説明

虚血再灌流による内臓障害の抑制剤

【課題】本発明は、虚血再灌流による内臓の障害の抑制に有効な薬剤を提供することを課題とする。
【解決手段】本発明に係る内臓障害の抑制剤は、虚血再灌流による内臓の障害を抑制するための薬剤であって、ヒスタミンH4受容体のアゴニストを含有することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、虚血再灌流による内臓の障害を抑制するための薬剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
外傷や重篤な疾病のために内臓がダメージを受け、手術や薬剤による回復が望めない場合には、臓器移植が行なわれる場合がある。例えば、肝臓、腎臓、肺、小腸、心臓、膵臓などの臓器移植が実際に行なわれている。
【0003】
しかし臓器移植の際には、免疫応答による拒絶反応の他に血流の再灌流による障害が問題となる。即ち、移植のために死体または生体から取り出された臓器は、保護液で灌流するか又は冷却して短時間保存した後に、或いは直ぐに患者へ移植される。移植後、その臓器は患者の血液により再灌流されるが、この再灌流により活性酸素などのフリーラジカルが発生し、臓器へ直接障害を与える。また、TNF−αをはじめとする様々な細胞障害性サイトカインが産生されて炎症反応が引き起こされ、臓器障害の原因となる。
【0004】
この虚血再灌流障害は、時に致死的なものになる場合があり、同様の問題は、心臓や大血管の手術など血液循環を一時的に停止せざるを得ない場合の後や、心停止後に蘇生に成功して血流が再開した後に、全身の臓器で起こり得る。そこで、この障害に対する解決策が種々検討されているところであるが、十分に有効なものは未だ無いのが現状である。
【0005】
ところで、特許文献1には、肝細胞および肝組織に対する一般的な酸化的損傷に対して、活性酸素を減少させる化合物を採用する技術が開示されている。かかる化合物としては様々なものが例示されているが、例えばヒスタミンやヒスタミンH2受容体のアゴニストが挙げられており、アルコール等による肝臓障害に対するヒスタミンの効果も実験的に実証されている。
【特許文献1】特表2005−510501号公報(特許請求の範囲、段落[0006]、[0067]、実施例)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述した様に、虚血再灌流による内臓の障害を抑制するための技術が求められているにも関わらず、十分に有効な手段は未だ見出されていない。また、虚血再灌流障害に直接関するものではないが、アルコール等による肝障害の治療に効果を示すものとして、ヒスタミンが知られている。
【0007】
しかしヒスタミンには、アレルギー反応やアナフィラキシー反応、喘息発作、ショックを誘発するという副作用があり、ヒスタミンを医薬品として用いるには数多くの問題がある。
【0008】
そこで本発明が解決すべき課題は、虚血再灌流による内臓の障害の抑制に有効な薬剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
虚血再灌流による内臓の障害を抑制できる薬剤につき種々検討を進めた。その結果、ヒスタミンH4受容体アゴニストがかかる障害に対して有効であることを見出して、本発明を完成した。
【0010】
即ち、本発明に係る内臓障害の抑制剤は、虚血再灌流による内臓の障害を抑制するための薬剤であって、ヒスタミンH4受容体のアゴニストを含有することを特徴とする。
【0011】
当該H4受容体アゴニストとしては、ジマプリットが好適である。また、本発明に係る内臓障害の抑制剤は、虚血再灌流による肝障害の抑制に用いることが好ましい。後述する実施例で、これらの効果が実証されているからである。
【0012】
本発明に係る内臓障害の抑制剤は、複数回投与するか或いは持続的に投与することが好ましい。対象である内臓における薬剤濃度を維持することによって、障害の発生や進行を抑制できるからである。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係る虚血再灌流による内臓障害の抑制剤は、臓器の移植手術やその他の大手術において、また、心停止等による一時的な血流遮断後に血流が再開した際に生じる再灌流障害を、予防的に或いは治療的に改善することができる。従って、本発明に係る内臓障害の抑制剤は、従来問題となっていた内蔵の虚血再灌流障害を有効に改善できるものとして、極めて有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明に係る内臓障害の抑制剤は、虚血再灌流による内臓の障害を抑制するための薬剤であって、ヒスタミンH4受容体のアゴニストを含有することを特徴とする。
【0015】
本発明薬剤の対象は、虚血再灌流による内臓の障害である。この一時的な虚血は、臓器移植で移植される肝臓、腎臓、肺、小腸、心臓、膵臓などにおいて、また、心臓や大血管の手術の後や心停止後に蘇生した後など、血流の一時的な停止に続いて再灌流した場合の内臓などにおいて生じる。即ち、血流が再開した場合には、フリーラジカルや炎症反応によって、内臓に壊死や炎症が発生する。本発明では、これら障害を改善することを目的にしている。
【0016】
本発明の「障害」には、形態的な障害や機能障害など、虚血再灌流を原因とする内臓のあらゆるダメージが含まれるものとする。
【0017】
ヒスタミンH4受容体は、2000年と比較的最近にクローニングされたものであり、免疫反応に関与するといわれているが、現時点で詳細は明らかではない。本発明薬剤では、ヒスタミンH4受容体アゴニストを用いる。ここで、ヒスタミンH4受容体アゴニストが虚血再灌流による内臓障害を改善する作用機序は明らかではないが、その効果は後述する実施例により実証されている。
【0018】
本発明で使用されるヒスタミンH4受容体アゴニストとしては、ジマプリットやクロザピン等を挙げることができ、ジマプリットを好適に使用することができる。後述する実施例で、その効果が実証されているからである。
【0019】
本発明に係る抑制剤の剤形や投与形態は特に問わない。例えば、臓器移植手術の前に錠剤等を経口投与し、内臓の障害を予防的に抑制してもよい。しかし、内臓障害を効果的に抑制するためには、虚血再灌流直後およびその後継続して対象臓器におけるヒスタミンH4受容体アゴニストの濃度を維持する必要があるので、好適には注射剤とすることが好ましい。その場合、溶媒としては、pHを調整した生理食塩水,純水,蒸留水,滅菌水等を使用できる。
【0020】
後述する実施例で示す通り、体重約300gのラットに対して15mg/kgのクロザピンおよび3または10mg/kgのジマプリットをそれぞれ2回投与した場合に、虚血再灌流による内臓障害の顕著な抑制効果が得られた。斯かる結果から考えると、ヒトに対する投与量は、1回当たりヒスタミンH4受容体アゴニストを0.05〜5mg/kg程度とし得る。但し、ヒスタミンH4受容体アゴニストの投与量は、患者の年齢や性別、疾患の重篤度等によって適宜変更し、また、点滴による持続投与も考慮すべきである。
【0021】
また、本発明のヒスタミンH4受容体アゴニストは、複数回にわたって投与することが好ましい。虚血再灌流直後のみならず、その後も継続してヒスタミンH4受容体アゴニストの濃度を維持することによって、処置対象である内臓の炎症反応や血管の再閉塞を抑制するためである。かかる観点からは、本発明薬剤を注射剤として、点滴等によりヒスタミンH4受容体アゴニストを持続的に投与することも好適な態様である。
【0022】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例により制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例】
【0023】
実施例1 H4アゴニストによる肝臓の虚血再灌流障害の改善実験
体重約300gの雄性ウィスターラット(日本チャールズリバーから取得)12匹を、6匹のコントロール群と6匹のクロザピン投与群に分けた。これらウィスターラットを、2%ハロタンを含有する酸素−亜酸化窒素の50:50混合ガスで麻酔した。直腸へ半導体式温度計のプローブを挿入し、体をランプで温め、直腸温を37.5℃に維持した。混合ガスによる麻酔開始後、手術中はハロタン濃度を1〜1.5%に低減した。上腹部を横切開し、左門脈を露出させた。ヘパリン(100IU)を皮下注射し、左門脈の血流を血管クリップにより30分間遮断した。この処置により、右2葉を除く肝臓に虚血を負荷した。30分間の虚血負荷の後にクリップを外し、切開部位を縫合した。その後直ぐに、0.5%Polysorbate80または0.5%Polysorbate80に懸濁したクロザピン15mg/kgを皮下注射した。麻酔から回復したラットはケージへ戻し、エサと水を自由に与えた。さらに再灌流から6時間後、Polysorbate80またはクロザピンを同量皮下注射した。
【0024】
再灌流から24時間後、ペントバルビタールナトリウムを腹腔内へ投与し、腹部大動脈から血液サンプルを採取した。肝細胞由来の酵素であるアラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT)とアスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(AST)の、当該血液サンプルにおける血漿濃度を、一般血液検査(JSCC準拠法)により測定した。結果を図1に示す。なお、図中の値は平均±標準偏差を示し、「*」は、t−検定によりコントロール群に対してp<0.05で有意差が認められた場合を示す。
【0025】
図1の通り、コントロール群では、肝臓の虚血再灌流障害により肝細胞が破壊され、肝細胞由来の酵素が血中へ放出されていた。それに対して、H4アゴニストであるクロザピンの投与によって、この放出は抑制された。この結果は、クロザピンにより肝細胞の破壊が抑制されて、肝臓障害が改善したことを示す。
【0026】
実施例2 H4アゴニストによる肝臓の虚血再灌流障害の改善効果の証明
本発明による肝臓の虚血再灌流障害の改善が、ヒスタミンH4受容体の活性化によるものであることを証明するために、以下の実験を行なった。
【0027】
先ず、H2/H4アゴニストであるジマプリットを用い、31匹の雄性ウィスターラットを、7匹のコントロール群、6匹の1mg/kgジマプリット投与群、9匹の3mg/kgジマプリット投与群、および9匹の10mg/kgジマプリット投与群に分け、生理食塩水または所定量のジマプリットを2回投与した以外は上記実施例1と同様にして実験した。ALTの血漿濃度を図2(1)に、ASTの血漿濃度を図2(2)に示す。なお、図中の「*」はBonferroni検定によりコントロール群に対してp<0.05で有意であった場合を、「**」はp<0.01で有意であった場合を示す。
【0028】
図2の通り、H2/H4アゴニストであるジマプリットの投与によって、用量依存的に肝臓障害が改善されることが分かった。
【0029】
次に、上記実験において各種ヒスタミン受容体アンタゴニストを併用し、ジマプリットのいかなる作用により肝臓障害が改善されているかを試験した。
【0030】
47匹の雄性ウィスターラットを、6匹のコントロール群、7匹の3mg/kgメピラミン(H1アンタゴニスト)併用投与群、8匹の5mg/kgファモチジン(H2アンタゴニスト)併用投与群、6匹の5mg/kgファモチジン2回併用投与群、8匹の10mg/kgラニチジン(H2アンタゴニスト)2回併用投与群、6匹の5mg/kgチオペラミド(H3/H4アンタゴニスト)2回併用投与群、および6匹の15mg/kgチオペラミド2回併用投与群に分けた。肝虚血後すべてのラットに3mg/kgのジマプリットを投与し、それに加えて生理食塩水または所定量の各種ヒスタミン受容体アンタゴニストを併用投与した。それ以外は上記実施例1と同様にして実験した。なお、ジマプリットは再灌流直後と再灌流から6時間後の2回投与し、ヒスタミンアンタゴニストは、再灌流直後のみ或いはジマプリットと同様に2回投与した。
【0031】
ALTの血漿濃度を図3(1)に、ASTの血漿濃度を図3(2)に示す。なお、「Sal」は生理食塩水とジマプリットのみを投与したコントロール、「M」はメピラミン併用、「F」はファモチジン併用、「R」はラニチジン併用、「T」はチオペラミド併用を示し、各薬剤の横の数字は投与量(単位:mg/kg)を示す。また、図中の「*」はBonferroni検定によりコントロール群に対してp<0.05で有意であった場合を示す。
【0032】
図3の結果の通り、H2/H4アゴニストであるジマプリットと、H1アンタゴニストまたはH2アンタゴニストを併用した場合には、肝臓障害の改善結果はほぼ変わらなかった。その一方で、H3/H4アンタゴニストであるチオペラミドを併用した場合には、ジマプリットによる改善効果は明らかに低減した。以上の結果の通り、本発明による肝臓の虚血再灌流障害の改善は、ヒスタミンH4受容体の活性化によるものであることが実証された。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】ヒスタミンH4受容体アゴニストであるクロザピンを投与した場合における、虚血再灌流による肝障害の改善効果を示す図である。(1)は肝細胞由来酵素であるALTの血漿濃度(IU/L)を示し、(2)はASTの血漿濃度(IU/L)を示す。これら酵素の血漿濃度が低いほど肝機能障害が抑制されていることを示す。
【図2】ヒスタミンH4受容体アゴニストであるジマプリットを投与した場合における、虚血再灌流による肝障害の改善効果を示す図である。(1)はALTの血漿濃度(IU/L)を示し、(2)はASTの血漿濃度(IU/L)を示す。
【図3】ジマプリットと各種ヒスタミン受容体のアンタゴニストを併用した場合における肝障害の改善効果を示す図である。(1)はALTの血漿濃度(IU/L)を示し、(2)はASTの血漿濃度(IU/L)を示す。特に、H3/H4アンタゴニストであるチオペラミドを併用投与した場合には、ジマプリットの改善効果が低減されてしまっていることが分かる。当該結果より、本発明による肝臓の虚血再灌流障害の改善は、ヒスタミンH4受容体の活性化によるものであることが証明された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
虚血再灌流による内臓の障害を抑制するための薬剤であって、ヒスタミンH4受容体のアゴニストを含有することを特徴とする内臓障害の抑制剤。
【請求項2】
4受容体アゴニストがジマプリットである請求項1に記載の内臓障害の抑制剤。
【請求項3】
虚血再灌流による肝障害を抑制するためのものである請求項1または2に記載の内臓障害の抑制剤。
【請求項4】
複数回投与するものである請求項1〜3の何れかに記載の内臓障害の抑制剤。
【請求項5】
持続的に投与するものである請求項1〜3の何れかに記載の内臓障害の抑制剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−238466(P2007−238466A)
【公開日】平成19年9月20日(2007.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−59765(P2006−59765)
【出願日】平成18年3月6日(2006.3.6)
【出願人】(504147254)国立大学法人愛媛大学 (214)
【Fターム(参考)】