説明

荷電粒子照射装置とその制御方法

【課題】偏向電磁石の磁場強度を急速に変化させる必要がなく、電源負荷および電源のトリップの可能性を低減でき、一様な照射ができ、ビーム損失が少なく利用効率が高く、被照射体が呼吸や鼓動によって動いている場合でも照射野の一様性を維持できる荷電粒子照射装置とその制御方法を提供する。
【解決手段】ビーム1の経路上の被照射体2から所定距離hを隔てて位置しビームを散乱させてビーム径を拡大する散乱体12と、散乱体より上流側の、ビームを被照射体2に向けて偏向させる偏向電磁石14と、偏向電磁石より上流側の、ビームに直交し、偏向電磁石により偏向するビームを含む平面内の一方向にビームを偏向させる上流側偏向電磁石16と、散乱体より上流側かつ偏向電磁石より下流側の、ビーム方向をビームに直交する平面内で上流側偏向電磁石による偏向方向に直交する方向に偏向させる下流側偏向電磁石18とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、粒子線治療装置に使用する荷電粒子照射装置とその制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、加速器で加速した高エネルギーの荷電粒子ビーム(炭素等のイオンビーム)を用いて癌等の治療を行う粒子線治療装置が開発されており、これに関連して粒子線を照射する種々の手段が既に提案されている(例えば、特許文献1〜4)。
以下、本出願において、荷電粒子ビームを単に「ビーム」と称する。
【0003】
特許文献1は、走査用電磁石の磁場強度を従来の強度のまま、大きな照射野を得ることを目的とする。
そのため、この発明では、図6Aに示すように、回転ガントリの第2偏向電磁石54の上流側に照射野移動用電磁石55を配置する。照射野移動用電磁石55の励磁量を変化させ、ビーム軌道を偏向面内で変化させる。走査電磁石56,57の中心位置をビーム位置の変化に合わせて移動し、走査用電磁石56,57でビーム1を走査する。固定したビーム位置で走査可能な範囲を照射し終えたら、照射野移動用電磁石55の励磁量を変化させてビーム位置をずらす。この操作を患部全体の照射を終了するまで繰り返すものである。なおこの図で53は第1偏向電磁石である。
【0004】
特許文献2は、小型で、かつ信頼性の高い粒子線照射装置を目的とする。
そのため、この発明では、図7に示すように、発生する磁場の方向が時間変化する複数の第一のワブラー電磁石62および第二のワブラー電磁石64を有し、加速器で加速された粒子線を第一のワブラー電磁石62および第二のワブラー電磁石64で偏向した後に出力する粒子線照射装置において、第一のワブラー電磁石62および第二のワブラー電磁石64の有効磁場範囲内に存在する機器または機器の支持構造物を、絶縁物質または金属よりも電気抵抗の大きな材料により構成するものである。
【0005】
特許文献3は、照射ポート長を短縮した場合でも、荷電粒子ビームの残飛程が短くなること及び、線量管理を複雑にすることなく、大きな一様照射野を容易に形成できることを目的とする。
そのため、この発明では、図8Aに示すように、第1のビーム通路からのビーム1を散乱体74を通過させた後、Y方向のワブラー電磁石75、X方向のワブラー電磁石76を順次通過させる。そして、これら各ワブラー電磁石75,76によってビーム1のワブラー半径を、所定の周期関数に基いて変化させることにより、ビーム1を被照射体となる患者78の患部に対して、図8Bに示すように、螺旋を描くように照射するものである。
【0006】
特許文献4は、X方向のワブラー電磁石とY方向のワブラー電磁石のうちいずれか一方の電磁石を省略して、装置全体の小型化を図ることを目的とする。
そのため、この発明では、図9に示すように、四極電磁石84,85,86を経由して最終偏向電磁石87内に入射してきた荷電粒子ビーム1は、最終偏向電磁石87内で生じる偏向電磁場を例えば一定の周期をもって増減させることにより、最終偏向電磁石87内を円弧状に進行しつつ、X方向の成分を含んでスキャンされる。そして、X方向の成分を含んでスキャンされたビーム1はY方向のワブラー電磁石88を通過する間にY方向の成分を含んでスキャンされる。これによりビーム1は、X方向の成分とY方向の成分を含んでスキャンされ、被照射体89に対して例えば円を描くように照射されるものである。
【0007】
【特許文献1】特開平8−257148号公報、「回転ガントリ」
【特許文献2】特開2000−131499号公報、「粒子線照射装置」
【特許文献3】特開2005−103255号公報、「荷電粒子線照射装置および治療装置」
【特許文献4】特開2006−166947号公報、「荷電粒子線照射装置および回転ガントリ」
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述した荷電粒子照射装置において、加速器で加速した荷電粒子ビームの直径は数10mm程度であるのに対し、癌等の治療には直径10数cmの照射野が必要である。そこで、必要な大きさの照射野にビームを照射する手段として、ブロードビーム法、ワブラー法、ラスター・スキャン法、等が従来から知られている。
【0009】
ブロードビーム法は、散乱体(タンタル、鉛等)で荷電粒子ビームを散乱させてビーム径を拡大するものである。この手段では、照射野を大きくするためには散乱体を厚くする必要があり、ビームの損失が大きく利用効率が低い問題点がある。また散乱体を通過したビームの強度分布はほぼガウス分布となるため、照射野全体に一様に照射できない問題点もある。
【0010】
ワブラー法は、散乱体で荷電粒子ビームを散乱させてビーム径を拡大すると共に、互いに直交する2台の偏向電磁石(ワブラー電磁石と呼ぶ)で円を描くように照射するものである。
ワブラー法には、単円ワブラーと二円ワブラーが知られている。
単円ワブラーでは、図5Aに示すように、照射野(この例では直径20cm)に相当する散乱半径に散乱体でビーム径を拡大し、これを照射野の直径として1つの円を描くように照射する。この結果、照射野全体の照射分布をほぼ一様にする。
二円ワブラーでは、図5Bに示すように、照射野の直径の円とこれより小さい直径の円との2つの円を描くように照射し、散乱体で拡大するビーム径を小さくし、或いは同じビーム径で一様な照射野を大きくするものである。
また、3以上の円を描いて照射する多円ワブラーも原理的に可能である。
さらに、ワブラー法の一種又は変形として、図8Bのように螺旋状に照射する手段(以下、螺旋ワブラーと呼ぶ)も知られている。
【0011】
これらのワブラー法は、ビームの連続照射時間が短い(例えば2〜3秒間)ため、照射野全体を1回で照射するには、2台の偏向電磁石の磁場強度を急速に変化させる必要があり、その電源負荷が過大となる問題点があった。
そのため、高速スイッチングで大電流化が可能なスイッチング素子(例えばIGBT)を用いた場合でも限界に近く、トリップするおそれがあった。
【0012】
また、電源のトリップを回避するため、照射野全体を2回以上で照射する場合には、照射の開始点と終了点の近傍において、ビームの強度分布を一様にするのが困難である問題点があった。
さらに、癌等の治療に必要な照射野が円形でなく、長円形や異形の場合でも、ワブラー法により一様な照射をするには円形に限られるため、照射野全体を大きくしてコリメータ等で照射範囲を長円形や異形に制限する必要が生じ、ビームの損失が大きく利用効率が大きく低下する問題点がある。
【0013】
ラスター・スキャン法は、図6Bに示すように、荷電粒子ビームの直径は数mmのままで、2組の2極電磁石を用いて互いに直交する一方向(例えばx方向)に早く、他方向(例えばy方向)に遅くビームを走査するものである。ラスター・スキャン法は、ジグザグ・スキャニング法とも呼ばれる。
ラスター・スキャン法は、被照射体が呼吸や鼓動によって動いている場合に、ビームが照射されない部分や、二重に照射される部分ができる可能性が高く、照射野の一様性が顕著に悪化しやすい問題点があった。
【0014】
本発明は、上述した問題点を解決するために創案されたものである。すなわち、本発明の目的は、偏向電磁石の磁場強度を急速に変化させる必要がなく、その電源負荷を低減し電源のトリップの可能性を低減することができ、照射野が大きくかつ長円形や異形の場合でも一様な照射をすることができ、ビームの損失が少なく利用効率を高めることができ、被照射体が呼吸や鼓動によって動いている場合でも照射野の一様性を維持することができる荷電粒子照射装置とその制御方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明によれば、加速器で加速した高エネルギーの荷電粒子ビームを被照射体に向けて偏向させて照射する荷電粒子照射装置であって、
前記ビームの経路上の被照射体から所定の距離を隔てて位置し、前記ビームを散乱させてビーム径を所望の直径に拡大する散乱体と、
該散乱体より上流側に位置し前記ビームを被照射体に向けて偏向させる偏向電磁石と、
該偏向電磁石より上流側に位置し、ビーム方向をビームに直交する平面内かつ前記偏向電磁石により偏向するビームを含む平面内の一方向に偏向させる上流側偏向電磁石と、
前記散乱体より上流側かつ前記偏向電磁石より下流側に位置し、ビーム方向をビームに直交する平面内で、上流側偏向電磁石による偏向方向に直交する方向に偏向させる下流側偏向電磁石とを備える、ことを特徴とする荷電粒子照射装置が提供される。
【0016】
本発明の好ましい実施形態によれば、前記上流側偏向電磁石と下流側偏向電磁石を制御する照射制御装置を備え、
被照射体の照射野において、前記散乱体により直径が拡大したビームを、互いに平行な複数の軌跡ラインに沿って所定のピッチで照射する。
【0017】
また、前記加速器から荷電粒子ビームを所定時間、連続的に取出すビーム取出装置を備え、
被照射体の照射野の外側においてビームの照射を開始し、照射野内においてビーム強度を一定に保持し、照射野の外側においてビームの照射を終了する、ことが好ましい。
【0018】
また本発明によれば、加速器で加速した高エネルギーの荷電粒子ビームを被照射体に向けて偏向させて照射する荷電粒子照射装置の制御方法であって、
前記ビームの経路上の被照射体から所定の距離を隔てた位置に散乱体を設置して、前記ビームを散乱させビーム径を所望の直径に拡大し、
該散乱体より上流側に偏向電磁石を設置して前記ビームを被照射体に向けて偏向させ、
該偏向電磁石より上流側に上流側偏向電磁石を設置して、ビーム方向をビームに直交する平面内かつ前記偏向電磁石により偏向するビームを含む平面内の一方向に偏向させ、
前記散乱体より上流側かつ前記偏向電磁石より下流側に下流側偏向電磁石を設置して、ビーム方向をビームに直交する平面内で、上流側偏向電磁石による偏向方向に直交する方向に偏向させる、ことを特徴とする荷電粒子照射装置の制御方法が提供される。
【0019】
本発明の好ましい実施形態によれば、前記上流側偏向電磁石と下流側偏向電磁石を制御し、
被照射体の照射野において、前記散乱体により直径が拡大したビームを、互いに平行な複数の軌跡ラインに沿って所定のピッチで照射する。
【0020】
また、前記加速器から荷電粒子ビームを所定時間、連続的に取出し、
被照射体の照射野の外側においてビームの照射を開始し、照射野内においてビーム強度を一定に保持し、照射野の外側においてビームの照射を終了する、ことが好ましい。
【発明の効果】
【0021】
上記本発明の装置及び方法によれば、散乱体により荷電粒子ビームを散乱させてビーム径を所望の直径に拡大し、拡大したビームを被照射体に向けて照射するので、被照射体が呼吸や鼓動によって動いている場合でも、1回で照射する範囲が広く、照射野の一様性を高めることができる。
【0022】
また、被照射体の照射野において、直径が拡大したビームを、互いに平行な複数の軌跡ラインに沿って所定のピッチで照射することにより、ビームを所定のピッチで移動するための下流側偏向電磁石の磁場強度は変化が緩やかであり、その電源負荷を低減することができる。
また、上流側偏向電磁石は偏向電磁石より上流側に位置するので、被照射体からの距離は下流側偏向電磁石よりも大きく、その分、小さい偏向角で大きな照射野における変位を得ることができ、その電源負荷を低減することができる。
従って、上流側偏向電磁石および下流側偏向電磁石の電源負荷を低減し電源のトリップの可能性を低減することができる。
【0023】
また、被照射体の照射野において、直径が拡大したビームを、互いに平行な複数の軌跡ラインに沿って所定のピッチで照射することにより、照射野が大きくかつ長円形や異形の場合でも一様な照射をすることができる。
【0024】
さらに、ビーム取出装置により加速器から荷電粒子ビームを所定時間、連続的に取出し、被照射体の照射野の外側においてビームの照射を開始し、照射野内においてビーム強度を一定に保持し、照射野の外側においてビームの照射を終了することにより、ビームの強度分布を一様に保持したまま、ビームの損失を低減しその利用効率を高めることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
以下、本発明の好ましい実施形態を図面を参照して説明する。なお各図において、共通する部分には同一の符号を付し、重複した説明は省略する。
【0026】
図1は本発明による荷電粒子照射装置を備えた粒子線治療装置の全体構成図である。この図において(A)は平面図、(B)は荷電粒子照射装置の側面図である。
図1Aにおいて、10は荷電粒子照射装置、30は加速器である。加速器30は、イオン源32、線型加速器34、およびシンクロトロン36からなり、イオン源32で炭素等の荷電粒子を発生させ、線型加速器34でこれを直線上で加速し、さらにシンクロトロン36で円形運動をさせながら光速に近い(例えば7割前後)高エネルギーの荷電粒子ビーム1に加速する。
以下、荷電粒子ビーム1を単に「ビーム」と呼ぶ。
【0027】
図1A及び図1Bにおいて、本発明の荷電粒子照射装置10は、加速器30で加速した高エネルギーのビーム1を被照射体2に向けて偏向させて照射する装置であり、散乱体12、偏向電磁石14、上流側偏向電磁石16、下流側偏向電磁石18、照射制御装置20およびビーム取出装置22を備える。
【0028】
図1Aにおいて、ビーム取出装置22は、照射制御装置20で制御され、加速器30からビーム1を所定時間、連続的に取出す機能を有する。このビーム取出装置22は、例えば偏向電磁石であり、シンクロトロン36の円軌道と荷電粒子照射装置10の直線軌道(分岐軌道)とにビーム1を切換えるようになっている。
【0029】
図1Bにおいて、24、25はそれぞれ偏向磁石であり、加速器30から取出したビーム1を偏向磁石24で上向きに偏向し、さらに偏向磁石25で水平に上流側偏向電磁石16に向けて偏向するようになっている。
なお、本発明はこの構成に限定されず、ビーム1を被照射体2に向けて偏向させて照射する限りで、偏向角度、偏向回数、ビームの経路を自由に設定することができる。
【0030】
図1A及び図1Bにおいて、被照射体2(例えば、患者の患部)を照射中心(IC:isometric center)とし、3次元座標軸x、y、zを図に示すように定義する。
ここでx軸は、被照射体2の照射野において図に示すように、ビーム1に直交する平面内でありかつ偏向電磁石14により偏向するビームを含む平面内の一方向であり、y軸はビーム1に直交する平面内でx軸に直交する方向であり、z軸はx軸とy軸に直交する方向(図で上下方向)である。
【0031】
図2は、図1Bの部分詳細図である。この図において、3は患者コリメータであり、被照射体2の照射野に相当する開口を有する遮蔽体であり、照射野の外側に照射されるビーム1を遮蔽する。また、4はボーラス(bolus)であり、人体組織と同様の特性を有する物質からなり、照射野の表面に置かれ、高エネルギー放射線療法において表面組織の吸収線量を増加させて、患部での吸収を高めるようになっている。
【0032】
散乱体12は、ビーム1の経路上であって、被照射体2から所定の距離hを隔てて位置し、ビーム1を散乱させてビーム径を所望の直径に拡大する。散乱体12に入射するビーム1の直径は数10mm程度であり、照射野における所望の直径は例えば40mmである。そのため、散乱体12は、タンタル又は鉛からなり、被照射体2から所定の距離hは、例えば6〜7mに設定する。
【0033】
偏向電磁石14は、散乱体12より上流側(この図で上側)に位置し、加速器30から導入されたビーム1を被照射体2に向けて偏向させる。偏向電磁石14はこの例では、ビーム1を水平から垂直に90度偏向させているが、本発明はこれに限定されず、偏向角度は、90度未満でも、90度を超えてもよい。また、偏向電磁石14は、電磁石でありその磁束密度Bを任意に調整できることが望ましいが、磁束密度Bが一定の永久磁石であってもよい。
【0034】
上流側偏向電磁石16は、偏向電磁石14より上流側(図で右側)に位置し、ビーム方向をビーム1に直交する平面内でありかつ偏向電磁石14により偏向するビーム1を含む平面内である一方向に偏向させる。この上流側偏向電磁石16による偏向方向は上述したx軸方向に相当する。
上述した構成により、上流側偏向電磁石16は偏向電磁石14より上流側に位置するので、被照射体2からの距離は下流側偏向電磁石18よりも大きく、例えば、散乱体12の所定の距離hが7mの場合、下流側偏向電磁石18の被照射体2からの距離はそれ以上で、上流側偏向電磁石16の被照射体2からの距離は約10mとなり、小さい偏向角で大きな照射野における変位を得ることができ、その電源負荷を低減することができる。
【0035】
図2において、上流側偏向電磁石16によりビーム1をx軸方向に偏向させた場合のビーム1の経路1aは、上流側偏向電磁石16で偏向させない場合の偏向電磁石14内のビーム1の経路1bと同一の平面上にある。従って、上流側偏向電磁石16を設置した場合でも、偏向電磁石14におけるビーム1の経路はy方向に拡大する必要がなく、偏向電磁石14に必要な電源負荷は、従来と同一のものを用いることができる。
【0036】
下流側偏向電磁石18は、散乱体12より上流側(図で上側)かつ偏向電磁石14より下流側(図で下側)に位置し、ビーム方向をビーム1に直交する面内で、上流側偏向電磁石16による偏向方向(x方向)に直交する方向に偏向させる。この下流側偏向電磁石18による偏向方向は上述したy軸方向に相当する。
【0037】
図3は、照射制御装置20による照射野におけるビームの軌跡を示す図である。この図において、(A)は第1実施形態、(B)は第2実施形態である。
照射制御装置20は、例えば、PC(コンピュータ)であり、上流側偏向電磁石16と下流側偏向電磁石18を制御する。
図3Aに示すように、照射制御装置20は、被照射体2の照射野において、散乱体12により直径が拡大したビーム1を、互いに平行な複数の軌跡ライン5に沿って所定のピッチPずらして照射する。以下、この照射を「パラレル照射」と呼ぶ。
パラレル照射において、複数の軌跡ライン5は上述したx方向であり、ピッチPの方向は上述したy方向であるのがよい。この構成により、所定のピッチをずらすための下流側偏向電磁石18の磁場強度は変化が緩やかであり、その電源負荷を低減することができる。
【0038】
図3Aにおいて、3aは患者コリメータ3の開口形状であり、実線で示す軌跡ライン5は、照射野内における軌跡、破線で示す軌跡ライン5aは照射野の外側での軌跡を示す。
照射野内の軌跡5は、すべて同一方向でも、図3Bのように右方向と左方向を交互に繰り返すジグザグ軌跡でもよい。
照射野の外側での軌跡5aは、上流側偏向電磁石16および下流側偏向電磁石18の電源負荷を低減するように、電流変化の少ない軌跡を設定するのがよい。また、図3Bのように右方向と左方向を交互に繰り返す場合に、照射野の外側で所定のピッチをずらすのがよい。
【0039】
また、上述したビーム取出部22により、加速器30からビーム1を所定時間、連続的に取出し、被照射体2の照射野の外側においてビーム1の照射を開始し、照射野内においてビーム強度を一定に保持し、照射野の外側においてビーム1の照射を終了する。
この構成により、ビーム1の連続時間が短い場合でも、照射野の外側においてビーム1の照射を開始及び終了するので、照射野全体を2回以上で照射する場合でも、照射野内の軌跡5におけるビーム強度を常に一定に保持することができる。
【0040】
図4は、本発明のパラレル照射によるビーム強度の分布図である。この図において、(A)はビーム1の強度分布を同一のガウス分布と仮定し、ピッチPをビーム1の実効幅とした例である。また(B)は右端のビーム1の強度分布を他の部分よりも強く設定した例である。
図4Aのように、ビーム1の強度分布をすべて同一にした場合、一定ピッチPで照射される照射野内の強度分布は、照射野が大きい場合でも図5Aに示した二円ワブラーと同等以上の一様性(例えば±2.5%以下)にできる。この場合、照射野内の最初と最後の軌跡5におけるビーム強度は、中間部分に比較して不足するので、1ピッチ分、照射野の外側で余分に照射をし、患者コリメータ3で余分な照射を遮蔽するのがよい。
また、図4Bのように、右端(及び左端)のビーム1の強度分布を他の部分よりも強く設定することにより、照射野が大きい場合でも図5Bに示した二円ワブラーと同等以上の一様性(例えば±2.5%以下)にできる。この場合には、照射野の外側での照射は不要であり、かつ患者コリメータ3による遮蔽も省略することができる。
【0041】
上述した本発明の荷電粒子照射装置10を用い、本発明の制御方法では、以下の方法で加速器30で加速した高エネルギーのビーム1を被照射体2に向けて偏向させて照射する。
(1) ビーム1の経路上の被照射体2から所定の距離hを隔てた位置に散乱体12を設置して、ビーム1を散乱させてビーム径を所望の直径に拡大する。
(2) 散乱体12より上流側に偏向電磁石14を設置してビーム1を被照射体2に向けて偏向させる。
(3) 偏向電磁石14より上流側に上流側偏向電磁石16を設置して、ビーム方向をビーム1に直交する平面内でありかつ偏向電磁石14により偏向するビームを含む平面内である一方向に偏向させる。この上流側偏向電磁石16による偏向方向は上述したx軸方向に相当する。
(4) 散乱体12より上流側かつ偏向電磁石14より下流側に下流側偏向電磁石18を設置して、ビーム方向をビーム1に直交する平面内で、上流側偏向電磁石16による偏向方向に直交する方向に偏向させる。この下流側偏向電磁石18による偏向方向は上述したy軸方向に相当する。
(5) 照射制御装置20により、上流側偏向電磁石16と下流側偏向電磁石18を制御し、被照射体2の照射野において、散乱体12により直径が拡大したビーム1を、互いに平行な複数の軌跡ライン5に沿って所定のピッチPずらして照射する。
(6) ビーム取出装置22により、加速器30からビーム1を所定時間、連続的に取出し、被照射体2の照射野の外側においてビーム1の照射を開始し、照射野内においてビーム強度を一定に保持し、照射野の外側においてビーム1の照射を終了する。
【0042】
上述した本発明の装置及び方法によれば、散乱体12によりビーム1を散乱させてビーム径を所望の直径に拡大し、拡大したビーム1を被照射体2に向けて照射するので、被照射体2が呼吸や鼓動によって動いている場合でも、1回で照射する範囲が広く、照射野の一様性を高めることができる。
【0043】
また、被照射体2の照射野において、直径が拡大したビーム1を、互いに平行な複数の軌跡ライン5に沿って所定のピッチPずらして照射することにより、ビーム1を所定のピッチPで移動するための下流側偏向電磁石18の磁場強度は変化が緩やかであり、その電源負荷を低減することができる。
また、上流側偏向電磁石16は偏向電磁石14より上流側に位置するので、被照射体2からの距離は下流側偏向電磁石18よりも大きく、その分、小さい偏向角で大きな照射野における変位を得ることができ、その電源負荷を低減することができる。
従って、上流側偏向電磁石16および下流側偏向電磁石18の電源負荷を低減し電源のトリップの可能性を低減することができる。
【0044】
また、被照射体2の照射野において、直径が拡大したビーム1を、互いに平行な複数の軌跡ライン5に沿って所定のピッチPずらして照射することにより、照射野が大きくかつ長円形や異形の場合でも一様な照射をすることができる。
【0045】
さらに、ビーム取出装置22により加速器30からビーム1を所定時間、連続的に取出し、被照射体2の照射野の外側においてビーム1の照射を開始し、照射野内においてビーム強度を一定に保持し、照射野の外側においてビーム1の照射を終了することにより、ビーム1の強度分布を一様に保持したまま、ビームの損失を低減しその利用効率を高めることができる。
【0046】
なお、本発明は、上述した実施形態に限定されず、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々に変更することができることは勿論である。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】本発明による荷電粒子照射装置を備えた粒子線治療装置の全体構成図である。
【図2】図1Bの部分詳細図である。
【図3】照射制御装置による照射野におけるビームの軌跡を示す図である。
【図4】本発明のパラレル照射によるビーム強度の分布図である。
【図5】従来のワブラー法によるビーム強度の分布図である。
【図6】特許文献1の装置の模式図である。
【図7】特許文献2の装置の模式図である。
【図8】特許文献3の装置の模式図である。
【図9】特許文献4の装置の模式図である。
【符号の説明】
【0048】
1 荷電粒子ビーム(ビーム)、1a,1b ビーム経路、2 被照射体、
3 患者コリメータ、3a 患者コリメータの開口形状、
4 ボーラス、5 軌跡ライン、5a 照射野の外側での軌跡、
10 荷電粒子照射装置、12 散乱体、14 偏向電磁石、
16 上流側偏向電磁石、18 下流側偏向電磁石、
20 照射制御装置、22 ビーム取出部、24,25 偏向磁石、
30 加速器、32 イオン源、34 線型加速器、36 シンクロトロン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
加速器で加速した高エネルギーの荷電粒子ビームを被照射体に向けて偏向させて照射する荷電粒子照射装置であって、
前記ビームの経路上の被照射体から所定の距離を隔てて位置し、前記ビームを散乱させてビーム径を所望の直径に拡大する散乱体と、
該散乱体より上流側に位置し前記ビームを被照射体に向けて偏向させる偏向電磁石と、
該偏向電磁石より上流側に位置し、ビーム方向をビームに直交する平面内かつ前記偏向電磁石により偏向するビームを含む平面内の一方向に偏向させる上流側偏向電磁石と、
前記散乱体より上流側かつ前記偏向電磁石より下流側に位置し、ビーム方向をビームに直交する平面内で、上流側偏向電磁石による偏向方向に直交する方向に偏向させる下流側偏向電磁石とを備える、ことを特徴とする荷電粒子照射装置。
【請求項2】
前記上流側偏向電磁石と下流側偏向電磁石を制御する照射制御装置を備え、
被照射体の照射野において、前記散乱体により直径が拡大したビームを、互いに平行な複数の軌跡ラインに沿って所定のピッチで照射する、ことを特徴とする請求項1に記載の荷電粒子照射装置。
【請求項3】
前記加速器から荷電粒子ビームを所定時間、連続的に取出すビーム取出装置を備え、
被照射体の照射野の外側においてビームの照射を開始し、照射野内においてビーム強度を一定に保持し、照射野の外側においてビームの照射を終了する、ことを特徴とする請求項1に記載の荷電粒子照射装置。
【請求項4】
加速器で加速した高エネルギーの荷電粒子ビームを被照射体に向けて偏向させて照射する荷電粒子照射装置の制御方法であって、
前記ビームの経路上の被照射体から所定の距離を隔てた位置に散乱体を設置して、前記ビームを散乱させビーム径を所望の直径に拡大し、
該散乱体より上流側に偏向電磁石を設置して前記ビームを被照射体に向けて偏向させ、
該偏向電磁石より上流側に上流側偏向電磁石を設置して、ビーム方向をビームに直交する平面内かつ前記偏向電磁石により偏向するビームを含む平面内の一方向に偏向させ、
前記散乱体より上流側かつ前記偏向電磁石より下流側に下流側偏向電磁石を設置して、ビーム方向をビームに直交する平面内で、上流側偏向電磁石による偏向方向に直交する方向に偏向させる、ことを特徴とする荷電粒子照射装置の制御方法。
【請求項5】
前記上流側偏向電磁石と下流側偏向電磁石を制御し、
被照射体の照射野において、前記散乱体により直径が拡大したビームを、互いに平行な複数の軌跡ラインに沿って所定のピッチで照射する、ことを特徴とする請求項4に記載の荷電粒子照射装置の制御方法。
【請求項6】
前記加速器から荷電粒子ビームを所定時間、連続的に取出し、
被照射体の照射野の外側においてビームの照射を開始し、照射野内においてビーム強度を一定に保持し、照射野の外側においてビームの照射を終了する、ことを特徴とする請求項4に記載の荷電粒子照射装置の制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2009−39353(P2009−39353A)
【公開日】平成21年2月26日(2009.2.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−208350(P2007−208350)
【出願日】平成19年8月9日(2007.8.9)
【出願人】(000000099)株式会社IHI (5,014)
【Fターム(参考)】