説明

表面処理金属材料、表面処理金属材料の製造方法、熱交換器、熱交換方法及び海洋構造物

【課題】水生生物の付着抑制性に優れた新たな表面処理金属材料及びこの製造方法、並びにこの表面処理金属材料を用いた熱交換器、熱交換方法及び海洋構造物を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明は、生物が存在する水と接触する状態で用いられる表面処理金属材料であって、チタン、チタン合金、銅、銅合金、アルミニウム又はアルミニウム合金からなる金属材料から形成され、上記金属材料の表面にケイ素及び酸素が存在する領域を有することを特徴とする。上記領域に、リチウム、ナトリウム、カリウム、ルビジウム及びセシウムからなる群より選択される少なくとも1種のアルカリ金属元素がさらに存在するとよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面処理金属材料、表面処理金属材料の製造方法、表面処理金属材料を用いた熱交換器、熱交換方法及び海洋構造物に関する。
【背景技術】
【0002】
プレート式熱交換器、シェルアンドチューブ式熱交換器等の熱交換器や、海洋構造物には、耐食性に優れるチタンやチタン合金、キュプロニッケル等の銅合金、アルミニウム等が広く用いられている。しかし、水と接触する部分においては、これらの金属材料表面にフジツボ等に代表される大型の水生生物が付着することがよく起こる。このような生物が熱交換器に付着した場合、熱交換特性の低下や流路閉塞の原因となるためメンテナンス(熱交換部材等の洗浄)を行う必要があり、装置の停止による経済損失が発生する。また、海洋構造物等に大型の水生生物が付着した場合、付着部分に隙間腐食が発生し、寿命を縮めるという不都合も生じている。
【0003】
フジツボ等の大型の水生生物の付着は、(1)構造物等の表面にタンパク質などの有機物が付着し、(2)バクテリアの着生及び繁殖が生じ、(3)スライム層が形成され、(4)藻類が繁殖し、(5)フジツボ等の大型の水生生物が付着するという機構からなることが知られている。水生生物の付着を抑制する手法として、船底等には防汚塗料の塗布が行われているが、熱交換器の場合、塗料により熱交換効率が低下するため、塗料を使用することは好ましくはない。
【0004】
そこで、水生生物の付着防止のために、表面に銀又は銀合金の被覆層を有する部材(特許2902396号公報参照)や、溶射により表面に銅とニッケルとの合金を被膜する方法(特開平3−23074号公報参照)が開発されている。しかしながら、銀については高価であるため大型構造物等への利用が困難であり、銅及びニッケルの溶射については熱交換器のような流水環境における耐久性が懸念される。このため、従来とは異なる材料を用い、かつ、水生生物の付着抑制性に優れた表面処理金属材料の開発が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許2902396号公報
【特許文献2】特開平3−23074号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上述の事情に基づいてなされたものであり、水生生物の付着抑制性に優れた新たな表面処理金属材料及びこの製造方法、並びにこの表面処理金属材料を用いた熱交換器、熱交換方法及び海洋構造物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
発明者らは、鋭意検討の結果、金属材料の表面にケイ素及び酸素、好ましくはさらにアルカリ金属元素等を存在させることによって水生生物の付着や繁殖を抑制できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0008】
上記課題を解決するためになされた発明は、
生物が存在する水と接触する状態で用いられる表面処理金属材料であって、
チタン、チタン合金、銅、銅合金、アルミニウム又はアルミニウム合金からなる金属材料から形成され、
上記金属材料の表面にケイ素及び酸素が存在する領域を有することを特徴とする。
【0009】
当該表面処理金属材料によれば、表面にケイ素及び酸素を存在させることで生物が存在する水と接触する状態で用いた際、この領域における生物の付着を抑制することができる。また、当該表面処理金属材料は、特別に高価な元素を用いることなく形成することができるため、経済性にも優れる。
【0010】
上記領域に、リチウム、ナトリウム、カリウム、ルビジウム及びセシウムからなる群より選択される少なくとも1種のアルカリ金属元素がさらに存在するとよい。当該表面処理金属材料によれば、表面の上記領域に上記アルカリ金属元素がさらに存在することで水生生物の繁殖等が抑制され、付着抑制性をより高めることができる。
【0011】
上記領域に、銀及び銅からなる群より選択される少なくとも1種の遷移金属元素がさらに存在するとよい。当該表面処理金属材料によれば、表面の上記領域に上記遷移金属元素がさらに存在することで、水生生物の付着抑制性をより高めることができる。
【0012】
本発明の表面処理金属材料の製造方法は、
金属材料の表面にケイ酸又はこのアルカリ金属塩の水溶液を接触させる工程と、
この水溶液と接触させた金属材料を乾燥させる工程と
を有する。
【0013】
当該表面処理金属材料の製造方法によれば、上記工程を有することで、金属材料の表面に酸化被膜を形成し、この酸化被膜中にケイ素、酸素及び好ましい元素であるアルカリ金属元素を混在させることができる。従って、当該製造方法によって得られた表面処理金属材料は、熱交換器のような流水環境においても優れた耐久性を発揮することができる。また、当該製造方法によれば、このような簡便な方法で、水生生物の付着抑制性に優れた表面処理金属材料を製造することができる。
【0014】
本発明の熱交換器は、
海水を用いて熱交換を行う熱交換器であって、
上記表面処理金属材料から形成される熱交換部材を備え、
上記熱交換部材の海水と接触する位置に上記領域を有することを特徴とする。
【0015】
当該熱交換器は、海水と接触する位置に上記領域を有する熱交換部材を備えることで、この熱交換部材への水生生物の付着が抑制されている。従って、当該熱交換器によれば、長期使用による熱伝導性の低下が抑えられ、高い熱交換効率を長期間維持することができる。
【0016】
本発明の熱交換方法は、
海水を用いて熱交換を行う熱交換方法であって、
上記表面処理金属材料から形成される熱交換部材を用い、
上記熱交換部材における上記領域を海水と接触させることによって熱交換することを特徴とする。
【0017】
当該熱交換方法は、上記表面処理金属材料から形成される熱交換部材を用い、この熱交換部材における上記領域を海水と接触させることによって熱交換することで、熱交換部材への水生生物の付着が抑制されている。従って、当該熱交換方法によれば、熱交換部材の長期使用による熱伝導性の低下が抑えられ、高い熱交換効率を長期間維持することができる。
【0018】
本発明の海洋構造物は、
上記表面処理金属材料から形成される構造部材を備え、
上記構造部材の海水と接触する位置に上記領域を有する海洋構造物である。
【0019】
当該海洋構造物は、海水と接触する位置に上記領域を有する構造部材を備えているため、この構造部材への水生生物の付着が抑制され、腐食発生の低減による長寿命化等を可能とする。
【発明の効果】
【0020】
以上説明したように、本発明の表面処理金属材料は、水生生物の付着抑制性に優れている。また、本発明の表面処理金属材料の製造方法によれば、水生生物の付着抑制性に優れた表面処理金属材料を製造することができる。従って、当該表面処理金属材料を用いた熱交換器や熱交換方法によれば、水生生物の付着による熱交換効率の低下を抑制できる。また、当該表面処理金属材料を備える熱交換器及び海洋構造物によれば、水生生物の付着が抑制されているため、メンテナンスの頻度も下げることができ、また、腐食発生の低減によって長寿命化が保証される。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の表面処理金属材料、この製造方法、熱交換器、熱交換方法及び海洋構造物の実施の形態について順に詳説する。
【0022】
〔表面処理金属材料〕
本発明の表面処理金属材料は、生物が存在する水と接触する状態で用いられ、金属材料から形成され、上記金属材料の表面にケイ素及び酸素が存在する領域を有する。
【0023】
上記金属材料は、チタン、チタン合金、銅、銅合金、アルミニウム又はアルミニウム合金である。これらの金属材料は、公知のものを用いることができる。当該表面処理金属材料は、金属材料として上記材料を用いているため、海水等に対して優れた耐食性を有している。これらの金属材料の中でも、耐食性等の観点からチタンが好ましい。
【0024】
チタンである金属材料としては、例えば工業用純チタン1種から4種(JIS−H4600)等が挙げられる。また、チタン合金である金属材料としては、例えばTi−0.15質量%Pd合金等が挙げられる。
【0025】
上記金属材料の形状としては、特に限定されず、例えば板状や管状等の形状を有する金属材料を用いることができる。
【0026】
当該表面処理金属材料は、上記金属材料の表面の少なくとも一部に、ケイ素及び酸素が存在する領域を有する。
【0027】
当該表面処理金属材料によれば、このように金属材料の表面の領域に、ケイ素及び酸素を存在させることで、生物が存在する水と接触する状態で用いた際、この領域における生物の付着を抑制することができる。当該表面処理金属材料が水生生物の付着を抑制することができる理由は明らかではないが、例えばケイ素と酸素との存在により表面にケイ酸又はケイ酸塩が形成され、これらの水和により表面が親水性となり、その結果、初期の有機物の付着が抑制されることなどが考えられる。
【0028】
このケイ素及び酸素の金属材料表面への存在状態としては特に限定されず、ケイ素化合物と酸化物とがそれぞれ存在する状態、ケイ素及び酸素を含む化合物が存在する状態、ケイ素原子や酸素原子が金属材料中に固溶した状態、金属間化合物として存在する状態等を挙げることができる。上記ケイ素及び酸素を含む化合物としては、二酸化ケイ素(SiO)、シリコーン化合物、ケイ酸(SiO・nHO等)又はケイ酸塩等を挙げることができる。
【0029】
上記存在状態の中でも、高い親水性を発揮できる点で、ケイ酸又はケイ酸塩として存在する状態が好ましい。上記ケイ酸としては、オルトケイ酸(HSiO)、メタケイ酸(HSiO)、メタ二ケイ酸(HSi)等を挙げることができる。また、上記ケイ酸塩としては、上記各ケイ酸のアルカリ金属塩やアルカリ土類金属塩等を挙げることができる。
【0030】
また、ケイ素及び酸素は、上記金属材料の表層に含有していることが好ましい。さらに、上記表層は酸化被膜であることが好ましい。
【0031】
上記金属材料の表面(表層)におけるケイ素及び酸素の含有量は特に限定されるものではないが、上記領域での表面から20nmの深さまでの範囲における各元素の含有量が以下のとおりであることが好ましい。
【0032】
ケイ素の含有量としては、1原子%以上が好ましく、5原子%以上がより好ましく、10原子%以上がさらに好ましい。ケイ素の含有量を上記範囲にすることにより、水生生物の付着抑制性を高めることができる。一方、水生生物の付着抑制性の観点からは、ケイ素含有量の上限は特に限定されないが、当該表面処理金属材料の製造容易性から、ケイ素含有量は50原子%以下が好ましく、35原子%以下がより好ましい。
【0033】
酸素の含有量としては、1原子%以上が好ましく、30原子%以上がより好ましい。また、ケイ素の含有量(原子%)を基準とする酸素の含有量としては、ケイ素の含有量以上が好ましく、ケイ素の含有量の1.5倍以上がさらに好ましく、ケイ素の含有量の2倍以上が特に好ましい。酸素の含有量を上限下限以上とすることで、水生生物の付着抑制性を担うケイ酸又はケイ酸塩を効率的に生成することができると考えられる。一方、水生生物の付着抑制性の観点からは、酸素の含有量の上限も特に限定されないが、当該表面処理金属材料の製造容易性から、酸素の含有量は65原子%以下であることが好ましく、また、ケイ素の含有量の5倍以下が好ましい。
【0034】
なお、この各元素含有量は、表面のXPS分析(X線光電子分光分析)により、表面からの深さ20nmまでの各元素含有量の平均値として求められる値である。
【0035】
また、当該表面処理金属材料において、上記領域に、好適成分として、リチウム、ナトリウム、カリウム、ルビジウム及びセシウムからなる群より選択される少なくとも1種のアルカリ金属元素がさらに存在するとよい。
【0036】
当該表面処理金属材料によれば、上記領域に上記アルカリ金属元素がさらに存在することで水生生物の付着抑制性を高めることができる。このように上記表面の領域に上記アルカリ金属元素がさらに存在することで上記機能が高まる理由も明らかではないが、例えば(1)表面にケイ酸のアルカリ金属塩が形成されることで上述の親水性がより高まることや、(2)アルカリ金属が微量に溶出し、表面近傍環境がアルカリ化することによってバクテリアの繁殖が抑制され、その結果、生物の付着が抑制されることなどが推定される。
【0037】
なお、上記アルカリ金属元素の中でも、上記機能を効果的に発揮できる点などから、ナトリウム及びカリウムが好ましく、ナトリウムがさらに好ましい。
【0038】
上記アルカリ金属元素の金属材料表面への存在状態も特に限定されず、塩化物、水酸化物、有機酸塩、無機酸塩等のアルカリ金属塩等として存在する状態や、アルカリ金属原子が金属材料中に固溶した状態等を挙げることができる。これらの中でも、無機酸、特にケイ酸のアルカリ金属塩として存在する状態が、上記作用をより効果的に発揮できる点で好ましい。
【0039】
上記アルカリ金属元素も、金属材料の表層(好ましくは、酸化被膜)に含有していることが好ましい。
【0040】
上記金属材料表面(表層)におけるアルカリ金属元素の含有量も特に限定されるものではないが、上記領域での表面から20nmの深さまでの範囲における上記アルカリ金属元素の含有量としては、合計で1原子%以上が好ましく、2原子%以上がより好ましく、3原子%以上がさらに好ましく、5原子%以上が特に好ましい。アルカリ金属元素の含有量を上記下限以上とすることで、水生生物の付着抑制性が向上する。一方、水生生物の付着抑制性の観点からはアルカリ金属元素の含有量の上限は特に限定されないが、当該表面処理金属材料の製造容易性から、30原子%以下が好ましく、20原子%以下がさらに好ましい。
【0041】
また、当該表面処理金属材料において、上記領域に、好適成分として銀及び銅からなる群より選択される少なくとも1種の遷移金属元素がさらに存在するとよい。
【0042】
当該表面処理金属材料によれば、上記領域に上記遷移金属元素がさらに存在することで水生生物の付着抑制性をさらに高めることができる。このように上記領域に上記遷移金属元素がさらに存在することで上記機能が高まる理由も明らかではないが、例えば(1)上記遷移金属元素が溶出することでバクテリアの繁殖が抑制されることや、(2)上記遷移金属元素が表面に存在すること自体で表面近傍の水、酸素等が活性化され、その結果、バクテリアの繁殖が抑制され、生物の付着が抑制されることなどが推定される。さらには、(3)上記遷移金属元素がケイ素及び酸素と共在することで、表面に存在する銀や銅の溶出や損耗の速度が適度に遅くなりかつ安定化し、付着抑制性が相乗的に向上すると推定される。
【0043】
上記遷移金属元素の金属材料表面への存在状態も特に限定されず、有機酸塩、無機酸塩等の金属塩等として存在する状態や、これらの遷移金属原子が金属材料中に固溶した状態等を挙げることができる。これらの中でも、無機酸の金属塩として存在する状態が、上記作用をより効果的に発揮できる点で好ましい。
【0044】
また、上記遷移金属元素も、金属材料の表層(好ましくは、酸化被膜)に含有していることが好ましい。
【0045】
上記金属材料表面(表層)における上記遷移金属元素の含有量も特に限定されるものではない。上記領域での表面から20nmの深さまでの範囲における上記遷移金属元素の含有量としては、0.1原子%以上が好ましく、1原子%以上がより好ましく、2原子%以上がさらに好ましく、5原子%以上が特に好ましい。上記遷移金属元素の含有量を上記下限以上とすることで、水生生物の付着抑制性がさらに向上する。一方、水生生物の付着抑制性の観点からは、上記遷移金属元素の含有量の上限は特に限定されないが、当該表面処理金属材料の経済的な観点から、50原子%以下が好ましく、30原子%以下がさらに好ましい。
【0046】
なお、この金属材料表面には、上記各元素以外に本発明の効果を阻害しない範囲で他の元素が存在していてもよい。これらの他の元素としては金属材料における不可避的不純物等が挙げられる。
【0047】
なお、当該表面処理金属材料は、表面に上述のように必須元素としてケイ素及び酸素が存在し、好適元素として上記アルカリ金属元素等が存在するものであり、特別に高価な材料を用いることなく形成することができる。従って、当該表面処理金属材料は経済性にも優れる。
【0048】
〔表面処理金属材料の製造方法〕
当該表面処理金属材料の製造方法としては、特に限定されないが、例えば
金属材料の表面にケイ酸又はこのアルカリ金属塩の水溶液を接触させる工程と、
この水溶液と接触させた金属材料を乾燥させる工程と
を有する方法を挙げることができる。
【0049】
当該表面処理金属材料の製造方法によれば、上記工程を有することで、金属材料の表面に酸化被膜を形成し、この酸化被膜中にケイ素、酸素及び好ましい元素であるアルカリ金属元素を混在させることができる。従って、当該製造方法によって得られた表面処理金属材料は、熱交換器のような流水環境においても優れた耐久性を発揮することができる。また、当該製造方法によって得られた表面処理金属材料によれば、金属材料の表面にケイ酸又はケイ酸のアルカリ金属塩を存在させることができるため、上記付着抑制性を効果的に発揮させることができる。
【0050】
上記水溶液として用いるケイ酸としては、上述したオルトケイ酸、メタケイ酸、メタ二ケイ酸等を用いることができる。また、上記水溶液として用いるケイ酸のアルカリ金属塩としては、上記各ケイ酸のリチウム塩、ナトリウム塩、カリウム塩等を用いることができる。これらの中でも、取扱いの容易性等の点からナトリウム塩又はカリウム塩が好ましく、ナトリウム塩がさらに好ましい。
【0051】
上記水溶液のケイ酸又はこのアルカリ金属塩の濃度としては、0.1質量%以上10質量%以下が好ましく、1質量%以上5質量%以下がさらに好ましい。上記水溶液のケイ酸又はこのアルカリ金属塩の濃度が上記下限未満の場合は、十分な含有量の各元素を金属材料表面に含有させにくくなる場合がある。逆に、この濃度が上記上限を超えると水溶液の取扱性が低下する場合などがある。
【0052】
上記水溶液には、上記遷移金属元素(銀及び銅)が、好ましくはこれらのイオン状態で含有されていることが好ましい。上記水溶液にこれらの遷移金属元素が含有されていることで、金属材料の表面に形成される上記酸化被膜中にこれらの遷移金属元素をさらに混在させることができる。
【0053】
上記水溶液に銀を含有させる方法としては、銀粉末、銀合金粉末、銀化合物等を水中に添加する方法を挙げることができ、銀化合物を添加する方法が好ましい。上記銀化合物としては水溶性のものが好ましい。水溶性の銀化合物を用いることで、銀を金属材料表面に均一に存在させることができる。上記銀化合物としては、例えば硝酸銀、硫酸銀、酢酸銀、トリフルオロ酢酸銀、過塩素酸銀等を挙げることができる。
【0054】
同様に、上記水溶液に銅を含有させる方法としては、銅粉末、銅合金粉末、銅化合物等を水中に添加する方法を挙げることができ、銅化合物を添加する方法が好ましい。上記銅化合物としては水溶性のものが好ましい。水溶性の銅化合物を用いることで、銅を金属材料表面に均一に存在させることができる。上記銅化合物としては、例えば硝酸銅、硫酸銅、塩化銅、臭化銅、ヨウ化銅、酢酸銅等を挙げることができる。
【0055】
上記遷移金属元素が化合物として上記水溶液中に含有している場合、上記水溶液の銀化合物及び銅化合物の濃度としては、これらの合計で0.1質量%以上10質量%以下が好ましく、1質量%以上5質量%以下がさらに好ましい。上記水溶液の銀化合物及び銅化合物の濃度が上記下限未満の場合は、十分な含有量の各元素を金属材料表面に含有させにくくなる場合がある。逆に、この濃度が上記上限を超えると水溶液の取扱性が低下する場合などがある。
【0056】
上記水溶液の全固形分濃度としては、0.1質量%以上10質量%以下が好ましく、1質量%以上5質量%以下がさらに好ましい。上記水溶液の全固形分濃度が上記下限未満の場合は、十分な含有量の各元素を金属材料表面に含有させにくくなる場合がある。逆に、この濃度が上記上限を超えると水溶液の取扱性が低下する場合などがある。
【0057】
上記接触の方法としては、例えば、金属材料を上記水溶液中に浸漬する方法や、金属材料の表面に上記水溶液を塗布する方法等が挙げられる。なお、金属材料の表面に上記水溶液を接触させる前に、金属材料表面に対して、例えばこの金属材料をフッ酸及び硝酸からなる混酸水溶液に浸漬した後、イオン交換水で洗浄するなどの前処理を施してもよい。
【0058】
金属材料と上記水溶液との接触時間(浸漬時間等)としては特に限定されないが、1秒以上5時間以下が好ましく、2秒以上3時間以下がさらに好ましく、5秒以上1時間以内が特に好ましい。
【0059】
上記乾燥の方法としては、特に限定されず、自然乾燥や加熱乾燥等を用いることができるが、加熱乾燥が好ましい。加熱乾燥の際の加熱手段としては特に限定されず、公知の方法を用いることができる。乾燥の際の温度としては特に限定されないが、100℃以上300℃以下が好ましく、105℃以上150℃以下がさらに好ましい。
【0060】
なお、当該表面処理金属材料の他の製造方法としては、ケイ素成分及び必要に応じてアルカリ金属元素成分等を含む上述した以外の溶液と、金属材料表面の酸化被膜とを接触させる製造方法を挙げることができる。この製造方法は、上述した水溶液を用いる製造方法に準じて行うことができる。上記溶液におけるケイ素成分は、ケイ酸塩、コロイダルシリカ等の溶媒への添加により含ませることができる。また、アルカリ金属元素成分は、塩化物、水酸化物、有機酸塩、硝酸塩、硫酸塩などのアルカリ金属塩等の溶媒への添加により含ませることができる。なお、上記溶液における溶媒としては、水以外に有機溶媒等も用いることができる。
【0061】
さらに、当該表面処理金属材料の他の製造方法としては、気相成膜法を用いて金属材料の表面に各種元素を含む層を形成する製造方法や、ケイ素を金属材料中に含有させて表面を酸化させ、必要に応じてアルカリ金属塩等を含有させた溶液と接触させる方法も挙げることができる。
【0062】
これらの何れの製造方法によっても、金属材料の表面にケイ素、酸素及び必要に応じてアルカリ金属元素等が存在する領域を設けることができ、水生生物の付着抑制性に優れた表面処理金属材料を製造することができる。
【0063】
〔熱交換器〕
本発明の熱交換器は、
海水を用いて熱交換を行う熱交換器であって、
上記表面処理金属材料から形成される熱交換部材を備え、
上記熱交換部材の海水と接触する位置に上記領域を有することを特徴とする。
【0064】
当該熱交換器としては、海水を冷媒等として用いて熱交換を行うものであれば特に限定されず、例えばプレート式熱交換器、シェルアンドチューブ式熱交換器(多管円筒式熱交換器等)、スパイラル式熱交換器、二重管式熱交換器等を挙げることができる。これらの熱交換器が備える伝熱管等の熱交換部材が上記表面処理金属材料から形成されている。また、これらの熱交換器が備える伝熱管等の熱交換部材において、少なくとも海水と接触する位置には上記領域(ケイ素及び酸素並びに好適成分としての上記アルカリ金属元素及び上記遷移金属元素が存在する表面)が配置されている。なお、当該熱交換器の製造方法としては特に限定されず、従来の熱交換器の製造方法を適宜用いることができる。
【0065】
当該熱交換器によれば、このように海水と接触する位置に上記領域を有する熱交換部材を備えることで、この熱交換部材への水生生物の付着が抑制され、高い熱交換効率を長期間維持することができ、また、メンテナンス頻度を下げることができる。従って、当該熱交換器は、例えば石油化学プラントや、発電所、船舶等において好適に用いることができる。
【0066】
〔熱交換方法〕
本発明の熱交換方法は、
海水を用いて熱交換を行う熱交換方法であって、
上記表面処理金属材料から形成される熱交換部材を用い、
上記熱交換部材における上記領域を海水と接触させることによって熱交換することを特徴とする。
【0067】
当該熱交換方法としては、具体的には、海水を冷媒等とし、上述した当該熱交換器を用いた熱交換方法を挙げることができる。
【0068】
当該熱交換方法は、上記表面処理金属材料から形成される熱交換部材を用い、この熱交換部材における上記領域を海水と接触させることによって熱交換することで、熱交換部材への水生生物の付着が抑制されている。従って、当該熱交換方法によれば、熱交換部材の長期使用による熱伝導性の低下が抑えられ、高い熱交換効率を長期間維持することができ、また、メンテナンス頻度を下げることができる。従って、当該熱交換方法は、例えば石油化学プラントや、発電所、船舶等において好適に用いることができる。
【0069】
〔海洋構造物〕
本発明の海洋構造物は、
上記表面処理金属材料から形成される構造部材を備え、
上記構造部材の海水と接触する位置に上記領域を有する海洋構造物である。
【0070】
上記海洋構造物とは、例えば少なくとも一部が海洋に固定されている構造物及び海洋で使用される未固定の構造物をいう。少なくとも一部が海洋に固定されている海洋構造物としては、例えば海洋上に建設される空港や橋梁、発電所、洋上石油基地、石油化学プラント、防波堤等が挙げられる。また、海洋で使用される未固定の海洋構造物としては、船舶や船舶用バラストタンク等を挙げることができる。
【0071】
当該海洋構造物は、海水と接触する位置に上記領域を有する構造部材を備えているため、この構造部材への水生生物の付着が抑制される。従って、当該海洋構造物は、メンテナンス頻度を下げることができ、また、腐食発生の低減による長寿命化等を可能とする。
【実施例】
【0072】
以下、実施例によって本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0073】
〔実施例1〕
金属材料として、工業用純チタン2種(JIS−H4600)からなるチタン板(厚さ:0.5mm)を使用し、これを20mm×20mmに切り出して、アセトン洗浄後、室温にて風乾した。このチタン板をフッ酸及び硝酸からなる混酸水溶液(2%HF−10%HNO)に室温にて15秒浸漬した後、イオン交換水で洗浄した。その後、このチタン板を処理液としての0.1質量%ケイ酸(メタケイ酸)水溶液に浸漬した後、110℃乾燥させて、実施例1の表面処理金属材料を得た。
【0074】
〔実施例2〜8及び比較例1〕
0.1質量%ケイ酸水溶液の代わりに表1に示す処理液を用いたこと以外は、実施例1と同様の処理を行い、実施例2〜8及び比較例1の表面処理金属材料を得た。なお、実施例1〜8及び比較例1において、処理液への浸漬時間は2秒から3時間の間で変化させて行った。
【0075】
得られたそれぞれの表面処理金属材料の表面から深さ20nmまでの範囲における各元素の含有量をXPS分析により測定した。結果を表1に示す。
【0076】
〔生物付着の抑制性評価〕
天然海水を汲み取り、ろ紙(定性2号)にて浮遊物を取り除いたものを試験海水として用いた。得られた各表面処理金属材料をポリ容器内に配置し、この容器に試験海水を満たして密閉し、1週間、25℃で暗所の環境に静置した。その後、ホルマリン溶液にて細菌を試験板上に固定してから、余分な溶液を除き、DAPI法にて染色し、蛍光顕微鏡にて単位面積当たりの細菌数を計数した。
【0077】
任意の10箇所の平均値を求め、比較例1の表面処理金属材料の細菌付着数を基準とした比で抑制性を判定した。判定基準は0.8以上を×、0.8未満0.5以上を△、0.5未満0.2以上を○、0.2未満0.1以上を◎、0.1未満を◎◎とした。評価結果を表1に示す。
【0078】
【表1】

【0079】
[評価結果]
表1に示されるように、表面にケイ素及びアルカリ金属元素が存在しない比較例1に対して、実施例1は酸素及びケイ素が表面に存在していることで生物付着抑制性が向上している。さらに、表面にアルカリ金属元素が存在する実施例2〜6の表面処理金属材料は、生物付着抑制性がより優れていることがわかる。また、表面にさらに銀や銅が存在する実施例7及び8の表面処理金属材料は、生物付着抑制性がよりさらに優れていることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0080】
本発明の表面処理金属材料は、生物が存在する水と接触する状態で用いられ、例えば海水を用いる熱交換器、その他海洋構造物の材料として好適に用いることができる。また、本発明の熱交換器は、例えば石油化学プラントや、発電所、船舶等において好適に用いることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生物が存在する水と接触する状態で用いられる表面処理金属材料であって、
チタン、チタン合金、銅、銅合金、アルミニウム又はアルミニウム合金からなる金属材料から形成され、
上記金属材料の表面にケイ素及び酸素が存在する領域を有することを特徴とする表面処理金属材料。
【請求項2】
上記領域に、リチウム、ナトリウム、カリウム、ルビジウム及びセシウムからなる群より選択される少なくとも1種のアルカリ金属元素がさらに存在する請求項1に記載の表面処理金属材料。
【請求項3】
上記領域に、銀及び銅からなる群より選択される少なくとも1種の遷移金属元素がさらに存在する請求項1又は請求項2に記載の表面処理金属材料。
【請求項4】
金属材料の表面にケイ酸又はこのアルカリ金属塩の水溶液を接触させる工程と、
この水溶液と接触させた金属材料を乾燥させる工程と
を有する表面処理金属材料の製造方法。
【請求項5】
海水を用いて熱交換を行う熱交換器であって、
請求項1、請求項2又は請求項3に記載の表面処理金属材料から形成される熱交換部材を備え、
上記熱交換部材の海水と接触する位置に上記領域を有することを特徴とする熱交換器。
【請求項6】
海水を用いて熱交換を行う熱交換方法であって、
請求項1、請求項2又は請求項3に記載の表面処理金属材料から形成される熱交換部材を用い、
上記熱交換部材における上記領域を海水と接触させることによって熱交換することを特徴とする熱交換方法。
【請求項7】
請求項1、請求項2又は請求項3に記載の表面処理金属材料から形成される構造部材を備え、
上記構造部材の海水と接触する位置に上記領域を有する海洋構造物。



【公開番号】特開2012−167360(P2012−167360A)
【公開日】平成24年9月6日(2012.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−133734(P2011−133734)
【出願日】平成23年6月15日(2011.6.15)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】