説明

表面プラズモン共鳴による物質の検出方法

【課題】
本発明は、発光を表面プラズモン共鳴のシグナルとして検出する、迅速、簡便かつ安全なバイオセンサーを提供する。
【解決手段】
基材に検出対象物質又は検出対象物質を含有する複合体が固定され、当該検出対象物質又は複合体に発光物質が結合してなる検出部を備えた表面プラズモン共鳴シグナル検出用バイオセンサー、及び、当該バイオセンサーを用いて表面プラズモン共鳴分析を行い、対象物質を検出することを特徴とする検出対象物質の検出方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属薄膜上に起こした発光を表面プラズモン共鳴(Surfece Plasmon Resonance:SPR)のシグナルとして検出する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生体分子の相互作用を利用して検出対象物質を高感度に検出する方法として、酵素免疫測定法が広く知られている(非特許文献1、2)。この相互作用する生体分子には多種類のものが存在するが、中でも抗原と抗体が一般的である。また、相互作用する生体分子にはリガンドとその受容体、糖鎖とレクチン、核酸とその相補鎖なども存在する。
【0003】
酵素免疫測定法によりこれらの生体分子の相互作用を検出するためには、生体分子を標識することが必要であり、その標識物質として、ホースラディッシュペルオキシダーゼ(HRP)、アルカリフォスファターゼ(AP)、ルシフェラーゼ(LUC) 、β-D-ガラクトシダーゼ(bGal)などの酵素が広く用いられている。これらの標識物質は、酵素反応生成物として色素、蛍光、光などを発し、特に発光する物質の検出は極めて感度が高い。
【0004】
そして、固相上に形成させた複合体に大量の発光基質を加えると、標識酵素の分子数よりも多い酵素反応生成物が得られ、分子から放出される光を検知することにより、容易に高感度な測定系を構築することができる。例えば、標識酵素がペルオキシダーゼの場合には、ルミノールを過酸化水素水とエンハンサー共存下で加えると、酵素反応によってルミノールがアミノフタレートに変換され、同時に発光が起こる。そして、酵素の反応時間を十分に取ることで高い感度を実現できる。一方、発光基質としては、ルミノールのエンハンサー(特許文献1)や発光試薬(特許文献2)の開発が進められている。
【0005】
また、生体分子の相互作用を直接的に検出する方法が開発されている。例えば、光を全反射角で入射し、その反射面に数百nmの距離で染み出すエバネッセント光を利用する技術は、化学センサーやバイオセンサーなどに応用されている。特に反射面に金や銀等の薄膜を用い、可視または近赤外光を入射することでSPRを起こし、入射光と反対側の屈折率を高感度に測定する方法はSPRセンサーと呼ばれ、抗原抗体反応を利用した免疫センサー等に利用され、さらに、DNAの検出、及び受容体タンパク質と相互作用する分子との結合解析等に応用されつつある(特許文献3)。
【0006】
さらに、SPRセンサーのさらなる高感度化の方法も考案されている。例えば、希土類金属を標識した抗体を利用し、入射光により生じたエバネッセント波で希土類金属を励起し、発する蛍光を検出する方法(特許文献4)、あるいは、センサー部分にSPR検出部と酸化還元電極を設け、標識酵素により酸化物質を生成させることで、SPRシグナルの変化とともに酸化還元電位の変化をモニタリングするSPR酵素センサー(特許文献5)などが知られている。さらに、金薄膜上にアシルコリンエステラーゼ標識された複合体を形成し、アシルコリンからチオコリンを生成させ、チオコリンと金が結合することをSPRシグナルとして検出するセンサー(特許文献6)が報告されている。
【特許文献1】特開2004−163444号公報
【特許文献2】特開2001−340099号公報
【特許文献3】特開2001−194298号公報
【特許文献4】特開2001−021565号公報
【特許文献5】特開2001−194298号公報
【特許文献6】特開2006−250720号公報
【非特許文献1】「タンパク質研究のための抗体実験マニュアル」、高津聖志、三宅健介、山元弘、瀧伸介編集、(株)羊土社、2005年2月1日発行、p.88〜97
【非特許文献2】「超高感度酵素免疫測定法」、石川 栄治著、学会出版センタ、 1993年12月19日発行、p.131〜132
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、SPRの高感度化には、酸化還元物質膜や銀塩化銀参照電極など複雑な電極基板や検出装置の構築が必要である。また、蛍光物質を用いる場合には、バックグラウンドが発生することにより感度が低下する。そこで、迅速性、簡便性、安全面での問題点に鑑み、SPRシグナルにより高感度に物質を検出する方法の開発が望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意研究を行った結果、表面プラズモン共鳴の実施に際してセンサー部に、発光物質が結合した検出対象物質又は検出対象物質を含有する複合体を結合させ、発光させることにより、SPRシグナルを高感度で検出し得ることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は以下の通りである。
【0010】
(1)基材に検出対象物質又は検出対象物質を含有する複合体が固定され、当該検出対象物質又は複合体に発光物質が結合してなる検出部を備えた表面プラズモン共鳴シグナル検出用バイオセンサー。
(2)検出対象物質を含有する複合体が、検出対象物質と、当該検出対象物質に対し相互作用する物質との複合体である、(1)に記載のバイオセンサー。
(3)検出対象物質が、組織切片、細胞、細胞小器官、細胞破砕物、タンパク質、レクチン、受容体、リガンド、抗体、抗原、脂質、糖質、核酸、ホルモン及びアプタマーからなる群より選ばれる少なくとも1種である(1)又は(2)に記載のバイオセンサー。
(4)検出対象物質を含有する複合体が、抗原と抗体との複合体である(1)〜(3)のいずれか1項に記載のバイオセンサー。
(5)発光物質が、酵素、発光団、発光タンパク質、金属コロイド及び蛍光物質からなる群より選ばれる少なくとも1種である(1)〜(4)のいずれか1項に記載のバイオセンサー。
(6)酵素は、基質と反応して発光する物質である(5)に記載のバイオセンサー。
(7)酵素が、ペルオキシダーゼ、アルカリフォスファターゼ、ルシフェラーゼ、β-D-ガラクトシダーゼ、グルコースオキシダーゼ、グルコアミラーゼ、炭酸アンヒドラーゼ、アセチルコリンエステラーゼ、リゾチーム、マレートデヒドロゲナーゼ及びグルコース-6-フォスフェートデヒドロゲナーゼからなる群より選ばれる少なくとも1種である(5)に記載のバイオセンサー。
(8)発光物質の結合量が、Biacore(登録商標、以下同様)を表面プラズモン共鳴センサーとして用いたときに、30〜2200RUのシグナル値を発する量である(1)〜(7)のいずれか1項に記載のバイオセンサー。
(9)検出対象物質に対し相互作用する物質は、1つの検出対象物質の異なる部位に結合することができる少なくとも2種類のものである、(1)〜(8)のいずれか1項に記載のバイオセンサー。
(10)複数の検出部を備えた(1)〜(9)のいずれか1項に記載のバイオセンサー。
(11)(1)〜(10)のいずれか1項に記載のバイオセンサーを用いて表面プラズモン共鳴分析を行い、対象物質を検出することを特徴とする検出対象物質の検出又は定量方法。
(12)表面プラズモン共鳴分析が、発光物質による発光を生じたときの表面プラズモン共鳴シグナルの変化と、発光を生じないときの表面プラズモンシグナルの変化とを検出するものであ(11)に記載の方法。
(13)表面プラズモン共鳴分析が、基材に検出対象物質又は検出対象物質含有複合体が固定され、発光物質を含まないバイオセンサーを用いて表面プラズモン共鳴シグナルの変化を検出する工程を含む、(12)に記載の方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、金属薄膜表面に生じる発光をSPRシグナルとして検出する方法及び該方法に用いるバイオセンサーが提供される。本発明により、一般的な酵素免疫測定法に用いられている発光物質とその基質を用いるのみで、その他の試料や新たな検出装置を使用しなくても簡便に検出対象物質を検出することができる。また、酵素免疫測定法は放射免疫測定法と比較して感度の面で劣ることが多いが、本発明の方法では、例えば標識酵素の酵素活性を、SPRを用いて測定することにより、高感度の検出が可能である。これにより、生体中に極低濃度でしか存在しない分子等を、迅速、簡便かつ安全に検出することを可能にする。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明は、基材に検出対象物質又は検出対象物質を含有する複合体が固定されたバイオセンサーである。このバイオセンサーは、当該検出対象物質又は複合体に発光物質が結合してなる検出部を1個又は複数個備える。また、本発明は、上記バイオセンサーを用いて表面プラズモン共鳴分析を行い、対象物質を検出することを特徴とする検出対象物質の検出方法である。
【0013】
1.概要
図1は、抗原及び抗体を用いたサンドイッチ法による一般的酵素免疫測定法の例を示す図である。1次抗体102は基材101に固定されている。検出対象物質103を含む試料を測定系に添加すると抗原抗体反応により検出対象物質103は1次抗体102に結合する。さらに、酵素等の発光物質105で標識された2次抗体104を添加すると、2次抗体104は検出対象物質103に結合して複合体100を形成する。発光物質105の基質を加えることにより、発光物質105は発色し、これを検出する。
【0014】
本発明は、上記酵素免疫測定法において検出の対象とされる検出対象物質を、表面プラズモン共鳴(SPR)シグナルとして検出するというものであり、基材に複合体を結合した検出部を本発明のSPR用バイオセンサーとする。
【0015】
図2は、一般的SPRシグナル検出装置の概要を示す図である。本発明においては、複合体100を、基材として使用される金属薄膜201に固定して本発明のSPR用バイオセンサーとし、これを検出装置に組み込んで使用することができる。本発明においては、このような検出部を1個又は複数個備えることができる。検出部を複数個備えることにより、多数の検出対象物質を同時に検出すること(多項目同時検出)が可能である。なお、図2では、本発明のバイオセンサーとして、説明の便宜上図1Aに示す抗原-抗体複合体を示すが、これに限定されるものではなく、図1B及びCに示す態様(詳細は後述する)の複合体を金属薄膜等の基材に固定したものも本発明のバイオセンサーに含まれる。また、SPR検出装置の形状はこれに限定されるものではなく、例えば図3のファイバー型SPR検出装置でも同様に検出可能である。
【0016】
図2において、金属薄膜201をプリズム202に蒸着し、金属薄膜201の裏面に光源204から光203を照射する。照射された光203は、全反射すると同時に金属薄膜201側に微弱なエネルギー波(これをエバネッセント波という)を生じる。また誘電体に接触した金属表面では粗密波(表面プラズモン)205が発生し、両者の波数が一致したときに共鳴して反射光が減衰する現象、すなわち表面プラズモン共鳴(SPR)現象が生じる。そして、経時的にSPRを検出器206でモニタリングすることにより、金属薄膜表面で起こる反応を検出することができる。
【0017】
図3は、ファイバー型SPRシグナル検出装置の概要と検出部の詳細を示す図である。金属薄膜301をファイバー310の先端部分に蒸着し、ファイバー301の内部に光源304から500〜700nmの波長を含む光303を照射する。拡大図に示される検出部は、図1Aの複合体が金属薄膜301に固定された態様のものである。照射された光303は、ファイバー310内を全反射しながら進むと同時に、金属薄膜の蒸着部でSPR現象が生じる。光303はSPR現象により減衰しながらミラー302で反射され、ファイバー内を逆行した後、ビームスプリッター307で検出器306へ分けられる。継時的に検出器306をモニタリングすることにより、金属薄膜表面で起こる反応を検出することができる。
【0018】
コンピューター308は、検出結果の解析処理、グラフ表示、データの送受信などを実行する。なお、本発明においては、図2に示す態様において検出器206にコンピューターを接続することにより、光源204、検出部、検出器206及びコンピューターを備えた検出システムを構築することが可能である。
【0019】
本発明において、発光物質105を金属薄膜201あるいは301に結合させてSPR検出を行い、その後基質を添加してSPR検出を行うと、基質を添加してSPRを行ったときの検出感度は基質添加前の検出感度よりも増大する。したがって、基質添加前後におけるSPR検出を行うことにより、感度の変化を検出することができる。
【0020】
2.検出
(1)検出対象
本発明の方法により検出され得る検出対象物質は、当該対象物質の結合相手と相互作用を有する機能を有する限り特に限定されるものではない。例えば、組織切片、細胞、細胞小器官、細胞破砕物、タンパク質、レクチン、受容体、リガンド、抗体、抗原、脂質、糖質、核酸、ホルモン、アプタマーなどが検出対象物質となり、これらの物質を少なくとも1種を含む試料が本発明に使用される。
【0021】
検出対象物質と結合して相互作用する物質を「認識物質」とすると、検出対象物質と認識物質とは、両者が一組となって複合体を形成し、複合体は検出対象物質を含有する関係になる。したがって、例えば抗原抗体反応の例では、検出対象物質を抗原とし、認識物質(検出対象物質と相互作用する物質)を抗体とすることができ、またその逆とすることもできる。このような関係を有する限り、物質の種類に限定されるものではない。例えば、組織切片と抗体、細胞と抗体、細胞小器官と抗体、細胞破砕物と抗体、タンパク質とタンパク質(例えばストレプトアビジンとビオチン)若しくは糖類、レクチンと糖鎖、受容体とリガンド、抗体と抗原、脂質と脂質若しくは糖類、糖類と糖類若しくはタンパク質、核酸とその相補鎖若しくはタンパク質、ホルモンとその受容体、及びアプタマーとそのリガンドとの関係が、それぞれ検出対象物質と認識物質との関係、又はそれぞれ認識物質と検出対象物質との関係となる。
本発明の一態様では、検出対象物質を含有する複合体(検出対象物質と認識物質との複合体)は、抗原-抗体複合体であることが好ましい。
【0022】
(2)発光物質
本発明において、標識に使用される発光物質としては、例えば酵素、発光団、発光タンパク質、金属コロイド、蛍光物質などが挙げられ、これらを単独で又は適宜組み合わせて使用することができる。
【0023】
本発明において酵素を使用するときは、例えばペルオキシダーゼ(EC.1.11.1.7)、アルカリフォスファターゼ(EC.3.1.3.1)、ルシフェラーゼ(EC.1.13.12.7)、β-D-ガラクトシダーゼ(EC3.2.1.23)、グルコースオキシダーゼ(EC.1.1.3.4)、グルコアミラーゼ(EC.3.2.1.3)、炭酸アンヒドラーゼ(EC.4.2.1.1)、アセチルコリンエステラーゼ(EC.3.1.1.7)、リゾチーム(EC.3.2.1.17)、マレートデヒドロゲナーゼ(EC.1.1.1.37)、グルコース-6-フォスフェートデヒドロゲナーゼ(EC.1.1.1.49)などがあげられるが、この限りではない。これらの酵素は基質と反応することにより発光を生じるものである。これらの酵素及びその基質は市販の物質が利用できる。
【0024】
また、発光団は、ある特定の条件下で発光する構造の部分であり、例えばセレンテラジン、コロイド量子ドットなどが挙げられる。
発光タンパク質は、ある特定の条件下で発光するタンパク質であり、例えばエクオリン、Green Fluorescent Protein(GFP)などが挙げられる。
金属コロイドは、直径1nm〜0.1μm程度の金属粒子であり、例えば金コロイド、銀コロイドなどが挙げられる。
蛍光物質は、光の吸収により分子や原子を励起することにより発光する物質であり、例えばフルオレセインイソチオシアネート(FITC)、テトラメチルローダミンイソチオシアネート(RITC)などが挙げられる。
【0025】
発光物質は、検出対象に標識することもでき、検出対象物質と認識物質との複合体に標識することもできる。「複合体に標識する」とは、複合体を構成する検出対象物質及び認識物質のいずれか一方又は両方に標識することを意味するが、一般的酵素免疫測定において標識されるのと同様に、検出対象物質又は認識物質のどちらかに標識すれば足りる。
【0026】
(3)検出
本発明において、検出とは、試料中に含まれる検出対象物質の存否を確認すること(定性分析)、及び試料中に含まれる検出対象物質の量を測定すること(定量分析)のいずれか又は両者をいう。検出対象物質に対し相互作用する物質とは、検出対象物質を認識する物質であり、検出対象物質に対して特異的に結合する物質のことをいう。検出対象物質又は検出対象物質複合体より生ずる発光としては、例えば、検出対象物質自身により生ずる発光、検出対象物質に結合した発光物質より生ずる発光、検出対象物質に対し相互作用する物質自身により生ずる発光、検出対象物質に対し相互作用する物質に標識された標識物質の反応により生ずる発光等があげられる。
【0027】
本発明において検出の方法は、金属薄膜上に、認識物質と、検出対象物質と発光物質との複合体を構築してSPRシグナルを検出し、さらに発光物質の基質を加えてSPRシグナルを検出する。発光物質による発光を生じたときのSPRシグナルの変化と、基質を加えずに発光を生じないときのSPRシグナルの変化とを比較することにより、目的とする検出対象物質を検出することができる。ここで、Biacoreを表面プラズモン共鳴センサーとして用いて解析を行った場合、得られるシグナル値である「RU」は、1mm2あたり物質が1pg結合したときの単位として表される。例えば、発光物質として酵素等を金表面へ固定化して、本発明の方法によりシグナル値を測定しようとする場合、固定化量は30〜2200RUであり、好ましくは100〜2000RU、より好ましくは280〜2000RUの範囲である。これらの範囲のシグナル値のときは、検出対象物質をより高感度に検出することができる。
【0028】
基質を加えずに検出されたSPRシグナルと、基質を加えて検出されたSPRシグナルとを比較することにより、基質を加えてSPRシグナルを検出したときの感度を測定することが可能である。本発明の一態様においては、金属薄膜上に、認識物質と、検出対象物質と発光物質との複合体を構築してSPRシグナルの検出を行い、次に基質を加えてSPRシグナルを検出することが好ましい。
【0029】
さらに、本発明の方法において、発光物質を含まない条件下、すなわち、検出対象物質と認識物質との複合体に発光物質を結合させない条件下でSPRシグナルの変化を調べることもでき、この変化は、発光物質を含む条件下又はこれに基質を加えた条件下でSPR変化を検出したときの変化の対照として使用することができる。
【0030】
金属薄膜上に構築される認識物質、検出対象物質及び発光物質の複合体の態様は、図1Aに示すようにサンドイッチの形態でもよく、金属薄膜上に直接検出対象物質を固定し、これに、発光物質により標識された認識物質を結合させる態様(図1B)でもよい。さらに、認識物質を金属薄膜上に固定し、この固定化された認識物質に、発光物質により標識された検出対象物質を結合させる態様(図1C)でもよい。
【0031】
具体的方法として、例えば、酵素免疫測定法におけるサンドイッチ法の原理と同様の抗体-抗原-標識抗体からなる複合体を金属薄膜表面に構築し、標識はペルオキシダーゼを用いる方法が挙げられる。あるいは、抗原を金属表面に固定化し、検出対象物質を含む試料と標識抗体を混合後、検出対象物質を含まない試料との比較によって、検出対象物質を定量する方法が挙げられる。また、抗体を金属表面に固定化し、検出対象物質を含む試料を標識して、抗体-標識抗原複合体を金属表面上に構築し、定量する方法が挙げられる。
【0032】
以下に、本発明の検出方法を、順を追って説明する。
(3−1)基材
まず、検出対象物質に対し相互作用する物質(認識物質)が固定化された基材、あるいは検出対象物質が固定化された基材を作製する。基材としては金属、炭素、ガラス、高分子等の固体材料が広く利用される。たとえば、金、銀、白金、銅、鉄、アルミニウム、チタン、亜鉛などの金属板、又はこれらの金属を蒸着した平板などを用いることができる。また、基材の全部又は一部が、上記金属薄若しくはその酸化皮膜、シリコン、酸化シリコン(SiO2)、シリカ、ガラス、マイカ又はカーボン材料(グラファイト等)からなるものを用いることもできる。例えば金を基材とする場合には、自己組織化単分子膜(SAMs)を形成させ、タンパク質との結合に用いることのできる官能基(カルボキシル基、アミノ基、チオール基など)を導入する。「自己組織化単分子膜」とは、基材に結合し得る官能基を末端に有する疎水性分子により構成される膜を意味し、官能基により金属の基材表面に固定されて膜を形成する。金表面の場合であれば、例えばジチオビススクシニイミジルプロピオネート(DSP)が利用でき、金表面にチオール基を介してSAMsが形成され、カルボキシル基が導入される。官能基としてカルボキシル基を導入した場合は、N-ヒドロキスルフォシスクシンイミド(NHS)と1-エチル-2,3ジメチルアミノプロピルカルボジイミド(EDC)を用い、検出対象物質又は認識物質のアミノ基を介して、これらの物質を金薄膜表面に固定化することができる。基材の形状は特に限定されるものではなく、例えば、棒状、板状、プリズム状、半球状等の形状でよい。
【0033】
(3−2)標識
(i) 認識物質(例えば抗体)を固定化したときは、固定化に使用された抗体とはエピトープが異なる抗体を準備し、標識する。これにより、2つの抗体はそれぞれ検出対象物質の異なる部位に結合することができる。また別の態様において、例えばリガンドを検出対象物質とする場合、リガンドに結合する認識物質は受容体及び抗リガンド抗体が存在する。したがって、認識物質(例えば受容体)を固定化したときは、固定化に使用された受容体とは異なる認識物質として抗リガンド抗体を、受容体結合部とは異なる部位に結合させることができる。このようにして、認識物質が2種類以上存在することにより、サンドイッチ法の一態様である酵素免疫測定系を用いてSPRシグナルを検出することが可能である。
【0034】
次に、標識抗体を試料中の検出対象物質に対して過剰量、好ましくは大過剰量を添加して、抗原-標識抗体を形成させる。試料中の検出対象物質の量が推定できる場合には、その推定範囲の10〜10000倍程度、好ましくは1000倍程度の標識抗体を使用する。例えば、検出対象物質が試料中に数pg/mL〜数ng/mLで含まれると推定できる場合には、標識抗体は数μg/mL(例えば1μg/mL)用いる。また、濃度が推定できない場合であれば、まず種々の量の標識抗体を用い、標識抗体の量と測定結果とを比較検討すればよい。
【0035】
(ii) 上記サンドイッチ法の場合は、基材に固定された抗体とは異なる抗体であって検出対象物質に結合した抗体(サンドイッチ抗体)を標識するが、認識物質(例えば抗体)を固定化した場合、サンドイッチ抗体を標識せずに試料中の検出対象物質を標識することもできる。
【0036】
(iii) 検出対象物質(例えば抗原)を固定化した場合は、抗体を標識する。
試料中の検出対象物質の量が推定できる場合には、その推定範囲の1〜100倍程度、好ましくは10倍程度の標識抗体を使用する。また、濃度が推定できない場合であれば、まず種々の量の標識抗体を用い、標識抗体の量と測定結果とを比較検討すればよい。
【0037】
(3−3)反応
上記(3−2)により得られた反応液と(3−1)で作製した基材とを接触させ、適当な時間反応させる。この過程において、固定化基材上に、酵素標識した物質を含む複合体を形成する。
【0038】
(3−4)洗浄
基材は、基材上に構築された複合体に影響を及ぼさない程度の濃度で所定の界面活性剤を含む溶液で洗浄する。抗原抗体反応であれば、0.05% Tween20と150mM NaClを含む50mM リン酸緩衝液 (pH7.4)を使用することができるが、これらの緩衝液に限定されるものではない。
【0039】
標識抗体の基材への結合量又は結合速度は、上記(3−2)の(i)又は(iii)の標識工程の終了時に、上記反応液中に存在する抗原と結合した標識抗体の濃度と正の相関がある。一方、上記(3−2)の(ii)の終了時では、未反応の標識抗体の濃度と正の相関がある。言い換えれば、試料中の検出対象物質濃度と負の相関を有する。
【0040】
(4)SPRシグナル検出
上記(3−1)終了時のSPRのシグナル値と、複合体形成後(上記(3−2)、(3−3)又は(3−4)の終了時)のシグナル値を検出し、複合体形成時のシグナル変化をSPR法により検出する。検出は市販の測定装置を用いて行うことができる。
【0041】
(5)発光基質添加後のSPRシグナル検出
上記(4)のシグナル検出後、標識酵素の発光基質を添加し、シグナル変化をSPR法により検出する。なお、シグナル値は標識抗体の濃度と正の相関がある。
【0042】
(6)濃度測定
上記(4)及び(5)のシグナル変化を合わせて、検出対象物質の濃度を測定する。
【0043】
以下、本発明を実施例に基づいて説明する。ただし本発明は以下の実施例にのみ限定されるものではない。
【実施例1】
【0044】
本実施例は、Protein Gと、ホースラディッシュペルオキシダーゼ又はアルカリフォスファターゼ標識抗体とを用いた場合のSPRシグナルの検出に関するものであり、市販されているBiacore 3000(ビアコア株式会社)を用いて行った。Sensor Chip CM5(ビアコア株式会社)上に抗体結合タンパク質であるProtein Gを結合させ、そこに、ホースラディッシュペルオキシダーゼ又はアルカリフォスファターゼで標識した抗体を結合させた後に、それぞれの発光基質を添加して、シグナル変化を観察した。
【0045】
(1)Protein Gの固定化
Sensor Chip CM5をBiacore 3000にセットし、NHS(400mM)とEDC(100mM)との混合液を添加し、7分間反応後、Protein G(1.0mg/mL、50mM リン酸緩衝液 pH5.1)を添加し、20分間反応させた。更に、エタノールアミン・HCl溶液(1M,pH8.5)を添加し7分間反応させ、Protein Gと反応せずに残存したカルボキシル基をブロックした。
以上の操作により、Protein GをSensor Chip CM5表面に共有結合で固定した。Protein Gの添加前と洗浄後の共鳴シグナル(RU値)変化量を固定量(RU値)とした。
その結果、Protein Gの固定による固定量は12000RUであった。
【0046】
(2)標識抗体の結合
上記(1)でProtein Gを固定したSensor Chip CM5に、抗マウスIgGポリクローナル抗体-HRP標識 (Bethyl Laboratories社) (20μg/mL、0.05% Tween20含有トリス緩衝液)又は抗マウスIgGポリクローナル抗体-AP標識 (Zymed Laboratories社) (20μg/ml、Tween20含有トリス緩衝液)を添加し、10分間反応後、共鳴シグナル変化量を固定量とした。
抗マウスIgGポリクローナル抗体-HRP標識の結合による固定量は8000RU、抗マウスIgGポリクローナル抗体-AP標識の結合による固定量は4000RUであった。
【0047】
(3)発光基質との反応
上記(2)で標識抗体を結合したSensor Chip CM5に、発光基質を添加した。ホースラディッシュペルオキシダーゼの場合は、ECL(登録商標)(GEヘルスケアバイオサイエンス株式会社)を、アルカリフォスファターゼの場合はCDP−Star(登録商標) (メルク株式会社)を反応させ生じるシグナルを観察した。
【0048】
ホースラディッシュペルオキシダーゼ標識抗体を用いて検出を行ったときの結果を図4、アルカリフォスファターゼ標識抗体を用いて検出を行ったときの結果を図5に示す。Protein Gにそれぞれの標識抗体を結合させたときのシグナル値を0とした場合、それぞれの発光基質を流したとき(図4及び5の「injection start」時)に大きなシグナル変化を観察した。このシグナル変化は、従来の方法で検出した場合と比較して約1.2〜1.5倍のシグナル検出感度に相当する。以上のことから本発明により、検出感度が向上することが示された。
【実施例2】
【0049】
本実施例は、Protein Gとホースラディッシュペルオキシダーゼ標識抗体を用いた場合に、本発明により効果が生じる濃度の下限値の解析に関するものであり、市販されているBiacore 3000を用いて行った。
【0050】
(1)Protein Gの固定化
Sensor Chip CM5をBiacore 3000にセットし、NHS(400mM)とEDC(100mM)との混合液を添加し、7分間反応後、Protein G(1.0mg/mL、50mM リン酸緩衝液 pH5.1)を添加し、0、1、3.5、7分間と反応させた。更に、エタノールアミン・HCl溶液(1M,pH8.5)を添加し7分間反応させ、Protein Gと反応せずに残存したカルボキシル基をブロックした。
以上の操作により、Protein GをSensor Chip CM5表面に共有結合で固定した。Protein Gの添加前と洗浄後の共鳴シグナル(RU値)変化量を固定量(RU値)とした(表1)。
【0051】
(2)標識抗体の結合
上記(1)でProtein Gを固定したSensor Chip CM5に、抗マウスIgGポリクローナル抗体-HRP標識(1μg/mL、0.05% Tween20含有トリス緩衝液)を添加し、7分間反応後、共鳴シグナル変化量を結合量とした(表1)。
【0052】
(3)発光基質との反応
上記(2)で標識抗体を結合したSensor Chip CM5に、発光基質としてECL(登録商標)を反応させ生じるシグナルを観察した(表1)。
発光基質添加後の発光シグナルの継時的変化を図6、反応終了時のSPRシグナルの変化を表1、固定化されたHRP標識抗体の量と発光により変化したシグナル値の相関を図7に示す。Protein Gの固定量が増加するに従って、HRP標識抗体の結合量も増加し、発光基質を添加することで、更に大きなシグナル変化を観察した。HRP標識抗体の結合量が286RU以上であるとき、従来法のシグナル変化値(HRP標識抗体結合量)と発光基質によるシグナル変化(基質添加後のシグナル変化)を連続して検出した場合、従来法のみの場合に比べて検出感度が2倍以上向上することが示された。
【0053】
【表1】

【実施例3】
【0054】
本実施例は、Protein Gとホースラディッシュペルオキシダーゼ標識抗体を用いた場合に、本発明により効果が生じる濃度の上限値の解析に関するものであり、市販されているBiacore 3000を用いて行った。
【0055】
(1)Protein Gの固定化
Sensor Chip CM5をBiacore 3000にセットし、NHS(400mM)とEDC(100mM)との混合液を添加し、7分間反応後、Protein G(1.0mg/mL、50mM リン酸緩衝液 pH5.1)を添加し、0、5、7、10分間と反応させた。更に、エタノールアミン・HCl溶液(1M,pH8.5)を添加し7分間反応させ、Protein Gと反応せずに残存したカルボキシル基をブロックした。
以上の操作により、Protein GをSensor Chip CM5表面に共有結合で固定した。Protein Gの添加前と洗浄後の共鳴シグナル(RU値)変化量を固定量(RU値)とした(表2)。
【0056】
(2)標識抗体の結合
上記(1)でProtein Gを固定したSensor Chip CM5に、抗マウスIgGポリクローナル抗体-HRP標識(20μg/mL、0.05% Tween20含有トリス緩衝液)を添加し、12分間反応後、共鳴シグナル変化量を結合量とした(表2)。
【0057】
(3)発光基質との反応
上記(2)で標識抗体を結合したSensor Chip CM5に、発光基質としてECL(登録商標)を反応させ生じるシグナルを観察した。
発光基質添加後の発光シグナルの継時的変化を図8、反応終了時のSPRシグナルの変化を表2、固定化されたHRP標識抗体の量と発光により変化したシグナル値の相関を図9に示す。Protein G及びHRP標識抗体が高濃度になるとシグナル変化が小さくなったことを観察した。発光物質の結合量が2000RU付近のとき、従来法と本発明を連続して検出すると、従来法のみの場合よりも検出感度が2.8倍程度に向上することが示された。
【0058】
【表2】

【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】抗原及び抗体を用いたサンドイッチ法による一般的酵素免疫測定法の例を示す図である。
【図2】一般的SPRシグナル検出装置の概要を示す図である。
【図3】ファイバー型SPRシグナル検出装置の概要を示す図である。
【図4】ホースラディッシュペルオキシダーゼ標識抗体を用いた場合の発光によるRU値変化を示す図である。
【図5】アルカリフォスファターゼ標識抗体を用いた場合の発光によるRU値変化を示す図である。
【図6】発光によるRU変化の下限値を解析した図である。
【図7】標識抗体を0〜300RU結合させた場合に、発光によって得られるシグナル変化を示す図である。
【図8】発光によるRU変化の上限値を解析した図である。
【図9】標識抗体を1807〜2276RU結合させた場合に、発光によって得られるシグナル変化を示す図である。
【符号の説明】
【0060】
100:複合体、 101:基材、 102:1次抗体、 103:検出対象物質、
104:2次抗体、 105:発光物質
201:金属薄膜、 202:プリズム、 203:光、204:光源、
205:表面プラズモン、 206:検出器
301:金属薄膜、 302:ミラー、 303:光、304:光源、
305:表面プラズモン、 306:検出器、 307:ビームスプリッター、
308:コンピューター、310:ファイバー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材に検出対象物質又は検出対象物質を含有する複合体が固定され、当該検出対象物質又は複合体に発光物質が結合してなる検出部を備えた表面プラズモン共鳴シグナル検出用バイオセンサー。
【請求項2】
検出対象物質を含有する複合体が、検出対象物質と、当該検出対象物質に対し相互作用する物質との複合体である、請求項1に記載のバイオセンサー。
【請求項3】
検出対象物質が、組織切片、細胞、細胞小器官、細胞破砕物、タンパク質、レクチン、受容体、リガンド、抗体、抗原、脂質、糖質、核酸、ホルモン及びアプタマーからなる群より選ばれる少なくとも1種である請求項1又は2に記載のバイオセンサー。
【請求項4】
検出対象物質を含有する複合体が、抗原と抗体との複合体である請求項1〜3のいずれか1項に記載のバイオセンサー。
【請求項5】
発光物質が、酵素、発光団、発光タンパク質、金属コロイド及び蛍光物質からなる群より選ばれる少なくとも1種である請求項1〜4のいずれか1項に記載のバイオセンサー。
【請求項6】
酵素は、基質と反応して発光する物質である請求項5に記載のバイオセンサー。
【請求項7】
酵素が、ペルオキシダーゼ、アルカリフォスファターゼ、ルシフェラーゼ、β-D-ガラクトシダーゼ、グルコースオキシダーゼ、グルコアミラーゼ、炭酸アンヒドラーゼ、アセチルコリンエステラーゼ、リゾチーム、マレートデヒドロゲナーゼ及びグルコース-6-フォスフェートデヒドロゲナーゼからなる群より選ばれる少なくとも1種である請求項5に記載のバイオセンサー。
【請求項8】
発光物質の量が、Biacore(登録商標)を表面プラズモン共鳴センサーとして用いたときに、30〜2200RUのシグナル値を発する量である請求項1〜7のいずれか1項に記載のバイオセンサー。
【請求項9】
検出対象物質に対し相互作用する物質は、1つの検出対象物質の異なる部位に結合することができる少なくとも2種類のものである、請求項1〜8のいずれか1項に記載のバイオセンサー。
【請求項10】
複数の検出部を備えた請求項1〜9のいずれか1項に記載のバイオセンサー。
【請求項11】
請求項1〜10のいずれか1項に記載のバイオセンサーを用いて表面プラズモン共鳴分析を行い、検出対象物質を検出することを特徴とする検出対象物質の検出方法。
【請求項12】
請求項1〜10のいずれか1項に記載のバイオセンサーを用いて表面プラズモン共鳴分析を行い、検出対象物質を検出することを特徴とする検出対象物質の定量方法。
【請求項13】
表面プラズモン共鳴分析が、発光物質による発光を生じたときの表面プラズモン共鳴シグナルの変化と、発光を生じないときの表面プラズモンシグナルの変化とを検出するものである請求項11又は12に記載の方法。
【請求項14】
表面プラズモン共鳴分析が、基材に検出対象物質又は検出対象物質含有複合体が固定され、発光物質を含まないバイオセンサーを用いて表面プラズモン共鳴シグナルの変化を検出する工程を含む、請求項12に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2009−19894(P2009−19894A)
【公開日】平成21年1月29日(2009.1.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−180831(P2007−180831)
【出願日】平成19年7月10日(2007.7.10)
【出願人】(503442709)株式会社 バイオマトリックス研究所 (11)
【Fターム(参考)】