説明

表面を伝播する超音波の音速測定装置と方法

【課題】入射点位置と波形の立ち上がり位置の影響を受けることなく、表面を伝播する音速を高い精度で計測することができる超音波の音速測定装置と方法を提供する。
【解決手段】対象物の表面1に沿って配置された超音波送信部12及び超音波受信部14と、超音波受信部で検出した超音波波形6から超音波5の音速を算出する超音波演算部16とを備える。超音波送信部12又は超音波受信部14は、対象物の表面に沿って正確に測定された間隔で配置された複数の超音波素子からなる。各超音波素子により超音波を送信又は受信し、超音波受信部で受信した超音波波形の伝播時間差を波形相関により求め、これから音速を測定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面を伝播する超音波の音速を測定する装置と方法に関する。
【背景技術】
【0002】
材料は、材料組成や加工方法、熱処理方法や材料の使用環境(負荷応力や熱履歴など)で音速が変化することが知られている。従って、材料の音速変化を監視することで材料特性の変化を監視することができる。具体的には材料に加わる応力の変化、材質の劣化の監視あるいは表面改質(浸炭処理など)などの加工の監視などができる。
【0003】
また例えば、溶射、メッキ、浸炭などの表面処理が施されている材料では、母材と表面改質部の音速は異なってくる。例えば、より波長の長い低い周波数成分では、超音波はより深い層までの表層部を伝播することで、母材の音速の影響をより大きく受ける。一方、短い波長の高い周波数の超音波は、より表層部を伝播するために表面改質部の音速の影響を大きく受ける。このために、音速の周波数依存性を評価することにより、表面改質部の膜厚などの把握が可能になる。
【0004】
上述した目的のため、表面を伝播する表面波の音速測定手段が、既に提案されている(例えば、特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平10−300565号公報、「表面波音速測定方法及び表面波音速測定装置」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
音速の変化量は、1%未満の極微量であることがほとんどであり、上述の目的のためには高精度な音速計測が必要となる。また、高精度な音速計測のためには、超音波の正確な伝播時間の計測と共に、超音波の伝播距離を正確に求める必要がある。
【0007】
図1は従来の測定法を示す模式図である。この図において、1は材料表面、2は表面波用探触子、3は振動子、4はくさび形部材である。
従来の測定法では、この図に示すように2つの表面波用探触子2を対向させ、超音波5の伝播時間を測定する。測定した超音波5の伝播時間には、くさび形部材4内を伝播する時間も含まれるので、表面波用探触子2内での超音波伝播時間を予め求めておき、補正する必要がある。この補正した伝播時間と、表面波用探触子2の入射点間距離から表面波(超音波5)の音速を求めることができる。
【0008】
図2は、表面波用探触子内での伝播時間の測定法を示す模式図である。
従来の測定法で測定する伝播時間は図1に示すt1+t2+t3であり、表面波用探触子2内での伝播時間t1+t3は例えば、図2に示すように表面波用探触子2を反対向きに重ね合わせて伝播時間を測定することで求める。このときの超音波5の入射点位置は、振動子3が置かれている面の法線上であり、振動子3の中心線上として求められる。
【0009】
しかし、この方法にはいくつかの問題点があり、測定精度の限界がある。例えば、実際に探傷するときの超音波5の入射点位置は、くさび形部材4の振動子3が置かれている面の傾きから幾何学的に求められる位置とは異なる位置にずれる。実際の超音波5の屈折はスネルの法則に従うので、試験体の表面波の音速によって異なる位置となり、振動子3の中心線上に必ずしも位置しない。従って、この入射点位置のずれに伴う誤差が必然的に発生する。
【0010】
図3は、超音波波形の立ち上がり位置とノイズを示す模式図である。
また超音波の伝播時間の測定に関しても誤差が発生する。正確な伝播時間は、図3(A)に示すように波形6の立ち上がり位置で定義される。しかし超音波の伝播にはノイズの発生が必然的にあり、ノイズを伴う場合には、図3(B)に示すように波形6の立ち上がり位置を正確に読み取ることが不可能になる。従って、従来の測定方法には、誤差が含まれる。
【0011】
本発明は、上述した問題点を解決するために創案されたものである。すなわち、本発明の目的は、入射点位置と波形の立ち上がり位置の影響を受けることなく、表面を伝播する音速を高い精度で計測することができる超音波の音速測定装置と方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明によれば、対象物の表面に沿って配置された超音波送信部及び超音波受信部と、
超音波受信部で検出した超音波波形から超音波の音速を算出する超音波演算部とを備え、
前記超音波送信部又は超音波受信部は、対象物の表面に沿って正確に測定された間隔で配置された複数の超音波素子からなり、
各超音波素子により超音波を送信又は受信し、超音波受信部で受信した超音波波形の伝播時間差を波形相関により求め、これから音速を測定する、ことを特徴とする表面を伝播する超音波の音速測定装置が提供される。
【0013】
また本発明によれば、対象物の表面に沿って配置された超音波送信部及び超音波受信部と、
超音波受信部で検出した超音波波形から超音波の音速を算出する超音波演算部とを備え、
前記超音波送信部又は超音波受信部は、対象物の表面に沿って正確に測定された間隔で配置された複数の超音波素子からなり、
各超音波素子により超音波を送信又は受信し、超音波受信部で受信した超音波波形の伝播時間差を波形相関により求め、これから音速を測定する、ことを特徴とする表面を伝播する超音波の音速測定方法が提供される。
【発明の効果】
【0014】
上記本発明の装置及び方法によれば、超音波送信部又は超音波受信部が、対象物の表面に沿って正確に測定された間隔で配置された複数の超音波素子からなるので、超音波の送信又は受信の条件は全ての超音波素子間で同一であり、各超音波素子で送信又は受信する超音波の伝播時間差は、唯一超音波素子間の距離に依存する。
また、受信した超音波波形の重ね合わせによる相関処理を行うので、超音波の立ち上がり時間を測定することなく伝播時間差を正確に求めることができ、ノイズの発生に対しても正確に伝播時間差を測定することができる。
従って、超音波の入射点位置と波形の立ち上がり位置の影響を受けることなく、表面を伝播する音速を高い精度で計測することができる

【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】従来の測定法を示す模式図である。
【図2】表面波用探触子内での伝播時間の測定法を示す模式図である。
【図3】超音波波形の立ち上がり位置とノイズを示す模式図である。
【図4】本発明による音速測定装置の第1実施形態図である。
【図5】本発明による音速測定装置の第2実施形態図である。
【図6】本発明による音速測定の概念図である。
【図7】本発明による測定結果の整理方法を示す概念図である。
【図8】各超音波素子で受信した波形を示す図である。
【図9】図8の表面波7に対して求めた関数f(Δt)を示す図である。
【図10】図9から求めた伝播時間差Δtと伝播距離Xの関係図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の好ましい実施形態を、図面を参照して説明する。なお各図において、共通する部分には同一の符号を付し、重複した説明は省略する。
【0017】
図4は、本発明による音速測定装置の第1実施形態図である。
この図において、本発明の音速測定装置10は、超音波送信部12、超音波受信部14及び超音波演算部16を備える。
【0018】
超音波送信部12及び超音波受信部14は、対象物の表面1に沿って配置されている。対象物の表面1は、この例では平面であるが、曲面であってもよい。
【0019】
この例において、超音波送信部12は、表面波用探触子であるが、本発明はこれに限定されず、微小平板の振動子であってもよい。微小平板の振動子は、例えば圧電素子からなる。
表面波用探触子を超音波送信部12として送信に用いることで、より強い表面波を送信できる。一方、微小平板の振動子を用いた場合、垂直方法にも縦波が送信され、板厚が薄い場合には底面の多重反射を受信して計測の妨害になるおそれがある。
【0020】
この例において、超音波受信部14は、対象物の表面1に沿って同一の間隔(ピッチ)ΔXで配置された複数(この例で12)の超音波素子15からなる。各超音波素子15は、この例では微小平板の振動子からなる。超音波素子15の間隔ΔXは、正確に距離が求められることが好ましい。以下、超音波素子15の間隔(ピッチ)を「素子間距離」と呼ぶ。
このような複数の超音波素子15は、単一の超音波素子を精密機械加工で微小な超音波素子に分割することで、素子間距離ΔXを均一に精度よく加工が可能である。また予め、素子間距離ΔXを正確に測定し、測定結果に反映させてもよい。
【0021】
超音波演算部16は、記憶装置、出力装置を備えたコンピュータ(PC)であり、超音波受信部14で検出した超音波波形から超音波の音速vを算出する。
【0022】
上述した音速測定装置10を用い、本発明の方法では、超音波送信部12により対象物の表面1に超音波5を送信し、対象物の表面1を伝播する超音波5を超音波受信部14の複数の超音波素子15により順次受信し、受信した超音波波形6から超音波演算部16によりその伝播時間差Δtを波形相関により求め、これから音速vを測定するようになっている。
【0023】
なお、本発明は上述した構成に限定されず、超音波受信部14の代わりに、超音波送信部12を対象物の表面1に沿って同一の間隔ΔXで配置された複数の超音波素子で構成してもよい。
この場合、本発明の方法では、超音波送信部12の複数の超音波素子から対象物の表面1に超音波を同時に送信し、対象物の表面1を伝播する超音波5を1又は複数の超音波受信部14により順次受信し、受信した超音波波形6から超音波演算部16によりその伝播時間差Δtを波形相関により求め、これから音速vを測定する。
【0024】
図5は、本発明による音速測定装置の第2実施形態図である。
この図に示すように、各超音波素子15をフレキシブルな台座に取り付けておくことで、対象物の表面1が曲面であっても精度よい音速vの測定が可能になる。
その他の構成は、第1実施形態と同様である。
【0025】
図6は、本発明による音速測定の概念図である。
この図は、図4の装置に対応しており、複数(この例では12)の超音波素子15の位置をからX1,X2,X3,X4,X5・・・Xn、各超音波素子15が超音波波形6を検出した時間を最初の時点からt1,t2,t3,t4,t5・・・tnで示している。
位置X1,X2,X3,X4,X5・・・Xnは、予め測定することができる既知の距離であり、時間t1,t2,t3,t4,t5・・・tnは、超音波受信部14により検出され、超音波演算部16により記憶される。また、素子間距離ΔXは、位置X1,X2,X3,X4,X5・・・Xnの間隔であり、超音波の伝播時間差Δtは、時間t1,t2,t3,t4,t5・・・tnの間隔である。
【0026】
図7は、本発明による測定結果の整理方法を示す概念図である。
この図において、横軸は時間t、縦軸は距離Xであり、図中の各点(○印)は、図6における計測データである。超音波の音速vは、距離X/tで表される。
すなわち、図4の装置で得られた計測データから、伝播時間差Δtと素子間の間隔(素子間距離ΔX)との関係を最小二乗法により求め、その勾配より音速vを求める。
また、受信した超音波波形6からウェーブレット解析により複数の異なる周波数における波形を抽出し、次いでそれぞれの周波数における音速を求め、音速の周波数依存性を求めることが好ましい。
【実施例1】
【0027】
以下、本発明の実施例を説明する。
図4に示した装置において、幅0.55mmの超音波素子15をピッチ0.6mmの素子間距離ΔXで並べた探触子(超音波受信部14)を用いて測定を行った。超音波素子15の幅は用いた探傷周波数5MHzの波長に比べて小さく、指向性の鈍いものであり、超音波素子15を試験片に平行に配置しても、表面波や縦波成分のラテラル波を送受信(送信及び受信)することができる。
【0028】
この実施例では、超音波素子15と同一形状の超音波素子を送信用に用いた。また、板厚50mmの軟鋼製試験片の表面1に、送信用の超音波素子から3.6mm離れた位置に1番目の超音波素子15を配置し、0.6mm間隔で合計26個の超音波素子15を配置して計測した。
【0029】
図8は、各超音波素子15で受信した波形を示す図である。この図において、横軸は超音波伝播時間(μsec)であり、縦軸は26個の超音波素子15の波形を送信用素子に近い順に上から分離して示している。
この図から、表面波7の伝播によるエコー群に加えて、縦波成分のラテラル波8の伝播によるエコー群が観察されていることがわかる。なお、ここでのサンプリングピッチは100MHzとしたが、更に高いサンプリングピッチを用いることでデータの読み取り精度を改善できる。
【0030】
ほぼ中央にある超音波素子の受信波Aを基準波形とし、表面波7及びラテラル波8のエコーの伝播時間差を求めた。このとき波形相関を用いた。
用いた波形相関は、基準の波形をf(t)とし、伝播時間差Δtを求める波形のf(t+Δt)を掛け合わせて関数f(Δt)を求め、これが最大値を示すときのΔtを求めるものである。
この実施例では、掛け合わせる時間範囲を0.4μsecの範囲とし、図8の基準波形Aに対象とした時間範囲を両矢印で示した。
【0031】
図9は、図8の表面波7に対して求めた関数f(Δt)を示す図である。この図において、横軸は伝播時間差Δt(μsec)、縦軸は関数f(Δt)である。また、図中の各曲線は、26個の超音波素子15の波形に対する関数f(Δt)を送信用素子に近い順で左から示している。
各曲線において、最大値を示すときのΔtが基準波形Aとの伝播時間差に相当する。
【0032】
図10は、図9から求めた伝播時間差Δtと伝播距離Xの関係図である。
相関係数は、表面波に対してr=1.0000で、ラテラル波に対してr=0.9999であり、いずれも極めて精度よく測定ができているのがわかる。この直線の勾配より音速を求めると、表面波で3035m/sec、ラテラル波で5808m/secが得られている。
【0033】
上述したように、本発明は、従来の測定法の課題を克服して、精度よく表面を伝播する超音波の音速vを測定するものである。
本発明では、微小に分割した超音波素子15を等間隔に並べて表面1を伝播する超音波5を受信する。次いで、各超音波素子15での超音波5の受信時間差Δtを、超音波5の波形相関を用いることで正確に求める。得られた伝播時間差Δtと素子間距離ΔXとの相関を求めて、この相関曲線より音速vを正確に測定する。
【0034】
本発明の計測方法では、超音波5の受信条件は全ての超音波素子15間で同一であり、各超音波素子15で受信する超音波5の伝播時間差Δtは、唯一素子間の距離ΔXに依存する。また、受信した波形6の重ね合わせによる相関処理を行うので、超音波5の立ち上がり時間を測定することなく伝播時間差Δtを正確に求めることができ、ノイズの発生に対しても正確に伝播時間差Δtを測定することができる。
【0035】
なお、超音波5が伝播する過程で、より高い周波数成分の方が減衰が大きく、超音波の周波数成分に変化が生じる。この場合には、受信波形のウェーブレット変換を行い、同一周波数の波形を抽出して波形相関をすることで、正確な伝播時間差を求めることができる。
【0036】
なお、本発明は、上述した実施形態に限定されず、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々に変更することができることは勿論である。
例えば、ここでは同一の間隔に配置された素子での伝播時間差より音速を求める方法について述べたが、素子間の距離を予め正確に測定してあれば、同一の間隔でなくても素子間距離と超音波の伝播時間差より同様に音速を正確に求めることができる。
また、各素子間での送受信時のエコー高さと超音波の伝播距離の関係より、音速と同時に超音波の減衰率を求めることもできる。
【符号の説明】
【0037】
1 表面、2 表面波用探触子、3 振動子、4 くさび形部材、
5 超音波、6 波形、7 表面波、8 ラテラル波、
10 音速測定装置、12 超音波送信部、
14 超音波受信部、15 超音波素子、16 超音波演算部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象物の表面に沿って配置された超音波送信部及び超音波受信部と、
超音波受信部で検出した超音波波形から超音波の音速を算出する超音波演算部とを備え、
前記超音波送信部又は超音波受信部は、対象物の表面に沿って正確に測定された間隔で配置された複数の超音波素子からなり、
各超音波素子により超音波を送信又は受信し、超音波受信部で受信した超音波波形の伝播時間差を波形相関により求め、これから音速を測定する、ことを特徴とする表面を伝播する超音波の音速測定装置。
【請求項2】
対象物の表面に沿って配置された超音波送信部及び超音波受信部と、
超音波受信部で検出した超音波波形から超音波の音速を算出する超音波演算部とを備え、
前記超音波送信部又は超音波受信部は、対象物の表面に沿って正確に測定された間隔で配置された複数の超音波素子からなり、
各超音波素子により超音波を送信又は受信し、超音波受信部で受信した超音波波形の伝播時間差を波形相関により求め、これから音速を測定する、ことを特徴とする表面を伝播する超音波の音速測定方法。
【請求項3】
前記伝播時間差と超音波素子間の前記間隔との関係を最小二乗法により求め、その勾配より音速を求める、ことを特徴とする請求項2に記載の音速測定方法。
【請求項4】
前記超音波波形からウェーブレット解析により複数の異なる周波数における波形を抽出し、次いでそれぞれの周波数における音速を求め、音速の周波数依存性を求める、ことを特徴とする請求項2に記載の音速測定方法。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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