説明

血管壁モニタリング装置、血管壁モニタリング用プログラム及びコンピュータ読み取り可能な記録媒体

【課題】血圧依存性を持たず、被験者の血圧が変化しても、血管の力学特性を忠実に推定する。
【解決手段】被験者から得られる第1の生体情報に基づき血管径情報を検出する血管径情報検出手段と、被験者から得られる第2の生体情報に基づき血圧を検出する血圧検出手段と、前記血圧検出手段により検出された血圧について対数演算を行い対数化した対数血圧関数を求める対数血圧関数生成手段51と、前記血管径情報検出手段により検出された血管径情報について微分を行い、血管径に関する関数を生成する血管径関数生成手段55と、剛性、粘性、慣性とからなる力学特性値とを用いてインピーダンスモデル式を作成し、作成したインピーダンスモデル式に基づき前記剛性、粘性、慣性の内の少なくとも1を算出出力する回帰演算手段26とを具備する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血管壁を機械インピーダンスモデルにモデル化した場合における当該血管壁の粘性、剛性、慣性等の力学特性をモニタリングするための、血管壁モニタリング装置、血管壁モニタリング用プログラム及び上記プログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
血管は、人間の生命維持において酸素や栄養素などを全身に運ぶ重要な役割があり、拡張収縮のようにその状態を変化させて血液量などの調整を行っている。係る血管の状態変化は、機能的変化、器質的変化の二つに大きく分けることが出来る。
【0003】
ここに機能的変化とは、人体の末梢循環が、該人体に対する刺激に応じて収縮拡張の調整を行うことを指す。この機能的変化は、人体外部からの刺激に応じて自律神経の交感神経が反応し、この交感神経の反応によって血管が収縮、弛緩されることによって生じるものである。
【0004】
従って、人体の手術時において、上記末梢循環は影響を受けやすく、この末梢循環の状態変化を把握するために、血管の力学特性をモニタリングすることが重要となる。
【0005】
一方器質的変化とは、加齢などによって動脈壁中のコラーゲンが変質して硬化し、弾性繊維の減少が起こること指す。この質的変化に関しては、血管壁の硬さの器質的な変性が、動脈硬化と呼ばれる症状として知られている。
【0006】
以上のように血管疾患に関しては、短期的な患者モニタリングから動脈硬化のような慢性疾患に至るまで、血管壁の力学特性をモニタリングし、該血管壁の状態の把握を行う必要性は極めて高いものである。
【0007】
上記のような要求に応じて、血管壁を機械インピーダンスモデルにモデル化し、血管壁の慣性、粘性、剛性といった要素を出力する計測装置が提案されている(非特許文献1、特許文献1参照)。この装置によれば、患者の心電図、血圧値、血管を流れる血液のプレチスモグラムに基づいて、上述した血管壁の慣性、粘性、剛性の力学特性を出力することが可能である。よって、手術中の患者に対して、この装置を用いれば、患者の血管の慣性、粘性、剛性等の力学特性をモニタリングでき、患者の血管壁の状態を把握できることになる。
【0008】
ところで、血圧と血管径の関係は非線型性を示すことが実験的に確認されている。これに対し、上記非特許文献1に開示されている装置では線型性を仮定しており(非特許文献1、式9参照)、血圧による依存そのものが情報であるという立場を採っている。しかしながら、自律神経活動による血管緊張度や、動脈硬化による血管壁の器質的変化を知る上では、推定剛性値に関し血圧依存性が高いということは問題点となる。
【0009】
また、血圧依存性の問題に対してHayashi(林)らはヒト動脈径と血管内圧の関係が、血管内圧項に対数をとることで線形化できることを実験的に示し、血管内圧に依存し難い血管弾性率評価指標として、スティフネスパラメータ(Stiffness Parameter)β(以降、これをβsfと表記し、本発明によって得られる剛性をβと表記する)を提案している(非特許文献2参照)。
【0010】
しかし、この指標では血管壁の剛性しか考慮されておらず、また、その推定には最高/最低血圧、最大/最小血管径のみを使用しているため、詳細な血管力学特性を評価することは難しいものであった。更に、最高/最低血圧、最大/最小血管径に基づき血管壁の剛性と粘性を推定するものも知られている(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2006−129958号公報
【特許文献2】特開2008−61910号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】プレチスモグラムを利用した血管状態モニタリング、坂根 彰,辻 敏夫,田中 良幸,佐伯 昇,河本 昌志、計測自動制御学会論文集, Vol.40, No.12, pp. 1236-1242, 2004.
【非特許文献2】林紘三郎,バイオメカニクス,P73,2000,コロナ社
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明はこのような血管壁モニタリングの現状に鑑みなされたもので、その目的は、血圧依存性を持たず、被験者の血圧が変化しても、血管の力学特性を忠実に推定することのできる血管壁モニタリング装置を提供することである。また、血管の力学特性を忠実に推定することが可能な血管壁モニタリング用プログラム及び記憶媒体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明に係る血管壁モニタリング装置は、被験者から得られる第1の生体情報に基づき血管径情報を検出する血管径情報検出手段と、被験者から得られる第2の生体情報に基づき血圧を検出する血圧検出手段と、前記血圧検出手段により検出された血圧について対数演算を行い対数化した対数血圧関数を求める対数血圧関数生成手段と、前記血管径情報検出手段により検出された血管径情報について微分を行い、血管径に関する関数を生成する血管径関数生成手段と、前記対数血圧関数と、前記血管径関数と、機械インピーダンスモデルとしたときの剛性、粘性、慣性とからなる力学特性値とを用いてインピーダンスモデル式を作成し、作成したインピーダンスモデル式に基づき前記剛性、粘性、慣性の内の少なくとも1を算出出力する力学特性値算出出力手段とを具備することを特徴とする。
【0015】
本発明に係る血管壁モニタリング装置では、血管径情報検出手段は、超音波エコーによる超音波診断装置により得られる第1の生体情報に基づき血管径情報を検出することを特徴とする。
【0016】
本発明に係る血管壁モニタリング装置では、血管径情報検出手段は、光電センサまたはストレインゲージによる第1の生体情報に基づきプレスチモグラムを検出することを特徴とする。
【0017】
本発明に係る血管壁モニタリング装置では、血管径関数生成手段と対数血圧関数生成手段とは、血圧波形の基準出現タイミングと次の基準出現タイミングにおける第1及び第2の生体情報を用いるものであり、この基準出現タイミングを血圧波形の変曲点により得ることを特徴とする。
【0018】
本発明に係る血管壁モニタリング装置では、血管径関数生成手段と対数血圧関数生成手段とは、血圧波形の基準出現タイミングと次の基準出現タイミングにおける第1及び第2の生体情報を用いるものであり、この基準出現タイミングを、心電図のR波から得ることを特徴とする。
【0019】
本発明に係る血管壁モニタリング装置では、基準出現タイミングの時刻をt0、基準出現タイミングから次の基準出現タイミングまでの時間をt、tのとき血圧値をPb(t)、tのとき血管径をr(t)とした場合に、対数血圧関数生成手段には、dPb(t)=ln(Pb(t))−ln(Pb(t0))を計算する第一の演算手段が含まれ、血管径関数生成手段には、ε(t)=(r(t)−r(t0))/r(t0)を計算する第二の演算手段と、ε(t)の一次微分ε’(t)と二次微分ε’’(t)を計算する第三の演算手段とが含まれ、力学特性値算出出力手段には、剛性β、粘性η、慣性μとしたときに、前記dPb(t)、ε(t)、ε’(t)、ε’’(t)を標本として次のインピーダンスモデル式
dPb(t)=ln(Pb(t))−ln(Pb(t0))=βε(t)+ηε’(t)+με’’(t)
に対して回帰計算を行い、β、η、μのうち少なくとも一つを出力する演算手段が含まれることを特徴とする。
【0020】
本発明に係る血管壁モニタリング装置では、基準出現タイミングの時刻をt0、基準出現タイミングから次の基準出現タイミングまでの時間をt、tのとき血圧値をPb(t)、tのときプレチスモグラムをPl(t)とした場合に、対数血圧関数生成手段には、dP(t)=ln(P(t))−ln(P(t0))を計算する第一の演算手段が含まれ、血管径関数生成手段には、dPl(t)=(Pl(t)−Pl(t0))を計算する第二の演算手段と、dPl(t)の一次微分dPl’(t)と二次微分dPl’’(t)を計算する第三の演算手段とが含まれ、
力学特性値算出出力手段には、剛性β、粘性η、慣性μとしたときに、前記dP(t)、dPl(t)、dPl’(t)、dPl’’(t)を標本として次のインピーダンスモデル式
dPb(t)=ln(P(t))−ln(Pb(t0))=βdPl(t)+ηdPl’(t)+μdPl’’(t)
に対して回帰計算を行い、β、η、μのうち少なくとも一つを出力する演算手段が含まれることを特徴とする。
【0021】
本発明に係る血管壁モニタリング装置では、前記力学特性値算出出力手段は、上記dPb(t)における変曲点の出現タイミングと、上記Pl(t)もしくはε(t)における変曲点の出現タイミングとの時間差τを検出し、上記dPb(t)をdPb(t−τ)に補正し、上記dPb(t0)をdPb(t0−τ)に補正する補正手段を含むことを特徴とする。
【0022】
本発明に係る血管壁モニタリング装置では、前記力学特性値算出出力手段は、剛性及び粘性を算出し、更に剛性と粘性の比を算出出力することを特徴とする。
【0023】
本発明に係る血管壁モニタリング用プログラムは、生体情報処理を行うコンピュータを、被験者から得られる第1の生体情報に基づき血管径情報を検出する血管径情報検出手段、被験者から得られる第2の生体情報に基づき血圧を検出する血圧検出手段、前記血圧検出手段により検出された血圧について対数演算を行い対数化した対数血圧関数を求める対数血圧関数生成手段、前記血管径情報検出手段により検出された血管径情報について微分を行い、血管径に関する関数を生成する血管径関数生成手段、前記対数血圧関数と、前記血管径関数と、機械インピーダンスモデルとしたときの剛性、粘性、慣性とからなる力学特性値とを用いてインピーダンスモデル式を作成し、作成したインピーダンスモデル式に基づき前記剛性、粘性、慣性の内の少なくとも1を算出出力する力学特性値算出出力手段として機能させることを特徴とする。
【0024】
本発明に係る血管壁モニタリング用プログラムでは、生体情報処理を行うコンピュータを、血管径情報検出手段として、超音波エコーによる超音波診断装置により得られる第1の生体情報に基づき血管径情報を検出するように機能させることを特徴とする。
【0025】
本発明に係る血管壁モニタリング用プログラムでは、生体情報処理を行うコンピュータを、血管径情報検出手段として、光電センサまたはストレインゲージによる第1の生体情報に基づきプレスチモグラムを検出するように機能させることを特徴とする。
【0026】
本発明に係る血管壁モニタリング用プログラムでは、生体情報処理を行うコンピュータを、血管径関数生成手段と対数血圧関数生成手段として、血圧波形の基準出現タイミングと次の基準出現タイミングにおける第1及び第2の生体情報を用いるように機能させ、この基準出現タイミングを血圧波形の変曲点により得るように機能させることを特徴とする。
【0027】
本発明に係る血管壁モニタリング用プログラムは、生体情報処理を行うコンピュータを、血管径関数生成手段と対数血圧関数生成手段として、血圧波形の基準出現タイミングと次の基準出現タイミングにおける第1及び第2の生体情報を用いるように機能させ、この基準出現タイミングを、心電図のR波から得るように機能させることを特徴とする。
【0028】
本発明に係る血管壁モニタリング用プログラムでは、生体情報処理を行うコンピュータを、
基準出現タイミングの時刻をt0、基準出現タイミングから次の基準出現タイミングまでの時間をt、tのとき血圧値をPb(t)、tのとき血管径をr(t)とした場合に、
対数血圧関数生成手段血管径関数生成手段として機能させる際には、
dP(t)=ln(P(t))−ln(P(t0))を計算する第一の演算手段として機能させ、
血管径関数生成手段として機能させる際には、
ε(t)=(r(t)−r(t0))/r(t0)を計算する第二の演算手段、
ε(t)の一次微分ε’(t)と二次微分ε’’(t)を計算する第三の演算手段として機能させ、
力学特性値算出出力手段として機能させる際には、
剛性β、粘性η、慣性μとしたときに、前記dP(t)、ε(t)、ε’(t)、ε’’(t)を標本として次のインピーダンスモデル式
dP(t)=ln(P(t))−ln(P(t0))=βε(t)+ηε’(t)+με’’(t)
に対して回帰計算を行い、β、η、μのうち少なくとも一つを出力する演算手段、
として機能させることを特徴とする。
【0029】
本発明に係る血管壁モニタリング用プログラムでは、生体情報処理を行うコンピュータを、
基準出現タイミングの時刻をt0、基準出現タイミングから次の基準出現タイミングまでの時間をt、tのとき血圧値をPb(t)、tのときプレチスモグラムをPl(t)とした場合に、
対数血圧関数生成手段血管径関数生成手段として機能させる際には、
dP(t)=ln(P(t))−ln(P(t0))を計算する第一の演算手段として機能させ、
血管径関数生成手段として機能させる際には、
dPl(t)=(Pl(t)−Pl(t0))を計算する第二の演算手段、
dPl(t)の一次微分dPl’(t)と二次微分dPl’’(t)を計算する第三の演算手段として機能させ、
力学特性値算出出力手段として機能させる際には、
剛性β、粘性η、慣性μとしたときに、前記dP(t)、dPl(t)、dPl’(t)、dPl’’(t)を標本として次のインピーダンスモデル式
dP(t)=ln(P(t))−ln(P(t0))=βdPl(t)+ηdPl’(t)+μdPl’’(t)
に対して回帰計算を行い、β、η、μのうち少なくとも一つを出力する演算手段、
として機能させることを特徴とする。
【0030】
本発明に係る血管壁モニタリング用プログラムでは、生体情報処理を行うコンピュータを、前記力学特性値算出出力手段として機能させる際には、
上記dP(t)における変曲点の出現タイミングと、上記Pl(t)もしくはε(t)における変曲点の出現タイミングとの時間差τを検出し、上記dP(t)をdP(t−τ)に補正し、上記dP(t0)をdP(t0−τ)に補正する補正手段として機能させることを特徴とする。
【0031】
本発明に係る血管壁モニタリング用プログラムでは、生体情報処理を行うコンピュータを、前記力学特性値算出出力手段として機能させる際には、剛性及び粘性を算出し、更に剛性と粘性の比を算出出力することを特徴とする。
【0032】
本発明に係る記録媒体は、請求項10乃至18のいずれか1項に記載のプログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体。
【発明の効果】
【0033】
以上のように、本発明によれば、対数血圧関数と、前記血管径関数と、機械インピーダンスモデルとしたときの剛性、粘性、慣性とからなる力学特性値とを用いてインピーダンスモデル式を作成し、作成したインピーダンスモデル式に基づき前記剛性、粘性、慣性の内の少なくとも1を算出出力する構成を有し、連続計測により得られた全波形点を利用する構成であるため、従来の最高/最低血圧、最大/最小血管径の4点で求められるスティフネスパラメータβsfと比較してノイズに強く、より正確に弾性率を推定できる。
【0034】
このような構成の本発明によって、被験者の血圧が変化しても、血管の力学特性を忠実に推定できるという効果を奏する。加えて、動脈径と血管内圧のヒステリシス特性を粘性ηで吸収でき、ηの値そのものを血管力学特性の評価に用いることができる可能性を有するものである。更に、本願発明を用いて血管力学特性を推定することにより、従来手法よりも正確かつ詳細に動脈硬化度を評価できる可能性を有する。更に剛性と粘性の比を算出出力することにより、動脈血管壁の厚みと特に相関の高いパラメータである上記比を得て、動脈硬化の判断などに極めて優れた判断を行うことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】人の血管の構造を示す模式図。
【図2】血管力学モデルを示す図。
【図3】本発明に係る血管壁モニタリング装置の第1の実施形態を示す構成図。
【図4】本発明に係る血管壁モニタリング装置の第1の実施形態の構成を示すブロック図。
【図5】本発明に係る血管壁モニタリング装置の第1の実施形態において、超音波エコーによる超音波診断装置により得られるBモードイメージから血管径を検出する工程を説明するための図。
【図6】本発明に係る血管壁モニタリング装置の第1の実施形態において、超音波エコーによる超音波診断装置により得られるBモードイメージから血管径の検出を説明するための図。
【図7】本発明に係る血管壁モニタリング装置の第1の実施形態によって得られた力学特性値による推定値が実測値と一致することを示す図。
【図8】本発明に係る血管壁モニタリング装置の第1の実施形態によって得られた力学特性値による推定値が実測値と一致することを示す図。
【図9】本発明に係る血管壁モニタリング装置の第1の実施形態によって得られた力学特性値に剛性と粘性とが独立したパラメータであることを示す図。
【図10】本発明に係る血管壁モニタリング装置の第1の実施形態によって得られた時定数と頚動脈の内膜中膜複合体肥厚との関係を示す図
【図11】本発明に係る血管壁モニタリング装置の第2の実施形態の要部構成を示す図。
【図12】本発明に係る血管壁モニタリング装置の第2の実施形態の構成を示すブロック図。
【図13】本発明に係る血管壁モニタリング装置の第2の実施形態の要部構成を示す図。
【図14】本発明に係る血管壁モニタリング装置の第2の実施形態よって得られた力学特性値の優位性を示す実験の工程を示す図。
【図15】本発明に係る血管壁モニタリング装置の第2の実施形態よって得られた力学特性値の優位性を示す実験の結果を示す波形図。
【図16】本発明に係る血管壁モニタリング装置の第2の実施形態よって得られた力学特性値の優位性を示す実験の結果から得られた比較結果を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0036】
以下、添付図面を参照して本発明に係る血管壁モニタリング装置、血管壁モニタリング用プログラム及び記録媒体の実施例を説明する。各図において同一の構成要素には、同一の符号を付して重複する説明を省略する。
【0037】
本発明の実施形態を図に基づいて以下説明する。本実施形態の血管壁モニタリング装置は、以下で説明するように、被験者の心電図、血圧値、プレチスモグラムに基づいて、動脈血管壁(本願では、単に「血管壁」とする)を機械インピーダンスモデルにモデル化した場合における該血管壁の剛性(弾性)、粘性、慣性の力学特性値を出力するものである。以下では、説明の便宜のために、まず、上記モデル化、プレチスモグラム、上記力学特性値の算出方法について順に説明し、その後、実施形態に係る血管壁モニタリング装置の構成について説明する。
【0038】
(血管壁のモデル化)
人体の血管壁10は、図1に示すように、内膜11、中膜12、外膜13の3層から構成され、各々の層には固有の構成因子が含まれる。
【0039】
外膜13には、結合組織、エラスチン、コラーゲンといった動脈スティフネスやコンプライアンスに影響を及ぼす因子が含まれていると共に、大動脈の血管壁に栄養素を供給する脈管血管が含まれる。
【0040】
内膜11には、一酸化窒素やEDHF(endothelium-derived hyperpolarizing factor)などの内皮由来血管作動性物質を産生する脈管内皮が存在する。
【0041】
中膜12には、エラスチン、コラーゲン等の平滑筋が含まれる。ここで、平滑筋は、交感神経やホルモンによって刺激されると収縮し、血流量を下げる機能を担う。
【0042】
従って、血管壁10は、中膜12に含まれている平滑筋の作用によって収縮または弛緩する。そこで、本実施形態では、血管壁10の収縮または弛緩の程度を数値化する手段として、血管壁10を機械インピーダンスモデルとするモデル化を実行する。
【0043】
図2は、血管壁10の機械インピーダンスモデルを示す図である。F(lnP(t))は血圧により血管壁に加わる力を示す。本実施形態では、図2に示す機械インピーダンスモデルにおけるβ(剛性)、η(粘性)、μ(慣性)の各力学特性値は、(式1)に示すような血圧の対数と線型関係にあるとして捉え、血圧依存性の抑制を実現している。
【0044】
dPb(t)=βε(t)+ηε’(t)+με’’(t)・・・(式1)
dPb(t)=ln(Pb(t))−ln(Pb(t0))
ひずみε(t)=(r(t)−r(t0))/r(t0
0:基準出現タイミングの時刻
t:基準出現タイミングから次の基準出現タイミングまでの時間
b(t):血圧
b(t0):基準出現タイミング血圧
r(t):血管径
r(t0):基準出現タイミング血管径
ε’(t):ε(t)の一次微分
ε’’(t):ε(t)の二次微分
【0045】
非特許文献1により、モデル式に慣性項を含めることが、推定精度を上げることに有用であることは示されている。しかし、血管壁における慣性μは微小であり、実用上は剛性βと粘性ηのみで血管力学特性を表現しても実用上は問題ない場合もある。本実施形態では、慣性項の有無によらず、有効である。
【0046】
(第1の実施形態の構成)
(式1)に基づいて、β、η、μを推定するための構成について説明する。この実施形態では図3に示すように、被験者1の生体から超音波トランスデューサ21を用いて第1の生体情報として組織(この場合、血管)の音響エコーが得られ、電気信号に変換される。超音波トランスデューサ21の出力はRF変換部22において複素量I(t)+Q(t)として表現されるRF信号に変換される。RF変換部22の出力はBモード処理部23へ送られ、ここでBモードイメージ(グレイスケールイメージ)とされてコンピュータシステム2へ送られる。超音波トランスデューサ21、RF変換部22、Bモード処理部23は、血管径r(t)を計測する超音波診断装置20を構成する。血圧は血管内に挿入したカテーテル31を介して第2の生体情報として捉えられ、血圧計32において計測して血圧値としてコンピュータシステム2へ送られる。ただし、血圧測定はトノメトリ法など他の非観血測定を用いることも可能である。
【0047】
更に、被験者1の生体には心電計42の電極41が貼着されており、電極41によって得られる電気信号が心電計42へ送られて、ノイズ除去などが行われた心電図信号(ディジタル)とされてコンピュータシステム2へ送られる。
【0048】
図4は、図3のコンピュータシステム2の内部構成を示す構成である。図4における血圧測定手段30は、図3における血圧計32を一例とする構成であり、血圧波形を出力する。コンピュータシステム2には、生体情報処理を行うコンピュータ3と、コンピュータ読み取り可能な記憶媒体である記憶手段4が備えられている。コンピュータ3は、記憶手段4に記憶されているプログラムを読み出して処理を行い、また、必要な情報等を記憶手段4へ格納する。コンピュータ3は記憶手段4内の血管壁モニタリング用プログラムによって、血管壁測定手段25、対数血圧関数生成手段51、血管径関数生成手段55、回帰演算手段26、表示制御手段27を実現している。
【0049】
血管壁測定手段25は、超音波診断装置20から送られるBモードイメージ(画像)を用いて、血管径の測定を行うものである。超音波診断装置20によって送られた画像からは図5(a)に示す原画像が得られる。血管壁測定手段25は、得られた原画像を図5(b)のごとく雑音低減後、図5(c)に示すように濃淡変換を行う。
【0050】
図5(c)の点線で示す1列の輝度値は、輝度を縦に取ると図6に示すようになり、血管前壁aと血管後壁bとの間隔が血管径r(t)である。血管壁測定手段25は、所定の閾値Thを設定し、血管壁を検出して血管径r(t)を得る。
【0051】
具体的には、血管径の計測に際し、まず初期フレーム画像から血管壁がうまく抽出できる閾値と、血管壁探索中心画素となる内腔画素を実験的に設定する。次に、探索中心画素から1[pixel]ずつ走査し、閾値を超える輝度の画素を探索する。この画素を血管内壁点とし、探索中心画素より画素番号の小さい点を血管前壁a、大きい点を血管後壁bとする。同様の処理を画像全列について行い、各列の血管前壁点および後壁点を取得する。これらを用いて前壁と後壁の近似直線をそれぞれ求め、直線間の画素距離を計測する。その際、直線の傾きを画像中の座標から算出し、計測した画素距離を補正する。
【0052】
なお、直線の傾きは前壁側と後壁側で異なるため、画像全列の相加平均をその画像における血管径r(t)とする。同様の処理を全フレーム画像に施し、血管変位波形を取得する。血管径r(t)は、血管径関数生成手段55へ送られる。この血管壁測定手段25血管径情報検出手段として機能する。
【0053】
血管径関数生成手段55には、第二関数生成手段56と微分演算手段57が備えられている。第二関数生成手段(第二の演算手段)56は、血管径r(t)に基づき、
ひずみε(t)=(r(t)−r(t0))/r(t0)を生成する。このひずみε(t)は微分演算手段57へ送られる。
【0054】
微分演算手段(第三の演算手段)57は、ε(t)の一次微分ε’(t)とε(t)の二次微分ε’’(t)とを演算により求め、ε(t)、ε’(t)、ε’’(t)は回帰演算手段26へ送られる。
【0055】
一方、血圧測定手段30から出力される血圧値はディジタルフィルタ29によりノイズ除去されて対数血圧関数生成手段51へ送られる。このディジタルフィルタ29と血圧測定手段30によって血圧検出手段が構成されている。対数血圧関数生成手段51には、対数演算手段52、第一関数生成手段53が備えられている。
【0056】
対数演算手段52は、ディジタルフィルタ29により送られる血圧値Pb(t)とPb(t0)を対数化してln(Pb(t))とln(Pb(t0)を得て、第一関数生成手段53へ送る。第一関数生成手段(第一の演算手段)53は、ln(Pb(t))とln(Pb(t0)を得て、第一関数である関数
dPb(t)=ln(Pb(t))−ln(Pb(t0))
を作成して、回帰演算手段26へ送出する。
【0057】
なお、対数血圧関数生成手段51と血管径関数生成手段55には、基準出現タイミングを血圧波形の変曲点により得る。基準出現タイミングの時刻をt0、基準出現タイミングから次の基準出現タイミングまでの時間をtとして取り込みを行う場合に、血圧波形の変曲点のタイミングにてデータ取り込みを行うため、対数血圧関数生成手段51と血管径関数生成手段55とは同期してデータ取り込みを行うことができる。心電計42より心電図信号が与えられているので、これ以外に、基準出現タイミングを、心電図のR波から得るようにしてもよい。
【0058】
力学特性値算出出力手段である回帰演算手段26は、対数血圧関数生成手段51と血管径関数生成手段55とから次の関数を得る。
dPb(t)=ln(Pb(t))−ln(Pb(t0))
ε(t)、ε’(t)、ε’’(t)
そこで、回帰演算手段26は、剛性β、粘性η、慣性μとしたときに、上記dPb(t)、ε(t)、ε’(t)、ε’’(t)を標本として次のインピーダンスモデル式
dPb(t)=ln(Pb(t))−ln(Pb(t0))=βε(t)+ηε’(t)+με’’(t)
を作成し、回帰演算により剛性β、粘性η、慣性μを求める。
【0059】
具体的には、上記インピーダンスモデル式に心拍1拍分の各時刻tにおける動脈血圧値及びひずみを代入し、最小自乗法によるフィッティングを行うことで、心拍1拍分の連続データから剛性β、粘性η、慣性μを推定する。回帰演算手段26の出力は表示制御手段27により表示部8へ表示されるなどの出力処理がなされる。
【0060】
なお、心拍1拍分の連続データによる血管粘弾性インデックス計測においては血管変位波形と血圧波形を同期させる必要があるが、計測部位によっては困難な場合がある。また、機器固有の計測遅れ時間なども考慮する必要がある。このことから、実測の血圧波形とモデルから推定した血圧波形の決定係数が最大となるように両者の位相をずらすことで同期をとり、血管粘弾性インデックスの推定を行う方法を用いる。このような推定を行う際にはインピーダンスモデル式を以下のように表現する。
【0061】
dPb(t)=ln(Pb(t−τ))−ln(Pb(t0−τ))
=βε(t)+ηε’(t)+με’’(t)
【0062】
具体的には、力学特性値算出出力手段としての回帰演算手段26は、上記dPb(t)における変曲点の出現タイミングと、上記Pl(t)もしくはε(t)における変曲点の出現タイミングとの時間差τを検出し、上記dPb(t)をdPb(t−τ)に補正し、上記dPb(t0)をdPb(t0−τ)に補正する補正手段として機能してもよい。
【0063】
次に、従来モデルと本実施形態に係る装置が実現する対数線型化モデルの比較、すなわち対数線型化モデルの優位性を示すデータはプレチスモグラムの形態で説明する。ここではスティフネスパラメータβsfに比較して、粘性項を考慮したモデルの優位性を示す。この実験では、
dPb(t)=ln(Pb(t))−ln(Pb(t0))=βε(t)+ηε’(t)とし、慣性μを考慮していない。
【0064】
図7に、血管径から最小二乗法により推定した血圧と、計測した血圧波形の一致度を示す曲線である。図7の左側は20代、右側は60代の被験者の、血管径波形一拍分である。上段には血管径の実測波形が示されており、中段には平滑化したひずみε波形を示したものである。μを0とし、β、ηを用いた上掲のモデル式により推定した対数線型化関数による推定した血圧波形lnPb(t)(破線)と、実測した線型対数化関数による血圧波形lnPb(t)(実線)を図7の下段に示している。図7の下段の左右に示したどちら場合も、実測値と推定値の決定係数は0.95以上であり、よく一致していることが分かる。
【0065】
一方、従来法によるスティフネスパラメータβsfは次式で求められ、剛性以外の項を考慮していない。以下においてP、P、r、rはそれぞれ最高血圧、最低血圧、最大血管径、最小血管径である。
【0066】
【数1】

【0067】
20代の被験者について、本実施形態の手法による剛性βと従来手法によるスティフネスパラメータβsfの比較を、図8に示す。横軸にひずみεをとり、縦軸に対数線型化血圧値をとり、実測波形と推定波形を描画したものである。ヒステリシスを示す実測波形(実線)に対して、本発明の実施形態による曲線(細かい破線)はよく一致していることが明瞭である。これに対し、従来手法(長い破線)は線型となっており、ヒステリシスを表現できないことが分かる。本発明の実施形態における決定係数は0.98であるのに対して、従来手法における決定係数は0.576であり、本発明の実施形態において一致度が優れていることは明らかである。
【0068】
また、Sub.A〜Hにより示される8名の被験者について得られた、βとηの関係を図9に示す。この図9からは、8名の被験者によるプロット点が直線や曲線に並ぶなどの関連性を想像させるものは現れず、βとηが全く独立な情報を持っていることが分かる。斯して、粘性ηを求めることで、従来法よりも詳細に動脈硬化を評価できる可能性があることが了解される。
【0069】
更に図10に、14名の被験者について計測した頚動脈の内膜中膜複合体肥厚(以下、IMTとする)と、β、η、η/βの関係を示す。η/βは、時定数と呼ばれる。IMTは動脈血管壁の厚みを表し、加齢とともに増加する。動脈硬化の危険因子を持つ場合、肥厚が進行すると言われている。この図10から、η/βがIMTと最も相関が高いことがわかる。このことは、βに加えてηを同時に求めることの有用性を示している。
【0070】
上記の時定数η/βを得るため、回帰演算手段26が、求めた剛性βと粘性ηから剛性βと粘性ηの比を計算するように構成しても良い。回帰演算手段26により計算されたη/βは、剛性β、粘性η、慣性μと共に或いは別に表示制御手段27により表示部8へ表示されるなどの出力処理がなされる。なお、時定数η/βは、剛性βと粘性ηの比の一形態である。
【0071】
(第2の実施形態)
血管半径であるr(t)を計測するための超音波診断装置は高価であり、また習熟が必要である。そこで、血管内の血液のプレチスモグラムに基づいてβ、η、μを定める方法について説明する。まず、プレチスモグラムに基づいてr(t)を定める原理について、以下詳細に説明する。
【0072】
(プレチスモグラム)
脈波には、血管内の血液圧変動を記録した圧脈波と、血液の容積変化を記録した容積脈波とがあるが、本明細書におけるプレチスモグラムとは、上記容積脈波に該当するものである。
【0073】
以下、血管のプレチスモグラムの検出方法について説明する。この検出には、図11に示すような、LED(light emitting diode)61とフォトダイオード62とから構成される光電脈波計60が用いられる。
【0074】
LED61から出射する光を人体の指にあてた場合、この光は指および指内部の血管を透過して、フォトダイオード62に到達するが、この場合、Lambert-Beerの法則により、以下に示す(式2)が成立する。
【0075】
=ln(I/I)=ECD・・・(式2)
【0076】
なお、上記(式2)において、Dは生体の厚み、Aは厚みDの生体に対する減光度、Cは吸光物質(血管および血液)の濃度、Iは入射光強度、Iは透過光強度、Eは吸光物質の吸光係数である。
【0077】
ここで生体における血管の径の変化により、生体の厚みがDからD+ΔD(t)に変化することによって、減光度がA(t)となり、透過光強度がID−ΔI(t)になったとすると、血管の減光度の変動分ΔA(t)は、以下に示す(式3)のようになる。
【0078】
ΔA(t)=ln(ID/(ID−ΔI(t))=ECΔD(t)・・・(式3)
【0079】
そして、この(式3)に示す減光度の変動分ΔA(t)を計測したものが、上述したプレチスモグラムPに該当する。
【0080】
生体内における血管径の変化をΔrとすると、次の(式4)が成立する。
【0081】
=ΔA(t)=Δr(t)/k・・・(式4)
なお、kは比例定数である。
【0082】
以下では、上述したP(t)およびP(t)に基づいて、血管を機械インピーダンスモデルにモデル化した場合のμ(慣性)、η(粘性)、β(剛性)の各力学特性値の算出方法について説明する。
【0083】
(力学特性値の算出方法)
超音波エコーの場合には、基準となる血管径を計測することが可能であるが、プレチスモグラムの場合には変化Δrのみ計測することになる。しかし、一人の被験者の剛性、粘性、慣性の変化を知るという目的であれば、次の(式5)で表される剛性β、粘性η、慣性μを求めることで十分必要上有用である。
【0084】
dPb(t)=βdP(t)+ηdP’(t)+μdP’’(t)・・・(式5)
b(t):血圧
dP(t)=ln(P(t))−ln(P(t0))
dP’(t):dP(t)の一次微分
dP’’(t):dP(t)の二次微分
【0085】
図12に、この第2の実施形態における血管壁モニタリング装置の構成を示す。血圧は血圧測定手段30により検出される。具体的には図13に示すように、血圧は血管内に挿入したカテーテル31を介して第2の生体情報である動脈圧IBPとして捉えられ、血圧測定手段30である血圧計において計測して血圧値としてコンピュータシステム2へ送られる。ただし第1の実施形態と同様に、血圧測定はトノメトリ法など他の非観血測定を用いることも可能である。
【0086】
電極によって得られる心電図の電気信号が心電計42へ送られて、ノイズ除去などが行われた心電図信号とされてコンピュータシステム2へ送られる。また、前述した光電脈波計60によって得られる透過光強度の信号(ディジタル)がコンピュータシステム2へ送られる。
【0087】
上記透過光強度の信号は、ディジタルフィルタ28によりノイズ除去などが行われ、血管径関数生成手段55Aへ送られる。血管径関数生成手段55Aには、第二関数生成手段58と微分演算手段59が備えられている。
【0088】
第二関数生成手段58は、ディジタルフィルタ28から到来する透過光強度のデータに基づき、前述の(式3)を用いて減光度の変動分ΔA(t)の計測を行い、プレチスモグラムPとする。基準出現タイミングの時刻をt0、基準出現タイミングから次の基準出現タイミングまでの時間をt、tのときプレチスモグラムをPl(t)とした場合に、第二関数生成手段(第二の演算手段)58は、
dPl(t)=(Pl(t)−Pl(t0))を計算する。計算結果は微分演算手段59へ送られる。
【0089】
微分演算手段59(第三の演算手段)は、dPl(t)の一次微分dPl’(t)と二次微分dPl’’(t)を計算し、dPl(t)、dPl’(t)、dPl’’(t)を回帰演算手段26Aへ送る。
【0090】
一方、血圧測定手段30から出力される血圧値はディジタルフィルタ29によりノイズ除去されて対数血圧関数生成手段51へ送られる。対数血圧関数生成手段51における処理は、第1の実施形態と同様であり、dPb(t)=ln(Pb(t))−ln(Pb(t0))が作成されて、力学特性値算出出力手段である回帰演算手段26Aへ送出される。
【0091】
対数血圧関数生成手段51と血管径関数生成手段55Aに、心電計42より心電図信号が与えられており、基準出現タイミングを得る構成についても第1の実施形態と同様であり、対数血圧関数生成手段51と血管径関数生成手段55とは同期してデータ取り込みを行うことができる。
【0092】
回帰演算手段26Aは、対数血圧関数生成手段51と血管径関数生成手段55Aとから次の関数を得る。
dPb(t)=ln(Pb(t))−ln(Pb(t0))
dPl(t)、dPl’(t)、dPl’’(t)
そこで、回帰演算手段(演算手段)26Aは、剛性β、粘性η、慣性μとしたときに、上記dPb(t)、dPl(t)、dPl’(t)、dPl’’(t)を標本として先に示したインピーダンスモデル式である(式5)を作成し、回帰演算により剛性β、粘性η、慣性μを求める。
【0093】
具体的には、上記インピーダンスモデル式に心拍1拍分の各時刻tにおける動脈血圧値及びプレチスモグラムを代入し、最小自乗法によるフィッティングを行うことで、心拍1拍分の連続データから剛性β、粘性η、慣性μを推定する。回帰演算手段26Aの出力は表示制御手段27により表示部8へ表示されるなどの出力処理がなされる。
【0094】
この実施形態においても、力学特性値算出出力手段としての回帰演算手段26Aは、上記dPb(t)における変曲点の出現タイミングと、上記Pl(t)もしくはε(t)における変曲点の出現タイミングとの時間差τを検出し、上記dPb(t)をdPb(t−τ)に補正し、上記dPb(t0)をdPb(t0−τ)に補正する補正手段として機能してもよい。
【0095】
プレチスモグラムの場合も、血管径モデルと同様に、血管壁における慣性μは微小であり、実用上は剛性βと粘性ηのみで血管力学特性を表現しても実用上は問題ない場合もある。
【0096】
上記の構成においては、光電脈波計60を用いてプレチスモグラムを得たが、この光電脈波計60に代えてストレインゲージによりプレチスモグラムを得るようにしてもよい。ストレインゲージによりプレチスモグラムを得る場合は、腕など生体の一部の周囲長の変化を計測する。
【0097】
上記周囲長をL、周囲長の変化をΔLとし、計測部位の断面を円であると仮定し、直径Dとする。
L=πD
生体に含まれる血管径の変化により、生体の直径がΔD変化したとすると、
L+ΔL=π(D+ΔD)
即ち、
ΔL=πΔDとなり、ストレインゲージの変化は、光電脈波形と同様に血管径の変化を示すと考えられる。
【0098】
プレチスモグラムによる第2の実施形態による血圧依存性の抑制効果の優位性を説明する。図14に、実験方法を示す。例えば、ベッド5等に被験者6を仰臥位で寝かせた状態において、頭部側から目視した状態を示す図14(a)のような水平状態から図14(b)、図14(c)に示すよう体の角度を左右に10から15度傾けて測定を行った。この場合、光電脈波計60による計測部位を手(測定部位M)とし、体の角度を10から15度変えることにより手の血圧を可変させる手法を採用した。
【0099】
この結果を図15に示す。最上位に腕の位置を示している。実験では図14に示すように、左手が測定部位Mであるため、図14(c)の状態でUp、図14(b)の状態でDownとして示している。最上位の次の波形波が平均血圧、その次の波形が脈圧、更にその次がプレスチモグラムの変動量をそれぞれ示している。最下段が本発明の実施形態により対数線型化血圧から求めた剛性βを示し、その上が従来法により対数を取らない血圧から求めた剛性Kを示している。最下段に示されている本発明の実施形態による剛性βと従来手法による剛性Kとの変化を比較すると、本発明の実施形態による剛性βは、体の角度を10から15度変える操作が開始された以降における体位の変化に拘わらず大きな変化がなく、体位変化やこれに伴う血圧変化の影響が抑制されていることが分かる。
【0100】
更に図16に、被験者4名について、体位による剛性の変化率を比較した結果を示す。Kとβを安静時 (体の角度を10から15度変える操作)50秒間の平均値で正規化し、DownとUpにおいて平均値と標準偏差を求め、さらに、DownとUpでUpを基準とした変動率を求める処理を被験者4名分行った。この被験者4名分の変動率で平均値と標準偏差を求めた結果が図16である。Kとβ間でt検定を用いて危険率5 %で両側検定を行った結果、両モデル(Kとβ)間に有意水準5 %で有意差が認められた。本発明の実施形態による剛性βを用いた場合、有意に変化が小さく抑制されていることが確認できた。
【0101】
この第2の実施形態においても時定数η/βを得るため、回帰演算手段26Aが、求めた剛性βと粘性ηから剛性βと粘性ηの比を計算するように構成しても良い。この場合、回帰演算手段26Aにより計算されたη/βは、剛性β、粘性η、慣性μと共に或いは別に表示制御手段27により表示部8へ表示されるなどの出力処理がなされる。なお、時定数η/βは、剛性βと粘性ηの比の一形態である。
【符号の説明】
【0102】
2 コンピュータシステム
3 コンピュータ
20 超音波診断装置
25 血管壁測定手段
26、26A 回帰演算手段
30 血圧測定手段
32 血圧計
42 心電計
51 対数血圧関数生成手段
52 対数演算手段
53 第一関数生成手段
55、55A 血管径関数生成手段
56 第二関数生成手段
57 微分演算手段
58 第二関数生成手段
59 微分演算手段
60 光電脈波計

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者から得られる第1の生体情報に基づき血管径情報を検出する血管径情報検出手段と、
被験者から得られる第2の生体情報に基づき血圧を検出する血圧検出手段と、
前記血圧検出手段により検出された血圧について対数演算を行い対数化した対数血圧関数を求める対数血圧関数生成手段と、
前記血管径情報検出手段により検出された血管径情報について微分を行い、血管径に関する関数を生成する血管径関数生成手段と、
前記対数血圧関数と、前記血管径関数と、機械インピーダンスモデルとしたときの剛性、粘性、慣性とからなる力学特性値とを用いてインピーダンスモデル式を作成し、作成したインピーダンスモデル式に基づき前記剛性、粘性、慣性の内の少なくとも1を算出出力する力学特性値算出出力手段と
を具備することを特徴とする血管壁モニタリング装置。
【請求項2】
血管径情報検出手段は、超音波エコーによる超音波診断装置により得られる第1の生体情報に基づき血管径情報を検出することを特徴とする請求項1に記載の血管壁モニタリング装置。
【請求項3】
血管径情報検出手段は、光電センサまたはストレインゲージによる第1の生体情報に基づきプレスチモグラムを検出することを特徴とする請求項1に記載の血管壁モニタリング装置。
【請求項4】
血管径関数生成手段と対数血圧関数生成手段とは、血圧波形の基準出現タイミングと次の基準出現タイミングにおける第1及び第2の生体情報を用いるものであり、
この基準出現タイミングを血圧波形の変曲点により得ることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の血管壁モニタリング装置。
【請求項5】
血管径関数生成手段と対数血圧関数生成手段とは、血圧波形の基準出現タイミングと次の基準出現タイミングにおける第1及び第2の生体情報を用いるものであり、
この基準出現タイミングを、心電図のR波から得ることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の血管壁モニタリング装置。
【請求項6】
基準出現タイミングの時刻をt0、基準出現タイミングから次の基準出現タイミングまでの時間をt、tのとき血圧値をPb(t)、tのとき血管径をr(t)とした場合に、
対数血圧関数生成手段には、
dPb(t)=ln(Pb(t))−ln(Pb(t0))を計算する第一の演算手段が含まれ、
血管径関数生成手段には、
ε(t)=(r(t)−r(t0))/r(t0)を計算する第二の演算手段と、
ε(t)の一次微分ε’(t)と二次微分ε’’(t)を計算する第三の演算手段とが含まれ、
力学特性値算出出力手段には、
剛性β、粘性η、慣性μとしたときに、前記dPb(t)、ε(t)、ε’(t)、ε’’(t)を標本として次のインピーダンスモデル式
dPb(t)=ln(Pb(t))−ln(Pb(t0))=βε(t)+ηε’(t)+με’’(t)
に対して回帰計算を行い、β、η、μのうち少なくとも一つを出力する演算手段が含まれる
ことを特徴とする請求項4または5に記載の血管壁モニタリング装置。
【請求項7】
基準出現タイミングの時刻をt0、基準出現タイミングから次の基準出現タイミングまでの時間をt、tのとき血圧値をPb(t)、tのときプレチスモグラムをPl(t)とした場合に、
対数血圧関数生成手段には、
dP(t)=ln(P(t))−ln(P(t0))を計算する第一の演算手段が含まれ、
血管径関数生成手段には、
dPl(t)=(Pl(t)−Pl(t0))を計算する第二の演算手段と、
dPl(t)の一次微分dPl’(t)と二次微分dPl’’(t)を計算する第三の演算手段とが含まれ、
力学特性値算出出力手段には、
剛性β、粘性η、慣性μとしたときに、前記dP(t)、dPl(t)、dPl’(t)、dPl’’(t)を標本として次のインピーダンスモデル式
dPb(t)=ln(P(t))−ln(Pb(t0))=βdPl(t)+ηdPl’(t)+μdPl’’(t)
に対して回帰計算を行い、β、η、μのうち少なくとも一つを出力する演算手段が含まれる
ことを特徴とする請求項4または5に記載の血管壁モニタリング装置。
【請求項8】
前記力学特性値算出出力手段は、
上記dPb(t)における変曲点の出現タイミングと、上記Pl(t)もしくはε(t)における変曲点の出現タイミングとの時間差τを検出し、上記dPb(t)をdPb(t−τ)に補正し、上記dPb(t0)をdPb(t0−τ)に補正する補正手段を含むことを特徴とする請求項6または7に記載の血管壁モニタリング装置。
【請求項9】
前記力学特性値算出出力手段は、剛性及び粘性を算出し、更に剛性と粘性の比を算出出力することを特徴とする請求項1乃至8のいずれか1項に記載の血管壁モニタリング装置。
【請求項10】
生体情報処理を行うコンピュータを、
被験者から得られる第1の生体情報に基づき血管径情報を検出する血管径情報検出手段、
被験者から得られる第2の生体情報に基づき血圧を検出する血圧検出手段、
前記血圧検出手段により検出された血圧について対数演算を行い対数化した対数血圧関数を求める対数血圧関数生成手段、
前記血管径情報検出手段により検出された血管径情報について微分を行い、血管径に関する関数を生成する血管径関数生成手段、
前記対数血圧関数と、前記血管径関数と、機械インピーダンスモデルとしたときの剛性、粘性、慣性とからなる力学特性値とを用いてインピーダンスモデル式を作成し、作成したインピーダンスモデル式に基づき前記剛性、粘性、慣性の内の少なくとも1を算出出力する力学特性値算出出力手段
として機能させることを特徴とする血管壁モニタリング用プログラム。
【請求項11】
生体情報処理を行うコンピュータを、
血管径情報検出手段として、超音波エコーによる超音波診断装置により得られる第1の生体情報に基づき血管径情報を検出するように機能させることを特徴とする請求項10に記載の血管壁モニタリング用プログラム。
【請求項12】
生体情報処理を行うコンピュータを、
血管径情報検出手段として、光電センサまたはストレインゲージによる第1の生体情報に基づきプレスチモグラムを検出するように機能させることを特徴とする請求項10に記載の血管壁モニタリング用プログラム。
【請求項13】
生体情報処理を行うコンピュータを、
血管径関数生成手段と対数血圧関数生成手段として、血圧波形の基準出現タイミングと次の基準出現タイミングにおける第1及び第2の生体情報を用いるように機能させ、
この基準出現タイミングを血圧波形の変曲点により得るように機能させることを特徴とする請求項10乃至12のいずれか1項に記載の血管壁モニタリング用プログラム。
【請求項14】
生体情報処理を行うコンピュータを、
血管径関数生成手段と対数血圧関数生成手段として、血圧波形の基準出現タイミングと次の基準出現タイミングにおける第1及び第2の生体情報を用いるように機能させ、
この基準出現タイミングを、心電図のR波から得るように機能させることを特徴とする請求項10乃至12のいずれか1項に記載の血管壁モニタリング用プログラム。
【請求項15】
生体情報処理を行うコンピュータを、
基準出現タイミングの時刻をt0、基準出現タイミングから次の基準出現タイミングまでの時間をt、tのとき血圧値をPb(t)、tのとき血管径をr(t)とした場合に、
対数血圧関数生成手段血管径関数生成手段として機能させる際には、
dP(t)=ln(P(t))−ln(P(t0))を計算する第一の演算手段として機能させ、
血管径関数生成手段として機能させる際には、
ε(t)=(r(t)−r(t0))/r(t0)を計算する第二の演算手段、
ε(t)の一次微分ε’(t)と二次微分ε’’(t)を計算する第三の演算手段として機能させ、
力学特性値算出出力手段として機能させる際には、
剛性β、粘性η、慣性μとしたときに、前記dP(t)、ε(t)、ε’(t)、ε’’(t)を標本として次のインピーダンスモデル式
dP(t)=ln(P(t))−ln(P(t0))=βε(t)+ηε’(t)+με’’(t)
に対して回帰計算を行い、β、η、μのうち少なくとも一つを出力する演算手段、
として機能させることを特徴とする請求項13または14に記載の血管壁モニタリング用プログラム。
【請求項16】
生体情報処理を行うコンピュータを、
基準出現タイミングの時刻をt0、基準出現タイミングから次の基準出現タイミングまでの時間をt、tのとき血圧値をPb(t)、tのときプレチスモグラムをPl(t)とした場合に、
対数血圧関数生成手段血管径関数生成手段として機能させる際には、
dP(t)=ln(P(t))−ln(P(t0))を計算する第一の演算手段として機能させ、
血管径関数生成手段として機能させる際には、
dPl(t)=(Pl(t)−Pl(t0))を計算する第二の演算手段、
dPl(t)の一次微分dPl’(t)と二次微分dPl’’(t)を計算する第三の演算手段として機能させ、
力学特性値算出出力手段として機能させる際には、
剛性β、粘性η、慣性μとしたときに、前記dP(t)、dPl(t)、dPl’(t)、dPl’’(t)を標本として次のインピーダンスモデル式
dP(t)=ln(P(t))−ln(P(t0))=βdPl(t)+ηdPl’(t)+μdPl’’(t)
に対して回帰計算を行い、β、η、μのうち少なくとも一つを出力する演算手段、
として機能させることを特徴とする請求項13または14に記載の血管壁モニタリング用プログラム。
【請求項17】
生体情報処理を行うコンピュータを、
前記力学特性値算出出力手段として機能させる際には、
上記dP(t)における変曲点の出現タイミングと、上記Pl(t)もしくはε(t)における変曲点の出現タイミングとの時間差τを検出し、上記dP(t)をdP(t−τ)に補正し、上記dP(t0)をdP(t0−τ)に補正する補正手段として機能させることを特徴とする請求項15または16に記載の血管壁モニタリング用プログラム。
【請求項18】
生体情報処理を行うコンピュータを、
前記力学特性値算出出力手段として機能させる際には、
剛性及び粘性を算出し、更に剛性と粘性の比を算出出力することを特徴とする請求項10乃至17のいずれか1項に記載の血管壁モニタリング用プログラム。
【請求項19】
請求項10乃至18のいずれか1項に記載のプログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体。

【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図1】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−110206(P2011−110206A)
【公開日】平成23年6月9日(2011.6.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−268901(P2009−268901)
【出願日】平成21年11月26日(2009.11.26)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度、経済産業省、地域イノベーション創出研究開発委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000230962)日本光電工業株式会社 (179)
【出願人】(504136568)国立大学法人広島大学 (924)
【Fターム(参考)】