説明

蛋白質の安定化方法、蛋白質安定化剤および蛋白質含有溶液

【課題】 蛋白質安定化効果に優れた方法、蛋白質安定化剤、および蛋白質含有溶液を提供すること。
【解決手段】 蛋白質の安定化方法にもちいるペプチドまたはその塩は、N末端からβ−アラニン、オルニチンの順、もしくはN末端からオルニチン、オルニチンの順でペプチド結合した配列を有するペプチドまたはその塩であり、そのいずれかを、蛋白質もしくは蛋白質結合担体の少なくともいずれか一方を含む試薬組成物に共存させることにより、蛋白質の安定化作用を得る。たとえばβ−アラニン、オルニチンの順でペプチド結合したジペプチド、もしくはオルニチン、オルニチンの順でペプチド結合したジペプチドもしくはそれらの塩、または、β−アラニン、オルニチン、オルニチンの順でペプチド結合したトリペプチドもしくはその塩を、いずれも好適に用いることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は蛋白質の安定化方法、蛋白質安定化剤および蛋白質含有溶液に係り、特に特定のアミノ酸配列を有するペプチドまたはその塩を共存させる手段を主眼とする、蛋白質の安定化方法、蛋白質安定化剤および蛋白質含有溶液に関する。
【背景技術】
【0002】
本願発明者等は、従来からシジミの有効成分に関する研究を続けてきている。シジミエキスにはビタミンB12等の各種ビタミン類を始めとする生理活性を示す有用成分が含まれているが、その中でも特に注目されているのがオルニチンである。シジミは古くからいわゆる二日酔いに効く、あるいはその症状を軽減するものとして知られているが、その作用にはオルニチンが関与していると考えられている。本願発明者等は、この有効成分であるオルニチンのシジミ生体内での生成作用を助長、促進させてその生体内含有量を増大化させる方法について既に提案している(特許文献1、2)。また、オルニチン含量の増大化メカニズムの解明を検討している過程で、N末端からβ−アラニン、オルニチン、オルニチンの順でペプチド結合した新規な有用物質であるトリペプチドを発見し、シジミエキスから該トリペプチドを製造する方法についても既に提案している(特許文献3)。
【0003】
さらに本願発明者等の研究から、シジミ生体内における該トリペプチド含量は、シジミの環境温度の変化に応じて増減することが分かっている。このことは、該トリペプチドはシジミの生存において重要な役割を担っていることを示唆しており、オルニチンを含有する分子構造から推察すると、生命において特に重要である酵素反応等を司る蛋白質の安定化に関与しているのではないかと期待される。なぜならば、該トリペプチドに含まれるオルニチンは、後述するように、蛋白質の安定化剤として知られているアルギニンやポリアミンと同様のアミノ基を有する化合物であるからである。
【0004】
蛋白質は細胞の構造と機能を直接に担う物質であるが、きわめて多くの種類があり、細胞の核や細胞質のいたるところに特異的に存在して、それぞれの機能を営んでいる。各種の酵素やペプチドホルモン、免疫抗体等は蛋白質であり、生命現象の重要な担い手である。また、蛋白質とある物質との特異的な反応を利用することで、目的物質を高精度に測定あるいは検出することが可能であることから、蛋白質のさまざまな機能を利用した臨床診断、食品分析、環境分析等が行われている。
【0005】
このように現在も蛋白質は広範囲に利用されているが、一方において一般に蛋白質は熱に弱く、常温で保存するとしばしば凝集し、活性の減少が観察される。そこで、蛋白質を産業的に利用するためには、一定期間期待される機能(活性)が保持されることが必要であり、蛋白質の安定化は重要な研究課題となっている。小分子安定化剤として、塩酸グアニジン、尿素、アルギニンなどが古くから用いられているが、最近の知見ではアミノ酸エステルおよびポリアミンを共存させる方法が提案されている(特許文献4)。
【0006】
【特許文献1】特許第3573676号「シジミ貝処理方法、ならびにそのシジミエキスの製造方法」
【特許文献2】特開2003−274907「シジミ貝処理方法」
【特許文献3】特開2005−200377「新規トリペプチドおよびその製造方法」
【特許文献4】特開2004−108850「蛋白質の安定化方法」
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記特許文献開示技術も含めて、蛋白質の安定化剤に関しては充分といえるものは未だ存在せず、さらなる有効な安定化剤の開発が求められている。本発明は、こうした状況の下で、蛋白質もしくは高分子等の不溶性担体に結合させた蛋白質の凝集を抑制し、前記蛋白質を安定化させる方法、および前記蛋白質を含有する溶液の安定性を向上させることにより、測定精度が高く、長期安定性に優れた測定試薬ならびに標準液を提供することを目的とするものである。つまり、本発明が解決しようとする課題は、従来技術の問題点を除き、蛋白質安定化効果に優れた方法、蛋白質安定化剤、および蛋白質含有溶液を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本願発明者は上記課題について検討した結果、シジミエキス中の有用成分であるN末端からβ−アラニン、オルニチン、オルニチンの順でペプチド結合したトリペプチドを蛋白質の安定化剤として使用することにより、これまでの安定化剤を上回る有効性をまず見出し、これに基づいて本発明に至った。すなわち、上記課題を解決するための手段として本願で特許請求される発明、もしくは少なくとも開示される発明は、以下のとおりである。
【0009】
(1) N末端からβ−アラニン、オルニチンの順、もしくはN末端からオルニチン、オルニチンの順でペプチド結合した配列を有するペプチドまたはその塩を、蛋白質もしくは蛋白質結合担体の少なくともいずれか一方を含む試薬組成物に共存させることを特徴とする、蛋白質の安定化方法。
(2) N末端からβ−アラニン、オルニチンの順、もしくはN末端からオルニチン、オルニチンの順でペプチド結合した配列を有するペプチドまたはその塩からなる、蛋白質安定化剤。
(3) β−アラニン、オルニチンの順でペプチド結合したジペプチド、もしくはオルニチン、オルニチンの順でペプチド結合したジペプチドまたはその塩からなる、蛋白質安定化剤。
(4) N末端からβ−アラニン、オルニチンの順、もしくはN末端からオルニチン、オルニチンの順でペプチド結合した配列を有するペプチドまたはその塩を、蛋白質もしくは蛋白質結合担体の少なくともいずれか一方を含む試薬組成物に共存させてなることを特徴とする、蛋白質含有溶液。
(5) (4)に記載の蛋白質含有溶液を用いてなる、生体成分測定用試薬。
(6) (4)に記載の蛋白質含有溶液を用いてなる、生体成分測定のために用いる標準液。
【発明の効果】
【0010】
本発明の蛋白質の安定化方法、蛋白質安定化剤および蛋白質含有溶液は上述のように構成されるため、これによれば、蛋白質もしくは高分子等の不溶性担体に結合させた蛋白質の凝集を効果的に抑制し、優れた蛋白質安定化効果を得ることができる。そして、蛋白質を含有する溶液の安定性を向上させることができるため、測定精度が高く、長期安定性に優れた測定試薬ならびに標準液を提供することができる。
【0011】
たとえば、本発明に係る蛋白質の安定化剤の一例である、N末端からβ−アラニン、オルニチン、オルニチンの順でペプチド結合したトリペプチドなどは、実施例に詳述するように、特許文献4で示されているアミノ酸エステルおよびポリアミンを大きく超える蛋白質凝集抑制効果、安定化効果がある。また、該トリペプチドは食品であるシジミエキスに含まれる天然成分であることから安全性が高く、分析試薬にとどまらず食品や医薬品等を含めた広範囲の応用展開が可能でもある。
【0012】
また、本発明に係る蛋白質の安定化剤の他の一例である、N末端からβ−アラニン、オルニチンの順でペプチド結合したジペプチドなども、上記トリペプチドと同等またはそれ以上の蛋白質凝集抑制効果、安定化効果がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明をより詳細に説明する。
まず、本発明の蛋白質の安定化方法にもちいるペプチドまたはその塩は、N末端からβ−アラニン、オルニチンの順、もしくはN末端からオルニチン、オルニチンの順でペプチド結合した配列を有するペプチドまたはその塩であり、そのいずれかを、蛋白質もしくは蛋白質結合担体の少なくともいずれか一方を含む試薬組成物に共存させることにより、蛋白質の安定化作用を得るものである。
【0014】
つまり、このいずれかの配列を含むペプチドまたはその塩は、蛋白質安定化剤として用いることができるのだが、たとえばβ−アラニン、オルニチンの順でペプチド結合したジペプチド、もしくはオルニチン、オルニチンの順でペプチド結合したジペプチドもしくはそれらの塩、または、β−アラニン、オルニチン、オルニチンの順でペプチド結合したトリペプチドもしくはその塩を、いずれも好適に用いることができる。
【0015】
もっとも本発明に係る蛋白質安定化剤はこれらジペプチド、トリペプチドまたはそれらの塩に限定されるものではなく、構成アミノ酸数に限定されず、このような配列を含むペプチドまたはその塩を広く含む。
【0016】
上記ペプチドの塩としては、たとえば塩酸塩、酢酸塩、トリフルオロ酢酸塩等が挙げられるが、特にこれらに限定されるものではない。
【0017】
蛋白質安定化剤として作用できる上記ペプチドまたはその塩を、蛋白質もしくは蛋白質結合担体の少なくともいずれか一方を含む試薬組成物に共存させてなる蛋白質含有溶液もまた、本発明の範囲である。ここで試薬組成物に含まれる物質のパターンには、(I)蛋白質、(II)蛋白質結合担体、(III)蛋白質および蛋白質結合担体のいずれもが含まれる。
【0018】
また、該蛋白質含有溶液を用いた生体成分測定用試薬、あるいは生体成分測定用標準液もまた、本発明の範囲内である。
【実施例】
【0019】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらにより何ら限定されるものではない。
実施例1.蛋白質の凝集抑制効果(トリペプチド)
50mMリン酸緩衝液(pH7.1)にニワトリリゾチーム(Sigma社)を溶解し、1mg/mlの蛋白質溶液を調製した。この溶液に、上記特許文献4で最も高い凝集抑制効果を示したアルギニンエチルエステルと、本発明に係るN末端からβ−アラニン、オルニチン、オルニチンの順でペプチド結合したトリペプチド(以下β-Ala-Orn-Ornと略す)を、それぞれの濃度が20mMあるいは60mMになるように添加し、98℃で10分、20分、30分加熱処理した。上記試料を添加しない蛋白質溶液も同様に加熱処理し無添加区分とした。加熱処理後15,000rpmで20分間遠心分離(HIMAC CR15T:日立製作所)し、得られた上清を蒸留水で10倍希釈した溶液について、分光光度計(U-3310:日立製作所)を用い、波長280nmでの吸光度を測定し、溶液中に残存する蛋白質量を求めた。
【0020】
表1に、実施例1における蛋白質の加熱処理による経時的凝集変化を示す。経時的凝集変化は、加熱開始前の吸光度から求めた蛋白質量を100%とし、残存する蛋白質量(%)を減じた値を凝集した蛋白質量(%)として、示したものである。その結果、無添加区分では20分以上の加熱で90%以上の凝集変性が観察されたが、アルギニンエチルエステル20mM添加区分では30分加熱で79.3%、60mM添加区分では18.8%にとどまり、高い凝集抑制効果が確認された。一方、β-Ala-Orn-Ornの20mM 添加区分では30分加熱で49.1%、60mM添加区分ではほとんど凝集変性がみられなかった。このことから、β-Ala-Orn-Orn はアルギニンエチルエステルよりも顕著に高い凝集抑制効果があることが示された。
【0021】
【表1】

【0022】
実施例2.蛋白質の残存活性(トリペプチド)
50mMリン酸緩衝液(pH7.1)にニワトリリゾチーム(Sigma社)を溶解し、1mg/mlの蛋白質溶液を調製した。この溶液に、アルギニンエチルエステルと、本発明に係るβ-Ala-Orn-Ornを、それぞれの濃度が20mMあるいは60mMになるように添加し、98℃で10分、20分、30分加熱処理した。上記試料を添加しない蛋白質溶液も同様に加熱処理し無添加区分とした。次に0.5mg/mlのMicrococcus lysodeikticus(Sigma社)溶液(100mMリン酸緩衝液、pH6.5)2mlに、加熱処理後の蛋白質溶液10mlをそれぞれ添加し、分光光度計(U-3310:日立製作所)を用い、波長600nmの吸光度にてリゾチーム活性を測定した。
【0023】
表2に、実施例2における蛋白質の加熱処理による残存酵素活性の変化を示す。残存酵素活性の変化は、加熱前の蛋白質溶液の酵素活性を100%として示したものである。無添加区分では、加熱10分後に2.1%となり、酵素活性はほとんど失われてしまったが、アルギニンエチルエステル20mM添加区分では30分加熱が13.5%、60mM添加区分が61.8%の、残存酵素活性を示した。一方、β-Ala-Orn-Ornの20mM 添加区分では30分加熱が32.5%とアルギニンエチルエステル20mM添加区分の2倍以上の酵素活性が残存した。さらに60mM添加区分では10分間加熱してもほとんど酵素の失活はみられず、30分加熱でも80%近い残存活性が認められた。つまり、β-Ala-Orn-Orn はアルギニンエチルエステルよりも顕著に高い蛋白質溶液加熱処理後の酵素活性を示した。
【0024】
【表2】

【0025】
これらの結果から、蛋白質溶液にβ-Ala-Orn-Ornを添加すると、熱変性による蛋白質の凝集を抑制するだけでなく、蛋白質の機能(活性)も保持されることが分かった。また、β-Ala-Orn-Ornの効果は、特許文献4に示された種々の安定化剤よりもさらに優れたものであることが明らかになった。
【0026】
実施例3.蛋白質の凝集抑制効果および蛋白質の残存活性(ジペプチド)
さらに、比較のために、ポリアミンの1種であるスペルミンと、トリペプチド(β-Ala-Orn-Orn)の一部を構成するジペプチド(β-Ala-Orn、Orn-Orn)について同様に凝集変性率および残存酵素活性を検討した。
【0027】
表3に、実施例3における蛋白質の加熱処理による経時的凝集変化を示す。経時的凝集変化は、加熱開始前の吸光度から求めた蛋白質量を100%とし、残存する蛋白質量(%)を減じた値を凝集した蛋白質量(%)として、示したものである。また、
表4に、実施例3における蛋白質の加熱処理による残存酵素活性の変化を示す。残存酵素活性の変化は、加熱前の蛋白質溶液の酵素活性を100%として示したものである。
【0028】
その結果、トリペプチド(β-Ala-Orn-Orn)の一部を構成するジペプチドであるβ-Ala-OrnおよびOrn-Ornにも、トリペプチドと同等あるいはそれ以上の蛋白質の凝集を抑制する効果、および蛋白質の機能(活性)を保持する効果があることが示された。
【0029】
【表3】

【0030】
【表4】

【0031】
なお、以上の実施例に示したトリペプチドやジペプチドの構成アミノ酸であるβ-Ala(β-アラニン))およびOrn(オルニチン)には、各実施例の本発明に診られたような強力な作用、効果は、認められなかった。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明の蛋白質の安定化方法、蛋白質安定化剤および蛋白質含有溶液によれば、蛋白質の凝集を効果的に抑制し、優れた蛋白質安定化効果を得ることができる。そして、蛋白質を含有する溶液の安定性を向上させることができるため、測定精度が高く、長期安定性に優れた測定試薬ならびに標準液を提供することができる。また、分析試薬にとどまらず食品や医薬品等を含めた広範囲の応用展開が可能でもあり、利用価値が高い。



【特許請求の範囲】
【請求項1】
N末端からβ−アラニン、オルニチンの順、もしくはN末端からオルニチン、オルニチンの順でペプチド結合した配列を有するペプチドまたはその塩を、蛋白質もしくは蛋白質結合担体の少なくともいずれか一方を含む試薬組成物に共存させることを特徴とする、蛋白質の安定化方法。
【請求項2】
N末端からβ−アラニン、オルニチンの順、もしくはN末端からオルニチン、オルニチンの順でペプチド結合した配列を有するペプチドまたはその塩からなる、蛋白質安定化剤。
【請求項3】
β−アラニン、オルニチンの順でペプチド結合したジペプチド、もしくはオルニチン、オルニチンの順でペプチド結合したジペプチドまたはその塩からなる、蛋白質安定化剤。
【請求項4】
N末端からβ−アラニン、オルニチンの順、もしくはN末端からオルニチン、オルニチンの順でペプチド結合した配列を有するペプチドまたはその塩を、蛋白質もしくは蛋白質結合担体の少なくともいずれか一方を含む試薬組成物に共存させてなることを特徴とする、蛋白質含有溶液。
【請求項5】
請求項4に記載の蛋白質含有溶液を用いてなる、生体成分測定用試薬。
【請求項6】
請求項4に記載の蛋白質含有溶液を用いてなる、生体成分測定のために用いる標準液。


【公開番号】特開2007−57246(P2007−57246A)
【公開日】平成19年3月8日(2007.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−239715(P2005−239715)
【出願日】平成17年8月22日(2005.8.22)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許 出願(平成13年度、経済産業省、即効型地域新生コンソーシアム研究開発事業 (シジミの低温処理技術を利用した新しいエキスの開発)委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受けるもの)
【出願人】(591005453)青森県 (52)
【Fターム(参考)】