説明

荷電ポリマーを含むゲル組成物

本発明は、例えば非経口投与用デポー処方剤などの、制御された送達用途のための薬物キャリアとして有用な水性ゲル組成物を開示する。このゲルはイオン性荷電微粒子を含み、好ましくは相互に反対の電荷を持つ微粒子の混合物を含む。微粒子は、例えば治療用ペプチド及びタンパク質などの活性化合物を含むことができる。このゲルは、相互に反対の電荷を持つ微粒子を水の存在下で混ぜ合わせることによって製造できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ゲル形態の医薬組成物に関する。より詳細には、本発明は、特に非経口投与に適していて、及び/又は徐放性の、持続的な、あるいは制御された放出特性を活性化合物に与えることができる水性ゲルに関する。更にこのゲルは特に組織工学(tissue engineering)に適している。更に別の態様においては、本発明は該ゲルの用途とその製造方法に関する。更に本発明は、医薬ゲル組成物を製造できるキットも提供する。
【背景技術】
【0002】
ゲルは、その流動学的性質によって定義できる。薬物投与形態として使用可能なマクロゲル(macroscopic gel)は、半固体である。即ち、マクロゲルは、低い剪断力の下では固体として挙動するが、剪断力が一定の力の閾値、いわゆる「降伏値」を超えると粘稠な流体として挙動する。本明細書及び添付した請求項においては、この定義に従って「ゲル」という名称を用いる。
【0003】
水性ゲルは長い間、医薬又は化粧品の投与形態として知られている。本来、水性ゲルはもっぱら局所投与に、例えば皮膚、眼、膣、口内粘膜、又は直腸への塗布に用いられている。医薬と化粧品の処方科学の分野では、ゲルに関するより狭義の定義も生れてきており、この狭義の定義によれば、ゲルとは典型的には透明な調製物であり、凝集した液相と、流動への抵抗を示すコロイド状固体の三次元綱目とを含むものである。この概念に従えば、流動学的には類似しているが物理的構造が異なる、軟膏や泥膏などの物質系は、ゲルとみなせないことになるだろう。
【0004】
本発明に関連する別のもう1つの物理化学的な概念は、ヒドロゲルの概念である。ヒドロゲルは、組織工学用材料としての、あるいは又、治療用タンパク質などの医薬活性化合物に持続的、あるいは制御された放出特性を与えるための材料としての重要な地位を占める。ヒドロゲルは、親水性ポリマーの化学架橋又は物理架橋によって形成された、三次元の高分子綱目である。化学架橋されたゲルにおいては、ポリマーは主に共有結合によって結合されている。物理架橋されたゲルにおいては、三次元綱目は、静電相互作用のような、異なるポリマー鎖間の物理的相互作用によって形成される。従って、それぞれのヒドロゲルが屡々、物理ヒドロゲルと呼ばれ、また化学架橋したヒドロゲルは化学ヒドロゲルとも呼ばれる。本発明の文脈においては化学又は物理ヒドロゲルは、上で定義したマクロゲルと必ずしも同一ではない。化学又は物理ヒドロゲルがこれまでに述べたゲルの典型的な流動学的挙動を示す場合にのみ、化学又は物理ヒドロゲルは同時にマクロゲルであることができる。一方、ゲルの典型的な流動学的挙動を示さないヒドロゲル、即ち固形材料であるヒドロゲルでさえ、なおマクロゲルの成分又は構成要素であり得る。
【0005】
その物理化学的特性のために経口投与が不可能か、あるいはそれにあまり適しておらず、また半減期が比較的短いため頻回注射しなければならない薬物の治療用途の改良への要求に答えるために、徐放性の薬物放出特性を示す非経口的薬物投与形態が開発されてきた。頻回注射は患者にとって不快である上、もしこの注射を医師や看護師が行うなら、かなり治療費が嵩むであろう。不快で苦痛な経験をすると、患者はコンプライアンス(治療応諾)を示さなくなり、治療が失敗するかも知れない。
【0006】
本来好ましい経口投与が不可能か、あるいはそれにあまり適してない薬物の種類が現在増えつつあり、その理由は主に、医薬分野におけるバイオテクノロジー研究の近年の進歩の結果、効力の高いペプチド性又はタンパク性薬物が増えたためである。しかし、恐らくサイズが小さいいくつかのペプチドを除けば、こうした化合物は胃腸管内の体液中では比較的不安定であり、更に重要なことに分子としてはサイズが大きすぎ親水性が高すぎるために、腸管粘膜を通して大幅に吸収されることはない。このような薬物のうちいくつかについて、投与頻度と患者の不快さを減らし、より高いレベルの患者のコンプライアンスと治療の成功を得るために、注射投与やインプラントが可能であり、制御された放出特性を与える処方が開発されつつある。
【0007】
制御された放出特性を示す非経口的な投与形態は、通常、マクロサイズで単一又は多重単位の固形インプラント(ポリマーの棒及び薄片など)、微粒子の懸濁液、及びより最近では in situ で形成するゲルを含むゲルの形で提供される。薬物を含む固形のインプラントは、所定の薬物作用期間の後外科手術によって取り除くことが必要な、非分解性ポリマー製、セラミック製、又は金属製の装置として、あるいは除去の必要がない生分解性ポリマーを用いた投与形態として入手できる。非分解性インプラントの一例として、Bayer社製Viadur(登録商標)があり、この薬剤は一年にわたってペプチド性薬物ロイプロリド(leuprolide)を放出する。生分解性インプラントの一例としては、AstraZeneca社製Zoladex(登録商標)があり、この薬剤は棒状ポリマーであって、1ヶ月と3ヶ月にわたってペプチド性薬物ゴセレリン(goserelin)の放出が可能である。
【0008】
インプラントの大きな欠点は、非常に直径の大きな注射針を挿入しなければならないということ、あるいは場合によっては外科的切開さえも必要になるということである。局所麻酔薬の前投与なしでは、多くの患者がインプラント処置を許容できないであろう。局所麻酔を使えば、処置に苦痛が伴わないことが確実になる。
【0009】
生分解性インプラントが市場に初めて導入された少し後に、ロイプロリドを1か月、3か月、及び4か月の期間にわたって放出する、武田薬品のLupron(登録商標)デポー剤のような、制御放出性の微粒子が市場に出た。このような微粒子を注射するためには、微粒子を水性キャリア中に懸濁しなければならない。しかし、安定性の問題から、デポー剤微粒子は、通常は水性懸濁液として保存することはできないため、乾燥粉体から再構成しなければならない。
【0010】
薬物を含む微粒子の様々な設計と製造方法は、E.Mathiowitz et al., Microencapsulation, in: Encyclopedia of Controlled Drug Delivery(ed. E.Mathiowitz),Vol.2,(1999) 493−546,John Wiley & Sons.に記載されており、この文献はこの言及をもって本願に組み込まれたものとする。
【0011】
微粒子懸濁液を注射するために必要な注射針のサイズ(典型的には、19〜22ゲージ)を考えると、比較的痛みの無い溶液注射投与とはまだ大きな差がある。より小さな注射針の直径は、微粒子調製剤のいくつかに理論的には使用可能であるが、微粒子の再構成を注意深く行なわないと、注射針の閉塞を起こす危険性がある。
【0012】
以上のような問題点を克服するために、薬物送達の研究者たちは近年、皮下又は筋肉内で貯留層を形成することができる、注射可能なゲルの開発を始めている。こうした研究構想の1つにおいては、ゲル処方薬は非常に高いずり流動化(shear thinning)とチキソトロピー性を持つように設計される。剪断力を投与前に加えることによって、こうしたゲルの粘性は大幅に減少し、比較的細い注射針を用いて注射可能になる一方、ゲル強度は投与後ゆっくりと回復する。別のもう1つの研究構想によれば、液状組成物は、投与後、pH、温度、イオン強度などの環境変化に応じてゲルを形成するように処方される。別に他のアプローチによれば、非水性溶媒を含む液状ポリマー処方薬が注射される。投与されるとすぐに、溶媒は注射部位から拡散し、ポリマー粒子の沈降やゲルの形成をもたらす。
【0013】
生分解性で注射可能なゲルは、A.Hatefi et al., Journal of Controlled Release 80(2002),9−28.に詳しく記載されており、この文献はこの言及をもって本願に組み込まれたものとする。
【0014】
制御された薬物送達のための注射可能なゲル処方薬の設計と製造が近年進歩しているにもかかわらず、現在入手可能なゲルに関連する単数又は複数の欠点を克服する、更に改良されたゲル、組成物、及び製造方法がなお必要とされている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明の目的は、非経口投与に適しており、使用が簡便であって、許容できるサイズの注射針での注射を可能にする特性を持つ、改良された医薬用ゲルを提供することである。本発明の別のもう1つの目的は、安全であって、数日、数週間、及び数ヶ月にわたる放出率の調整を可能にする高分子薬物担体を含むゲルを提供することである。更に別の態様においては、本発明の目的は、このようなゲルの製造のためのキットと製造方法を提供することである。本発明の更なる目的は、以下の記述と実施例の記載から明らかになるだろう。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明によれば、第1のタイプの微粒子、即ち陽イオン性ポリマー材料からなる正荷電微粒子と、第2のタイプの微粒子、即ち陰イオン性ポリマー材料からなる負荷電微粒子とを含む水性ゲル組成物が提供される。所望により、該ゲルは実質的に中性の微粒子を更に含む。更に所望により、該ゲルは活性化合物を含む。
【0017】
別のもう1つの態様においては、本発明は、活性化合物と負荷電又は正荷電ポリマー微粒子とを含み、該微粒子が、微粒子と逆電荷のイオン性ポリマー溶液又は分散液中に懸濁していることを特徴とする、水性ゲル組成物を提供する。
【0018】
ゲル中に含まれる微粒子は、イオン性荷電している。微粒子は、好ましくはポリマーを主体とするものであって、好ましくは生分解性ポリマーであって、医薬的応途に適している。正荷電又は負荷電微粒子を構成するために、微粒子を形成する高分子の少なくとも一部分が、少なくとも1つのイオン性電荷を帯びている。
【0019】
水性ゲルを形成するためには、該組成物は多量の水を含んでいなければならない。ゲルの粘弾性は、相互に反対の電荷を持つ2つのタイプの微粒子の間で起こるイオン性相互作用、あるいは荷電微粒子と、ゲルの連続水相中に溶解又は分散している、該微粒子と逆電荷のポリマーとの間で起こるイオン性相互作用によって付与されると考えられる。
【0020】
別のもう1つの態様においては、本発明は、水性ゲル組成物の製造キットを提供する。このようなキットは、乾燥固形成分とゲル組成物を再構成するための水性液とを含み、乾燥固形成分は活性化合物を含むことを特徴とする。所望により、乾燥固形成分は、荷電微粒子の少なくとも1種を更に含む。
【0021】
更に別の態様においては、本発明は、水性ゲルの製造方法を提供する。好ましい態様の1つにおいては、該方法は、正荷電ポリマー微粒子と負荷電ポリマー微粒子とを水の存在下で混合する工程を含む。別のもう1つの主要な態様においては、該方法は、イオン性荷電ポリマー微粒子と、微粒子と逆電荷のイオン性ポリマーとを水の存在下で混合する工程を含む。
【0022】
更に本発明は、活性化合物、陽イオン性ポリマーからなる正荷電微粒子、及び陰イオン性ポリマーからなる負荷電微粒子を含む水性ゲル組成物の用途として、活性化合物の非経口的送達のために用いられる、徐放性の、持続的な、あるいは制御可能な放出特性を示す担体としての用途を開示する。
【0023】
第1の主要な態様においては、本発明は水性ゲル組成物を提供する。該組成物は、陽イオン性ポリマー材料からなる正荷電微粒子である第1のタイプの微粒子と、陰イオン性ポリマー材料からなる負荷電微粒子である第2のタイプの微粒子とを含む。より詳細には、第1のタイプの微粒子は、ほぼ中性のpH、即ち生理的pHにおいて正荷電しており、陰イオン性ポリマー材料からなる第2のタイプの微粒子は、血漿又は間質液などの生理液のpHのような比較的中性に近いpHにおいて負荷電している。
【0024】
本明細書において、ゲルは、低い剪断力の下では固体として挙動し、剪断力が降伏点として定めた閾値を上回る場合には粘稠な流体として挙動する半固形材料である。言い換えれば、ゲルは、有限の、通常かなり小さな、降伏応力を持つ系である。
【0025】
好ましくは、ゲル組成物は活性化合物を更に含む。活性化合物は、疾病、症状、及び身体の他の状態の、診断、予防、又は治療に有用であれば、あるいは身体機能に影響を与えるために有用であれば、どんな化学的又は生物学的な物質であってもよいし、あるいは物質の混合物であってもよい。活性系であるためには、ゲル組成物は少なくとも一種の、あるいは所望により二種以上の活性化合物を含むことができる。
【0026】
好ましい活性化合物は、長期の治療計画に用いる活性化合物、及び/又はホルモン、成長因子、ホルモンアンタゴニスト、向精神薬、抗うつ剤、心血管作用薬などの、経口による生物学的利用能が低い活性化合物である。別のもう1つの態様においては、好ましい活性化合物の種類は、ペプチド及びタンパク性活性化合物、特にタンパク性活性化合物であって、これらは本発明のゲル組成物によって効率よく送達できるため、さらに長い期間にわたる薬物放出が可能になり、活性化合物を頻回注射する必要がなくなる
【0027】
好ましいペプチド及びタンパク質の例は以下の通りである。エポエチンアルファ、エポエチンベータ、ダーベポエチン、ヘモグロビンラフィマー(raffimer)、及びそれらの類似体又は誘導体などのエリスロポエチン類。インターフェロンアルファ、インターフェロンアルファ2b、PEGインターフェロンアルファ2b、インターフェロンアルファ2a、インターフェロンベータ、インターフェロンベータ1a、及びインターフェロンガンマなどのインターフェロン類。インスリン類。リツキシマブ(rituximab)、インフリキシマブ(infliximab)、トラスツズマブ(trastuzumab)、アダリムマブ(adalimumab)、オマリズマブ(omalizumab)、トシツモマブ(tositumomab)、エファリズマブ(efalizumab)、及びセツキシマブ(cetuximab)などの抗体類。アルテプラーゼ(alteplase)、テネクテプラーゼ(tenecteplase)、第7a因子、第8因子などの血中因子類。フィルグラスチム(filgrastim)、ペグフィルグラスチム(pegfilgrastim)などのコロニー刺激因子類。ヒト成長因子、ソマトロピンなどの成長ホルモン類。インターロイキン2、インターロイキン12などのインターロイキン類。ベクラペルミン(beclapermin)、トラフェルミン、アンセチスム(ancetism)、ケラチノサイト成長因子などの成長因子類。ロイプロリド、ゴセレリン、トリプトレリン、ブセレリン、ナファレリンなどのLHRH類似体類。ワクチン類、エタネルセプト、イミグルセラーゼ、ドロトレコギンアルファなど。
【0028】
他の好ましい活性化合物は、多糖類、及びオリゴ又はポリヌクレオチド類、DNA、RNA、iRNA、抗生物質類、及び生活細胞類である。好ましい活性化合物のもう1つ別の種類は、低分子であって経口による生物学的利用が可能であるにもかかわらず、中枢神経系に作用する薬理物質を含む。そのような薬理物質の例としては、リスペリドン、ズクロペンチキソール、フルフェナジン、ペルフェナジン、フルペンチキソール、ハロペリドル、フルスピリレン、クエチアピン、クロザピン、アミスルプリド、スルピリド、ジプラシドンなどが挙げられる。
【0029】
あるいは又、活性化合物は、単数の天然生活細胞(a native living cell)、単数の変性細胞、又は複数の細胞であってもよい。特定の疾病又は病態が原因の患者において欠損又は不足する生理機能を代替するために、被包化細胞(encapsulated cell)又は固定化細胞を注射又はインプラントすることが可能である。例えば、糖尿病患者を、インスリンを産生及び分泌できるゲル被包化ランゲルハンス細胞で治療することができる。このような応途においては、生活細胞とインスリンの両方を活性化合物と考えることができる。
【0030】
本明細書において、微粒子とは、その組成、幾何学的形態、又は内部構造と関わりなく、重量平均径又は体積平均径が約0.1〜約1000μm、通常は約1〜約500μmの範囲内の、実質的に固体又は半固体の粒子である。例えば、通常ミクロスフェア又はナノスフェアと呼ばれる球状の微粒子は、ミクロカプセル又はナノカプセルなどのカプセル状構造物と同様に、微粒子という用語に含まれる。上で定義した微粒子を表す他のいくつかの同義語が存在してもよい。粒子径を測定する適切な方法は、後述の実施例に記載する。
【0031】
ポリマーは、IUPAC命名法によって「巨大分子からなる物質」と定義されている。一方、巨大分子又はポリマー分子は、高い相対分子質量を持つ個々の分子であって、その構造は、低い相対分子質量の分子から現実的又は概念的に誘導された複数の繰り返し単位を本質的に含む。しかし、一般的な用語法では、ポリマーという名称は、ポリマー物質と、その材料となる巨大分子の両方に屡々用いられる。本明細書においてはこの広義の定義を用いる。つまり、適用可能でありそれぞれの文脈から明白であるときは、ポリマーという名称は、物質あるいはポリマー分子又は巨大分子を表すことができる。
【0032】
本明細書において、「ポリマー材料」は、ポリマー、ポリマー混合物、架橋ポリマー、架橋ポリマーの混合物、あるいは高分子綱目を表すことができる。「ポリマー材料」は屡々、単にポリマーと呼ばれる。
【0033】
従って、本明細書においては、「陽イオン性ポリマー材料」は、単数又は複数の陽子の電気素量を持つ、所望により架橋された複数の巨大分子からなるポリマー材料を表すか、あるいは単数の巨大分子そのものを表す。「陰イオン性ポリマー材料」は、単数の巨大分子であるか、あるいは単数又は複数の電子の電気素量を持つ、所望により架橋された複数の巨大分子からなるポリマー材料である。
【0034】
従って、本発明のゲル組成物に含まれる正荷電微粒子は、比較的中性に近いpHで少なくとも1つの、より典型的には複数の陽子の電気素量を持つ微粒子であり、負荷電粒子は、比較的中性に近いpHで少なくとも1つの陽子の電気素量を持つ微粒子である。
【0035】
しかし、該組成物に含まれる全ての微粒子が正又は負のいずれかに荷電している必要はない。一定の諸態様においては、該組成物は実質的に中性の微粒子を更に含む。本明細書においては、「実質的に中性の」という表現は、「正負いずれのイオン性電荷も実質的に無い」ことか、あるいは「正電荷と負電荷がほぼ同数であり、その結果全体として中性的挙動を示す」ことを意味する。
【0036】
例えば、一定の活性化合物は、イオン性荷電微粒子よりも中性ポリマー材料により効率的に含ませることができる。一方、荷電微粒子中では不安定なため、中性の担体に含ませる活性化合物もある。本発明のゲル組成物が中性微粒子を含むようにする別のもう1つの理由は、荷電微粒子の含量を減少又は増加させる必要なく、ゲル強度を調節するためである。例えば、もし1種又は両種の荷電微粒子が活性化合物の主要な担体であるなら、中性微粒子の量を変化させることによって、ゲル強度と組成物に含まれる活性化合物の量とを独立的に調節することができる。
【0037】
水性ゲル組成物は又、水の存在(通常は組成物の総質量に対して相当大量の水の存在)によっても定義できる。典型的な水性ゲルにおいては、水が形成する連続相中に、系にゲル強度を付与する固形成分が分散している。分散がゼラチンゲルのようにコロイド状なら、中間相を特定できないので単相的とみなすことができる。しかし、本発明のゲル組成物は、少なくとも2つの相を持つ系、即ち凝集した水相と、分散した、非連続の、あるいは非凝集性の、微粒子を含む固体又は半固体相とを持つ系である。活性化合物と他の任意構成成分の性質によっては、該組成物は、分散液相又は分散固体相など、更に多くの相を含むことができる。
【0038】
ゲル組成物に含まれる(陰イオン性及び/又は陽イオン性)荷電微粒子は、例えば脂質、ワックス、塩、又はポリマーのような、水溶解度が低い有機又は無機材料などの、様々な種類の材料から構成され得る。好ましい態様においては、該微粒子は、不溶性ポリマーあるいは架橋されてヒドロゲルを形成している親水性ポリマーなどの、高分子化合物を主体とする。
【0039】
本明細書においては、ヒドロゲルは、親水性ポリマーの化学架橋又は物理架橋によって形成された、三次元の高分子綱目である。化学架橋されたゲルにおいては、ポリマーは主に共有結合によって結合されている。物理架橋されたゲルにおいては、三次元綱目は、異なるポリマー鎖間の物理的又は物理化学的相互作用によって形成される。従って、いずれのヒドロゲルも物理ヒドロゲルと呼ばれることがあり、また化学架橋したヒドロゲルは化学ヒドロゲルとも呼ばれる。混乱を避けるため、本発明の文脈においては化学又は物理ヒドロゲルは、上で定義したマクロゲルと必ずしも同一ではないということを強調しておきたい。化学又は物理ヒドロゲルがゲルの典型的な流動学的挙動を示す場合にのみ、化学又は物理ヒドロゲルは同時にマクロゲルであることができる。一方、ヒドロゲルは、本発明のゲル組成物に含まれる微粒子の好ましい材料である。
【0040】
ヒドロゲル微粒子は様々な方法で製造できる。物理架橋された親水性ポリマーに由来する粒子は、例えばポリビニールアルコール又は一定のデキストランなどの多糖類から結晶化により製造できる。そのような微粒子とその製造方法については、例えばWO 02/17884に記載されている。物理架橋の別の例としては、WO 00/48576に記載されているような、ステレオコンプレックスの形成が挙げられる。本発明においても有用なヒドロゲル製造のためのこれら両参照文献の開示は、この言及をもって、本願に組み込まれたものとする。
【0041】
例えば、WO 00/48576の実施例5は、1種類のポリマーを含むヒドロゲルについて教示している。つまり、この実施例は、本発明で要求されるような、陰イオン性ポリマー粒子と陽イオン性ポリマー粒子の両方については教示していない。
【0042】
更に、物理架橋されたヒドロゲルは、例えばゼラチン、アルギン酸塩、キサンタンガム、カラゲナン、アルブミン、又はキトサンなどの高分子電解質を、カルシウムイオン及びクエン酸イオンなどの逆電荷の多価イオンあるいは高分子電解質とイオン架橋させることによって製造できる。
【0043】
化学架橋されたヒドロゲル微粒子は、例えば、互いにラジカル重合反応が可能なエチレン性不飽和基などの、重合性基を有するように変性された親水性ポリマーから製造することができる。生理的に許容される親水性ポリマーであって、変性されてプレポリマー(更に重合可能なポリマー、即ち重合反応におけるモノマーのように挙動できるポリマー)になっている親水性ポリマーの一例は、デキストランである。様々な種類のアクリル酸基又はメタクリル酸基を有するデキストランが製造され特徴づけられており、例えば、WO 98/00170、WO 98/22093、WO 01/60339及びWO 03/035244などに記載されており、これら文献の開示は、デキストランとデキストラン誘導体の記述に関して、この言及をもって本願に組み込まれたものとする。WO 00/48576に関して注記したように、WO 98/0017OとWO 93/09176も又、陰イオン性粒子と陽イオン性粒子を同時に含む組成物については記載していない。
【0044】
好ましい態様においては、本発明のゲル組成物に含まれる微粒子は、例えば、ヒドロキシエチルメタクリル酸基が炭酸エステルを結合部としてデキストラン主鎖に結合したような構造を有する、メタクリル酸ヒドロキシエチル基によって変性されたデキストラン(ヒドロキシエチルメタクリレートデキストラン、即ちdexHEMA)などのデキストラン誘導体を主体とするものである。第2の好ましい態様においては、該微粒子は、乳酸エステル単位及び/又はグリコール酸エステル単位からなる加水分解可能なオリゴマー側鎖を持ち、該側鎖がヒドロキシエチルメタクリル酸基を有することを特徴とするデキストランに由来する。メタクリル酸基の重合によって、複数のデキストラン主鎖間での共有結合による架橋が形成され、その架橋形成によって化学ヒドロゲルが得られる。
【0045】
このようなヒドロゲルの性質は、デキストラン分子当りの架橋性置換基又は側鎖の数、即ち置換度(DS)に影響される。例えば、置換度の増加は、架橋密度の増加と分解速度の低下につながる。例えば、プレポリマーとして用いられるdexHEMAのような変性デキストランの場合、置換度は約3〜約30であることが好ましく、約5〜約20であることが更に好ましい。
【0046】
これらの化学ヒドロゲルは、例えば間質液中などのような生理的環境下での加水分解を受ける。実際、本発明のゲル組成物に含まれる微粒子は、生理的条件下で加水分解可能であるという意味で生分解性であることが好ましい。この文脈において、加水分解性とは、制御放出性の非経口的投与に有用だと典型的に考えられる期間内、例えば1日又は数日、数週間、数ヶ月あるいは1年といった期間内での分解と排出を可能にする加水分解速度を表している。分解や加水分解は、酵素を必要せずに、化学的加水分解のみによって起こるのが好ましい。この分解挙動は、例えばdexHEMAのような加水分解可能なポリマーから微粒子を製造することによって得ることができる。
【0047】
誤解を避けるために述べると、「加水分解性」とは、「ヒドロゲル又は微粒子が、それぞれのモノマー単位にまで分解しなければならない」ということを意味するわけではない。加水分解又は分解によって、例えば腎排出などにより有機体から排出可能な、可溶性の分子種が生じれば十分である。
【0048】
正荷電又は負荷電微粒子が得られるのは、微粒子の構成成分の少なくとも一部分がイオン性荷電している場合である。ポリマー微粒子の場合、そのポリマー分子の一部又は全部が荷電している。好ましい諸態様の1つにおいては、一部のポリマー分子のみ、例えば微粒子ポリマー分子の約1〜約60重量%のみが荷電している。別のもう1つの態様においては、ポリマー分子の約5〜約35重量%が、好ましくは約10〜約20重量%がイオン性荷電している。架橋ポリマー又は高分子綱目であるポリマー材料の場合、こうした数値は、綱目の形成に関与している巨大分子主鎖の割合に適用するべきである。言い換えれば、上記の重量%の数値は、ヒドロゲルを架橋により形成するための材料であるプレポリマー全体における、荷電プレポリマー画分の重量%に関連している。
【0049】
本明細書及び添付した請求項において、「荷電ポリマー」とは、荷電モノマー対非荷電モノマーのモル比が1/100〜100/1、好ましくは1/20〜20/1、より好ましくは1/10〜10/1、最も好ましくは1/4〜4/1であるモノマーからなるポリマーのことである。この比の範囲内では、「荷電モノマー」は、ポリマーが用いられる系におけるpHにおいて、ポリマー中で正荷電又は負荷電したモノマーを意味する。1個のポリマー中に正荷電及び負荷電した異なる複数のモノマーが存在するような場合は、正荷電と負荷電数値の差を用いるべきである。非荷電あるいは中性モノマーは、ポリマー中に非荷電あるいは中性の構成単位をもたらす。ポリマーに含まれる荷電モノマーの全て又は過半量が陽イオン性であるときに、陽イオン性ポリマーが得られる。ポリマーに含まれる荷電モノマーの全て又は過半量が陰イオン性であるときに、陰イオン性ポリマーが得られる。
【0050】
例えば、ポリマーが、(陽イオン性ポリマーとして)ヒドロキシエチルメタクリレート(HEMA)とジメチルアミノエチルメタクリレート(DMAEMA)とを用いて、あるいは(陰イオン性ポリマーとして)HEMAとメタクリル酸(MAA)とを用いて製造される好ましい諸態様においては、HEMA/DMAEMA及びHEMA/MAAのモル比が0.25〜1.5であって、好ましくは約0.5である時に、非常に好適な結果が得られる。
【0051】
もしデキストラン誘導体を用いて微粒子を製造するならば、陽イオン性電荷は、例えばDEAEデキストランなどの、陽イオン性変性デキストランの使用によって得ることができる。あるいは又、例えばキトサン、一定のゼラチン類、プロタミン、ポリスペルミジン、正荷電ポリホスファゼン及び正荷電ポリスチレン、又はポリジメチルアミノエチルメタクリルレート(pDMAEMA)などの、正荷電した高分子電解質類を用いてもよい。微粒子に陽イオン性電荷を誘導するための現在好ましいモノマー単位の1つは、DMAEMAである。
【0052】
陰イオン性電荷は、陰イオン性変性デキストランの使用によって、あるいは例えばカルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルデンプン、アルギン酸、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、一定のゼラチン類、ヒアルロン酸、DNA、負荷電ポリホスファゼン、又はカラゲナンなどの、他の陰イオン性ポリマーによって得ることができる。
【0053】
現在好ましいのは、アクリル酸又はメタクリル酸を陰イオン種として、あるいはジメチルアミノエチルメタクリレートを陽イオン種として用い、更に、例えばdexHEMAなどの中性変性デキストランと組み合わせる方法である。こうした組合せを用いて、イオン性モノマー単位がdexHEMAの重合又は架橋反応に参加して、三次元の高分子綱目が形成される。
【0054】
好ましい態様のひとつにおいては、ゲル組成物中に含まれる活性化合物は、微粒子中に含まれている。そして、好ましくは、組成物中に含まれる微粒子の少なくとも一部分が、活性化合物を含んでいる。2種又はそれ以上の活性化合物が組成物中に含まれている場合、活性化合物の少なくとも1種、好ましくはその全てが微粒子中に含まれている。この態様に基づけば、放出速度は、微粒子を形成するポリマーの加水分解性を変えることによって調節することができる。例えば、活性化合物がタンパク質などの巨大分子物質であるなら、そして微粒子が、水で膨潤した、多孔質の、三次元の高分子綱目であるヒドロゲルであるなら、薬物放出は主としてヒドロゲルの分解及び侵食によっておきる可能性が高い。なぜなら、分解していないヒドロゲルの細孔は典型的には小さすぎて、拡散による薬物放出を許さないからである。
【0055】
しかし、活性化合物の一部を微粒子ではなく水性ゲル相中に含ませることは可能であり、又特定の状況では望ましい。例えば、迅速な又は顕著な薬効発現のような初期治療効果をあげるために、より高い速度の放出が可能な投与画分が必要な場合には、一定の投与画分をこうした非遅延の状態(such non-retarded state)で使用してもよい。
【0056】
しかし、活性化合物は屡々、組成物の微粒子中に含まれる。このことは、本発明のこの態様にとっては、使用される薬物投与量の少なくとも約90重量%、好ましくは少なくとも95重量%が微粒子中に含まれることを意味する。更により好ましいのは、活性化合物の全て又は実質的に全てが、少なくともゲル組成物の製造後、または投与直前にゲル組成物を調製できるキットの製造後は、微粒子中に含まれていることである。
【0057】
活性化合物は、その性質に応じて、両方のタイプの荷電微粒子中か、あるいはいずれか一方のみの荷電微粒子中か、あるいは中性微粒子がゲル組成物中に含まれる場合にはこうした中性微粒子中に含ませてもよい。例えば、負電荷又は全体として負電荷を持つ活性化合物は、正荷電微粒子中にはより効率よく導入することができる。実際、一定の荷電活性化合物類は、同じ電荷を持つ微粒子中に導入できないことも考えられる。従って、特定の諸態様においては、荷電活性化合物が、ただ1つのタイプの荷電微粒子中のみに含まれていて、両方のタイプの微粒子中には含まれていないことが好ましい。
【0058】
タンパク質などの巨大分子型活性化合物の場合は、負と正の両方の、様々なイオン性電荷を同時に持ってもよい。この場合、あるタンパク質が正荷電微粒子と負荷電微粒子のいずれの中に導入できるかを決めるのは、全体としての電荷である。例えば、本発明者らは、等電点が約9.3であって、従って中性のpH又は生理的pHにおいて正荷電しているリゾチームは、負荷電微粒子中に容易に導入できるが、正荷電微粒子中にはあまり効率よく導入できないことを発見した。逆のことが、等電点が約4.7であって、中性のpH又は生理的pHにおいて負荷電しているウシ血清アルブミンに当てはまる。
【0059】
あるいは又、中性微粒子もゲル中に含まれている場合には、活性化合物はこうした中性微粒子中に導入してもよい。
【0060】
微粒子は、導入された活性化合物の放出速度を制御するのに主要な役割を果たすと同時に、ゲルの流動学的挙動にも大きく影響する。相互に反対の電荷を持つ粒子の電荷密度が高ければ高いほど、剪断力によるゲル変形への抵抗力を付与する、粒子間の静電相互作用も高くなる。
【0061】
ゲルの流動学的性質に影響を与える別のもう1つの要因は、ゲルの粒子総量である。粒子の径、化学的性質、及び表面電荷密度や、さらにはゲルの連続水相の組成によっては、粒子含量が閾値を超えないと粒子の会合が起きず、系にゲル的性質を付与することができない。一方、粒子含量が非常に高い場合は、降伏点が無い固体系か、あるいは降伏点が本明細書で想定する応途にとっては高すぎるような固体系が生じることもあり得る。典型的には、該組成物の有用な粒子(又は固体)含量は、約1〜約70重量%の範囲内である。より好ましくは、粒子含量は約5〜約50重量%である。別のもう1つの好ましい態様においては、粒子含量は約10〜約30重量%であって、特に約15〜約25重量%が好ましい。
【0062】
ゲル組成物の流動学的性質や、他の様々な性質は、正荷電微粒子と負荷電微粒子との間の重量比の選択によって調節することもできる。本発明の諸態様の1つにおいては、正荷電微粒子の負荷電微粒子に対する重量比は約50:50である。この比は様々な種類のゲル組成物に有用であって、例えば、両方のタイプの荷電微粒子がほぼ同じ径と表面電荷密度とを有する限り、あるいは活性化合物が異なる比を要求しない限り、このことは当てはまる。
【0063】
他の場合には、2つのタイプの荷電ミクロスフェアの量が不均一で、その結果50:50とは異なる比になる態様も、複数の理由によって選択することができる。例えば、正荷電微粒子が、負荷電微粒子と大幅に異なる径及び/又は表面電荷密度を持っている場合には、こうした相違を考慮に入れた比を選択すれば、ゲル強度をより高くできることもある。また他の場合には、活性化合物は1つのタイプの荷電微粒子中のみに導入してもよいし、また組成物に含まれる活性化合物の含量を特に高く又は特に低くするために、2つのタイプの微粒子間の比をそれに応じて選択することも有用であろう。
【0064】
微粒子径は又、流動学的性質にも影響を及ぼす。しかし、粒子径は、ゲル組成物の簡便な投与を可能にすることを主な目的にして選択すべきである。例えば、該組成物を、筋肉内又は皮下投与後の活性化合物の制御された放出を可能にする、注射可能なデポー剤として用いるならば、組成物は、挿入の際全く又はほとんど痛みを伴わない程度に細い注射針で注射可能とするべきである。好ましくは、本発明のゲル組成物は、17ゲージ又はそれより細い針(即ちそれより大きいゲージの針)、より好ましくは20ゲージ又はそれより細い針、更に好ましくは22ゲージ、24ゲージ、26ゲージ又はそれより細い針を用いた投与が可能なように調節することが望ましい。
【0065】
本明細書において、「投与が可能」とは、約25Nより大きな射出力(injection force)を必要としない、特定のタイプの注射針を使った注射を可能にするような流動学的性質を表すものである。より好ましくは、流動学的性質と注射針のサイズは、わずか約20Nの射出力でも注射できるように、更により好ましくは、わずか約15Nの射出力でも注射できるようにして、特別に力が強くない医師、看護師、又は患者にも投与が可能となるように選択する。
【0066】
微粒子で細い針が閉塞するのを防ぐためには、微粒子の重量又は容量平均粒子径を約100μmまでの範囲で選択すべきである。より好ましくは、平均粒子径は、約1〜約50μmの範囲にすべきである。現在最も好ましいのは、非常に細い皮下注射針の使用を可能にする、平均粒子径が約2〜約20μmの範囲のものである。
【0067】
ゲル組成物及び特にその粒子含量は、一般的にはゲルの降伏点が約5〜約300Pa、好ましくは10〜250Pa、より好ましくは、約25〜約200Paの範囲になるように選択すべきである(降伏点は、実施例4に記載する通り測定する)。
【0068】
降伏点を上回る領域でのゲル組成物の粘稠な挙動は、好ましくは線状、即ちニュートン粘性的であるべきであって、あるいは同挙動は、剪断力が増加すると粘性が低下するような、ずり流動化(shear-thinning)性を示すべきである。投与するためには、降伏点を上回る領域でのずり流動化挙動はかなり有用である。なぜなら、こうした挙動は、組成物が、あまり大きな力を加えることなくかなり迅速に注射可能であることを意味するからである。別のもう1つの態様においては、該組成物が、ずり流動化性を有すると同時に、チキソトロピー性を示すこと、即ち、剪断力を加えた後、元のゲル強度が回復するのに少し時間がかかることが好ましい。特定の理論に限定されるものではないが、降伏点を上回る剪断力を加えると、ゲル中に含まれる相互に反対の電荷を持つ微粒子間の静電相互作用の少なくとも一部が破壊されると考えられ、また、剪断力を取り除いた後で流動状態から回復するということは、ゲルを形成するためには、個々の微粒子がまず再会合しなければならないということを意味すると考えられる。
【0069】
降伏点を上回る領域の該組成物の粘性よりも重要なのは、剪断力を取り除いた時に組成物が再び凝固するということである。言い換えれば、本発明のゲルは、剪断による一部のゲルの不可逆液化を意味する、流動性喪失(rheodestruction)を受け易くてはならない。
【0070】
本発明のゲル組成物は、活性化合物を徐放的に、且つ数日、数週間、又は数ヶ月などの所定期間にわたって放出することができる。従って、該ゲル組成物は、薬物送達のための、特に非経口投与のための有用なキャリアである。本明細書において、「徐放的な放出」とは、例えば、制御された放出、持続的放出、長時間の放出、遅延性放出、断続的放出(pulsed release)などの、全てのタイプの改変放出プロファイルを含む。例えば、断続的放出は、活性成分の一部を組成物の水性ゲル相中に導入し、また残りの投与画分を微粒子中に導入して薬物放出の第2パルスを起こさせることによって実現することができる。
【0071】
更に別の態様においては、活性化合物は、例えばナノ粒子、ナノカプセル、リポソーム、リポプレックス、脂質複合体、イスコム(iscom)、ポリプレックス、固形脂質ナノ粒子、ビロソーム(virosome)、又は薬物複合体(drug conjugate)などの、薬物を含むコロイド状キャリアの形で使用してもよい。
【0072】
ゲル組成物は、局所、口、直腸、膣、眼、又は肺への投与に適合できる。しかしゲル組成物は、非経口投与又は経肺投与に適合していることが好ましい。本明細書においては、非経口投与とは、例えば、表皮下、皮内、皮下、筋肉内、局所、腫瘍内、腹膜内、間質、病巣内、(また本発明の文脈においてはさほど好ましくないが)静脈、動脈その他への投与などの、いかなる侵襲性投与経路も含む。ゲル組成物の最も好ましい投与経路は、表皮下、筋肉内、及び腫瘍内投与である。経肺投与は、例えばネブライザー、粉末吸入器、又は定量吸入器を用いた、経口又は経鼻吸入を含む。
【0073】
本発明が組織工学に用いられる場合、注射又はインプラントする部位は、機能が代替または増強されるべき特定の組織又は器官に応じて、当然大きく異なることもあり得る。上で述べたように、組織工学の応途においては、生活細胞が活性化合物の役目を果たす。
【0074】
ゲル組成物が「非経口投与に適合している」ということは又、「ゲル組成物が、非経口投与形態の要求を満たすために処方され加工されたものである」ということを意味する。こうした要求については、例えば主要な薬局方が概略を述べている。1つの態様においては、組成物、あるいはそのプレミックス、あるいは投与前に組成物を製造するためのキットは無菌状態でなければならない。別のもう1つの態様においては、賦形剤は、安全で非経口投与に耐え得るものを選択しなければならない。更に別の態様においては、組成物を、比較的等浸透圧性になるように、例えば約150〜500mOsmol/kg、好ましくは約250〜400mOsmol/kgの範囲になるように処方する。更には、pHは、注射時の痛みや局所不耐を避けるため、ほぼ生理的範囲内になるようにすべきである。好ましくは、組成物のpHは約4〜8.5の範囲であって、より好ましくは約5.0〜7.5の範囲である。
【0075】
必要に応じて、該ゲル組成物中に、例えば安定剤、増量剤、基質形成剤、凍結乾燥補助剤、酸化防止剤、キレート化剤、防腐剤、溶媒、共存溶媒、界面活性剤、浸透剤、pH値を調節するための酸性又はアルカリ性賦形剤などの賦形剤を更に使用してもよい。
【0076】
別のもう1つ態様においては、本発明は、活性化合物と正荷電又は負荷電ポリマー微粒子とを含み、該微粒子が微粒子と逆電荷のイオン性ポリマーの溶液又は分散液中に懸濁している、水性ゲル組成物を提供する。言い換えれば、こうしたゲル組成物は又、イオン性荷電微粒子を主体とするものだが、粒子形態ではない逆電荷のポリマー(好ましくは高分子電解質)と静電相互作用する、ただ1つのタイプの粒子のみを含むものである。なお、関与するポリマーと組成物中のポリマー含量とを適切に選択すれば、静電相互作用によって水性マクロゲルが形成される。一般的に言えば、相互に反対の電荷を持つ微粒子を含むゲル組成物について上述したのと同じ特徴と態様が、ただ1つのタイプの荷電ポリマーのみを粒子の形で含むゲル組成物にも当てはまる。
【0077】
正荷電微粒子と負荷電微粒子の両方を含む本発明のゲル組成物は、様々な方法によって容易に製造でき、例えば、正荷電微粒子と負荷電微粒子とを水の存在下で混合する工程を含む方法によって容易に製造できる。
【0078】
1つの態様においては、正荷電微粒子と負荷電微粒子は、上で述べた方法や、特に参考文献に言及することにより本明細書に組み込まれた方法に従って、それぞれ別々に製造できる。好ましくは、微粒子の1つ又は両方のタイプは、粒子の製造中又は製造後に、活性化合物を導入する。あるいは又、活性化合物を、ゲルの製造中又は製造後に導入することができる。通常、粒子の形成及び/又は薬理物質の導入は、溶液、懸濁液、又は乳濁液などの液体系中で行なう。その後、微粒子の2つのタイプを混合するには、いくつかの選択肢がある。最初の選択肢によると、微粒子の各タイプの水性懸濁液の一部づつを混ぜ合わせることにより、ゲルが自動的に形成する。
【0079】
あるいは又、微粒子の各タイプは、それぞれ別々に、乾燥した形で提供できる。次に乾燥粉末を混合し、実質的に乾燥した混合物を形成する。得られた混合物と水性液を混合すると、微粒子が水和してゲルが形成する。
【0080】
また、別のもう1つの選択肢は、微粒子の1つのタイプを含む水性懸濁液と、微粒子の他の1つのタイプを含む粉末などの乾燥成分とを、組み合わせ及び/又は混合するものである。
【0081】
上記の通り、正荷電微粒子と負荷電微粒子の間の比は、約50:50であり得るが、この比は又、例えば90:10、75:25、25:75、10:90などのように、違う値を取ることもできる。比の選択は通常、ゲルの流動学的性質に影響を与える。典型的には、ゲル形成のため混合する微粒子の2つの集団の粒径分布と電荷密度とが互いに近似している場合に、最も高いゲル強度は、約50:50の粒子比の下で得られる。一方、50:50とは大きく異なる比を選択することは、微粒子の総量を減らす必要なく、低いゲル強度とより良好な注射適性とを持つゲルを得るためには有用な方法ということができる。50:50とは異なる比を選択することが有利である別のもう1つの場合は、活性化合物が、負荷電であれ正荷電であれ微粒子種のただ1つのタイプにのみ効率よく被包できる場合である。この場合、適度なゲル強度で特に高い薬物含量を持つゲルを得るために、活性化合物を含む微粒子の含量を、「不活性な」微粒子の含量よりもはるかに高くなるように選択できる。言い換えれば、ゲルの薬物含量と流動学的性質の両方は、正荷電微粒子と負荷電微粒子との間の比を最適化することによって、個々に調節することができる。好適な系を得るためには、正荷電微粒子と負荷電微粒子との間の比は、95:5〜5:95の範囲、好ましくは90:10〜10:90の範囲で変化させることができる。
【0082】
更に、陽イオン性荷電微粒子と陰イオン性荷電微粒子は、異なる分解速度を有することができる。例えば、ジメチルアミノエチルメタクリレート(DMAEMA)を含む正荷電したdexHEMA微粒子と、メタクリル酸(MAA)基を含むdexHEMA微粒子の場合が挙げられる。特定の理論に限定されるものではないが、生理的pHでのdexHEMA架橋体の加水分解には、ヒドロキシルイオンの触媒作用が関与すると考えられる。このイオンはDMAEMA基に引きつけられ、MAA基には反発されるのだが、このことによって分解挙動の相違を説明することができる。従って、負荷電微粒子と正荷電微粒子の間の比の選択は又、ゲルの分解プロファイルを最適化し、それによってさらにゲルの薬物放出プロファイルを最適化するための手段にもなり得るものである。
【0083】
荷電微粒子のただ1つのタイプのみを含む本発明のゲル組成物は、イオン性荷電ポリマー微粒子と、該微粒子と逆電荷のイオン性ポリマーとを水の存在下で混合する工程を含む方法で製造できる。
【0084】
好ましくは、微粒子に、該微粒子の製造中又は製造後に活性化合物を導入する。その後、微粒子の水性懸濁液を、微粒子と逆電荷のポリマーの水性溶液又は分散液と混合する。あるいは又、微粒子は、粉末などの乾燥した形で提供され、微粒子と逆電荷のポリマーの溶液又は分散液と混合する。更に別の選択肢によると、微粒子と、微粒子と逆電荷のポリマーとの乾燥混合物を製造し、その後で該乾燥混合物を水性液水和させる。
【0085】
しかし、上で開示した好ましい態様に従って選択した活性化合物は、水性環境下では不安定であることが非常に多い。従って、商業的に許容される貯蔵寿命を得るためには、本発明のゲル組成物を乾燥状態で貯蔵し、投与前に適当な水性キャリアを用いて乾燥状態から再構成できるようにしておくことが必要になる場合もある。好ましくは、キットは、ゲル組成物を製造するのに必要な構成成分をすべて含む形で、患者、看護師、薬剤師、又は医師などの末端ユーザーに提供される。
【0086】
キットには、ゲル組成物を製造するのに必要な各成分が別々にパッケージされていることが推奨される。好ましくは、キットは、乾燥固形成分と、ゲルを再構成するための水性液とを含む。乾燥固形成分は、凍結乾燥粉末のような粉末の形か、あるいは賦形剤によっては、水性懸濁液を凍結乾燥することによってしばしば得られるような多孔質体の形でもよい。本発明においては、活性化合物が微粒子中かあるいは微粒子の少なくとも1つのタイプ中に導入されるのが好ましいので、該固形成分は通常薬物を導入した微粒子を含むことになる。
【0087】
ひとつの態様においては、キットの固形成分は、微粒子の両方のタイプ、即ち陰イオン性荷電微粒子と陽イオン性荷電微粒子の両方を含み、微粒子の両方のタイプが、活性成分と、所望により単数又は複数の賦形剤を含んでいる。賦形剤は、例えば単数又は複数の安定剤、増量剤、マトリックス形成剤、凍結乾燥補助剤、酸化防止剤、防腐剤、界面活性剤、浸透剤、pHを調節するための酸性又はアルカリ性賦形剤などである。好ましくは、キットの固形成分は無菌状態であって、バイアル、アンプル、又は注射器に封入されている。
【0088】
水性液は、主として水を含む。所望により、水性液は更に賦形剤を含んでいてもよく、賦形剤としては、例えば、単数又は複数の浸透剤(例えば、塩化ナトリウム、糖、又は糖アルコール)、あるいは界面活性剤(例えば、Tween(登録商標)80)、あるいはpH調節用の賦形剤が挙げられる。場合によっては、1つのタイプの微粒子をキットの液体成分中に収容することが有利なこともある。これは、例えば、そのタイプの微粒子を固形成分中に導入すると、固形成分の貯蔵寿命が短くなる場合などである。本明細書の文脈においては、「水性」とは、水が液体成分中で唯一の又は最も大量の液体物質であることを意味する。言い換えれば、例えばエタノール、グリセリン、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール、トリアセチンなどの他の液体も、もし薬理学的に望ましいのなら所望により含まれてもよい。
【0089】
液体成分は、無菌の壜、バイアル、アンプル中に、あるいはキットの乾燥固形成分を収容している注射器中の別に密閉されたチャンバー中に封入できる。好ましくは、キットの一次パッケージのそれぞれが、1回の投与単位を製造するのに必要な量の固形または液体成分を収容している。
【0090】
別のもう1つの態様によると、キットは、注射又は等浸透圧塩化ナトリウム溶液用の水などの水性液状キャリアが別に提供給される以外は、ゲル組成物製造のために必要なすべての構成成分を含んで提供される。
【0091】
本発明の主要な態様のいくつかを具体的に説明する以下の実施例により更なる態様が明らかになるが、以下の実施例は本発明の範囲を制限するものではない。
【0092】
実施例1:陽イオン性荷電微粒子の製造
ヒドロキシエチルメタクリレートデキストラン(dexHEMA)とジメチルアミノエチルメタクリルレート(DMAEMA)とを含む陽イオン性荷電ミクロスフェアを、以下の方法で製造した。DexHEMAは、WO 98/00170に記載の方法で製造した。置換度(DS)即ち100グルコピラノース単位当りのHEMA基の数は6であった。DMAEMAは業者から入手した。
【0093】
ポリエチレングリコールの水性溶液(PEG、40%(w/w))とdexHEMAの水性溶液(20%(w/w))を、HEPES緩衝液(100mM pH7)を用いて製造した。197.6gのPEG、18.3gのdexHEMA及び284.1gの緩衝液をガラスシリンダーに移した。その後、12.5mmolのDMAEMAを二相系(HEMA/DMAEMAのモル比=0.53)に添加した。液体に窒素を注ぎ、IKA UltraTurrax(登録商標)T25 basicを用いて強く撹拌した(30分間、11,000rpm)。こうして、拡散相にdexHEMAとDMAEMAが高濃度に存在する水中水型乳濁液が得られた。乳濁液は15分間安定させた。
【0094】
次に、ポリマーの内のメタクリル基を重合させて、三次元の高分子綱目を形成した。N,N,N',N'−テトラメチルエチレンジアミンの溶液(TEMED、10mL、20%v/v、4MのHClでpH7に調節したもの)と、ペルオキソ二硫酸カリウムの溶液(KPS、18mL、50mg/mL)とを新たに製造して、混合物に添加した。乳化した粒子を環境温度で30分間重合させた。架橋した粒子を集めて、重洗浄と遠心法(逆浸透水を用いて3回、15分間、3000rpm)で精製した。平衡水分量は70重量%であった。保存のため、微粒子は凍結乾燥した。
【0095】
粒子サイズ分布を測定するために、凍結乾燥ミクロスフェアを、Isoton II(Beckman Coulter GmbH,ドイツ)中に再懸濁させ、超音波処理して均質化した。測定は、Coulter Counter Multisizer(登録商標)3を100μmのオリフィスと共に用いて室温で行った。測定装置の較正は、20μmのラテックスビーズ(Coulter CC size standard L20)を用いて行なった。結果として、粒子の体積平均径が7.5μmであって、粒子の約90%が12.5μmより小さかった。
【0096】
実施例2:陰イオン性荷電微粒子の製造
ヒドロキシエチルメタクリレートデキストラン(dexHEMA)とメタクリル酸(MAA)とを含む陰イオン性荷電ミクロスフェアを、DMAEMAをMAAに代える以外は実施例1に記載するのと実質的に同じ方法で製造した。
【0097】
再び、平衡水分量が70重量%の微粒子が得られた。粒子の体積平均径は8.3μmであって、粒子の約90%が12.5μmより小さかった。
【0098】
実施例3:陰イオン性荷電微粒子と陽イオン性荷電微粒子を含むゲルの製造
方法(a):実施例1及び2に従って製造した凍結乾燥微粒子を、それぞれHEPES緩衝液(100mM pH7)中に別々に分散させた。微粒子の各タイプから、固体含量が10重量%、15重量%及び25重量%の分散液を製造した。分散液を4℃で2時間保存し、ミクロスフェアを十分に水和させた。固体含量が10重量%の分散液は、易流動性を示し、一方固体含量が25重量%の分散液は、非常に高い粘性を示した。その後、互いに反対の電荷を持つが同じ固体含量のミクロスフェアを含む分散液を、同量(200μL)づつ取って、正置換型ピペットを用いて混合した。混合するとすぐにゲル化が起こるのが観察できた。
【0099】
方法(b):実施例1及び2に従って製造した凍結乾燥微粒子の同量同士を混合し、その後でHEPES緩衝液(100mM、pH7)中に4℃で1時間分散させた。こうして得られたゲルは、方法(a)で得られたものと類似していた。
【0100】
実施例4:陰イオン性荷電微粒子と陽イオン性荷電微粒子を含むゲルの流動学的性質
実施例3(方法a)に従って製造した、固体含量が15重量%であるゲルの粘弾性を、応力制御レオメーター(AR1000−N,TA Instruments製)(20mmのアクリル製フラットプレートを備え、ギャップが500μm)を用いて、ひずみ制御試験によって測定した。ゲルが形成した直後に、サンプルをプレートの間に置いた。溶剤トラップを用いて溶剤の気化を防いだ。サンプルの粘弾性を、G'(剪断貯蔵弾性係数)及びG''(損失弾性係数)を20℃、定ひずみ1%及び定周波数1Hzの条件下で計測することによって測定した。周波数走査及びひずみ走査試験も実施した。
【0101】
結果として、貯蔵弾性係数(G')は時間とともに徐々に増加したが(±500Paまで)、損失弾性係数(G'')は非常に低いままであった(±30Pa)。G''/G'の比即ちタンジェント(δ)は0.1より低く、このことは得られたゲルが主に弾性的であることを示す。
【0102】
図1は、20℃でのゲルの貯蔵弾性係数G'(―)、損失弾性係数G''(∞∞)及びタンジェント(δ)(…)を、振動周波数の関数として表している。
【0103】
図2は、20℃でのゲルの貯蔵弾性係数G'(―)、損失弾性係数G''(∞∞)及びタンジェント(δ)(…)を、ひずみの関数として表している。
【0104】
図3は、20℃でのゲルの貯蔵弾性係数G'(―)、損失弾性係数G''(∞∞)及びタンジェント(δ)(…)を、時間の関数として表している。
【0105】
クリープ試験を実施し、ゲル綱目の変形後の復元力を測定した。ひずみを観察している間、1Paの定応力と1Hzの周波数を加えた。60秒後、応力を取り除き、綱目構造の復元を2分間観察した。
【0106】
遅延(即ち、変形段階)の間、ゲルは加えた応力(1Pa)に応答し、ひずみは0.15%に上昇した。応力を取り除くと、ひずみの百分率は、綱目の弾性をほぼ完全に維持しながら、即座に0.04%に減少した。
【0107】
ゲルの降伏点を測定するために、応力走査試験を20℃で実施した。この試験中、応力が増加している間、G'、G''及びタンジェント(δ)を観察した。周波数を1Hzに保った。同じサンプルを用いて4回連続で試験を実施した。各試験の後、サンプルを1時間復元させた。
【0108】
結果として、応力が徐々に増加する間は、G'が減少しタンジェント(δ)が増加した。加える応力が10Paに達した時、G'が300Paから3Paに急激に減少する一方、タンジェント(δ)は0.08から5.55に増加した。1時間後、同じ試験を繰り返すと、試験結果は同様のものとなった。全部で4回応力走査試験を実施したところ、各回ともG'、G''及びタンジェント(δ)についてよく似た数値が得られた。
【0109】
図4は、加える応力が10Paを超えるとゲルが流動し始めることを明確に示している。この挙動が可逆的であることは、試験が数回反復可能であったという事実が示している。この可逆性は、一定時間の後、ミクロスフェア間でイオン相互作用が回復し、ゲル綱目が復元することを示している。言い換えれば、ゲルは降伏点が10Paの、典型的な塑性挙動を示した。
【0110】
実施例5:陰イオン性荷電微粒子と陽イオン性荷電微粒子を含み、タンパク質を導入したゲルの製造
実施例1及び2に記載した相互に反対の電荷を持つ微粒子からゲルを製造し、ゲルにリゾチーム又はウシ血清アルブミン(BSA)のいずれかをモデルタンパク質として導入した。
【0111】
リゾチーム及びBSAのそれぞれから別々に25mg/mLのタンパク質溶液を、HEPES緩衝液(pH7、100mM)中で製造した。
【0112】
最初の試験系列において、実施例1に従って製造し凍結乾燥させたdexHEMA−DMAEMAの正荷電微粒子31.25mgを、タンパク質溶液100μL(両方のタタンパク質溶液を別々に用いた)とHEPES緩衝液119μL(pH7、100mM)に加えた。同様に、実施例2に従って製造したdexHEMA−MAAの負荷電微粒子に、リゾチーム又はBSAを導入した。微粒子を4℃で1時間水和させた。
【0113】
別の試験系列においては、実施例1及び2に従って製造し凍結乾燥させた陽イオン性又は陰イオン性微粒子62.50mgを、タンパク質溶液100μL(両方のタタンパク質溶液を別々に用いた)と、HEPES緩衝液88μL(pH7、100mM)に別々に加えた。再び、微粒子を4℃で1時間水和させた。
【0114】
その後、同じタンパク質を含み且つ同じ粒子含量のdexHEMA−DMAEMA微粒子の水和分散液とdexHEMA−MAA微粒子の水和分散液とを十分に撹拌し、エッペンドルフカップに移した。撹拌すると、エッペンドルフカップの底に凝集性の沈降物としてゲルが形成した。最初の試験系列において得られた、相互に反対の電荷を持つ微粒子の分散液の混合によって、固体含量約12.5%のゲルが形成し、第2の試験系列では、固体含量約25%のゲルが形成した。
【0115】
実施例6:陰イオン性荷電微粒子と陽イオン荷電微粒子を含むゲルからのタンパク質放出
実施例5に従って製造したゲルのそれぞれに、1.5mLの放出緩衝液(HEPES、pH7、100mM、NaClを用いて等浸透圧化した)を添加した。その後、カップを37℃でインキュベートした。サンプル1.0mLを様々な時間間隔で取り、新鮮な緩衝液1.0mLで置き換えた。サンプル中のタンパク質濃度を、BCAタンパク質定量法を用いて比色分析的に計測した。
【0116】
結果として、比較的平坦な放出プロファルが、全てのゲルについて得られた。高い個体含量(25%)のゲルは、低い個体含量(12.5%)のゲルよりも、遅い放出速度を示した。更に、BSAはリゾチームよりも放出速度が遅かったが、恐らくこれは、BSAの方が分子量が高いためである。リゾチームを50%放出するのにかかる時間は、固体含量12.5%のゲルでは約20時間、固体含量25.5%のゲルでは約85時間であった。BSAの場合は、この数値はそれぞれ、約30時間、約100時間であった。
【0117】
図5は、実施例6で得られた放出プロファイルを示している。点線(…)は、高い固体含量(25%)のゲルからのタンパク質放出を、実線(―)は、低い固体含量(12.5%)のゲルからのタンパク質放出を示している。黒四角(■)はリゾチームの放出を、黒丸(●)はBSAの放出を示している。
【0118】
実施例7:異なる置換度のdexHEMAを含む正荷電微粒子と負荷電微粒子を有するゲルの分解
実施例3の方法(b)に従って、ゲルを逆荷電微粒子から製造した。微粒子そのものは実施例1及び2に従って製造したが、ただし、約5、約8、約18と置換度が異なる3種類のdexHEMAを別々に用いて実験を行なった。ゲルの固体含量は変化させた(それぞれ15%、25%)。サンプル200mgを容量1mLのガラス製バイアル(直径6.5mm)に移し、穏やかに遠心分離にかけた(1000rpmで2分間)。その後、ゲルを4℃で16時間静置した。膨潤試験の開始前に、ゲルの初期長さ(L0)を測り、600μLのHEPES緩衝液(100mH,pH7.0,0.9% NaCl,0.02% NaN3)を加えた。バイアルを37℃の水槽中に置いた。一定の時間間隔でゲルの長さ(Lt)を測定し、膨潤率(S=Lt/L0)を算出した。数値0に近い膨潤率は、分解の終点を示している。
【0119】
どちらのレベルの固体含量でも、置換度の増加によって分解時間が延長することが見出された。初めに膨潤率が増加し、これはゲルが水を漸進的に取込むということを示す。この後、膨潤率がゼロまで減少したが、それには、固体含量が25%で、置換度が5、8及び18であるこれらのゲルの場合、それぞれ66日、97日及び130日かかった。
【0120】
図6は、これらのゲルの膨潤と分解を示す。
【0121】
実施例8:正荷電微粒子と負荷電微粒子との間の異なる比を持つゲルの分解
実施例3の方法(b)に類似した方法でゲルを製造したが、ただし、正荷電微粒子と負荷電微粒子とを、75:25、50:50、25:75の重量比で混合して用いた。膨潤と分解の挙動は、実施例7で記載したのと同様に試験した。
【0122】
正荷電粒子と負荷電粒子との間の比が高ければ高いほどゲルの分解は速く起こる、ということが見出された。
【0123】
図7は、ゲルの膨潤と分解を示す。図7の凡例において、75+/25−、50+/50−及び25+/75−は、それぞれ、正荷電微粒子の負荷電微粒子に対する重量比が75:25、50:50及び25:75であることを表す。
【0124】
実施例9:正荷電微粒子及び負荷電微粒子を含むゲルへのIgGの導入
IgGを含むゲルを、実施例5と類似の方法で製造し、実施例6と類似の方法で試験したが、ただし、リゾチーム及びBSAの代わりに、IgGをモデルタンパク質として用いた。IgGの放出は、先に試験した上記2つのタンパク質の放出よりも大幅に遅いということが見出された。60日後に約50%のIgGが放出された。この違いが生じる原因の少なくとも一部は、IgGの高い分子量(約150kDa)であると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0125】
【図1】実施例3(方法a)に従って製造した、固体含量が15重量%であるゲルの、20℃での貯蔵弾性係数G'(―)、損失弾性係数G''(∞∞)及びG''/G'の比即ちタンジェント(δ)(…)を、振動周波数の関数として表す図である。
【図2】実施例3(方法a)に従って製造した、固体含量が15重量%であるゲルの、20℃での貯蔵弾性係数G'(―)、損失弾性係数G''(∞∞)及びG''/G'の比即ちタンジェント(δ)(…)を、ひずみの関数として表す図である。
【図3】実施例3(方法a)に従って製造した、固体含量が15重量%であるゲルの、20℃での貯蔵弾性係数G'(―)、損失弾性係数G''(∞∞)及びG''/G'の比即ちタンジェント(δ)(…)を、時間の関数として表す図である。
【図4】ゲルの降伏点を測定するために20℃で実施した、応力走査試験の結果を表す図である。加える応力が10Paを超えるとゲルが流動し始めることを明確に示している。
【図5】実施例6のゲルの放出プロファイルを示す図である。点線(…)は、高い固体含量(25%)のゲルからのタンパク質放出を、実線(―)は、低い固体含量(12.5%)のゲルからのタンパク質放出を示している。黒四角(■)はリゾチームの放出を、黒丸(●)はBSAの放出を示している。
【図6】実施例7のゲルの膨潤と分解を示す図である。凡例において、DS5、DS8及びDS12は、それぞれ、約5、約8、約18と置換度(DS)が異なる3種類のdexHEMAを別々に用いて実験を行なった結果を表している。
【図7】実施例8のゲルの膨潤と分解を示す図である。凡例において、75+/25−、50+/50−及び25+/75−は、それぞれ、正荷電微粒子の負荷電微粒子に対する重量比が75:25、50:50及び25:75であることを表している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
正荷電微粒子と負荷電微粒子とを含む水性ゲル組成物であって、正荷電微粒子が陽イオン性ポリマー材料からなり、負荷電微粒子が陰イオン性ポリマー材料からなることを特徴とする、水性ゲル組成物。
【請求項2】
実質的に中性の微粒子を更に含むことを特徴とする、請求項1に記載のゲル組成物。
【請求項3】
微粒子が化学又は物理ヒドロゲルからなることを特徴とする、請求項1又は2に記載のゲル組成物。
【請求項4】
ヒドロゲルの少なくとも一部が、生理的条件下で加水分解可能な、共有結合で架橋されたポリマーからなることを特徴とする、請求項3に記載のゲル組成物。
【請求項5】
共有結合で架橋された該ポリマーがデキストラン誘導体であることを特徴とする、請求項4に記載のゲル組成物。
【請求項6】
微粒子の重量平均径が約1〜約50μmであることを特徴とする、請求項1〜5のいずれかに記載のゲル組成物。
【請求項7】
微粒子の含量が約5〜約50重量%であることを特徴とする、請求項1〜6のいずれかに記載のゲル組成物。
【請求項8】
降伏点が約5〜約300Paである粘弾性を持つことを特徴とする、請求項1〜7のいずれかに記載のゲル組成物。
【請求項9】
正荷電微粒子と負荷電微粒子との重量比が約25:75〜約75:25の範囲内であることを特徴とする、請求項1〜8のいずれかに記載のゲル組成物。
【請求項10】
活性化合物を更に含むことを特徴とする、請求項1〜9のいずれかに記載のゲル組成物。
【請求項11】
活性化合物の少なくとも一部が微粒子中含まれていることを特徴とする、請求項10に記載のゲル組成物。
【請求項12】
活性化合物の大部分が正荷電微粒子又は負荷電微粒子のいずれか一方に含まれているが、正荷電微粒子及び負荷電微粒子の両方には含まれていないことを特徴とする、請求項11に記載のゲル組成物。
【請求項13】
活性化合物が、ペプチド、タンパク質、ワクチン、抗体、抗体の断片、ヌクレオチド、iRNA、siRNA、ホルモン、細胞増殖抑制作用又は細胞毒性を示す物質、及び中枢神経系に作用する物質よりなる群から選ばれることを特徴とする、請求項10〜12のいずれかに記載のゲル組成物。
【請求項14】
活性化合物が単数の生活細胞又は複数の生活細胞であることを特徴とする、請求項10〜12のいずれかに記載のゲル組成物。
【請求項15】
微粒子が、徐放性の又は制御された放出特性を持つことを特徴とする、請求項10〜14のいずれかに記載のゲル組成物。
【請求項16】
非経口投与に適合していることを特徴とする、請求項1〜15のいずれかに記載のゲル組成物。
【請求項17】
活性化合物と負荷電又は正荷電ポリマー微粒子とを含む水性ゲル組成物であって、該微粒子が、微粒子と逆電荷のイオン性ポリマー溶液又は分散液中に懸濁していることを特徴とする、水性ゲル組成物。
【請求項18】
請求項1〜17のいずれかに記載の水性ゲル組成物を製造するためのキットであって、乾燥固形成分と、水性ゲル組成物を再構成するための水性液とを含み、該固形成分が該活性化合物を含むことを特徴とするキット。
【請求項19】
該固形成分が更に負荷電微粒子又は正荷電微粒子のいずれか一方を含むか、あるいは負荷電微粒子及び正荷電微粒子の両方を含むことを特徴とする、請求項18に記載のキット。
【請求項20】
水性ゲルの製造方法であって、
(a)正荷電微粒子と負荷電微粒子とを混合して、実質的に乾燥した混合物を形成する工程と、
(b)得られた乾燥混合物と水性液とを混合する工程
を含むことを特徴とする方法。
【請求項21】
水性ゲルの製造方法であって、正荷電又は負荷電微粒子の水性懸濁液と、該微粒子と逆電荷の微粒子を含有する成分とを混合する工程を含み、該成分が乾燥固形材料又は懸濁液の形態であることを特徴とする方法。
【請求項22】
正荷電又は負荷電微粒子を、該微粒子と逆電荷のイオン性ポリマー及び水と混合する工程を含むことを特徴とする、水性ゲルの製造方法。
【請求項23】
薬剤、診断用製品、又は組織工学用足場の製造に用いられる、請求項1〜17のいずれかに記載の水性ゲル組成物。
【請求項24】
薬剤が非経口投与用又は経肺投与用であることを特徴とする、請求項23に記載の水性ゲル組成物。
【請求項25】
薬剤がデポー剤であることを特徴とする、請求項23又は24に記載の水性ゲル組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公表番号】特表2007−537249(P2007−537249A)
【公表日】平成19年12月20日(2007.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−513088(P2007−513088)
【出願日】平成17年5月13日(2005.5.13)
【国際出願番号】PCT/NL2005/000365
【国際公開番号】WO2005/110377
【国際公開日】平成17年11月24日(2005.11.24)
【出願人】(506377581)ウニベルジテート ユートレヒト ホールディング ベーフェー (1)
【氏名又は名称原語表記】UNIVERSITEIT UTRECHT HOLDING B.V.
【Fターム(参考)】