説明

菌の生存を検定する方法

【課題】被験試料中における目的とする菌の生存を検定する方法の提供。
【解決手段】該菌の染色体上に存在する遺伝子配列から、該菌の特異的配列を基にしてプライマーを複数作製、該菌の生育上限濃度を測定し、プライマーを用いて特異的配列を複製・増幅する際の上記菌の検出下限濃度を測定し、プライマーの中から検出下限濃度が生育上限濃度未満となるプライマーの組み合わせを選択し、被験試料中に存在する該菌の生菌濃度と死菌濃度の合計(全菌濃度)を測定し、全菌濃度を基にして、全菌濃度が検出下限濃度未満となるように被験試料を希釈し、希釈被験試料を培地に添加して培養し、培養液に含まれる菌から採取したDNA混合物と、選択した濃度依存型プライマー対とを用い、上記特異的配列が複製・増幅されるか否かを判定する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被験試料中における目的とする菌の生存を検定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
環境分野や食品、医療などの分野では、特定の微生物による汚染の程度を把握する上で、被験試料中での特定の微生物(特に生きた微生物)の有無や濃度を正確に把握する方法の開発が求められている。
【0003】
環境分野では、従来、汚染土壌や汚染水での汚染度を低減させる方法として、吸引吸着法など様々な処理方法が用いられてきたが、これらの方法では処理に要する費用が高いなどの欠点があった。そこで近年、より穏和な条件で安価に実施でき、さらに省エネルギーの観点から優れていることから、微生物を用いて汚染度を低減させる方法(バイオレメディエーション)が注目されている。その際、バイオレメディエーションをより効率よく行うには、環境試料中に存在する特定の微生物の有無や濃度を正確に把握する必要があった。
【0004】
しかし環境試料中に存在する特定の微生物の有無や濃度を測定するための従来の方法では、目的とする微生物が特異的に分解しうる基質や目的とする微生物が耐性を示す物質を添加した選択培地に被験試料の一部を添加して培養し、基質濃度の変化や微生物の生育の度合いから環境試料中での目的とする微生物の有無や濃度を測定していた。
【0005】
上記方法では、属や種ごとでの存在や濃度は特定できるものの、種以下(菌株レベル)での特定は困難であった。そこで特許文献1では、特定の菌株に特異的な遺伝子配列を基にしてプライマーを構築し、該プライマーと被験試料から抽出したDNAとを使ってPCRを行い、上記遺伝子が複製・増幅されるか否かを基にして、目的とする菌株が被験試料中に存在するか否かを判定している。
【特許文献1】特開平8−256799号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記特許文献1に記載の方法で得られた結果からでは、生きている菌と死んでいる菌とを区別することはできなかった。そのため特許文献1に記載の方法で被験試料中に目的とする菌株が存在すると検定できたとしても、被験試料中に存在している菌の多くが死んでいる菌であると、被験試料をバイオレメディエーションに供したとしても、十分な効果が得られなかった。
【0007】
そこで本発明は被験試料中における目的とする菌の生存を検定する方法を提供することを課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を行なった結果、被験試料をプライマーの検出下限濃度未満まで一旦希釈した上で培養したものから得たDNA混合物と、感度の低いプライマーとを用いて目的とする菌に特異的な遺伝子の複製・増幅を試みることで、死菌濃度に左右されることなく、目的とする菌の生存を検定できることを見出し、本発明に至った。
【0009】
本発明の被験試料中における目的とする菌の生存を検定する方法では、予め、
(1)目的とする菌の染色体上に存在する遺伝子配列から、該菌に特異的な配列(以下、「特異的配列」という)を基にしてプライマーを複数作製しておくと共に、
(2)上記菌の生育濃度の上限(以下、「生育上限濃度」という)を測定し、
(3)上記(1)で作製したプライマーを用いて上記特異的配列を複製・増幅する際の上記菌の濃度の検出下限(以下、「検出下限濃度」という)を測定し、該プライマーの中から検出下限濃度が上記生育上限濃度未満となるプライマーの組み合わせ(以下、「濃度依存型プライマー対」という)を選択しておき、
(4)被験試料中に存在する上記目的とする菌の生菌濃度と死菌濃度の合計(以下、「全菌濃度」という)を測定する工程、
(5)上記全菌濃度を基にして、上記被験試料中に存在する上記菌の生菌濃度と死菌濃度の合計が上記(3)で測定した検出下限濃度未満となるように該被験試料を希釈する工程、
(6)工程(5)で得た希釈被験試料を培地に添加して培養する工程、
(7)上記工程(6)で得られた培養液に含まれる菌から採取したDNA混合物と上記工程(3)で選択した濃度依存型プライマー対とを用い、上記特異的配列が複製・増幅されるか否かを判定する工程を含むことを特徴としている。
【0010】
上記工程(6)で、上記希釈被験試料を段階的に希釈したものを夫々複数調製し、培地に添加して培養し、
夫々の培養液に含まれる菌から採取したDNA混合物と上記(3)で選択した濃度依存型プライマー対を用い、上記特異的配列が複製・増幅されるか否かを指標とするMPN法により行なうことで、上記被験試料中での上記菌の生菌濃度を測定できる。
【0011】
上記工程(4)を、
(4−1)上記菌の濃度に関係なく上記特異的配列を複製・増幅しうるプライマーの組み合わせ(以下、「非濃度依存型プライマー対」という)を上記(1)で作製したプライマーの中から選択し、
(4−2)上記被験試料を段階的に希釈したものを夫々複数調製し、培地に添加して培養し、
上記培養液に含まれる菌から採取したDNA混合物と上記工程(4−1)で選択した非濃度依存型プライマー対とを用い、上記特異的配列が複製・増幅されるか否かを指標とするMPN法により行なうことで、上記被験試料中での上記菌の生菌濃度を測定することもできる。
【0012】
上記(1)の特異的配列は、分解酵素(特にデハロゲナーゼ遺伝子)をコードする遺伝子配列の中から選択することが好ましい。また上記(3)の濃度依存型プライマー対として、ORF0208−534F:5’AAGGAGGAGAAGCGAAGCG 3’と、ORF0208−832R:5’TCTGCCTCAATATGCGAAGG 3’とを用いることが好ましい。
【0013】
上記検定方法では、目的とする菌をDesulfitobacterium属KBC−1株(FERM BP−08573)とすることが好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明の検定方法では、被験試料をプライマーの検出下限濃度未満まで一旦希釈した上で、培養したものから得たDNA混合物と、感度の低いプライマーとを用いて目的とする菌に特異的な遺伝子の複製・増幅を試みているため、死菌濃度に左右されることなく、被験試料中における目的とする菌の生存を検定することができる。
【0015】
従って本発明の検定方法を用いて目的とする菌の生存を検定した被験試料を用いることで、効率よくバイオレメディエーションを行なうことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明の検定方法では、被験試料中に存在する目的とする菌の濃度がある特定濃度以上であれば、目的とする菌の存在を検定できるプライマー対を予め作製する。そして上記被験試料中に存在する目的とする菌の濃度を上記特定の濃度未満となるように一旦希釈して培養し、培養液から抽出したDNA混合物と、上記プライマー対とを用いて上記特異的配列の複製・増幅を試みることで、被験試料中での目的とする菌の生存を検定することができる。
【0017】
本発明の検定方法で対象とする菌とは、特定の養分を含んだ液体培地で増殖しうるものであり、具体的には細菌やスピロヘータ、マイコプラズマなどの原核菌類の中から選択することができる。中でも細菌が好ましく、さらにはDesulfitobacterium属やDehalococoides属などの脱塩素化菌(特にDesulfitobacterium属KBC−1株)が好ましい。
【0018】
上記プライマーは、より具体的には目的とする菌に特異的な遺伝子配列を基にして構築したものであり、被験試料中に目的とする菌がある特定の濃度以上存在すれば該特異的配列を複製・増幅でき、特定濃度未満であれば該特異的配列を複製・増幅できないプライマー(濃度依存型プライマー対)である。上記特定の濃度とは、0よりも高く、かつ目的とする菌を特定の培地で培養した際に、該菌が増殖して増える濃度の上限(生育上限濃度)未満の範囲の中から選択された濃度である。
【0019】
上記濃度依存型プライマー対は下記のようにして製造することができる。
(1)目的とする菌の染色体上に存在する遺伝子配列から、該菌に特異的な配列(以下、「特異的配列」という)を基にしてプライマーを複数作製する。具体的には、目的とする菌から公知の方法(アルカリプレップ法など)にてDNAを抽出し、公知の方法(サンガー法など)で目的とする菌での遺伝子配列を決定する。得られた遺伝子配列を遺伝子バンクなどに登録されている他の菌での遺伝子配列と比較し、特に相同性が異なる配列(特異的配列)を特定する。そして特定した配列を基にして公知の遺伝子合成装置にてプライマーを作製する。プライマーの長さは、特に制限されないが20〜30塩基対程度で十分である。
【0020】
上記特異的配列は、検定誤差を少なくする観点から、個体内でのコピー数が少ないことや個体間でのコピー数の差異が少ない、染色体上に存在する遺伝子配列(構造遺伝子や調節遺伝子)の中から選択することが好ましい。特に、多くの属や種で配列が調査されている構造遺伝子(特に分解酵素などのアミノ酸配列をコードする遺伝子)の中から選択することが好ましい。中でも目的とする菌の特性に関与する遺伝子の中から選択することで、検索対象を減らすことができる。脱塩素化菌(特にPCE脱塩素化菌)では、該菌で特異的に存在するデハロゲナーゼ遺伝子の中から選択することが好ましい。
【0021】
次に(2)上記菌の生育濃度の上限(生育上限濃度)を測定する。生育上限濃度とは、目的とする菌を特定の培地で培養した際に、該菌が増殖して増える濃度の上限を意味し、特定の培地(以下、「生育検定培地」ともいう)に目的とする菌のみを植菌し、目的とする菌の増殖を経時的に測定することで決定できる。
【0022】
上記測定方法は、例えば形態などに特徴があるものでは、顕微鏡観察法(セルカウント法やFISH法、DAPI法)やPCR(MPN/PCRやnestedPCR、定量PCRなど)で測定してもよいし、代謝に特徴があるものでは被験試料に基質を添加して生成される生成物の濃度から測定することができる。
【0023】
上記生育検定培地は、目的とする菌の特性に応じて選択すればよく、LB培地などが挙げられる。その他の培養条件は、目的とする菌の特性や採用した培地の種類に応じて適宜選択すればよい。
【0024】
そして(3)上記(1)で作製したプライマーを用いて上記特異的配列を複製・増幅する際の上記菌の濃度の検出下限(検出下限濃度)を測定し、該プライマーの中から検出下限濃度が上記生育上限濃度未満となるプライマーの組み合わせを選択する。
【0025】
上記検出下限濃度とは、上記(1)で作製したプライマーと目的とする菌を含む溶液から抽出したDNAとを用いて上記特異的配列の複製・増幅を試みた際に、該特異的配列を複製・増幅させるために、最小限必要な溶液中での菌濃度を意味し、下記する方法で測定することができる。初めに上記(1)で作製したプライマーの中から、任意にプライマーの組み合わせ(以下、「プライマー対」ともいう)を選択する。次に上記プライマー対と、目的とする菌の含有濃度を希釈させて調製した溶液から抽出したDNA混合物とを用いて上記特異的配列の複製・増幅を試みる。そして特異的配列を複製・増幅しうる限界での、目的とする菌の含有濃度をもって検出下限濃度とすることができる。
【0026】
上記特定の培地は、目的とする菌の特性に応じて選択すればよいが、上記生育上限濃度の測定で採用した培養条件をそのまま適用できることから、上記生育検定培地と組成が類似または同一のものを用いることが好ましい。その他の培養条件は、目的とする菌の特性や採用した培地の種類に応じて適宜選択すればよい。
【0027】
DNA混合物の抽出は、上記(1)で述べたのと同様な方法(アルカリプレップ法など)で行なうことができる。上記特異的配列の複製・増殖させる方法としては、PCR法が挙げられる。PCR法で行なう場合、温度条件などは設計したプライマーのTm値などを参考にして適宜決定すればよい。
【0028】
上記濃度依存型プライマーの具体例としては、Desulfitobacterium属KBC−1株では、デハロゲナーゼ遺伝子を基にして構築した下記するSEQ1およびSEQ2の組み合わせからなるプライマーが挙げられる。
・ORF0208−534F(SEQ1)
5’AAGGAGGAGAAGCGAAGCG 3’
・ORF0208−832R(SEQ2)
5’TCTGCCTCAATATGCGAAGG 3’
また想定される目的とする遺伝子が複製・増幅されるか否かの判断は、該遺伝子の複製・増幅を試みたサンプルを、アガロースゲルやポリアクリルアミドゲルなどを用いた電気泳動に供することで行なうことができる。
【0029】
なお、上記濃度依存型プライマー対を選択する際に排除した培養液中での目的とする菌の濃度に関係なく上記特異的配列を複製・増幅できるプライマー対(以下、「非濃度依存型プライマー対」ともいう)は、後述する被験試料中に存在する全菌濃度を測定するプライマーとして用いることができる。
【0030】
次に被験試料をプライマーの検出下限濃度未満まで一旦希釈するために、
(4)被験試料中に存在する上記目的とする菌の生菌濃度と死菌濃度の合計(全菌濃度)を測定する工程と、
(5)上記全菌濃度を基にして、上記被験試料中に存在する上記菌の生菌濃度と死菌濃度の合計が上記(3)で測定した検出下限濃度未満となるように該被験試料を希釈する工程とを行なう。
【0031】
上記工程(4)および(5)では被験試料中での目的とする菌の生菌濃度と死菌濃度の合計を検出下限濃度未満に一旦希釈しているため、培養前の被験試料と上記濃度依存型プライマー対とを用いた場合では、特異的配列が複製・増幅されない状態となっている。
【0032】
上記全菌濃度を測定する方法は、必ずしも厳密に測定する必要はない。例えば形態などに特徴があるものでは、顕微鏡観察法(セルカウント法やFISH法、DAPI法)やPCR(MPN/PCRやnestedPCR、定量PCRなど)で測定してもよいし、代謝に特徴があるものでは被験試料に基質を添加して生成される生成物の濃度から測定することができる。また前述の非濃度依存型プライマー対を用いてPCRを行い、PCR産物を電気泳動に供し、上記特異的配列に相当するバンドをエチジウムブロマイドなどで染色した際の光度を、予め濃度が判明している公知の菌から得たDNA断片をエチジウムブロマイドなどで染色した際の光度と比較して全菌濃度を測定することもできる。また、より正確に全菌数を測定できることから、上述の非濃度依存型プライマー対を用い、特異的配列が複製・増幅されるか否かを指標とし、後述する最確数法(MPN法)にて測定することも好ましい。
【0033】
なお被験試料の希釈には、上記生育培地と組成が同一または類似したものを用いることが好ましい。
【0034】
そして、(6)工程(5)で得た希釈被験試料を培地に添加して培養する。
【0035】
上記培地は、上記生育上限濃度の測定で採用した培養条件をそのまま適用できることから、上記検定培地と類似または同一の組成からなるものを用いることが好ましい。また培養条件(特に培養日数)は、目的とする菌の生育上限濃度と濃度依存型プライマー対の検出下限濃度の差や、判定培養液や検定培養液の種類に応じて適宜調節すればよい。具体的には、上記生育上限濃度と検出下限濃度の差が大きければ、培養日数を長くするなどして調節することができる。
【0036】
そして(7)上記工程(6)で得られた培養液に含まれる菌から採取したDNA混合物と、上記工程(3)で選択した濃度依存型プライマー対とを用い、上記特異的配列が複製・増幅されるか試みる。
【0037】
本工程を行なうことで、被験試料中に存在する目的とする菌が死菌のみであれば、培養液中での目的とする菌の含有濃度は上昇せず、培養後の培養液に含まれる菌から抽出したDNA混合物と上記濃度依存型プライマー対を用いれば特異的配列は複製・増幅されず、被験試料中には目的とする菌の生存は認められないと判定することができる。一方被験試料中に目的とする菌の中に生菌が存在すれば、培養によって培養液中で生菌が増殖し、培養液中での菌の濃度が上昇して目的とする菌の濃度が上記検出下限濃度以上に達し、培養後の培養液に含まれる菌から抽出したDNA混合物と上記濃度依存型プライマー対を用いることで特異的配列が複製・増幅され、被験試料中に目的とする菌の生存が認められると判定できる。
【0038】
上記DNA混合物を抽出する方法や特異的配列を複製・増殖させる方法は、上記(3)で述べたのと同様な方法で行なうことができる。
【0039】
また上記工程(7)で、特異的配列が複製・増幅されているか否かを指標として、下記するMPN法を組み合わせることで、被験試料中での目的とする菌の定量を行なうこともできる。
【0040】
上記全菌濃度や生菌濃度の測定で用いるMPN法は、公知の方法(3本法や5本法など)を適用することができる。
【0041】
すなわち、検査試料(生菌濃度の測定では、上記工程(6)で得た希釈被験試料、全菌濃度の測定では被験試料)を段階的に希釈したものを夫々複数調製し、培地に添加して培養し、
夫々の培養液に含まれる菌から採取したDNA混合物とプライマー対(生菌濃度の測定では濃度依存型プライマー対、全菌濃度の測定では非濃度依存型プライマー対)を用い、上記特異的配列が複製・増幅されるか否かを指標とすることで行なうことで測定できる。
【0042】
詳しくは、上記検査試料を特定の希釈率(5倍や10倍)で希釈したものを複数(3本法であれば3本、5本法であれば5本)調製して第1希釈液を作製する。第1希釈液ごとに、さらに上記と同様な希釈率で希釈したものを調製して第2希釈液(3本法であれば3本、5本法であれば5本)を作製する。同様な操作を繰り返して第3希釈液を作製する。次に第1〜3希釈液を培地に添加して培養し、夫々の培養液からDNAを抽出し、得られたDNA抽出物とプライマー対(生菌濃度の測定では濃度依存型プライマー対、全菌濃度の測定では非濃度依存型プライマー対)を用い特異的配列が複製・増幅されるか否かを判定する。そして第1〜3希釈液ごとに上記特異的配列が複製・増幅された希釈液の本数を数え、最確数表に照らし合わせて最確値(MPN値)を求め全菌濃度または生菌濃度を測定することができる。上記最確数表は、Woodwardらが提唱している最確数表に限定されるものではなく、測定結果に応じてHurley & Roscoeらが提唱している最確数表やSalamaらが提唱している最確数表なども適用することができる。
【実施例】
【0043】
・目的とする菌:Desulfitobacterium属KBC−1株(FERM BP−08573)
・液体培地の組成
本実施例では、培養液として下記する液体培地を作製し、120℃、20分間、オートクレーブにて滅菌処理を施した。なお、下記Wolfes Vitamin Solutionの調製では、フィルター滅菌を施した塩酸を適宜滴下して試薬を溶解させた。
【0044】
【表1】

SL-10 Trace Elements Solution
【0045】
【表2】

Wolfes Vitamin Solution
【0046】
【表3】

【0047】
<PCR条件>
・反応液:
DNAサンプル液 1μl
534Fプライマー 0.5μl
832Rプライマー 0.5μl
EX mix 25μl
蒸留水 23μl
計 50μl
上記EX mixは、Takara社製のPremix Taqを用いた。
・反応条件
95℃×10分を1回行い、95℃×1分−55℃×1分−72℃×1分を25サイクル行なった後、72℃×7分を1回行い、4℃で保存した。
【0048】
<KBC−1培養液の作製>
上記液体培地にKBC−1株を植菌し、30℃で3日間培養した。培養後、上記液体培地を用いて、KBC−1株の濃度が109cell/ml、108cell/ml、107cell/ml、106cell/mlである培養液を調製した。
【0049】
<DNAサンプル液の作製>
DNAサンプル液は、被験試料または培養液を500μl用い、BIO 101社製 FastDNAkitにて作製した。
【0050】
<MPN法>
検査試料を10倍希釈したものを3本調製して第1希釈液を作製する。第1希釈液ごとに、さらに10倍希釈したものを3本調製して第2希釈液を作製する。同様な操作を繰り返して第3希釈液を作製する。次に第1〜3希釈液を上記液体培地に添加して培養し、夫々の培養液からDNAを抽出し、得られたDNA抽出物とプライマー対(生菌濃度の測定では濃度依存型プライマー対、全菌濃度の測定では非濃度依存型プライマー対)を用い特異的配列が複製・増幅されるか否かを判定する。そして第1〜3希釈液ごとに上記特異的配列が複製・増幅された希釈液の本数を数え、Woodwardらが提唱している最確数表に照らし合わせて最確値(MPN値)を求め全菌濃度または生菌濃度を測定する。
【0051】
A.KBC−1株に特異的な濃度依存型プライマーおよび非濃度依存型プライマーの作製
Desulfitobacterium属KBC−1株(FERM BP−08573)が有するデハロゲナーゼ遺伝子の配列と他の菌でのデハロゲナーゼ遺伝子の配列とを比較し、相同性が異なる領域を基にして下記する4種類のプライマー(ORF0208−546F、ORF0208R1、ORF0208−534F、ORF0208−832R)を作製した。
ORF0208−546F(SEQ1)
5’CGAAGCGTTGGAATAAGTCG 3’
ORF0208R1(SEQ2)
5’TTAAAACAGCGACTCCCGTG3’
ORF0208−534F(SEQ3)
5’AAGGAGGAGAAGCGAAGCG 3’
ORF0208−832R(SEQ4)
5’TCTGCCTCAATATGCGAAGG 3’
【0052】
次に上記KBC−1培養液(KBC−1株濃度:109、108、107、106cell/ml)を用いてDNAサンプル液を作製した。
【0053】
上記DNAサンプル液と上記プライマーの中から幾つかの組み合わせを作製してPCRを行なった。得られたPCR産物を2%アガロースゲル電気泳動に供し、泳動後、ゲルをエチジウムブロマイドにて染色したものを図1および2に記載した。
【0054】
図1は、上記ORF0208−534FとORF0208−832Rからなるプライマー対を用いた場合の、培養液中でのKBC−1株の濃度の違いが特異的配列(約300bp)の複製・増幅に与える影響について調べたものである。図中1はマーカー(NEW England社製 100bp DNA ladder)を示し、2はKBC−1株濃度が109cell/mlの培養液から得たDNAサンプル液を用いたもの、3は108cell/mlの培養液から得たDNAサンプル液を用いたもの、4は107cell/mlの培養液から得たDNAサンプル液を用いたもの、5は106cell/mlの培養液から得たDNAサンプル液を用いたものを示している。図1に示すように、培養液中にKBC−1株が108cell/ml以上存在すると、約300bpの特異的配列の複製・増幅が認められるが、それ以下では認められなかった。上記の結果から、本プライマー対はKBC−1株の検出に有用な濃度依存型プライマー対であり、その検出下限濃度は108cell/mlであることが判明した。
【0055】
図2は、ORF0208−534FとORF0208R1からなるプライマー対を用いた場合の、培養液中でのKBC−1株の濃度の違いが特異的配列(約550bp)の複製・増幅に与える影響について調べたものである。図中6はKBC−1株の濃度が109cell/mlの培養液から得たDNAサンプル液を用いたもの、7は108cell/mlの培養液から得たDNAサンプル液を用いたもの、8は107cell/mlの培養液から得たDNAサンプル液を用いたもの、9は106cell/mlの培養液から得たDNAサンプル液を用いたもの、10は105cell/mlの培養液から得たDNAサンプル液を用いたものを示している。図2の結果、上記プライマー対は、培養液中でのKBC−1株の濃度に依存することなくKBC−1株を特異的に検出できるため、KBC−1株の検出に有用な非濃度依存型プライマーといえる。
【0056】
図3はORF0208−546FとORF0208−832Rからなるプライマー対を用いた結果である。図中11はKBC−1株の濃度が109cell/mlの培養液から得たDNAサンプル液を用いたもの、12は108cell/mlの培養液から得たDNAサンプル液を用いたもの、13は107cell/mlの培養液から得たDNAサンプル液を用いたもの、14は106cell/mlの培養液から得たDNAサンプル液を用いたもの、15は105cell/mlの培養液から得たDNAサンプル液を用いたものを示している。上記プライマー対では、培養液中にKBC−1株が107cell/ml以下であれば上記特異的なバンドを検出できるが、108cell/ml以上では検出できない。
【0057】
B.被験試料としてKBC−1株が存在する河川の水を想定した河川中に存在するKBC−1株の生菌の検定
上記液体培地にKBC−1株を植菌して30℃で培養し、1日ごとに培養液の一部(500μl)を採取しMPN法にて菌数を確認した。その結果、KBC−1株は培養3日目に増殖が最大(1.0×109cell/ml)となり、培養5日目には全てのKBC−1株が死菌となった。
【0058】
KBC−1培養液を河川水に添加して被験試料を作製した。次にA.で作製した濃度依存型プライマー対(ORF0208−534FとORF0208―832Rからなるプライマー対)を用いてPCRを行なった。得られたPCR産物を2%アガロースゲル電気泳動に供し、泳動後、ゲルをエチジウムブロマイドにて染色し、KBC−1株で特異的に検出される約290bpでのバンドの有無を指標として、被験試料中でのKBC−1株の濃度を調べた。その結果、被験試料中でのKBC−1株の濃度が1.0×108cell/mlであることを確認した。
【0059】
上記被験試料100μlと上記液体培地2mlとを5mlのバイアル瓶に添加し(KBC−1株濃度:5.0×106cell/ml)、30℃で3日間培養した。培養後、培養液からDNAを抽出し、A.で作製した濃度依存型プライマー対(ORF0208−534FとORF0208−832Rからなるプライマー対)を用いてPCRを行なった。なお比較サンプルとして被験試料を30℃で5日間培養し、生菌が認められなくなったものを作製し、比較サンプル100μlと上記液体培地2mlとを5mlのバイアル瓶に添加し(KBC−1株濃度:5.0×106cell/ml)、30℃で3日間培養したものも作製した。これら比較サンプルから得たDNAについても上記濃度依存型プライマー対を用いてPCRを行なった。得られたPCR産物は2%アガロースゲル電気泳動に供した。泳動後、ゲルをエチジウムブロマイドにて染色したものを図4に記載した。
【0060】
図中16は30℃で培養する前の被験試料から抽出したDNAを用いてPCRを行なった結果であり、17は液体培地を添加した被験試料を30℃で3日間静置培養を行なった後の培養液から抽出したDNAを用いてPCRを行なった結果であり、18は比較サンプルから抽出したDNAを用いてPCRを行なった結果であり、19は液体培地を添加した比較サンプルを30℃で3日間培養した培養液から抽出したDNAを用いてPCRを行なった結果を示したものである。
【0061】
上記の結果から、培養液中でのKBC−1株の濃度を、上記濃度依存型プライマー対の検出下限濃度(108cell/ml)未満に一旦希釈しているため、上記濃度依存型プライマー対を用いてもKBC−1株の検出はできない(16)。しかし培養液中には生菌が存在しているため、被験試料に液体培地を添加して30℃で3日間培養すると、培養液中に存在する生菌が増殖し、PCRで上記特異的配列が複製・増幅され、電気泳動にて該特異的配列に相当するバンド(約300bp)が認められた(17)。しかし比較サンプルでは、培養液中に存在するKBC−1株の全てが死菌であるため、30℃・3日間の培養前(18)および培養後(19)のいずれにおいても上記特異的なバンドの出現は認められなかった。
【0062】
なお濃度依存型プライマー対の代わりに非濃度依存型プライマー対を用いて、同様な実験を行なった結果を示したのが図5である。
【0063】
図中20は30℃で培養する前の被験試料から抽出したDNAを用いてPCRを行なった結果であり、21は液体培地を添加した被験試料を30℃で3日間静置培養を行なった後の培養液から抽出したDNAを用いてPCRを行なった結果であり、22は比較サンプルから抽出したDNAを用いてPCRを行なった結果であり、23は液体培地を添加した比較サンプルを30℃で3日間培養した培養液から抽出したDNAを用いてPCRを行なった結果を示したものである。
【0064】
図5の結果から、レーン20〜23のいずれにおいてもKBC−1株に特異的なバンドの検出は認められ、生菌・死菌に係わらず、培養液中にKBC−1株が存在すると判断されてしまう
【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1】ORF0208−534FとORF0208−832Rからなるプライマー対を用い、培養液中でのKBC−1株の濃度と特異的なバンドの出現との関係を示した図である。
【図2】ORF0208−534FとORF0208R1からなるプライマー対を用い、培養液中でのKBC−1株の濃度と特異的なバンドの出現との関係を示した図である。
【図3】ORF0208−546FとORF0208−832Rからなるプライマー対を用い、培養液中でのKBC−1株の濃度と特異的なバンドの出現との関係を示した図である。
【図4】ORF0208−534FとORF0208−832Rからなるプライマー対を用いて本発明の検定方法を行なった結果を示したものである。
【図5】ORF0208−534FとORF0208R1からなるプライマー対を用いて検定を行なった比較例を示したものである。
【符号の説明】
【0066】
1:マーカー
2、6、11:KBC−1株濃度が109cell/mlの培養液から得たDNAサンプル液を用いた結果
3、7、12:KBC−1株濃度が108cell/mlの培養液から得たDNAサンプル液を用いた結果
4、8、13:KBC−1株濃度が107cell/mlの培養液から得たDNAサンプル液を用いた結果
5、9、14:KBC−1株濃度が106cell/mlの培養液から得たDNAサンプル液を用いた結果
10、15:KBC−1株濃度が105cell/mlの培養液から得たDNAサンプル液を用いた結果
16、20:30℃で培養する前の被験試料から抽出したDNAを用いてPCRを行なった結果
17、21:液体培地を添加した被験試料を30℃で3日間静置培養を行なった後の培養液から抽出したDNAを用いてPCRを行なった結果
18、22:比較サンプルから抽出したDNAを用いてPCRを行なった結果
19、23:液体培地を添加した比較サンプルを30℃で3日間培養した培養液から抽出したDNAを用いてPCRを行なった結果

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験試料中における目的とする菌の生存を検定する方法であって、予め、
(1)目的とする菌の染色体上に存在する遺伝子配列から、該菌に特異的な配列(以下、「特異的配列」という)を基にしてプライマーを複数作製しておくと共に、
(2)上記菌の生育濃度の上限(以下、「生育上限濃度」という)を測定し、
(3)上記(1)で作製したプライマーを用いて上記特異的配列を複製・増幅する際の上記菌の濃度の検出下限(以下、「検出下限濃度」という)を測定し、該プライマーの中から検出下限濃度が上記生育上限濃度未満となるプライマーの組み合わせ(以下、「濃度依存型プライマー対」という)を選択しておき、
(4)被験試料中に存在する上記目的とする菌の生菌濃度と死菌濃度の合計(以下、「全菌濃度」という)を測定する工程、
(5)上記全菌濃度を基にして、上記被験試料中に存在する上記菌の生菌濃度と死菌濃度の合計が上記(3)で測定した検出下限濃度未満となるように該被験試料を希釈する工程、
(6)工程(5)で得た希釈被験試料を培地に添加して培養する工程、
(7)上記工程(6)で得られた培養液に含まれる菌から採取したDNA混合物と上記工程(3)で選択した濃度依存型プライマー対とを用い、上記特異的配列が複製・増幅されるか否かを判定する工程を含むことを特徴とする方法。
【請求項2】
上記工程(6)で、上記希釈被験試料を段階的に希釈したものを夫々複数調製し、培地に添加して培養し、
夫々の培養液に含まれる菌から採取したDNA混合物と上記(3)で選択した濃度依存型プライマー対を用い、上記特異的配列が複製・増幅されるか否かを指標とするMPN法により上記被験試料中での上記菌の生菌濃度を測定する請求項1に記載の方法。
【請求項3】
上記工程(4)を、
(4−1)上記菌の濃度に関係なく上記特異的配列を複製・増幅しうるプライマーの組み合わせ(以下、「非濃度依存型プライマー対」という)を上記(1)で作製したプライマーの中から選択し、
(4−2)上記被験試料を段階的に希釈したものを夫々複数調製し、培地に添加して培養し、
上記培養液に含まれる菌から採取したDNA混合物と上記工程(4−1)で選択した非濃度依存型プライマー対とを用い、上記特異的配列が複製・増幅されるか否かを指標とするMPN法により行なう請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
上記(1)の特異的配列を、分解酵素をコードする遺伝子配列の中から選択する請求項1〜3のいずれか1つに記載の方法。
【請求項5】
上記(1)の特異的配列を、デハロゲナーゼ遺伝子の配列の中から選択する請求項1〜4のいずれか1つに記載の方法。
【請求項6】
上記(3)の濃度依存型プライマー対として、
ORF0208−534F:5’AAGGAGGAGAAGCGAAGCG 3’と、
ORF0208−832R:5’TCTGCCTCAATATGCGAAGG 3’
とを用いる請求項1〜5のいずれか1つに記載の方法。
【請求項7】
Desulfitobacterium属KBC−1株(FERM BP−08573)の検定を行なうものである請求項1〜6のいずれか1つに記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−238838(P2006−238838A)
【公開日】平成18年9月14日(2006.9.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−61614(P2005−61614)
【出願日】平成17年3月4日(2005.3.4)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成16年度新エネルギー・産業技術総合開発機構「生分解・処理メカニズムの解析と制御技術の開発」に係る委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000001052)株式会社クボタ (4,415)
【Fターム(参考)】