説明

芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物の合成方法

【課題】取り扱い上で問題となる重金属酸化剤や過酸化物系酸化剤、及び有機溶媒を用いることなく、安全な酸素を酸化剤として用い、芳香族置換脂肪族環式化合物から芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物を製造する方法を提供する。
【解決手段】テトラリンに代表される芳香族置換脂肪族環式化合物から1−テトラロンに代表される芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物を製造するに当たり、遷移金属担持メソポーラスモレキュラーシーブ触媒を用い、分子状酸素を含む超臨界二酸化炭素反応場にて酸素酸化反応を行うことからなる芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物の製造方法。
【効果】分子状酸素並びに遷移金属を担持したメゾポーラス触媒のみを用い、超臨界二酸化炭素反応場のような穏和な反応条件下、芳香族置換脂肪族環式化合物から芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物を、高い反応転化率並びに反応選択性で製造できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物の製造方法に関するものであり、更に詳しくは、テトラリン、インダン及びフルオレンに代表される芳香族置換脂肪族環式化合物を出発物質とし、分子状酸素並びに遷移金属担持メソポーラスモレキュラーシーブ触媒を用いて、酸素酸化反応を行うことにより芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物を合成する方法であって、光学材料、耐熱材料、有機伝導体、生理活性物質、医薬品中間体、機能性有機材料、有機液晶材料として有用な1−テトラロン、1−インダノン、フルオレノンなど、工業的に極めて重要な芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物を高選択率で製造する方法に関するものである。
【0002】
本発明は、芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物の製造技術の分野において、爆発の危険性を伴う重金属酸化物や有機過酸化物といった酸化剤を用いることなく、分子状酸素並びに遷移金属担持メソポーラスモレキュラーシーブ触媒を用いる穏和な反応条件下、芳香族置換脂肪族環式化合物から上記した芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物を、高い反応転化率並びに反応選択性で製造することを可能とする芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物の新規製造方法を提供するものである。
【背景技術】
【0003】
従来、テトラロンに代表される芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物の工業的合成方法として、例えば、ヒドロキシル基を有する芳香族化合物を貴金属触媒を用い水素化還元する方法、芳香族アルキルカルボン酸類を用いる分子内フリーデルクラフト反応による方法、芳香族化合物とラクトン化合物を用いる分子間フリーデルクラフト反応による方法、並びに芳香族置換脂肪族環式化合物を重金属酸化剤や酸素を用いて直接酸化する方法、などが知られている。
【0004】
先行技術として、具体的には、例えば、水素化還元による方法として、超臨界二酸化炭素中において、貴金属を担持した触媒を用いてヒドロキシナフタレン類を水素により還元し、芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物を合成する方法が知られている(特許文献1参照)。しかしながら、この方法では、目的物である1−テトラロン以外に、5,6,7,8−テトラヒドロ−1−ナフトールや1,2,3,4−テトラヒドロ−1−ナフトールが大量に副生し、1−テトラロンに対する反応選択性が7%程度と低い値に留まっている。
【0005】
また、他の先行技術として、古典的な1−テトラロンの合成方法であって、分子内フリーデルクラフト反応を利用し、フェニル酪酸をルイス酸である塩化アルミニウムや塩化亜鉛と反応させる方法が知られている(非特許文献1参照)、しかしながら、この方法では、発煙性、腐食性、毒性などを有するルイス酸を大量に使用する必要があること、ルイス酸を溶解するために大量の溶媒が必要になること、また、反応終了後には、ルイス酸が加水分解され、分離が困難な金属水酸化物が大量に発生すること、などの問題がある。
【0006】
分子内フリーデルクラフト反応は、上記した問題があることから、最近では、僅かな量の触媒を用いる分子間フリーデルクラフト反応を利用し、芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物を合成する方法が提案されており、例えば、芳香族化合物とラクトン類をヘテロポリ酸含有固体酸触媒(特許文献2参照)、トリフルオロメタンスルホン酸の希土類金属塩及びシリカ系無機材料を含む固体酸触媒(特許文献3参照)、あるいは、トリフルオロメタンスルホン酸系のビスマス金属塩触媒(特許文献4参照)の存在下でそれぞれ反応させる方法がある。
【0007】
この方法は、原料ラクトン基準に対して40〜70%と高い反応収率が得られる、反応段数が一段階と短い、触媒の回収再利用が可能である、などの利点を有するが、一方、ラクトン類に対し、大過剰の芳香族化合物(50−60重量比)を添加させる必要があるという問題がある。また。このような分子間フリーデルクラフト反応を用いるフルオレノンの合成では、原料ラクトンの合成が困難であるため、上記した方法を適用することはできないという問題があり、上記方法は、必ずしも芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物の合成法として汎用性があるものではない。
【0008】
更に、芳香族置換脂肪族環式化合物を重金属酸化剤や酸素を用いて直接酸化する方法も知られている(特許文献5、特許文献6参照)。これらの酸化反応では、爆発性を有するヒドロペルオキシ化合物がまず反応中間体として生成し、次いで、熱分解反応などにより、芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物や芳香族置換脂肪族環式アルコール化合物へと変化することが知られている。しかしながら、基本的に、爆発性を有するペルオキシラジカルが、反応系内に徐々に蓄積されていく危険性が有ることに変わりはない。
【0009】
この問題を解決するため、コバルト化合物(非特許文献2参照)やクロム化合物(非特許文献3参照)を用いる酸素酸化反応では、ジメチルホルムアミド溶媒を用いることにより、酸素酸化反応で生じるヒドロキシペルオキシド化合物を速やかに分解し、高い選択性で芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物が得る方法が提案されている。しかしながら、これらの金属化合物を溶解させるためには、大量の有機溶媒が必要であること、過剰酸化を防ぐため、反応転化率を20〜30%に抑制する必要があること、などの問題がある。
【0010】
また、このような芳香族置換脂肪族環式化合物の酸素酸化反応では、目的とするケトン体とともにアルコール体も同時に生成される。例えば、テトラリンの酸素酸化反応においては、目的物である1−テトラロンと副生成物である1,2,3,4−テトラヒドロ−1−ナフトールが得られるが、両化合物の沸点が極めて近接していることから、分離精製を容易に行うためにも、1−テトラロンに対する高い反応選択性をもたらす製造法が望まれている。
【0011】
以上述べたように、これまでに提案されている上記の方法は、何れも多くの問題点を有することから、当技術分野においては、芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物の工業的合成方法として、上述のような問題を確実に解決することが可能な新しい製造技術を開発することが強く望まれていた。
【0012】
【特許文献1】特開2005−097231号公報
【特許文献2】特開2004−59572号公報
【特許文献3】特開2004−337819号公報
【特許文献4】特開2005−112725号公報
【特許文献5】特開昭51−48643号公報
【特許文献6】特開昭52−10248号公報
【非特許文献1】Cram等,“ORGANIC CHEMISTRY”,668頁,1970年
【非特許文献2】Mizukami等、Bull.Chem.Soc.Jpn.,51巻,1404頁,1978年
【非特許文献3】Mizukami等、Bull.Chem.Soc.Jpn.,52巻,2869頁,1978年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
このような状況の中で、本発明者らは、上記従来技術に鑑みて、上記した従来技術の課題を解決するために、出発原料である芳香族置換脂肪族環式化合物、並びに反応生成物である芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物を容易に吸脱着できること、芳香族置換脂肪族環式化合物1−ヒドロペルオキシド体を反応中間体として生成するとともに、爆発の危険性を有する該ヒドロペルオキシドを反応系内に蓄積することなく、速やかに分解させ、芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物へと誘導すること、を可能とする新しい反応触媒及び反応手法を開発することを目標として鋭意研究を重ねた結果、遷移金属担持メソポーラスモレキュラーシーブ触媒並びに分子状酸素を含む超臨界二酸化炭素反応場などを用いて反応を行うことにより、高い原料転化率並びに反応選択性を可能とする穏和な反応条件及び方法を確立できることを見出し、この知見に基づいて本発明を完成するに至った。
【0014】
本発明は、上述した従来の合成法が持つ欠点を克服し、芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物を簡便かつ安価に合成する工業的製造方法を提供すること、すなわち、芳香族置換脂肪族環式化合物から目的物である芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物を高選択的に製造するに当たり、遷移金属担持メソポーラスモレキュラーシーブ触媒並びに分子状酸素のみを用い、有機溶媒などの他の第三物質を添加することなく、超臨界二酸化炭素反応場のような穏和な反応条件下で芳香族置換脂肪族環式化合物を酸素酸化し、芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物を選択的に合成する方法を提供することを目的とするものである。
【0015】
更に、本発明は、爆発という危険性を持つヒドロペルオキシドを反応系内に蓄積することなく、極めて簡単な装置並びに操作を用い、穏和な反応条件下で、目的物を得ることができ、また、触媒の繰り返し使用や無溶媒条件下での反応も可能とすることにより、工業産廃や工業廃液などの後処理を不要とした、著しく低コストかつ極めて工業的利用価値の高い芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物の製造方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記課題を解決するための本発明は、以下の技術的手段から構成される。
(1)芳香族置換脂肪族環式化合物から芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物を製造するに当たり、分子状酸素並びに遷移金属を担持したメソポーラスモレキュラーシーブ触媒を用いて酸素酸化することを特徴とする芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物の製造方法。
(2)芳香族置換脂肪族環式化合物が、テトラリン、インダン又はフルオレンである、前記(1)に記載の芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物の製造方法。
(3)芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物が、1−テトラロン、1−インダノン又はフルオレノンである、前記(1)に記載の芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物の製造方法。
(4)遷移金属を担持するメソポーラスモレキュラーシーブが、MCM−41又はMCM−48である、前記(1)に記載の芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物の製造方法。
(5)メソポーラスモレキュラーシーブに担持する遷移金属種が、クロミウム、マンガン、及びコバルトからなる群から選択される少なくとも1つの元素を含むものからなる、前記(1)に記載の芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物の製造方法。
(6)遷移金属含有率が、0.5〜5重量%である遷移金属担持メソポーラスモレキュラーシーブ触媒を用いる、前記(1)に記載の芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物の製造方法。
(7)遷移金属担持メソポーラスモレキュラーシーブ触媒と芳香族置換脂肪族環式化合物並びに分子状酸素を反応させる状態が、酸素分圧で0.5〜3MPa、二酸化炭素分圧で8〜20MPaの超臨界二酸化炭素状態である、前記(1)に記載の芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物の製造方法。
(8)遷移金属担持メソポーラスモレキュラーシーブ触媒と芳香族置換脂肪族環式化合物並びに分子状酸素を反応させる状態が、酸素分圧で0.02〜0.5MPaの気液状態である、前記(1)に記載の芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物の製造方法。
(9)遷移金属担持メソポーラスモレキュラーシーブ触媒と芳香族置換脂肪族環式化合物並びに分子状酸素を、40〜150℃の温度条件で反応させる、前記(1)に記載の芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物の製造方法。
(10)遷移金属担持メソポーラスモレキュラーシーブ触媒の使用量が、反応基質である芳香族置換脂肪族環式化合物に対し、0.5〜20重量%である、前記(1)に記載の芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物の製造方法。
【0017】
次に、本発明について更に詳細に説明する。
本発明は、芳香族置換脂肪族環式化合物から芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物を製造する方法であって、分子状酸素並びに遷移金属を担持したメソポーラスモレキュラーシーブ触媒を用いて酸素酸化することを特徴とするものである。本発明は、遷移金属を担持するメソポーラスモレキュラーシーブが、MCM−41又はMCM−48であること、遷移金属担持メソポーラスモレキュラーシーブ触媒と芳香族置換脂肪族環式化合物並びに分子状酸素を反応させる状態が、酸素分圧で0.5〜3MPa、二酸化炭素分圧で8〜20MPaの超臨界二酸化炭素状態であること、遷移金属担持メソポーラスモレキュラーシーブ触媒と芳香族置換脂肪族環式化合物並びに分子状酸素を、40〜150℃の温度条件で反応させること、を好ましい実施の態様としている。
【0018】
本発明において用いるメソポーラスモレキュラーシーブは、広い比表面積(800〜1,500m/g)、大きな細孔容積(0.5〜1.5cm/g)、並びに、大きな細孔径(1.5〜3nm)を持つ多孔質体であれば特に制限はないが、好ましくは、MCM−41、MCM−48が用いられる。これらのMCM系メソポーラスモレキュラーシーブは、公知の方法(C.N.R.Rao等,Chem.Commun.,1996,979)を参考として製造することができる。
【0019】
メソポーラスモレキュラーシーブに担持する遷移金属の種類については、元素周期律表中の第3族から第14族に属する遷移金属であれば特に制限はないが、好ましくは、クロム、マンガン、コバルト、鉄、ニッケル、バナジウム、モリブデン、ニオブ、タンタルなど、酸化や還元反応により、容易にその酸化数が変化するとともに、より高酸化な電子状態をとり得る遷移金属が望ましく、より好ましくは、クロム、マンガン及びコバルトが用いられ、これらの遷移金属と他の遷移金属の混合であっても良い。特に好ましくは、クロム単独及びクロムと他の遷移金属の混合物が用いられる。
【0020】
メソポーラスモレキュラーシーブに担持する遷移金属の仕込み量は、メソポーラスモレキュラーシーブに対して0.2〜20重量%が用いられる。仕込み量を調整することにより、最終的に得られる触媒原料中の金属含有量は、0.01〜10重量%の間で任意に調整することが可能である。仕込み量として、好ましくは、0.1〜5重量%のものが使用される。
【0021】
遷移金属担持メソポーラスモレキュラーシーブ触媒は、高温条件下において焼成し、構造規制剤として用いられた有機化合物を燃焼除去するとともに、担持された遷移金属をより高酸化な電子状態に活性化する必要がある。この焼成処理を行うことにより、遷移金属担持メソポーラスモレキュラーシーブ触媒は、分子状酸素並びに芳香族置換脂肪族環式化合物と接触した際に、1−ヒドロペルオキシドの生成や分解を進行させる活性触媒へと誘導される。その焼成温度条件としては、酸素雰囲気下で200〜700℃、好ましくは、500〜600℃が用いられる。
【0022】
このようにして得られた遷移金属担持メソポーラスモレキュラーシーブ触媒は、粉末のまま、あるいは第三物質とともに混練し、造粒成型したものが利用可能である。また、別の担体上に薄膜を形成させ、これを触媒として用いることも可能である。用いられる触媒の使用量としては、反応基質である芳香族置換脂肪族環式化合物に対し、0.1〜50重量%、好ましくは、0.5〜20重量%のものが使用される。
【0023】
遷移金属担持メソポーラスモレキュラーシーブ触媒と芳香族置換脂肪族環式化合物並びに分子状酸素を接触させる方法としては、特に制限は無く、超臨界二酸化炭素反応場、気液反応場、及び気相反応場が用いられる。好ましくは、1)分子状酸素を溶解させた超臨界二酸化炭素反応場、あるいは、2)分子状酸素並びにヘリウム、窒素、アルゴンなど、他の不活性ガスを任意の割合で含む混合ガスを用いる気液反応場、が用いられる。
【0024】
超臨界二酸化炭素反応場を用いる反応圧力は、酸素分圧で0.01〜20MPaの範囲が適当であるが、反応速度並びに過剰な酸素酸化反応の進行を抑制するために、好ましくは、0.5〜3MPaが望ましい。また、二酸化炭素の分圧は、7.38〜50MPaの範囲が適当であるが、好ましくは、8〜20MPaが望ましい。
【0025】
また、気液反応場を用いる反応圧力は、超臨界二酸化炭素反応場と同様に、酸素分圧で0.01〜20MPaの範囲が適当であるが、反応速度並びに過剰な酸素酸化反応の進行を抑制するために、好ましくは、0.02〜0.5MPaが望ましい。
【0026】
超臨界二酸化炭素反応場並びに気液反応場における反応温度は、10〜250℃の範囲が適当であるが、高温条件下での過剰酸化反応などを抑制する点から、好ましくは、40〜150℃の範囲で反応が行われる。
【0027】
反応時間は、触媒の添加量によっても変化するが、通常、1〜72時間の範囲が適当である。しかしながら、過剰な酸素酸化反応の進行を抑制するために、好ましくは、1〜36時間が望ましい。長時間連続的に反応を行い、反応転化率を向上させることも可能であるが、その場合、生成した目的物が更に酸化反応受け、目的外の芳香族置換脂肪族環式ジケトン化合物が副生するため、目的とする芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物の反応選択性が低下する。
【0028】
本発明の反応は、分子状酸素と遷移金属担持メソポーラスモレキュラーシーブ触媒が反応することにより得られる活性種が、芳香族置換脂肪族環式化合物と反応することにより生成する1−ヒドロペルオキシ化合物を利用するものである。したがって、本発明の反応に用いる溶媒としては、本発明の反応条件下において、パーオキサイドを生成しない、酸素酸化反応を受けて変質しない、また、ラジカルトラップ剤を含有しないもので有れば特に制限は無く、例えば、ベンゼン、n−ヘキサン、n−オクタンなどを添加しても何ら問題はない。しかしながら、本発明の方法では、無溶媒条件下においても、良好に反応が促進されることから、好ましくは、無溶媒条件下が用いられる。
【0029】
以上の方法により得られた反応混合物は、遷移金属担持メソポーラスモレキュラーシーブ触媒を濾過分別し、蒸留することにより、目的とする芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物を単離することが可能である。尚、濾過分別された遷移金属担持メソポーラスモレキュラーシーブ触媒、並びに回収された芳香族置換脂肪族環式化合物は、そのまま再利用が可能である。また、長期間の使用により触媒活性が低下した場合は、酸素雰囲気下、500〜600℃の温度範囲において処理することにより、再生が可能である。
【0030】
本発明の方法に用いられる遷移金属担持メソポーラスモレキュラーシーブ触媒は、その細孔内において、分子状酸素ガスを吸着することにより、芳香族置換脂肪族環式化合物の酸素酸化を可能とする触媒活性種を発現する。この触媒活性種は、遷移金属塩や遷移金属酸化物を担持したゼオライト触媒と同様に、芳香族置換脂肪族環式化合物と反応し、ペルオキシラジカルを生成する。
【0031】
しかしながら、本発明の方法によれば、ゼオライト細孔内において生成したペルオキシラジカルは、同じ細孔内において速やかな分解反応を受け、すみやかに芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物に変化する。したがって、遷移金属担持メソポーラスモレキュラーシーブ触媒は、これまでのゼオライト系固体触媒に較べ、芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物に対する反応選択性が著しく高いという特徴を有する。
【0032】
また、本発明で用いられる遷移金属担持メソポーラスモレキュラーシーブ触媒は、親油性が高く、高い比表面積並びに反応基質を良好に吸着する大きな細孔を有している。このため、本発明の方法では、無溶媒条件下においても、目的とする芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物への酸素酸化反応が円滑に進行する。また、上記反応触媒活性種の発現は、低温、定圧条件下で可能であるとともに、触媒の繰り返し使用が可能であるという利点を有する。
【0033】
尚、本発明の方法は、酸素酸化方法として汎用性が広く、芳香族置換脂肪族環式化合物のみならず、ジフェニルメタン、エチルベンゼン、トルエン、などの芳香族置換脂肪族化合物の酸化反応にも応用可能であり、収率はやや低いものの、それぞれベンジル位が酸化されたケトン類やアルデヒド類が選択的に得られる。
【発明の効果】
【0034】
本発明により、次のような効果が奏される。
(1)芳香族置換脂肪族環式化合物を出発物質とし、酸素酸化反応を行うことにより、芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物を高選択率で製造することができる。
(2)従来法のような、爆発の危険性を有する重金属酸化剤や有機過酸化物を用いることなく、分子状酸素並びに遷移金属を担持したメゾポーラス触媒のみを用い、超臨界二酸化炭素反応場のような穏和な反応条件下、芳香族置換脂肪族環式化合物から芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物を、高い反応転化率並びに反応選択性で製造することができる。
(3)工業的利用価値の高い芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物の新規製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0035】
次に、実施例に基づいて本発明を具体的に説明するが、本発明は、以下の実施例によって何ら限定されるものではない。
【0036】
製造例1
CrMCM−41触媒は、以下の方法により合成した。水酸化ナトリウム0.3g並びに26%テトラメチルアンモニウムハイドロオキサイド水溶液2.63g(和光純薬)を、蒸留水28.0gに室温で溶解させた後、撹拌しながらヒュームドシリカ3.0g(Aldrich)を徐々に添加し、30分かき混ぜた。この懸濁液に、臭化ヘキサデシルアンモニウム4.55g(Aldrich)を蒸留水14gに溶かした溶液、並びに硝酸クロミウム六水和物(和光純薬)0.4gを蒸留水10gに溶かした溶液を徐々に加え、1時間かき混ぜた。
【0037】
調製した反応溶液を、100mlのテフロン(登録商標)内筒を有するオートクレーブ中に加え、100℃で3日間加熱した後、ろ過洗浄を行った。得られた濾過物を電気炉に入れ、80℃で12時間乾燥させた。次いで、この乾燥物を電気炉に入れ、540℃(加熱速度1℃/分)で8時間焼成して、反応に用いた有機物を除去した。
【0038】
得られたCrMCM−41の構造は、X線回折パターン及び電子顕微鏡により、Crの含有量はICP分析により、それぞれ確認した。Cr含有量は2.0wt%であった。また、窒素吸着に分析したBET表面積は1,250m/g、微細孔容積は1.06cm/g、平均細孔径は2.4nmであった。
【0039】
製造例2
CrMCM−48触媒は、以下の方法により合成した。水酸化ナトリウム1.0gを蒸留水40.0gに室温で溶解させた後、撹拌しながらヒュームドシリカ3.0g(Aldrich)を徐々に添加し、30分かき混ぜた。この懸濁液に、臭化ヘキサデシルアンモニウム2.19g(Aldrich)をエタノール10gに溶かした溶液、並びに硝酸クロミウム六水和物(和光純薬)0.4gを蒸留水10gに溶かした溶液を徐々に加え、1時間かき混ぜた。
【0040】
調製した反応溶液を、100mlのテフロン(登録商標)内筒を有するオートクレーブ中に加え、170℃で1日間加熱した後、ろ過洗浄を行った。得られた濾過物を電気炉に入れ80℃で12時間乾燥させた。次いで、この乾燥物を電気炉に入れ、540℃(加熱速度1℃/分)で8時間焼成して、反応に用いた有機物を除去した。得られたCrMCM−48の構造は、X線回折パターン及び電子顕微鏡により、Crの含有量はICP分析により、それぞれ確認した。Cr含有量は2.0wt%であった。
【0041】
比較製造例1
比較触媒として、Cr/SiO触媒を、以下の方法により合成した。硝酸クロミウム六水和物(和光純薬)20mgを蒸留水2gに溶かした溶液にSiO1gを加え、室温で4時間かき混ぜた。得られた固形物を電気炉に入れ、80℃で12時間乾燥させた。次いで、この乾燥物を電気炉に入れ、550℃(加熱速度1℃/分)で12時間焼成し、比較触媒として用いた。Cr含有量は3.0wt%であった。
【0042】
比較製造例2
また、他の比較触媒として用いたCrAlPO触媒(R.A.Sheldon等,J.Catalysis,175,62(1998))、CoAlPO触媒(特開2005−089342号公報)、及びMnMFI触媒(特開2005−255652号公報)は、公知の方法により、それぞれ合成した。
【実施例1】
【0043】
製造例1で得たCrMCM−41触媒40mg並びにテトラリン265mgを、内容積50mlの耐圧反応容器中に加え、25℃で、酸素を2MPaの分圧になるように導入し、次いで、二酸化炭素を9MPaの分圧になるように導入し、全圧を11MPaに調整した。電気炉を用い、耐圧反応容器を80℃に加熱し、超臨界二酸化状態を形成させるとともに、14時間、加熱かき混ぜた。反応終了後、耐圧反応容器を氷水で急冷し、十分に冷却された後に、容器圧力を解放した。得られた反応溶液は、H−NMR並びにガスクロマトグラフィーを用いて分析し、テトラリンの反応転化率並びにテトラロンに対する反応選択性を求めた。また、本発明に係わる他の触媒を用いて、テトラリンの酸化を行った。その結果を、表1にまとめて示す。尚、反応式を以下に示す。
【0044】
【化1】

【0045】
【表1】

【0046】
表1に示したように、本発明の触媒は、超臨界二酸化炭素でテトラリンを良好に酸化でき、1−テトラロン()に対する反応選択性も高い。また、クロムを担持した触媒では、爆発の危険性を伴うテトラリンペルオキシド()が速やかに分解されるという特徴を有する。
【実施例2】
【0047】
実施例1と同様の方法により、CrMCM−41触媒を用い、インダン、フルオレン、並びに、比較例として、ジフェニルメタンを原料とし、1−インダノン、フルオレノン、並びにベンゾフェノンへの酸素酸化反応を行った。但し、フルオレンの反応温度は110℃を用いた。その結果を表2に示す。
【0048】
【表2】

【0049】
表2に示したように、本発明の触媒は、超臨界二酸化炭素でテトラリン以外の芳香族置換脂肪族環式化合物を酸素酸化し、目的とする芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物が高収率で得られる。また、比較例として示した芳香族置換脂肪族化合物であるジフェニルメタンの場合においても、転化率は劣るものの、高い反応選択性で目的とするベンゾフェノンが得られる。
【実施例3】
【0050】
製造例1で得たCrMCM−41触媒20mg並びにテトラリン1.0gを、1気圧の酸素導入器を備え付けた100mlの耐圧硝子反応容器中に加え、無溶媒条件下、酸素ガスを供給しつつ、80℃で24時間、加熱かき混ぜた。反応終了後、反応溶液と触媒を濾過分別し。得られた溶液を分析した。また、本発明に係わる他の触媒を用いて、テトラリンの酸化を行った。その結果を、表3にまとめて示す。
【0051】
【表3】

【0052】
表3に示したように、本発明の触媒は、1気圧の分子状酸素ガスとの気液反応条件下においても、良好な収率で1−テトラロン()が得られる。本条件下では、テトラリンペルオキシドの分解が不十分ではあるが、過剰酸化によるナフキノン()の生成は、著しく抑制されるという特徴を有する。
【実施例4】
【0053】
実施例1の反応終了後、分別濾過したCrMCM−41触媒を用い、実施例1と同様の反応を行い、触媒の繰り返し使用を試みた。また、比較例として、Cr/SiOを用いて繰り返し使用を試みた。その結果を表4に示す。
【0054】
【表4】

【0055】
表4に示したように、本発明によるCrMCM−41触媒は、2回の使用後も、高い転化率、収率を示し、触媒性能に余り変化はない。一方、Cr/SiO触媒では、1回の使用後において、担持したクロムが溶離するため、触媒性能は著しく劣化し、転化率並びに収率が低下した。
【0056】
比較例1
製造例2及び製造例3により合成した遷移金属を含むMFI系ゼオライト触媒、並びにAlPO系ゼオライト触媒を用い、実施例1と同様の方法により、テトラリンの酸素酸化反応を試みた。結果を表5に示す。
【0057】
【表5】

【0058】
表5に示したように、比較触媒においても、テトラリン転化率は20〜30%、1−テトラロン収率は20%と、やや高い値を示すが、本発明の触媒に比べ、酸化触媒能は著しく劣る結果となっている。
【産業上の利用可能性】
【0059】
以上詳述したように、本発明は、芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物の製造方法に係るものであり、本発明により、爆発という危険性を持つヒドロペルオキシド化合物の生成も抑制され、極めて簡単な装置並びに操作を用い、穏和な反応条件下で、有用な工業製品中間体である芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物を選択的に製造する方法を提供することが可能となる。また、本発明は、触媒の繰り返し使用が可能で、無溶媒条件下での反応であることから、工業産廃や工業廃液などの処理も不要であり、著しく低コストであるなどの利点を有し、極めて工業的利用価値の高い芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物の製造方法を提供することを可能とするものとして有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
芳香族置換脂肪族環式化合物から芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物を製造するに当たり、分子状酸素並びに遷移金属を担持したメソポーラスモレキュラーシーブ触媒を用いて酸素酸化することを特徴とする芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物の製造方法。
【請求項2】
芳香族置換脂肪族環式化合物が、テトラリン、インダン又はフルオレンである、請求項1に記載の芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物の製造方法。
【請求項3】
芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物が、1−テトラロン、1−インダノン又はフルオレノンである、請求項1に記載の芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物の製造方法。
【請求項4】
遷移金属を担持するメソポーラスモレキュラーシーブが、MCM−41又はMCM−48である、請求項1に記載の芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物の製造方法。
【請求項5】
メソポーラスモレキュラーシーブに担持する遷移金属種が、クロミウム、マンガン、及びコバルトからなる群から選択される少なくとも1つの元素を含むものからなる、請求項1に記載の芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物の製造方法。
【請求項6】
遷移金属含有率が、0.5〜5重量%である遷移金属担持メソポーラスモレキュラーシーブ触媒を用いる、請求項1に記載の芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物の製造方法。
【請求項7】
遷移金属担持メソポーラスモレキュラーシーブ触媒と芳香族置換脂肪族環式化合物並びに分子状酸素を反応させる状態が、酸素分圧で0.5〜3MPa、二酸化炭素分圧で8〜20MPaの超臨界二酸化炭素状態である、請求項1に記載の芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物の製造方法。
【請求項8】
遷移金属担持メソポーラスモレキュラーシーブ触媒と芳香族置換脂肪族環式化合物並びに分子状酸素を反応させる状態が、酸素分圧で0.02〜0.5MPaの気液状態である、請求項1に記載の芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物の製造方法。
【請求項9】
遷移金属担持メソポーラスモレキュラーシーブ触媒と芳香族置換脂肪族環式化合物並びに分子状酸素を、40〜150℃の温度条件で反応させる、請求項1に記載の芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物の製造方法。
【請求項10】
遷移金属担持メソポーラスモレキュラーシーブ触媒の使用量が、反応基質である芳香族置換脂肪族環式化合物に対し、0.5〜20重量%である、請求項1に記載の芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物の製造方法。

【公開番号】特開2009−155299(P2009−155299A)
【公開日】平成21年7月16日(2009.7.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−337837(P2007−337837)
【出願日】平成19年12月27日(2007.12.27)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】