説明

芳香族ビニル化合物の製造方法

【課題】 芳香族ハロアルキル化合物を気相で脱ハロゲン化水素させて、高選択率且つ高収率で芳香族ビニル化合物を製造する方法の提供。
【解決手段】 芳香族ハロアルキル化合物を脱ハロゲン化水素させて芳香族ビニル化合物を製造する方法において、反応を気相で且つ弱酸性ないし塩基性無機固体物質の存在下で行う。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、芳香族ビニル化合物の製造方法に関する。詳しくは、芳香族ハロアルキル化合物を気相で特定の無機固体物質の存在下に脱ハロゲン化水素させて芳香族ビニル化合物を製造する方法に関する。本発明により得られる芳香族ビニル化合物は、高分子材料、感光性樹脂、イオン交換樹脂等の原料や医薬中間体として有用である。
【0002】
【従来の技術】芳香族ハロアルキル化合物を脱ハロゲン化水素させて芳香族ビニル化合物を製造する方法については、これ迄にいろいろな方法が知られている。例えば液相反応の場合、脱ハロゲン化水素剤として苛性ソーダを用いる方法が古くから知られているが、このような無機塩基は原料の有機溶媒溶液に不溶のため、反応速度が著しく小さく、また無機塩基の水溶液を用いた場合でも、原料を含む有機層とアルカリ水層とが分離し、懸濁状態となるためやはり反応速度は非常に小さい。
【0003】また、ジャーナル オヴ オーガニック ケミストリー(Journal of Organic Chemistry)50,5088(1985)には、相間移動触媒の存在下にハロゲン化アルキルを苛性ソーダ水溶液と懸濁混合して反応を行う方法が報告されている。しかしながら、本発明者らの検討結果によれば、この場合、原料が二量化してエーテル化合物が生成する副反応のため、収率が悪いことが判明している。
【0004】更に、ジャーナル オヴ オーガニック ケミストリー(Journal of Organic Chemistry)14,207(1949)には、この脱ハロゲン化水素を水酸化カリウムのエタノール溶液中で行う方法が報告されている。しかしながら、本発明者らの検討結果によれば、この場合、原料の殆どがエタノールと反応してエーテル化合物となる。
【0005】一方、気相反応については、ジャーナル オヴ アメリカン ケミカル ソサイエティー(Journal of American Chemical Society)70,1180(1948)に、硫酸カルシウムを用いて1−クロロ−3−(1−クロロエチル)ベンゼンを水共存下、425℃以上の高温下で脱塩化水素する方法が報告されている。
【0006】
【発明が解決しようとする課題】しかしながら、この方法については、共存する水により塩酸が発生するため、特殊な材質の反応装置が必要であり、しかも反応温度が高いため反応生成物の重合も避けられないという問題点がある。本発明は、芳香族ハロアルキル化合物を気相で脱ハロゲン化水素させて、副生物の生成を極力抑え、高収率で芳香族ビニル化合物を製造する方法を提供することを目的とする。
【0007】
【課題を解決するための手段】本発明者らは、かかる事情に鑑み鋭意検討を行った結果、芳香族ハロアルキル化合物を気相で特定の無機固体物質と接触させ、脱ハロゲン化水素させることにより、高選択率且つ高収率で芳香族ビニル化合物を製造することができることを見い出し、本発明を完成するに至った。即ち、本発明の要旨は、芳香族ハロアルキル化合物を脱ハロゲン化水素させて芳香族ビニル化合物を製造する方法において、反応を気相で且つ弱酸性ないし塩基性無機固体物質の存在下で行うことを特徴とする芳香族ビニル化合物の製造方法、にある。
【0008】
【発明の実施の形態】以下、本発明を詳細に説明する。本発明で原料として用いられる芳香族ハロアルキル化合物については、特に限定されるものではないが、式(I)の化合物が好ましい。
【0009】
【化3】


【0010】(式中、X及びYはハロゲン原子又は水素原子を表す。但し、X及びYのいずれか一方はハロゲン原子であり、他方は水素原子である。また、Zはハロゲン原子又は炭素数1〜5のアルキル基を表し、tは0〜5の整数である)
式(I)において、X及びYのいずれか一方はハロゲン原子であるが、α位がハロゲン原子であるものが好ましい。ハロゲン原子としては、塩素原子及び臭素原子が好ましい。また、Zがハロゲン原子である場合、ハロゲン原子としては、例えば塩素原子、臭素原子、フッ素原子及びヨウ素原子を挙げることができる。これらの中、塩素原子及び臭素原子が好ましい。特にパラ置換のものが好ましい。
【0011】また、Zが炭素数1〜5のアルキル基である場合、その具体例としては、例えばメチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、等を挙げることができる。本発明においては、これらの中、炭素数1〜3のアルキル基が好ましい。そして、このような式(I)の化合物の中、特に有用なものとして、例えば1−クロロ−2−(1−クロロエチル)ベンゼン、1−クロロ−3−(1−クロロエチル)ベンゼン、1−クロロ−4−(1−クロロエチル)ベンゼン、1−ブロモ−2−(1−クロロエチル)ベンゼン、1−ブロモ−3−(1−クロロエチル)ベンゼン、1−ブロモ−4−(1−クロロエチル)ベンゼン、1−クロロ−4−(2−クロロエチル)ベンゼン、1−ブロモ−4−(2−クロロエチル)ベンゼン等を挙げることができる。また、式(II)の目的化合物については、原料の式(I)の化合物の構造により決まるが、
【0012】
【化4】


【0013】(式中、Z及びtは式(I)と同義である)
その具体例としては、例えば、スチレン、2−クロロスチレン、3−クロロスチレン、4−クロロスチレン、2−ブロモスチレン、3−ブロモスチレン、4−ブロモスチレン等を挙げることができる。そして、これらの中、4−クロロスチレン及び4−ブロモスチレンが医・農薬中間体、機能性高分子原料、情報電子材料として有用である。
【0014】本発明に用いられる弱酸性ないし塩基性無機固体物質(以下、触媒ということがある)とは、弱酸性、中性、塩基性の無機固体物質であって、芳香族ハロアルキル化合物の脱ハロゲン化水素能を有しているものであれば、特に限定されるものではないが、その具体例として、例えば、アルカリ金属、アルカリ土類金属及び希土類の水酸化物、炭酸化物、硫酸化物、塩化物又は酸化物、更にはゼオライト等を挙げることができる。これ等を例示すると、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化リチウム、水酸化マグネシウム、水酸化カルシウム、水酸化バリウム、炭酸カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸リチウム、炭酸マグネシウム、炭酸カルシウム、炭酸水素カリウム、炭酸水素ナトリウム、硫酸カリウム、硫酸リチウム、硫酸マグネシウム、硫酸カルシウム、酸化マグネシウム、酸化カルシウム等が挙げられ、更には弱酸性又は中性又は塩基性を示す各種ゼオライト、或いは、イオン交換又は担持等で弱酸性又は中性又は塩基性に修飾した各種ゼオライト等を挙げることができる。これらの中、硫酸マグネシウム、硫酸カルシウムのようなアルカリ土類金属硫酸化物及びKL型ゼオライト、NaX型ゼオライト、CsY型ゼオライトのような弱塩基性、又は弱塩基性と言われるゼオライトが好ましい。
【0015】本発明においては、反応を円滑に制御するため、原料を希釈ガスで希釈して用いるのが好ましい。本発明で用いられる希釈ガスとしては、反応条件下でガス状であり、且つそれ自身が反応に関与しないものであれば特に限定されるものではないが、その具体例としては、例えば不活性ガス、炭化水素及びハロゲン化炭化水素等を挙げることができる。
【0016】具体的には、不活性ガスとしては、例えば窒素、ヘリウム、アルゴン等が、炭化水素としては、例えばペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、ノナン、デカン、シクロヘキサン、ベンゼン、トルエン、エチルベンゼン、キシレン、クメン等を挙げることができる。また、ハロゲン化炭化水素としては、例えばジクロロメタン、クロロホルム、四塩化炭素、塩化エチル、1,1−ジクロロエタン、1,2−ジクロロエタン、クロロベンゼン、ブロモベンゼン等が挙げられる。これらは単独又は組み合わせて使用することができる。そして、これらの中、窒素とハロゲン化炭化水素とを混合して使用するのが好ましい。
【0017】反応は、通常、触媒を充填した反応管に原料の芳香族ハロアルキル化合物及び希釈ガスを供給して行われる。触媒単位容量当りの原料ガス混合物の供給速度(LHSV(1/hr))は、通常0.01〜20、好ましくは0.5〜5である。本反応に用いられる希釈ガスの量については、特に制限はないが、原料ガス1容量に対して、通常0.5〜200容量、好ましくは1〜100容量である。反応温度は、通常200〜400℃、好ましくは250〜350℃である。温度が低過ぎると目的生成物の収率が低く、高過ぎると分解等により目的生成物の選択率が低下する。反応圧力は、通常0.01〜1MPa、好ましくは0.05〜0.5MPaである。
【0018】
【実施例】以下、実施例及び比較例を挙げて本発明を更に具体的に説明するが、本発明はその要旨を越えない限りこれらの実施例に限定されるものではない。なお、転化率及び選択率はモル%である。
(実施例1)内径6.8mmの石英反応管に約1mm粒径の硫酸カルシウム2.2mlを充填し毎分50mlの窒素流通下、触媒層温度を300℃に昇温後、毎分0.05mlの1−クロロ−4−(1−クロロエチル)ベンゼンと毎分0.15mlの1,2−ジクロロエタンを触媒層に導入して常圧で反応開始3時間後から反応管出口のガス及び液受器にトラップされた液をガスクロマトグラフィーで分析を行った結果、1−クロロ−4−(1−クロロエチル)ベンゼン転化率は99.3%、4−クロロスチレン選択率は96.2%であった。
【0019】(実施例2)毎分10ml窒素流量と毎分0.10mlの1,2−ジクロロエタン流量にした以外は実施例1と同様で実施した結果、1−クロロ−4−(1−クロロエチル)ベンゼン転化率は96.3%、4−クロロスチレン選択率は97.8%であった。
(実施例3)硫酸カルシウムを市販の溶融アルミナに変えた以外は実施例1と同様で実施した結果、1−クロロ−4−(1−クロロエチル)ベンゼン転化率は84.7%、4−クロロスチレン選択率は96.1%であった。
【0020】(比較例1)1,2−ジクロロエタンを水に変え、反応温度を425℃とした以外は実施例1と同様で実施した結果、1−クロロ−4−(1−クロロエチル)ベンゼン転化率は100%、4−クロロスチレン選択率は52.1%であった。
(比較例2)硫酸カルシウムを和光純薬社製モレキュラーシーブス4Aに変え、窒素と1,2−ジクロロエタンの導入を無にした以外は実施例1と同様で実施した結果、1−クロロ−4−(1−クロロエチル)ベンゼン転化率は99.9%、4−クロロスチレン選択率は36.3%であった。
(実施例4)硫酸カルシウムを酸化カルシウム又は日揮ユニバーサル社製KL型ゼオライトに変え、反応温度を変えた以外は実施例1と同様で実施した結果、表1の成績を得た。
【0021】
【表1】


【0022】
【発明の効果】本発明によれば、芳香族ハロアルキル化合物を気相で特定の触媒の存在下に脱ハロゲン化水素させることにより、高選択率及び高収率で目的とするスチレン誘導体を製造することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 芳香族ハロアルキル化合物を脱ハロゲン化水素させて芳香族ビニル化合物を製造する方法において、反応を気相で且つ弱酸性ないし塩基性無機固体物質の存在下で行うことを特徴とする芳香族ビニル化合物の製造方法。
【請求項2】 原料が下記一般式(I)で示される化合物であり、且つ目的生成物が下記一般式(II)で示される化合物である請求項1に記載の製造方法。
【化1】


(式中、X及びYはハロゲン原子又は水素原子を表す。但し、X及びYのいずれか一方はハロゲン原子であり、他方は水素原子である。また、Zはハロゲン原子又は炭素数1〜5のアルキル基を表し、tは0〜5の整数である)
【化2】


(式中、Z及びtは式(I)と同義である)
【請求項3】 式(I)において、X又はYが塩素原子又は臭素原子である請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】 式(I)において、Zが塩素原子である請求項2又は3に記載の製造方法。
【請求項5】 式(I)の化合物が1−クロロ−4−(1−クロロエチル)ベンゼンである請求項2ないし4のいずれかに記載の製造方法。
【請求項6】 弱酸性ないし塩基性無機固体物質がアルカリ金属、アルカリ土類金属又は希土類の水酸化物、炭酸化物、硫酸化物、塩化物又は酸化物及びゼオライトから選ばれる少なくとも一種である請求項1ないし5のいずれかに記載の製造方法。
【請求項7】 反応を希釈ガスの存在下で行う請求項1ないし6のいずれかに記載の製造方法。
【請求項8】 希釈ガスが反応条件下で気体であり、且つ反応に不活性なものである請求項7に記載の製造方法。
【請求項9】 希釈ガスが不活性ガス、炭化水素又はハロゲン化炭化水素である請求項7又は8に記載の製造方法。

【公開番号】特開2001−233802(P2001−233802A)
【公開日】平成13年8月28日(2001.8.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2000−42350(P2000−42350)
【出願日】平成12年2月21日(2000.2.21)
【出願人】(000005968)三菱化学株式会社 (4,356)
【Fターム(参考)】