説明

藻類(主に植物プランクトン)の大量増殖(アオコや赤潮など)を抑制する技術

【課題】
池、堀、湖などの閉鎖性水域では藻類が異常に繁殖し、中でも多くの池では毎年、アオコが異常繁殖しているところが多い。このようなところでは景観は元より、悪臭や農業被害が発生している。このような藻類の異常発生の原因として窒素とリンが取り上げられ、これらを閉鎖水域に流入させない対策が採られてきた。
【解決手段】
これに対して本発明は重金属捕集剤(キレート剤)を散布して水中の植物プランクトン(藻類)の増殖を抑制する方法である。散布する場所は池、堀、湖など閉鎖性水域で、限定したところに限られる。重金属捕集剤の使用濃度は1〜5ppm以下で使用する。
重金属捕集剤(キレート剤)としては、ジチオカルバミド酸形、チオ尿素形、イミノ二酢酸形、ポリアミン形、アミドキシム形、アミノリン酸形などを使用する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、池、湖水、堀などの閉鎖性水域における植物プランクトンなどの藻類の異常繁殖を抑制する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
水中には、通常、微量の重金属類が溶解している。これらの重金属類の中には植物プランクトンなど藻類の増殖に必須なものが存在する。藻類は必須金属を摂取できなければ、生理活性が抑制されて増殖できない。重金属捕集剤は重金属類と特異的に強い結合(キレート結合)を行うため、藻類は重金属類を増殖に利用できなくなる。これによって藻類の大量増殖を抑制できる。
【0003】
本発明は、水中の植物プランクトンの大量増殖を抑制する技術である。従来、植物プランクトンの増殖を抑制するものとしては、富栄養化物質として窒素とリンのみが注目されてきた。
【0004】
一方、植物はその生理活性に微量金属(鉄、ニッケル、コバルト、銅、亜鉛など)が必要であることが知られている。この微量金属は、自然に存在する濃度で十分であるとされ、微量であるため制御は困難であった。
【0005】
しかしながら、近年開発されて排水処理に適用されている重金属捕集剤は、微量の金属とキレート結合して、安定なキレート化合物を生成する。この安定なキレート化合物は植物プランクトンなどの藻類が摂取できないため、藻類の生理活性が低下し、それらの増殖を抑制することとなる。

【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来技術は、下水処理施設や工場排水処理施設などの排水処理施設から排出される窒素及びリンの削減や低減によってのみ藻類の増殖に対応してきた。これらの技術には、生物学的方法(生物学的硝化脱窒法、好気嫌気法など)、化学的方法(イオン交換法、逆浸透法、凝集沈殿法、アンモニアストリッピング法など)などがある。
【0007】
しかし、これらの技術は、すでに増殖した池、湖水、ため池、堀などに適用することは困難である。
本発明は、工場や事業場の排水処理施設に適用することは、困難であるが、逆に池、湖水、ため池、堀などに適用することは容易である。

これまでに関連特許で主なものを特許文献1~5おいて開示されている。
【0008】
特許文献1には、植物プランクトンの増殖を抑制する方法として鉄イオンと結合し得るキレート化剤を添加することが開示されている。キレート剤としてはEDTA(エチレンジアミン四酢酸)、EDTA-OH、DTPA、EDTPO、DPTA-OH、GEDTA、NTA、IDA、などのアミノカルボン酸、ヒドロキサム酸類、カテコール類などを挙げている。そして使用濃度としては鉄イオンを1とした場合、キレート化剤がモル比で0.001~1000としている。
【0009】
特許文献2には、イソフラボン類を使用して藻類の増殖抑制することが開示されている。イソフラボン類は食品への添加もされている安全性の高い化合物である。
【0010】
特許文献3には、貯水池のpHを中性又は弱酸性に調整して藻類の大量発生を抑制することが開示されている。貯水池の表層水を取り出し、そのpHを6以下に調整し、その後この酸性水を元の貯水池等の表層に戻し、表層水のpHを中性あるいは弱酸性にすることを特徴とするものである。
【0011】
特許文献4には、水中の窒素対リンの原子比を増減させることによって、水中の褐色植物プランクトン及び緑色植物プランクトンの増殖を競り業することが開示されている。
水中の窒素対リンの原子比率は15対1に調整することで褐色植物プランクトンの増殖が促進されるが、緑色植物プランクトンの増殖が抑制される。また、同原子比を8対1以下に調整すると、緑色植物プランクトンの増殖が促進される一方、褐色植物プランクトンの増殖が抑制されるとしている。
【0012】
特許文献5には、藻類の発生をアンモニア成分を光触媒反応処理によって亜硝酸、硝酸等に酸化し、これらの陰イオンを陰イオン交換処理によって除去して藻類の増殖を抑制する方法を開示されている。
【0013】
【特許文献1】特開2005-325064(p2005-325064A)号公開
【特許文献2】特開平10-306003号公開
【特許文献3】特開2000-51841(p2000-51841A)号公開
【特許文献4】特開平8-154664号公開
【特許文献5】特開2002-45847(P2002-45847A)号公開
【0014】
以上のように重金属キレートを使用し藻類の増殖抑制に関する特許では、特許文献1を除いては、存在しないものと考えている。特許文献1においては、鉄イオンのみに注目した特許申請である。鉄イオンが植物プランクトンに必須であることは、以前から周知の事実である。本発明は、鉄イオンだけではなく、それ以外の微量な金属に注目したものである。植物プランクトンは鉄イオンだけでは増殖できない。鉄イオンやその他の微量な重金属類(銅、ニッケル、コバルト、亜鉛など)が必須であるため、これらの重金属類にも注目したものである。
【0015】
また、特許文献1はEDTA系統のキレート剤を例示として挙げているが、EDTAは水中のカルシウムやマグネシウムと選択的にキレート化合物を生成するため、鉄イオン、亜鉛イオン、ニッケルイオン、銅イオン、コバルトイオンなどとキレート化合物を生成するためには、カルイウムやマグネシウムなどとキレート化合物を生成した後となる。環境水中にはカルシウムやマグネシウムなどは、通常、鉄イオンよりは、1000倍以上多く存在するので、EDTAはそれと当量反応する量以上に使用することになり、コストや環境影響に対する懸念から問題が多いと考えられる。

【課題を解決するための手段】
【0016】
重金属捕集剤(キレート剤)を水中に散布し、植物プランクトン(藻類)の増殖を抑制することができることを特徴とする藻類増殖抑制方法。
【0017】
0016について、池(ため池)、湖、堀など限定した場所に使用する藻類増殖抑制方法。
【0018】
0016について、重金属捕集剤には、ジチオカルバミド酸形、チオ尿素形、イミノ二酢酸形、ポリアミン形、アミドキシム形、アミノリン酸形などを使用して藻類増殖抑制方法。
【0019】
0016について、重金属捕集剤の使用濃度は1~5ppm以下で使用する藻類増殖抑制方法。
【0020】
我々は、重金属捕集剤の最適な濃度について、実験を行い、環境に与える影響を最小限にし、藻類の増殖を抑制する研究を行ってきた。重金属捕集剤の一つであるジチオカルバミン酸系で、商品名オリトールSについて、別紙のように藻類に0.5ppm程度で増殖抑制の効果があることを得ている。したがって、濃度が1〜5ppm前後であるならば十分な効果があると言える。
【0021】
オリトールSの化学構造は次のように、金属と二分子でキレート結合を行う。
【化1】

分子量は、160、アルカリ性の水溶液(17〜19%、密度1.6)に溶解している。

なお、オリトールSの毒性について説明する。
【0022】
(1) 金魚(平均体重1g)による急性毒性(LC50):JIS-K-0102-1971に準拠
2500ppmで48時間で半数致死(LC50
(2) 金魚(平均体重3g)のによる慢性毒性(死亡までの日数)
100ppmで35日以上
200ppmで35日以上
500ppmで35日以上
1000pmで25日以上
【0023】
ヒト胎児せんい芽細胞の変性値
細胞変性を示す最小濃度
500μg/ml以上
【0024】
水稲(フジミノリ、早生穂長型)畑苗
25kg/10a 施肥した場合
(1)発育 正常
(2)玄米収穫 変わらず
【0025】
大豆(品種 玉光)
500ppmで生育正常
【0026】
小松菜
肥料のみの場合と比べた結果
50ppm 生育・菜色は正常
【0027】
魚類毒性
試験条件
ヒメダカ:平均体長 3.56mm
平均体重 0.34g
試験水温:25℃±1℃
希釈水 :純水に無機塩を添加して作製したpH7.0、アルカリ度0.4meq/L、硬度2500mの人口硬水
結果 :24時間 LC50 40.7ppm
:48時間 LC50 20.6ppm
【発明の効果】
【0028】
藻類が発生したところに、重金属捕集剤を濃度1ppm前後に散布すれば、藻類の異常増殖を押さえることができ、これによって景観を向上させ、またアオコの発生を抑制すれば、これが原因で発生する底泥からの悪臭を低減できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
庄原市内に存在する熊野池からAnabaena属藍藻に対しキレート剤オリトールSを多段階ののどに設定し、熊野池の水を使用して室内培養実験を行い(20℃, 100 μmol photons m-2s-1, Light:Dark = 14:10 h)、生物生産に対するオリトールS の効果を検討した。池水中の藻類の増殖に必須な微量金属(Fe, Zn, Mn, Co, Ni)濃度は誘導結合プラズマ質量分析装置(ICP-MS)にて測定した。
【0030】
培養5 日目におけるクロロフィルa 量はコントロール(キレート剤無添加)112±24 μgL-1 に対して、オリトールS (0.5 ppb, 5 ppb, 50ppb, 0.5 ppm, 5 ppm)添加では各々91±3, 85±14, 38±3, 11±0.4, 3.7±1.1 μgL-1 であった。また、キレート剤添加実験を上野池の池水を用い
て行ったところ、同様にオリトールS 濃度0.5 ppm 以上の添加によって、顕著に藻類の増殖が抑制されることを確認できた。
【0031】
ICP-MSによる重金属濃度は、次のとおりであった。
金属名 濃度(mg/L)
亜鉛 0.024
鉄 0.13
マンガン 0.0034
ニッケル 0.0003
モリブデン 0.0002
コバルト 0.0001
【0032】
上記分析した重金属のモル濃度は次のようになる。
全体のモル濃度=
(0.024/65.54+0.13/55.85+0.0034/54.94+0.0003/58.69+0.0002/95.94+0.0001/58.93)
=2.77μmol/L
【0033】
オリトールSの分子量は160であるから、2.77μmol/Lの質量は2.77×160=443μg/Lであるが、キレートにはオリトールSが2分子必要であるから443μg/L×2=883μg/L≒=0.88mg/Lとなる。
【0034】
上述の重金属類とキレート化合物を生成するオリトールSの量は0.88mg/Lであり、
室内実験で得られたAnabaena属藍藻の増殖の抑制が顕著に見られたオリトールSの濃度が約0.5mg/L程度であるから、微量の取扱の誤差を考慮すると両者は近い値と考えてよい。
【0035】
このことは、オリトールSが微量の重金属類とキレート化合物を生成し、それによって藻類が重金属類を摂取できなくなり、そのため藻類の生理活性が低下して、藻類の増殖が抑制されたものであり、本発明の理論が正しいことを裏付けるものとなっている。
【0036】
本発明は、重金属捕集剤を閉鎖性水域(池、堀、湖、海)に散布して藻類の異常増殖を抑制するものである。重金属捕集剤の散布濃度は1~5ppm前後であるから、この濃度になるように散布することが重要である。高い濃度の重金属捕集剤を散布すると、水の中で適切な濃度(1~5ppm前後)になるまで時間がかかる。また、1~5ppm前後に希釈されるまで高い濃度であれば生態に影響を与える可能性もある。反対に低い濃度に希釈して使用するとすれば、大量の水で希釈しなければならず、実行性が問題となる。
【産業上の利用可能性】
【0037】
池や堀などで最適な実施方法を開発しなければならないが、それが可能となる前でも、利用上の可能性は大きいと考える。すなわち,限定されたところでは、重金属捕集剤の濃度が1ppm前後になるように水量から算出した重金属捕集剤を水中に散布すればよい。このような利用方法は少なからず存在する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
重金属捕集剤(キレート剤)を水中に散布し、植物プランクトン(藻類)の増殖を抑制することができることを特徴とする藻類増殖抑制方法。
【請求項2】
請求項1について、池(ため池)、湖、堀など限定した場所に使用する藻類増殖抑制方法。
【請求項3】
請求項1について、重金属捕集剤には、ジチオカルバミド酸形、チオ尿素形、イミノ二酢酸形、ポリアミン形、アミドキシム形、アミノリン酸形などを使用して藻類増殖抑制方法。
【請求項4】
請求項1について、重金属捕集剤の使用濃度は1~5ppm以下で使用する藻類増殖抑制方法。

【公開番号】特開2009−66549(P2009−66549A)
【公開日】平成21年4月2日(2009.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−239202(P2007−239202)
【出願日】平成19年9月14日(2007.9.14)
【出願人】(507234438)公立大学法人県立広島大学 (24)
【Fターム(参考)】