説明

表面プラズモン増強蛍光検出方法

【課題】血液のような試料をフィルタリング処理することなく、極めて高い感度で蛍光検出する。
【解決手段】励起光を透過させる材料からなる誘電体ブロック13の表面に形成された、表面に疎水性材料からなる不撓性膜31が形成され金属膜20で試料1を保持し、誘電体ブロック1側から700〜2000nmの波長を有する近赤外光の励起光8を入射させて、試料1中に含まれる物質を、表面プラズモンによって増強された金属膜20表面に染み出すエバネッセント波11によって励起し、この励起により物質が発した蛍光を光検出器9によって検出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蛍光法により試料中の特定物質を検出する蛍光センサ、特に詳細には表面プラズモン増強による蛍光検出方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、バイオ測定等において、高感度かつ簡易な測定法として蛍光法が広く用いられている。この蛍光法は、特定波長の光により励起されて蛍光を発する検出対象物質を含むと考えられる試料に上記特定波長の励起光を照射し、そのときの蛍光を検出することによって検出対象物質の存在を確認する方法である。検出対象物質が蛍光体でない場合には、蛍光体で標識されて検出対象物質と特異的に結合する物質を試料に接触させ、その後上記と同様にして蛍光を検出することにより、この結合すなわち検出対象物質の存在を確認することも広く行われている。
【0003】
図3は、上記の標識された物質を用いる蛍光法を実施するセンサの一例を概略表示するものである。この蛍光センサは一例として試料1に含まれる抗原2を検出するためのものであり、基板3には抗原2と特異的に結合する一次抗体4が塗布されている。そしてこの基板3上に設けられた試料保持部5の中において試料1が流され、次いで同様に蛍光体10で標識されて抗原2と特異的に結合する二次抗体6が流される。その後、基板3の表面部分に向けて光源7から励起光8が照射され、光検出器9により蛍光検出がなされる。このとき、光検出器9によって所定の蛍光が検出されれば、上記二次抗体6と抗原2との結合、すなわち試料1中における抗原2の存在を確認できることになる。
【0004】
なお以上の例では、蛍光検出によって実際に存在が確認されるのは二次抗体6であるが、この二次抗体6は抗原2と結合しなければ流されてしまって基板3上に存在し得ないものであるから、この二次抗体6の存在を確認することにより、間接的に検出対象物質である抗原2の存在が確認されることとなる。
【0005】
しかしながら、図3に示したような従来の蛍光センサでは、基板と試料との界面における励起光の反射光/散乱光や、検出対象物質以外の不純物/浮遊物M等による散乱光がノイズとなるため、せっかく光検出器を高性能化しても蛍光検出におけるS/Nは向上しないのが実情であった。
【0006】
これに対する解決法として、例えば非特許文献1に示されるようなエバネッセント蛍光法、つまりエバネッセント波を用いる蛍光法が提案されている。この蛍光法を実施する蛍光センサの一例を図4に概略的に示す。なおこの図4において、図3中の構成要素と同等の構成要素には同番号を付し、それらについての説明は特に必要のない限り省略する(以下、同様)。
【0007】
この蛍光センサにおいては、前述の基板3に代わるものとしてプリズム(誘電体ブロック)13が用いられ、そして光源7からの励起光8は、このプリズム13と試料1との界面で全反射する条件で、プリズム13を通して照射される。この構成においては、励起光8が上記界面で全反射するとき該界面近傍に染み出すエバネッセント波11により二次抗体6が励起される。そして蛍光検出は、試料1に対してプリズム13と反対側(図中では上方)に配された光検出器9によってなされる。
【0008】
この蛍光センサにおいては、励起光8は図中の下方に全反射するので、上方からの蛍光検出において、励起光検出成分が蛍光検出信号に対するバック・グラウンドとなってしまうことがない。またエバネッセント波11は上記界面から数百nmの領域にしか到達しないので、試料中の不純物/浮遊物Mからの散乱を殆ど無くすことができる。そのため、このエバネッセント蛍光法は、従来の蛍光法と比べて(光)ノイズを大幅に低減でき、検出対象物質を1分子単位で蛍光測定できる方法として注目されている。
【0009】
また、さらに高感度で蛍光測定できるセンサとして、図5に示すような表面プラズモン増強蛍光センサも知られている。この表面プラズモン増強蛍光センサは、例えば特許文献1に記載があるもので、図4の蛍光センサと比べると基本的に、プリズム13の上に金属膜20が形成されている点が異なる。すなわち、このような金属膜20が形成されていることにより、励起光8が照射されたときこの金属膜20中に表面プラズモンが生じ、その電場増幅作用によって蛍光が増幅されるようになる。あるシミュレーションによると、その場合の蛍光強度は1000倍程度まで増幅されることも判っている。
【0010】
しかし、上述のような表面プラズモン増強蛍光センサにおいては、非特許文献2に示されているように、試料中の蛍光体と金属膜とが接近し過ぎていると、蛍光体内で励起されたエネルギーが蛍光を発生させる前に金属膜へ遷移してしまい、蛍光が生じないという現象(いわゆる金属消光)が起こり得る。
【0011】
この金属消光に対処するために非特許文献2には、金属膜の上にSAM(自己組織化膜)を形成し、それにより試料中の蛍光体と金属膜とをこのSAMの厚さ以上離間させることが提案されている。なお図5でも、このSAMに番号21を付けて示してある。また非特許文献3では、この金属消光に関連して、表面プラズモンにより増強された蛍光強度の、金属膜からの距離に対する依存性が検討されている。
【0012】
ここ数年は、冷却CCDの発達など光検出器の高性能化が進んでいること、また、特に可視領域では、効率(量子収率)の高い色素、例えば FITC(蛍光525nm、量子収率0.6)や Cy5(蛍光680nm、量子収率0.3)のような、実用の目安となる量子効率0.2を超える色素が開発され、以上述べた蛍光法はバイオ研究には欠かせない道具となっている。
【0013】
ところで、病院などで精密診断を行なう場合、ウィルス等の血液中のアナライトを蛍光検出することが広く行なわれている。しかしながら、血液は一般に赤もしくは赤褐色の色を持つため可視光による励起が難しく、また蛍光信号も血液に吸収されてしまうため、高感度での検出は困難である。また可視光を照射した場合、血液中にはアルブミンのような自家蛍光を発する生体物質が大量に存在するため、これが光ノイズとなり検出限界を大きく低下させる。
【0014】
このため、血液中のアナライトを高感度検出する場合は、網目状の膜を通すなどのフィルタリング処理を行なうことが広く行なわれている。これは、一般的には血球分離と呼ばれ、主に赤血球を除去している。これによりサンプル(血液成分)はほぼ透明となり、可視光を用いた蛍光測定が可能となる。しかしながら、膜を通すことによりアナライトの立体構造が破壊あるいは変性してしまい、本来持つ生体機能が損なわれる場合がある。また、場合によってはアナライト自体も膜中に残ってしまうため血液中の濃度が落ちてしまい、検出が難しくなることもある。さらに、余分な作業が一つ増えるため、手間と時間がかかるという問題がある。
【特許文献1】特許第3562912号公報
【非特許文献1】「バイオイメージングでここまで理解る」p.104-113 楠見明弘他著 羊土社
【非特許文献2】W.Knoll他、Analytical Chemistry(Anal.Chem.)75(2003) p.2610
【非特許文献3】W.Knoll他、Colloids and Surfaces. A.(Colloids Surf.A),171(2000) p.115
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
血液中の大半を占める赤血球のヘモグロビンは、図6に示すように酸化型ヘモグロビン(実線)であっても還元型ヘモグロビン(点線)であっても、700nmより長い近赤外領域では吸収が可視領域に較べて2桁以上も小さいため、近赤外光を用いれば蛍光検出が可能になると考えられる。
【0016】
しかしながら、現在実用化されている近赤外領域の色素は、量子収率が低いため蛍光信号が微弱となり、高感度検出に不向きである。実際、血液量測定や心機能検査・肝機能検査の他、蛍光眼底造影等に汎用されている近赤外蛍光色素ICG(蛍光820nm)の量子収率は 〜0.1程度であり、信号が弱すぎるため検出ができない。
【0017】
本発明は上記の事情に鑑みてなされたものであり、血液のような試料をフィルタリング処理することなく、極めて高い感度で蛍光検出することができる表面プラズモン増強蛍光検出方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明の表面プラズモン増強蛍光検出方法は、励起光を透過させる材料からなる誘電体ブロックの表面に形成された金属膜で試料を保持し、前記誘電体ブロック側から励起光を入射させて、前記試料中に含まれる物質を、表面プラズモンによって増強された前記金属膜表面に染み出すエバネッセント波によって励起し、該励起により前記物質が発した蛍光を検出する表面プラズモン増強蛍光検出方法において、前記金属膜表面には疎水性材料からなる不撓性膜が形成され、前記励起光が700〜2000nmの波長を有する近赤外光であることを特徴とするものである。
【0019】
ここで、上記の「不撓性」とは、表面プラズモン増強蛍光検出を普通に行っているうちに膜厚が変わってしまうほどに変形することが無い程度の剛性を備えていることを意味する。
【0020】
前記不撓性膜の膜厚は、10〜100nmの範囲であることが好ましい。また、前記不撓性膜としては、ポリマーからなるものが好適に用いられる。また、このポリマーからなる不撓性膜が適用される場合は、その不撓性膜の上に、特定物質と結合する親水性リンカーが形成されることが望ましい。とりわけ、本発明の表面プラズモン増強蛍光検出方法は、前記試料が血液である場合に好適である。
【0021】
また本発明の表面プラズモン増強蛍光検出方法においては、前記不撓性膜の上に、特定物質と結合するキャプチャ分子が固定化されている誘電体ブロックを用いることが望ましい。その場合、上記キャプチャ分子は、生体内のセカンドメッセンジャーと結合するものであることが望ましい。
【0022】
そして、そのような誘電体ブロックを用いる場合は、前記キャプチャ分子と直接結合する物質と、エバネッセント波によって励起され得る蛍光成分とが一体化されてなる標識化特定物質を試料中に含ませた上で、前記蛍光の検出を行うことが望ましい。
【発明の効果】
【0023】
本発明の表面プラズモン増強蛍光検出方法は、励起光を透過させる材料からなる誘電体ブロックの表面に形成された金属膜で試料を保持し、前記誘電体ブロック側から励起光を入射させて、前記試料中に含まれる物質を、表面プラズモンによって増強された金属膜表面に染み出すエバネッセント波によって励起し、この励起により物質が発した蛍光を検出する表面プラズモン増強蛍光検出方法において、金属膜表面に疎水性材料からなる不撓性膜を形成し、励起光を700〜2000nmの波長を有する近赤外光としたので、量子収率が低いため蛍光信号が微弱となってしまう近赤外領域の色素であっても、高感度検出を実現することが可能である。
【0024】
すなわち、血液等の試料は近赤外光を用いれば蛍光検出が可能になるものの、近赤外光の励起によって検出される蛍光は微弱であるために、従来は血液中のアナライト等を高感度検出する場合は、励起光として可視光を使用せざるを得ず、このためアナライト等の血中濃度を低下させる可能性のあるフィルタリング処理を行うことを余儀なくされていたが、本発明の表面プラズモン増強蛍光検出方法によれば、表面プラズモンによって増強された金属膜表面に染み出すエバネッセント波によって励起し、この励起により物質が発した蛍光を検出するので、近赤外光を使用して高感度検出を行うことが可能であるとともに、フィルタリング等の前処理が不要となるため、測定を格段に簡易化することができる。
【0025】
なお、波長の長い近赤外光を励起光として用いることにより、基板中でのレイリー散乱による散乱光を大きく抑制できるので、光ノイズを低減させ、S/N比を向上させることもできる。基板には通常散乱の少ないガラス基板が用いられるが、コストの面を考慮して樹脂基板(PMMAなど)を使用したい向きもあり、本発明の表面プラズモン増強蛍光検出方法によれば、散乱が多い樹脂基板であっても高感度検出が可能となりコストを大幅に低減することができる。
【0026】
また、本発明者の研究によると、前述のSAMを設けた従来の表面プラズモン増強蛍光センサにおいて、蛍光検出の感度がさほど改善されないのは、このSAMがいわゆる「ふわふわ」したものであることからその厚さが容易に変動し、そこで試料液中の蛍光体が金属膜に対して、金属消光が起きる程度まで近接してしまうことがあるためであることが判明した。
【0027】
さらに、このSAMを設けた従来の表面プラズモン増強蛍光センサにおいて、蛍光検出の感度がさほど改善されないのは、このSAMがいわゆる「すかすか」したものであることから、試料液中に存在する金属イオンや溶存酸素のような消光の原因となる分子がこのSAMの内部にまで入り込み、それらの分子が励起光の励起エネルギーを奪ってしまうことが有るためであることも判明した。
【0028】
本発明による表面プラズモン増強蛍光検出方法では、上記の新しい知見に鑑みて、金属膜の上に不撓性膜が設けられているので、試料液中の蛍光体が金属膜に対して、金属消光が起きる程度まで近接してしまうことが防止されるので、上述のような金属消光を招くことがなくなり、表面プラズモンによる電場増幅作用を確実に得て、極めて高い感度で蛍光を検出可能となる。
【0029】
また本発明による表面プラズモン増強蛍光検出方法では、上記の新しい知見に鑑みて、不撓性膜が疎水性材料から形成されているので、試料液中に存在する金属イオンや溶存酸素のような消光の原因となる分子がこの不撓性膜の内部にまで入り込むことが無く、よってそれらの分子が励起光の励起エネルギーを奪ってしまうことが防止される。そこで本発明による表面プラズモン増強蛍光センサによれば、極めて高い励起エネルギーが確保され、極めて高い感度で蛍光を検出可能となる。
【0030】
なお、不撓性膜の好ましい材料としてはポリマーが挙げられるが、ポリマーには、多くの場合試料液中に含まれるタンパク等が容易に非特異吸着しやすくなっている。そうであると、例えばこの不撓性膜の表面に塗布した抗体に特異吸着する抗原を蛍光法によって検出するような場合、この非特異吸着が特異吸着を生じたのと同様の状態となるので、それが誤検出を招くことになる。
【0031】
そこで、本発明の表面プラズモン増強蛍光検出方法において特にポリマーからなる不撓性膜が適用される場合、その不撓性膜の上に親水性リンカーが形成されていれば、そのリンカーが上記タンパク等を遮断するので、タンパク等が不撓性膜に非特異吸着することがなくなり、上述のような誤検出が防止される。他方、本来不撓性膜の表面部分に配置すべき抗体等は、そのリンカーと特異的に結合させて、不撓性膜の表面部分に捉えることができる。
【0032】
本発明における不撓性膜としては、疎水性高分子、無機酸化物を含む膜を好ましく挙げることができる。
【0033】
本発明に使用可能な疎水性高分子としては、水に対する溶解度が20重量%以下であるモノマーを50重量%以上含むことが好ましい。
【0034】
疎水性高分子を形成するモノマーの25℃の水に対する溶解度は、新実験化学講座基本操作1(丸善化学、1975)に記載されている方法で測定することができる。この方法で測定すると上記本発明におけるモノマーの20℃の水に対する溶解度は、例えば2−エチルヘキシルメタクリレートで0.00重量%、スチレンで0.03重量%、メチルメタクリレートで1.35重量%、ブチルアクリレートで0.32重量%、ブチルメタクリレートで0.03重量%である。本発明における疎水性高分子膜としての水に対する溶解度の指標としては、10重量%以下であることがより好ましく、1重量%以下であることが更に好ましい。
【0035】
本発明で用いられる水に対する溶解度が20重量%以下であるモノマーの具体例としては、ビニルエステル類、アクリル酸エステル類、メタクリル酸エステル類、オレフィン類、スチレン類、クロトン酸エステル類、イタコン酸ジエステル類、マレイン酸ジエステル類、フマル酸ジエステル類、アリル化合物類、ビニルエーテル類、ビニルケトン類等から任意に選ぶことができ、スチレン、メタクリル酸メチル、メタクリル酸ヘキサフルオロプロパン、酢酸ビニル、アクリロニトリルなどが好ましく用いられる。疎水性高分子化合物としては、1種類のモノマーから成るホモポリマーでも、2種類以上のモノマーから成るコポリマーでもよい。
【0036】
本発明では、前述の水に対する溶解度が20重量%以下であるモノマーと共に、水に対する溶解度が20重量%以上であるモノマーを共重合した高分子化合物を併用してもよい。水に対する溶解度が20重量%以上であるモノマーの具体例としては、メタクリル酸2−ヒドロキシエチル、メタクリル酸、アクリル酸、アリルアルコール等が挙げられる。
【0037】
本発明に使用可能な無機酸化物としては、シリカ、アルミナ、チタニア、ジルコニア、フェライト及びその複合材料や誘導体を選択することができる。成膜方法としては常法によって行うことができ、例えばゾルゲル法、スパッタ法、蒸着法、めっき法などの手法を採用することができる。
【0038】
本発明において水非膨潤性膜を形成する化合物としては、ポリアクリル酸エステル、ポリメタクリル酸エステル、ポリエステル、ポリスチレンが好ましい。そうすることによって、膜形成が容易になりかつ表面に生理活性物質を固定化するための官能基を露出することも容易になる。例えばポリアクリル酸エステル、ポリメタクリル酸エステル、ポリエステルで形成された膜は表面を酸や塩基で加水分解することによって表面にカルボキシル基とヒドロキシル基を露出させることが容易であり、またポリスチレンで形成された膜はUV/オゾン処理などの酸化処理を施すことによってカルボン酸を露出させることが容易である。
【0039】
他方、本発明による表面プラズモン増強蛍光検出方法において、不撓性膜の上に、生体内のセカンドメッセンジャー等の特定物質と結合するキャプチャ分子が固定化されている誘電体ブロックを用いる場合は、いわゆる「競合形式」の蛍光検出を好適に採用可能となる。すなわち、より具体的には、キャプチャ分子と直接結合する前記セカンドメッセンジャー等の物質と、エバネッセント波によって励起され得る蛍光成分とが一体化されてなる標識化特定物質を試料中に含ませた上で蛍光検出を行うことにより、検出対象の物質と標識化特定物質を競合的にキャプチャ分子と結合させてその標識化特定物質を検出する、競合形式の検出方法を実施可能となる。
【0040】
この競合形式の蛍光検出方法を採用すれば、表面プラズモン増強により高感度で蛍光検出可能であることから、二種のキャプチャ分子を用いる「サンドイッチ形式」の蛍光検出では困難とされていたB/F分離(バウンド/フリー分離)の不要化と高感度化の両立を実現できるようになる。B/F分離を不要にできれば、競合形式の蛍光検出方法においてしばしば生じる洗浄ムラによる感度の低下を防止可能となる。
【0041】
また、その場合も表面プラズモン増強効果が得られるから、サンドイッチ形式の検出方法では通常行うことが非常に困難である低分子化合物の検出および/または定量も、容易に実施可能となる。
【0042】
上述のような標識化特定物質は予め試料中に存在させてもよく、あるいは試料をキャプチャ分子と接触させて所定時間経過してから試料中に混合させてもよく、さらには、標識化特定物質をキャプチャ分子と接触させて所定時間経過してからそれらと試料とを混合するようにしてもよい。
【0043】
なお上記キャプチャ分子は、特定の物質に対して結合する分子であれば、特に限定されるものではない。例えば抗体やその断片、核酸からなるアダプター、包摂化合物やモリキュラーインプリンティングで構築される鋳型分子などを挙げることができる。キャプチャ分子の特定物質との結合性を示す指標として解離平衡定数(Kd)があるが、本発明においては、Kdが好ましくは10-5以下、さらに好ましくは10-6以下、さらに好ましくは10-7以下、さらに好ましくは10-8以下のキャプチャ分子が選択される。また、特定分子には結合性を示すが他の物質に対しては結合性を示さない、特異性を有するキャプチャ分子を選択使用することが望ましい。
【0044】
特にこのキャプチャ分子が、生体内のセカンドメッセンジャーと結合するものである場合には、セカンドメッセンジャー量を測定することでリガンドによるレセプターの活性化、または阻害を検出および/または定量することができる。この場合も、表面プラズモン増強により、セカンドメッセンジャーを高感度に検出および/または定量することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0045】
以下、図面を参照して、本発明の実施形態を詳細に説明する。
【0046】
図1は、本発明の表面プラズモン増強蛍光検出方法の実施に利用される表面プラズモン増強蛍光センサ(以下、単に蛍光センサという)を示す概略側面図である。図示の通りこの蛍光センサは、近赤外光の励起光8を発する半導体レーザ等の光源7と、上記励起光8を透過させる材料からなり、この励起光8が一端面から入射する位置に配されたプリズム(誘電体ブロック)13と、このプリズム13の一表面13aに形成された金属膜20と、この金属膜20の上に形成されたポリマーからなる不撓性膜31と、プリズム13と反対側から不撓性膜31に液体状試料1が接するように該試料1を保持する試料保持部5と、この試料保持部5の上方に配された光検出器(蛍光検出手段)9とを備えてなるものである。
【0047】
なお図1では、光源7が、励起光8を、プリズム13と金属膜20との界面に向けて、全反射条件を満たすようにプリズム13を通して入射させるように配置されている。つまりこの光源7自体が、プリズム13に対して励起光8を上述のように入射させる入射光学系を構成している。しかしこのような構成に限らず、励起光8を上述のように入射させるレンズやミラーなどからなる入射光学系を、光源7とは別途設けるようにしても何ら支障はない。
【0048】
上記プリズム13は一例として、日本ゼオン株式会社製ZEONEX(登録商標)330R(屈折率1.50)からなるものである。一方、金属膜20は、プリズム13の一表面13a上に金をスパッタして形成されたものであり、膜厚は50nmとしている。
【0049】
不撓性膜31は、金属膜20の上に屈折率1.59のポリスチレン系ポリマーをスピンコートして形成されたものであり、ここでは、膜厚は20nmである。なお、不撓性膜31はポリマーのような有機物に限定されるものではなく、無機物であってもよい。またプリズムの材料もZEONEX(登録商標)330Rに限るものでなく、ポリメチルメタクリレート(PMMA)、ポリカーボネイト(PC)、シクロオレフィンを含む非晶性ポリオレフィン(APO)等の樹脂を公知の樹脂や光学ガラスを用いて適宜形成することができるし、光学ガラスのような無機物でも構わない。
【0050】
なお、金属の近傍に存在する蛍光体分子は、金属へのエネルギー移動により消光を起こす。エネルギー移動の程度は、金属が半無限の厚さを持つ平面なら距離の3乗に反比例して、金属が無限に薄い平板なら距離の4乗に反比例して、また、金属が微粒子なら距離の6乗に反比例して小さくなる。そして前述した非特許文献3にも述べられているように、金属膜の場合は、金属と蛍光分子との間の距離は少なくとも 数nm以上、より好ましくは10nm以上確保しておくことが望ましい。従って不撓性膜31の膜厚の下限値は10nmとすることが好ましい。
【0051】
一方、蛍光体分子は、表面プラズモンによって増強された、金属膜表面に染み出したエバネッセント波によって励起される。エバネッセント波の到達範囲(金属膜表面からの距離)は高々波長程度であり、その電界強度は金属膜表面からの距離に応じて指数関数的に急激に減衰することが知られている。実際、波長808nmの近赤外光では、エバネッセント波の染み出しが生じているのは、波長(808nm)程度であり、100nmを超えるとその電界強度が急激に減衰する。蛍光体分子を励起する電界強度は大きいほど望ましいので、効果的な励起を行なうためには、金属膜表面と蛍光体分子との距離を100nmより小さくすることが望ましい。従って、不撓性膜31の膜厚の上限値は100nmとすることが好ましい。
【0052】
なお、プリズム13は上記材料の他、公知の樹脂や光学ガラスを用いて適宜形成することができる。コストの点からは、光学ガラスよりも樹脂の方がより好ましいと言える。樹脂から形成する場合は、ポリメチルメタクリレート(PMMA)、ポリカーボネイト(PC)、シクロオレフィンを含む非晶性ポリオレフィン(APO)等の樹脂を好適に用いることができる。
【0053】
光検出器9としては、例えば富士フイルム株式会社製 LAS−1000(商品名)が用いられている。
【0054】
この蛍光センサが検出対象としているのは、一例としてCRP抗原2(分子量11万 Da)であり、これと特異的に結合する一次抗体(モノクロナール抗体)4が上記不撓性膜31の上に固定されている。この一次抗体4は、例えば末端をカルボキシル基化したPEGを介して、アミンカップリング法により、上記ポリマーからなる不撓性膜31に固定される。一方、二次抗体6としては、下記化学式で表される蛍光体(ICG)10で標識化したモノクロナール抗体(一次抗体4とはエピトープ <epitope;抗原決定基>が異なる)が用いられる。
【化1】

【0055】
上記アミンカップリング法は一例として下記(1)〜(3)のステップからなるものである。なおこれは、30μl(マイクロ・リットル)のキュベット/セルを用いた場合の例である。
【0056】
(1)リンカー先端(末端)の−COOH基を活性化
0.1M(モル)のNHS(N-hydrooxysuccinimide)と0.4MのEDC(1-ethyl-3-(3-dimethylaminopropyl)carbodiimide)とを等体積混合した溶液を30μl加え、30分間室温静置
(2)一次抗体4の固定化
PBSバッフア(pH7.4)で5回洗浄後、一次抗体溶液(500μg/ml)を30μl加え、30〜60分間室温静置
(3)未反応の−COOH基をブロッキング
PBSバッフア(pH7.4)で5回洗浄後、1Mのエタノールアミン(pH8.5)を30μl加え、20分間室温静置。さらにPBSバッフア(pH7.4)で5回洗浄。
【0057】
一方、光源7としては上記半導体レーザに限らず、その他の公知の光源を適宜選択使用可能である。また光検出器9も上述のものに限らず、CCD、PD(フォトダイオード)、光電子増倍管、c−MOS等の公知のものを適宜選択使用可能である。色素としては、上記ICGの他、励起波長により、IRDyeTM700DX (励起波長/蛍光波長 689/700) 、IRDyeTM800DX (778/806)、HiLyte Fluor750 (750/780)、Cy7 (750/780)、Alexa Fluor(登録商標) 700 (700/720)、Alexa Fluor(登録商標)750 (750/780)、DiR(DilC18(7 ))(750/780)、TO- PRO- 5 (750/770)なども用いることもできる。
【0058】
以下、この蛍光センサを使用して本発明の表面プラズモン増強蛍光検出方法について、試料1として血液(以下、血液1とする)に含まれるCRP抗原2を検出する場合を例にとって説明する。まず、試料保持部5の中において血液1が流され、次いで同様に蛍光体10で標識されてCRP抗原2と特異的に結合する二次抗体6が流される。なお上記ICGは、波長768nmの励起光8により励起されて、807nmの蛍光を発するものである。
【0059】
その後、プリズム13に向けて光源7から励起光8が照射され、そして光検出器9により蛍光検出がなされる。このとき、プリズム13と金属膜20との界面からエバネッセント波11が染み出すようになる。そこで、もし一次抗体4にCRP抗原2が結合していれば、さらにこのCRP抗原2に二次抗体6が結合し、その二次抗体6の標識である蛍光体10がエバネッセント波11によって励起されることとなる。励起された蛍光体10は所定波長の蛍光を発し、その蛍光は光検出器9によって検出される。こうして、光検出器9が所定波長の蛍光を検出した場合は、それにより、CRP抗原2に二次抗体6が結合していること、すなわち血液1にCRP抗原2が含まれていることを確認可能となる。
【0060】
このように、本発明の表面プラズモン増強蛍光検出方法においては、近赤外光を使用することができるので、血球分離等のフィルタリング処理を行なわず、直接血液中の物質を高感度に検出することが可能である。
【0061】
なお上記エバネッセント波11は、プリズム13と金属膜20との界面から数百nm程度の領域にしか到達しない。このため、血液1中の不純物/浮遊物からの散乱を略皆無とすることができる。それに加えてこの蛍光センサにおいて、プリズム13中の不純物N等で散乱した光(これは通常の伝搬光である)は金属膜20で遮断され、光検出器9に到達することがない。このため、本発明の表面プラズモン増強蛍光検出方法においては、光ノイズを殆ど皆無までに低減することができ、極めて高S/Nの蛍光検出が可能となる。
【0062】
また、本発明の表面プラズモン増強蛍光検出方法においては、プリズム13の一表面13aに金属膜20により表面プラズモンが励起され、この表面プラズモンの電場増幅作用によって上記蛍光が増幅されるので、従来の蛍光法、例えば、L.A.Tempelman他、Analytical Biochemistry, 233(1996) p.50-57のTABLE1(p.55)に示された「Serum(血漿)」中の検出限界5ng/ml(約180pM)に比べて、2−3桁検出感度を改善することが可能である。
【0063】
加えて、本発明の表面プラズモン増強蛍光検出方法においては、金属膜20の上に不撓性膜31が設けられているので、血液1中の蛍光体10が金属膜20に対して、金属消光が起きる程度まで近接してしまうことが防止される。そこでこの蛍光センサによれば、上述のような金属消光を招くことがなくなり、表面プラズモンによる電場増幅作用を確実に得て、極めて高い感度で蛍光を検出可能となる。
【0064】
そして上記不撓性膜31は疎水性材料であるポリスチレン系ポリマーから形成されているので、血液1中に存在する金属イオンや溶存酸素のような消光の原因となる分子が該不撓性膜31の内部に入り込むことが無く、よってそれらの分子が励起光8の励起エネルギーを奪ってしまうことが防止される。そこでこの蛍光センサによれば、極めて高い励起エネルギーが確保され、極めて高い感度で蛍光を検出可能となる。
【0065】
なお、この蛍光センサにおいて、CRP抗原2と結合しないで不撓性膜31の表面から離れている二次抗体6は、そこまでエバネッセント波11が届かないので蛍光を発することがない。そこで、血液1中でそのような二次抗体6が浮遊していても測定上問題が無いので、測定毎に洗浄つまりB/F分離(バウンド/フリー分離)を行う必要もない。
【0066】
前述のように作用するポリスチレン系ポリマーからなる不撓性膜31には、二次抗体6や抗原2が容易に非特異吸着しやすくなっている。そうであると、抗体4および6と抗原2との間の特異吸着が生じたのと同様の状態となるので、それが抗原2の誤検出を招くことになる。このため、図2に示すような不撓性膜31の上に親水性リンカー32が結合されている蛍光センサを用いてもよい。
【0067】
図2に示す蛍光センサにおいては、不撓性膜31の上に、一次抗体4と結合する親水性リンカー32が形成されて、そのリンカー32が二次抗体6や抗原2を遮断するので、それらが不撓性膜31に非特異吸着することがなくなり、上述のような誤検出が防止される。他方、本来不撓性膜31の表面部分に配置すべき一次抗体4は、リンカー32と特異吸着させて、不撓性膜31の表面部分に捉えることができる。
【0068】
以上のように、本発明の表面プラズモン増強蛍光検出方法によれば、表面プラズモンによって増強された金属膜表面に染み出すエバネッセント波によって励起し、この励起により物質が発した蛍光を検出するので、近赤外光を使用して高感度検出を行うことが可能であるとともに、フィルタリング等の前処理が不要となるため、測定を格段に簡易化することができる。
【0069】
次に図7を参照して、本発明による表面プラズモン増強蛍光検出方法の別の実施形態について説明する。ここで用いる蛍光センサは、図1に示したものと比較すると基本的に、不撓性膜31の上にキャプチャ分子40が固定化されている点が異なるものである。
【0070】
本実施形態の方法は、試料1に含まれる物質の検出および/または定量を行うに当たり、いわゆる競合形式の蛍光検出を行うものである。以下、その蛍光検出について説明する。本実施形態では一例として、生体内に存在するセカンドメッセンジャー41が検出対象とされ、キャプチャ分子40はそのセカンドメッセンジャー41と直接結合するものが適用されている。
【0071】
また蛍光検出に先行して試料1の中には、前述したような蛍光体10とセカンドメッセンジャー41とが一体化されてなる標識化特定物質が含ませられる。なお、このような標識化特定物質は予め試料1中に存在させてもよく、あるいは試料1をキャプチャ分子40と接触させて所定時間経過してから試料1中に混合させてもよく、さらには、標識化特定物質をキャプチャ分子40と接触させて所定時間経過してからそれらと試料1とを混合するようにしてもよい。また、そのような標識化特定物質は、蛍光センサと共に、あるいは蛍光センサ専用のキットとして販売されれば、センサユーザが容易に入手可能となって競合形式の蛍光検出を簡便に実施できるので好ましい。
【0072】
この競合形式の蛍光検出においては、検出対象のセカンドメッセンジャー41が試料1の中に多く存在するほど、キャプチャ分子40と結合する標識化特定物質が(つまり蛍光体10が)少なくなる。つまり、試料1中のセカンドメッセンジャー41の量が多いほど、表面プラズモン増強検出される蛍光の強度が低くなるので、この原理に基づいてセカンドメッセンジャー41の検出および/または定量を行うことができる。
【0073】
この場合も、前述した表面プラズモン増強効果が同様に得られるから、セカンドメッセンジャー41を高感度で検出可能となり、そこで、サンドイッチ形式の検出方法では通常行うことが非常に困難である低分子化合物の検出および/または定量も容易に実施可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0074】
【図1】本発明の蛍光検出方法を実施可能な表面プラズモン増強蛍光センサを示す概略側面図
【図2】本発明の蛍光検出方法を実施可能な別の態様の表面プラズモン増強蛍光センサを示す概略側面図
【図3】従来の蛍光センサの一例を示す概略側面図
【図4】従来の蛍光センサの別の例を示す概略側面図
【図5】従来の蛍光センサのさらに別の例を示す概略側面図
【図6】ヘモグロビン吸収波長スペクトルを示すグラフ
【図7】本発明の蛍光検出方法を実施可能な表面プラズモン増強蛍光センサの別の例を示す概略側面図
【符号の説明】
【0075】
1 試料
2 抗原
4 一次抗体
6 二次抗体
7 光源
8 励起光
9 光検出器
10 蛍光体
13 プリズム(誘電体ブロック)
20 金属膜
31 不撓性膜
32 親水性リンカー
40 キャプチャ分子
41 セカンドメッセンジャー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
励起光を透過させる材料からなる誘電体ブロックの表面に形成された金属膜で試料を保持し、前記誘電体ブロック側から励起光を入射させて、前記試料中に含まれる物質を、表面プラズモンによって増強された前記金属膜表面に染み出すエバネッセント波によって励起し、該励起により前記物質が発した蛍光を検出する表面プラズモン増強蛍光検出方法において、
前記金属膜表面には疎水性材料からなる不撓性膜が形成され、前記励起光が700〜2000nmの波長を有する近赤外光であることを特徴とする表面プラズモン増強蛍光検出方法。
【請求項2】
前記不撓性膜の膜厚が10〜100nmの範囲であることを特徴とする請求項1記載の表面プラズモン増強蛍光検出方法。
【請求項3】
前記不撓性膜がポリマーからなるものであることを特徴とする請求項1または2記載の表面プラズモン増強蛍光検出方法。
【請求項4】
前記ポリマーからなる不撓性膜の上に、特定物質と結合する親水性リンカーが形成されていることを特徴とする請求項3記載の表面プラズモン増強蛍光検出方法。
【請求項5】
前記試料が血液であることを特徴とする請求項1〜4いずれか1項記載の表面プラズモン増強蛍光検出方法。
【請求項6】
前記不撓性膜の上に、特定物質と結合するキャプチャ分子が固定化されている誘電体ブロックを用いることを特徴とする請求項1から5いずれか1項記載の表面プラズモン増強蛍光検出方法。
【請求項7】
前記キャプチャ分子が、生体内のセカンドメッセンジャーと結合するものであることを特徴とする請求項6記載の表面プラズモン増強蛍光検出方法。
【請求項8】
前記キャプチャ分子と直接結合する物質と、前記エバネッセント波によって励起され得る蛍光成分とが一体化されてなる標識化特定物質を試料中に含ませた上で、前記蛍光の検出を行うことを特徴とする請求項6または7記載の表面プラズモン増強蛍光検出方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−203172(P2008−203172A)
【公開日】平成20年9月4日(2008.9.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−41868(P2007−41868)
【出願日】平成19年2月22日(2007.2.22)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【復代理人】
【識別番号】100111040
【弁理士】
【氏名又は名称】渋谷 淑子
【Fターム(参考)】