説明

蒸着用電子銃

【課題】 単一の電子銃の本体部を用いつつ特定の構成要素のみを交換することにより異なるニーズにそれぞれ対応することが可能な蒸着用電子銃を実現する。
【解決手段】 単一の電子銃の本体部10を用い、磁性体からなる立設のポールピース11a,11bが固定された、磁気回路を形成する磁性体からなる回路形成部材15a,15bおよび非磁性体からなる上部カバー13と、磁性体からなる横設のポールピース21a,21bおよび本体部10内より射出された電子ビームの軌道を微調整する磁性体からなるビーム軌道調整部材23a,23bが固定された、磁気回路を形成する磁性体からなる回路形成部材22a,22bおよび非磁性体からなる上部カバー24とのいずれも本体部10の上部に装着可能とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は蒸着用電子銃に関する。具体的には、異なるニーズ毎に別異の電子銃を使い分けることなく、単一の電子銃の本体部を用いながら特定の構成要素のみを交換することによって異なるニーズにそれぞれ対応することができる蒸着用電子銃を提供せんとするものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、基板・レンズ等の表面部に薄膜を形成する手段として真空蒸着法が用いられている。この真空蒸着法では、基板等の表面部に薄膜を形成するために、真空チャンバ内で電子銃より射出された電子ビームを金属・化合物などの蒸着材料に照射して加熱蒸発させ、これにより生成された蒸着粒子を基板等の表面部に付着堆積させる。
【0003】
そこで、この真空蒸着法で使用される電子銃の従来例の構成を、図2に示し説明する(従来例1)。ここで、図2は、従来例1の構成を簡略に図示した斜視図である。
【0004】
図2において、電子銃の本体部30の内部には、加熱されることにより熱電子を放出するフィラメント、フィラメントより放出された熱電子を加速して電子ビームを生成する電界を形成するための電極、冷却水が流通する流水路などが配設されている。
【0005】
また、本体部30の上部には、1対のL字状の強磁性体からなるポールピース31a,31bが、非磁性体からなる上部カバー32に設けられた方形状の開口33を挟むようにして対向して立設されている。このポールピース31a,31bは、強磁性体からなる部材を介して本体部30内に配設された永久磁石と接続することにより磁化されている。したがって、ポールピース31a,31bの周囲には磁界が形成されることになり、この磁界により、上部カバー32の開口33を介して射出された電子ビームは、ここでは図示されてはいない回転するルツボ内に収容された金属等の蒸着材料に向かうように偏向する。
【0006】
すなわち、図3(a)(一部を切り欠いた側面図)に示すように、本体部30内のフィラメント34から放出された熱電子が加速して生成された電子ビームEBは、破線で示すように、ポールピース31a,31bが形成する磁界により概ね270度回転するように偏向されて、ルツボ100内に収容された蒸着材料の表面部に照射されることになる。
【0007】
なお、ルツボ100内の蒸着材料の表面部に電子ビームEBが照射された場合、図3(b)に示すように、蒸着材料の表面部から反射する反射電子REが発散する。この反射電子REは水平面に対する発散角θが大きく、したがって、反射電子REは上方に向けて発散することになる。
【0008】
図4は、他の従来例の構成を示している(従来例2)。ここで、図4は、従来例2の構成を簡略に図示した斜視図であり、図2における構成要素に対応する構成要素については、ポールピースを除いて同一の符号を付している。
【0009】
図4において、ここに示した従来例2の構成が図2の従来例1の構成と異なるところを説明する。図2に示した従来例1では、1対のポールピース31a,31bは、本体部30の上部に立設される構成であった。
【0010】
これに対して、従来例2では、本体部30の上部における、本図では図示されてはいないルツボ側の端部に、1対のポールピース41a,41bが対向して横設されている。その他の構成は、図2に示した従来例1の構成と同じである。
【0011】
このように構成された従来例2によった場合も、図5(a)(一部を切り欠いた側面図)に示すように、本体部30内から射出された電子ビームEBは、破線で示すように、ポールピース41a,41bが形成する磁界により概ね270度偏向されて、ルツボ100内に収容された蒸着材料の表面部を照射することになる。
【0012】
しかし、図5(b)に示すように、蒸着材料の表面部から反射する反射電子REは、ポールピース41a,41bが形成する磁界の影響を受けて更に回転するように発散する。すなわち、反射電子REは、図2に示した従来例1におけるように上方に向かうことはなく、本体部30側からみて奥行き側に下降するようにして発散することになる。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
図2に示した従来例1によると、ルツボ100内の蒸着材料の表面部に電子ビームEBを照射した場合、図3(b)により説明したように、蒸着材料の表面部からの反射電子REが上方に向けて発散する。ところが、反射電子REが向かう上方には、蒸着材料からの蒸着粒子が付着する基板などの被蒸着物が配置されている。そのため、被蒸着物は、反射電子REの衝突を受けることになる。
【0014】
しかし、被蒸着物が例えばプラスチックのような耐熱温度が低い素材の場合には、反射電子REが衝突すると、そのエネルギーにより被蒸着物が熔解してしまい、被蒸着物に求められる品質・特性が得られなくなってしまう。したがって、被蒸着物が耐熱温度が低い素材からなる場合には、この従来例1によることはできないことになる。
【0015】
これに対して、図4により説明した従来例2によると、ルツボ100内の蒸着材料の表面部からの反射電子REは、図5(b)に示したように、上方に向けて発散することなく、電子銃の本体部30側からみて奥行き側に下降するように発散する。すなわち、上方に配置された被蒸着物は、反射電子REの影響を受けることがない。したがって、被蒸着物がプラスチックのような耐熱温度が低い素材からなる場合には、この従来例2を用いることができる。
【0016】
しかし、従来例2では、ルツボ100の近傍にポールピース41a,41bが配設されていることから、ルツボ100内の蒸着材料に電子ビームEBが照射されると、ルツボ100から飛散した蒸着粒子が、ポールピース41a,41bに付着する。
【0017】
とくに、この飛散する蒸着粒子が、ポールピース41a,41bの下面と、回転するルツボ100の上端周縁部との間の空隙部に入り込んで付着堆積すると、堆積した蒸着粒子とルツボ100の上端周縁部との摩擦が生じる。摩擦が生じれば、ルツボ100を回転させるモータの負荷が大きくなり、ついにはモータは回転を停止してしまう。これを回避するには、ポールピース41a,41bの恒常的なクリーニング作業が必要となる。
【0018】
このように、図4に示した従来例2は、蒸着材料の表面部からの反射電子REの影響を被蒸着物が受けないという利点を有するものの、他方で、ルツボ100から飛散する蒸着粒子が原因で作業性が悪くなるという難点がある。したがって、被蒸着物に多層膜を形成する場合のように、長時間の連続使用が必要な場合には、この従来例2は、そのニーズに応えられないことになる。
【0019】
これに対して、図2に示した従来例1では、ルツボ100からは離隔した位置にポールピース31a,31bを配設しているため、上述した従来例2におけるようなルツボ100から飛散する蒸着粒子に起因する問題は生じない。したがって、従来例1は、長時間の連続使用に適していることになる。
【0020】
以上のような利点難点を各従来例1,2はそれぞれ有している。そのため、従来は、蒸着作業を行うに際しては、蒸着材料を付着させる被蒸着物の素材如何に応じて、あるいは、被蒸着物に形成する薄膜が多層であって長時間の連続使用が必要であるか等に応じて、各従来例1,2を使い分ける必要があった。
【0021】
その結果、従来は、蒸着作業を行うに当たっては、通常は、ニーズに対応した異なる電子銃を別個に備えた蒸着装置をそれぞれ用意していたため、それがコスト要因になっているという解決すべき課題があった。
【0022】
また、異なる電子銃を別個に備えた蒸着装置をそれぞれ設置すれば、装置が占有する面積がそれだけ増大してしまうという未解決の課題もあった。
【0023】
なお、稀に単一の蒸着装置を用いて異なるニーズ毎に別異の電子銃に交換して使用している場合は、電子銃の取り外しおよび再セッティングが煩わしく作業性が悪くなるという解決すべき課題があった。
【課題を解決するための手段】
【0024】
そこで、上記課題に照らし、本発明はなされたものである。そのために、本発明では、単一の電子銃の本体部を用いつつ、電子銃の本体部の内部より射出される電子ビームを偏向するための立設されるポールピースおよびその関連部材と、電子銃の本体部の内部より射出される電子ビームを偏向するための横設されるポールピースおよびその関連部材とを交換し得るようにした。
【発明の効果】
【0025】
本発明によるならば、単一の電子銃の本体部を用いながらポールピースおよびその関連部材のみを交換することによって、異なるニーズに対応することができることから、従来のように、異なるニーズに対応した別異の電子銃を備えた蒸着装置をそれぞれ用意する必要がなくなり、蒸着に要するコストの低減化が可能となる。
【0026】
また、ニーズが異なっても単一の蒸着装置で足りるので、別異の電子銃を備えた蒸着装置をそれぞれ設置する場合と比較して、蒸着装置が占有する面積の狭小化を図れるという効果も得ることができる。
【0027】
さらには、単一の蒸着装置を用いて異なるニーズ毎に別異の電子銃に交換して使用する場合と比較しても、電子銃全体を交換する場合よりもセッティングが簡易であって煩わしさがなく、良好な作業性を得ることができる。したがって、本発明によりもたらされる効果は、実用上極めて大きい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
本発明では、単一の電子銃の本体部を用いつつ、ポールピースおよびその関連部材のみを交換することによって、電子銃の本体部にポールピースを立設する構成とすることも、ポールピースを横設する構成とすることも、いずれにも可能となるようにした。以下、実施例により詳しく説明する。
【実施例1】
【0029】
本発明の一実施例の構成を、図1に示し説明する。ここで、図1は、本実施例における蒸着用電子銃の構成を示す斜視図である。
【0030】
図1(a)において、平行斜線を付した電子銃の本体部10の内部には、加熱されることにより熱電子を放出するフィラメント、フィラメントより放出された熱電子を加速して電子ビームを生成する電界を形成するための電極、冷却水が流通する流水路などが配設されている。
【0031】
また、電子銃の本体部10には、本体部10内に配設された永久磁石からの磁気を受けて磁気回路を形成するための、強磁性体からなる板状の回路形成部材15a,15bなどが外部に露出して配設されている。外部に露出して配設される構成要素としては、その他にも、例えば流水パイプの接続口などがあるが、図1(a)では、説明を簡単にするため、その図示は省略している。
【0032】
他方、本体部10の上部には、非磁性体からなる上部カバー13に設けられた方形状の開口14を挟むようにして、1対のL字状の強磁性体からなるポールピース11a,11bが、対向して立設されている。この立設のポールピース11a,11bは、強磁性体からなる回路形成部材12a,12bに、その下面側から挿通するビスにより触接して固定されている。なお、回路形成部材12a,12bは、角柱状に形成されており、本体部10に配設された回路形成部材15a,15bに、ビスにより触接して固定されている。
【0033】
そこで、以上のように構成された電子銃を作動させた場合は、ポールピース11a,11bがルツボから離隔した位置に配設されていることから、図2に示した従来例1について説明したところと同じく、ルツボから飛散する蒸着粒子に起因する問題は生じない。したがって、被蒸着物に形成する薄膜が多層であって長時間の連続使用が必要であるような場合に用いるのに適していることになる。
【0034】
図1(b)は、図1(a)に示した上部カバー13を、これを本体部10に固定しているビスを外して本体部10から取り外し、さらにポールピース11a,11bが固定された回路形成部材12a,12bを、これを本体部10に固定しているビスを外して本体部10から取り外したうえで、これらに代わる構成要素を装着した構成を示している。
【0035】
代わって装着される構成要素は、
a.横設された1対のL字状の強磁性体からなるポールピース21a,21b
b.ポールピース21a,21bと触接して配設された、強磁性体からなる板状の回路形成部材22a,22b
c.回路形成部材22a,22bと触接して配設された、本体部10内より射出された電子ビームの軌道を微調整するための強磁性体からなる片支持屋根状のビーム軌道調整部材23a,23b
d.上記bおよびcの各構成要素の形状に対応した平面形状であって、図1(a)の上部カバー13とは異なる平面形状の非磁性体からなる上部カバー24
である。
【0036】
すなわち、図1(b)は、平行斜線を付した本体部10は、図1(a)の本体部10をそのまま用いつつ、横設のポールピース21a,21bおよびその関連部材に交換した電子銃の構成を図示している。
【0037】
ここで、図1(a)の上部カバー13およびポールピース11a,11bが固定された回路形成部材12a,12bを本体部10から取り外した後の、上記a〜dの各構成要素を本体部10に装着する手順は、つぎの通りである。その場合、ポールピース21a,21bおよびビーム軌道調整部材23a,23bは、あらかじめ回路形成部材22a,22bにビスによりそれぞれ固定しておく。
【0038】
そこで、まず、ポールピース21a,21bおよびビーム軌道調整部材23a,23bが固定された回路形成部材22a,22bを、ビスにより本体部10に固定する。ついで、上部カバー24を、その端部を各ビーム軌道調整部材23a,23bの間に滑り込ませるようにして載置した後、ビスにより本体部10に固定する。以上の手順によって電子銃は、図1(a)の構成から図1(b)の構成に変わる。
【0039】
この図1(b)に示した構成の電子銃であれば、図5(b)により説明したように、電子ビームが照射されたルツボ内の蒸着材料からの反射電子REは、基板等の被蒸着物が配置された上方には飛散しないので、被蒸着物がプラスチックのような耐熱温度が低い素材からなる場合に用いるのに適していることになる。
【0040】
なお、電子銃を図1(b)の構成から図1(a)の構成に変える場合は、まず、上述の手順とは逆順に上部カバー24を取り外し、ポールピース21a,21bおよびビーム軌道調整部材23a,23bが固定された回路形成部材22a,22bを取り外す。その後、ポールピース11a,11bが固定された回路形成部材12a,12bを、ビスにより本体部10に固定した後、上部カバー13をビスにより本体部10に固定する。
【0041】
このように、本発明では、単一の電子銃の本体部10を用いながらポールピース11a,11b,21a,21bおよびその関連部材のみを簡易に交換し得る構成としている。したがって、ポールピース11a,11bが立設されている場合の利点難点、ポールピース21a,21bが横設されている場合の利点難点をそれぞれ比較考量して、いずれにも使い分けることができる。
【0042】
すなわち、単一の蒸着装置を用いながら異なるニーズに簡易に対応することが可能となる結果、異なるニーズに対応した別異の電子銃を備えた蒸着装置をそれぞれ用意する必要がなくなり、蒸着に要するコストの低減化が可能となる。加えて、蒸着装置が占有する面積の狭小化という効果も得られる。
【0043】
また、単一の蒸着装置を用いて異なるニーズ毎に別異の電子銃に交換して使用する場合と比較しても、交換の際のセッティングが極めて簡易であって煩わしさがなく、良好な作業性を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】本発明の一実施例の構成を示す斜視図である。
【図2】従来例1の構成を示す斜視図である。
【図3】図2に示した従来例1による電子ビームの偏向および反射電子の発散の様子を説明するための説明図である。
【図4】従来例2の構成を示す斜視図である。
【図5】図4に示した従来例2による電子ビームの偏向および反射電子の発散の様子を説明するための説明図である。
【符号の説明】
【0045】
10 本体部
11a,11b ポールピース
12a,12b 回路形成部材
13 上部カバー
14 開口
15a,15b 回路形成部材
21a,21b ポールピース
22a,22b 回路形成部材
23a,23b ビーム軌道調整部材
24 上部カバー
25 開口
30 本体部
31a,31b ポールピース
32 上部カバー
33 開口
34 フィラメント
41a,41b ポールピース
100 ルツボ
EB 電子ビーム
RE 反射電子


【特許請求の範囲】
【請求項1】
単一の電子銃の本体部(10)を用い、前記本体部の内部より射出される電子ビーム(EB)を偏向するための立設されるポールピース(11a,11b)とその関連部材(12a,12b,13)、および前記本体部の内部より射出される電子ビームを偏向するための横設されるポールピース(21a,21b)とその関連部材(22a,22b,23a,23b,24)のうちのいずれの一方も前記本体部の上部に装着可能な蒸着用電子銃。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−63635(P2008−63635A)
【公開日】平成20年3月21日(2008.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−244959(P2006−244959)
【出願日】平成18年9月11日(2006.9.11)
【出願人】(592115825)日新技研株式会社 (10)
【Fターム(参考)】