると原料溶液中に含まれる酸素は消費されるが、スラグフローを形成することによって、原料溶液と隣接して流れる酸素を含む気体から前記原料溶液中に常に酸素を供給し続けることができる。前記酸素を含む気体としては、例えば大気のように気体の構成成分の一部として酸素を含む気体はもちろんのこと、純酸素を用いることができる。前記気体中の酸素濃度は高い方が好ましく、純酸素を用いることがより好ましい。
【0022】
本発明の第4の態様に係る芳香族アルデヒド化合物の製造方法は、第1の態様から第3の態様のいずれか一つの態様において、前記溶媒は酢酸であることを特徴とするものである。
【0023】
本態様によれば、原料となるトルエン化合物を酢酸に溶解させた原料溶液を用いて反応を行うことによって、目的とする芳香族アルデヒド化合物を高収率で得ることができる。
【0024】
本発明の第5の態様に係る芳香族アルデヒド化合物の製造方法は、第1の態様において、一般式(1)で表されるトルエン化合物が、4−、3−、または2−クロロトルエンであり、一般式(2)で表される芳香族アルデヒド化合物が、4−、3−、または2−クロロベンズアルデヒドであるものである。
【0025】
本態様によれば、第1の態様と同様の作用効果を奏し、4−、3−、または2−クロロトルエンを原料として、4−、3−、または2−クロロベンズアルデヒドを製造することができる。
【0026】
本発明の第6の態様に係る芳香族アルデヒド化合物の製造方法は、第1の態様において、一般式(1)で表されるトルエン化合物が、4−、3−、または2−フルオロトルエンであり、一般式(2)で表される芳香族アルデヒド化合物が、4−、3−、または2−フルオロベンズアルデヒドであるものである。
【0027】
本態様によれば、第1の態様と同様の作用効果を奏し、4−、3−、または2−フルオロトルエンを原料として、4−、3−、または2−フルオロベンズアルデヒドを製造することができる。
【0028】
本発明の第7の態様に係る芳香族アルデヒド化合物の製造方法は、第1の態様において、一般式(1)で表されるトルエン化合物が、4−、3−、または2−メトキシトルエンであり、一般式(2)で表される芳香族アルデヒド化合物が、4−、3−、または2−メトキシベンズアルデヒドであるものである。
【0029】
本態様によれば、第1の態様と同様の作用効果を奏し、4−、3−、または2−メトキシトルエンを原料として、4−、3−、または2−メトキシベンズアルデヒドを製造することができる。
【発明の効果】
【0030】
本発明によれば、トルエン化合物を原料として、酸化剤等を用いることなく安全且つクリーンに芳香族アルデヒド化合物の製造を行うことができると共に、工業的生産のために現実的な収率で前記芳香族アルデヒド化合物を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明に係る芳香族アルデヒド化合物の製造方法に用いられるマイクロ反応装置の一例を示す斜視図である。
【図2】図1のマイクロ反応装置の反応部2の分解斜視図である。
【図3】本発明に係る芳香族アルデヒド化合物の製造方法に用いられるマイクロ反応装置の他の例を示す斜視図である。
【図4】図3のマイクロ反応装置の反応部12の分解斜視図である。
【図5】スラグフローの状態を説明する図である。
【図6】実施例7において行った反応の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下、本発明について詳細に説明する。
<トルエン化合物>
本発明の芳香族アルデヒド化合物の製造方法においては、前記一般式(1)または前記一般式(3)で表されるトルエン化合物を原料に用いる。一般式(1)および一般式(3)中のXで表される置換基は酸化を受けないものであれば特に制約はないが、電子供与基の方が酸化反応を加速するので好適である。そのような例としては、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素などのハロゲン、水酸基、メトキシ基、エトキシ基、イソプロポキシ基などの低級アルコキシ基が挙げられる。
【0033】
また、前記一般式(1)においては、Xで表される置換基のベンゼン環における置換位置に制約はなく、オルト、メタ、パラのいずれでも用いることができる。2−クロロトルエン、3−クロロトルエン、4−クロロトルエン、2−フルオロトルエン、3−フルオロトルエン、4−フルオロトルエン、オルトクレゾール、メタクレゾール、パラクレゾール、2−メトキシトルエン、3−メトキシトルエン、4−メトキシトルエン等が例示できる。
【0034】
前記一般式(1)中のnはベンゼン環の置換基の数を表すが、その数には制約がなく1から5までの整数が適用される。その例としては、3,4−ジクロロトルエン、2,4−ジクロロトルエン、3,4,5−トリクロロトルエン、2,4−ジフルオロトルエン、3,4−ジメトキシトルエン、2,3,5,6−テトラフルオロトルエン、2,3,4,5,6−ペンタフルオロトルエン等が挙げられる。また、Xは同一種類ではなくてもよく、例えば1つがハロゲンで1つがアルコキシ基などでもよい。また、2つ以上のXがメチレン基によって環状構造を形成していてもよく、その例としてはメチレンジオキシトルエン、エチレンジオキシトルエンなどが挙げられる。
【0035】
<マイクロ反応装置>
次に、本発明に係る芳香族アルデヒド化合物の製造方法に用いるマイクロ反応装置について図1および図2を用いて説明する。図1は、本発明に係る芳香族アルデヒド化合物の製造方法に用いられるマイクロ反応装置の一例を示す斜視図である。図2は、図1のマイクロ反応装置の反応部2の分解斜視図である。
【0036】
本発明では、内面に光触媒が設けられた微細な反応流路5(以下、マイクロ流路5と称する)を備えた反応部2に、前記光触媒による光触媒反応を行うために必要な波長の光を照射することができる光照射部8を備えたマイクロ反応装置1が用いられる。
【0037】
前記マイクロ反応装置1の反応部2は、図2に示されるように光透過性の材料で形成された第一基板3にマイクロ流路を成す溝が設けられ、該溝内に光触媒として酸化チタン(TiO)を設け、原料溶液の供給口6およびマイクロ流路を流通した反応溶液が排出される排出口7を備えた第二基板4を前記第一基板3と接合して形成されている。また、前記マイクロ反応装置1は、原料溶液を供給口6からマイクロ流路5に供給するポンプ等の液体供給手段9と、前記原料溶液に酸素を含ませるための酸素溶存手段10を備えている。
【0038】
前記光透過性の材料とは、可視光、紫外光の一部、または全部を透過する材料を意味し、例えば石英ガラス、ホウ珪酸ガラス、硬質ガラス、ポリカーボネート、ポリメタクリレート、ポリ4,4´―イソプロピリデンジフェニレンテレフタレート/イソフタレートコポリマー(Uポリマー)などを用いることができる。
【0039】
また、前記マイクロ流路は、幅50〜1000μm、深さ10μm〜1000μmであることが好ましい。特に、前記マイクロ流路を流通する流体に対し、レイノルズ数を数十〜1000以下程度に設定し、層流を保って流通可能に設計されていることが好ましい。
【0040】
光触媒としては、光反応によって酸化反応を行うことができる触媒が用いられる。例えば、前述の酸化チタンの他、白金、ルテニウム、ロジウム、パラジウム等の助触媒を酸化チタンに担持させた触媒や、可視光応答型光触媒(窒素ドープ酸化チタン型、酸化タングステン型等)などを用いることができる。
【0041】
前記光触媒の種類に応じて光照射部の光源が選択される。酸化チタンの場合、200nm〜400nmの光が好ましく、水銀灯やLEDなどの光源が用いられる。可視光応答型光触媒の場合には、400nm〜600nmの光を発する蛍光灯、白熱光、太陽光などを用いることができる。
【0042】
数十〜数千μm程度の微細な径のマイクロ流路を反応流路として有するマイクロ反応装置は、そのマイクロ流路を基質(反応溶液)が流れることにより、フラスコ等のバッチ式反応装置と比べて超高速な混合(例えば数秒〜数十秒)が実現される。前記マイクロ反応装置ではマイクロ流路の長さと反応溶液の流通速度によって反応時間が決まり、反応領域における反応生成物の滞留時間を、前記マイクロ流路の長さまたは反応溶液の流通速度によって制御することができるので、多段階の反応によって進む化学反応(例えば出発物質Aから中間生成物Bを経て最終生成物Cができるのような場合)の反応生成物を、途中の段階(例えば中間生成物Bの段階)で取り出すことができ、反応生成物を選択的に得ることが可能である。
【0043】
また、1つのマイクロ流路内に流通させることができる反応溶液の量はわずかではあるが、反応時間が数秒〜数十秒で終了するため、連続的に反応溶液をマイクロ流路にフィードすれば容易に反応量を拡大することができる。また、マイクロ反応装置を複数集積化することによって、更に反応量の拡大が期待できる。フラスコや反応釜等を用いてバッチ式で行う化学反応では、反応スケールの増大によって熱拡散、撹拌効率が変わってくるため、スケールアップを行う際には化学工学的な検討を必須とするが、マイクロ反応装置での反応は同じ反応条件で量的拡大ができる利点がある。
【0044】
<溶媒>
本発明に用いる溶媒は、前記トルエン化合物を溶解させるものであり、前記トルエン化合物が溶解する範囲であれば水分が含まれていてもよい。また、マイクロ流路内に設けられた光触媒との親和性の高い溶媒が好ましい。このような溶媒としては、酢酸、プロピオン酸等の低級カルボン酸、メタノール、エタノール等の低級アルコール類、アセトン、エチルメチルケトン等のケトン類、酢酸エチル、酢酸ブチル等のエステル類、テトラヒドロフラン(THF)、ジエチルエーテル等のエーテル類、アセトニトリル、クロロホルム、ジメチルスルホキシド(DMSO)等が挙げられ、特に酢酸を用いることがより好ましい。
【0045】
また、ヘキサン、オクタン、クロロブタン、ジクロロブタン等のアルカン類、クロロベンゼン、オルトジクロロベンゼン、フルオロベンゼン等のハロゲン化ベンゼン類等を用いることもできる。
【0046】
尚、前記溶媒は当該溶媒自体が酸化を受けないものであることが好ましいが、溶媒自体が酸化されたとしても、その溶媒酸化物が、原料であるトルエン化合物や目的生成物である芳香族アルデヒドと反応するものではなく、且つ、芳香族アルデヒドと容易に分離できるものであれば問題はない。
【0047】
<芳香族アルデヒド化合物の製造方法1>
本発明は、前記トルエン化合物を前記溶媒に溶解させた原料溶液を、前記マイクロ流路に流通させて行うものである。前記原料溶液のトルエン化合物の濃度は任意であるが、5重量%〜10重量%であることが好ましい。
【0048】
前記原料溶液は酸素を含む状態にしてマイクロ流路に流通させる。酸素を含む原料溶液がマイクロ流路を流通するので、マイクロ流路の内面に設けられた光触媒の作用により、トルエン化合物のメチル基が酸化され、芳香族アルデヒド化合物が生成する。前記原料溶液は、できるだけ多くの酸素を含んでいることが好ましく、例えば空気や純酸素をバブリングすることによって酸素を多く含む状態にした原料溶液を用いることが好ましい。
尚、反応は室温で進行するが、光触媒に照射する光の光源の熱により過熱されることを防ぐためにマイクロ反応装置の反応部を冷却しながら反応を行うことが好ましい。
【0049】
前記マイクロ反応装置のマイクロ流路出口から流出する反応溶液を集め、さらに精製することによって純度を高めることができる。溶媒は蒸留等によって回収し、再度トルエン化合物を溶解する溶媒として用いることができる。原料に用いた一般式(1)または一般式(3)で表されるトルエン化合物と、その酸化により得られた生成物である芳香族アルデヒド化合物[一般式(2)または一般式(4)]が混在している場合には、蒸留等の一般的な方法により分離することができ、分離した原料トルエン化合物は再度反応に供することができる。
【0050】
<芳香族アルデヒド化合物の製造方法2>
次に、前記原料溶液をマイクロ流路に流通させるにあたり、酸素を含む気体(以下、酸素含有ガスと称する場合がある)を用いてスラグフローを形成して反応を行う場合について説明する。スラグフローは、原料溶液と酸素含有ガスとが交互にマイクロ流路内を流通する状態(図5を参照)を表す。
【0051】
前記スラグフローを形成する場合、例えば、図3および図4に示されるようなY字型のマイクロ流路15(特に図4を参照)を有するマイクロ反応装置11を用いることができる。図3および図4のマイクロ反応装置11は、前記Y字を成す二股の一方(Y字流路21)に原料溶液を供給し、他方(Y字流路22)に酸素含有ガスを供給するように構成されている。
【0052】
マイクロ反応装置11は、液体供給口16からY字流路21に原料溶液を供給する液体供給手段19と、気体供給口18からY字流路22に酸素含有ガスを供給する気体供給手段20を備えており、Y字流路21に供給する原料溶液と、Y字流路22に供給する酸素含有ガスの流量を調整することによって、両Y字流路(符号21および符号22)が合一した部分(符号23より)より下流のマイクロ流路15において前記スラグフローを形成するように構成されている。マイクロ流路15を流通した反応溶液は、排出口17から排出される。
スラグフローは、液体部分の体積をV、気体部分の体積をVとすると、V/(V+V)の値が0.01〜0.5の範囲になるように調整することが望ましい。
【0053】
以上のように、原料溶液と酸素含有ガスとを前記スラグフローの状態でマイクロ流路15に流通させることによって、マイクロ流路15内において気体で区切られたそれぞれの液体部分Lにおいて二次流れ25が生じ(図5を参照)、マイクロ流路15の内面に設けられた光触媒との接触効率が増すとともに、原料溶液が撹拌されながらマイクロ流路15内を流通するので、トルエン化合物の酸化の反応効率を高めることができる。
【0054】
また、トルエン化合物の酸化反応が進行すると原料溶液中に含まれる酸素は消費されるが、スラグフローを形成することによって、原料溶液と隣接して流れる酸素含有ガスから前記原料溶液中に常に酸素を供給し続けることができる。前記酸素含有ガスとしては、例えば大気のように気体の構成成分の一部として酸素を含む気体はもちろんのこと、純酸素を用いることができる。前記酸素含有ガス中の酸素濃度は高い方が好ましく、純酸素を用いることがより好ましい。
【0055】
以下、実施例に基づき本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限られるものではない。尚、以下の実施例において用いたマイクロ反応装置は、パイレックス(登録商標)ガラスに深さ25μm、幅100μm、長さ50mmの流路を形成し、酸化チタン(アナタース型)をゾルゲル法にてコーティングしたものを用いた。光源は365nmUV−LED(10W)を用い、酸素で飽和した原料溶液をシリンジポンプで送液した。
【0056】
[実施例1]
4−メトキシトルエンを酢酸(CHCOOH:実施例1-1)、アセトニトリル(CHCN:実施例1-2)、クロロホルム(CHCl:実施例1-3)、およびメタノール(CHOH:実施例1-4)にそれぞれ10重量%溶解した原料溶液と、4−メトキシトルエンを酢酸に30重量%溶解した原料溶液(実施例1-5)を調製し、それぞれの原料溶液に酸素ガスを吹き込んで酸素飽和の状態にしてシリンジポンプでマイクロ流路に注入した。反応はガスクロマトグラフィーによって追跡した。生成物の構造は標品を用いて同定した。尚、酢酸は氷酢酸を用いた。その反応結果を表1に示す。
【0057】
[実施例1に対する比較例]
パイレックス(登録商標)試験管に4−メトキシトルエン0.6g、酢酸2mL、酸化チタン36mgを入れ、撹拌しながら400W高圧水銀灯を2時間照射した。反応溶液にエーテルと水を加え、酸化チタンをろ過したのちに層分離し、エーテル層中に含まれる4−メトキベンズアルデヒド(アニスアルデヒド)を分析し、比較例1-1とした。その反応結果を表1に示す。
【0058】
【表1】

【0059】
[実施例1についての考察]
表1に示されるように、実施例1-1〜実施例1-5のいずれも、数十秒〜数分程度の短い反応時間で反応が進行している。特に、実施例1-1(溶媒:酢酸)では、収率90%以上の収率で目的の芳香族アルデヒド化合物(4−メトキシベンズアルデヒド)が得られている。
【0060】
実施例1-5(溶媒:酢酸、原料溶液濃度30重量%)では、同濃度の酢酸溶液を用いてバッチ式で反応を行った比較例1-1の48分の1の反応時間で、約8.5倍の収率で4−メトキシベンズアルデヒドを得ることができた。すなわち、実施例1-5は比較例1-1に比して約400倍の反応効率であると言え、短時間で効率よく反応が行われていることが示された。
【0061】
また、実施例1-1〜実施例1-5の結果から、4−メトキシトルエンを酸化して4−メトキベンズアルデヒドを得る場合、溶媒として酢酸を用いることによって、特に高効率に反応を行うことができることが示された。
【0062】
[実施例2]
4−クロロトルエンを酢酸(CHCOOH:実施例2-1)、アセトニトリル(CHCN:実施例2-2)、クロロホルム(CHCl:実施例2-3)、およびメタノール(CHOH:実施例2-4)にそれぞれ10重量%溶解し、実施例1と同様の方法で反応に供した。その反応結果を表2に示す。
【0063】
[実施例2に対する比較例]
4−クロロトルエンを酢酸(CHCOOH:比較例2-1)、アセトニトリル(CHCN:比較例2-2)、クロロホルム(CHCl:比較例2-3)、およびメタノール(CHOH:比較例2-4)にそれぞれ10重量%溶解し、20mgの酸化チタン粉末を加え、4mLのパイレックス(登録商標)バッチ式セルを用い、365nmUV−LEDを照射しながらスタラーピースを用いて90分間反応溶液を撹拌した。反応溶液はガスクロマトグラフィーで分析した。その反応結果を表2に示す。
【0064】
【表2】

【0065】
[実施例2についての考察]
表2に示されるように、実施例2-1(溶媒:酢酸)は、比較例2-1(溶媒:酢酸)の36分の1の反応時間で、5.4倍の収率で目的の芳香族アルデヒド化合物(4−クロロベンズアルデヒド)を得ることができた。すなわち、実施例2-1は比較例2-1に比して190倍以上の反応効率であると言える。他の溶媒の場合も同様に、比較例に比して高効率で反応が行われている。
【0066】
溶媒として酢酸を用いた実施例2-1および比較例2-1では、いずれの場合も目的の芳香族アルデヒド化合物(4−クロロベンズアルデヒド)以外に、アルデヒドが更に酸化された4−クロロ安息香酸が生成していた。しかし、比較例2-1ではカルボン酸の生成量が比較的多く、アルデヒド化合物とカルボン酸化合物を合わせた反応生成物の20%以上が4−クロロ安息香酸であるのに対し、実施例2-1における4−クロロ安息香酸の生成量は前記反応生成物の1%未満である。
また、溶媒としてメタノールを用いた比較例2-4においても4−クロロ安息香酸の生成が認められるが、実施例2-4では4−クロロ安息香酸は検出されなかった。以上の結果から、本実施例において選択的にアルデヒド化合物が得られていると言える。
【0067】
[実施例3]
4−フルオロトルエンを酢酸(CHCOOH:実施例3-1)、アセトニトリル(CHCN:実施例3-2)、クロロホルム(CHCl:実施例3-3)、およびメタノール(CHOH:実施例3-4)にそれぞれ10重量%溶解し、実施例1と同様の方法で反応に供した。その結果を表3に示す。
【0068】
【表3】

【0069】
[実施例3についての考察]
実施例3においても150秒という短時間で選択的に4−フルオロベンズアルデヒドが得られている。特に、実施例3-1(溶媒:酢酸)では反応時間150秒で4.1%の収率を達成しており、溶媒として酢酸を用いることによってより高効率に反応を行うことができることが示された。
【0070】
[実施例4]
4−メトキシトルエンを酢酸に溶解し、10重量%溶液(実施例4-1)、20重量%溶液(実施例4-2)、30重量%溶液(実施例4-3)、および50重量%溶液(実施例4-4)を調製し、実施例1と同様の方法で反応に供した。反応時間150秒後の反応結果を表4に示す。
【0071】
[実施例4に対する比較例]
4−メトキシトルエンを溶媒に溶解せず、そのまま原料液体としてマイクロ流路に供した(比較例4-1)。反応時間150秒後の反応結果を表4に示す。
【0072】
【表4】

【0073】
[実施例4についての考察]
原料であるトルエン化合物(4−メトキシトルエン)を溶媒に溶解して反応を行うことによって、高い収率で芳香族アルデヒド化合物(4−メトキシベンズアルデヒド)が得られることが示された。4−メトキシトルエンは10〜30重量%の濃度で溶媒に溶解することが好ましい。
【0074】
[実施例5]
4−クロロトルエンを酢酸に溶解し、0.01重量%溶液(実施例5-1)、0.1重量%溶液(実施例5-2)、1.0重量%溶液(実施例5-3)、10重量%溶液(実施例5-4)、20重量%溶液(実施例5-5)、および30重量%溶液(実施例5-6)を調製し、実施例1と同様の方法で反応に供した。反応時間150秒後の反応結果を表5に示す。
【0075】
[実施例5に対する比較例]
4−クロロトルエンを溶媒に溶解せず、そのまま原料液体としてマイクロ流路に供した(比較例5-1)。反応時間150秒後の反応結果を表5に示す。
【0076】
【表5】

【0077】
[実施例5についての考察]
原料として4−クロロトルエンを用いた場合も、実施例4と同様、トルエン化合物を溶媒に溶解して反応を行うことによって高効率で反応を行うことができることが示された。原料溶液の濃度が低いと収率は高いものの、実際の収量としては少なくなってしまうため、その濃度は10〜30重量%であることが好ましい。
【0078】
[実施例6]
次に、原料溶液中に含まれる酸素の条件を変えて実験を行った。
4−メトキシトルエン、4―クロロトルエン、および4―フルオロトルエンをそれぞれ酢酸に溶解し、10重量%溶液を調製した。それぞれの原料溶液に酸素ガスを吹き込み、酸素飽和の状態にした原料溶液を流通させた場合と、前記酸素飽和の状態の原料溶液と酸素ガスとのスラグフローを形成させて流通させた場合について反応を行った。
【0079】
実施例6-1は4−メトキシトルエンについて、酸素飽和原料溶液をそのままマイクロ流路に供したものである(スラグ無)。実施例6-2は、4−メトキシトルエンの酸素飽和原料溶液と酸素ガスとのスラグフローを形成させてマイクロ流路に供したものである。スラグフローは、液体部分の体積をV、気体部分の体積をVとしたときのV/(V+V)の値が0.01になるように形成した。
【0080】
実施例6-3は4−クロロトルエンについて、酸素飽和原料溶液をそのままマイクロ流路に供したものである(スラグ無)。実施例6-4は、4−クロロトルエンの酸素飽和原料溶液と酸素ガスとのスラグフローを形成させてマイクロ流路に供したものである。V/(V+V)の値は0.01になるように形成した。
【0081】
実施例6-5は4−フルオロトルエンについて、酸素飽和原料溶液をそのままマイクロ流路に供したものである(スラグ無)。実施例6-6は、4−フルオロトルエンの酸素飽和原料溶液と酸素ガスとのスラグフローを形成させてマイクロ流路に供したものである。V/(V+V)の値は0.05になるように形成した。
【0082】
実施例6-1、実施例6-3、および実施例6-5(スラグ無)の反応時間はいずれも150秒であり、実施例6-2、実施例6-4、および実施例6-6(スラグフロー)の反応時間はそれぞれ27秒、26秒、50秒である。その反応結果を表6に示す。
【0083】
【表6】

【0084】
[実施例6についての考察]
原料溶液を酸素ガスとのスラグフローでマイクロ流路に流通させると(実施例6-2、実施例6-4、および実施例6-6)、スラグフローを形成せずにマイクロ流路に流通させた場合(実施例6-1、実施例6-3、および実施例6-5)に比べ、更に短時間且つ高収率で反応が進行している。
【0085】
スラグフローを形成させることによって、マイクロ流路の内面に設けられた光触媒近傍に原料が局在し易くなり、トルエン化合物の酸化の反応効率を高めることができる。また、スラグフローを形成すると、図5に示されるように、マイクロ流路15内において気体で区切られたそれぞれの液体部分Lにおいて二次流れ25が生じ、原料溶液が撹拌されながらマイクロ流路15内を流通するものと考えられる。このことによっても反応効率が高められていると推測される。
【0086】
また、トルエン化合物の酸化反応が進行すると原料溶液中に含まれる酸素は消費されるが、スラグフローを形成することによって、原料溶液と隣接して流れる酸素ガスから前記原料溶液中に常に酸素を供給し続けることができる。本実施例においては、酸素を含む気体として純酸素ガスを用いたが、例えば大気のように気体の構成成分の一部として酸素を含む気体を用いることもできる。
【0087】
[実施例7]
次に、スラグフローを形成する場合のV/(V+V)の値について検討した。10重量%の4−フルオロトルエン/酢酸溶液を原料溶液として用い、V/(V+V)の値を変えてスラグフローを形成して反応を行った。反応時間150秒後の反応結果を図6に示す。
【0088】
[実施例7についての考察]
/(V+V)の値は小さくなるほど収率が良くなる。しかしV/(V+V)の値は小さいほど液体部分が少ないことを意味し、マイクロ流路を流通する原料溶液量が減ってしまい、実質的な収量も少なくなってしまう。収率を高めつつ短時間で実用的な収量を達成するためには、V/(V+V)の値の範囲は0.01〜0.5であることが望ましい。
【産業上の利用可能性】
【0089】
本発明は、医薬、農薬、染料、香料の原料として用いられる芳香族アルデヒド化合物の製造方法に利用可能である。
【符号の説明】
【0090】
1 マイクロ反応装置、 2 反応部、 5 マイクロ流路、 8 光照射部、
9 液体供給手段、 10 酸素溶存手段、
11 マイクロ反応装置、 12 反応部、 15 マイクロ流路、
19 液体供給手段、 20 気体供給手段、
21 Y字流路、 22 Y字流路、 25 二次流れ
G 気体、 L 液体、 MC マイクロ流路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の一般式(1):
【化1】

(但し、Xはハロゲン、水酸基、低級アルコキシ基を表し、nは1〜5の整数を表す。)
で表されるトルエン化合物を溶媒に溶解させた原料溶液を、酸素を含む状態にしてマイクロ流路に流通させ、前記マイクロ流路の内面に設けられた光触媒の光触媒作用によって酸化反応を進行させて、
以下の一般式(2):
【化2】

[Xおよびnは前記一般式(1)におけるXおよびnと同じ意味を表すとともに、Xnは前記一般式(1)におけるXnと対応している。]
で表される芳香族アルデヒド化合物を得ることを特徴とする、芳香族アルデヒド化合物の製造方法。
【請求項2】
以下の一般式(3):
【化3】

(但し、Xはハロゲン、水酸基、低級アルコキシ基を表す。)
で表されるトルエン化合物を溶媒に溶解させた原料溶液を、酸素を含む状態にしてマイクロ流路に流通させ、前記マイクロ流路の内面に設けられた光触媒の光触媒作用によって酸化反応を進行させて、
以下の一般式(4):
【化4】

[Xは前記一般式(3)におけるXと対応している。]
で表される芳香族アルデヒド化合物を得ることを特徴とする、芳香族アルデヒド化合物の製造方法。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載された芳香族アルデヒド化合物の製造方法において、前記原料溶液と酸素を含む気体とをスラグフローの状態で前記マイクロ流路に流通させることを特徴とする、芳香族アルデヒド化合物の製造方法。
【請求項4】
請求項1から請求項3のいずれか一項に記載された芳香族アルデヒド化合物の製造方法において、前記溶媒は酢酸であることを特徴とする、芳香族アルデヒド化合物の製造方法。
【請求項5】
請求項1に記載された芳香族アルデヒド化合物の製造方法において、一般式(1)で表されるトルエン化合物が、4−、3−、または2−クロロトルエンであり、一般式(2)で表される芳香族アルデヒド化合物が、4−、3−、または2−クロロベンズアルデヒドである芳香族アルデヒド化合物の製造方法。
【請求項6】
請求項1に記載された芳香族アルデヒド化合物の製造方法において、一般式(1)で表されるトルエン化合物が、4−、3−、または2−フルオロトルエンであり、一般式(2)で表される芳香族アルデヒド化合物が、4−、3−、または2−フルオロベンズアルデヒドである芳香族アルデヒド化合物の製造方法。
【請求項7】
請求項1に記載された芳香族アルデヒド化合物の製造方法において、一般式(1)で表されるトルエン化合物が、4−、3−、または2−メトキシトルエンであり、一般式(2)で表される芳香族アルデヒド化合物が、4−、3−、または2−メトキシベンズアルデヒドである芳香族アルデヒド化合物の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−162489(P2011−162489A)
【公開日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−28091(P2010−28091)
【出願日】平成22年2月10日(2010.2.10)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 掲載年月日 : 2009年09月22日 掲載アドレス: http://www.molsci.jp/2009/index.html https://www.wdc−jp.biz/msf/ps2009/jp/program.html https://www.wdc−jp.biz/msf/ps2009/jp/Session_2009.pdf https://www.wdc−jp.biz/msf/ps2009/jp/poster_4.html
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【出願人】(393021967)イハラニッケイ化学工業株式会社 (13)
【出願人】(000005902)三井造船株式会社 (1,723)
【出願人】(500561931)三井造船プラントエンジニアリング株式会社 (41)
【出願人】(505252698)株式会社 IME (14)
【Fターム(参考)】