説明

血管新生材及びその製造方法

【課題】血管新生作用を有する血管新生促進成分を皮下組織又は筋組織へ直接注入することができる血管新生材と、その製造方法を提供する。
【解決手段】少なくとも血管新生促進成分と感光基とを導入したゼラチン修飾体に光照射して架橋することにより形成されたゲルからなる血管新生材及びその製造方法。血管新生促進成分は1−ベンジル−4−[1−インダノン−2−イル]メチルピペリジンを基本構造とする化合物及び/又はその塩であって、該化合物が1−インダノンの5位もしくは6位、または1−ベンジルピペリジンのベンゼン核の3位、4位もしくは5位のうちの少なくとも一箇所に、カルボキシル基、アルキル基、ハロゲン原子、水素原子、アルコキシ基、アミノ基、水酸基、チオール基、及びアルデヒド基からなる群から選択される置換基を有するものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、皮下組織又は筋組織へ直接注入されるゲル状の血管新生材と、その製造方法、さらに、前記ゲル状の血管新生材を凍結乾燥させてなる綿状の血管新生材に関する。
【背景技術】
【0002】
糖尿病による四肢欠損症など血流不全による組織のネクローシスを防止、改善するための血管新生材の提供が期待されている。血管閉塞による血行不良を要因とする組織のネクローシスは重篤な疾病であり、現在までに有効な治療方法は見出されていない。
【0003】
ステントにより血流不全の要因部位、つまり、狭窄部位を拡張する方法は、患者自身の既存の血管の狭窄部位を拡張するものであり、血管を新生させるものではない。一箇所にでも狭窄部位が存在する場合、血管自体が病変している可能性が高く、一部を拡張してもステント留置部位の上流側、下流側で同様に狭窄がおこる。また、糖尿病のように長期間高濃度の糖負荷を受けたことによる全身性の病態として血管が全体的にダメージを受けている場合も多い。他に内科的な方法として血管拡張作用のある薬剤による血流改善術があるが、これも血管を新生させるものではなく、また、長期間薬剤投与を行うと、全身に効果が波及し、多臓器出血などの重篤な副作用を惹起してしまう。
【0004】
血管新生を原理とする技術には、HGF(肝細胞増殖因子)をコードするプラスミドDNAを筋肉注射する遺伝子治療があり、血管新生による血流改善効果が確認されている。しかしながら、プラスミドベクターの遺伝子導入効率は低く、高価なプラスミドを大量に消費し、治療費用は高騰する。また、血管新生作用を有するHGFは、筋組織の細胞内に導入されたプラスミドにより発現されるもので、遺伝子導入効率、遺伝子発現効率に大きく依存するため、HGFとしての投与量調整が困難である。
【0005】
HGFをコードするプラスミドベクターは無菌的に製造する必要があるが、高圧蒸気滅菌や放射線では失活してしまう。従って、製造のほぼ全工程を無菌的に行う必要があり、製造設備、施設などが大掛かりになってしまう。
【0006】
なお、1−ベンジル−4−[(5,6−ジメトキシ−1−インダノン)−2−イル]メチルピペリジンは、アルツハイマー型老年痴呆等の各種老人性痴呆症治療・予防剤として公知である(下記特許文献1)。
【特許文献1】特許第2578475号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、血管新生作用を有する成分を皮下組織又は筋組織へ直接注入することができる血管新生材と、その製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明(請求項1)の血管新生材は、少なくとも血管新生促進成分と感光基を有する分子団を導入したゼラチン修飾体を含む溶液に光照射して架橋することにより形成されたゲルからなる血管新生材であって、該血管新生促進成分が1−ベンジル−4−[1−インダノン−2−イル]メチルピペリジンを基本構造とする化合物及び/又はその塩であって、該化合物が1−インダノンの5位もしくは6位、または1−ベンジルピペリジンのベンゼン核の3位、4位もしくは5位のうちの少なくとも一箇所に、カルボキシル基、アルキル基、ハロゲン原子、水素原子、アルコキシ基、アミノ基、水酸基、チオール基、及びアルデヒド基からなる群から選択される置換基を有するものであることを特徴とするものである。
【0009】
請求項2の血管新生材は、請求項1において、ゼラチン1分子中に1個〜10個の血管新生促進成分が導入されていることを特徴とするものである。
【0010】
請求項3の血管新生材は、請求項1又は2において、前記感光基を有する分子団が、キサンテン系色素、アジン系色素、チアジン系色素、オキサジン系色素、キノリン系色素、ピラゾロン系色素、スチルゼン色素、アゾ系色素、ジアゾ系色素、アントラキノン系色素、インジゴ系色素、チアゾール系色素、フェニルメタン系色素、アクリジン系色素、シアニン系色素、インドフェノール系色素、ナフタルアミド系色素及びペリレン系色素からなる郡から選択される少なくとも1種であることを特徴とするものである。
【0011】
請求項4の血管新生材は、請求項3において、前記感光基を有する分子団が、エオシン、フルオロセイン、ローズベンガル、ベンゾフェノン、カンファーキノン、オレフィン、ベンザルアセトフェノン、シンナミリデンアセチル、シンナモイル、スチリルピリジン、α−フェニルマレイミド、フェニルアジド、スルホニルアジド、カルボニルアジド、o−キノンジアジド、フリルアクリロイル、クマリン、ピロン、アントラセン、ベンゾイル、スチルベン、ジチオカルバメート、ザンタート、シクロプロペン、1、2、3−チアジアゾール、アザ−ジオキサビシクロ、ハロゲン化アルキル、ケトン及びジアゾ並びにこれらで修飾された物質からなる群から選択される少なくとも1種であることを特徴とするものである。
【0012】
請求項5の血管新生材は、請求項4において、前記感光基を有する分子団はエオシンであることを特徴とするものである。
【0013】
請求項6の血管新生材は、請求項3ないし5のいずれか1項において、ゼラチン1分子中に1個〜10個のキサンテン系色素が導入されていることを特徴とするものである。
【0014】
請求項7の血管新生材は、請求項1ないし6のいずれか1項において、光照射は可視光であることを特徴とするものである。
【0015】
請求項8の血管新生材は、請求項1ないし7のいずれかにおいて、光照射する際にハイドロゲンドナーを共存させておくことを特徴とするものである。
【0016】
請求項9の血管新生材は、請求項8において、ハイドロゲンドナーは、チオール、アルコール、還元糖、ポリフェノール又は1分子内に少なくとも1個のN−アルキル及び/又はN,N−ジアルキルアミノ基を有する化合物であることを特徴とするものである。
【0017】
本発明(請求項10)の血管新生材の製造方法は、少なくとも血管新生促進成分と感光基を導入したゼラチン修飾体に光照射して架橋することによりゲルからなる血管新生材を製造する血管新生材の製造方法であって、該血管新生促進成分が1−ベンジル−4−[1−インダノン−2−イル]メチルピペリジンを基本構造とする化合物及び/又はその塩であって、該化合物が1−インダノンの5位もしくは6位、または1−ベンジルピペリジンのベンゼン核の3位、4位もしくは5位のうちの少なくとも一箇所に、カルボキシル基、アルキル基、ハロゲン原子、水素原子、アルコキシ基、アミノ基、水酸基、チオール基、及びアルデヒド基からなる群から選択される置換基を有するものであることを特徴とするものである。
【0018】
請求項11の血管新生材の製造方法は、請求項10において、前記感光基はキサンテン系色素であることを特徴とするものである。
【0019】
請求項12の血管新生材の製造方法は、請求項11において、キサンテン系色素はエオシンであることを特徴とするものである。
【0020】
請求項13の血管新生材の製造方法は、請求項10ないし12のいずれか1項において、光照射は可視光であることを特徴とするものである。
【0021】
請求項14の血管新生材の製造方法は、請求項10ないし13のいずれかにおいて、光照射する際にハイドロゲンドナーを共存させておくことを特徴とするものである。
【0022】
請求項15の血管新生材の製造方法は、請求項14において、ハイドロゲンドナーは、チオール、アルコール、還元糖、ポリフェノール又は1分子内に少なくとも1個のN−アルキル及び/又はN,N−ジアルキルアミノ基を有する化合物であることを特徴とするものである。
【0023】
請求項16の血管新生材は、請求項1ないし9のいずれかの血管新生材または請求項10ないし15のいずれかの血管新生材の製造方法により得られる血管新生材をさらに凍結乾燥させたことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0024】
ドネペジル(donepezil:1−ベンジル−4−[(5,6−ジメトキシ−1−インダノン)−2−イル]メチルピペリジン)は、従来、各種老人性痴呆症治療・予防剤として公知であるが、本発明者らは、これが血管新生を著しく促進することを見出し、本発明を完成した。
【0025】
1−ベンジル−4−[(5,6−ジメトキシ−1−インダノン)−2−イル]メチルピペリジン:ドネペジルは、アセチルコリンエステラーゼ阻害剤であり、
(1) 血漿中濃度消失半減期が長いこと、
(2) 末梢性の副作用が少ないこと、
(3) 生体利用率が高く脳移行性も良いこと、
の3項目を満たし、軽度及び中等度のアルツハイマー型痴呆における痴呆症状の進行を抑制する効能を有する化合物として探索研究された結果、見出されたものである。
【0026】
ドネペジルの血管新生促進作用の機序については必ずしも明らかではないが、ドネペジルが血管内皮細胞、心筋細胞、骨格筋細胞に作用して、血管内皮増殖因子の発現を誘導し、血管新生を促進する等が考えられる。
【0027】
即ち、ドネペジルは、アセチルコリンエステラーゼのインヒビターとして作用し、間接的に脳内アセチルコリン濃度を上昇させることで、痴呆症状を緩和している。
【0028】
本発明に係るドネペジルは、インヒビターがアセチルコリン濃度を上昇させることで内皮細胞の膜表面のアセチルコリン・レセプターを活性化することにより血管新生を促進するものと考えられる。
【0029】
本発明によって提供される血管新生材は、血管新生促進成分であるドネペジルの基本骨格を有する化合物を水徐溶性のゼラチン系ゲルに修飾し、生体内においてドネペジルを放出させて血管を新生させるようにしたものである。このようなドネペジルの基本骨格を有する化合物としては、1−ベンジル−4−[1−インダノン−2−イル]メチルピペリジンを基本構造とする化合物及び/又はその塩であって、該化合物が1−インダノンの5位もしくは6位、または1−ベンジルピペリジンのベンゼン核の3位、4位もしくは5位のうちの少なくとも一箇所に、カルボキシル基、アルキル基、ハロゲン原子、水素原子、アルコキシ基、アミノ基、水酸基、チオール基、及びアルデヒド基からなる群から選択される置換基を有するものが、ゼラチン系ゲルに化学的に結合させることができるため有用である。
【0030】
このゲルよりなる血管新生材は、皮下組織又は筋組織へ直接に注入される。
【0031】
架橋したゼラチンゲルは水に不溶であるが、骨格のゼラチン自体が生体内で生分解すること及びゼラチン側鎖の結合が切断されることによりゼラチン側鎖を修飾しているドネペジルが放出される。ドネペジルを長期間、好ましくは2週間以上にわたって徐々に放出させることにより、優れた血管新生効果が得られる。
【0032】
なお、ドネペジルは水に溶けやすく、そのまま生体内に投与すると注入部位から速やかに拡散してしまい、局部的な血管新生効果は得られない。継続的にドネペジルを投与したのでは、全身にドネペジルが蓄積的に高濃度で負荷されることになり副作用を惹起する可能性が高い。
【0033】
本発明では、上記の通り、生体親和性で親水性であって含水状態のゲルであるゼラチンが生体内で生分解されることにより、長期にわたり徐々にドネペジルが低濃度で放出される。
【0034】
本発明では、光架橋に関わるキサンテン色素の導入量、ハイドロゲンドナーの混合量、光照射量により架橋密度を制御調整することができる。投与部位の面積(腕なのか大腿部なのか、小児なのか体躯の大きな成人なのかなど)、病状(血流不全の程度)などを考慮して、適宜調整することが可能である。
【0035】
また、本発明では、ゲルを凍結乾燥させて綿状のスティックなどに成形することが可能である。水溶液中で不安定なドネペジルを乾燥状態とすることで、安定に保管することが可能となる。細いスティック状に加工したものであれば、注射針などを使用して大腿部皮下へ挿入するように投与することが可能であり、皮下組織中では速やかに体液を吸収してゲル状の細いスティックとなり、ドネペジルを徐放する。さらに、凍結乾燥させた血管新生材は多孔性であるため表面積が大きく、吸湿性が強いため、用事(血管新生材を患者へ投与しようとする際)に生理食塩水を含浸させることで簡単にゲル状にもどすことが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0036】
以下、本発明についてさらに詳細に説明する。
【0037】
本発明の血管新生材は、少なくとも血管新生促進成分と感光基とを導入したゼラチン修飾体に光照射して架橋することで形成されるゲルからなる。
【0038】
本発明に係る血管新生促進成分は、典型的には下記構造式(I)で表される1−ベンジル−4−〔(5,6−ジメトキシ−1−インダノン)−2−イル〕メチルピペリジン及び/又はその薬理学的に許容できる塩を有効成分とするものであるが、ゼラチン系ゲルへ化学的に導入することを目的としてドネペジルの基本骨格を有する化合物へ誘導されたものを使用する。このような化合物としては、1−ベンジル−4−[1−インダノン−2−イル]メチルピペリジンを基本構造とする化合物及び/又はその塩であって、該化合物が1−インダノンの5位もしくは6位、または1−ベンジルピペリジンのベンゼン核の3位、4位もしくは5位のうちの少なくとも一箇所に、カルボキシル基、アルキル基、ハロゲン原子、水素原子、アルコキシ基、アミノ基、水酸基、チオール基、及びアルデヒド基からなる群から選択される置換基を有するものを使用する。以下、この塩も含めてドネペジル類と称す。
【0039】
【化1】

【0040】
本発明において、薬理学的に許容できる塩とは、例えば塩酸塩、硫酸塩、臭化水素酸塩、燐酸塩などの無機酸塩、蟻酸塩、酢酸塩、トリフルオロ酢酸塩、マレイン酸塩、酒石酸塩、メタンスルホン酸塩、ベンゼンスルホン酸塩、トルエンスルホン酸塩などの有機酸塩を挙げることができる。
【0041】
また、例えばナトリウム塩、カリウム塩などのアルカリ金属塩、カルシウム塩、マグネシウム塩のようなアルカリ土類金属塩、トリメチルアミン塩、トリエチルアミン塩、ピリジン塩、ピコリン塩、ジシクロヘキシルアミン塩、N,N’−ジベンジルエチレンジアミン塩などの有機アミン塩、アンモニウム塩などを形成する場合もある。
【0042】
ドネペジルには、幾何異性体、光学異性体、ジアステレオマーなどが存在しうるが、何れも本発明の範囲に含まれる。
【0043】
ドネペジルの製造方法は上記特許文献1に記載されているところである。
【0044】
一方、感光基を有する分子団としては、キサンテン系色素、アジン系色素、チアジン系色素、オキサジン系色素、キノリン系色素、ピラゾロン系色素、スチルゼン色素、アゾ系色素、ジアゾ系色素、アントラキノン系色素、インジゴ系色素、チアゾール系色素、フェニルメタン系色素、アクリジン系色素、シアニン系色素、インドフェノール系色素、ナフタルアミド系色素及びペリレン系色素からなる郡から選択される少なくとも1種が好適であり、より具体的には、エオシン、フルオロセイン、ローズベンガル、ベンゾフェノン、カンファーキノン、オレフィン、ベンザルアセトフェノン、シンナミリデンアセチル、シンナモイル、スチリルピリジン、α−フェニルマレイミド、フェニルアジド、スルホニルアジド、カルボニルアジド、o−キノンジアジド、フリルアクリロイル、クマリン、ピロン、アントラセン、ベンゾイル、スチルベン、ジチオカルバメート、ザンタート、シクロプロペン、1、2、3−チアジアゾール、アザ−ジオキサビシクロ、ハロゲン化アルキル、ケトン及びジアゾ並びにこれらで修飾された物質からなる群から選択される少なくとも1種が好適であり、中でもエオシンが好適である。
【0045】
従って、ドネペジル類及び感光基で修飾されたゼラチンとしてはドネペジル類で修飾されたエオシン化ゼラチンが好適である。このエオシン化ドネペジル類ゼラチンについては後に詳述する。
【0046】
エオシン及びドネペジル類のゼラチン分子への導入はゼラチン分子のアミノ基を利用することができる。例えば、エオシン及びドネペジル類へカルボキシル基を導入した後に、カルボジイミドなどの作用の下でゼラチン分子のアミノ基と縮合させたアミド結合を介して固定することができる。
【0047】
ゼラチン1分子中に1個〜10個のキサンテン系色素が導入されることが好ましい。また、ゼラチン1分子中に1個〜10個のドネペジル類が導入されることが好ましい。
【0048】
光照射する際には、ラジカルのカウンターであるプロトン供与体としてハイドロゲンドナーを共存させておくことが好ましい。ハイドロゲンドナーとしてはチオール、アルコール、還元糖、ポリフェノール又は1分子内に少なくとも1個のN−アルキル及び/又はN,N−ジアルキルアミノ基を有する化合物が好適である。
【0049】
光照射時には、ドネペジル類及び感光基で修飾したゼラチンを0.1〜50重量%、ハイドロゲンドナーを0.1〜20重量%の各割合で含む水溶液に対し光を照射するのが好ましい。光照射は有害な分解物を生成させないために可視光が好ましい。
【0050】
光架橋することにより、水不溶性のゲルが生じる。ドネペジル類はゲルを構成するゼラチンに化学的に結合されているためゲルから拡散流出することはない。
【0051】
この血管新生材が生体に注入されると、ゼラチンの分解にともなって、血管新生作用を有するドネペジル類が放出される。放出期間は、ゼラチンへの導入量、架橋密度、投与するゲルの容量に依存するが、例えば100μLのゲルを皮下組織に注入した場合の放出期間は数週間におよぶ。
【0052】
ゲルは皮下組織又は筋組織へ直接注入して使用するのが好ましい。部位が四肢の場合やバイパス手術など開胸術時の心筋の場合は注射器でそのまま投与が可能である。投与の要領としては、例えば、100μLずつ略均等な間隔で数箇所〜数百箇所へ注入すれば良い。
【0053】
次に、本発明において用いるのに好適なドネペジル類で修飾されたエオシン化ゼラチンについて説明する。
【0054】
ここでゼラチンは、分子量5千〜10万、アミノ基約10〜100個/1分子程度の通常のゼラチンで良い。
【0055】
ドネペジル類で修飾されたエオシン化ゼラチンは、下記反応に従ってゼラチンの側鎖にエオシンを導入し、その後ドネペジル類を導入することにより調製される。
【0056】
【化2】

【0057】
ゼラチン分子へのエオシンの導入数は、例えば、エオシン化ゼラチンの水溶液の吸光度をエオシンの最大吸収波長522nmにおいて測定し、エオシンのモル吸光係数(ε=990,000mol-1dm3cm-1)を基に算出可能であり、ゼラチン1分子に対して1〜10個、特に2〜5個程度が好ましい。このエオシン等の感光基を有する化合物の導入数が少ないとゲル化率が低下し、また必要以上に多くてもゼラチン固有の柔軟性が損なわれる可能性があると共に、水へ難溶性となってしまう。
【0058】
ゼラチン分子へのドネペジル類の導入数は、例えば、ドネペジル類化ゼラチンの水溶液の吸光度をドネペジル類の吸収極大波長271nmにおいて測定してドネペジル類が導入されていること確認した後に、エオシンを高濃度で導入する。ついでゼラチン分子中へ導入されたエオシン導入数を前記の要領で求め、ゼラチンへの最大導入数からの差を求めることによってドネペジル類によってマスクされたアミノ基数(つまりドネペジル類の導入数)を推定することで行える。本発明では、ゼラチン1分子当り1〜10個のドネペジル類を導入するのが好ましい。
【0059】
このドネペジル類で修飾されたエオシン化ゼラチン自体は固体であるが、これを例えば濃度1〜10重量%の水溶液とした場合には粘稠性の液体状となり、300〜30,000lx程度、特に300〜15,000lx程度の比較的低照度で、可視光を0.1〜30分程度照射してゲル状に硬化させることができる。なお、光照射するにあたっては、粘稠性の液体状のものに光照射して硬化するだけでなく、あらかじめ液体を乾燥させてから光照射することで、より高密度なゲルを形成させることも可能である。
【0060】
本発明では、上記ゼラチンゲル形成用の水溶液がさらに、ラジカルのカウンターであるプロトン供与体として、アミノ基、N−アルキルアミノ基及びN、N−ジアルキルアミノ基からなる群から選択される少なくとも1種の基を有したアミノ化合物特にアミノアクリルアミド、具体的にはポリジメチルアミノプロピルアクリルアミドを5重量%程度含有することが好ましい。このアミノ化合物を含有させることにより、分子間結合を切断して分解物を生成させる可能性が高い紫外線を使用せずに、エネルギーが低く量産においても作業者への安全性が確保される可視光で、本発明の範囲内にある条件によっては蛍光灯などの日常生活で使用されているレベルの光で、不溶化することが可能となる。このことは光照射で分解しやすいドネペジルをゲル内に担持させるのに特に有効である。
【実施例】
【0061】
以下に、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。
【0062】
[ドネペジルで修飾されたエオシン化ゼラチンの合成]
100mLフラスコ中へナトリウムメトキシド・メタノール溶液を加え、攪拌しながら壁面へ薄い被膜を形成させるように減圧乾固させた。5−メトキシ−6−カルボキシメチル−1−インダノン10mmol及び1−ベンジル−4−ホルミルピペリジン12mmolをTHF30mLへ溶解した溶液を氷冷しながら先の100mLフラスコへ加えた。徐々に温度室温まで上げて1時間攪拌した。水50mLを加えて氷冷し、1−ベンジル−4−[(5−メトキシ−6−カルボキシメチル−1−インダノン)−2−イリデニル]メチルピペリジンを得た。
ゼラチン(分子量95,000、アミノ基量約37個/分子)に、水溶性カルボジイミドであるN−エチル−N’−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド(WSC)の存在下、下記反応でゼラチンの側鎖のアミノ基にエオシン及びドネペジル類を結合させることにより、ゼラチン1分子当たりエオシン約5個とドネペジル類約5個を導入してドネペジルで修飾されたエオシン化ゼラチンを合成した。
【0063】
【化3】

【0064】
[血管新生材の作成]
合成したドネペジルで修飾されたエオシン化ゼラチンを終濃度10重量%となるように水に溶解した。
石英製ガラス管(内径2mm、外径3mm)中へ上記溶液を充填し、トクソーパワーライト(トクヤマ製、ハロゲンランプ、波長400nm〜520nm)にて照射強度200mW/cmとなるように可視光を5分間照射してゲル化させた。
【0065】
[放出性の確認試験]
このゲル500μLを、300mLの生食中へ浸漬し、25℃で放置した。ここから経時的にアリコットを採取し、放出された塩酸ドネペジル類の濃度を測定した。測定は高速液体クロマトグラフィーで行い、測定条件は、
カラム:ODSカラム(島津製作所STR−II)
カラム温度:40℃
移動相:水/アセトニトリル(7/3)水溶液
検出器:紫外可視分光光度計(波長271nm)
である。
測定の結果、浸漬から1時間後には約0.01〜0.1mg/mLの量で放出され、放出は約4週間継続することが確認された。
【0066】
[生体への注入及び血管新生作用の確認]
PTFE製のシースを18Gのシリンジの入口へあて、上記石英管中をシース内へ挿入してから0.2μmフィルターを介した清浄空気で石英管の反対側から加圧し、前記石英管中で不溶化したゲルをシリンジ内へ押し込んだ。
通常手技によってウサギ背部の表皮を剃毛してイソジン消毒を行った。ウサギ背部の皮下組織内へ、略10mm間隔で、それぞれ約100μLのゲルを18Gシリンジから注入し、合計で10箇所へ注射投与し、そのままウサギを飼育した。水は自由給水とし、飼料としてヘイキューブを体重に応じて適量給仕した。
ゲルを投与した部位において、炎症や感染の所見は認められず、抗生物質は一切使用する必要がなかった。投与から2週間後にウサギを犠牲死させ、ゲルを注入した周辺の皮下組織を摘出した。通常手技で病理標本を作成すると、周辺部に多くの毛細血管、血管が新生して成熟しており、かつ、炎症や感染の所見は認められなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも血管新生促進成分と感光基を有する分子団を導入したゼラチン修飾体を含む溶液に光照射して架橋することにより形成されたゲルからなる血管新生材であって、
該血管新生促進成分が1−ベンジル−4−[1−インダノン−2−イル]メチルピペリジンを基本構造とする化合物及び/又はその塩であって、該化合物が1−インダノンの5位もしくは6位、または1−ベンジルピペリジンのベンゼン核の3位、4位もしくは5位のうちの少なくとも一箇所に、カルボキシル基、アルキル基、ハロゲン原子、水素原子、アルコキシ基、アミノ基、水酸基、チオール基、及びアルデヒド基からなる群から選択される置換基を有するものであることを特徴とする血管新生材。
【請求項2】
請求項1において、ゼラチン1分子中に1個〜10個の血管新生促進成分が導入されていることを特徴とする血管新生材。
【請求項3】
請求項1又は2において、前記感光基を有する分子団が、キサンテン系色素、アジン系色素、チアジン系色素、オキサジン系色素、キノリン系色素、ピラゾロン系色素、スチルゼン色素、アゾ系色素、ジアゾ系色素、アントラキノン系色素、インジゴ系色素、チアゾール系色素、フェニルメタン系色素、アクリジン系色素、シアニン系色素、インドフェノール系色素、ナフタルアミド系色素及びペリレン系色素からなる郡から選択される少なくとも1種であることを特徴とする血管新生材。
【請求項4】
請求項3において、前記感光基を有する分子団が、エオシン、フルオロセイン、ローズベンガル、ベンゾフェノン、カンファーキノン、オレフィン、ベンザルアセトフェノン、シンナミリデンアセチル、シンナモイル、スチリルピリジン、α−フェニルマレイミド、フェニルアジド、スルホニルアジド、カルボニルアジド、o−キノンジアジド、フリルアクリロイル、クマリン、ピロン、アントラセン、ベンゾイル、スチルベン、ジチオカルバメート、ザンタート、シクロプロペン、1、2、3−チアジアゾール、アザ−ジオキサビシクロ、ハロゲン化アルキル、ケトン及びジアゾ並びにこれらで修飾された物質からなる群から選択される少なくとも1種であることを特徴とする血管新生材。
【請求項5】
請求項4において、前記感光基を有する分子団はエオシンであることを特徴とする血管新生材。
【請求項6】
請求項3ないし5のいずれか1項において、ゼラチン1分子中に1個〜10個のキサンテン系色素が導入されていることを特徴とする血管新生材。
【請求項7】
請求項1ないし6のいずれか1項において、光照射は可視光であることを特徴とする血管新生材。
【請求項8】
請求項1ないし7のいずれかにおいて、光照射する際にハイドロゲンドナーを共存させておくことを特徴とする血管新生材。
【請求項9】
請求項8において、ハイドロゲンドナーは、チオール、アルコール、還元糖、ポリフェノール又は1分子内に少なくとも1個のN−アルキル及び/又はN,N−ジアルキルアミノ基を有する化合物であることを特徴とする血管新生材。
【請求項10】
少なくとも血管新生促進成分と感光基を導入したゼラチン修飾体に光照射して架橋することによりゲルからなる血管新生材を製造する血管新生材の製造方法であって、
該血管新生促進成分が1−ベンジル−4−[1−インダノン−2−イル]メチルピペリジンを基本構造とする化合物及び/又はその塩であって、該化合物が1−インダノンの5位もしくは6位、または1−ベンジルピペリジンのベンゼン核の3位、4位もしくは5位のうちの少なくとも一箇所に、カルボキシル基、アルキル基、ハロゲン原子、水素原子、アルコキシ基、アミノ基、水酸基、チオール基、及びアルデヒド基からなる群から選択される置換基を有するものであることを特徴とする血管新生材の製造方法。
【請求項11】
請求項10において、前記感光基はキサンテン系色素であることを特徴とする血管新生材の製造方法。
【請求項12】
請求項11において、キサンテン系色素はエオシンであることを特徴とする血管新生材の製造方法。
【請求項13】
請求項10ないし12のいずれか1項において、光照射は可視光であることを特徴とする血管新生材の製造方法。
【請求項14】
請求項10ないし13のいずれかにおいて、光照射する際にハイドロゲンドナーを共存させておくことを特徴とする血管新生材の製造方法。
【請求項15】
請求項14において、ハイドロゲンドナーは、チオール、アルコール、還元糖、ポリフェノール又は1分子内に少なくとも1個のN−アルキル及び/又はN,N−ジアルキルアミノ基を有する化合物であることを特徴とする血管新生材の製造方法。
【請求項16】
請求項1ないし9のいずれかの血管新生材または請求項10ないし15のいずれかの血管新生材の製造方法により得られる血管新生材をさらに凍結乾燥させた血管新生材。

【公開番号】特開2007−145734(P2007−145734A)
【公開日】平成19年6月14日(2007.6.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−339640(P2005−339640)
【出願日】平成17年11月25日(2005.11.25)
【出願人】(591108880)国立循環器病センター総長 (159)
【出願人】(504174180)国立大学法人高知大学 (174)
【出願人】(000005278)株式会社ブリヂストン (11,469)
【Fターム(参考)】