説明

芳香族クロロメチル化合物の加水分解方法

【課題】クロロメチル基類の加水分解反応速度を上げ、且つ加水分解生成物の収率を向上させ方法を提供する。
【解決手段】芳香族環に結合するクロロメチル基類を加水分解するにあたり、マイクロ波を照射して加熱加水分解する。芳香族クロロメチル化合物からは芳香族ヒドロキシメチル化合物が製造され、芳香族ジクロロメチル化合物からは芳香族アルデヒド化合物が製造され、芳香族トリクロロメチル化合物からは芳香族カルボン酸化合物の製造される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、芳香族環に結合するクロロメチル基類をマイクロ波によって加水分解して、それぞれのクロロメチル基に対応する芳香族アルコール化合物、芳香族アルデヒド化合物及び芳香族カルボン酸に転換する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
非特許文献2等で芳香族環の環構成炭素に結合するモノクロロメチル基、ジクロロメチル基及びトリクロロメチル基をアルカリ金属塩の存在下に加熱加水分解すると、対応する芳香族アルコール、芳香族アルデヒド及び芳香族カルボン酸が得られることは知られている。
【0003】
【特許文献1】特開2004-345998号公報
【非特許文献1】Microwaves in Organic Synthesis, Andre Loupy著p159
【非特許文献2】Organic Synthesis,Coll,Vol.3p,650
【0004】
クロロメチル基のヒドロキシルメチル基への変換は、一般的にはアルカリ金属の存在下に過剰の水を添加し、加熱して得ることが知られている。しかしながら、この方法では反応時間が長い、エーテル化合物の生成などの副反応が問題である。
【0005】
特許文献1や非特許文献1等にあるようにマイクロ波を反応に導入することは以前より種々検討されてきたが、今までのところクロロメチル基を有する化合物にマイクロ波を照射してアルコール類を得た例はない。マイクロ波を双極子を持つ化合物に当てたとき、発熱が生じることは古くから知られている。マイクロ波を物質に照射したとき、照射された部分にスーパーローカルヒーティングを生じさせ、マイクロ波の持つエネルギーが一点に集中して反応場に大きなエネルギーが与えられることとなり、これがマイクロ波により迅速な反応が起こる要因の一つといわれている。
【0006】
一般的なモノクロロメチル基を芳香環に持つ物質としては、モノクロロメチル基以外の置換基として、アルキル基、ハロゲン基、水酸基等の置換基を有する化合物が考えられる。これらの化合物のモノクロロメチル基のみを加水分解し、ヒドロキシメチル基に変換する方法としては、水酸化ナトリウム、重炭酸ナトリウム、炭酸ナトリウムなどが塩素の脱離を促進する目的で一般的に使用されているが、その結果として加水分解により得られたヒドロキシメチル化合物とクロロメチル基が反応してエーテル結合を形成し、収量の低下をもたらす。また、クロロメチル基以外の置換基としてハロゲンが入っていると脱ハロゲン化をもたらす。
【0007】
クロロメチル基を化合物内に2個持つ化合物、例えばビス(クロロメチル)ベンゼンやビス(クロロメチル)ビフェニルの場合には、加水分解は炭酸ナトリウムや重炭酸ナトリウムでは反応が殆ど進行しない。アルカリ金属化合物を水酸化ナトリウムやカリウムに変更すると加水分解が起こるが、2量体化、3量体化、更にはそれ以上の重合が進行するほか、ヒドロキシメチル基に基づく環への付加反応が起こり、この反応によっても重合物が発生し、収量良くヒドロキシメチル基を環中に2個持つ化合物を製造することができない。これらの反応には、重合物生成が避けられないため、クロロメチル基に一旦酢酸ナトリウムを反応させエステルとした後、加水分解してビスヒドロキシ化合物を得ることが一般的な方法である。すなわち、ビスクロロメチル化合物は、容易に加水分解できないと言える。
【0008】
芳香族アルデヒドは、一般的には芳香環に付くヒドロキシメチル基をクロム酸、過マンガン酸等を使用する酸化により作られている。一方、ジクロロメチル基もいわゆるアルデヒドと同等の反応を行うので、アルデヒド基の代わりに使用されているがジクロロメチル基を加水分解することは難しいと考えられていた。仮に、ジクロロメチル基をアルカリ金属化合物により加水分解するとすると、いわゆるカニツァロ反応により、生成物はカルボン酸とヒドロキシメチル基を持つ化合物となりモノクロロメチル基のようにアルカリ金属化合物による加水分解によりアルデヒドは生成し難い。
【0009】
トリクロロメチル基を持つ化合物からカルボン酸化合物への加水分解反応は、一般的に行われている反応であるが、この反応にマイクロ波を導入した事例はない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
芳香環に結合するクロロメチル基類のアルカリによる加水分解方法は、アルコール、アルデヒド及びカルボン酸に転換する方法としては古くから使われているが、反応速度の向上、副生物の低減が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、芳香環に結合するクロロメチル基類以外の他の置換基の脱離、エーテル化合物の生成が少ない反応を行うために種々検討した結果、クロロメチル基及び他の置換基を持つ芳香族化合物を過剰の水の存在下にマイクロ波を照射することにより、他の置換基の脱離を抑制しつつ、クロロメチル基をヒドロキシメチル基に転換し、しかもエーテル化合物の生成の少ない反応条件を見出した。
【0012】
また、本発明者らは、ジクロロメチル基を有する芳香族化合物に過剰の水の存在下マイクロ波を照射するとジクロロメチル基がアルデヒドに容易に転換することを見出した。更に、ジクロロメチル基を化合物中に2個持つ、ビスジクロロメチル基を有する化合物にもマイクロ波を水過剰下に照射すると芳香族ビスアルデヒド類が合成できることを見出した。
【0013】
また、本発明者らは、トリクロロメチル基を有する芳香族化合物に過剰の水の存在下マイクロ波を照射するとトリクロロメチル基がカルボン酸に容易に転換することを見出した。
【0014】
本発明は、芳香族環に結合するクロロメチル基類を加水分解するにあたり、マイクロ波を照射して加熱加水分解することを特徴とする加水分解方法である。
【0015】
請求項2以下の発明は次のとおりである。
1) クロロメチル基類が、モノクロロメチル基、ジクロロメチル基又はトリクロロメチル基から選ばれる少なくとも1種である上記の加水分解方法。
2) 芳香族環に結合するクロロメチル基を1〜2個有する芳香族クロロメチル化合物を、マイクロ波により加熱加水分解することを特徴とする芳香族ヒドロキシメチル化合物の製造方法。
3) 芳香族環に結合するジクロロメチル基を1〜2個有する芳香族クロロメチル化合物を、マイクロ波により加熱加水分解することを特徴とする芳香族アルデヒド化合物の製造方法。
4) 芳香族環に結合するトリクロロメチル基を1〜2個有する芳香族クロロメチル化合物を、マイクロ波により加熱加水分解することを特徴とする芳香族カルボン酸化合物の製造方法。
【0016】
芳香族クロロロメチル化合物類としては、下記式(1)で表される化合物がある。
Ar-(CHnCl3-n)m (1)
式(1)において、Arは置換基を有してもよい芳香族基であり、nは0〜2の整数であり、mは1以上の整数であるが好ましくは1又は2である。これらの芳香族クロロロメチル化合物類を加水分解すると、下記式(2)、(3)及び(4)で表される化合物が得られる。mは上記と同じ意味を有する。
Ar-(CH2OH)m (2)
Ar-(CHO)m (3)
Ar-(COOH)m (4)
【0017】
式(1)において、n=2の化合物としては、芳香族クロロロメチル化合物があり、この化合物を加水分解すると式(2)で表される芳香族ヒドロキシメチル化合物が得られる。例えば、式(1)において、m=1の化合物を加水分解すると芳香族ヒドロキシメチル化合物が得られ、m=2の化合物を加水分解すると芳香族ビスヒドロキシメチル化合物が得られる。
【0018】
式(1)において、n=1の化合物としては、芳香族ジクロロロメチル化合物があり、この化合物を加水分解すると式(3)で表される芳香族アルデヒド化合物が得られる。m=1の化合物を加水分解すると芳香族アルデヒド化合物が得られ、m=2の化合物を加水分解すると芳香族ジアルデヒド化合物が得られる。
【0019】
式(1)において、n=0の化合物としては、芳香族トリクロロロメチル化合物があり、この化合物を加水分解すると式(4)で表される芳香族カルボン酸化合物が得られる。m=1の化合物を加水分解すると芳香族カルボン酸化合物が得られ、m=2の化合物を加水分解すると芳香族ジカルボン酸化合物が得られる。
【0020】
クロロメチル基類が結合する芳香族基Arとしては、置換基を有する芳香族基であっても、有しない芳香族基であってもよい。また、芳香族基は1環又は2環以上の芳香族環からなるもであってもよいが、1〜2環であることが好ましい。更に、芳香族環は炭化水素環であっても複素環であってもよいが、好ましくは炭化水素環である。好ましいクロロメチル基類が結合する芳香族基としては、フェニル基、フェニレン基、ビフェニレン基、ハロフェニル基、アルキルフェニル基、ナフチル基等が挙げられる。
【0021】
この反応に使用するマイクロ波は、水又は芳香族クロロロメチル化合物類を加熱しうる波長のマイクロ波であればよいが、一般的な2.45GHzが好ましく、一般的に使用を許されている915MHz帯のマイクロ波も使用することができる。反応温度は50℃以上で進行し、好ましい温度は100℃〜180℃である。100℃以上で反応を行う場合は、加圧容器を反応容器として使用する。反応時間は反応温度等によっても異なるが、通常1〜60分、好ましくは3〜10分の範囲である。
【0022】
この反応に使用する水の量は、理論量より過剰に使用するが、芳香族クロロロメチル化合物に対して0.5〜10倍量(重量)程度が好ましく、より好ましくは0.5〜8倍量である。
【0023】
この反応には、必要によりアルカリを添加してもよい。アルカリとしては、アルカリ金属水酸化物が好ましく例示される。アルカリを添加する場合、その量はクロロメチル基1個がついた芳香族化合物の場合には、理論量の0.1倍〜1.0倍、トリクロロメチル基が1個又は2個ついた芳香族化合物の場合には、理論量の0.1倍〜3倍程度がよい。また、クロロメチル基を2個持つ芳香族化合物の場合、ジクロロメチル基が1個又は2個ついた芳香族化合物の場合は、アルカリを添加しない方がよりよい結果を与えることが多いようである。
【0024】
芳香族ビスクロロメチル化合物を芳香族ビスヒドロキシメチル化合物に転換する場合、副反応が起こりやすいが、本発明の方法を採用すると、速やかに対応する芳香族ビスヒドロキシメチル化合物に転換できることが見出された。これは、本発明のを採用すると、反応速度が速くなり、副反応であるエーテル化合物の生成が相対的に少なくなったことのほか、過剰の水の存在により、生成したヒドロキシメチル基が芳香環を直接攻撃することなく反応が進行するためと考えられる。
【0025】
芳香族ジクロロメチル化合物を芳香族アルデヒド化合物に転換する場合、反応系にアルカリ金属化合物を添加してマイクロ波を照射した場合、カルボン酸の生成とヒドロキシメチル基が原因と考えられる重合物の生成を認めたが、収量が10〜20%程度低下したのみで、アルデヒド化合物が得られることが確認された。これは、アルカリ金属化合物の存在下で反応を行った場合、一般的にはカニツァロ反応が進行するが、マイクロ波を反応に導入したことにより、ジクロロメチル基の加水分解がカニツァロ反応より速く進行したことによると考えられる。
【0026】
芳香族トリクロロメチル化合物を芳香族カルボン酸化合物に転換する場合、加水分解をアルカリ金属化合物の存在下、好ましくは水酸化ナトリウムと水の存在下に行うと、反応が非常に速く進行することが認められた。
【発明の効果】
【0027】
本反応は、工業的に有用なヒドロキシメチル芳香族化合物、ビスヒドロキシメチル芳香族化合物、芳香族モノアルデヒド化合物、芳香族ビスアルデヒド化合物及び芳香族カルボン酸の製造法として有用である。また、本反応は、目的の化合物を収率よく、早い反応速度で得ることができる。
【実施例】
【0028】
実施例1
p−メチルベンジルクロライド1g、水3gをバイオタージ社製反応器にいれ、攪拌しながら2.45GHzのマイクロ波を照射して150℃に保持して5分反応した。反応器内温が室温まで下がったのち、10%の水酸化ナトリウム水溶液を入れ反応液を洗浄した後、GC−MSにて分析した。
【0029】
実施例2
p−メチルベンジルクロライド1g、水3g及び水酸化ナトリウム0.25gを反応器に入れ、実施例1と同様な条件で反応した。なお、反応液の洗浄には希硫酸水溶液を使用した。
【0030】
実施例3
p−クロルベンジルクロライド1g、水3gを反応器に入れ、実施例1と同様な条件で反応した。
【0031】
実施例4
p−クロルベンジルクロライド1g、水3g及び水酸化ナトリウム0.25gを反応器に入れ、実施例1と同様な条件で反応した。なお、反応液の洗浄には希硫酸水溶液を使用した。
【0032】
実施例5
o−クロルベンジルクロライド1g、水3gを反応器に入れ、実施例1と同様な条件で反応した。
【0033】
実施例6
o−クロルベンジルクロライド1g、水3g及び水酸化ナトリウム0.25g反応器に入れ、実施例1と同様な条件で反応した。なお、反応液の洗浄には希硫酸水溶液を使用した。
【0034】
反応生成物の分析結果を表1に示す。なお、主生成物のベンジルアルコール類は、実施例1〜2はp-メチルベンジルアルコール、実施例3〜4はp-クロルベンジルアルコール、実施例5〜6はo-クロルベンジルアルコールである。
【0035】
【表1】

【0036】
実施例7
1,4-ビス(クロロメチル)ベンゼン1g、水3gを反応器に入れ、実施例1と同様な条件で反応した。
【0037】
実施例8
1,4-ビス(クロロメチル)ベンゼン1g、水3g及び水酸化ナトリウム0.25gを反応器に入れ、実施例1と同様な条件で反応した。なお、反応液の洗浄には希硫酸水溶液を使用した。
【0038】
実施例9
4,4'-ビス(クロロメチル)ビフェニル1g、水3gを反応器に入れ、実施例1と同様な条件で反応した。
【0039】
実施例10
4,4'-ビス(クロロメチル)ビフェニル1g、水3g及び水酸化ナトリウム0.25gを反応器に入れ、実施例1と同様な条件で反応した。なお、反応液の洗浄には希硫酸水溶液を使用した。
【0040】
反応生成物の分析結果を表2に示す。なお、主生成物のビスヒドロキシメチル類は、実施例7〜8は1,4-ビス(ヒドロキシメチル)ベンゼン、実施例9〜10は4,4'-ビス(ヒドロキシメチル)ビフェニルである。
【0041】
【表2】

【0042】
実施例11
p−クロルベンザルクロライド1g、水3gを反応器に入れ、実施例1と同様な条件で反応した。
【0043】
実施例12
p−クロルベンザルクロライド1g、水3g及び水酸化ナトリウム0.25gを反応器に入れ、実施例1と同様な条件で反応した。なお、反応液の洗浄には希硫酸水溶液を使用した。結果を表3に示す。
【0044】
【表3】

【0045】
実施例13
o-ビスベンザルクロライド1g、水3gを反応器に入れ、実施例1と同様な条件で反応した。
【0046】
実施例14
o-ビスベンザルクロライド1g、水3g及び水酸化ナトリウム0.25gを反応器に入れ、実施例1と同様な条件で反応した。なお、反応液の洗浄には希硫酸水溶液を使用した。結果を表4に示す。
【0047】
【表4】

【0048】
実施例15
o-クロル-ベンゾトリクロライド1g、水3gを反応器に入れ、実施例1と同様な条件で反応した。
【0049】
実施例16
o-クロル-ベンゾトリクロライド1g、水3g及び水酸化ナトリウム0.5gを反応器に入れ、実施例1と同様な条件で反応した。なお、反応液の洗浄には希硫酸水溶液を使用した。
【0050】
実施例17
p-クロル-ベゾトリクロライド1g、水3gを反応器に入れ、実施例1と同様な条件で反応した。
【0051】
実施例18
p-クロル-ベゾトリクロライド1g、水3g及び水酸化ナトリウム0.5gを反応器に入れ、実施例1と同様な条件で反応した。なお、反応液の洗浄には希硫酸水溶液を使用した。
析した。
【0052】
結果を表5に示す。なお、主生成物のクロロ安息香酸は、実施例15〜16はo-クロロ安息香酸、実施例17〜18はp-クロロ安息香酸である。
【0053】
【表5】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
芳香族環に結合するクロロメチル基類を加水分解するにあたり、マイクロ波を照射して加熱加水分解することを特徴とする加水分解方法。
【請求項2】
クロロメチル基類が、クロロメチル基、ジクロロメチル基又はトリクロロメチル基から選ばれる少なくとも1種である請求項1記載の加水分解方法。
【請求項3】
芳香族環に結合するクロロメチル基を1〜2個有する芳香族クロロメチル化合物を、マイクロ波により加熱加水分解することを特徴とする芳香族ヒドロキシメチル化合物の製造方法。
【請求項4】
芳香族環に結合するジクロロメチル基を1〜2個有する芳香族クロロメチル化合物を、マイクロ波により加熱加水分解することを特徴とする芳香族アルデヒド化合物の製造方法。
【請求項5】
芳香族環に結合するトリクロロメチル基を1〜2個有する芳香族クロロメチル化合物を、マイクロ波により加熱加水分解することを特徴とする芳香族カルボン酸化合物の製造方法。

【公開番号】特開2007−186440(P2007−186440A)
【公開日】平成19年7月26日(2007.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−4806(P2006−4806)
【出願日】平成18年1月12日(2006.1.12)
【出願人】(000006644)新日鐵化学株式会社 (747)
【Fターム(参考)】