説明

薄膜超電導線材

【課題】リールから取り外された薄膜超電導線材を使用する場合であっても、基板側と超電導層側とを容易に識別することができる薄膜超電導線材を提供する。
【解決手段】基板および超電導層を有する本体部と、本体部を被覆する銅保護層あるいは本体部を被覆するはんだ層を介して本体部の上下に貼付された銅保護層とを備えた薄膜超電導線材であって、銅保護層のうち、基板側に位置する銅保護層または超電導層側に位置する銅保護層のいずれかの表面に、超電導層が設けられた側を識別するための識別標識が設けられている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、薄膜超電導線材の表裏、即ち、基板側あるいは超電導層側を容易に識別可能な薄膜超電導線材に関する。
【背景技術】
【0002】
高温超電導体の発見以来、ケーブル、コイル、マグネットなどの電力機器への応用を目指し、基板上に酸化物超電導層を有する薄膜超電導線材の開発が精力的に行われている。
【0003】
この薄膜超電導線材は、一般に、長尺でフレキシブルな金属テープ(金属基板)上に順に形成された中間層および超電導層と、超電導層を保護するためにさらにその上に設けられた保護層で構成されている。
【0004】
そして、この保護層は、通常、銀安定化層と銅保護層とで構成されている。ここで、銀のみでなく銅も使用しているのは、高価な材料である銀の使用量を低減させて、製造コストの低減を図るためである。
【0005】
このような従来の薄膜超電導線材の例を図3に示す。なお、図3は、従来の薄膜超電導線材の構成を示す概略断面図であり、1は基板、2は中間層、3は超電導層、4は銀安定化層、5は銅保護層、6ははんだ層である。
【0006】
図3(a)に示す薄膜超電導線材においては、基板1上に中間層2、超電導層3、銀安定化層4が形成された段階の薄膜超電導線材の周囲がはんだ層6で被覆され、上下面に銅テープがはんだ層6を介して貼り付けられて銅保護層5が形成されている。
【0007】
そして、図3(b)に示す薄膜超電導線材においては、基板1上に中間層2、超電導層3、銀安定化層4が形成された段階の薄膜超電導線材の周囲に、電気めっきにより直接銅保護層5が形成されている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2007−80780号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、これらの薄膜超電導線材においては、周囲がはんだ層あるいは銅めっき層で被覆されているため、リール状態に巻かれている場合は問題がないものの、一旦リールから取り外された状態では、基板側と超電導層側を識別することができない。
【0010】
基板側と超電導層側とを間違えて施工した場合、次のような問題が発生する。即ち、本来、基板側は超電導層側に比べ接触抵抗が大きいため電極をとらないが、間違えて基板側を電極とした場合、前記した接触抵抗により発熱する恐れがある。
【0011】
また、基板は金属、超電導層はセラミックスにより構成されているため、基板側と超電導層側とでは、曲げにより発生する応力に対する許容限度が異なる。このため、コイル作製などの曲げ加工時、基板側と超電導層側とを間違えた場合、加工後の超電導特性に悪影響を与える恐れがある。
【0012】
このため、従来は、リールから取り外された薄膜超電導線材を使用する場合には、予め、薄膜超電導線材の端面を剥ぎ取って、基板側と超電導層側とを確認する必要があり、施工時の作業性を低下させる要因ともなっていた。
【0013】
そこで、本発明は、リールから取り外された薄膜超電導線材を使用する場合であっても、基板側と超電導層側とを容易に識別することができる薄膜超電導線材を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
請求項1に記載の発明は、
基板および超電導層を有する本体部と、前記本体部を被覆する銅保護層とを備えた薄膜超電導線材であって、
前記銅保護層のうち、前記基板側に位置する銅保護層または前記超電導層側に位置する銅保護層のいずれかの表面に、前記超電導層が設けられた側を識別するための識別標識が設けられている
ことを特徴とする薄膜超電導線材である。
【0015】
本請求項の発明においては、基板および超電導層を有する本体部、例えば、図3(b)のように、基板、超電導層の他に必要に応じて中間層や銀安定化層を有する本体部の周囲に形成された銅保護層の上下いずれかの表面に、超電導層が設けられた側を識別するための識別標識、例えば、塗料によるラインなどが設けられている。
【0016】
このため、リールから取り外された薄膜超電導線材を使用するに際して、端面を剥ぎ取ったりすることなく、基板側と超電導層側とを容易に識別することができ、基板側と超電導層側とが取り違えられて加工される恐れがない。また、端面を剥ぎ取ったりする必要がないため、生産性が低下する恐れもない
【0017】
この識別標識は、薄膜超電導線材の超電導特性に悪影響を与えず、長期の保管においても劣化する恐れがない識別標識であれば、特に限定されない。好ましい識別標識の具体的な態様としては、後述する請求項3以降の態様を挙げることができる。
【0018】
請求項2に記載の発明は、
基板および超電導層を有する本体部と、前記本体部を被覆するはんだ層を介して前記本体部の上下に貼付された銅保護層とを備えた薄膜超電導線材であって、
前記銅保護層のうち、前記基板側に位置する銅保護層または前記超電導層側に位置する銅保護層のいずれかの表面に、前記超電導層が設けられた側を識別するための識別標識が設けられている
ことを特徴とする薄膜超電導線材である。
【0019】
本請求項の発明においては、基板および超電導層を有する本体部、例えば、図3(a)のように、基板、超電導層の他に必要に応じて中間層や銀安定化層を有する本体部を被覆するはんだ層を介して上下に銅テープが貼付されて形成された銅保護層の上下いずれかの表面に、識別標識、例えば、塗料によるラインなどが設けられている。
【0020】
このため、請求項1の発明と同様に、リールから取り外された薄膜超電導線材を使用するに際して、端面を剥ぎ取ったりすることなく、基板側と超電導層側とを容易に識別することができる。
【0021】
請求項3に記載の発明は、
前記識別標識が、前記銅保護層の表面に塗料を塗布することにより形成されていることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の薄膜超電導線材である。
【0022】
塗料の塗布により形成された塗布層を識別標識とすることにより、基板側と超電導層側とを目視にて容易に識別することができる。また、塗布層の形成は、安価な塗布設備を用いて容易に行うことができるため、製造コストの上昇を招く恐れがない。
【0023】
塗布層を設ける具体的な方法としては、例えば、フェルトペンやインクジェットによる直接印刷や、転写による印刷などを挙げることができる。
【0024】
形成される塗布層は、線状あるいは帯状のいずれであってもよく、間欠的な破線状などに形成されていてもよい。
【0025】
請求項4に記載の発明は、
前記識別標識が、前記銅保護層の表面に形成された凹凸模様であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の薄膜超電導線材である。
【0026】
銅保護層の表面に凹凸模様を形成させることにより、目視による識別に加えて、指触による識別も可能となる。凹凸模様の形成は、銅保護層を形成するに際して同時に行うことが作業性の面より好ましいが、銅保護層を形成した後に形成させてもよい。
【0027】
凹凸模様を形成させる具体的な方法としては、例えば、刃物などを用いて銅保護層表面を傷つけることにより凹凸模様を形成する方法、形成された銅保護層の表面を研磨紙などにより粗面化させることにより凹凸模様を形成する方法、逆に銀ペーストなどを吹きつけ凸部を形成する方法などを挙げることができる。
【0028】
また、めっき法を用いて銅保護層を形成する場合には、凹凸模様を設ける側の面に適宜マスキングを行って、凹凸のあるめっき層を形成させてもよい。
【0029】
請求項5に記載の発明は、
前記識別標識が、前記基板の前記超電導層が設けられる側とは反対側の面に、凹凸模様を形成した後、銅保護層を形成することにより、前記凹凸模様を反映して、前記銅保護層の表面に形成されている凹凸模様であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の薄膜超電導線材である。
【0030】
本請求項の発明は、めっき法を用いて銅保護層を形成する場合に好ましく適用することができる。傷などの凹凸模様を有する基板上にめっきを施した場合、この凹凸模様がめっき表面にまで反映される。この結果、基板上の凹凸模様と対応する位置に凹凸模様が形成され、目視に加えて、指触によっても容易に超電導層側を識別することができる。
【0031】
なお、基板と銅保護層との間に、銀安定化層など他の層が形成されていてもよい。
【0032】
請求項6に記載の発明は、
前記識別標識が、前記基板側に位置する銅保護層と前記超電導層側に位置する銅保護層の各々を、相互に性状の異なる銅保護層とすることにより形成されていることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の薄膜超電導線材である。
【0033】
基板側に位置する銅保護層と超電導層側に位置する銅保護層の各層を形成する際に、めっき液の組成などめっき条件を変えためっきなどを行うことにより、2つの異なる性状の銅保護層を形成して、識別標識とする。この性状の相違により、目視や指触により容易に超電導層側を識別することができる。
【発明の効果】
【0034】
本発明により、リールから取り外された薄膜超電導線材を使用する場合であっても、基板側と超電導層側とを容易に識別することができる薄膜超電導線材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本発明に係る薄膜超電導線材の構成を示す概略断面図である。
【図2】本発明における薄膜超電導線材の製造工程の概略を示す図である。
【図3】従来の薄膜超電導線材の構成を示す概略断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0036】
以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明する。
【0037】
1.実施例1
本実施例は、塗料の塗布により形成された塗布層を識別標識とした例である。
【0038】
(1)薄膜超電導線材の構成
図1は、本実施例における薄膜超電導線材の構成を示す概略断面図である。図1に示すように、本実施例における薄膜超電導線材においては、本体部11の外周に銅保護層5が形成されている。そして、前記本体部11においては、基板1上に中間層2および超電導層3が形成され、さらに、超電導層3上および基板1下の両面に銀安定化層4が形成されている。また、銅保護層5の下面の一部には、超電導層側と基板側を識別するための識別標識7として塗布層が設けられている。
【0039】
(2)薄膜超電導線材の作製手順
本実施例における薄膜超電導線材は、図2に示す製造工程に従って作製される。
【0040】
(a)本体部の作製
厚さ130μm×幅2mm×長さ200mの本体部11を、公知の方法を用いて作製した。
【0041】
具体的には、Ni、Cuからなる配向金属基板1(厚さ100μm×幅10mm×長さ200m)上に、RFスパッタリング法を用いて、CeO層(厚さ:0.15μm)/YSZ層(厚さ:0.35μm)/CeO層(厚さ:0.08μm)の3層からなる中間層2を形成し、その後、中間層2上にPLD法を用いて、厚さ2μmのYBCOからなる超電導層3を形成した。
【0042】
さらに、超電導層3上および基板1の裏面に、DCスパッタリング法を用いて、それぞれ厚さ5μmの銀安定化層4を形成し、その後、2mm幅に切断加工して、本体部11を作製した。
【0043】
(b)銅保護層の形成
供給リール12に巻かれた本体部11の先端部を繰り出し、搬送して、脱脂などの前処理を行った後、めっき液(硫酸銅水溶液 硫酸銅:硫酸=100g:150g)20が収容されたCuめっき槽13に浸漬させた。
【0044】
Cuめっき槽13において、本体部11と、図示しない電極(正極)との間に電圧を印加(電流密度:7.5A/dm)し、本体部11の外周を銅めっきにより被覆し(厚さ:10μm)、銅保護層5を形成した。
【0045】
(c)識別標識の形成
銅保護層5が形成された本体部11をCuめっき槽13から取り出し、水洗、乾燥などの後処理を行って、巻取リール16に向けて搬送する。
【0046】
Cuめっき槽13の下流に配置された黒色油性のフェルトペン14を用いて、形成された銅保護層5の下面に黒色マーキングを付して識別標識7を形成させた後、巻取リール16にて巻き取ることにより、図1に示す薄膜超電導線材を作製した。
【0047】
(3)識別機能の確認
作製された薄膜超電導線材を巻取リールから繰り出し、全長に亘って、基板側に黒色マーキングが付されていることを確認した。
【0048】
(4)超電導特性の確認
巻取リールから繰り出された薄膜超電導線材を長さ10cmで切断し、臨界電流値Ic、曲げ直径、引っ張り強度を測定し、識別標識が設けられていない薄膜超電導線材における測定値と比較し、識別標識の有無により、これらの特性に変化が生じていないことを確認した。
【0049】
2.実施例2
本実施例は、片面に凹凸模様が形成された基板を用い、銅保護層の形成と同時に識別標識を形成させた例である。
【0050】
(1)薄膜超電導線材の作製
実施例1と同じテープ状の基板を用意し、その片面をナイフを用いて傷つけ、薄膜超電導線材を形成する基板とした。
【0051】
基板の傷のない面上に、実施例1と同様にして、中間層、超電導層を形成し、さらに、銀安定化層を形成した後、切断加工を行って、本体部を作製した。
【0052】
その後、実施例1と同様に、本体部の外周を銅めっきにより被覆し銅保護層を形成した。
【0053】
このとき、下面側の銅保護層の表面には、上記の傷が反映されて、基板上の傷と同じ傷が形成されていた。
【0054】
(2)識別機能および超電導特性の確認
実施例1と同様に、作製された薄膜超電導線材をリールから繰り出し、基板側の全長に亘って、基板に設けられた傷を反映した識別標識が形成されていることを確認した。
【0055】
また、同様に、識別標識の有無により、これらの特性に変化が生じていないことを確認した。
【0056】
なお、本発明は、上記の実施の形態に限定されるものではない。本発明と同一および均等の範囲内において、上記に対して種々の変更を加えることが可能である。
【符号の説明】
【0057】
1 基板
2 中間層
3 超電導層
4 銀安定化層
5 銅保護層
6 はんだ層
7 識別標識
11 本体部
12 供給リール
13 Cuめっき槽
14 フェルトペン
15 薄膜超電導線材
16 巻取リール
20 めっき液

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板および超電導層を有する本体部と、前記本体部を被覆する銅保護層とを備えた薄膜超電導線材であって、
前記銅保護層のうち、前記基板側に位置する銅保護層または前記超電導層側に位置する銅保護層のいずれかの表面に、前記超電導層が設けられた側を識別するための識別標識が設けられている
ことを特徴とする薄膜超電導線材。
【請求項2】
基板および超電導層を有する本体部と、前記本体部を被覆するはんだ層を介して前記本体部の上下に貼付された銅保護層とを備えた薄膜超電導線材であって、
前記銅保護層のうち、前記基板側に位置する銅保護層または前記超電導層側に位置する銅保護層のいずれかの表面に、前記超電導層が設けられた側を識別するための識別標識が設けられている
ことを特徴とする薄膜超電導線材。
【請求項3】
前記識別標識が、前記銅保護層の表面に塗料を塗布することにより形成されていることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の薄膜超電導線材。
【請求項4】
前記識別標識が、前記銅保護層の表面に形成された凹凸模様であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の薄膜超電導線材。
【請求項5】
前記識別標識が、前記基板の前記超電導層が設けられる側とは反対側の面に、凹凸模様を形成した後、銅保護層を形成することにより、前記凹凸模様を反映して、前記銅保護層の表面に形成されている凹凸模様であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の薄膜超電導線材。
【請求項6】
前記識別標識が、前記基板側に位置する銅保護層と前記超電導層側に位置する銅保護層の各々を、相互に性状の異なる銅保護層とすることにより形成されていることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の薄膜超電導線材。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2011−154790(P2011−154790A)
【公開日】平成23年8月11日(2011.8.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−13847(P2010−13847)
【出願日】平成22年1月26日(2010.1.26)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「イットリウム系超電導電力機器技術開発」に関する委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【出願人】(391004481)財団法人国際超電導産業技術研究センター (144)
【Fターム(参考)】