説明

表面処理方法

【課題】処理対象物表面の水の接触角を小さくする。
【解決手段】真空槽2内部に配置された接地電極3とプラズマ生成電極7のうち、いずれか一方の電極の近くに処理対象物11を配置し、真空槽2内部に補助ガスと気体の水を導入し、接地電極3を接地電位に置いた状態で、プラズマ生成電極7に正負のパルス電圧を間欠的に印加し、補助ガスと水のプラズマを生成すると、水に起因するOHラジカルが処理対象物11の表面と反応し、処理対象物11の表面がOHで修飾されて、親水性が大幅に改善される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、処理対象物の表面の親水性を強化する表面処理方法にかかり、特に、水の接触角を大幅に小さくすることができる表面処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
親水性が低い材質に水性インクを用いて印刷すると、印刷抜けやまだらが発生するため、ポリイミド等の高分子フィルムや、アルミナ、シリカ等の無機材料の表面に印刷するためには、それらに対して濡れ性が高い油性インクが用いられている。
【0003】
しかし、作業環境や大気汚染の観点から水性インクの使用が望まれており、そのため、高分子フィルムや無機材料などの低親水性材料の表面を高親水性に変質させる表面処理方法が色々提案されている。
例えば、従来では、処理対象物表面をコロナ放電に曝す方法や、処理対象物表面に電子線を照射する方法や、RFプラズマ、DCプラズマに曝す方法が行なわれている。
【0004】
近年では、真空雰囲気中の電極に間欠的に電圧を印加し、プラズマを短周期で生成・消滅させる技術が注目されており、真空雰囲気中に処理ガスを導入し、生成・消滅を繰り返す処理ガスのプラズマによって処理対象物表面を処理すると、アーク放電が発生しないことから、処理対象物表面にピンホール等の欠陥が発生せず、品質のよい親水性処理を行なうことができる。
【特許文献1】特開2004−231864
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、間欠的にプラズマを発生させる方法では、処理対象物に対する接着力を向上させることはできても、水溶性インクで印刷できる程水の接触角を小さくすることができない。
特に、処理対象物表面が無機材料の場合、従来の処理ガスでは接触角を十分に小さくできない。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するため、本発明は、真空槽内に配置された第一、第二の電極のうち、いずれか一方の電極の近くに処理対象物を配置し、真空雰囲気にされた前記真空槽内に補助ガスと気体の水とを導入し、前記第一、第二の電極の間に間欠的に電圧を印加し、前記電圧を印加中に前記補助ガスと前記水のプラズマを生成させ、前記電圧を印加しない間に前記プラズマを消滅させ、前記プラズマの生成と消滅を繰り返しながら前記処理対象物の処理表面を前記プラズマに接触させる処理対象物の表面処理方法である。
本発明は表面処理方法であって、前記第一、第二の電極間に印加する前記電圧の極性を切換える表面処理方法である。
本発明は表面処理方法であって、前記第一、第二の電極のうち、一方を接地電位に接続しておく表面処理方法である。
【0007】
本発明は上記のように構成されており、真空槽内に補助ガスと気体の水を導入し、10000Pa以下の圧力で第一、第二の電極に電圧を印加すると、第一、第二の電極間に、グロー放電が発生する。
グロー放電の陰極側では、水や補助ガスから正の荷電粒子(イオン)が生成されるから、処理対象物が配置された電極に負電圧が印加されている間、正の荷電粒子がその電極に引き寄せられ、処理対象物の処理表面に入射する。荷電粒子の入射によって処理対象物の処理表面の洗浄が行なわれ、活性な表面が露出する。
【0008】
グロー放電の陽極側では、陽光柱が形成される。陽光柱内では、HラジカルやOHラジカル等の水分子に起因する各種ラジカルが生成される。処理対象物の処理表面は活性にされており、ラジカルが入射すると反応し、処理表面が改質される。
特に、OHラジカルが処理対象物と結合することにより、処理対象物表面がOHで修飾されると処理表面の親水性が大幅に強化される。
【0009】
従来では、処理対象物の処理表面を、アルゴンガス、酸素ガス、又は水素ガスのプラズマに曝し、清浄な表面を露出させることで親水性を改善していたが、本発明では従来技術とは異なり、OHラジカルを生成し、処理対象物と反応させることで処理表面の親水性を大幅に強化している。
【0010】
気体の水ではなく、酸素ガスと水素ガスを真空槽内に導入しても、OHラジカルの生成量は非常に少ないし、酸素ガスと水素ガスを一緒に導入すると危険であるから実用的ではない。
また、グロー放電を維持していると、電極の温度上昇によって電子が放出されるとアーク放電に移行してしまうため、正電圧と負電圧を間欠的に印加し、電圧印加の間にプラズマを消滅させる電圧印加休止期間を設けるとよい。
【発明の効果】
【0011】
処理対象物表面の親水性を向上させることができる。特に、無機材料表面の親水性を大幅に向上させ、さらにその効果を長時間維持させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
図1を参照し、符号1は本発明の表面処理方法を実施できる表面改質装置である。この表面改質装置1は、真空槽2を有しており、真空槽2の内部には、接地電位に接続された接地電極3が配置されている。
接地電極3の上方には、プラズマ生成電極7が配置されている。プラズマ生成電極7は、インバータ電源5に接続されている。
接地電極3とプラズマ生成電極7は、表面がそれぞれ互いに平行な平板状であり、接地電極3はモリブデンで構成され、プラズマ生成電極7は銅で構成されている。
真空槽2には、真空排気系9とガス導入系8が接続されている。
ガス導入系8は、補助ガス源と水の気化装置とを有しており、補助ガスと、気体の水を、所望量真空槽2内に導入できるように構成されている。
【0013】
先ず、真空排気系9によって真空槽2内を10-3Pa以下の圧力まで真空排気した後、真空雰囲気を維持しながら処理対象物11を真空槽2内に搬入し、接地電極3上に配置し、ガス導入系8によって補助ガスと気体の水とを流量制御しながら導入した。
真空槽2内が0.01〜10kPa程度の圧力で安定したところで、プラズマ生成電極7に正電圧パルスと負電圧パルスを交互に印加し、補助ガスと水のプラズマを発生させ、処理対象物11表面をプラズマに曝した。
【0014】
正負電圧パルスが印加されるとグロー放電が発生し、プラズマ生成電極7や接地電極3に流れる電流は増加するが、印加開始から短時間(1〜数μ秒)で、プラズマ生成電極7と接地電極3の間の電位差はゼロになり、プラズマが消滅するから、グロー放電からアーク放電に移行する前にグロー放電が停止されている。正負電圧を印加しない期間は、プラズマ生成電極7は抵抗器を介して接地電位に接続した。
【0015】
プラズマ生成電極7に正電圧が印加されている間、プラズマ生成電極7がアノード電極、接地電極3がカソード電極となり、接地電極3上の処理対象物11の表面近傍には、正の荷電粒子が生成され、処理対象物11の処理表面に入射し、処理表面が活性化する。
【0016】
プラズマ生成電極7に負電圧が印加されている間、プラズマ生成電極7がカソード電極、接地電極3がアノード電極となり、処理対象物11の表面近傍に陽光柱が形成され、水素ラジカル、酸素ラジカル、OHラジカルが処理対象物11表面に入射し、活性化した処理表面と反応する。特にOHラジカルの反応により、親水性は大幅に向上する。
【0017】
図2は、この正負電圧のパルスを模式的に示したグラフである。一周期の期間Tに比べ、正電圧パルスのパルス幅tpと負電圧パルスのパルス幅tmは短いので、正負電圧が印加されていない期間はプラズマが消滅しており、グロー放電からアーク放電に移行しない。
【0018】
また、気体の水と補助ガスは、処理対象物11の周囲よりも外側に導入されるので、プラズマが維持されている間に消費された処理対象物11表面近傍の水は、プラズマが生成されている間に導入された気体の水に置換され、接地電極3がアノード電極になったときに、OHラジカルが生成されるようになっている。
【0019】
ここで、処理対象物11に厚み0.1mmの低密度ポリエチレンフィルム(LDPE)を用い、補助ガスにアルゴンガスを用い、真空槽2内への補助ガスと気体の水の導入量の比を30:10(補助ガス30sccm、気体の水10sccm)にし、プラズマ生成中の真空槽2内の圧力を450Paにし、±480Vの正負電圧パルスを20kHzの周波数で印加した。正負電圧パルスのパルス幅tp、tmは1.4μ秒である。
【0020】
処理前と処理後の処理対象物11表面に水滴を滴下し、その形状を観察し、図5に示すように、水滴の高さaと、水滴の幅bから、水の接触角θを求めた。
処理前の接触角は100°であったが、処理後は20°以下になった。
【0021】
以上は、極性が逆で、同じ大きさの正電圧パルスと負電圧パルスを交互に印加した場合について説明したが、本発明はそれに限定されるものではなく、正負電圧パルスの大きさが異なっていてもよいし、また、正負電圧パルスのうち、いずれか一方だけを印加してもよい。
【0022】
図3は、印加パルス電圧の極性及び大きさと、処理後の水の接触角θの大きさの関係を示すグラフである。
符号Laは、正電圧パルスの電圧を480Vに固定した場合の、負電圧パルスの電圧値(横軸:但し、印加電圧の極性はマイナス)と接触角θ(縦軸)の関係を示す曲線である。
符号Lbは、負電圧パルスを−480Vに固定した場合の正電圧パルスの電圧値(横軸)と接触角θ(縦軸)の関係を示す曲線である。
符号Nは、正負電圧がゼロV、即ち、表面処理をしなかった場合の接触角θを示しており、その接触角θは98°であった。
【0023】
正電圧パルスの電圧値が大きい場合の曲線Laの方が、負電圧パルスの電圧値が大きい場合の曲線Lbよりも下側に位置しており、正電圧パルスが大きい方が接触角θは小さくなることが分かる。しかし、正負電圧が同じ大きさの時にも最も接触角θが小さくなっている。
【0024】
次に、±480Vの正負電圧パルスを印加した場合の印加時間と接触角θの関係を図4のグラフの曲線Lcに示す。処理対象物11はLDPE(厚み0.1mm)、にしパルス20kHzの周波数で処理対象物11を処理した場合のグラフである。この場合も、真空槽2内には水とアルゴンガスを導入して、圧力を450Paにした。処理時間が長くなると、接触角θは小さくなり、親水性が強化される。
符号Ldは、アルゴンだけを導入した場合の曲線である。同じ印加時間でも、接触角θが大きい。
【実施例】
【0025】
次に膜厚25μmのポリエチレンテレフタレート(PET)フィルムと、シリカ塗布フィルムと、アルミナ塗布フィルムを処理対象物11、アルゴンガスを補助ガスとし、補助ガスと気体の水を4:1の割合で導入し、プラズマ生成時の圧力を100Paにして表面を処理し、水の接触角を測定した。補助ガスを用いずに、気体の水だけで圧力を100Paにした処理も行った。正負電圧パルスの電圧は±850Vとし、パルス幅tp、tmは1μ秒、周波数は1kHz、印加時間は120秒である。
【0026】
比較例として、アルゴンガスだけを導入した場合、水素ガスだけを導入した場合、及び酸素ガスだけを導入した場合の接触角を測定した。導入ガス以外の処理条件は、気体の水、あるいはアルゴンガスと気体の水とを導入した場合と同じにした。
その結果を下記表に示す。
【0027】
【表1】

【0028】
PETフィルムに対しては、アルゴンまたは水素、酸素による処理では接触角θの減少量が少なく、親水性が僅かしか向上していないのに対し、本発明では、水だけの場合と水とアルゴンを用いるいずれの場合でも、接触角がより減少し、親水性が大幅に向上している。
【0029】
処理表面にアルミナとシリカが露出している場合、すなわち処理表面が無機材料の場合は、水素ガスを除いて、いずれの処理においても接触角が非常に減少している。しかし24時間後について見れば、本発明の方が接触角が小さく、親水性が向上した状態が長時間維持されていると言える。
【0030】
またPETフィルムとアルミナ塗布フィルムとは、水だけの処理よりも補助ガスを用いる方が効果は高かった。
なお、上記各実施例では、補助ガスにアルゴンガスを用いたが、He、NeやXe等の他の希ガスを用いることもできる。
また、上記各実施例では、接地電極3側に近い位置に処理対象物11を配置したが、プラズマ生成電極7の方に近い位置に処理対象物11を配置してもよい。
【0031】
以上は2つの電極(第一、第二の電極)のうち、一方を接地電位に接続し、他方に電圧を印加する場合について説明したが、第一、第二の電極のいずれも接地電位に接続せず、第一、第二の電極間に電圧を印加してもよい。要するに、本発明は第一、第二の電極間に正負のパルス状の電圧を間欠的に印加して、表面処理を行えばよい。
また、本発明に用いる処理対象物も特に限定されるものではなく、PET以外にも、ポリプロピレン、ポリイミドを等の種々の高分子フィルム、また、高分子フィルム表面に無機材料層が形成されたもの等を用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明に用いる表面改質装置の一例を説明するための断面図
【図2】正負電圧のパルスを模式的に示したグラフ
【図3】印加パルス電圧の極性及び大きさと、処理後の水の接触角θの大きさの関係を示すグラフ
【図4】印加時間と接触角θの関係を示すグラフ
【図5】接触角θの求め方を説明するための図
【符号の説明】
【0033】
2……真空槽 3、7……第一、第二の電極(接地電極、プラズマ生成電極) 8……ガス導入系

【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空槽内に配置された第一、第二の電極のうち、いずれか一方の電極の近くに処理対象物を配置し、真空雰囲気にされた前記真空槽内に補助ガスと気体の水とを導入し、前記第一、第二の電極の間に間欠的に電圧を印加し、前記電圧を印加中に前記補助ガスと前記水のプラズマを生成させ、前記電圧を印加しない間に前記プラズマを消滅させ、前記プラズマの生成と消滅を繰り返しながら前記処理対象物の処理表面を前記プラズマに接触させる処理対象物の表面処理方法。
【請求項2】
前記第一、第二の電極間に印加する前記電圧の極性を切換える請求項1記載の表面処理方法。
【請求項3】
前記第一、第二の電極のうち、一方を接地電位に接続しておく請求項1又は請求項2のいずれか1項記載の表面処理方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−214491(P2008−214491A)
【公開日】平成20年9月18日(2008.9.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−53765(P2007−53765)
【出願日】平成19年3月5日(2007.3.5)
【出願人】(000231464)株式会社アルバック (1,740)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】