説明

蛍光検出方法及び蛍光検出装置

【課題】レーザ光を照射することにより測定対象物が発する蛍光を検出する際、従来に比べて正確に蛍光緩和時定数を算出する蛍光検出方法及び蛍光検出装置を提供する。
【解決手段】所定の周波数の変調信号で光強度を変調したレーザ光の照射位置を測定対象物が通過するとき、受光手段が受光する蛍光の第1の蛍光信号を収集する。さらに、測定対象物がレーザ光の照射位置を通過した後の、測定対象物がレーザ光の照射位置に無い状態において、受光手段が受光する蛍光の第2の蛍光信号を収集する。収集した第1の蛍光信号と第2の蛍光信号とを用いて、測定対象物の発する蛍光の蛍光信号の、レーザ光の変調信号に対する位相差情報を求め、この求めた測定対象物の発する蛍光の蛍光信号の位相差情報から、測定対象物の発する蛍光の蛍光緩和時定数を求める。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞や細菌等の測定対象物をバッファー液に含ませて流れる流体の流れに対して、レーザ光を照射することにより測定対象物が発する蛍光を検出する蛍光検出方法及び蛍光検出装置に関する。
【背景技術】
【0002】
医療、生物分野で用いられるフローサイトメータには、レーザ光を照射することにより測定対象物の蛍光色素からの蛍光を受光して、測定対象物の種類を識別する蛍光検出装置が組み込まれている。
具体的には、フローサイトメータは、細胞、DNA、RNA、酵素、蛋白等の生体物質を測定対象物としてバッファー液に含んで構成される混濁液を蛍光試薬でラベル化し、圧力を与えて毎秒10m以内程度の速度で管路内を流れるシース液に測定対象物を流してラミナーシースフローを形成する。このフロー中の測定対象物にレーザ光を照射することにより、生体物質中の蛍光色素が発する蛍光を受光し、この蛍光をラベルとして識別することで生体物質を識別するものである。
このフローサイトメータでは、例えば、細胞内のDNA、RNA、酵素、蛋白質等の細胞内相対量を計測し、またこれらの働きを短時間で解析することができる。また、特定のタイプの細胞や染色体を蛍光によって識別し、識別した細胞や染色体のみを生きた状態で短時間で選別収集するセル・ソータ等が用いられる。
これの使用においてはより多くの測定対象物を短時間に蛍光の情報から識別することが要求されている。
【0003】
下記特許文献1には、蛍光検出装置が開示されている。この蛍光検出装置では、レーザ光源部から出射するレーザ光の強度を時間変調させ、このレーザ光を生体物質等に照射する。このとき試料から発する蛍光を受信して、レーザ光の変調信号に対する位相差情報を用いて生体物質等が発する蛍光の蛍光緩和時間を算出する。これにより、多数の蛍光の種類を識別することができ、特に短時間で効率よく蛍光信号を識別することができる、とされている。
【0004】
【特許文献1】特開2006−226698号公報
【0005】
上記特許文献1の装置は、生体物質等が発する蛍光の蛍光強度が強い場合、受光した蛍光の種類を正確に識別することができるが、生体物質等が発する蛍光の発光領域が限られ、しかも蛍光強度が比較的弱い場合、必ずしも正確な識別ができないといった問題が生じる。
例えば、予め蛍光緩和時間が既知の蛍光色素の発する蛍光を測定した場合、蛍光強度が弱いとき、求められた蛍光緩和時間が既知の蛍光緩和時間とずれが生じるため、正確な識別ができないといった問題が生じる。この他、生体物質がレーザ光の照射位置を通過するたびに蛍光緩和時定数を求め、求めた複数の蛍光緩和時定数を横軸に採り、縦軸にその頻度を採ったヒストグラムにおいて、ヒストグラムを形成する山の形状がブロードになり、複数の蛍光を正確に識別することができない。
【0006】
今日、生体物質中の極めて限られた狭い局所領域を蛍光の発光領域とする生体物質を扱うことが多くなっている。この場合、生体物質の発する蛍光の発光領域が小さくなるので、蛍光強度も弱くなる。このため、上述したように蛍光の正確な識別が益々困難となっている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこで、本発明は、上記問題点を解決するために、レーザ光を照射することにより生体物質等の測定対象物が発する蛍光を検出する際、従来に比べて正確に蛍光緩和時定数を算出する蛍光検出方法及び蛍光検出装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、本発明は、測定対象物をバッファー液に含ませて流れる流体の流れに対して、設定された周波数の変調信号を用いて光強度を変調したレーザ光を照射することにより、通過する測定対象物が発する蛍光を受光手段が受光して蛍光を検出する際、
レーザ光の照射位置を測定対象物が通過するとき、前記受光手段が受光する蛍光の第1の蛍光信号を収集する第1のステップと、前記測定対象物が前記レーザ光の照射位置を通過した後の、前記測定対象物がレーザ光の照射位置に無い状態において、前記受光手段が受光する蛍光の第2の蛍光信号を収集する第2のステップと、前記第1の蛍光信号の前記変調信号に対する第1の位相差情報を、前記第2の蛍光信号の前記変調信号に対する第2の位相差情報を用いて調整することにより、測定対象物の発する蛍光の蛍光信号の、前記変調信号に対する第3の位相差情報を求め、この求めた第3の位相差情報から、測定対象物の発する蛍光の蛍光緩和時定数を求める第3のステップと、を有することを特徴とする蛍光検出方法を提供する。
【0009】
その際、前記第1及び第2の位相差情報は、前記変調信号と同相の信号成分の値と、前記変調信号に対して90度位相差のある信号成分の値とにより構成されることが好ましい。さらに、前記第3の位相差情報は、前記第1の位相差情報のデータから前記第2の位相差情報のデータを、各成分毎に差し引いたデータであることが好ましい。
【0010】
また、本発明は、測定対象物をバッファー液に含ませて流れる流体の流れに対して、レーザ光を照射することにより測定対象物が発する蛍光を検出する蛍光検出装置であって、
設定された周波数の変調信号を用いて光強度を変調したレーザ光を、前記流れに向けて出射するレーザ光源部と、レーザ光の照射によって発する蛍光の蛍光信号を出力する受光部と、前記測定対象物がレーザ光の照射位置を通過するタイミングを検知するタイミング検出部と、前記検知したタイミングに従って、前記受光部が受光する蛍光の第1の蛍光信号を収集し、さらに、前記測定粒子がレーザ光の照射位置を通過後のレーザ光の照射位置に無い状態において、前記受光部が受光する蛍光の第2の蛍光信号を収集し、前記第1の蛍光信号の前記変調信号に対する第1の位相差情報を、前記第2の蛍光信号の前記変調信号に対する第2の位相差情報を用いて調整することにより、測定対象物の発する蛍光の蛍光信号の、前記変調信号に対する第3の位相差情報を求め、この求めた第3の位相差情報から、測定対象物の発する蛍光の蛍光緩和時定数を求める処理・分析手段と、を有することを特徴とする蛍光検出装置を提供する。
【0011】
その際、前記第1及び第2の位相差情報は、前記変調信号と同相の信号成分の値と、前記変調信号に対して90度位相差のある信号成分と値とにより構成されるデータであることが好ましい。さらに、前記処理・分析手段は、前記第1の位相差情報のデータから前記第2の位相差情報のデータを、各成分毎に差し引くことにより前記第3の位相差情報のデータを求めることが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明の蛍光検出方法及び蛍光検出装置は、測定対象物の発する蛍光のみならず、測定対象物がレーザ光の照射位置を通過した後のバッファー液の発する蛍光に対しても、蛍光検出の計測対象とする。これは、測定対象物の蛍光が比較的弱い場合、バッファー液自体が発する蛍光を無視できないからである。測定対象物がレーザ光の照射位置の通過時において計測される蛍光には、測定対象物の発する蛍光の他にバッファー液自体が発する蛍光が含まれているが、本発明では、測定対象物がレーザ光の照射位置を通過した後のバッファー液の発する蛍光に対しても蛍光を計測を行うので、この計測結果を用いて、測定対象物の発する蛍光の位相差情報を正確に求めることができる。これにより、従来に比べて正確かつ迅速に蛍光緩和時定数を算出することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明の蛍光検出方法を実施する本発明の蛍光検出装置を好適に用いたフローサイトメータを基に詳細に説明する。
図1は、強度変調したレーザ光による蛍光検出装置を用いたフローサイトメータ10の概略構成図である。以下説明する実施形態では、バッファー液に懸濁した蛍光色素を有する生体物質Mを、測定対象物として説明するが、生体物質Mの他に所定の蛍光色素を備え、生体物質Mと生体結合をするマイクロビーズを生体物質Mとともにバッファー液に含ませ、生体物質M及びマイクロビーズを測定対象物とすることもできる。
【0014】
フローサイトメータ10は、レーザ光を照射することにより蛍光を発する生体物質Mをバッファー液に懸濁して構成された試料12に照射し、試料12中の生体物質Mが備える蛍光色素の発する蛍光の蛍光信号を検出して信号処理をする信号処理装置20と、信号処理装置20で得られた処理結果から試料12中の測定対象物の分析を行なう分析装置(コンピュータ)80とを有する。
【0015】
信号処理装置20は、レーザ光源部22と、受光部24、26と、レーザ光源部22からのレーザ光を所定の変調周波数で強度変調させる変調信号を生成するために制御する制御部、及び試料12からの蛍光信号を識別する信号処理部を含んだ制御・処理部28と、高速流を形成するシース液に、生体物質Mを含んだバッファー液からなる試料12を流してフローセルを形成する管路30と、を有する。
管路30の出口には、回収容器32が設けられている。フローサイトメータ10には、レーザ光の照射により短時間内に試料12中の生体物質Mを識別し分離するためのセル・ソータを配置して別々の回収容器に分離するように構成することもできる。
【0016】
レーザ光源部22は、波長の異なる3つのレーザ光、例えばλ1=405nm、λ2=533nmおよびλ3=650nm等のレーザ光を出射する部分である。レーザ光は、管路30中の所定の位置に集束するようにレンズ系が設けられ、この集束位置で試料12の測定点を形成する。この測定点が、本発明におけるレーザ光の照射位置に対応する。
【0017】
図2は、レーザ光源部22の構成の一例を示す図である。
レーザ光源部22は、350nm〜800nmの可視光帯域の波長を有し、強度変調したレーザ光を出射する部分である。
レーザ光源部22は、主に赤色のレーザ光RをCW(連続波)レーザ光として出射し、このCWレーザ光の強度を所定の周波数で変調するR光源22rと、緑色のレーザ光GをCW(連続波)レーザ光として出射し、このCWレーザ光の強度を所定の周波数で変調するG光源22gと、青色のレーザ光BをCW(連続波)レーザ光として出射し、このCWレーザ光の強度を所定の周波数で変調するB光源22bと、を有する。
さらに、レーザ光源部22は、特定の波長帯域のレーザ光を透過し、他の波長帯域のレーザ光を反射するダイクロイックミラー23a1、23a2と、レーザ光R,GおよびBからなるレーザ光を管路30中の測定点に集束させるレンズ系23cと、R光源22r、G光源22gおよびB光源22bのそれぞれを駆動するレーザドライバ34r,34gおよび34bと、供給された信号をレーザドライバ34r,34gおよび34bに分配するパワースプリッタ35と、を有する。
【0018】
これらのレーザ光を出射する光源として例えば半導体レーザが用いられる。
レーザ光は、例えば5〜100mW程度の出力である。一方、レーザ光の強度を変調する周波数(変調周波数)は、その周期が蛍光緩和時定数に比べてやや長い、例えば10〜50MHzである。
ダイクロイックミラー23a1は、レーザ光Rを透過し、レーザ光Gを反射するミラーであり、ダイクロイックミラー23a2は、レーザ光RおよびGを透過し、レーザ光Bを反射するミラーである。
この構成によりレーザ光R,GおよびBが合成されて、測定点の試料12を照射する照射光となる。
【0019】
R光源22r、G光源22gおよびB光源22bは、レーザ光R、GおよびBが蛍光色素を励起して特定の波長帯域の蛍光を発するように、予め定められた波長帯域で発振する。レーザ光R、GおよびBによって励起される蛍光色素は測定しようとする生体物質Mに付着されており、生体物質Mが測定対象物として管路30を通過する際、測定点でレーザ光R、GおよびBの照射を受けて特定の波長で蛍光を発する。さらに、生体物質Mが測定点を通過後も、好ましくは通過直後も、生体物質Mが無い状態でバッファー液に対し一定期間レーザ光を照射し、バッファー液の発する蛍光の検出を行う。
【0020】
受光部24は、管路30を挟んでレーザ光源部22と対向するように配置されており、測定点を通過する生体物質Mによってレーザ光が前方散乱することにより、生体物質Mが測定点を通過する旨の検出信号を出力する光電変換器を備える。この受光部24から出力される信号は、制御・処理部28に供給され、制御・処理部28において生体物質Mが管路30中の測定点を通過するタイミングを知らせるトリガ信号として用いられる。
なお、生体物質Mが測定点を通過する時間をTとし、生体物質Mの平均直径をD、フローセルを流れる生体物質Mの速度をVとし、レーザ光の測定点におけるスポット幅をWとしたとき、時間Tは、T=(D+W)/Vとなる。この時間Tは既知の値である。信号処理装置20は、受光部24で生成されるトリガ信号を計測開始のタイミングとして、蛍光の検出を開始し、時間Tの2倍の時間2・Tの間計測を続行する。計測とは、時間Tの期間中、試料12の発する蛍光を受光して、後述する制御・処理部28にて信号処理を行い、分析装置80に位相差情報を供給することをいう。この計測により、測定点を生体物質Mが通過するとき、受光部26が受光する蛍光の第1の蛍光信号を収集し、生体物質Mが測定点を通過した後の、生体物質Mが測定点に無いバッファー液のみの状態において、受光部26が受光する蛍光の第2の蛍光信号を収集することができる。
【0021】
一方、受光部26は、レーザ光源部22から出射されるレーザ光の出射方向に対して垂直方向であって、かつ管路30中の試料12の移動方向に対して垂直方向に配置されており、測定点にて照射された試料12から発する蛍光を受光する光電変換器を備える。
図3は、受光部26の一例の概略の構成を示す概略構成図である。
【0022】
図3に示す受光部26は、試料12中の生体物質12からの蛍光信号を集束させるレンズ系26aと、ダイクロイックミラー26b,26bと、バンドパスフィルタ26c〜26cと、光電子倍増管等の光電変換器27a〜27cと、を有する。
レンズ系26aは、受光部26に入射した蛍光を光電変換器27a〜27cの受光面に集束させるように構成されている。
ダイクロイックミラー26b,26bは、所定の範囲の波長帯域の蛍光を反射させて、それ以外は透過させるミラーである。バンドパスフィルタ26c〜26cでフィルタリングして光電変換器27a〜27cで所定の波長帯域の蛍光を取り込むように、ダイクロイックミラー26b,26bの反射波長帯域および透過波長帯域が設定されている。
【0023】
バンドパスフィルタ26c〜26cは、各光電変換器27a〜27cの受光面の前面に設けられ、所定の波長帯域の蛍光のみが透過するフィルタである。透過する蛍光の波長帯域は、蛍光色素の発する蛍光の波長帯域に対応して設定されている。
【0024】
光電変換器27a〜27cは、例えば光電子倍増管を備えたセンサを備え、光電面で受光した光を電気信号に変換するセンサである。ここで、受光する蛍光はレーザ光の変調信号に対して位相差情報を持った光信号として受光されるので、出力される電気信号は位相差情報を持った蛍光信号となる。この蛍光信号は、増幅器で増幅されて、制御・処理部28に供給される。
【0025】
制御・処理部28は、図4に示すように、信号生成部40と、信号処理部42と、コントローラ44と、を有して構成される。信号生成部40及びコントローラ44は、所定の周波数の変調信号を生成する光源制御部を形成する。なお、制御・処理部28は、本発明における第1の蛍光信号及び第2の蛍光信号を収集する部分に対応する。
信号生成部40は、レーザ光の強度を所定の周波数で変調(振幅変調)する変調信号を生成する部分である。
具体的には、信号生成部40は、発振器46、パワースプリッタ48及びアンプ50,52を有し、生成される変調信号を、レーザ光源部22のパワースプリッタ35に供給するとともに、信号処理部42に供給する部分である。信号処理部42に変調信号を供給するのは、後述するように、光電変換機27a〜27cから出力される蛍光信号(第1の蛍光信号、第2の蛍光信号)を検波するための参照信号として用いるためである。なお、変調信号は、所定の周波数の正弦波信号であり、10〜50MHzの範囲の周波数に設定される。
【0026】
信号処理部42は、光電変換器27a〜27cから出力される蛍光信号を用いて、レーザ光の照射により試料12が発する蛍光の位相差情報を含む信号を処理する部分である。信号処理部42は、光電変換器27a〜27cから出力される蛍光信号を増幅するアンプ54a〜54cと、増幅された蛍光信号のそれぞれを信号生成部40から供給された正弦波信号である変調信号を分配するパワースプリッタ56と、この変調信号を参照信号として増幅された蛍光信号と合成するIQミキサ58a〜58cと、を有して構成される。
【0027】
IQミキサ58a〜58cは、光電変換器27a〜27cから供給される蛍光信号を、信号生成部40から供給される変調信号を参照信号として合成する装置である。具体的には、IQミキサ58a〜58cのそれぞれは、図5に示すように、参照信号を蛍光信号(RF信号)と乗算して、蛍光信号のcos成分(参照信号と同位相の信号成分)と高周波成分を含む処理信号を算出するとともに、参照信号の位相を90度シフトさせた信号を蛍光信号と乗算して、蛍光信号のsin成分(参照信号に対して90度の位相差のある信号成分)と高周波成分を含む処理信号を算出する。このcos成分を含む処理信号及びsin成分を含む処理信号は、コントローラ44に供給される。
【0028】
コントローラ44は、信号生成部40に所定の周波数の変調信号(正弦波信号)を生成させるように制御し、さらに、信号処理部42にて求められた蛍光信号のcos成分の値及びsin成分の値を含む処理信号から、高周波成分を取り除いて蛍光信号のcos成分の値及びsin成分の値を求める部分である。
【0029】
具体的には、コントローラ44は、信号処理装置20の各部分の動作制御のための指示を与えるとともに、フローサイトメータ10の全動作を管理するシステム制御器60と、信号処理部42で演算されたcos成分、sin成分に高周波成分が加算された処理信号から高周波成分を取り除くローパスフィルタ62と、高周波成分の取り除かれたcos成分、sin成分の処理信号を増幅するアンプ64と、増幅された処理信号をサンプリングするA/D変換器66と、を有する。
システム制御器60は、レーザ光の強度変調のために、発振器46の発振周波数を定める。
コントローラ44は、ローパスフィルタ62によってフィルタリング処理されて高周波信号が除去されたcos成分の値及びsin成分の値をアンプ64で増幅し、さらに、A/D変換器66によりサンプリングすることにより、デジタル化されたcos成分、sin成分の処理信号を、分析装置80に供給する。
【0030】
分析装置80は、生体物質Mの発する蛍光の蛍光緩和時定数(蛍光緩和時間)を求め、試料12中の生体物質Mの蛍光の種類を、蛍光緩和時定数から識別する部分である。所定の蛍光色素を付着したマイクロビーズを試料12に含ませて、生体物質Mが生体結合するか否か等の生体物質Mの特性を調べることもできる。
なお、分析装置80は、本発明における蛍光緩和時定数を算出する処理部を形成し、コンピュータにより構成される。
【0031】
生体物質Mの発する蛍光の蛍光緩和時定数の算出は、バッファー液に懸濁する生体物質Mが測定点を通過するとき発する蛍光の第1の蛍光信号の変調信号に対する位相差情報と、生体物質Mが測定点を通過した直後のバッファー液が発する蛍光の第2の蛍光信号の位相差情報とを用いて行われる。
上述したように、受光部24で生成されるトリガ信号に基づいて計測を開始し、生体物質Mが測定点を通過する時間Tの2倍の時間2・Tの間計測を続ける。このため、計測開始から最初の時間Tまでは、バッファー液に懸濁する生体物質Mが測定点を通過するときの蛍光を検出し、時間T〜時間2・Tでは、生体物質Mが測定点を通過した直後のバッファー液が発する蛍光を検出する。したがって、分析装置80に供給されるcos成分、sin成分の処理信号は、計測開始から最初の時間Tまでの蛍光の位相差情報、すなわち、バッファー液と生体物質Mとが発する蛍光の位相差情報と、時間T〜時間2・Tまでの蛍光の位相差情報、すなわちバッファー液が発する蛍光の位相差情報を含んでいる。
【0032】
生体物質Mの発する蛍光の蛍光緩和時定数の算出は、具体的には、コントローラ44から供給された上述のcos成分の値及びsin成分の値をベクトル成分とする計測ベクトルを位相差情報を含むデータとして用いる。この計測ベクトルについて、バッファー液に懸濁する生体物質Mが測定点を通過するときの第1の蛍光信号の計測ベクトルをPmsとし、生体物質Mが測定点を通過した直後のバッファー液が蛍光を発するときの第2の蛍光信号の計測ベクトルをPmbとし、生体物質Mの発する蛍光のcos成分の値及びsin成分の値からなる生体物質MのベクトルをPsとしたとき、Ps=Pms−Pmbで表される。図6には、計測ベクトルPms,Pmbと、生体物質MのベクトルPsとの関係を示している。図6に示す図は、横軸にレーザ光の変調信号のcos成分(実数部)の値(振幅)を、縦軸にはsin成分(虚数部)の値(振幅)を採って表している。すなわち、本発明における位相差情報は、変調信号と同相の信号成分(cos成分)の値と、変調信号に対して90度位相差のある信号成分(sin成分)の値とにより構成されるデータとなっている。
【0033】
実際、生体物質Mが測定点を通過するとき試料12から発する蛍光は、生体物質Mが発する蛍光とバッファー液が発する蛍光を含む。このため、分析装置80では、これらの蛍光が混在した状態で、受光部26で蛍光か受光される。したがって、分析装置80で得られる計測ベクトルPmsは、生体物質Mが発する蛍光の蛍光信号のcos成分の値及びsin成分の値と、バッファー液が発する蛍光の蛍光信号のcos成分の値及びsin成分の値とが含まれる。このため、生体物質Mが測定点を通過した直後のバッファー液が発する蛍光の蛍光信号のcos成分の値及びsin成分の値からなる計測ベクトルPmbを、計測ベクトルPmsから差し引くことにより、生体物質Mが発する蛍光のベクトルPsを算出することができる。すなわち、計測ベクトルPmsのcos成分の値,sin成分の値から計測ベクトルPmbのcos成分の値、sin成分の値を成分ごとに差し引くことにより、生体物質Mが発する蛍光のベクトルPsを算出する。
【0034】
生体物質Mの蛍光が弱い場合、背景成分となって生体物質Mの蛍光の蛍光信号に含まれるバッファー液の発する蛍光は無視できない。本実施形態では、生体物資Mが測定点を通過した直後の一定期間(時間T〜2・Tの期間)、例えば、生体物質Mが測定点を通過する時間Tと同じ時間の長さで、バッファー液の発する蛍光を計測することにより、上述のように、生体物質Mが発する蛍光のベクトルPsを算出する。図7は、試料12が発する蛍光の蛍光強度の時間変化を示すグラフである。図7中の領域R1は、生体物質Mが発する蛍光とバッファー液が発する蛍光とが混在する領域である。一方、領域R2は、バッファー液が発する蛍光のみが存在する領域である。このように、受光部24から出力されるトリガ信号の生成を計測の開始のタイミングとして計測開始〜時間Tの間、領域R1の計測を行い、この直後、領域R2の計測を行う。なお、ベクトルPsの算出は、光電変換器27a〜27cで得られた蛍光信号毎に行われる。
【0035】
分析装置80は、こうして求められた生体物質Mが発する蛍光のベクトルPsから、蛍光緩和時定数(蛍光緩和時間)を求める、蛍光緩和時定数は、生体物質Mが測定点を通過するたびに供給される計測ベクトルPms,Pmbを用いて算出される。このため、分析装置80では、算出された蛍光緩和時定数の頻度を表すヒストグラムを作成し、蛍光緩和時定数を統計的に処理して、蛍光緩和時定数の平均値及び分散を求める。これにより、生体物質Mの発する蛍光を識別することができる。
【0036】
なお、蛍光緩和時定数の算出方法は、蛍光色素の発する蛍光の蛍光緩和時定数に依存しており、例えば蛍光を1次緩和過程で表した場合、下記式に従って算出される。
τ = 1/ω・tanθs
ここで、θsは、算出されたベクトルPsの、cos成分の軸に対する傾斜角度(図6参照)であり、ωはレーザ光の変調信号の周波数であり、τは蛍光緩和時定数である。蛍光緩和時定数τは、レーザ光をパルス照射したときの初期蛍光強度をI0とすると、この時点から蛍光強度がI0/e(eは自然対数の底、e≒2.71828)となる時点までの時間をいう。
フローサイトメータ10は以上のように構成される。
【0037】
このようなフローサイトメータ10の信号処理装置20は、まず、コントローラ44からの指示により、所定の周波数の変調信号を発信器46に発生させ、この信号がアンプ50により増幅されて、レーザ光源部22及び信号処理部42に供給される。
この状態で、試料12が管路30を流れ、フローが形成される。フローは、例えば100μmの流路径に1〜10m/秒の流速を有する。
測定点を通過する生体物質Mにレーザ光が照射されると、受光部24で生体物質Mの通過を検出する検出信号がコントローラ44にトリガ信号として出力される。
コントローラ44では、この検出信号をトリガ信号とし、計測開始の指示信号を各部分に供給する。
【0038】
レーザ光源部22から出射したレーザ光は測定点において試料12中の蛍光色素を励起させるために用いられ、このレーザ光の照射により蛍光色素が蛍光を発し、受光部26にて受光される。レーザ光は、所定の周波数で強度が変調しているので、蛍光もこれに対応して蛍光強度が所定の周波数で変調している。
このようなレーザ光で照射されて発する蛍光色素からの蛍光は、レーザ光の強度を変調する変調信号に対して位相差の情報を持っている。
【0039】
このとき、生体物質Mが測定点を通過する数μ〜数10μ秒の間に、所定の周波数で振幅変調するレーザ光が生体物質Mに照射される。レーザ光の変調周波数は、例えば10〜50MHzである。
生体物質Mが測定点を通過する計測開始〜時間Tの期間中、蛍光の計測、すなわち、図7に示す領域R1の計測が行われ第1の蛍光信号が得られ、時間Tの経過直後、さらに、時間Tの間、蛍光の別の計測、すなわち、図7に示す領域R2の計測が行われ第2の蛍光信号が得られる。
【0040】
受光部26の光電変換器27a〜27cで受光されて出力される第1、第2の蛍光信号は、アンプ54a〜54cで増幅され、IQミキサ58a〜58cにより、信号生成部40から供給された正弦波信号である変調信号と合成される。
IQミキサ58a〜58cでは、正弦波信号である変調信号(参照信号)と第1、第2の蛍光信号を乗算した合成信号が生成されるとともに、正弦波信号である変調信号(参照信号)に対して位相を90度シフトさせた信号と蛍光信号を乗算して合成した信号が生成される。
次に、生成された2つの合成信号は、コントローラ44のローパスフィルタ62に送られ、高周波成分が除去されて、蛍光信号のcos成分及びsin成分の信号が取り出される。
この蛍光信号のcos成分及びsin成分の信号は増幅され、A/D変換され、分析装置80に送られる。A/D変換は、受光部24からのトリガ信号のタイミングで同期が取られ、サンプリングが行われる。
このような信号処理は、計測によって得られる蛍光信号が光電変換機27a〜27cから供給されるとオンタイムで行われ、分析装置80へ信号処理後のcos成分の値及びsin成分の値が逐次供給される。
【0041】
分析装置80では、供給されたcos成分の値及びsin成分の値を逐次収集した後、このcos成分の値及びsin成分の値を用いて算出される領域R1の計測ベクトルPmsの平均値と、領域R2の計測ベクトルPmbの平均値の差分が求められ、生体物質MのベクトルPmが求められる。分析装置80では、さらに、このベクトルPmを用いて、τ = 1/ω・tanθsの式に従って蛍光緩和時定数τが求められる。
【0042】
このように本実施形態では、生体物質Mが測定点を通過する時の蛍光を計測した直後に、バッファー液の発する蛍光も計測し、これらの計測結果の情報を用いて蛍光緩和時定数を算出する。これによって、生体物質Mの発する蛍光の蛍光緩和時定数を正確に、かつ効率的に算出することができる。
なお、バッファー液の発する蛍光を計測する前に、バッファー液の蛍光の蛍光緩和時間を一度計測して分析装置80に記憶保存し、生体物質Mの蛍光の蛍光緩和時間を算出するときに呼び出して用いる方法もある。
しかし、一定の期間に計測すべき試料12が複数種類かつ多量にあり、しかも、バッファー液の種類が異なる場合、上記方法では迅速に対応できない。また、蛍光タンパク質を導入した細胞等が培地中に存在し、これを希釈して試料12とする場合、希釈の度合いによって、試料12中に含まれる培地の量が変化し、バッファー液が発する蛍光緩和時間も変化するため、上記方法では対応できない。さらに、生体物質12がその生体活動によりバッファー液の成分も変化し、バッファー液の発する蛍光緩和時間も変化するため、上記方法では対応できない。
このような不都合を、本実施形態は解消し、迅速にかつ正確に蛍光緩和時定数を算出することができる。
【0043】
なお、本実施形態においては、計測ベクトルPms及びPmbを求める方法は、信号処理部42及びコントローラ44における上述した処理方法の替わりに、レーザ光の変調信号を入力信号とし、IQミキサ58a〜58cから出力される処理信号を応答信号とする伝達関数の周波数スペクトルを周波数分析器を用いて求め、この周波数スペクトルにおける、実数部の値及び虚数部の値を求め、このときのDC成分の実数部の値及び虚数部の値を計測ベクトルPms,Pmbのベクトル成分とし、生体物質Mの発する蛍光のベクトルPs=Pms−Pmbを求めることにより、蛍光緩和時定数の算出することもできる。
【0044】
以上、本発明の蛍光検出方法及び蛍光検出装置について詳細に説明したが、本発明は上記実施形態に限定されず、本発明の主旨を逸脱しない範囲において、種々の改良や変更をしてもよいのはもちろんである。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】本発明の蛍光検出装置を用いたフローサイトメータの概略構成図である。
【図2】本発明の蛍光検出装置に用いられるレーザ光源部の一例を示す概略構成図である。
【図3】本発明の蛍光検出装置に用いられる受光部の一例を示す概略構成図である。
【図4】本発明の蛍光検出装置に用いられる制御・処理部の一例を示す概略構成図である。
【図5】図4に示す制御・処理部のIQミキサを説明する図である。
【図6】本発明の蛍光検出装置で行う蛍光緩和時定数の算出方法を説明する図である。
【図7】蛍光強度の時間的変化の概略の様子を示す図である。
【符号の説明】
【0046】
10 フローサイトメータ
12 試料
20 信号処理装置
22 レーザ光源部
22r R光源
22g G光源
22b B光源
23a1,23a2,26b1,26b2 ダイクロイックミラー
23c.26a レンズ系
24,26 受光部
26c1,26c2,26c バンドパスフィルタ
27a〜27c 光電センサ
28 制御・処理部
30 管路
32 回収容器
34r,34g,34b レーザドライバ
35,48,56 パワースプリッタ
40 信号生成部40
42 信号処理部
44 コントローラ
46 発信器
50,52,54a,54b,54c,64 アンプ
58a,58b,58c IQミキサ
62 ローパスフィルタ
66 A/D変換器
80 分析装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
測定対象物をバッファー液に含ませて流れる流体の流れに対して、設定された周波数の変調信号を用いて光強度を変調したレーザ光を照射することにより、通過する測定対象物が発する蛍光を受光手段が受光して蛍光を検出する際、
レーザ光の照射位置を測定対象物が通過するとき、前記受光手段が受光する蛍光の第1の蛍光信号を収集する第1のステップと、
前記測定対象物が前記レーザ光の照射位置を通過した後の、前記測定対象物がレーザ光の照射位置に無い状態において、前記受光手段が受光する蛍光の第2の蛍光信号を収集する第2のステップと、
前記第1の蛍光信号の前記変調信号に対する第1の位相差情報を、前記第2の蛍光信号の前記変調信号に対する第2の位相差情報を用いて調整することにより、測定対象物の発する蛍光の蛍光信号の、前記変調信号に対する第3の位相差情報を求め、この求めた第3の位相差情報から、測定対象物の発する蛍光の蛍光緩和時定数を求める第3のステップと、を有することを特徴とする蛍光検出方法。
【請求項2】
前記第1及び第2の位相差情報は、前記変調信号と同相の信号成分の値と、前記変調信号に対して90度位相差のある信号成分の値とにより構成されるデータである請求項1に記載の蛍光検出方法。
【請求項3】
前記第3の位相差情報は、前記第1の位相差情報のデータから前記第2の位相差情報のデータを、各成分毎に差し引いたデータである請求項2に記載の蛍光検出方法。
【請求項4】
測定対象物をバッファー液に含ませて流れる流体の流れに対して、レーザ光を照射することにより測定対象物が発する蛍光を検出する蛍光検出装置であって、
設定された周波数の変調信号を用いて光強度を変調したレーザ光を、前記流れに向けて出射するレーザ光源部と、
レーザ光の照射によって発する蛍光の蛍光信号を出力する受光部と、
前記測定対象物がレーザ光の照射位置を通過するタイミングを検知するタイミング検出部と、
前記検知したタイミングに従って、前記受光部が受光する蛍光の第1の蛍光信号を収集し、さらに、前記測定粒子がレーザ光の照射位置を通過後のレーザ光の照射位置に無い状態において、前記受光部が受光する蛍光の第2の蛍光信号を収集し、前記第1の蛍光信号の前記変調信号に対する第1の位相差情報を、前記第2の蛍光信号の前記変調信号に対する第2の位相差情報を用いて調整することにより、測定対象物の発する蛍光の蛍光信号の、前記変調信号に対する第3の位相差情報を求め、この求めた第3の位相差情報から、測定対象物の発する蛍光の蛍光緩和時定数を求める処理・分析手段と、を有することを特徴とする蛍光検出装置。
【請求項5】
前記第1及び第2の位相差情報は、前記変調信号と同相の信号成分の値と、前記変調信号に対して90度位相差のある信号成分と値とにより構成されるデータである請求項4に記載の蛍光検出装置。
【請求項6】
前記処理・分析手段は、前記第1の位相差情報のデータから前記第2の位相差情報のデータを、各成分毎に差し引くことにより前記第3の位相差情報のデータを求める請求項5に記載の蛍光検出装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−210379(P2009−210379A)
【公開日】平成21年9月17日(2009.9.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−53057(P2008−53057)
【出願日】平成20年3月4日(2008.3.4)
【出願人】(000005902)三井造船株式会社 (1,723)
【Fターム(参考)】